セナがプラントに運ばれてからそれなりに時間が経ち、ある程度動ける様になってから、セナはデュランダルより聞いた『ホープ』という機体に乗ってみたいとラクス達にお願いをした。
そのお願いは、ラクスにとってあまり好ましい物では無かったが、これまでホープを動かせた者が居なかった事から、少しくらいなら良いかと頷いてしまう。
何度か試して動かせなかったらセナも諦めるだろうと考えて。
しかし……。
『ホープ。起動を確認』
「おぉ……! 動いた」
「まさか、本当に動くとは」
「セナ様はそれだけ特別な御方という事かもしれん。身体検査でもキラ様と同様の結果が出ていたという事だしな」
連合が開発したGよりも、キラとセナが以前に使用した『ガンダム』によく似た白亜の機体は、ツインアイを発光させながら、軽く右手を動かして起動した事をラクス達に分かりやすく伝える。
そして、ホープを観測しているあらゆる計器も、ホープが正常に起動している事を観測していた。
「ホープにも操縦桿は付いていますが、その機体は搭乗者の意思をダイレクトに機体へ伝える機能が付いております。それを試していただけますか?」
『はい。分かりました』
セナの言葉に合わせてホープが小さく頷いたのを確認すると、ホープを開発した者たちは壁に固定していたホープの固定を解除し、自由に動ける様にした。
セナはホープを自由に動かせるようになった事を理解し、ある程度動ける様になっているその場所で軽く機体を動かすのだった。
「素晴らしい……!」
「サイコフレームは無事動いたようですな」
「しかし、セナ様にしか動かせなかった事を考えると、機体を動かせるのはコーディネーターの中でも一部の選ばれた者だけという事か」
「そうなると、フリーダムやジャスティスに搭載するのは止めた方が良いのではないか?」
「いや、だが、ナチュラルに奪われたとしても、動かせなくなるのならば、搭載している方が有用だろう」
「だが、そもそも適合者で無ければ動かないモビルスーツなど欠陥もよい所では無いか!」
今まで誰も動かす事が出来なかった機体が遂に動いたという事で、メンデルから発見された赤いコックピットの様な機械から採取された金属の有用性について語り始める老人たちを見つつ、ラクスは強い不安を感じていた。
まるで、自分が取り返しのつかない事をしてしまったかの様な、そんな不安感だ。
「……セナさ」
「セナ様! 一度宇宙へ行く事は可能でしょうか?」
『はい。大丈夫です。宇宙での戦闘経験はありますし。この機体も今のところ異常はありません』
「なるほど! それは頼もしい。では、ノーマルスーツを……!」
『必要ありません』
「え?」
『このままの方が、よく声が聞こえますから』
「声?」
『宇宙へ行けば、もっとよく聞こえそうな気がします』
セナはまるで熱に浮かされた患者の様に格納庫の中を歩き、外へと繋がる出口を勝手に開けて、飛び出してしまう。
一応格納庫の中に人間が居ない事は確認していたが、その暴走とも言える行動に開発者達は焦り、アラートを鳴らしながらZAFTにホープを止めてくれる様にと急いで依頼を出した。
宇宙へとホープと共に飛び出したセナは、無重力の中を泳ぐように進みながら、きらめく星々に目を輝かせた。
まるで生まれて初めて星空を見た子供の様に。
「これが、宇宙。これが世界! こんなにも、自由で……! どこまでも飛んでいけそう!」
「はい! よく聞こえます! 貴方は……あの刻の果てに見えた赤い機体のパイロットなのでしょうか?あぁ…… そうなんですね」
「はい。ガンダムという名前の白い機体には私も乗りました。優しそうな人の声が……ふふ。そうですよ。貴方と同じ、優しい声でした」
「お友達……とは違うのですね。なるほど。男性同士の関係というのは難しい物ですね。はい。分かりますよ。言葉に出来ない想いも、確かにあると思います」
これまでの落ち込んだ姿とは違い、月に居た頃の様な明るく無邪気な姿で笑うセナは機体を自由に泳がせたまま何者かと言葉をかわす。
機体にはセナしか乗っていないのだが、明らかに彼女は何かと話をしている様であった。
「……はい。私は戦争を、争いを止めたいのです。憎み合うばかりの世界は悲しい、ですから」
そして、宇宙の真ん中でピタッと止まり、俯きながら言葉を漏らす。
そんなセナの言葉に反応したのか、セナの意思に反してホープが勝手に動き出した。
セナを止める為に飛び出してきたZAFTのモビルスーツへと真っすぐに、勢いよく向かう。
『う、うわ!?』
『ぶつかる!』
セナは煌めくような感覚で向かってきたジンのパイロットの思考を感じながら、優しい声と共に機体を動かすナニカを目で捉え、そして機体の動きに目を見開いた。
それは、まるでセナの姉であるキラの様な動きであった。
いや、もっとより洗練された動きだ。
まるで長く、様々な戦場を、様々なモビルスーツで駆け抜けた男の様な、無駄の無い流れる様な動き。
ホープはジンのすぐ傍をすり抜ける様な滑らかさで通り抜け、いつの間に奪い取ったのか、ジンのマシンガンを構えながら反転し、正確すぎる射撃で二発だけ放つ。
放たれた二発の銃弾はジンの頭部から本体に繋がるケーブルを正確に打ち抜き、メインカメラを機能停止させてしまうのだった。
そして、最初のジンだけでなく、次から次に現れるジンを全て無力化し、宙域のモビルスーツを全て行動不能にしてしまう。
まさに神業という様な物であったが、それでホープの暴走は終わらず、セナはせっかくだからとホープの中で目を閉じて、両手を握り合わせた。
「……全機体のシステムへ侵入します」
セナが言葉を放ってから数秒後、宙域で行動不能になっていた全ての機体がパイロットの操作も無いまま動き始め、プラントへと帰投していった。
その成果を見て、セナはふわりと微笑んで、小さく口を開いた。
「この力があれば……私も戦争を止められる。憎しみの連鎖を断ち切る事が出来る……!」
セナはホープの行動で、開発者たちやラクス達が青ざめている事など知る由もなく、ただ嬉しそうに笑っているのだった。
そして、その嬉しさのままにセナはプラントから遠く離れた場所までホープを向かわせて、どこまでも自由に飛び回るのだった。
そんなホープが作り出す白い軌跡を、ある宇宙艦の中から見つめている者がいた。
その栗色の髪の少女は、暗く淀んだ瞳で、キラキラと瞬く希望を見つめる。
「……あれは?」
「んー? あぁ、アレはモビルスーツだな! 見た事ない機体だが……どっかの新型かぁ?」
「新型……か。なら、また戦争が酷くなるんだね」
「気になるか?」
「……まぁ、気にはなるよ。でも……僕は、僕に出来る事はもう何も、無いから」
「そっか」
そうして、少女は窓の向こうに見えた希望から目を逸らし、宇宙艦の中を逆立った髪の青年と共に移動し始めた。
「でもよ」
「うん?」
「戻りたいんじゃないのか?」
青年の問いに、少女は疲れた様な笑みを浮かべながら冗談の様に言葉を返す。
「僕って、そんなに戦いが好きな様に見える?」
「いんや? 見えねぇよ」
「……」
「でも、このままじゃ終われねぇ。平和を諦めきれねぇって、言っている様に見えるぜ」
「どうかな。僕はそんなに強くはないよ……セナの居なくなった世界で、僕の生きる意味なんて」
「ない……か?」
青年は、あの時の事を思い出しながら笑う。
何を言おうと、彼女の心は決まっているだろうに。
あの時。
大粒の雨が降り続ける嵐の小島で……青年は送り出した少女がどうなったか気になり後を追った。
そして見たのは、小島で行われたモビルスーツ同士の激しい命の奪い合いであった。
『コイツは……! っ! あの赤い機体! 自爆するつもりだってのか!?』
その戦いの中で、青年は誰かの声を聞いた様な気がした。
その声は、赤い機体『イージス』が自爆しようとしている事を青年に告げ、青と白の機体『ストライク』のパイロットを助けて欲しいと叫んでいた。
だから、自機であるアストレイのスラスターを全開にして、イージスに体当たりをしながら、腰に刺したモビルスーツ用の刀『ガーベラ・ストレート』を抜き、ストライクのコックピットへと振り下ろした。
既にストライクのフェイズシフトはダウンしており、容易くコックピットハッチを切り裂いた後、中のパイロットを助けようとしたのだが……その時、ストライクがガーベラ・ストレートで斬られた影響か、機体を傾かせて中のパイロットを弾きだした。
青年は慌ててパイロットであった少女をアストレイの手で受け止めて、すぐにコックピットから飛び出した。
そして、少女を抱きかかえながらコックピットに戻ったのだが。
その時の少女は意識が無い中でも、必死に青年の服を掴みながら、生きようとしていた。
為さねばならぬことがあると。
だから、青年は何が何でも少女を生き残らせると、急ぎアストレイのスラスターを全開にして、この場を離脱した。
そのすぐ後に、イージスが自爆し、島の形が変わる程の大爆発を起こすが、モビルスーツの中にいた青年は何とか難を逃れる事が出来たのだった。
それからすぐに仲間たちに救援を送り、少女が様々な勢力に狙われていると察してからは、少女や仲間たちと共に改装された新しい宇宙観リ・ホームで、中立のマスドライバーを使い宇宙へと戻ってきた。
少女が目を覚ましてからは、どうして死なせてくれなかったのかと泣き叫ぶ少女に難儀したが、青年の仲間との協力もあり、何とか落ち着きを取り戻す事が出来て、今がある。
そう。
彼らの苦労もあり少女は確かに落ち着きを取り戻したが、その心はどこかくらい虚無を纏ったままであった。
しかし、それでも……。
それでも、青年には確かに見えていた。
オーブで初めて出会った時から変わらない少女の瞳の輝きは……その眼差しは、確かに平和を見据えていると。
どれほど困難な道であろうとも。
どれだけの悲しみがあろうとも、少女は……平和を諦める事が出来ていないのだ。
少女は拳を強く握りしめながら、強く言葉を口にした。
「生きる意味なんて無いと、思っていたんだけど……僕は、かなり諦めが悪いみたいだ。このまま諦めてしまう事なんて……出来ない」
「あぁ。そうだろうな」
「ふふ。ロウには全部お見通しなんだね」
「まぁな! 俺の目はどんな場所に隠れてるお宝だって見逃さないぜ!」
「そうだね。うん。宝……宝、か」
少女は笑みを零して、少し離れてしまったが廊下の先にある窓から宇宙を見据える。
その先にある、先ほど見た『希望』を心に捉えた。
「ありがとう。ロウ。僕は……自分のやるべき事が、少し分かった様な気がするよ」
「なら、どうする?」
「例の、ZAFTの一大作戦。あれの詳細を探りたい……何故かな、酷く嫌な予感がするんだ」
「あー、なんかプロフェッサーも似たような事言ってたな。この作戦には違和感があるって」
「うん。プロフェッサーさんが言うなら、少し自信が出るね。ブリッジへ上がろうか。僕もまた……戦うよ」
「おう!」
そして、少女は青年と共に宇宙艦の中で、次なる戦いの準備を始めるのだった。