ロウ達からシャトルを借り、単身プラントへ来たキラは、早速最高評議会議長パトリック・ザラと面会をしていた。
全ては地球との……ナチュラルとの争いを止める為。
「パトリックおじ様。私は、本日、お願いがあってここに来ました」
「ふむ。要件はナチュラル共との戦争を止める事、かね?」
「それもそうですが……いきなり戦争を止める事が難しい事くらい、私でも分かっています」
「そうだな。では要件は何かな」
「先日パナマ基地へ落とされた隕石……作戦名オペレーション・メテオ」
「……」
「あの様な作戦はお止めください! あの隕石で、パナマ基地だけでなく周辺の地域も全て……どれだけ多くの人が亡くなったか!」
「全ては戦争を早期に集結させるためだ。必要な犠牲と言えるだろう」
「その様な詭弁! こんなものは戦争ではありません! 虐殺です!」
「そういう言葉は軍事施設でもない農業用コロニーに核ミサイルを撃ち込んだ、連合に言うべきだと、私は思うがね」
「……これは地球への復讐だと、そう言いたいのですか?」
「そうは言わん。だが……落とされても仕方のない事を、奴らは既にしてしまっているという事だ」
「ニュートロン・ジャマーで、既にユニウスセブン以上の犠牲者が出ているんですよ!?」
「だとしても、それが何だというのだ。数の問題ではない。奴らが撃ったという事実が全てなのだ」
「……っ!」
何を言っても、意見を決して変えようとしないパトリックに、キラは唇を噛みしめる。
流石はアスランの父であると妙な所で関心してしまう様な気持ちすらあった。
しかし、このまま「はい、そうですか」と終わる訳にはいかないのだ。
パトリックを止めなくては、この戦争は最悪の最悪まで進んでしまうから。
「このまま、隕石を落とし続けて……どこまで落とすつもりですか!?」
「なに?」
「パナマを失った連合軍は宇宙へ上がる為に、新たなマスドライバーを求めるでしょう。ビクトリア基地か……オーブか」
「……」
「私の母国も、その冷たい作戦で滅ぼすのですか!? それが必要だからと! そう言い聞かせて!」
キラの言葉にパトリックは無言になり、ジッとキラを見据える。
その瞳から感情は見えないが、それでもキラは必死にパトリックへ訴えた。
「オーブには数多くのコーディネーターが生活しています。貴方方と同じコーディネーターです。家族がナチュラルだからとプラントに受け入れて貰えなかったコーディネーターが、多く生活しているのです! それを……!」
「それが必要であれば、我らは躊躇うことなく実行するだろう」
「パトリックおじ様!」
どうして、分かってくれないのか。
そんなにも血が、犠牲が必要なのか。
キラは連合の、各国の代表と話していた時よりも感情が溢れて、涙が一筋流れてしまった。
それは、おそらくキラにとって、パトリックもまた、家族の様に思う人であったからだ。
不器用ながらも、アスランやレノアに確かな愛情を向ける人であると知っていたからだ。
だから、こんなにも冷たい言葉を交わしているという、この現状がキラにとって酷く辛い状況であった。
しかし、そんなキラの涙を見たからか……パトリックは小さく息を吐いて、少しだけ勢いを落とした。
「オペレーション・メテオを止めれば、連合軍は宇宙へ上がり、プラント本国への核攻撃を始めるだろう」
「……」
「我らの数は少ない。ここで止められなければ、我らは滅ぶ。それは確かだ」
「それは……私が彼らの説得を」
「その説得が失敗した場合、プラントは滅ぶ。その様な賭けに乗れる筈もあるまい」
パトリックの言う事は正しく、それでいて残酷であった。
キラにはどうしようもない事実。
どれだけモビルスーツを上手く操る事が出来たとしても、たった一人で戦争は変えられない。
止めることなど出来ない。
それはこれまでの日々がキラに嫌と言う程現実を教えていた。
「しかし、一つだけ手段はある」
「それは……?」
「君が、我らと共に戦うのだ」
「僕が? ZAFTに入れ。という事ですか?」
「そうだ」
「でも、僕はオーブの人間で……」
「戸籍を一つ作るくらいの事は造作もない事だ。オーブのキラ・ユラ・アスハとは別の人間として、プラントに存在する人間となれば良い」
パトリックの提案に、キラは思考を巡らせながら、この提案の意味を考える。
この提案を受ける事でどの様な利益があり、どの様な不利益があるのかと。
「仮に僕がZAFTに入るとして……それで何が変わるというのでしょうか」
「我らは一つの防衛手段を手に入れる事が出来る。仮に君の交渉が失敗したとしても……プラントを守る為の盾を手に入れる事が出来るのだ」
「盾……?」
キラの疑問に応える様に、パトリックはテーブルのスイッチを操作し、壁に一つの映像を映し出した。
それはあるモビルスーツの設計図であり……キラはそのモビルスーツの設計を素早く読み解きながら、目を見開いた。
「……! ニュートロン・ジャマー・キャンセラー……!」
「そう。この機体は核動力で動いている。このエネルギーがあれば、無数の核ミサイルにも対応が可能だろう。追加ユニットとして、ミーティアというアームドモジュールもある。この機体と、君の腕。その二つがあればプラント本国の防衛は十分に可能だと私は考えている」
「つまり、僕が交渉に失敗した場合は……この、核動力の機体を使って……プラントを守れと」
「そうだ。それを君が受けるのであれば、私はオペレーション・メテオを今すぐにでも中止しようじゃないか」
それはまるで悪魔の誘いであった。
地球に住む多くの民を守る。
プラントに住む多くの民を守る。
壁に映し出された機体を受け取り、ZAFTの軍人として戦うだけで、その両方を得る事が出来るというのだ。
ただ、それだけで良い。
しかし、核動力というのがキラには苦しい話であった。
思い出すのはユニウスセブンを止めようとした時の、引き金を引けなかった感触。
機体を通して聞こえてきた無数の声。
「……っ!」
「頷けんかね?」
「僕は……」
「今度こそ、同胞を護るために、その手に剣を握って貰えるかと思ったのだがな」
「!? 今度こそって……!」
「あの時、血のバレンタインの時、ユニウスセブンに向かう核ミサイルを狙撃したのは君だろう?」
「それは……」
「一発目は防いだ。だが、二発目は、失敗した」
「っ!」
「無論、君に責任がある。等と言うつもりはない。だが……このまま連合軍と共に戦う事が君にとって『正しい』事なのかね?」
「ただ、しい」
「連中は交渉の言葉もなく、一方的に戦端を開き、核ミサイルを軍事施設でもない農業用コロニーに撃ち込んだ! これが、正しい行為だと、君はそう思うのか!?」
「いえ、そんな、ことは……」
「怒りのままに核ミサイルで報復しなかったのは、我らが理性を持った人間だからだ。そんな我らに銃口を向け、多くの命を奪う君もまた……自分の『正しさ』を示さねばならない。キラ君。君の『正義』はどこにある」
「僕は……ただ、多くの人を……助けたくて」
「であれば、我らと共に来るべきだ。我らは君を正しく導く事が出来る。そうすれば戦争もすぐに終わる」
パトリックにまくしたてられ、キラは何も言えず俯いてしまった。
そんなキラにパトリックは僅かに口角を上げて笑みを浮かべる。
しかし、すぐに表情を消すと、キラへと言葉を繰り返した。
「より早く、犠牲なく戦争を終わらせる為にはこれしかない。侵略をしてきたのは連合軍だ。その事実を君も知るべきだ」
「……!」
「かの機体を君に貸そう。戦争の真実を見てくると良い……おそらく、次に連合軍が狙うのは君の母国だろうからな。奴らは侵略者として君の母国に向かうだろう」
「それは……!」
「君がZAFTに入るのか、どうするか。その答えは地上に降りて、真実を見て来てからでも遅くはないだろう。君が帰ってくるまでオペレーション・メテオは中断しようじゃないか」
「……ありがとうございます」
元々の目的は達成できたというのに、キラはどこか納得出来ない気持ちを抱えながら、パトリックとの話を終えた。
作戦はもう中断したし、機体を借りて、オーブへ戻り……見極める。
真実を、正義の在処を。
そう自分に言い聞かせて、キラはパトリックの執務室を出ようとしたのだが、不意に懐かしい声で呼び止められた。
それは、打算も何も無く……月で穏やかな時間を過ごしていた時によく聞いた声だ。
愛する妻と、息子を不器用ながら愛する父親の、声だ。
「キラ君。すまないが……少しで良い。レノアに顔を見せてやってくれないか? 会話は出来ないだろうが……きっとレノアも喜ぶ」
「分かりました。パトリックおじ様。お邪魔させていただきます」
「すまないな」
先ほどよりも優しい顔で、しかし泣きそうな顔で、そんな事を言ってきたパトリックにキラは小さく頷いて、パトリックに示された病院のレノアの病室へと向かった。
そして、アスランの言った通り、多くの医療器具で何とか生きているレノアを見つめる。
深く眠っている様で、キラが来ても動くことはない。
そんなレノアの酷く冷たい手を握りながら、キラは……小さく言葉を繰り返した。
「ごめんなさい……レノアさん……僕の、せいで……」
しかし、やはりキラの言葉に応える事はなく、それからしばらくの間、キラはレノアの前で泣いていた。
そして……。
「……『正しい道』か。僕にはまだ分からないけど。でも、今はこれしか道が無いのなら……僕は、レノアさんを守る為にも……行ってきますね。戦う力を持たない人を守る。それはきっと『正しい』事だから」
レノアの手を握りながら言葉を残したキラは、病院の外で待っていた兵士に軽く挨拶をする。
そして、エレカで工場区まで向かいながら、赤い制服を女性のZAFT兵から受け取るのだった。
「キラ様。お名前はどうしましょうか」
「あー。ZAFTの人としての名前の事でしょうか?」
「はい」
「アスハの名前は使えないし……」
キラは女性から聞かれた事を少しだけ悩んでから、ある名前を返した。
ヘリオポリスでずっと使っていた名前。
それなりに愛着があり、ウズミと共にキラを育ててくれた愛すべき人たちの名前だ。
きっとその名前なら、強くあれると思った。
それから。
工場区に着いて、キラは一度制服を着てから、すぐにパイロットスーツに着替えた。
この行為に意味があったのか。と一瞬自分の中で考えたが、軍隊とはそういう物かと軽く流す。
そして、受け渡された機体に乗り込んで、オペレーターの声を聞きながらシステムの最終構築を行ってゆく。
『A55警報発令』
『放射線量異常なし。進路クリアー。全ステーションで発進を承認。カウントダウンはT-200よりスタート』
『T-50。A55進行中』
『X09A、コンジット離脱を確認。発進スタンバイ』
『T-5。我等の正義に星の加護を。キラ様。無事に戻られる事をお待ちしております!』
「ありがとうございます。キラ・ヤマト! ジャスティス! 行きます!!」
キラはオペレーターの声に応え、一気にスラスターを吹かせながら、格納庫より暗い宇宙へと飛び出した。
真紅の機体で、赤い軌跡を宇宙に描きながら……。