3月某日、春休みと言われる時期に到達しても、高校生は部活や補修で学校を訪れることは珍しくない。そしてそれは、シカ部も同様であった。
「「あ」」
「南雲君に檜山か。二人とも、今からか?」
そんな中、こしたんが同じタイミングでハジメと檜山に遭遇する。
「あ、はい。ちょっと、檜山君と補習に」
「まさか、こいつと同じ教科で受けるとは思わなかったわ。虎視が部活に送れるって珍しいな」
「ああ。実は寄り道しててさ…さて、部室に行くか」
ということで、三人は他のメンバーに遅れる形でシカ部の部室に到着することとなる。
「悪いみんな、遅くなった…」
そしてこしたんが部室の扉を開けると…
『…』ムシャリムシャリ
一頭の牡鹿が、部室の真ん中でシカせんべいをムシャムシャしていた。
「「「シカだあああああああああああああああ!?」」」
余りにもトンチキな光景に、三人は絶叫してしまう。
「どどどどどどどうして、シカが部室に!? いや、シカ部にシカがいるのは必然なんだけど!!」
「え~っと、それは何で鹿乃子先輩以外の部外者ならぬ部外シカがいるって解釈でいいんですよね!?」
「つーか、部室のシカせんべい勝手に貪ってやがるぞ!!」
謎のシカにそれぞれで驚く三人。その時、こしたんはあることを思いついて叫んだ。
「おい鹿乃子! お前が連れてきたのか!?」
「…あれ? 僕たち以外、誰もいない??」
それはのこたんが連れて来たという可能性だ。しかし、ここでハジメが自分たち以外の部員が誰も部室に来ていないことに気づく。
「……ところで南雲君。このシカ、なんか違和感ない?」
「? 違和感……」
そんな中、不意にこしたんがそんなことを言い出してシカに視線を向ける。ハジメもそんなこしたんの指摘を受け、供にシカを見つめるのだが…
「先輩、まさか!?」
「ああ。もしかしてこいつ、鹿乃子じゃ…」
「は?」
なんとこしたんとハジメはこのシカがのこたんの変装ではないかと疑っているのだ。まさかの答えに、檜山は意味不明といった反応を示す。
「おい、鹿乃子! もうお前だってバレてるんだぞ、早く元に戻れ!!」
そしてこしたんが間髪入れずに、シカがのこたんである前提で怒鳴りつける。しかし…
『……』
「反応なし…これは何か企んでるかもしれませんね」
「ああ。なら、化けの皮ならぬシカの皮を剥がしてその企みを止めてやるさ」
「おいおい。虎視も南雲も、流石にそれはありえねーだろ。いくら鹿乃子でも、こんなリアルシカに変装して悪戯なんて回りくどいことはしねぇって」
ということでそれを真っ向から指摘する檜山。しかし、それに対してハジメもこしたんも真顔で迫ってきたのだ。
「お、おい…そろって、何のつもりだ?」
「檜山、今までの鹿乃子の奇行の数々を思い出せ」
「あいつの、奇行?」
そして真顔のまま問い詰めるこしたんに、ハジメが続ける形でその奇行の数々を語り始める。
「うん。着脱自在のツノ、しかも食べれたり爆弾になったりして、加えて頭ごと外すことも出来る」
「あ、ああ。そういえば、バナナケースにもなったな…」
「それにツノ汁なんて謎めいた出汁まで体から取れるし、加えてこの間はツノがくしゃみしやがったんだ。普通ならやらなさそう、どころか出来ないことも平然とやってのけるから、こんなリアル変装も遊び半分でやりかねねぇだろ」
「いや、画風とか体格も普通に変わることあるし、下手をしたら変装どころか本当にシカに変身してる可能性だってあるんだ。警戒しておくに越したことは無いよ」
「……おいおい、言われたらそんな気しかしなくなってきやがったぞ」
こしたんとハジメから次々に語られるそれを聞いて、檜山は目の前のシカ=のこたんにしか見えなくなってしまう。
「おし。なら、俺もその化けの皮改めシカの皮を引っぺがすの、手伝ってやんよ」
「檜山、助かる。それじゃあ二人とも、作戦会議するぞ」
「はい! だったら、鹿乃子先輩が食いつきそうな物を模索していきましょう」
こうして、三人によるのこたん(仮)をシカから元に戻すための作戦会議が始まった。
10分後…
「あー、喉乾いたなー…あ、さっきいいもの買ったんだった」
こしたんが周りに聞こえるよう、わざとらしく告げる。そして何かに気づくそぶりを見せ、懐からある物を取り出した。
「春限定の日野南高校購買名物! 桜餅味タピオカミルクティー!!」
桜餅をイメージしたピンク色のミルクティーに、タピオカがたっぷり入った人気の商品だ。しかも、ご丁寧に人数分ある。
「いや~、補習の後で甘いものが欲しかったんですよねぇ。虎視先輩、奢ってもらってありがたいです」
「俺も普段は甘いものは食わねぇけど、同じく補習後だからありがたいぜ。しかも奢りだから猶更ウメェ!」
「南雲君には副部長として助けられてるから、当然だな。今日は私も機嫌がいいし、檜山もついでで楽しめよ」
そしてわざとらしく、美味しそうにタピオカミルクティーを飲む3人だった。そしてソファの上にもう一つ置いてあるが、のこたんの分だろう。
「鹿乃子、テメェがシカの姿だと飲めねぇからな。このままじゃあ、無駄になっちまうぞ~」
「いいのか? 早いところ戻らないと、私がおまえの分までタピっちまうからなぁ!」
(心苦しくはあるけど、いつも鹿乃子先輩には振り回されてるからなぁ…たまには僕らが振り回させてもらおうっと)
そしてこしたんと檜山が、のこたん(仮)を煽りながらまたタピオカを口にする。ハジメも罪悪感を感じつつ、いつものこたんに振り回される身として優越感も感じることとなった。そして反応は……
『……』プイッ
(無視!?)
(クソ、食い物程度じゃ反応しないか…)
「よし、なら次はこれだ!!」
シカは遠慮なくそっぽを向いてしまう。こしたんも檜山も悪態をつく中、ハジメが次の行動に出た。そしてカバンから取り出したのは、一枚のチラシだった。
「父さんが鹿乃子先輩にインスピレーションを受けて開発を始めた新作ゲームソフト、『ディアー・バトルガール』ですよ! こちらはケモ耳娘が人間と共存するファンタジー世界を舞台に、主人公のシカ娘が世界最強のケモ耳娘になるため冒険と戦いを繰り広げるアクションRPGとなっています」
件のゲームソフトの紹介を、まるでテレビショッピングを思わせる語り口で続けるハジメであった。
「父さん曰く、獣人やケモ耳の人気は高いけどシカというマイナーな動物モチーフへの人気を上げるため、まずは爽快感ややりこみ性に注力することで、集客率を上げようとしたと語っています。そしてゲーム性で作品人気を得ることで、そのついでで少しずつシカへの人気を上げようという考えらしいです!」
そしてプレゼンを続け、シカ人気を上げるための戦略を語ることでシカに食いつかせてのこたんを元の姿に戻そうと企んでいたようだ。
「南雲君も考えたな。これなら、鹿乃子も吊られて元の姿に戻っちまうぞ」
「だな。ヒヒッ、鹿乃子も企みを潰されてさぞ悔しかろうな」
「さあ、鹿乃子先輩! より詳しいストーリーやゲーム性を知りたいなら、変身してヒト型に戻ってください。さあ!!」
こしたんと檜山が感想を語り合う中、ハジメが止めを刺しに行く。一方でシカの方はというと…
『…』ハムリ
ハジメのプレゼンも目もくれずに観葉植物を食べ始める。
「食いついてねぇ!! つーか、丹精込めて育ててる万次郎をな~にハムハムしとんじゃい! 今すぐ離れろ、馬鹿野郎!!」
ということで、こしたんは力尽くでシカを観葉植物から引きはがそうと動き出すのだった。
「まだ触りとはいえ、僕も手伝っただけに悔しい…先輩って観葉植物にも名前つけてたんだ」
「南雲、ゲーム開発とか出来るのかよ…んでもって、虎視のネーミングセンス独特だな」
ハジメが悔しがる横で、檜山がハジメのスキルに驚きつつこしたんが観葉植物につけた名前に困惑するのだった。
一方、シカは力尽くで観葉植物から引きはがそうとしたことで、ようやくこしたんに視線を向ける。そして…
『ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ…』
「何その鳴き声? 初めて聞いたけど、怖っ!?」
「な、なんか威嚇っぽい気が…まさか、心まで完全に野生のシカに変身しちゃったんじゃ!?」
鋭い目つきで謎の鳴き声を上げるシカに、こしたんもハジメも怯える。特にハジメは、のこたんがガチの野生シカに変貌したと思ってなお恐れ戦くこととなる。
しかしそんな中、一人動き出す者がいた。
「だったら、今度は俺の番だな。武力行使、と行かせてもらうぜ」
言いながら檜山が取り出したのは、水が入った2ℓのペットボトルだ。そう、のこたんの弱点…
「ほ〜れ、鹿乃子。テメェの弱点、猫除けペットボトルだぞ!」
そして檜山は猫除けペットボトルを両手に持って、マラカスの様に振りながらシカに近寄っていく。
「ほれほれほ〜れ! ほ~れほれ!!」
「檜山君、すごいノリノリだね…」
「あいつ、停学食らう前はカツアゲと苛めの常習犯だったからな。自分有利な時ほど、活き活きするんだろ…」
ノリノリでシカに詰め寄る檜山に、ハジメもこしたんも軽く引いていた。しかし檜山は、そんな二人を気にも留めずにシカへの嫌がらせをしていく。
「どうだ、怖気づいたか! やめて欲しけりゃ、元の姿に戻r…ぐへぇっ!?」
しかし、シカはノーダメージな上に檜山を後ろ脚で蹴り飛ばしたのだ。
「なっ…あいつ、いつの間にペットボトルを克服しやがったんだ!?」
「しかも、檜山君が遠慮なく蹴り飛ばされてる…鹿乃子先輩が暴力的になるほどうざかったんだね」
「お、お前ら…驚いてねぇで助けやがれ……」
悶絶する檜山を余所に、こしたんもハジメも戦慄している。
「だが、なんとしてでも万次郎の命を守らないと…南雲君。ちょっと取ってくる物があるから、悪いけど見張ってて」
「良いですけど、先輩は何を?」
「こいつの興味を引きそうな物を家から取ってくるんだ。まあ、最終手段だな」
というわけで、一旦学校から出ていくこしたん。それからしばらくして…
「あーーーーーーーーーー!?」
「な、なんだ!?」
戻ってきたこしたんがいきなり叫びだしたと思いきや、何かのノートを手に持っている。
「こっこんなところに、私の黒歴史ポエムノートがぁあああ!? こんな恥ずかしいもん、今すぐ燃やさなきゃなーーー!!」
「先輩、取って来たものってそれですか…まさか!?」
わざとらしく叫ぶこしたんに、ハジメは彼女が何をしようとしてるのか察してしまう。
「でも私と鹿乃子の仲だしな、燃やす前に元の姿に戻ったら見せてやってもいいんだけどなァ~~~!!」
「ちょ、虎視先輩!?」
「お前、そこまでしやがるのか…(おいおい、こんな形で虎視の弱みを掴めるとは。鹿乃子に感謝だな)」
その様子を見たシカはというと…
『…』ピクッ
「食いついた!?」
(ビンゴ! これなら、もう一押しで!!)
ハジメが驚いた横で、こしたんはさらに行動に出る。
「ほ…他にも、昔に自作したオリジナルソングとか、聴かせてあげちゃってもいいんだけどなぁーっ!」
「何それ、聴きたい聴きたい!!」
そして追い打ちをかけるこしたん。すると、なんとのこたんがついにしゃべりだしたのだ。しかし内容が内容だったので、ハジメは咄嗟に止めに入る。
「ちょ、先輩!? それは流石にマズいですよ! 僕と檜山君にも聴かれちゃいますって!!」
「まあ、いいじゃねえか南雲。結構興味あるしよ(晒して、虎視に恥をかかせてやれるしな)」
「え~。なぐもん、そんなこと言わないでよ。私、聴きたいな~」
しかしそれに対して、のこたんも檜山もこしたんの黒歴史ソングを聴こうと催促にかかる。特に檜山は、こしたんの弱みを握れると内心でウキウキしていた。
「ほら、南雲君! 鹿乃子もこう言ってるんだし、聴かせてあげようよ!」
「いや、ダメですって!! 元ヤンを部員以外にバラすのと同じくらい危険だって!!」
「大丈夫、私も口固くなったから安心してよ~」
「そうは言っても…あれ? 今、後ろから声が」
しかし、のこたんの声がシカのいる方から聞こえてないのに気付いたハジメは、なんとなく後ろを振り返る。それを聞いた檜山とこしたんも、釣られて振り返るのだが…
「なぐもん、ケチケチしないでよぉ~。こしたんのオリジナルソング、聴きたいんだって」
なんと、そこにはのこたんが立っていたのだ。その隣には、香織と恵里もいる。
「「「ぎゃああああああああああああああああ!!??」」」
それを見た三人は、驚きのあまりに腰を抜かしながら絶叫するのだった。
「えっ…は? なんで、鹿乃子が二人…」
「何言ってるの、こしたん? なぐもん達も、何を驚いてるの?」
「それじゃあ、あのシカは一体何者なんですか?」
訳が分からなかったので、あのシカが何者なのかのこたんに直接問い尋ねる。すると、その正体があっさりと判明するのだった。
「こちらはツノダさん。私がバイトしてる日野動物園の先輩シカなんだけど、脱走したって連絡があったんだ。それで部活サボって捜してたんだよ」
「私と犬養さんも部室に来る途中でそれ聞いて、手伝ってたんだ。草食で人に慣れてても、誰かを怪我させる可能性あったからね」
「シカせんべいに釣られたのか、ずっと部室にいたみたいですね。南雲君達、見張っててくれてありがとう」
どうやら、あのシカがそもそものこたんではなかったということらしい。
のこたんは例外として、シカのツノは本来オスにしか生えない物…つまり、ツノがある時点であのシカはのこたんと別シカだったというわけだ。
「で、今の鹿乃子先輩が二人ってのは何なの?」
「「「あ、その…」」」
「どうしたんですか? なんか、歯切れ悪いけど…」
そしてここで、香織からこしたんが口にしたあの件について直接聞いてきたのだ。流石にこのツノダさんをのこたんの変装だと思っていたとは言えず、言い淀んでしまうのだった。恵里も思わず、問いかけてしまう。
「まさか三人とも、鹿乃子先輩がそこのシカに化けて悪戯を企んでた……って、考えてないよね?」
「「「うわああああああああああああああああああああ!!??」」」
「え、まさか本当に!?」
香織に図星を突かれ、恥ずかしさのあまりにのた打ち回る三人の心情は、「穴があったら入りたい」どころか「穴を掘ってでも入りたい」といった所だろう。同じ心情だった檜山も黒歴史ノートを覗くのを忘れたおかげで、黒歴史ノートも覗かれずに処分数ことが出来たのだった。
その後、ツノダさんは無事に日野動物園へ帰っていきましたとさ。
流れ自体はほとんど変わってないですが、ツノダさんとのファーストコンタクトなので省略出来ませんでした。
次回はようやく、ばしゃめを出せます。