新学期が始まってしばらくした頃、こしたんとハジメ、そして香織が部室へと向かっていた。
「ふぅ。部員も増えて、シカ部もやっと部活らしくなってきたな」
「ですね。今まで、実態不明のお遊戯部でしたし…」
「一応、シカコレっていう大会もあったけど…あれ毎年はやってないからインハイ代わりと行きませんからね」
三人でシカ部が大きくなったことについて話し合っていると、いつの間にか部室に到着していた。
「お前ら、今日から張り切っていくぞぉ!!」
そして部室の扉を意気揚々と開けるこしたんだったが…
鹿乃子のこ:3年生
役職…シカ
「ヌハハ」バリバリ
シカせんべい齧りながら、マンガ読んでるのこたん。
虎視餡子:1年生
役職…自称お姉ちゃんのお世話係
「お姉ちゃんとおそろいのマグカップ♡」
鼻血を垂らしながら、マグカップを用意している餡子。
馬車芽めめ:1年生
役職…ヒト以上シカ未満
「ンマァ~」モグモグ
炊飯器から山盛りの白米をよそって、黙々と食べるばしゃめ。
犬養恵里:2年生
役職…ばしゃめ専属のお世話係
「ばしゃめさん。うちで作った佃煮、置いとくね」
タッパーに詰めた自家製佃煮を置いていく恵里。
檜山大介:2年生
役職…お世話係見習い
「クソ…南雲の親が作ったゲーム、悔しいけど面白ぇ」
部室に居ながら、堂々とゲームしている檜山。
虎視虎子:3年生
役職…部長(シカのお世話係)
南雲ハジメ:2年生
役職…副部長(部長の補佐)
白崎香織:2年生
役職…副部長の補佐
部員が部活中に堂々と遊んでいるこの光景を見て、茫然としながら佇む三人。しばらくこの光景を見つめた三人は…
「「「このままじゃあかん!!」」」
危機感を覚えて叫ぶのであった。
「というわけで、第1回シカ部活動方針会議を開催します」
「司会は部長である虎視先輩と副部長の僕こと南雲ハジメがお送りします」
「そして私は助手の、白崎香織です」
「おい、なんか始まりやがったぞ」
急に始まった活動方針会議に、訝し気な表情を浮かべる檜山。そこにすかさず、こしたんが声を荒げながら告げる。
「新学期だってのに、お前らは毎日部室でダラダラダラダラ…シカ部としての誇りは無いのかお前ら!!」
「そんなこと急に言われてもなぁ」
「そもそも部員の半分が、成り行きでシカ部に入部しちまったわけだしよ。そういう虎視にこそ、誇りなんてねぇだろ」
困り気味ののこたんに対して、檜山はここぞとばかりにぶっちゃけてしまう。事実、こしたんも最初は乗り気ではなかったからだ。
「私は悲しい…せっかく立ち上げたシカ部が、シカ部が……」
(何だ、この反応? 続けていくうちに、その誇りとやらに目覚めたのか?)
声を震わせ、拳を握り締めるこしたん。檜山もその様子に困惑しているものの、こしたんはシカ部の今後を本気で心配しているようだ……
「こんな怠惰な部活だとバレたら部費は減らされ、生徒会長まで上り詰めた私の地位はガタ落ちだろうが!」
「それが原因でシカ部が廃部になったら、僕が虎視先輩と過ごせる貴重な時間が無くなるんだよ!」
「そして私も、光輝君の邪魔が入らずにハジメ君にアプローチ出来る場所が奪われちゃう!」
(え、ええ?)
と思ったら、三人揃って割と自分勝手な理由でシカ部存続を願っていたのだった。檜山も流石に困惑するのだった。
「こしたん先輩が元ヤンなのもびっくりだけど、なぐもん&かおりん先輩ともども明け透けな性格なのは笑えますねぇ」
「そんなお姉ちゃんも可愛いのよ♡」
それに対して、餡子とばしゃめはそんな三人を見て楽しんでいる様子だった。するとそれに気づいたハジメが、咳払いしてから話を会議に戻す。
「ということで、シカ部存続のためにもまずは今年の目標を決めていきたいと思います」
「「「「はーい」」」」
「へーい」
のこたんと恵里と後輩達が呑気そうな声音で返事をし、対して檜山がやる気なさそうに返事をするのだった。そしてここから、各部員を指名して案を絞っていくこととなる。
「まずは鹿乃子。我が部のシカ代表、そしてシカ先輩としてお前の目標を後輩に聞かせてやれ!」
「ヌ~ン、そうだなぁ。私は…あっ」
「お。先輩、何か妙案が?」
指名されたのこたんが少し考えると、何かを思いついた。そしてハジメが催促するのだが…
「シカせんべい風呂に入りたい」
「「「却下」」」
「即答…」
実際は単なるのこたんの個人的願望だったので、当然却下が出るのだった。
「いや、そういうのじゃなくて…『今年はシカコレが無いから、代わりにこの大会に出たい』みたいな目標をですね」
「目標ね…」
しょぼんとするのこたんに、ハジメが丁寧に何を言えばいいか教えて考えさせる。しかし出てきた答えは…
「特にないかな」
「シカ部って、お前が創った部活の筈だよな!?」
「なんでこの部活創ったんですか!?」
(どうせ、お世話されたいからって理由だろうよ…)
まさかの回答に驚愕するこしたんとハジメだったが、檜山は冷ややかな目で見ながらシカ部発足理由を考えるのだった。
「南雲君、もう鹿乃子じゃ後輩に示しがつかねぇから私らで新入部員達を導いてやらないと」
「まあ真面目な話で鹿乃子先輩に期待しない方がよさそうですけどね…」
そんな当然の結果に帰結した二人は、次の部員に議題について振る。
「次! シカ見習い馬車芽!!」
「ンハ」
「馬車芽さんはシカ部でやってみたいこととかあるかな?」
「例えば、さっきから何回か口にしたシカコレ…要はシカの品評会があってね。四年に一回で去年開催だから今年は無いんだけど、将来的な参加に向けたトレーニングとかをやるのはどうかなって?」
「それだったら、私と南雲君で指導も出来るしさ。検討してみたらどうだ?」
「んはぁ~。そうですねぇ…」
そしてハジメからシカコレについて簡単に教わったばしゃめは、少し考える。そして出した答えは…
「ばしゃめ、田んぼ作りたいです」
「「「なんて?」」」
まさかの回答に、今度は香織も交えた三人で聞き返す。
「今、田んぼって言った?」
「畑でもいいです」
「いや、どっちにしてもなんで!?」
何故農作という答えに至ったのか、ばしゃめに問いかけるハジメ。すると、それについて答え始めるのだが…
「ばしゃめ、気づいたんです。シカとしてこの現代というサバンナで生き抜く方法が、自給自足だって…
なのでまずは、部室の横に田んぼ作ります! ばしゃめ、シカとしてしっかり米育てます!!」
「「「シカとは??」」」
(あれ? でも、待てよ…)
ばしゃめの言い分に疑問が尽きない三人だったが、ふとハジメが何かに気づく。しかし、こしたんはそんなハジメの様子に気づかず、悪態をつきながら次どうしようかを考える。
「クソ、どいつもこいつも…次は餡子、それと犬養さんにも聞くか?」
「いや。馬車芽さんの案、一瞬困惑したけどいいかも知れない」
「はい?」
「南雲、何言ってんだ? 今度こそおかしくなったか?」
ハジメがそんなことを言い出したので、檜山がまたも訝し気な目をして問いかける。そして、ハジメがばしゃめの案を採用することについて丁寧に説明を始める。
「シカ部の発足当時、先輩と香織さんがコソコソ話ししてたのが聞こえたんだけど…シカのお世話が農業高校みたいって意見があったんだ」
「ああ、そんなこと話しましたね…」
「あ、ああ。現実逃避してただけなんだけど…」
「そこから、開き直って農業高校っぽい活動をしたということにして、レポート作成して文化祭の展示にすれば、部としての実績ということに出来るんじゃないかと思うんですよ」
「え、そこまでガチでやるの?」
「寧ろガチでやらないと、廃部になりますよ? 今の先輩はシカ部部長と生徒会長も兼任してるんですから、ちゃんと実績らしい実績作らないとどっちからも引き摺り下ろされかねませんよ。ユートピアを守る為にも、そこら辺はプレッシャー感じてください」
「グサっ」
ハジメから理路整然と語られた内容に、こしたんは精神的なダメージを受けることとなった。すると、そこから更にハジメが続ける。
「それにシカせんべいは米ぬかと小麦粉で作られるから、シカせんべいをシカ部で自作するって活動にも繋げられるわけですよ!」
「おお、なぐもん冴えてる! それ、良いんじゃない?」
「なら、小麦も育てたほうがいいですかねぇ?」
「いや、流石に初の試みで二つの作物を同時に作るのはリスクが大きい。僕らには農業の経験が足りないし、畑を作るために借りれる校庭の範囲も限られている。今年は米一択にして、小麦粉は外注しよう」
「わかりました。小麦は来年からですねぇ」
「想像以上にガチだったね…私は思いつかないから、それで良いかな?」
「癪だけど、南雲先輩が本気でお姉ちゃんの力になることを考えてるのはわかったわ。私も異存なし」
「良し。僕含めて5人が賛成だから、他に案がない場合はこれで鵜飼先生に申請書を提出するってことにしましょう」
「お、おう。そうだな…(なんか、南雲君が部長やった方が良くねぇか?)」
オタクゆえの博識ぶりがここで発揮され、部の活動方針やそのための部活内容を見事にまとめ上げるハジメ。その様子に、こしたんも関心しながら相槌を打つのだった。
「一応纏まりかけてるけど…餡子、お前からも無いか?」
「う~ん、そうねぇ…」
しかし部長としての威厳を保つべく、なんとか司会進行を続けようと次に餡子へと話を振る。それについて、餡子は少し思案してから口を開く。
「私はいつも大変そうなお姉ちゃんを助けたくてシカ部に入ったから…お姉ちゃんの隣でお姉ちゃんを支えたい、が目標かしらね」
「あんこ~! 流石私の妹!! やっぱり私にはお前だけだ…」
餡子の目標を聞いてこしたんが感動している。のだが…
「そしてあわよくば、お姉ちゃんを私なしでは生きられないようにしたい…」
「怖っ!? さっきの感動を返してほしい…」
急にハートが浮かんだハイライトの無い目で、己の欲望をウットリしながら語り始めたのだ。その姿に戦慄しつつ、感動をぶち壊されて落胆するこしたんであった。
「あの、一年生が全員案を出したところですけど、私からもいいですか?」
「犬養さん、どんな案が?」
かと思ったら、今度は恵理が挙手。ハジメがそれについて尋ねると、恵里は提案を語り始めた。
「私の家、鹿神神社の奉仕活動とかどうでしょう?」
「あ、そうか。犬養さんの家は日野市のシカ繁栄を祈った神社なんだから、その奉仕活動もシカ部の活動と言っても良さそうかも?」
「ええ。女子の割合が多いから、私や鈴みたいなバイト巫女をやってもらう形になりそうですが。まあ奉仕活動だから、バイト代は出ませんけど」
「まあ、部活でお金貰うわけにいかないし当然か。しかし、香織さんや虎視先輩が巫女服着たら、すごい似合いそう…」
「ちょ、南雲君!? 流石に恥ずかしいって///」
「ハジメ君、流石に私も///」
ハジメが脳裏に浮かべた巫女服姿のこしたん達に、思わず顔を赤らめながら感想を呟く。それを聞いた二人も、思わず恥ずかしがるのであった。
「コホンッ…で、いい案がいくつか出てきたけど、別で僕からも提案が一つ」
「お。ここで副部長から案がでるか…南雲君、何を思いついたんだ?」
咳払いをした後、ハジメは今度は自分からも案を出しておく。そしてこしたんが尋ねると、その詳細が語られた。
「前に鹿乃子先輩のバイト先の、ツノダさんだっけ? が来た時にチラッと触れた『ディアー・バトルガール』を、僕たちが作るって案です!!」
「げ、ゲーム制作を? 私達が??」
まさかの案が飛び出してきたので、取り合えず聞き返すこしたん。
「シカ部がシカをテーマにした商業向けのゲーム作品を制作したとなれば、シカ部の知名度は爆上がり。僕達が卒業した後でも部員が興味を持ってくれて、シカ部が存続できるという計画なわけですよ」
「な、なるほど…でも南雲君、ゲーム制作って色々と専門知識がいるだろ? 作曲とかキャラデザとか、プログラミングの知識とかも無いけどそこらへんはどうするの?」
「そうだよ、ハジメ君。まさか、ハジメ君が一人で全員に教えるとか…」
「もちろん、僕が教えるよ? ここで経験があるのって、僕だけだし」
「あ、そう…お手柔らかに」
「み、右に同じく」
(おいおいおい! 部活中にまで勉強とか、俺嫌だぞ!?)
こしたん達が疑問に思ったことについて尋ねると、真顔で答えるハジメ。その様子に思わず乾いた返事をするこしたんと香織に対し、檜山は内心でゲーム制作の勉強について難色を示すのだった。
しかし、ここでのこたんがあることに気づく。
「でもさ。それって、パソコン部かゲーム研究部の活動っぽいね。シカ部でやる意味、無くない?」
「あ」
まさかの返事に思わず、納得してしまうハジメであった。そこからしばらく沈黙が続き…
「一旦、保留でお願いします…」シュンッ
「ま、まあ意外性とか話題性は強いから、案の一つってことでいいよな!」
「そ、そうですよね先輩!!」
(なんか、すげぇフォロー入れてくるな…)
露骨に落ち込むハジメに、全力でフォローを入れるこしたんと香織。檜山も呆然として、その様子を見つめる。
「田んぼ作り、神社の手伝い、ゲーム制作…見事にシカ部と関係ない方針ばっかりだな」
「シカ部関係ない活動って…今更じゃねえか?」
ここまで実際に活動できそうな案を纏めて呆れるこしたんだったが、檜山がそこについてツッコミを入れてしまう。すると、のこたんがあることに気づいてこしたんに質問する。
「何人か案を出したけどさ、こしたんはどうなの?」
「まあ副部長も案を出したなら、私も出さないとな。色々あるが、まずは手始めに…」
「「手始めに?」」
こしたんの発言をオウム返しにするのこたんとハジメ。そして続く言葉に耳を傾けると…
「部室をもっと可愛くしたい」
こしたんもかなり自分本位な提案をしていたのだ。全員、それもハジメも含めて冷ややかな目でこしたんを見つめ、少しの沈黙の後でコソコソと話し始めた。
「こしたんこそ、シカ部関係なくない?」
「生徒会長が公私混同していいのかしら?」
「棚上げってやつですね」
「先輩のことだから、何か妙案を考えてくれると思ったんだけど…」
「はっきり言って、一番活動方針が関係ないね」
「んな!?」
女子部員全員が、コソコソとこしたんの案について話す。
「ぶ、部室を快適にするのは別に悪いことじゃないし? シカが過ごしやすくなるために、環境を整えるのは部長の責務だし?」
メチャクチャ早口で言い訳をまくし立てるこしたんであった。しかしそこに、呆れた様子でハジメから物申しが出る。
「先輩、流石に僕もこれは無いと思いますよ。採用されるかどうか以前に、実績に繋がりそうな提案を会議主催者がしない。しかもそれが生徒会長なのは本気でシカ部を廃部にしかねないし、先輩の生徒会長失脚にも繋がりかねない…さっきも言ったように、割とマジで危機感覚えてもらわないと」
「グサッ!?」
ハジメから正論をぶつけられ、また大ダメージを受けることとなった。すると、今度はのこたんから物申しが出る。
「そもそもこしたんもなぐもんも、大前提が間違ってるよ。シカ部の本分はシカのお世話をすること! だからもっと、しっかり私のお世話をしないと出て行っちゃうから」
「はあ?」
「あ、先輩。もしそうなったら…」
「南雲君、急にどうした?」
のこたんの出て行く発言に訝し気な目を向けるこしたんだったが、ハジメはふと何かに気づく。
「あら。南雲先輩は気づいたみたいだけど、それでもシカ部が廃部になっちゃうわね。お世話をするシカがいないと、シカ部が学校にある意味無いし」
「えっ」
「それこそ、こしたん先輩がシカ部を廃部にした責任追及で生徒会長失脚になりかねませんねぇ」
「ちょっ」
「虎視先輩。そうなったら私もハジメ君にアプローチしやすい環境が無くなるってことで、一生恨むことになりそうですよ。覚悟はできてるかな? かな?」
「ひぃっ」
「私も折角の修業の場が無くなるってことで、鹿神神社存続の危機にも繋がりそうだし…そうなったら、末代まで恨みますよ?」
「あっ…」
次々に部員達がのこたんの指摘について気づき、こしたんに突き付けていく。香織と恵里は私怨が混じっているが、それぞれ手裏剣と藁人形を片手にこしたんを威圧。市内最強ヤンキーだったこしたんすら恐れる事態となった。
「というわけで、シカ部の活動方針以前にシカへの待遇改善を求めます!」
「ヴグゥ!? めちゃくちゃ正論ぶつけてきやがる…」
「じゃあ、僕らは何をすれば…」
『シカを大事に』と書かれたプラカードを掲げ、のこたんが抗議してくる。それに打ち負かされたこしたんと、具体的に何をすべきか質問をするハジメ。それに対するのこたんの答えは…
「ブラッシング」
「「普通じゃん」」
というわけで、のこたんを膝に乗せてブラッシングするこしたんであった。
「何、この絵面?」
「う~ん、気持ちいねぇ…後でなぐもんもブラッシングお願い」
「あはは…まあ、善処するよ」
ブラッシングを堪能しつつ、ハジメにもやってもらうようお願いするのこたん。すると、ばしゃめが何かに納得する。
「なるほど、いいシカになるにはブラッシングが不可欠…ばしゃめ、学びました!!」
「いや、ブラッシング関係ないと思うぞ」
「いやいや、先輩。毛並みの維持にはブラッシングは不可欠ですよ」
それについてこしたんが物申すと、恵里がすかさず反論する。すると、早速ばしゃめが恵里にブラッシングを頼み込む。
「えりたん先輩、ブラッシングをお願いします。こしたん先輩達も、したいなら頼み込んでもいいですよ? まあ、ばしゃめは先輩方に興味ないですけど」
「なんで上から目線なんだ、一年生なのに!?」
何故かやたらとこしたんに上から目線なのが気になるが。ちなみに、奈良公園のシカが神の使いとして大事にされてるのを考えると、人間より偉いのかもしれないが。
すると、ここで新たな乱入者が。
「二人とも…いや、二匹とも何もわかってないわね」
「あ、餡子ちゃんどうしたの?」
いきなり偉そうな様子でのこたんとばしゃめに語り掛ける餡子。思わず香織が聞き返すと、早速それについて説明を始めた。
「白崎香織、ぽっと出の二匹に対して15年もお姉ちゃんに連れ添った私の方が相応しいの…
つまり私の方がシカとしての適性がある。だから、お姉ちゃんは私をブラッシングすべきなのよ!!」
「お前私のお世話係とか言ってたのに、いつシカになったんだ!?」
まさかの発言にこしたんがツッコミを入れてしまう。しかしこれを聞いた香織は、ふとあることに気づいた。
「餡子ちゃんさぁ……お姉ちゃんのお世話係を名乗るのなら、そのお姉ちゃんである虎視先輩にブラッシングされるんじゃなくて、ブラッシングしてあげる方がいいんじゃないかな?」
その時、餡子の背筋に電流が走った。
「白崎香織……あなた、天才かしら?」
「あ…(発言ミスったかも!?)」
「白崎さん!? (なんかとんでもないこと言っちまったぞ!!)」
こしたんも香織もそれに戦慄していると、なぜかキラキラした目で餡子が香織の手を握ってきたのだ。
「ねえ、今日から白崎先輩とお呼びしても?」
「え? 別にいいけど…(まさか、ここで餡子ちゃんからの好感度が上がるとは)」
「ありがとう白崎先輩。おかげで、私がシカ部でやるべきことが見えたわ」
そして香織にお礼を言った餡子は、どこからかブラシを取り出してこしたんに向き合った。
「ということで、今からブラッシングしてあげるわ。お姉ちゃん、ジッとしてて」
「いや、ちょっと待て! 餡子、落ち着け!!」
「虎視先輩、今助けます!!」
目を怪しく光らせながら、ブラシ片手にこしたんに迫る餡子。そんな実妹に怯え、こしたんはジリジリと後ずさる。そしてハジメがこしたんを助けようとするのだが…
「なぐもん、こしたんが離脱したから今度はなぐもんがブラッシングしてよ~」
「えりたん先輩、選手交代して良いですかぁ? なぐもん先輩のブラッシングの腕前、実は気になっててぇ」
「そういうことなら仕方ないか。じゃあ、ばしゃめさん、行っておいで」
「うぇえ!? ちょっと…」
そのままのこたんとばしゃめが、ハジメからもブラッシングをせがもうと迫ってくる。それに手を阻まれるハジメと、餡子に迫られるこしたん。果たして、部長と副部長の運命はいかに?
「どうしよう…こうなったら、使えそうな武器と暗器全部引っ張り出して武力行使するしか」
そしてこの事態の鎮静化のため、物騒なことを考え始める香織であった。
一方、その様子を見ていた檜山というと…
(あ~あ。すっかり俺もこの部活に馴染んじまって、新入部員まで増えて行って…イヤ、今のやり取りを録画してSNSとかに上げたら、コイツら簡単に陥れられたじゃねぇか!?)
シカ部を陥れるチャンスを思いっきり逃していることに気づき、内心で驚愕していた。すっかり、このシカ部の緩い空気に気づかずに絆されてしまったようだ。
(それに最近思うんだが、仮に弱みを見つけてそれをぶちまけても、天之河の奴が『虎視先輩ほどの秀才がそんなことするわけがない! 檜山の勘違いなんだ!!』とか言ってもみ消されちまうんじゃ…)
そして同時に、シカ部を陥れるうえで最大の障害の存在に気づきつつあった。日野南高校始まって以来の天才剣道少年"天之河光輝"の存在である。文武両道を地で行き、高いカリスマ性を有しているが、思い込みが強く『自分の正しさを疑う事を知らない』という悪癖があった。それ故に香織が自分と結ばれるべきで、彼女がハジメを好きだと知らずに気を遣ってやってると思っているのだ。その所為で原作時空では色々と拗れているのだが、今回は割愛しよう。
しかし序盤で軽く触れたが、これがこしたんにとっては好都合な形で機能していた。のこたんが野生の勘で見破ったというこしたんの元ヤンの過去を『鹿乃子先輩が勘違いして言い回っている』と周りに言い聞かせたことで、事態が鎮静化したのだ。人の善性を信じすぎている様子もあるので、仮に元ヤンだと確証を持っても『何か事情があってヤンキー=不良になってしまった』となってフォローに入る可能性もあった。
(あ~あ。もっとこう、天之河より学校で信頼されてる生徒とかが、味方してくれねぇかな…)
檜山がそんな都合のいいことが起きないかと考えているのと同時刻…
「あれが問題のシカ部ね」
一人の女子生徒が、シカ部の部室を校舎の窓から見下ろしていた。果たして彼女は、敵か味方か?
ちなみに、ばしゃめ発案の稲作をするという活動は無事に申請が通りました。秋頃をお楽しみに。
次回、ようやくねこちゃんを出せます。ラストの様子で分かるように、檜山とシカ部撲滅関連で絡みがあります。カップリングの予定はないのでご安心を。あと、鹿神神社の奉仕活動はオリジナル回で少し考えている話があります。