テニス部に入って一週間が経過した。
今日も背中にラケットが入ったケースを背負って登校する。
最初は違和感があったものだけれど、一週間もすると慣れたものだ。
校門を抜けると、普段溢れかえっている学生が誰もいない。
時刻は八時に差し掛かろうとしているところ。朝練真っ最中の時間であるし、部活がない生徒は登校しない時間で、ちょうど校門近くに人が集まらない時間だから当然だ。
俺も職員室に呼ばれていなければ、こんな朝早くに登校することはない。
誰もいない校舎に入り、職員室へと向かう。
人がいない廊下を歩いていると、澄んだ空気に気持ちが和らいだ。そのお陰か否か、職員室の扉に手を掛けるのも緊張はない。
「失礼します」
職員室に入ると、いた先生方から視線を浴びる。
「よく来てくれたわね、小湊さん」
その中の一人がそそくさと俺の方に近づいてきた。
「小湊さん、よく来てくれたわね。今から林間学校についての説明をするから応接室に来てくれるかしら?」
「はい、勿論です」
そう言って笑うと、先生は「はうぅ」と唸った。
「先生?」
「ご、ごめんなさい。こちらへ」
応接室へ案内される。職員室の中にあり、ソファーが向かい合って配置されていて、その中央にテーブルが置かれているだけの小狭な部屋だった。
「小湊さん、まずは林間学校についての説明から」
林間学校は二泊三日。
男子は個室が与えられ、部屋の選択権がある。
アクティビティや体験学習などは自習での勉強に変更可。
他にも移動や様々なことに男子の意思を尊重する選択肢が用意されていることを先生から聞かされる。
「というわけで、小湊さん。この用紙に希望を書いてくださるかしら?」
今日呼び出されたのはこれ。プライバシーを守りつつ、意思を確認するのが目的らしい。
俺は渡された紙にクラスメイトと同じ扱いになるよう記入し、先生に渡す。
「え、えと、小湊さん。これ女子と同じなのだけれど?」
「はい。流石に特別扱いは居心地が悪いです」
「はわわ。同僚から聞いていたけれど、なんて良い男の子なの!?」
「あはは……」
転生してしばらく経ったが、こういう反応にはまだ慣れてないなかった。
「なら同じ扱いにしておくわね。それで次で最後なのだけれど、フォークダンスのペアの希望用紙にパートナーの名前を記入して欲しいの」
先生に差し出された紙を見て、ドキリとする。
そんな俺が嫌がっているように見えたのか、先生は申し訳なさそうに話した。
「ごめんなさい、これは必修なの」
ダンス必修化の煽りを受けて〜、みたいな説明を聞き流しながら、俺はついに来たか、と緊張した。
「だから人権侵害にならないし、出来るだけ男子が嫌がらないようにとの配慮で、パートナーを男子が希望できるようにしているけれど、それでも嫌よね。どうしても踊りたくないと言うのなら何とか対応もするけれど……」
先生の眉間に皺が寄っている。
何とか対応するとは言いつつも難しいのだろう。
やはりこれは参加しないといけないみたいだ。
「大丈夫です。俺は踊ることに抵抗はないので参加させてください」
「ほっ。良かったわ。小湊さんと踊れる子が妬ましい……どうして私が学生時代に小湊さんがいなかったのかしら。いや今でも……」
「あはは……。それでこのパートナーを希望する用紙は、今提出しないと駄目でしょうか?」
「いえ。林間学校の前日までに提出してもらえれば問題ないわ」
先生の言葉にホッと息をついた。
まだ相手は決まっていないから助かるなあ。
「わかりました。それではまた、提出しに来ます」
「ええ。何か質問があってもなくてもいらっしゃい。というか来て」
先生にぺこりと頭を下げて職員室から出る。
扉が閉まると俺は手に持った用紙を眺める。
再来週の土日が林間学校なので、猶予はあと十日。
それまでに正しい選択をしなければ、友達とはしゃぎ、笑い合いながら踊るという、煌びやかな青春の一幕を奪ってしまう。
罪悪感で俺の青春の一ページも灰色に塗りつぶされてしまう。
そう悲観していたけれど、今の俺はそこまで悲観していなかった。
この一週間、何もせずに過ごしていたわけではないのだから。
「うん、きっと大丈夫」
そう呟いて教室へと向かう。
職員室は教室と別棟であり、文化部室がある方に存在するため、歩いているだけで各部活が朝練に勤しむ声が聞こえてくる。
青春の空気に満ち満ちていて、何となく心が踊った。
「あれ? なーくん?」
歩いていると、ちょうど軽音部室の前で舞亜ちゃんと出会った。
「おはよう。今日、早いね」
「うん、ちと部室に忘れ物をしててね」
「へえ。今から教室に行くけど一緒に行く?」
「行く!!」
朝から元気な舞亜ちゃんに笑う。
一週間経ったけれど、舞亜ちゃんとは順調に仲良くなれている気がする。
とはいえ、距離感自体は初日から変わりはないので、気がするだけかもしれない。
「昨日、推してるバンドのMVが配信されてさあ〜」
「何てバンドだっけ? 猫に食べられたい人生だっけ?」
「知らないそんなバンド! 推してたら変な思想がありそうでしょ!?」
「ないの?」
「なーくんからは、ありそうに見えてる!?」
「あはは。冗談だよ」
なんていつもの会話を楽しみながら廊下を歩く。
こんな会話も一週間が経てば慣れたもの。日常の風景と化している。
「あっ、小湊さんおはよー」
「おはよう」
すれ違いざまに知り合いに挨拶をする。
「小湊くん! おはよう!」
「おはようございます、先輩」
すれ違いざまに駅が同じ先輩に挨拶をする。
「小湊さん、今日早いね〜」
「先輩こそ。暇なら朝練行けばいいんじゃないですか?」
「やだ〜」
なんて、廊下ですれ違う知人と一言二言会話するのも日常の風景。
テニス部つながりだったり、クラスメイトだったり、友達の友達だったり、数珠繋ぎで交友関係は広がったのだ。
実際に雑談を交わせる仲の人は、まだ三十人は越えていない。
とはいえ、一週間で顔見知りが増えたことは事実で、それがダンスのパートナー選びに楽観的な理由だったりする。
「……なーくん」
「ああごめん、紹介とかした方が良かった?」
「いや、そうじゃなくて……いつの間にこれほどの人脈を?」
「仲良くなろうと頑張ってたら自然に。まあでも、部活に所属したのが大きいかな。数珠つながりで会話するみたいなこと多かったし」
「……まずい」
「何が?」
首を傾げると、舞亜ちゃんは手をわちゃわちゃさせた。
「いやいや気にしないで! それよりも、そう言えば聞いてなかったけれど、今朝早い理由って何だったの?」
「あぁ、林間学校の説明を聞いてたんだよ」
「へ、へえ〜」
「男子は特別待遇を受けられるみたいな話だったんだけど、普通に皆と楽しみたいし断ってきた」
「そ、そうなんだ。ちなみに、ダンスのペアの話とかは?」
「うん。聞いたよ。提出期限は来週一杯って感じだったから、保留にしてきた」
「ふ、ふーん……」
舞亜ちゃんはどこか浮かない顔をしている。
ないとは思うけど、選ばれるのを恐れて、とかだったら泣いちゃうんだけど。
「小湊さーん」
「おはよー」
なんてまたすれ違いざまに挨拶してから舞亜ちゃんに視線を戻す。すると舞亜ちゃんは浮かない顔のままこめかみに汗を滑らせていた。
***
(深山 怜 視点)
体育終わりの放課後の教室。
「じゃあ俺部活行くから、また明日!」
部活に行く凪に手を振って別れの挨拶を交わし、私は椅子に反対に座る美甘と机を挟んで向かい合う。
「美甘、ちょっと残ってってどういうこと?」
「いやあ、深山もある程度想像はついてるんじゃない?」
「……うん」
「何について話したいか、せーので言おっか」
私は美甘の掛け声に合わせて口を開く。
「凪がバレ始めた」
「なーくんがバレ始めた」
「凪がバレ始めたこと、やっぱり深山も気にしてたんだね」
美甘の言葉に頷く。
周りに話を聞かれないよう首を振って人を確認する。
ぽつぽつとはいるけれど、潜めた声を聞かれるような数じゃない。
「うん……昼休みに売店に行った時だけど」
と今日あった出来事について語る。
「売店で凪がパンを買おうとしたときにさ、私の知らない女子が近づいてきて『小湊くん、奢るよ』なんて声かけられてた。完全に親しい仲って感じだったけど、下心が隠しきれずにいてさ」
「深山はちゃんと追っ払ったんだよね?」
「そんなこと出来るわけない。で、凪は……」
「いい。想像ついた。どうせ、奢ってもらうのなんて悪いよ〜、とか言ったんだよね? 男子に奢らない女子は軽蔑されるのが普通なのに、本当になーくんだわ」
「いや、違う」
「え、違うの?」
「うん。その子大人しそうな子だったから凪は『今回は奢ってもらわないけど、また奢りに来てよ』って奢ってもらわない気しかない口調で言ってさ、わざわざ話しかけに来る口実を作ってあげてたよ」
「……なーくんだ」
美甘は頭を抱えた。
私も同じ気持ち。そんなに女子に気を持たせるようなことをしないで欲しい。
でもそんな凪が好きで好きで仕方ないのだけど。
というより。
「ねえ、美甘」
「何?」
「もしかして美甘って、凪のことが好きなの?」
よく考えれば、好きでもないのなら凪がバレ始めても問題ない。
私は好きだから大問題なのだけれど、ただの友達である美甘が気にするのは違和感がある。
「ええ? 今更?」
美甘が呆れたような目を向けてくる。
「み、美甘は凪のことを好きだったの?」
「好き」
美甘はふいと顔を背けた。頬は桃色に染まっていて、胸が窮屈になる可愛さがある。
美甘が凪のことを……好き?
いやだって、嘘。別に私だって鈍いわけじゃないし、他の子が凪に向ける好意には気づいていた。
だから美甘が好きというなら隠すのが上手すぎる……って、え。
でもそれなら、こんなに可愛くて明るい子が凪のことを好きってこと?
そんなの……私に勝ち目なんて。
得体の知れない不安で動悸が激しくなり、まとまらない考えが脳内をぐるぐるとかけめぐる。目の前がチカチカしてきさえした。
「……はあ。って言ったら深山は困るでしょ?」
美甘は私を見てため息混じりに言った。
「う、うん」
「だから言わない。どうせ私はなーくんに選ばれないと思うし……でも!」
美甘がバンと机に手をついて立ち上がった。
「なーくんがバレ始めたのは別!! やだぁ〜、無理だって分かってるのに、なーくんが女どもに狙われちゃうのがやだぁ〜!」
すぐに美甘は椅子に座り直し、机にうつ伏せになった。
美甘の気持ちが痛いほどわかる。
元々無理なのは重々承知。誰かの隣に凪が収まるのも時間の問題。
だけどそれでも、誰かに取られることを受け入れられるほど強くない。
好きなんだ。
本当に好きなんだ。
何もかもを投げ打って良いくらいに好きなんだ。
「美甘、気持ちは分かる」
「だよね、だから深山に共有したくて言ったの。なーくんが他の女の子と話してるのとか、なーくんが女の子に言い寄られてる姿は見たくないよ……」
「うん」
それも分かる。
ここ一週間で凪がバレ始め、色んな子たちと関わっている姿を目にしてきた。
その度にちくちくと胸が痛み、凪がどこかへ行ってしまう危機感に息苦しくなった。
何より私に向けられた優しさを他の子に分け与えている姿は、特別ではないという事実を突きつけられているようで、どうしようもなく私の心を痛めた。
「深山はどうやってメンタル保っている?」
顔を上げた美甘に目を向けられる。
メンタルを保つ。そんなの私が教えて欲しい。
凪に好意を寄せる女の子たちを見る度、私は貴女たちとは違う、なんて考えをしてしまう。
他の子みたいに、凪が女子相手でも優しいとか、凪のルックスが良いとかそんな浅いところを好きなわけじゃない。
私は凪の良いところを皆よりずっと知っていて、誰よりも凪の人間が好きだし、一つ一つの動作も体温も香りも力強い腕も鎖骨もまつ毛も、語り尽くせないくらい好きなところがあるのだ。
だから誰よりも私は凪を深く好きなのに、適当な好きで凪が誰かの隣に収まることを考える度に胸が窮屈になる。
そして頭が冷えれば、誰よりも凪を知ってる、なんてのが妄想でしかなく、私も他の子と変わらないという事実を理解してまた胸が窮屈になる。
「その様子じゃあ、深山もダメそうか」
「うん。でも、だからと言って……」
「言いたいことは分かる。凪に他の女子に絡むな、なんて言えないし、他の女子に圧かけたりとか人の道を踏み外すような行為は出来ない」
私が言おうとしていたことを美甘は言った。
好きだから何をしても良いわけではない。
いくら辛く気に食わなかろうが、そういった行為に及べば人の道を踏み外し、化け物に成り下がってしまう。
「でも何もしないと、凪は誰かに……」
その言葉の先を口にするのも億劫で、私と美甘は同時にため息をついた。
「舞亜に深山。まだ残ってたんだ」
そんな声に振り返ると、小鳥遊と清水が教室に入ってきたところだった。
「うん」
「部活はいいの? 二人とも?」
小鳥遊と清水が私たちに近づいてくる。
「顧問の先生の出張で今日はない」
「私もない。そもそも軽音は常に自由参加だから」
私と美甘が答えるとと、清水は嬉しそうに言った。
「あ、そうなんだ! 私もないからファミレス行こうよ! ファミレス! これから夕子と行くんだけど、二人も行こうよ!」
私と美甘はお互いに顔を向けたのち、清水の提案に頷いた。
近くのファミレス。
各々が料理を頼み、食べ終え、テーブル上にはシェア用のポテトとドリンクバーのグラスが四つだけ残されていた。
「舞亜、何か元気ないね?」
もそもそと小動物みたいにポテトを貪り続ける美甘に、清水は首をかしげた。
「どしたの? ポテト食べたらいっつも元気になるのに」
「ポテト星人だと勘違いしてる?」
「違うの?」
「割と否定は出来ないけど、ポテト星人じゃない」
すぐにポテトをモグモグし始めた美甘に、小鳥遊は呆れたようにため息をついた。
「ここに来る前、深山は舞亜と何話してたの?」
「えっと、それは……」
言い淀む。
凪がバレ始めた危機感に怯えていたなんて、恥ずかしくて言いたくない。
「ま、大体察してるけど。どうせ小湊がバレ始めたとか、そんなんでしょ」
私と美甘は身をびくっとさせた。
「あはは、だから元気なかったんだ二人とも。そうだよね〜、小湊くんサッカー部でも軽く噂になってるよ」
「う、噂ってどんな?」
「一年にすっごく素敵な男子がいるって」
「うぐ……」
「サッカー部のキャプテンが聞いてきたしね。清水って小湊って子と仲良いんでしょ? どんな子なの? ってさ」
うっ、そういう系の漫画で見たことある。
初恋の男の子がNTRされるやつだ。
「それで言うなら、うちの金髪ギャル先輩も小湊のことをイヤらしい目でニタニタ見てた気がする」
うっ、そういう系の漫画で見たことある。
初恋の男の子がNTRされるやつだ。
「そ、そんなに噂になってるんだ」
「割とね〜。まあでも、まだ知らない人の方が圧倒的に多いと思うよ」
でもそれは、多分今だけ。
どうしよう美甘ぉ、と見ると泡吹いて死んでいた。
「美甘!?」
「ハッ!? ここ数秒の記憶がないっ!」
無事蘇生された美甘にホッと胸を撫で下ろすが、脳が破壊されたみたいだった。
知らない方が幸せかもしれないので、むしろ嫉妬までする。
「あはは。ま、遅かれ早かれ、小湊くんが女子に狙われるのは時間の問題だと思うよ」
「うん、気にするのも馬鹿馬鹿しいと思うけど」
二人の発言は正しい。
だけど……気になってしまうのだ。
正論なんかで縛られてくれるのなら、凪になんかに恋しない。
痛い目見るのはわかりきっていても、胸はときめくし、体は火照る。
気を抜けば凪のことばかり考えてしまって甘い気分に浮かれてしまう。
……何て私は情けない生き物なんだ。
「わかってるけど、気にしちゃうんだよぉ!」
美甘は涙声でそう言った。
やはり気持ちは同じみたいだ。
「じゃあもう告白したら? うちが呼んできてあげるよ」
「やめてやめてやめて!! 断られたら死ぬ!!」
「そうと決まったわけではなくない?」
「そうと決まってるの!」
「じゃあ諦めたら?」
「こっちは諦めたいんだよ! つかさっきから私がなーくんを好きみたいに言わないで!」
「それで好きじゃないは無理があるでしょ」
うがー、と隣の小鳥遊に飛びかかるところ見るに、美甘に少し元気が戻ったみたいで安心する。
やっぱりこの三人の友人関係は良いものだ。
ここに凪まで加わるのだから、最高の友達グループに入れてもらえたありがたみを実感した。
「あぁ鬱陶しい。良くわからないけど、うじうじしてても仕方ないでしょ。試しに相談でもしてみれば?」
「それはそう、だけど誰にすれば……はっ!?」
美甘は目を見開き、清水をじっと見る。
「ええ〜、私? 何も相談になんて乗れないって」
「いや、涼香が私は適任だと思う」
「どうして?」
「涼香は私らの中で唯一の彼氏持ちだから」
「ええっ!?」
私は飛び上がった。
清水が彼氏持ち!? そんな素振り一切なかったのに!
と、ということは、あんなことやこんなこともして……。
あ、あれって、気持ちいいのかとか、どんな味がするのかとか、本物は違うのかとか、清水は知ってるってこと!?
私もまじまじと見てしまうが、清水は爽やかに笑って流した。
「今は私付き合ってないよ」
「ええっ!?」
美甘が驚愕の声をあげた。
「あ、やっぱ。そうなんだ?」
「夕子は気づいてたか」
「何となくね。涼香を見てれば気づくよ」
「いや気づかんし。どれだけ涼香が好きなんだよ」
美甘が言うと、小鳥遊は照れ臭そうにそっぽを向いた。
「ま、そういうわけだから、相談に乗れそうにないよ〜。あと深山もごめんね〜、手すら繋いだことないから、何もわからないよ〜」
「べ、別に……そんなの興味ない」
「あはは。ダーツで小湊くんの言葉に反応してた時から思ってたけど、深山はむっつりだなぁ」
「うっ」
「いやそんなんはいい! 涼香! いつから別れてたの!?」
そ、そんなん。私は結構悩んでるんだけど……。
なんて私を置いてけぼりに話は進んでいく。
「えーと、春休みかなあ」
「嘘。な、なんで別れたの?」
「うーん。付き合ってるのが馬鹿らしくなったから」
「ほへー」
「夕子!! ほへー、なんて冷めたテンションでよく聞けるね!? 一生分の運を使い果たして付き合えたのに、別れたんだよ!?」
「えー。別に告白も私からしたわけじゃないし、運使い果たしてなんかないって」
「あー、うざ! モテ女うざ!」
「そう言われてもなあ。それに私のことは良いって。今は二人のことでしょ?」
「そ、それはそうだけどさあ」
「ね。だから、はいパス。夕子、舞亜の相談乗ってあげて」
「ええ〜。てかさ、舞亜、深山」
「何、夕子?」
「一々、人気が出始めたことを気にするような調子でさ、これから先、友達続けられるの? 一緒にいるだけで辛いとか、好きで友達を続けることが苦しいとかならないの?」
小鳥遊の言葉に目を逸らして窓の外へ目を向ける。
小鳥遊の言う通りだ。
凪の言動に一喜一憂している今の調子では苦しむことは目に見えている。
凪がこの先もっと女子の目に留まり、もっと他の女子と関わるようになれば、友達という関係にきっと苦しくなってしまう。
だけど友達でいなければ凪の側にはいられない。
だから友達をやめられない。苦しみながらも友達という関係に縋るだろう。
それは続けられるものなのだろうか……えっ!?
「皆、伏せて! そして静かに!!」
「どしたの、深山?」
「いいから」
「むぎゅう」
私は美甘を無理やり押さえつける。
すると、清水と小鳥遊もわけのわからぬまま身を伏せてくれた。
「入口」
私はバスケ仕込みのアイコンタクトで、全員の視線を入口へ誘導する。
しばらくするとドアが開き、2名が来店した。
一人は茶髪で胸の大きな可愛い女子。
もう一人は、凪だった。