考え続けた結果、結局一睡も出来なかった。
なんとなく誰とも会いたくなくて、朝ギリギリに登校。
休み時間は寝て過ごし、また授業になるとぼーっと聞き流しながら、自分の世界にこもる。
まだ人とどう接すべきかは答えが出ていない。
郷に入っては郷に従え……なのかなあ。
正直言って、世の男性と同じ振る舞いをすることにはかなりの抵抗がある。
女性に臆病にも、傲慢になることも、嫌悪感があってしたくない。
そもそも、この世界の男性と話した経験は春休みに一度あったくらいで、この世界の男性らしく振る舞えるかと言われると疑問符がつく。
とはいえ、今のままでは良くないのも事実だ。
本当にどうしよう。そこの答えが出ないと、千秋さんに対しての接し方も変わってくるから返事もできないし……。
なんてことを考え続けているとすぐに授業が終わった。
昼休みになって、先生が教室から出ていく。
このまま殻に閉じこもっていたい気分だったが、いつまでもそうしてはいられない。
昼休みになっても皆のところへ行かないというのは不自然で、変に心配させてしまうのは申し訳なく俺は皆の元へ向かう。
「おはよう」
声をかけると、びくん、と舞亜ちゃんと怜が跳ねた。
「あ、あ、う、うん! おはよう!?」
「お、おおおおはよ、凪」
何故か二人が挙動不審だ。
昨日のこともあって、俺が何かしたんじゃないかと思えてくる。
「おはよう、って時間でもないでしょ」
「そうだね、小鳥遊さん。でも、こんにちは、って他人行儀な感じでもないでしょ? あ……」
俺はそう言って、不意に口を閉じた。
あまりこういうことは言わない方がいいのかな?
他の男性がこういうことを話しているところは見ない気がする。
そもそも女子に話しかけにいく男子というのもこの世界に来て見たことがない。
「どうかした?」
「い、いや、何でもない」
「うん? そうならいいけど」
「小湊くん、大丈夫? 今日ずっと寝てたし、もしかして体調悪かったり?」
「あーいや。全然大丈夫なんだけど、寝不足っていうかなんというか……」
心配させたくなくて笑うと、舞亜ちゃんと怜の顔が曇った。
「本当に大丈夫だよ!」
「わ、わかってる! たまには寝不足ってこともあるよね!」
「う、うん……」
どこか気まずい。
俺だけでなく、二人もいつもとは違う感じだ。
そんな様子にため息をついた小鳥遊さんが俺に目を向けてきた。
「小湊はさあ〜、結局林間……」
「わああ〜!!」
「小鳥遊ぃ〜!!」
急に大きな声を上げた二人に、小鳥遊さんは眉を顰めた。
「何?」
「何じゃないよ! 夕子!?」
「今何を言おうとした!?」
「いやそれは……」
「「言わなくて良い!!」」
二人の声が重なったあと、舞亜ちゃんが俺に話を振った。
「な、なーくんは、昼食ってどうするの?」
「えっと、惣菜パンを持ってきたからそれ食べようかなって」
「そ、そう! なら楽しく雑談しながら一緒にお昼できるね!」
舞亜ちゃんが明るく言ったけれど、そうはならなかった。
気まずさが残ったままぎこちない会話がひたすらに続く。
互いに距離を掴みかねているような、そんな感覚にどこか落ち着かない。
「あー、えっと……」
食事を終えるとついに沈黙まで訪れた。
俺も何か話題を出そうとするけど、何なら良いかがわからず、口に出そうとしては飲み込むを繰り返してしまう。
結果気まずい沈黙が続く。
「……」
「……」
「……」
「はあ……」
沈黙を破ったのは小鳥遊さんのため息だった。
「涼香、馬鹿二人は任せて良い?」
「ええ? うん?」
「じゃあ小湊」
「は、はい」
「寝不足なんでしょ? 連れてったげるから、保健室で休んできな」
「い、いや大丈夫……」
「じゃない。ほら、行くよ」
小鳥遊さんが歩き始めたので、俺は引き寄せられるようについていく。
「なーくんが、今日元気ないのってさ」
「うん。きっと……だよね……」
教室から出る間際、怜と舞亜ちゃんの会話が微に聞こえた気がした。
それからしばらくして、小鳥遊さんが歩いていく方向は保健室は別方向なのに気づく。
どこへいくつもりか気になって尋ねてみる。
「あの、小鳥遊さん? こっちは保健室のない方だけど?」
「ん。いいから、ついてきて」
小鳥遊さんは階段を上っていき、屋上への扉を開いた。
外へ出て行った小鳥遊さんに続いて、屋上に出る。
身を抱くような冷たい風に吹き付けられた。
「さあ、お話ししようか」
昼休みにもかかわらず屋上に人がいないのは、吹き付ける風が強いせいだろう。
小鳥遊さんの声も風の音にかき消されていて、聞き取りづらい。
「話って何を?」
「今日、小湊が気まずそうにしてる話」
やはりというべきかバレてしまっていたようだった。
「あーその、何とかするから」
「それって、ちゃんと何とか出来るものなの?」
直ぐに答えは出なかった。
どう過ごすべきか。
昨日の夜から全力で向き合っている問いに、まだ答えが出ていない。
「ま、そりゃそうだよね。簡単な話じゃなさそうだし」
小鳥遊さんはカラカラと笑って続けた。
「小湊が悩んでること当てて良い?」
「え、うん」
「どうやって接したら良いのかって悩んでるんじゃない?」
「……そんなに分かりやすい?」
「まあうちらはズルしてるとこあるけど、割と分かりやすい」
「ズル?」
「そこはいいよ。深くは聞いてこないでほしいし、小湊が悩むに至ったわけも深くは聞かない」
深掘りされると千秋さんとの事情を話さないといけなくなるので、少し安堵した。
「まあうちは人をよく見るタイプだから、ズルしなくても予想は出来ただろうけど」
「人を良く見るタイプ、か。この前もそんな話をしてたよね」
「そっ。人の目を気にしてこんな格好をするようになるくらい気にするタイプ。だからわかる」
「一応、予想できる理由を聞いても良い?」
「小湊はどういうわけか知らないけど常識に疎い。出会った初日から涼香が懇切丁寧教えてたくらいに常識に疎い。だから女子への接し方も慣れていない、いや慣れていて逆に慣れていない小湊が女子に好意を寄せられたら、そりゃ悩むだろうなって。どう? 当たり?」
「あー、まあほぼ正解かな? 好意を寄せられて嫌って悩んでいるわけじゃないし」
そう言うと、小鳥遊さんは笑った。
「ほぼ、か。なら安心だ。当たってる」
「どういうこと?」
「好意を寄せられることに悩むんじゃなくて、好意を寄せてしまったりだとか意図しないことで傷つけないか悩んでるんでしょ?」
「……はい」
事実そうだった。好意を寄せられていることに困っているわけではない。千秋さんの告白に今でも二つ返事ではいと答えたいと思っている。
だけどそれじゃいけない、と千秋さんの真剣な表情が訴えかけてくる。
真剣に好意に応えるために、この世界での自分の在り方に悩んでいるのだ。
「なら当たり。やっぱりうちの目に間違いはない。だったら小湊さ」
強い風が吹いて小鳥遊さんの金色の髪が靡く。
それは日に透けたことで、余りに綺麗だった。
「騙されたと思って、今まで通り過ごしてみなよ」
その言葉は素直に飲み込めない。
今まで通りであれば、この世界の常識に逆らうということ。
意図せずして悲劇を招く可能性は高い。
「そういうわけにはいかないよ」
「うん。そう言うからこそ、今まで通りでいい。うちが、舞亜と涼香のことを大切にしているって話を覚えてる?」
「覚えてるけれど?」
「なら、そんなに大切にしている友達の輪の中にさ、害なす奴を放置しておくわけがないと思わない?」
たしかに、それはそう。きっと小鳥遊さんなら排除しようとするはず。
だったら、小鳥遊さんから見れば今までの俺の振る舞いは、害をなすように見えなかったということ?
嬉しいけれど、優しい言葉に甘えてしまうのは……。
「わかっていて、尚不安か。いや罪悪感か。まあ何でもいいけど」
と言った後、小鳥遊さんは笑って続けた。
「とりあえず、林間学校までの間、変わらずに過ごしてみてよ。そこから先は好きにしていいからさ」
「林間学校までの間か……」
「うちは大切な友達の輪の中にいて欲しいと思うくらい、小湊を買ってる。舞亜に涼香、深山だって同じ。だから大丈夫、それだけの期間があれば、各々が答えを出せるし、前に進むから」
正直言うと、今のままでは答えが出る未来は見えていない。
だけど俺は続く小鳥遊さんの言葉に、信じることに決めた。
「人を見る目がある、うちが大切にする友達なんだ。小湊自身を含め、あまり舐めないで欲しい」
俺も小鳥遊さんを買っている。
その小鳥遊さんを舐めていないからこそ信じられる。
「……わかった。ありがとう、小鳥遊さん」
頭を下げると、小鳥遊さんは満足げに頷いた。