何もかもを吐き出して、深い穴に埋め立てた。
もう捨てきった。万事尽くした。
だけど火種は燻っていた。
瞼を閉じて眠りにつこうとしたときに、つい想起されてしまうとダメだった。
好きで、好きで、たまらなく愛おしい。
苦しくて、もどかしくて、熱っぽくって切ない。
そんな感情はとめどなく胸の内を暴れ回り、消えかけた灯火を業火に変えてしまった。
だから翌朝には我慢できず掘り返した。
深い穴に閉じ込めたところで無駄だった。
私にとっての、宝物はどうしようと輝きを失わなかった。
***
「ちーっす、先輩」
「おう、舞亜。今日も今日とて無駄に可愛いな」
「先輩、話があります」
「話って、何?」
「急遽、ライブしたいんで死ぬ気で練習してもらえませんか?」
***
ニュースを見た。
意中の男性宅に押しかけた女性が逮捕されたというニュース。
ロックが万全で事なきを得たらしいけれど、一歩間違えば大惨事だったらしい。
勿論犯罪で、許されべきではない行為。
男性に望まれないことを強硬する最低で卑劣な行為だ。
なーくんの為には恋情は捨てる方が正しい。
なのに捨てられず、迷惑をかけようとしている。
感情を抑え切れない犯罪者と、感情を捨て切れない私、何が違うのだろうか。
***
「なーくん、あのさ」
「何? 舞亜ちゃん?」
「今週の土曜日って空いてる?」
「うん。部活もないし、一日暇だけど?」
「だったらなんだけど、あのさ……」
「うん」
「ライブするから見に来てくれないかな?」
***
あの昼休みから、なーくんはいつも通りだ。
だけど一人でいるときは常に何か考えている物憂げな顔をしている。
きっと、告白の返事と自分の行動について考えているのだろう。
私はなーくんの友達でいるから今まで通りにしていても平気だよ、なんてことを今すぐにでも伝えるべき。
ただでさえ悩んでいるのに、さらに私から好意を寄せられたら困るに決まっている。
困るとわかっているのに、気持ちを抑えないのは犯罪者と変わらない。
だから身を引くのが正しい。
皆、そう考えて身を引く。
正しい。あまりに正しい選択。
でも、正しいだけでは何も掴み取れないのもまた正しいのだ。
***
練習で一曲歌い終える。
「……凄い」
「そうですか、先輩?」
「う、うん。何というか、熱がこもっているというか」
「あはは。まあ、ピアノをやってたときは毎日こんな感じでしたよ」
「そ、そうなんだ」
「本気すぎて、引きました?」
「……いや。美甘の本気が見れて嬉しい。いつも飄々とした感じだったから」
「そうですかね」
「うん。私も頑張ろうと思えるよ! よーし! やる気出てきた! 残り短いけど全力全開でやるぞ!!」
……そうなんだ。
私の本気には人を動かす力があるんだ。
本気になるのも悪くないかもしれない、そう思って過去の自分の努力が褒められたような気がした。
才能ある人たちに歯が立たなかったけれど、努力していた私は誰かに力を与えていたのかもしれない、そんなふうに思う。
あー、好きだな、やっぱり。
本気になる機会をくれたなーくんのおかげで、トラウマを少し克服できた。
なんて結びつけて胸がときめくあたり、やはり私はどうしようもない。
うん、どうしようもないんだ、これは。
恋してるんだから。
「先輩」
「何、美甘」
「ピアノをやってた時は毎日こんな感じって言いましたけど、嘘つきました」
今の方が間違いなく本気だった。
***
小さいライブハウス。
先輩の親が経営しているところで、午後からバンドが入る前に使わせてもらった。
バリバリと響く音が気持ちいい。
音に乗せて、思いっきり歌う。
いつもより妙に爽快で、頭の中はスッキリとしていた。
メンバーは、先輩+もう二人の先輩+私。
客は先輩の友達と好きな人が来る予定。
とくんとくんと胸が鳴る。
リハーサルを終え、控室で、胸を押さえる。
緊張してきた。
かつてないくらい緊張している。
だけど嫌ではない。
今すぐにでも走り出したくなる高揚感、武者震いというやつまである。
目を閉じて、興奮する自分を落ち着ける。
今日私はなーくんに伝える。
私の答えを思いっきりぶつける。
それは正しくない。
自分の都合で人に迷惑をかける醜い行為だ。
だけどそうしてでも手に入れたいのだ。
苦しくて熱くて切ない疼きを見て見ぬフリなんて出来っこなかった。
好きで、好きで、大好きでどうしようもない感情に抗うことなんて出来ない。
そんな私を犯罪者と同じだと思う人もいるだろうけど、私は違うと言える。
なぜなら犯罪は犯していないから。
それだけ。たったのそれだけしか違いがない。
精一杯好きな人のことを思いやり、それでもなお恋情に抗い切れず、犯罪にならないよう必死で押しとどめた結果、犯罪者にならなかっただけでしかない。
……本当に私ってやつは。
こんなやつに好意を寄せられて、なーくんも迷惑で仕方ないだろうな。
でも迷惑かけないようにって必死に努力した末の結論だから、どうにか許してほしい。いや、裁いてくれたって全然良い。ただ聞くだけ聞いてくれれば嬉しい。
「出番です!」
声がかかって深呼吸を一つ。
先輩たちの後ろにつづき、ステージの上へと上がった。
ステージの上に立った。
ライブハウスは狭いが、それでも空間ができるほど観客が少ない。
だけど気持ちはロックフェスで大観衆を前にしたようにずっと昂っている。
なーくんは……と見渡すがまだいない。
もしや来ないのでは?
なんて考えたとき、なーくんが入ってきたのが見えた。
ひっそりと後ろの方に陣取ったなーくんに、内心苦笑する。
きっと男子が近づいて水を差さないように、ライブの邪魔にならないようにとかそんなところだろう。
見てて痛ましい。
でも私はそういう優しいところに惚れたのだ。
だからさあ……。
「あーテステス」
握ったマイクの調子は悪くない。
喉の調子だって悪くない。
気持ちの乗りは最高だ。
皆と目線を合わす。
どうやら準備は万端みたい。
「皆様、お集まりいただき誠にありがとうございます」
そんな挨拶には「かたくるしー」と笑いが起こった。
「あはは。まー、マイクパフォーマンスとか超得意なんですけど、そういう気分じゃないので早速曲行っちゃいますね」
苦手なだけでしょ! なんて笑い声を聞いて満足する。
バンドメンバーと視線を交わす。
ドラムがカウント始める。
演奏が始まり、マイクを口元に近づける。
さあ、聞いてくれよ。
器のちっちゃな私の、でっかい叫びをさ。
「え……凄」
「やば……歌うますぎ」
歌い出すと、観客は目を見開いてた。
でも気にならない。
ビリビリと肌が震えるほど音の奔流に、歌声を混ぜ続ける。
自らの想いを込めて歌い続けるだけ。
なーくん、私は答えが出たよ。
私にはなーくんを諦めるなんて無理だった。
本気になっちゃダメって言い聞かせても、分を弁えろとか非現実的だとか正論でくどくど説教しても無理だった。
何をどうやっても、どう足掻いても無理。
恋心を消すなんて不可能だった。
だから、観念したよ。
私はなーくんと結ばれるために頑張る。
なーくんに恋をする。
きっと、なーくんは私の好意を嬉しいと思ってくれるだろうな。
本当に優しい。だからこそ、フって私を傷つけることに心を痛めるんだろうな。
そんなの杞憂だよ、と言ってあげたいけれど、私はフラれたら滅茶苦茶に傷つくと思う。
食事は喉を通らないし、無気力になるし、涙は枯れ果てると思う。
でもね、なーくん。傷つけることを恐れないでほしい。
だって普通に考えてほしい。
勝手に惚れて、勝手に傷つくだけなんだよ?
なーくんのどこに非があるの?
気をもたせやがって、と責任を求めるような化物を恐れると言うなら、まだわかる。
だけど勝手に惚れて、勝手に傷つくだけで、何も害を及ばさないのだから気にしないでほしい。
私は犯罪者にはならなかった。これからも犯罪者にはならない。
ただ勝手に恋をして、勝手に失恋するだけだから、私の大好きななーくんのままでいてよ。
それにさ。傷つけたくないと恐れられたら、傷つくことが出来なくなる。
恋するのに傷つかないなんて無理なんだから、それじゃあ恋ができないよ。
だからお願い。
本気になって傷つくことを誰よりも恐れていた私が、傷つくとわかっていて尚、恋がしたいんだ。
傷つけられるより恋がしたい気持ちを捨てさせないでほしい。
傷ついていいから……だから、だから私に恋をさせてくれ!!
「良かった!! すごい良かったよ!!」
「これ、私ら本当に凄いの見たんじゃないの!?」
「うぅ……泣けてきた」
一曲目が終わり、二曲目へ。
変わらず私は歌に乗せて想いを叫ぶだけだ。
「次の曲、行きます」
音の奔流に激情を混ぜる。
傷つくのだって悪いことばかりじゃない。
今だって、ピアノをやっていたことが歌の糧になっている。
だから大切なのは傷を癒せる存在だ。
傷つけるのが怖いと、そんなもので素敵な自分を見失うくらいなら、あなたが傷つけた人間全員私が癒してやる。
任せてくれ。私は友人に自分を重ね、自分も癒した実績持ちだ。
この世界は虚しくて、ひたすらに悲しいことばかりなのに、明日はくる。
ぽつんと立って、寂しくて、ずっとずっと苦しくても、明日はくる。
だから頑張らないといけない。
優しさに苦しむ人が、世界に呆れ返り絶望した人が、今も苦しみの最中にいる私と同じ皆が、仲間が生きていけるように、互いに前を向けるように届けたいんだ。
ほんと、届いてよ……お願いだから届いてよ。
一ミリなくたっていい。
微風程度だっていい。
だからお願い、届いて、お願いだから。
……うるせえ、届けよ、届け、届け、届け、届けえええええええええええ!! 私のエール!!
全身を燃やし尽くすように歌に全てをかける。
歌い終えると灰になったように体が崩れ落ちそうになる。
立っているのがやっとでフラフラ。
だけど、瞬き一つせずに私を見ている彼を見て、充実感に満たされた。
どうやら、ちゃんと伝わったみたいだった。
***
ライブが終わり、控え室。
皆は先に帰ったが、私は力を使い果たし、くたっとへたれていた。
あー、やりきった。
ちゃんと伝わったみたいで良かった。
私は私の答えを出した。
あとは、なーくんの答えを待つだけだ。
「すみません、失礼します」
ノックに返事をすると、なーくんが部屋に入ってきた。
ど、どうしよう。すこぶる恥ずかしくなってきた。
想いを伝えたはいいものの、よく考えると滅茶苦茶痛々しく、小っ恥ずかしいことをしてしまった……。
それに恋をすると宣戦布告したから、余計自分の恋心を意識してしまって恥ずかしいことこの上ない。
あ、あーもう、ダメだ!!
「な、なーくん! 私もペアで踊りたいから!! だからご検討のほどよろしくお願いします!!!!」
そう言って入れ替わりに楽屋を逃げ出した。
さっきまでが嘘みたいに私は思いっきり走る。
走って、走って、走り続ける。
足は疲れてダルいし、息は苦しいし、逃げ出してしまったことで今後のことを思うと気が重い。
だけど今までの何よりも爽快な気分で、笑いが止まらなかった。