朝七時。澄んだ空気と澄んだ空が爽快な時間。上る朝日を見ながら屋上で千秋さんを待っていた。
昨日は久しぶりにぐっすりと眠れたので、朝の空気が気持ちいい。
月曜日というのは憂鬱なものだけれど、そういった感情は一切なく、高原の風を浴びたような爽快感がある。
ここのところずっと、どう変わるべきか悩んでいた。
だけど気づいたことがある。
いや気付かされたことがある。
土曜日、舞亜ちゃんの歌を聞いた。
必死で、懸命で、花火のように激しい感情が、耳を通って脳で弾けた。
好きになることが相手の迷惑になるから、好きになれない。
傷ついてもいいから恋がしたいんだ。
だから傷つけることに怯えないでくれ。
真意を聞いていないから、メッセージを正しく受け取れているかはわからない。
違ったら恥ずかしいし、浅ましいから、返信は心の中に留める。
好きになってもらえて迷惑だなんてあるはずがない。
たまらなく嬉しいことで、感謝の念が絶えない。
ただ、想いに応えられないときは絶対にあると知った。
傷つけなければならないときがあることを知った。
傷つけることに恐れないでくれ、という切なる願いに対して、せめて傷つけることを恐れさせてくれ、と言いたい。
傷つけることは避けられないだろう。だけど精一杯傷つけないように立ち回る。それも何かに左右された俺ではなく、俺自身の選択で立ち回っていこうと思う。
それが俺の答え。いうならば何も変わらず、今までのまま行動するということ。
他のことも都度悩み、誰かじゃない、常識でもない、自分の答えを出していくつもりだ。
それはこの世界じゃ異端で、この世界に合わせることが正解で、間違っているかもしれない。
だけど多分、それでいい。俺は俺のままでいい。
今の俺を好きになってくれた、変わらないことを望んでもらえたのだから、変わらないままの俺が答えを出さなければいけないのだ。
それにこの世界に迎合せずとも良いと思う。
『私、凪ともっと仲良くなりたい。告白しても、無理だ、って笑ってくれて、それに、嫌だ、って言えるような関係になりたい。いや、なりたいじゃなくて、なるよ』
と、うどんとラーメンが回転寿司に着地するように、俺と怜の間で良い着地点が見出せると、怜が教えてくれた。
信頼関係があれば不可能なことなんてないという可能性を見た。
俺が俺のまま生きていくことも、一人一人に丁寧に向き合えば不可能ではないのだと思えた。
そしてやはり怜も変わっていない俺を好きになってくれた、俺が俺でいることを望んでくれた。
だから俺は変わらずに生きていくことに決めたのだ。
———カツン、カツン、カツン。
階段を駆け上る音が聞こえる。
千秋さんが近づいてくる音がする。
好きになってもらえた、その答えを出す時が来た。
あらためて今の俺に求められるほどの価値があるとは、さらさら思わない。
決して自己評価が低いわけでも、卑屈なわけでもないが、この世界の補正がかかっているだけで、大した男ではないと言い切れる。
だけどまあ。
そういうふうに考えるところが彼女らに好きと思ってもらえている。
それは元の世界でも、謙虚だと、誠実だと、好ましいと思う人がいる。。
何より、こんなに都合のいい世界でも変わってしまわないほど、そういうところを俺自身が好んでいた。
俺の方が彼女たちより先に好きだった、と気づいて笑った。
だから俺は……俺の答えを出すのだ。
「凪くん!」
汗をかき、額に髪をはりつけた千秋さんに言った。
「林間学校のことだけど———」
伝え終えると、千秋さんは嬉しそうに大きく頷いたのだった。
***
キャンプファイヤーの火が轟々と燃え盛っていた。
ぱちぱち、と蛍みたいな火の粉が夜空に舞っていて、火傷しないよう距離をとる。
とは言っても、火が照らす範囲から出ると真っ暗で、オレンジ色の地面から出ないよう付かず離れずの距離を保つ。
男子と女子も同じで、互いに距離を探り合いながらソワソワと音楽を静かに待っていた。
「ちょ! ふざけんな!」
「あー、私も男子と踊りたかったぁ!」
「あーるぷーすいちまんじゃーく」
反対に女子同士が踊るペアは騒がしい。
友達と馬鹿話をしていたり、男女ペアを恨みがましく見つめていたり、一足早くダンスをしていたり、と賑やかだ。
楽しむ声が星空に上がり、火を中心に輪になって繋がっている光景は、想像していた青春の光景だった。
「皆さん! 音楽かけますよ〜!」
先生の声を聞いて、俺は手を差し出した。
「一緒に踊ってくれる?」
ダンスの相手は迷うことなく手をとったが、疑問を投げかけて来た。
「あはは、勿論! だけど、舞亜でも、深山でも、別のクラスの子でも、夕子ですらなくて、どうして私を選んでくれたの?」
清水さんは、小首を傾げて言った。
清純派の美少女だから、仕草が朝ドラのワンシーンのようだ。
「今、一番気軽に楽しく踊れる相手だと思ったからかな」
清水さんにお願いしたのは、それが理由だ。
「んー、もうちょっと詳しくお願いできる? 大体想像はつくけど?」
「ご存知の通り、三人の誰かを誘いづらくて。小鳥遊さんは、舞亜ちゃんか清水さんの誰かとは踊らせてあげたかったし、部活の子も仲良いけど個人的には清水さんの方が親しいかなって。消去法みたいな説明になって申し訳ないけど、単に一緒に踊りたいだけなんだ」
「あはは。そうなんだ、ありがとう」
「迷惑じゃない?」
「勿論! それよりさ……舞亜と深山さん、と別クラスの子もか。なんて言って断ったの?」
「うーん、流石に言えないかなあ」
千秋さん、怜、舞亜ちゃんには、断りを入れていた。
『ごめん、今はまだ気持ちに応えられない。また好きになってもらえるよう頑張るから』
俺のことを好きになってもらえるのは不自然ではない。
だけどやはり、彼女らが元の世界に居れば、俺を選ぶ可能性が低いことは事実。
だから、元の世界基準でも選んでもらえる男になるように頑張る。
彼女らが俺の世界を知らずに選んでも、後悔させないようにそう決めたのだ。
そんな想いをありったけ込めて伝えた。
すると彼女らは、凪らしい、と笑って頷いてくれたのだった。
「えー、気になるよ」
「そんなに?」
「だって二人とも、小湊くんに断られてから、戦々恐々としてたからさ」
「本当?」
清水さんは、こんこん、と咳をして、舞亜ちゃんのモノマネを始めた。
「なーくんは言いました。『ごめん、今はまだ気持ちに応えられない。また好きになってもらえるよう頑張るから』と。つまり、今以上に好きにさせるから覚悟しとけってことですよねえ!?」
舞亜ちゃん、そんなことを言ってたのか。
つまり、そうではないし……いや、結果的にはそうなるのかな?
というより。
「知ってるじゃん」
「あはは。知ってる。本人の口から聞いてみたくて」
「清水さんは、したたかだなあ」
「うん。私はしたたかなんだよ」
その時、民謡がスピーカーから流れ出した。
「さっ、踊ろっか!」
「うん。俺がエスコートする側でもいい?」
清水さんが嬉しそうに頷いたので、俺は元の世界の男側で躍ったのだった。