貞操逆転世界でBSSならぬWSSを量産する話   作:ひつーじ

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深山怜は落ちる

 バッティングを終えて、俺たちは次々とアクティビティを楽しんだ。

 目についたものからどんどんやっていき、一々はしゃいで、喉が枯れるくらい笑った。

 

 ——その結果。

 

「つかれたぁ〜」

「もう足動かんってー」

 

 美甘さんと小鳥遊さんは、休憩用の丸テーブルにうつ伏せになっていた。

 時刻は18時。男子高校生という体力の獣の俺が疲れているので、文化系の二人がこうなるのも仕方なかった。

 

「大丈夫? はい、アキュエリアス」

 

 ドリンクバーで取ってきたスポドリを渡す。

 

「あんがと」

「神。男神」

 

 二人が首を起こしてストローをチューチュー。本当に疲れてそうだけど、顔は晴れやかでスッキリしている。楽しんだことが良く分かる表情だ。

 本当に楽しかったなあ、と今日のことを振り返る。

 

 ***

 

 ——バッティングの次に俺たちはテニスをした。

 

 深山さんがトスを上げて、スパン、とラケットを振り抜く。早い速度のボールが対角に飛んでいき、バウンドしたボールを美甘さんが空ぶった。

 

「深山さんナイスサービスエース!」

 

 前衛のポジションにいた俺は両手を上げて深山さんに駆け寄る。

 

「え」

「え、ってハイタッチだよ。得点取ったんだから、いえい!」

 

 深山さんは視線を下げ、顔を紅潮させる。

 だがすぐ顔に戻して、そっと手を合わせてきた。

 

「舞亜、うちがしてあげようか?」

「いらん」

 

 ——テニスの次はダーツ。

 

 ダーツを構える姿が格好いい深山さんは、肘をすっと伸ばしながら、摘んでいた矢を離した。

 綺麗に飛んでいった矢はちょうど的のど真ん中に刺さる。

 

「おっ、ど真ん中。やっぱり良いところ刺さると気持ちいいよね」

「う、うん……」

 

 顔の赤い深山さんが動かないので声をかける。

 

「じゃっ、次は俺の番。深山さん抜いてくれない?」

「……っ!?」

「うん? 刺さったダーツ抜いてくれないと投げられないんだけど?」

「だ、だよね。今すぐイく!」

 

 と深山さんは投げたダーツを慌てて抜きに行った。

 

「純粋で眩しいよお、夕子」

「うん。深山はあてられてんし」

「あはは、深山ちゃんは意外にむっつりか」

「分かるあんたも大概だけどね、涼香」

 

 ——ダーツの次はローラースケート。

 

 滑れない深山さんの手を引いて後ろ向きに滑る。

 

「はい、あんよが上手。あんよが上手」

「う、うぅ、恥ずかしい」

「あはは。じゃあ手、離そっか?」

「ダ、ダメ!」

「ちょ、そんな強く引っ張ったら、うわっ!?」

 

 転んで深山さんが俺に床ドンする格好になった。

 

「ご、ごめん」

「全然いいよ、綺麗に転んだし。それに俺が下になれて良かった」

 

 深山さんは顔を赤くしていたけれど、クール系美少女の顔が至近距離に迫って俺の方がドキドキした。

 

「事故なので警察は多分呼ばなくて大丈夫です! 多分!」

 

 ***

 

 ゲームコーナー、カラオケ、ビリヤード、卓球、他にも沢山遊び、深山さんだけでなく全員と同じように楽しい時間を過ごせた。

 思い返すだけで笑えてくるくらい楽しかったなあ。

 その気持ちは清水さんも同じようで、くすっと笑って言った。

 

「夕子も舞亜も死んでるけど、本当、楽しかったね!」

「本当に楽しかったのは同意だけど……涼香ぁ、元気すぎない?」

「そりゃ運動部ですから。へたれてるのは、舞亜と夕子だけだよ」

「へたれてるとか言うな。それは私に効く」

「何で?」

「何でも」

 

 美甘さんは、はあああ、とため息をついた。

 

「はぁぁ、楽しすぎた。そのせいで結局、どうしようか決まらなかった」

「どうしようか、ってどういうこと? 美甘さん」

「小湊さんは一番気にしないで」

「はあ」

 

 そう言われたら頷くほかない。

 まあ何はともあれ楽しめたようで何よりだ。

 

「これからどうする? あと一時間あるけど?」

 

 深山さんが尋ねると、小鳥遊さんがぐてーと机の上に伸びた。

 

「私は満足。もうお腹いっぱい」

 

 俺も小鳥遊さんと同じ気持ちだ。

 充実感がすごい。楽しさでお腹いっぱい。

 冗談でも誇張でもなく、今日は最高に楽しかった。

 ……だけど、最後にやり残したことがある。

 

「深山さん、まだ体力余ってる?」

「え、うん。私は大丈夫だけど?」

「そっか。じゃあちょっと付き合ってよ。清水さんは……」

「私は馬鹿二人の面倒見てるよ。正直疲れちゃったし」

「了解」

 

 馬鹿二人と言われて言い返す体力がない二人は、見てもらっていた方が安心だ。

 

「じゃあ深山さん行こっか?」

「う、うん」

 

 深山さんを連れて、あるエリアへ向かった。

 

「ここは?」

「ん? わからない?」

「わかるけど、どうしてバスケットコートに?」

 

 深山さんを連れてきた場所はバスケットコート。

 俺はダムダムとボールをついて、深山さんに話しかける。

 

「やりたかったでしょ? 真っ先に言ってたし」

 

 来て早々の会話を思い出す。

 

『まずどこから行く? バスケ以外で』

『バス……な、何でバスケダメなの?』

『そりゃ深山にボコられて終わりじゃん。やりたくなーい』

 

 そんな会話があったので、俺は深山さんがやりたいバスケをしたかった。

 

「う、うん。でも悪いって。小湊くんも疲れてる……わっ」

 

 俺は深山さんにパスを出して言う。

 

「俺がやりたいんだよ。それに学校で俺が言ったこと覚えてる?」

「えっと……」

「あはは、忘れた? じゃあもう一回言うよ。一緒に遊んで遠慮しなくなるまで仲良くなってやるから覚悟しとけ!」

 

 さあ来い! とディフェンスの体勢になる。

 深山さんはボールを持ったまま、ぽーっと立ち止まった。

 時が止まったように固まっていたけど、心底嬉しそうに笑い、輝いた目を俺に向けた。

 

「……うん! 私は強いよ、()!」

 

 凪……か。

 名前を呼ばれて嬉しくなる。

 遠慮はやめてくれたみたい。ぐっと距離が縮まったようだ。

 

「舐めてもらっちゃ困るよ、()

 

 お互い笑い合ってから1on1が始まった。

 ドリブルして、抜かれたり、抜いたり。シュートして、決めたり、外したり、ブロックされたり。

 熱い試合をする。俺も怜も真剣だけど、最高に楽しい遊びだ。

 弾ける汗は煌めいて見えた。

 激しい動きで熱くなる体は、運動以外の熱を帯びているように思えた。

 気持ちは軽く、ふわふわと浮いているようだ。

 

「あー、負けたぁ」

 

 5本先取の1on1が終わってへたり込む。

 身長と筋力では勝っていたけど、流石に怜には敵わずボロ負けしてしまった。

 だけどちょっとした掛け合いも、プレイを通したコミュニケーションも気持ちよかったし、何より楽しそうな怜の顔を見るだけで嬉しい気持ちで満たされた。

 

「ありがとう、凪」

「こっちこそ。悔しいけど、めちゃくちゃ楽しかった〜」

 

 俺は立ち上がってボールを片付ける。

 三人を待たせるわけにもいかないので、コートを出た。

 

「さっ、戻ろっか」

「うん……」

 

 皆のもとへ帰る道中、怜は真面目なトーンの声をかけてきた。

 

「凪。本当にありがとう」

「あはは、いいって」

「ううん、言わせて。今日一日本当に助けられてばっかで……情けないけど本当に嬉しかった」

「助けてもないし、情けなくもないって。照れくさいこと言うなあ」

 

 ぽりぽりと頬を掻いた時、ポケットのスマホが震えた。

 取り出してみると、アプリにメッセージが届いていたので、開いて確認する。

 

「あのさ、凪はどうして私に優しく……」

「良かった!」

 

 俺のつい出てしまった声と、怜の声が被ってしまった。

 

「ああ、ごめん。ちょっと心配してた子がさ、何もなくて無事だったみたいで、安心してつい。ごめんね、何言おうとしてた?」

「……ううん、もう大丈夫。わかったから」

 

 笑っている怜だけど、一瞬悲しげな顔を浮かべていたような気がした。

 

***

 

(深山 怜 視点)

 

 バスケットボールが好きだ。

 地面に叩けば跳ね返ってくるボールが愛おしい。

 ボードにボールが当たる音もネットに吸い込まれる音も気持ちいい。

 ドリブルの一瞬で加速する感覚、レイアップの浮遊感、ディフェンスのヒリヒリした時間、全てが爽快。

 良いところをあげればキリがないけれど、とりわけコミュニケーションが好きだ。

 誰がどこにいて、私はどこに行けば良いか考えるのが楽しい。

 相手を躱すためのフェイントも、味方の気持ちを汲んだパスも、信頼関係があってこそできるアイコンタクトも、ボールを通したコミュニケーションが上手くいけばどうしようもなく嬉しい。

 だからバスケが好き。

 好きすぎて、ずっと練習し続けた。

 結果、無口で引っ込み思案な私が、コート上では誰よりも饒舌になれた。

 厳格な家庭で育ち、面白いことも言えず、積極性もない、コミュ力にコンプレックスを抱いている私が饒舌になれたのだ。

 だからバスケが好き。

 何度でも言おう、私はバスケが好きだ。

 私以上にバスケを好きな人はいないと自信を持って言えるくらい好きだ。

 ……だがそれ以上に、私は男の子が好きだった。

 深山怜こと私は、スポーツ女子にありがちな少々性欲が強めな女子である。

 少々は流石に無理があるかもしれない。男子の性欲が女子の1/10なら、わりと男子もエッチなんじゃないかと思うくらいに強めの女子である。

 思春期であることを加味しても、男子への興味関心は人一倍強い。

 男子の低い声を聞くだけでソワソワしてしまう。

 すれ違いざまの男子の香りにくらくらしてしまう。

 ふと筋肉質な腕や角張った体が目に入ればドキドキしてしまう。

 男子が好きで、皆が憧れる恋愛も、その先もしたくて堪らない。

 だけど私は『男子なんて興味ないですよ』みたいな面している。

 だって男子は私のことが嫌いだから。

 別に表立って嫌われているわけじゃない。

 バスケで結果を残しているし、ルックスも良いらしいので、むしろ男子からの評価は低くない。

 しかし私は性欲が強めの女子だ。

 男子が女子の性欲に恐怖を覚えるのは常識。

 仲良くなって私が性欲が強いと知れば、きっと怖がられ、嫌われてしまう。

 もし運良く許容してもらえても、私の閨の声はいわゆるオホ声というやつで、野獣の嗎に男子は恐怖で精神が崩壊してしまうに違いない。

 だから自らの性的な面をひた隠しにし、男子を求めていないフリをしている。

 ふとした拍子に性が出て、男子に怖がられたくないのだ。

 我ながら深山怜という人間はどうしようもない奴だと思う。

 コミュ力の低さにコンプレックスを抱え、人一倍強い性欲を持て余しているくせに男子との関わりを自ら断とうとする奴だ。

 本当にどうしようもない奴。

 そして、そんな奴が小湊凪という男子と出会えばどうなるのか。

 それは自明の理だろう。

 

『何読んでるの?』

『え……?』

『それ、バスケの雑誌だよね? ってことは、バスケ部志望なんだ?』

『えとまあ、私、バスケ一筋だし』

『あはは。入学した日の朝からバスケ雑誌一人で読んでるくらいだもんね、ちゃんと本当の一筋だ!』

『……っ』

 

 コミュ力が低く、孤立していた私にそう声をかけてくれた。

 明るく楽しい冗談とともに距離を詰めてくれた。

 私は男子に興味ないフリをしていたから、今まで近づいてくる男子なんていなかった。

 だから声をかけられただけでも私にとって嬉しい出来事で、しかも一人で寂しい入学式の朝に声をかけられたのだから、妄想かと疑うくらい嬉しかった。

 

『あはは。割とそういう冗談許してくれるんだ。ますます友達になりたくなったよ、仲良くしてくれる?』

『本当。綺麗だし、ハードル高かったんだから』

 

 凪は男子に免疫のない私に追い討ちをかけるように、女が喜ぶ言葉をかけてくれた。

 初めてまともに会話した男子が格好良くて優しい。それだけで胸が張り裂けんばかりに痛かったのに、凪はそんな私を嘲笑うように心臓を壊しにきた。

 

『ほら照れない。友達作りに行くだけなんだから』

 

 と腕を組まれ引っ張られた。

 力強い腕、男子の良い匂い、腕から伝わる硬い胸の感触……。

 思い出すだけでドーパミンやらオキシトシンやらフェニルエチルアミンやらで頭が沸騰しそう。

 人一倍性欲が強い私が耐えられたのは奇跡と言ってもいいのに、それだけでは終わらない。

 皆に自己紹介した帰り際、私を小突き、凪は耳元で囁いた。

 

『頑張ったじゃん』

 

 ぞくぞくと震えた。吐息が当たって、耳から脳内に直接男子の声が届いて、唇を噛んで興奮を抑えるのに必死だった。

 バッティングスペースの時には、

『握りはこう。それでスタンスはこんな感じ』

 と背後から抱きしめられるように密着されて心臓が止まるかと思った。

 さらに凪の手が指が、私の手、体に触れて、羞恥心と興奮が入り混じった切ないもどかしさに息が荒いだ。

 テニスでは、無垢な笑顔と無防備な姿でハイタッチを求められた。

 ダーツではえっちな意味ではないと分かっていてなお、ドキドキさせられた。

 ローラースケートでは床ドンの体勢、間近に凪が迫って、このまま押し倒してやりたい欲求に駆られた。

 振り返れば、凪は私を誘惑してるんじゃないか、挑発してるんじゃないか、とすら思う。

 凪に一切そんな気はないのはわかるけど、文句は言いたい。

 凪は、私にとって人生で初めて仲良くしてくれた男子だぞ!

 ただでさえ男子に関心がある私が、男の子にそんなことされたら好きになるだろ!

 と。

 ……白状しよう。もう私は凪のことが好きだ。

 でも好きなのは男子だからじゃない。

 凪だからだ。

 私を気遣って、一緒に友達を作りに行こうと言ってくれた。

 引っ込み思案の私を引っ張ってくれて、頑張ったと褒めてくれた。

 ルインも交換しようと言ってくれて、一緒に遊んでくれた。

 バッティングでは私の怪我を心配してくれた。

 テニスでは私の得点を祝ってハイタッチしてくれた。

 ダーツでは楽しく話しかけてくれた。

 ローラースケートでは滑れない私の手を引いてくれた。

 ずっと……ずっと、ずっと、ず〜っと凪は私に優しかった。

 そして……。

 

『あはは、忘れた? じゃあもう一回言うよ。一緒に遊んで遠慮しなくなるまで仲良くなってやるから覚悟しとけ!』

 

 ああ、好きだ……。

 たったの一日だけど、有り余る優しさを貰って好きにならないわけがない。

 凪とやった1on1は、今までやってきたバスケの中で一番楽しかった。

 甘くて、爽やかで、煌めいていて、熱くて、やっぱり甘い時間だった。

 バスケが終わっても甘い熱に浮かされ続け、私が恋に落ちてしまうほどの優しさをくれた凪に質問した。

 

「凪はどうして私に優しくしてくれるの?」

 

 と、一日通して私に優しくしてくれた凪に真意を問うたのだ。

 ちょっぴり期待した。凪が私を気に入ってくれているからとか、仲良くしたいからとか、私のことを良いなと思ってるからとか、そういう返事を期待した。

 そんな私に、何を言うでもなく、残酷な答えをくれた。

 

『ああ、ごめん。ちょっと心配してた子がさ、何もなくて無事だったみたいで、安心してつい。ごめんね、何言おうとしてた?』

 

 それは凪の私への優しさが、特別なものではないと言っているに等しかった。

 

『……ううん、もう大丈夫。わかったから』

 

 私は涙をくっと堪えて笑った。

 凪が私にだけ優しいような偽善者じゃなくて良かった。

 そう思えるのに、目頭が熱くなる。

 私に優しいのではなくて、凪は誰に対しても優しい。

 私は凪の特別なんかじゃなくて、凪の優しさを分け与えてもらえただけの一人でしかない。

 私にとって凪は特別だけど、凪にとっての私は特別なんかじゃない。

 怖がられる私じゃなくて、もっと素敵な人が、私を蕩けさせた優しさよりも、ずっと甘くて熱い特別をもらえる。

 皆の元へ帰る道中、明るく話をしてくれる凪の素敵な横顔を眺めて思う。

 きっとこの顔は特別な誰かのものになるのだろう。 

 嫌だなあ……。

 本当に嫌だなあ……。

 私の方が先に好きになったのになあ……。

 

 

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