城桜高校は私立校だ。
公立高校よりも施設は整っているし、維持費を賄う在校生も多い。
全校生徒は840名。1学年に7クラスで、1クラス40名が在籍している。
ここまでの大所帯となると部活動も活発盛ん。多種多様な部活動があり生徒は日々青春の汗をきらめかせている。
なので、部活勧誘も激しい。
『サッカー部興味ないですか!?』
『軽音とか面白いよ!!』
『茶道部はいいよ、しばき方を学べるよ! もちろんお茶以外の!!』
『エル・エム・エヌにエスを割り込ませよう研究会は君を待ってるぞ!!』
本日から部活勧誘が解禁される。
部費は所属人数や成績によって定められるので、朝8時30分の校門前はハンターがたむろしている。
部名の入った大きな看板を支える学生、重たそうなチラシの山を抱える学生、不必要にラケットとユニフォームを身につけた学生、残り半刻で制服に着替えなければならないのにまだコスプレをしている学生だっている。
わちゃわちゃとして新入生に声をかけている姿は、お祭り騒ぎと形容するのが正しい。神輿が現れても違和感がないくらいだ。
はてさて俺は、というと、校門から少し離れたところで立ち止まっていた。
部活動。どうしようか?
前世では帰宅部で、今世でも特に入りたい部活動はない。
別に入らなくても良いか、というのが正直な感想だが、それでいて迷っているのは林間学校のダンスがあるからだった。
入部すれば交友関係が一気に増える。
部活動友達が一番仲良いなんてことは珍しくはなく、仲の深さだって期待できる。
俺と踊りたいと思ってくれる子ができるかもしれない。
それに二度目の高校生活は部活をやるというのも楽しそうだ。
「ふぉひなひのふぉさん、おはよう」
声をかけられて振り向くと、美甘さんがいた。
「おはよう。滑舌どうしたの?」
「滑舌? そんなおかしいかな?」
「あれ、普通だ」
「ふぉひなひのふぉさんこそ。立ち止まって何してたの?」
「やっぱ、変だ」
「変じゃないよ」
「じゃあ俺の名前呼んでみて」
「ふぉひなひのふぉさん……ごめん、その白状する」
美甘さんは恥ずかしそうに目を伏せて言った。
「昨日、呼び名が曖昧なまま別れたじゃん? だからこう、何て呼べば良いかわかりかねて誤魔化したと言いますか……」
ああ。そういやそうだった。
舞亜って呼んでいいかって聞いて、反応が微妙だったんだ。
舞亜と呼ばれるのは全然嬉しいとは言ってくれたけど、冷静に考えれば女子を初日で呼び捨てするのは距離感間違えてる。
なので、美甘さんで行こうかな、って思ってるけど……残り三週間。もっと積極的に行っても良いのかもしれない。
「じゃあ舞亜ちゃん。これでどう?」
「え、えへへ……え? 舞亜ちゃん?」
「うん。俺のことは何て呼んでくれる?」
「ふぉひなひのふぉさん」
「何で?」
首を傾げると、舞亜ちゃんは、うがあ、と可愛く怒った。
「仕方ないじゃん! 美甘さんか、舞亜って呼ばれた時しか用意してなかったんだよお! 舞亜ちゃんの場合は用意してないんだよお!」
「あはは! 何それ! 可愛すぎるでしょ!」
「っ!?」
いじられて、かーっと顔を赤らめる舞亜ちゃんは、改めて可愛いと思う。
「そんな気にしなくても、何でも良いよ。呼びたいように呼んでよ」
「うっ、じゃあアレだよ!? 変な呼び方でも文句言っちゃダメだからね!」
「言わないって」
「言ったからね。じゃあその名前呼びは恥ずかしいし、苗字呼び捨ては偉そうで嫌だし、えーと小湊凪だから……なーくん、とか?」
「わかったよ、まーちゃん」
「だ、ダメ。なーくん、まーちゃんで呼び合うのはラブコメのバカップルにしか存在しない。私が呼ばせてるみたいになるし、何か良くない気がする。えっと、だから……舞亜ちゃんで、よろしくお願いします」
「あはは、了解。舞亜ちゃん」
「うん、なーくん……い、行きませう! 学校に遅刻しちゃうわ!」
照れ臭そうに早歩きして俺の先を行く舞亜ちゃん。
校門をまたいだ彼女は、一瞬で勧誘の先輩方に取り囲まれた。
池に落ちたパン屑に一斉に集う鯉が脳内によぎる。
揉みくちゃにされて可哀想なので、俺は救出に向かった。
「すいません。そこ通してください」
先輩方に声をかけると、周囲は一瞬で静まった。
「ご、ごめんね! 迷惑だったよね、すぐ退くね!」
先輩に謝られ、水を差して空気を悪くしてしまったか、と慌てて口を開く。
「いえ! 全然迷惑とかじゃないです! 部活の勧誘楽しそうでいいなって思いますし、部活どこにするか悩んでいる俺も勧誘は嬉しいですし!」
「え……」
また周囲が静まった。
そしてすぐ、俺の手を舞亜ちゃんが引っ張った。
「なーくん走って!!」
「え?」
わけもわからないまま、俺は舞亜ちゃんに手を引かれて走った。
教室に着いた俺は席に座らされ、舞亜ちゃんは、怜、清水さん、小鳥遊さんに召集をかけた。
全員が集まると、舞亜ちゃんは俺を見下ろしながら言った。
「なーくん、今回ばかりはお灸を据えさせていただきます」
「舞亜。何、なーくん、って?」
「発音が違う。グルクンと同じ発音だから。そんな、なーくん♡ みたいな発音はしてない」
「美甘。グルクンって何?」
「タカサゴのこと」
「舞亜、私、タカサゴがわからないんだけど」
「魚。スズキ目タカサゴ科に属する魚で、沖縄で有名な魚」
「へえ〜。何にしたら、美味しいの?」
「グルクンのことはいいよもう!! 何でそんなに興味津々なのかな!? もっと大事なことがあるんだからもう突っ込まないで!!」
怖くない先生に怒られたみたいに、はーい、と皆が返事すると、舞亜ちゃんはこほんと咳をした。
「朝、部活の勧誘が凄かったのは知ってる?」
舞亜ちゃんの言葉にみんな頷いて、楽しそうに笑った。
「あはは。大変だったよ、サッカー部に入るって言ってるのに粘ってきたよ」
「私はバスケ部に勧誘されて、入るつもりと答えたのに何回も念を押された」
「見た目が怖いうちすら誘われたしね。土を盛って富士山を越す山作ろう同好会と、レッドオーシャン緑化委員会には惹かれちゃったし」
「あんたらの事情はどうでもいい。大切なのは、そんな場所で『部活どこにしようか迷ってるんですぅ〜』って言ったらどうなるかってこと」
皆は、そりゃ勧誘くるだろなー、と苦笑いを浮かべる。
「でしょ? ピラニアかカンディルのいる川に飛び込むようなものでしょ」
「ピラニア? カンディル? 何それ?」
「だから魚に興味を持つなっちゅーに!!」
「じゃあ何に興味を持てば良いの? 流石の凪でも、男子がそんなことは言わないだろうし」
「言ったんだよ……」
「「「は?」」」
三人の声が重なった。
確かに言ったけど、そんな反応になるか?
「な、凪……本当?」
「いや言ったけど、別に変なことではないでしょ。実際、勧誘してくれたら嬉しいし。皆も勧誘凄かった〜って言いながらも、悪くない感じだしてたじゃん」
清水さんが乾いた笑い声を出した。
「私たちは女子だから、凄かったって言ってもたかが知れてるし。でも男子なら話は別だよ。男子と同じ部活動に励むってのは、女子高生が憧れるシチュエーションだから、きっと激しい勧誘にあうよ」
なるほど。舞亜ちゃんの反応のわけがわかった。
俺が激しい勧誘にあうのを心配してくれているのだろう。
清水さんの言葉を前世に置き換えて考えてみると、たしかに女子と一緒の部活は男子の憧れではあった。
男子が少ない今世では、数少ない男子と長く関われる場とも言えるし、わりと勧誘したいのかもしれない。
ただ勧誘に血眼になるほど憧れるだろうか。
たしかに憧れのシチュエーションではあるけど、男子だけの部活も良かった。
前世では女子と一緒だと足並みが揃わないので、同じ競技でも男女分かれている部活がほとんどだったし、デメリットもメリットもある。
だから必ずしも皆が勧誘したいわけではないだろうし、入っても迷惑にならない部活を見極めるためにも勧誘は嬉しいという結論に至る。
「勧誘が激しいって聞いても、全然俺は嬉しいけどなあ。まあ、入ってきた男子が俺でした、ってのは、憧れてる人に申し訳ないけれど」
怜と舞亜ちゃんが非難の目を向けてきた。
良くわからないけど、申し訳なく思う。
「うーん。小湊くんが良いなら良いけど……部活には入るつもりなんだ?」
「うん。折角の高校生活だしね」
「まあその気持ちはわかるけど、男子にしては珍しいね」
「部活に入る男子って珍しいかな?」
「そうだね。内申点狙いの子が男マネやったり、元々やってた習い事とかの部活に属する男子も普通にいるけど、元の数が少ないから珍しいよ」
あっそうなんだ。割と普通にいるみたいで、気にせず部活に参加できそう。
「まあでも、女子と同じ部活に抵抗感があるから、男子だけの部活に入る子が多いけどね。だから回帰しちゃうけど、現実にあり得る憧れだから、女子の部活に入ってくれそうなこと言った小湊くんの勧誘は激しいよ」
「あはは。だから別に良いって。嬉しいし」
「良くなぁい!! なーくん、部活には入るつもりなんでしょ?」
「うん」
「部活見学に行くつもりなんでしょ?」
「一応」
「なら良くなぁい!!」
舞亜ちゃんはぷんすこ怒って続けた。
「盛りのついた女子高生なんて獣だよ! 入部届にサインしないと部屋から出さない! みたいなことになりかねないって!」
「そんな悪徳宗教みたいな」
「いやまあ、私もそこまではないと思うけど、なーくんが心配……だから!」
と舞亜ちゃんが皆を見回す。
「パーティメンバーを募集します。任務は部活見学に行くなーくんの護衛、想定ランクSSSです」
「それで、うちらは集められたってワケ?」
「然り」
舞亜ちゃんが頷いた。
護衛なんて大袈裟な、とは思うけど、新しくできた友達と部活見学というのは青春感がしていい。ものすごくワクワクする。
しかし清水さんは申し訳なさそうに言った
「うーん、行ってあげたいんだけど、私は今日から部活だしなあ。深山さんもそうでしょ?」
「う、うん……」
あーそっかあ、一緒に見学行きたかったけど、それは仕方ない。
「な、凪っ!」
「どうしたの怜?」
「その凪が部活に入るつもりなら、その……」
頬を染め目を伏せた怜は、消え入りそうな声でぼそっと言った。
「多分、バスケ部は募集してると思うから……」
「あはは、ありがとう! 候補に入れるね!」
「う、うん……いてっ!」
目を輝かせた怜は、舞亜ちゃんにチョップされ目を><に変えた。
「深山が勧誘するなっちゅーに。まあでも二人はダメ。私も軽音部に顔見せに途中でいなくなるから……」
みんなが小鳥遊さんに目を向けた。
「ええ……うちぃ?」
小鳥遊さんは自分の面倒臭そうな顔を指差した。