紅機のトアン   作:yumui

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十年後

薄暗い空の下、赤土に沈む寂れた街。

 その外れに、リュシオンは住んでいた。

 

 かつては“青き槍”と謳われた英雄も、今ではボロ布をまとい、煤けた壁にもたれて生きていた。

 

 戦争はまだ終わっていない。

 火星と地球の前線は膠着し、人々の希望も、理想も、疲れ果てていた。

 

 

 

 そんなある日――彼の前に、懐かしい姿が現れる。

 

 

 「……久しぶりね、リュシオン」

 

 

 灰色の街に、銀髪の女が立っていた。

 その隣には、白衣を着た青年――ユリウス

 

「……シエル、ユリウス……なのか」

 

 

 

 だが彼らの目には、かつての光はなかった。

 

 シエル・フォルミリアは、巨大企業群を統べる冷酷な実業家となり、

 ユリウス・ヴァルシュタインは、戦争のために倫理を捨てた科学者となっていた。

 

 

 「あなたを迎えに来たの」

 

 シエルは言う。

 

 「火星の指導者にしてあげる。表の顔として、戦争を終わらせる“象徴”にね」

 

リュシオンは、声をあげて笑った。

 

 ひどく、乾いた笑いだった。

 

 

 

 「俺に、そんな顔ができるかよ……戦場で仲間を見捨てて……誰一人、救えなかった男だぞ」

 

 

 

 ユリウスは何も言わない。

 ただ、シエルを見て頷いた。

 

 

 

 「拒否するなら、それでもいい。あなたは、過去の遺物だから」

 

 

 

 彼女は背後にいた部下に指示を出す。

 

――次の瞬間、空気が震えた。

 

 

 

 爆発音と共に、リュシオンの住む掘っ立て小屋が爆発した。

 

 

 

 ロケットランチャーによる砲撃。

 

 

 

 鉄板が吹き飛び、炎が舞う。

 リュシオンは、燃え上がる残骸の中で転げ落ち、血を吐きながら呻いた。

 

 

 「……ぐ……う、あ……」

 

片腕は砕け、胸には鉄片が突き刺さっている。

 

 目の前には、容赦なく歩み寄るシエル。

 

 

 

 「火星に未来があるとしたら、あなたじゃない。

 私たちは、“結果”を選ぶの」

 

 

 

 その冷たい声だけを残して、彼女たちは去っていった。

 

──赤い夕暮れ。

 

 血と灰にまみれたリュシオンは、空を見上げて呟いた。

 

 

 

 「……なあ、トアン……お前は……こんな未来を望んだか……?」

 

 

#

 

戦争は終わらず、ただ人類の倫理と希望だけが摩耗していた。

 

 火星でも地球でも、誰もが「終わり方」を見失っていた。

 

 

 

 ――そして、その終わらせ方を知ってしまった者がひとりいた。

 

 かつて、仲間と笑い、涙を流し、空を翔けた少女。

 

 トアン

 

 

 彼女は今、テロ組織《アリウス》を新たに率い、

 地球の衛星軌道上に放たれた“人工コロニー”を制御していた。

 

その名は、《アマルティアの鎖》。

 

 地球連合の経済中枢に落とせば、大災害を引き起こす。

 

 

 ≪最終認証、コロニー軌道、固定≫

 

 

 コクピットで、彼女はただ静かに目を伏せた。

 

 

 「……みんな、どこに行ってしまったのかな」

 

 

 シエルは冷たい怪物に。

 リュシオンは野に捨てられた英雄に。

 ユリウスは人を人と見ない“理性”そのものに。

 

「私だけが“普通”じゃなかった……そんなの、ずっと前から分かってた」

 

 

 

 トアンの指が、最終操作盤へと伸びる。

 

 

 だが、それは暴走ではなかった。

 

 

 彼女が望んだのは、終わらせること。

 だれもが希望という嘘にすがるこの世界に、「結末」を与えること。

 

 

 そして、地球の空が焼けた。

 

コロニーが大気圏を突破し、五つの大都市を巻き込んで爆砕する。

 

 直接死者は数十万人。しかしその放射性汚染、経済崩壊、社会システムの消失によって――

 推定死者数:30億人。

 

 

「……ごめんね、みんな」

 

 

 

 トアンは崩れ落ちた赤い操縦席の中で、ただ小さく呟いた。

 

 

 

 それは悲しみか、それとも安堵か。

 

 どちらとも言えない――静かな声だった。

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