薄暗い空の下、赤土に沈む寂れた街。
その外れに、リュシオンは住んでいた。
かつては“青き槍”と謳われた英雄も、今ではボロ布をまとい、煤けた壁にもたれて生きていた。
戦争はまだ終わっていない。
火星と地球の前線は膠着し、人々の希望も、理想も、疲れ果てていた。
そんなある日――彼の前に、懐かしい姿が現れる。
「……久しぶりね、リュシオン」
灰色の街に、銀髪の女が立っていた。
その隣には、白衣を着た青年――ユリウス
「……シエル、ユリウス……なのか」
だが彼らの目には、かつての光はなかった。
シエル・フォルミリアは、巨大企業群を統べる冷酷な実業家となり、
ユリウス・ヴァルシュタインは、戦争のために倫理を捨てた科学者となっていた。
「あなたを迎えに来たの」
シエルは言う。
「火星の指導者にしてあげる。表の顔として、戦争を終わらせる“象徴”にね」
リュシオンは、声をあげて笑った。
ひどく、乾いた笑いだった。
「俺に、そんな顔ができるかよ……戦場で仲間を見捨てて……誰一人、救えなかった男だぞ」
ユリウスは何も言わない。
ただ、シエルを見て頷いた。
「拒否するなら、それでもいい。あなたは、過去の遺物だから」
彼女は背後にいた部下に指示を出す。
――次の瞬間、空気が震えた。
爆発音と共に、リュシオンの住む掘っ立て小屋が爆発した。
ロケットランチャーによる砲撃。
鉄板が吹き飛び、炎が舞う。
リュシオンは、燃え上がる残骸の中で転げ落ち、血を吐きながら呻いた。
「……ぐ……う、あ……」
片腕は砕け、胸には鉄片が突き刺さっている。
目の前には、容赦なく歩み寄るシエル。
「火星に未来があるとしたら、あなたじゃない。
私たちは、“結果”を選ぶの」
その冷たい声だけを残して、彼女たちは去っていった。
──赤い夕暮れ。
血と灰にまみれたリュシオンは、空を見上げて呟いた。
「……なあ、トアン……お前は……こんな未来を望んだか……?」
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戦争は終わらず、ただ人類の倫理と希望だけが摩耗していた。
火星でも地球でも、誰もが「終わり方」を見失っていた。
――そして、その終わらせ方を知ってしまった者がひとりいた。
かつて、仲間と笑い、涙を流し、空を翔けた少女。
トアン
彼女は今、テロ組織《アリウス》を新たに率い、
地球の衛星軌道上に放たれた“人工コロニー”を制御していた。
その名は、《アマルティアの鎖》。
地球連合の経済中枢に落とせば、大災害を引き起こす。
≪最終認証、コロニー軌道、固定≫
コクピットで、彼女はただ静かに目を伏せた。
「……みんな、どこに行ってしまったのかな」
シエルは冷たい怪物に。
リュシオンは野に捨てられた英雄に。
ユリウスは人を人と見ない“理性”そのものに。
「私だけが“普通”じゃなかった……そんなの、ずっと前から分かってた」
トアンの指が、最終操作盤へと伸びる。
だが、それは暴走ではなかった。
彼女が望んだのは、終わらせること。
だれもが希望という嘘にすがるこの世界に、「結末」を与えること。
そして、地球の空が焼けた。
コロニーが大気圏を突破し、五つの大都市を巻き込んで爆砕する。
直接死者は数十万人。しかしその放射性汚染、経済崩壊、社会システムの消失によって――
推定死者数:30億人。
「……ごめんね、みんな」
トアンは崩れ落ちた赤い操縦席の中で、ただ小さく呟いた。
それは悲しみか、それとも安堵か。
どちらとも言えない――静かな声だった。