火星、吹きさらしの荒野。
赤い砂嵐が地平を削り、かつてコロニー間を結んでいた輸送路は、すでに廃墟と化していた。
リュシオンは、ひとりでさまよっていた。
彼の中の希望は、静かに冷えていく――はずだった。
だが、その日。
空に巨大な影が差した。
「……空中母艦……!? まさか火星の軍じゃ……ない」
頭上を滑空する黒い艦影。
艦首に描かれていたのは、ドクロの紋章。
それは、宇宙海賊《ナンナ・ノート》の旗だった。
リュシオンはすぐに逃げようとした。
だが、そのとき――通信回線に、懐かしくも冷ややかな声が飛び込んできた。
《そこにいるのかリュシオン? ずいぶんみすぼらしい姿だな》
「……その声、まさか……リリア?」
空中母艦、艦橋。
そこに立っていたのは、かつての内気な少女だった、リリア。
だが今の彼女は、細身の黒い軍服に身を包み、冷たい瞳でリュシオンを見下ろしていた。
「火星の崩壊、学園の喪失――何もかも壊れた。
私は奪う側に回ることにした。そうすれば、誰にも泣かされないから」
「……君が、海賊の“船長”……?」
「正確には、艦隊司令。“女王”の方が響きはいいか?」
かつて皆で笑い合った少女が、今は略奪と破壊の象徴となっていた。
リュシオンは言う。
「……俺たちは、また一緒に戦えると思ってた。
それぞれ違う道を選んでも、心は――」
リリアの指が、静かに彼の喉元に銃を突きつける。
「甘い言葉で私を縛らないで。私を裏切ったのは“世界”だけじゃない。
あんたたちも、私を置いていった」
「……それでも、今ここに来た。君を、忘れてなかったから」
沈黙。
リリアの表情が揺れる。
「……馬鹿みたい。変わってないんだ、あんた」
しばらくの沈黙の後、彼女は銃を降ろし、背を向けた。
「私の部下になれ、手下としてこき使ってやる」
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リュシオンは驚いていた。
「これ……俺の新しい機体?」
深青に染まった機体は、重装型ながら高機動ユニットを搭載しており、彼が求める戦闘スタイルに合致していた。
「歓迎の印。ちゃんと働いてもらうから」
リリアはからかうように微笑み、さらに高級風俗店のチケットを手渡した。
「艦内には女は私しかいないだろ、童貞だろうしこれを機に捨ててこい」
リュシオンは感謝しつつも、どこか胸騒ぎを覚えていた。
その夜、指定された風俗店へ向かったリュシオンは、緊張していた。
扉を叩く音がした。
「…どうぞ!」
扉を開けた男は久しぶりに再会した顔だった
「……チェンジで」
蹴りが飛んできた。
ユリウスは、かつてのような軽薄な笑みを浮かべていたが――その目だけは、まったく笑っていなかった。
「久しぶりだね、リュシオン。生きてたんだ。……でもさ」
彼の背後から現れた数人の部下たちが、静かに包囲していた。
「君が、リリアの“犬”になったと聞いて……ちょっと残念だったよ」
「……まさか、敵なのか?」
「敵かどうかは立場次第さ。でも、君は“消される”予定になってる。リリアも、まとめて」
リュシオンは抵抗しようとしたが、仕込まれていた麻痺ガスにより意識を奪われる。
意識を取り戻した時、彼は荒野の崖上にいた。
腕を縛られ、通信機は破壊されていた。
立っていたのは、ユリウス――そして、かつての学園仲間だった部下の一人。
「君はここで死ぬ。…悪く思わないでくれ。
世界は、もっと大きな舞台に進もうとしてる。君は、古い」
油を掛けられ火を付けられる。
リュシオンは言葉を返そうとしたが、焼ける苦痛のあまり声がでない。そして足元の岩が崩された。
そして――彼は、赤い崖の下へと消えた。