地球軌道上、巨大企業連合本部《エグゼクティア》の最上階。
壁一面のガラス窓からは、青く輝く地球と衛星群が望める。
その中心に立っていたのは、フォルミリア・シエル。
彼女は今、地球を支配する六大企業の頂点に立つ――若き“女王”だった。
黒いスーツに身を包み、銀髪を後ろで結んだ姿は堂々たる威厳を湛えている。
「モカ。昨日の件、整理してくれる?」
後ろに控えていたのは、かつての学園時代の友人、モカ。
かつてはふっくらした頬と明るい笑顔が印象的だったが、今はスリムになり、洗練された眼差しとキレのある話し方で、シエルを支えていた。
「地球企業評議会のアルディナ議長から、恒星採掘税の件で軟化の兆しがあります。
夕食会での貴女の“地球と火星の対話の必要性”発言が効いたようです」
「私の身体を使ったのは効いたのね、あんな豚みたいな男と寝るのは疲れるわ」
モカはうなずき、次の予定をタブレットで確認した。
「午後には“火星政府の動向”についてのブリーフィングがあります。カイル・ヴァルグの発言に注目です」
一方その頃――火星政府本部。
赤土の都市《オーロクス》にそびえる政庁で、もう一人の若き指導者が会議を終えようとしていた。
名は、カイル・ヴァルグ。
今では実質的な火星側の最高責任者。
かつての傲慢さを洗練へと変えた鋭い眼光が、彼の変化を物語っていた。
「……地球は引く気がない。戦争は避けられないだろう」
重役たちはうなずく。だがカイルは続ける。
「それでも、最初に撃つのは“こちら”じゃない。
先に撃てば、“また火星はテロリスト”だと決めつけられる」
部下の一人が問う。
「では、大会戦は?」
「仕掛けてくるのは地球。だが……」
彼は壁のスクリーンに映し出された衛星写真を指差す。
そこには、地球軍が集結しつつある軌道艦隊と、それを迎え撃つ火星防衛軍の配置が示されていた。
「……迎撃戦は、“トリニタス宙域”。そこが正念場だ」
カイルは静かに息を吐き、天を仰いだ。
「この戦いの中で……俺たちは、何を守るのか。答えはまだ、見えていない」
#
――火星の旧採掘施設跡地。
今はアリウスの拠点の一つとして使われている地下シェルター。
トアンは警戒心を隠さぬまま、薄暗い通路を進んでいた。
出迎えたのは、あの日、学園を襲撃した紫髪の少女――エルフリーデ。
今やアリウスの副リーダーとして、冷酷な戦士の名をほしいままにしていた。
「よく来たわね、トアン。昔みたいにグレートソードを振るうかと思ったけど、
意外と話す気になってくれて嬉しいわ」
エルフリーデは細い椅子に腰かけ、長い脚を組む。
「一つ聞く。あのとき、なぜ“学園”を襲った?
……私たちは、ただ生きていただけなのに」
エルフリーデの紫の目が、ふと揺れた。
「命令よ。それ以外に何があるの?
でも……あなたには、地球の人類を虐殺する理由があったの?」
トアンは目を伏せ、ゆっくりと呟く。
「聞こえたの。あの時……“声”が」
「声?」
「頭の奥から響いてきた。誰のでもない、“在り方”を変えろと囁くような声。
……それが導いたの。私を、そしてバルレッドを」
エルフリーデは黙っていたが、やがて真剣な表情で問う。
「その声の正体は、何だったの?」
トアンは少し口を開きかけ、ふとバルレッドのコックピットにいたときの感覚を思い出す。
機体と一体化したような静かな時間。
そして、確かに聞こえた、あの機械的でありながら、どこか優しげな声。
「……バルレッドの声だった」
「機体の……AI?」
トアンは首を振る。
「違う。彼はただのAIじゃない。
この世界を裏から支配してる企業のメインAI――《オーゼリス》に反逆している、別の存在」
エルフリーデの目が細められる。
「なるほど。企業の中枢を握る人工知能に抗おうとする、AI同士の内戦……」
「私たちは、知らずに“その戦争”に巻き込まれてるのかもしれない」
エルフリーデはふっと笑った。
「皮肉ね。人間同士の争いだと思っていたら、裏では機械の意思がぶつかっていたなんて。
でも……それなら、私は少し安心したかも」
「安心……?」
「あなたがあのとき、“狂った”わけじゃなかった。
あの赤い機体に乗って、命を奪い続けたのは……あなたの中の“声”が導いたってことなら」
トアンは静かに答える。
「けど、その声に従ったのは、私自身。責任は……私にある」
沈黙。
そして、エルフリーデはまっすぐに見つめて言った。
「だったら、最後まで責任を取ってもらうわよ。“この世界の未来”に」
トアンの視線もまた、彼女の瞳を捕らえた。
「……望むところよ」
その日――二人は、敵ではなく、同じ地平に立つ“目撃者”として向き合った。
AIたちの戦争、人間たちの選択、そしてその狭間で揺れる自由意志。
赤き機体の深奥で、バルレッドが静かに囁いていた。