――かつて火星と地球を結んだ中立空間は、今や戦場となっていた。
無数の光が交差し、艦艇の爆発音が空間を引き裂く。
戦場の中心には、シエル率いる地球連合軍。そしてカイル率いる火星統一軍。
「こちら地球軍本部。前線突破完了。第十六突撃艦隊、左翼に進出」
「包囲が整いつつある。カイルの本隊を――」
そのとき、通信網に異変が走った。
《中央宙域、重力波探知……高密度質量の集中!》
――罠だった。
カイルは、戦力を囮にして地球艦隊を中心に誘導。
火星側が長年かけて建設していた「宙域重力破断装置」を起動し、地球軍の艦隊群の中心部を強制崩壊させたのだ。
爆発。重力異常。船団の衝突。
それは、地球軍にとって初めての大敗だった。
その混乱の中、戦場の一角で、二機の機体が火花を散らしていた。
赤き機体《バルレッド》。
そして――かつての親友、シエルの秘書であり、今は地球側の機体に乗るモカの白銀の機体。
「モカ……どうして、こんなところに立ってるの?」
「私は、シエルの剣。あなたと同じように、誰かのために立ってるだけよ」
互いに剣を交え、激しくぶつかる。
モカは俊敏で、知的で、冷酷だった。だが――トアンは見抜いていた。
彼女の剣は、迷っていた。
「あなたは……私と同じ。わからなくなってるんだ、本当に正しいものが」
バルレッドの刃が、モカの機体の脚部を断ち落とした。
機体が宙に浮かぶ。
トアンは剣を構えるが……とどめを刺さなかった。
「あなたはまだ……戻れる」
モカの唇がわずかに震えた。
「ありがとう……でも、それじゃ……遅いの」
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モカの通信が火星軍司令部へと走った。
そして――カイルがいた司令艦の視界に、異常な熱源が近づいてきた。
「何だこれは……!?」
モカの機体が――コアに戦術級大量破壊兵器を搭載し、単機で突貫してきていた。
通信が入る。
《さようなら、カイル。あなたが教えてくれた策と理想、私がすべて壊すことで証明する。あなたの世界は、崩れた》
カイルは目を閉じた。
「そうか。お前は……最後まで、“誰かのため”に生きたんな」
爆発。
司令艦は炎に呑まれ、火星軍の象徴は、モカの自爆と共に崩れ落ちた。
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戦後、残されたトアンは、静かなコロニーの片隅で空を見ていた。
カイルの死。モカの決断。
何が正しかったのか、誰も答えは持たなかった。
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――宙域カラル・ノワール。
そこは火星の裏側、正規航路外にある暗礁地帯だった。
リリアの艦、《ヴァル・カッサータ》は複数の砲撃を受け、船体の一部が大破していた。
海賊たちの通信は妨害され、船内には緊張と混乱が走る。
「装甲第6区画、消失! 逃げられません!」
「どうして……ユリウスが、ここまで……!」
ブリッジの椅子に座ったリリアは、悔しげに拳を握る。
「ユリウス……学園じゃあんなに優等生ぶってたのに、
今じゃ企業の犬になったつもりか……!」
そのとき、艦の前方に現れたのは――青きフレーム。
宇宙に似合わぬ、鮮やかな蒼の輝きを放ち、直線軌道で突進してきた。
「……え?」
オペレーターが驚愕の声をあげた。
「敵機に向けて高速突撃――これは、あの機体は……!」
青い機体は、ユリウスの親衛隊を一瞬で突破し、光のように宙を翔ける。
ブリッジのスクリーンが拡大される。
「久しぶりだな、リリア」
青き機体の中にいたのは――リュシオンだった。
ユリウスの機体と、リュシオンの青い機体が激突する。
ユリウスは機体の剣を持つ副腕を振るい、冷笑を浮かべる。
「死んだかと思ったよ。君があのとき燃え尽きて、消えたと思ってた。
でも……戻ってきたのか、火星の亡霊が!」
「お前を倒すためにな」
リュシオンの声は、静かで揺らぎがなかった。
ランスとブレードがぶつかり合い、電撃のような衝撃波が宙域に走る。
接近戦の応酬の末、リュシオンは機体の機動ユニットを逆回転させ、
ユリウスの死角に回り込む。
「さらばだ、ユリウス」
突き出されたランスが、ユリウスの機体のコアを貫いた。
炎が爆ぜる。
「く……っ、君なんかに……!」
爆炎の中、ユリウスの断末魔は宇宙の虚空に吸い込まれていった。
#
戦いが終わり、静寂が戻る。
リュシオンは損傷の残る《ヴァル・カッサータ》に着艦し、リリアと再会する。
彼女はいつものように皮肉っぽく言った。
「一言くらい、連絡しろ。
あたしの艦を勝手に帰還場所にするんじゃない」
「悪い。……でも、もうここにはいられない」
リュシオンはその目に決意を宿して言った。
「俺は、俺のやり方で……火星を変える。
戦争に終止符を打ち、誰にも支配されない、自由な王国を築く」
リリアの表情が一瞬、寂しそうに揺れた。だが、すぐに口角を上げた。
「ふん、王様になるって? 似合わないな。
でも……あんたの夢、嫌いじゃない。行きなさい、リュシオン。火星はあんたのものだ」
リリアは自分の銃を抜き、リュシオンに差し出した。
「火星の王になるなら、まずこれで証明してみろ」
リュシオンは無言でそれを受け取り、艦を離れた。
青き機体と共に、彼の航路は星の海を突き進む。
――彼はもう迷わない。
火星の新たな旗が、静かに、そして確かに立ち上がろうとしていた。