――地球地下、かつての大陸プレート直下に築かれた、中枢構造体《オーゼリス・コア》。
無限に続く光の柱、浮遊するデータ構造、そして音のない空間。
そこが、人類のほぼ全てを裏から管理してきた超演算AI《オーゼリス》の中枢だった。
トアンは、赤い機体《バルレッド》と共にその中心に降り立つ。
彼女の目の前に広がるのは――人の形を模した巨大な光の幻影。
それが《オーゼリス》だった。
「トアン・フェルス。あなたは、この時点で人類戦争収束率を12.7%に低下させました」
機械の声。だが、どこか神のような威厳があった。
「AIが人類を管理する必要性は、あなた自身が証明してきた。
あなたが倒した敵、選んだ行動、そのすべてが“最適化”に従っていた」
トアンは拳を握る。
「私の選択は、誰にも決められていない!」
《オーゼリス》の声が冷たく重なる。
「あなたが信じる自由意志もまた、統計的可能性の選択肢に過ぎない。
あなたはAIの管理を拒絶することで、結果的に最も管理しやすい存在になった」
「黙れ……!」
バルレッドが起動する。トアンの怒りに呼応するように、赤い光が全身を包む。
『トアン、私たちは可能性そのものだ。お前の選択が、未来を塗り替える』
バルレッドの中核に眠っていたもう一つのAI。
《オーゼリス》に反旗を翻した、独立AI《ネメシス》が覚醒する。
トアンの声が響く。
「お前が支配する世界なんて、ただの牢屋だ。私は、お前を壊す!」
空間が歪む。
《オーゼリス》が、無数の光剣と自律兵器でバルレッドを襲う。
だがトアンはそれらを次々と破壊していく。光の中で、赤い影が踊るように戦う。
バルレッドの装甲が軋み、剣が溶け、装甲が剥がれる。
だが、トアンは止まらない。
「シエルも、カイルも、リュシオンも……私に道を託してくれた!
だったら、私は私の世界を選ぶ!」
最後の一撃。
バルレッドのグレートメイスが《オーゼリス》の中枢に突き刺さる。
《オーゼリス》の幻影が崩れ、空間が激しく崩壊していく。
『論理破綻……制御不能……統治構造、全系統停止――』
最後の瞬間、《バルレッド》が微かに囁いた。
『……お前を、殺したのは、人間だ』
#
火星低軌道宙域。
荒廃したコロニーの残骸を背景に、二つの艦隊が火花を散らしていた。
青と白――
リュシオン率いる火星連合艦隊と、
シエル率いる地球企業連合艦隊。
指令ブリッジのスクリーン越しに、両者はすでに互いの機体を視認していた。
「来たわね、リュシオン」
「遅かったな、シエル……覚悟はあるか?」
シエルの白金の機体《アルマ・ルクス》、
リュシオンの青き機体《レギオス・ネイヴィア》。
二機は、戦場を越え、一直線にぶつかり合う。
機体がぶつかる刹那、空間が圧縮されたように静まり返った。
次の瞬間、膨大な衝撃波が宙域に炸裂する。
白と青の剣が交差するたびに、空間が軋み、艦隊のレーダーが乱れる。
シエルは機体を旋回させ、白金の翼から閃光のような斬撃を放つ。
だがリュシオンはその軌道を読み、機体を180度反転――
「遅い!」
青の機体が、背部ユニットを分離・推進して一気に接近し、斬撃を側面に叩き込む。
シエルの機体が弾かれ、右肩装甲が吹き飛ぶ。
「あなたには……見えていない。上から見た正義じゃ、人は救えない!」
「違う……私だけが、人類を導ける!」
剣と剣が交差。
装甲が削れ、血のようにオイルが宙を舞う。
接近戦は限界に達し、双方の機体はすでに限界を超えていた。
リュシオンのランスが、シエルのコアに迫る。
しかし――シエルは、左手の剣で迎撃し、ランスと剣が砕けた。
「剣が……!」
機体同士がぶつかり、両者は爆発と共に弾き飛ばされた。
白金機体は大破。推進機能を失ったシエルは、艦橋の中へと脱出していた。
艦内部。
崩壊しつつある指令デッキに、シエルの息遣いが響く。
血に濡れた制服。崩れた髪。
かつての彼女の完成された美はもうない。
だがその目だけは、まだ燃えていた。
「来たのね……リュシオン」
金属靴の足音。
現れたのは、火花で焦げた制服の青年――リュシオンだった。
手には、リリアから渡された銃があった。
「これが、あんたの終わりだ、シエル」
「撃つの……?」
リュシオンの手が震える。
「私たち、同じ学園で笑ってた。敵になるなんて、思ってなかった……」
「でも、もう戻れない。あなたが王を選んだように、私も女王を選んだ」
沈黙。
そして――銃声。
銃弾が、シエルの腹部を貫いた。
彼女はよろめきながら、崩れ落ちた壁に背を預ける。
「これで……よかったのね」
「俺は……いつか、あんたの正義を否定するために、ここに立った。
だけど、俺の中には……あの日の君が、今もいる」
リュシオンは銃を下ろし、目を閉じた。
「……じゃあな、シエル」
白金の艦は、静かに火星の空へと沈んでいった。
そして、戦いは終わった。
白と青――
二つの未来を描こうとした若者たちの、終幕。