紅機のトアン   作:yumui

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紅機のトアン

火星、第二植民都市跡。

乾いた赤土と鉄錆が混じる廃墟に、数百の量産型フレームが展開していた。

 

上空を覆うのは、リュシオンが率いる火星正規軍。

その中に、紋章入りの蒼い旗艦が静かに浮かぶ。

 

そして、彼らの前に――一機だけ、赤い機体が立っていた。

 

《バルレッド》。

かつて英雄の象徴だったその紅きフレームは、今や装甲が削れ、血のような黒焦げに染まっていた。

 

機体の中、トアンの視界は赤く染まっている。

警告音が鳴り響き、冷却装置も麻痺し、呼吸すら苦しい。

 

だが、彼女の唇は……笑っていた。

 

「もっと来なよ……全員殺してあげる」

 

量産型フレームの大群が、一斉に突撃を開始する。

 

バルレッドが動いた。

 

右腕のブレードが咆哮のように唸り、突撃してきた先頭の一機を胴体ごと切断。

 

その切先をそのまま左側に流し、飛びかかったもう一機の頭部を跳ね飛ばす。

 

トアンは叫ぶ。

 

「壊れる音が……気持ちいいの……!」

 

背後から迫る三機を、旋回斬りで同時に粉砕。

肩のユニットから分離された小型ランチャーが、後衛機体を一掃する。

 

それは、まるで死神の舞いだった。

 

そのとき、トアンの側にいた紫髪の少女――かつての敵であり、今の友が通信で叫んだ。

 

「トアン! 下がって……!」

 

「え?」

 

後方から放たれた狙撃がトアンの機体を狙う。

 

視界が歪み、追尾警告が鳴る――

 

だが、ビームが到達する直前、紫髪の少女の機体が飛び込み、盾のようにその身を貫かれた。

 

爆発。

 

紫髪の女の断末魔が通信に残る。

 

「……ありがとう、トアン。やっと、私も……」

 

機体が燃え尽き、跡形もなく散った。

 

トアンの表情が崩れる。

 

「なんで……なんで今……!」

 

悲しみが、怒りに、怒りが、破壊欲に変わる。

 

バルレッドの目が、深紅に輝く。

 

それはもう戦いではなかった。

そこにあったのは、一機による無双の殺戮。

 

拳を飛ばせば、3機が吹き飛ばされる。

グレートメイスを振るえば、5機が地に叩きつけられる。

 

血も油も、見分けがつかなくなるほど。

 

 

リュシオンの司令艦ブリッジに、部下の声が響いた。

 

「報告! 中央部隊全滅……全滅です! 1機で……!」

 

リュシオンは苦悩の表情で呟いた。

 

「……あいつは、もう戦士じゃない。あれは……怪物だ」

 

トアンの体は限界を超えていた。

視界が霞み、右手の操作系は血に染まって動かない。

 

だが、それでも彼女は立っていた。

機体の冷却器官が爆発し、左脚が引きずられ、ボロボロになりながら。

 

彼女は微笑んだ。

 

「これが……戦い。

私が生きてるって、やっとわかる……」

 

その姿は、もはや神々しさすらあった。

戦場の全てが、彼女ひとりのために存在していた。

 

だが、戦いはまだ終わっていない。

リュシオンは、再び立ち上がろうとしていた。

 

火星大地の裂け目――

 

そこは、かつて都市だったものが戦火で焼け崩れ、ただの戦場と化した場所。

 

焦げた土、崩れた建物、黒く炭化した空気。

 

その中央に、赤い機体と青い機体が対峙していた。

 

《バルレッド》。

そして――《レギオス・ネイヴィア》。

 

赤と青、最後の一機同士の決戦だった。

 

「来たのね……リュシオン」

 

ボロボロになったコクピットの中で、トアンは微笑んだ。

機体は片腕を失い、左脚の動作も鈍い。もはや限界は超えていた。

 

だが、彼女の目は――生きていた。

 

「これで……終わりにしよう」

 

リュシオンがそう言った瞬間、バルレッドが駆けた。

 

赤い残光を引きながら、最後の力を振り絞り、トアンはグレートメイスを構えた。

 

一撃、また一撃。

青と赤の剣が交差し、地面を裂き、空を割り、世界を震わせる。

 

トアンのグレートメイスが折れ、リュシオンの左腕装甲が砕ける。

 

互いに満身創痍――

 

そして。

 

最後の突撃で、青の剣が、赤の機体のコアへと突き立った。

 

爆発。

 

赤き装甲が弾け、バルレッドがゆっくりと崩れ落ちる。

 

火花が舞う中、トアンの生命維持装置はすでに停止していた。

 

それでも、彼女はまだ生きていた。

 

 

「ねえ……リュシオン。

もし、また……また、皆に会えるなら……」

 

血の混じった咳の合間、トアンは微笑む。

 

「私は……この苦痛に満ちた人生を……もう一度、送ってもいい……って、思えるの」

 

リュシオンは目を見開いた。

 

「……トアン」

 

「リュシオン。……あのときの約束、覚えてる?」

 

「……え?」

 

トアンの声は、かすかに震えながらも、確かだった。

 

「“あんたに決闘で負けたら、何でも一つ言うことを聞く”って。……覚えてるでしょ」

 

リュシオンは無言でうなずいた。

 

「……じゃあ、お願い。

――この世界を……平和にして。

もう、誰も殺さないで……」

 

涙が、赤く染まった彼女の頬を伝った。

 

「それが……、最後の、お願い」

 

その言葉を最後に、トアンの目から光が失われた。

 

心音モニターが、静かに、止まる。

 

青の機体は跪き、赤の亡骸を抱きしめるように抱えた。

 

炎と風の中、静かな時が流れる。

 

リュシオンは小さく、誓うように呟いた。

 

「……ああ。必ず、守る。

お前の願いも……想いも……すべて背負って」

 

その声は、風に乗って、遠くへと消えていった。

 

#

 

火星は停戦協定を結び、企業軍も崩壊。

リュシオンは火星議会の中心に立ち、平和憲章を読み上げた。

 

戦争が正式に終結した日

リュシオンは自室で卒業式の写真を眺めていた。

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