青空──人工の、それでも本物よりも澄んだ空だった。
〈オービタル・アカデミア〉。六大企業共同設立による一つのコロニーが丸ごと学園の世界。フレーム(人型機動兵器)の操縦士、整備士、戦略指揮官、企業経営者までを育成する、いわば戦争と経済のエリート工場だ。
「ここが……学園……」
コロニー〈ラングレー12〉での惨劇を経て、赤髪の少女トアン・ユースベルは、白銀の少女シエル・ラ=アルヴィオンに誘われ、この学園に転入した。民間人出身者の中では異例の措置だったが、シエルが強く推したという。
「さあ、こっちよ」
シエルに連れられ、寮区画に入ると、すでに個室は用意されていた。
──“特別編入生”として。
だが、寮生活は“平和”では終わらない。
共有リビングで待っていたのは、三人の個性が濃すぎる生徒だった。
「おっ、あんたが噂の新入りか? シエルにしては随分と情熱的な趣味してるな」
陽気に笑いながら近づいてきたのは黒髪の少年。軽薄そうな笑顔にどこか底の見えない眼差しが混じっている。
「カイル・エルグレイア。火星政府の外交部副長官の息子、ま、名刺はないけど」
「外交って……え、政府の?」
「まあまあ堅いこと言わず。仲良くしようぜ、トアンちゃん」
軽口とは裏腹に、彼の後ろでは情報端末が常時稼働し、周囲の通信状況を監視していた。どうやら彼はただの陽キャではない。
「新入り 赤い機体の子だな?」
次に現れたのは金髪の少年。鍛えられた体格、堂々たる態度、そして自信に満ちた笑み。
「リュシオン・ヴァルクレスト。火星評議会の議長の息子にして、将来の最高司令官候補ってとこかな!」
「はあ……?」
「いやあ~、赤いのいいじゃん。アレ、バルレッドってんだっけ? 俺が乗ればもっと強くなるな、うん」
突然の発言に、トアンは思わず顔をしかめた。
「は? あれは私の……!」
「やめておきなさい、リュシオン」
背後から静かに声をかけたのは、銀髪の少女だった。
「あなたのいつもの“俺ルール”は、ここでは通用しないわ」
「冷たいなエルネスティア嬢。少しくらい挑発に乗ってくれてもいいじゃないか?」
「あなたの自己顕示欲に付き合うつもりはない」
彼女の名はエルネスティア・シスベル。成績は常にトップクラス。企業にも軍にも属さず、その出自には謎が多い。だがその冷静さと洞察力は、周囲から一目置かれていた。
そんな彼女が、ふとトアンに目を向けた。
「あなた、あの機体……乗りこなせてるの?」
「……分からない。でも、乗るって決めたから」
エルネスティアは、それを“肯定”と受け取ったように頷いた。
「よし、なら決めようぜ」
リュシオンが唐突に言い放つ。
「決闘だ、トアン。フレームで一騎討ち。勝った方が、バルレッドを所有するってことでどうだ?」
「な──!」
「もちろんフェアにいこう。俺が負けたら、なんでも一つだけ言うこと聞いてやる。そっちが勝てば、機体はそのままでいい」
周囲が一瞬、静まり返る。
トアンは戸惑い、シエルを見た。
「乗らなくていいわよ、トアン。無視して」
だが、トアンの中にあるあの感情が疼いた。
──踏みにじられた日常。
──殺された母。
──そして、命をかけて手に入れた紅の機体。
それを、簡単に「欲しい」と言われて黙ってはいられなかった。
「いいよ。受ける」
「おっ、男前!」
リュシオンは笑う。
「明日の昼、訓練用バトルフィールドでな。手加減はしないぜ?」
「私も」
トアンの瞳に、紅の闘志が灯っていた。
その夜、寮の屋上でシエルがぽつりと呟いた。
「……バカね、あのリュシオン。あんなの本気で挑んでどうするつもりかしら」
「私、間違ってた?」
「……いいえ。あれでよかった」
シエルは空を見上げて続ける。
「この学園も、結局は力がすべてを決める場所。あなたが何者かを示すなら……手っ取り早い方法よ」
#
人工太陽が真上に差し掛かった正午。
〈オービタル・アカデミア〉第3訓練区画は、熱気と緊張に包まれていた。
「決闘形式、1対1。フィールド内にて機体が機能停止、またはパイロットの投降で勝敗が決まる」
審判役の教官が、観客席に集まった学生たちへ簡潔に説明する。
だが、そのルールの裏で皆が知っている。
この試合は、ただの訓練ではない。
火星の未来を背負う少年と、絶望から這い上がった少女の、誇りと矜持の衝突だと。
「フレーム機にはビーム兵器は無効。フレーム構造がエネルギー屈折加工されてるからね」
シエルは観覧席で、トアンの勝率を冷静に計算していた。
「結局このフレーム同士の対決はでは、鋼を叩き潰す腕力が勝敗を決めるの。……あの子なら、やれる」
一方、トアンの機体《バルレッド》は格納ドームからゆっくりと歩み出た。
深紅の装甲、ブレードホルスターに収まる超大型のグレートソード。
対するリュシオン機は、青色を基調とした騎士のようなフレーム。鋭いスピア状のランスを両手に持ち、背中にはフレームシールドを備える。
「赤い機体……悪くない。でも俺のレグナストの方が、強いって証明してやる」
リュシオンの通信が飛ぶ。相変わらずの自信満々の声。
トアンは、息を整えた。
母の死、コロニーの瓦礫、バルレッドに救われたあの日。すべてを力に変えて。
「行くよ、バルレッド」
主電源、全系統接続。関節部圧縮、ブレード加温。
《戦闘モード:近接最適化》
《エネルギー分配──筋駆動部集中》
2機が、対峙する。
「試合、開始!」
リュシオンのレグナストが、先に動いた。
地面を砕きながら突進し、鋭いランスがバルレッドの胸を狙う。
だが、トアンはその一歩先を読んでいた。
「左斜め下、来る!」
重心をズラし、斜めに転倒するようにして一瞬で姿勢を崩し、ランスの軌道を外す。
回避の勢いを活かして──
「斬ッ!!」
グレートソードが唸りを上げる。
斜めに振り抜かれた刃が、レグナストの腕を掠め、火花が舞った。
「へえ、やるな!」
リュシオンが笑いながら距離を取る。
トアンの表情は一切崩れない。
「口先だけで勝てるほど、甘くないよ」
レグナストが再び突っ込む。
だが、今度は違った。
片方のランスを投げ捨て、空いた手でバルレッドの刀身を掴んだのだ。
「!?」
「物理戦は、腕力勝負だって知ってるかい?」
リュシオンは“筋駆動ユニット”をフル出力。
金属が軋む音。バルレッドの剣が、逆に押し戻される。
「甘いよ、トアン!」
瞬間、レグナストの膝がバルレッドの腹部に叩き込まれる。
衝撃で数メートル吹き飛ぶ。バルレッドの左腕が一時的に機能不全に陥った。
「……っ、負けない……!」
トアンはスラスターで立ち直り、バルレッドは咆哮と共に跳ぶ。
リュシオンは再度ランスで迎え撃とうとするが──
「避けた!? 空中で!?」
トアンは空中でブースターを逆噴射し、攻撃の軌道をズラすと同時に落下角度を変える。
まるで紅の彗星が地面に突き刺さるように──
「これで終わり!!」
バルレッドの剣が、レグナストの右肩から胴体へ斜めに斬り裂いた。
鈍い金属音。揺れる視界。レグナストが膝をついた。
「……機体、ダメージ臨界。投降を、宣言する」
リュシオンが、通信で静かに言った。
勝負は、終わった。
観客席がどよめく。
火星の貴公子に勝ったのは、かつて一般市民だった少女──トアンだった。
「やるな」
バルレッドのコクピットに戻ってきた音声は、今度は素直だった。
「約束だよね?」
「分かってるさ。俺は、負けた。……なんでも言っていいぞ」
トアンは一瞬考えたのち、小さく言った。
「まだ、何を言うかは考えとく」
その夜、シエルは小さく笑っていた。