その日は、何の前触れもなく訪れた。
教練の時間、空を裂くようなサイレンが鳴った。
防災訓練ではない。人工空に、黒煙が舞い上がる。
──緊急事態。
──正体不明の武装フレーム部隊が、アカデミア周辺区域に侵入。
「テロ組織……?アリウス!?」
トアンが目を見開いたとき、モニターにはすでに機動防衛隊が迎撃に出ていた。
だが。
「ダメです! 第1防衛区、全滅!」
「バリアが……砲撃も剣撃も通りません!」
無数の警報と絶望が、モニター越しに響いてくる。
敵の中心に立つのは、一機の異形フレーム。
真黒な鋼を纏い、甲冑のような外殻に身を包む。
全方位バリア展開型近接フレーム──《ギル=ラザード》。
その動きは蛙のようで、されど一撃で戦車を薙ぎ倒す。
「俺が行く」
誰よりも早く格納庫に駆け出したのは、リュシオンだった。
「ちょっと待ちなさい!」
「このままじゃバリアに……!」
制止を振り切って、リュシオンは出撃した。
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「俺の名はリュシオン・ヴァルクレスト──火星の矜持だ。無名のテロに、屈するつもりはない」
フレーム・レグナストが咆哮を上げ、重装ランスを構えて突撃する。
対するギル=ラザードは、ただ静かに立ち尽くしていた。
「抜けるなら、抜いてみなさいよ」
通信に乗ったのは、澄んだ少女の声だった。
画面に映るのは紫の髪をまとめた少女。
顔は幼く、だが瞳は氷のようだった。
リュシオンの突進が、一直線にギル=ラザードの胴を貫こうとする──
「……通らない!?」
ランスが弾かれた。
不可視の障壁が、完全に機体を包んでいる。
「ならば連撃で!」
横薙ぎ、回転突き、蹴り──すべてが弾かれ、逆にレグナストの肩が破損した。
「バリアが……無敵か……!」
その瞬間、リュシオンの機体に、ギル=ラザードの巨大なブレードが振り下ろされる。
膝をつくレグナスト。あと一撃で、終わる──
「ユリウス、準備は!?」
学園制御中枢の管制室では、シエルとユリウスが並び立っていた。
「電磁バリアの共振周波数、特定完了。だが攻撃手段がない」
「なら──拡張干渉波を私が撃つ。あなたは誘導制御をお願い」
「了解。シエル、命中率は?」
「五分五分」
「なら、やる価値はあるな」
空から、光が降る。
学園の通信塔から照射された特殊パルスビーム。
バリアの周波数を逆算した“共振干渉波”が、ギル=ラザードの装甲に届いた。
「──!?」
紫髪の少女が驚きの声を漏らす。
「バリアが消えた……!?」
その瞬間、レグナストが動いた。
「今よ、リュシオン!」
「食らえッ!!」
残ったランスで突撃し、ギル=ラザードの腹部装甲を突き破る。
鋼が裂け、内部フレームが露出した。
「くっ……この私が……こんな場所で……!!」
紫髪の少女は舌打ちし、緊急脱出信号を発信する。
機体から煙が噴き出し、ブースターを最大出力で点火。
「撤退する 、次はこうはいかないから」
ギル=ラザードは急速後退。コロニーの外へ逃れていった。
残されたレグナストは、機体の半分が破損し、座り込んでいた。
「ははっ……ギリギリだったな……」
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宇宙は静寂だ。
しかし今、その闇を裂いて、二つの機影が交錯していた。
赤と銀。
煌めきのように放たれる剣撃と加速音が、静かなコロニー外縁の空間を彩る。
「……誰なの?」
トアンは唇を噛みながら、正面の敵を見つめた。
自身の搭乗機《バルレッド》は、いくつかの表面装甲に傷を負っていた。
だが、それ以上に神経を削られるのは――相手の動きだ。
「この動き……どこかで……」
目の前の敵は、白銀に輝く美しいフレーム。
両肩から放たれる冷気のようなエネルギー。細剣と脚部スラスターによる鋭い斬撃と跳躍。
重厚さを持つバルレッドに対して、白銀の機体は軽快かつ流麗。
だが、その一撃一撃が芯を喰ってくる。
「知ってる……? このリズム……どこで……」
トアンは一瞬迷った。そのわずかな“迷い”を、白銀のフレームは見逃さなかった。
細剣がバルレッドの左肩をかすめた。
火花。警報。姿勢制御に乱れ。
だがトアンは踏みとどまる。
「まだ……負けるわけには……!」
剣を振るい、バルレッドの大剣が銀のフレームを追い詰めようとする。
だが、相手はまたするりと身を引き、機体を反転させて距離を取った。
そして――
「……?」
白銀のフレームは、トアンに一瞥をくれると、急加速を開始した。
逃走。追うには、バルレッドはダメージが大きすぎた。
ただその一瞬、通信の向こうから、ごく微かな音声が漏れた。
《……ユースベル……》
「えっ……?」
だがその声は宇宙に溶け、白銀の機体はすでに見えなくなっていた。