二日目の学園祭。
屋台の香ばしい匂いと、歓声が満ちた通り。
それは、突如として“警告音”にかき消された。
──警告:セクター9より、未確認戦闘兵器が侵入。
──全生徒は直ちに避難ラインへ。
「なに……これ……」
空気が変わった。
遠く、地鳴りのような音。地面が、揺れる。
「リュシオン、出撃して!」
「もちろんだ!」
リュシオンと学園の防衛隊が即座に出動する。
しかし、彼らが直面したのは、想像を超えた異物だった。
──それは、蠍だった。
鋼鉄で編まれた巨大な脚が地面を砕き、
背から延びる砲塔が高圧ビームを放つ。
《スコルピオ=X》
元々はテロへの脅威から学園警備のために設計され最近導入されたAI兵器。
だが――演算コアがなんらかの要因により暴走していた。
「ぐっ……攻撃が通らない!?」
「対ビームコーティングも無効!? そんな馬鹿な!」
鋼の蠍は、いとも簡単に防衛隊の機体を弾き飛ばしていく。
逃げ惑う学生たち。
そして、屋台が……ステージが……夢の時間が、崩されていく。
「――やめろ!!」
その声が、爆音を裂いた。
燃えた校舎の先から、紅い影が飛来する。
「トアン……!」
赤きフレーム《バルレッド》。
その機体は、まるで怒りに震えているようだった。
「お願い、バルレッド。皆を守りたいの」
トアンがコックピットで、静かに語りかける。
「ここは……私の場所。誰にも壊させたくない」
その瞬間――
バルレッドの双眼が、朱色に変わる。
背面ユニットが展開し、装甲が黒くなっていく。
「…応えてくれたんだ」
グレートソードを携え、バルレッドはスコルピオに突撃する。
「絶対に、止める!」
トアンは、怒りと祈りを乗せてバルレッドを走らせる。
──全力出力、突貫。
金属の足音が地面を揺らす。
スコルピオの尾部砲台が火を吹いた。
高圧ビームがバルレッドに向かって放たれる。
「……!」
トアンは咄嗟に盾を構える。
ビームが盾を叩き、蒸発させるように熱を伝える。
だが、盾は持たなかった。
焦げ、焼け、溶け――ついに砕け散る。
トアンはグレートソードを構え、接近戦へと突入する。
スコルピオの巨大な鋏が襲い掛かる。
金属と金属の激突音が響き渡る。
──斬っては弾かれ、受けては跳ね飛ばされる。
トアンはその猛攻の中をかいくぐり、スコルピオの背面へと飛び移った。
バルレッドの両手で握りしめたグレートソードが、AI兵器の背部装甲に突き刺さる。
「っ……!? なに……!」
その瞬間。
──声が、聞こえた。
いや、“思考”が流れ込んできた。
《……わ…こ……聞………すか?…》
「誰……!?」
意識がかき乱される。
だが次の瞬間──
「トアン、離れろ!!」
リュシオンの絶叫がコックピットに響いた。
──遅かった。
スコルピオの残存爪が反転し、バルレッドを背から薙ぎ払う。
「くっ……!!」
衝撃。火花。
トアンの身体がコックピット内で跳ね、モニターが赤く染まる。
破壊されたのは、まさにトアンの命を守る最後の壁、コックピットの片側だった。
左腕から血が迸る。
だが。
バルレッドの目が、さらに深く輝く。
内部エンジンが異常回転を始め、装甲がさらに黒く染まる。
「まだ、動ける!」
バルレッドは再起動した。
力任せにグレートソードを振り回し、スコルピオの鋏と連続でぶつかり合う。
だが──その刃は限界を迎えていた。
「しまっ──!」
スコルピオの鋏が、グレートソードをへし折った。
「くっ……!」
武装を失ったバルレッドが怯んだその時、もう一機が飛び込む。
「トアン、俺の武器を使え!」
リュシオンのレグナストがランスを投げる。
それは、まるで紅き機体のために設計されたかのように手に収まった。
「ありがとう、リュシオン!」
紅き機体が加速する。
折れた剣の代わりに、友の矜持を手に――
「これで……終わりにする!!」
ランスがスコルピオの胴を貫く。
バルレッドが回転し、スラスター全開で貫通する。
──そして爆発。
金属の巨体が悲鳴を上げ、学園の中央で崩れ落ちた。
#
翌朝、陽の光はどこか柔らかく、学園の空気には安堵と静けさが漂っていた。
生徒会の緊急判断により学園祭は予定通り再開されることが決定した。
焦げた屋台は修理され、破れたテントには新しい布が張られる。
舞台裏で黙々と作業する整備班と文化部の姿が、まぶしかった。
「本当にやるのか……この空気で」
リュシオンが肩をすくめながら言った。
だが、トアンは小さく笑う。
「やるから意味があるんだよ。立ち上がるための、祭りなんだから」
その言葉に、リュシオンはふっと笑い返す。
トアンたちは、再び浴衣や私服に着替え、会場へと向かった。
出店が並び、あちこちから笑い声が聞こえる。
「トアン、あれやろう、あれ! りんご飴!」
「ちょ、リリア、そんなに引っ張らなくても!」
「あーっ、モカ! 金魚すくいで全部救ってる!」
「ふっふっふ。鍛え上げられた整備士の反射神経、舐めるなよ?」
「……悪くないな、こういうのも」
ユリウスがぽつりと呟くと、シエルが笑みを浮かべる。
「笑うのは、戦うより難しいこともあるわ。でも、できてる。みんな、ちゃんと」
そんな彼女たちを見ながら、トアンは一歩後ろから見守っていた。
祭の空気の中、確かに感じる絆の温度。誰かの手に引かれ、前に進む感覚。
「……また、ここに戻ってこられて、よかった」
そして――
「ねえ、トアン。これ、着てみない?」
「え?」
差し出されたのは、赤いドレス。シンプルだけど、少しだけ華やかで、どこかトアンに似ていた。
「学園の人気投票でトアンって票が多くて……エントリーされたの。勝手に」
「ええぇぇ!? 私、聞いてないよ!!」
「いいから、行ってらっしゃい」
モカとリリアとユリウスが背中を押す。
「くっ……これは、抗えない流れだ……!」
ステージに立ったトアンに、照明が当たる。
緊張で手が震える。けれど、客席に広がる皆の笑顔が、それを優しく包む。
そして、再び夜空に、花火が咲いた。
光と音と歓声のなか――
トアンは、微笑んだ。
それは、過去でも戦場でも見せなかった、本当の笑顔だった。
その笑顔で彼女は歌い始めた。