紅機のトアン   作:yumui

7 / 17
悩み

宇宙は、静かだった。

 

 けれどその静寂の中で、砲火が交わされていた。

 

 

 

 「トアン、左舷に回り込む機体あり!」

 

 「了解。抑える!」

 

 

 

 コロニー外縁宙域。実戦演習。

 対象は――本物の宇宙海賊。

 

 学園側は実弾を装備し、各班に分かれて制圧任務にあたっていた。

 もちろん、教師たちが監視する訓練であり、捕獲が基本方針だった。

 

 だが。

 

「投降の意思なし。接近、突撃してくる!」

 

 

 

 敵の機体が、仲間に照準を定めた瞬間。

 

 

 「――ッ!」

 

 

 バルレッドのグレートメイスが振り下ろされた。

 

 

 

 真空の中、火花が散る。

 そして、宇宙海賊の機体は、爆発の閃光を残して沈黙した。

 

#

 

演習後、帰還。

 

 艦内では、教官が生徒たちに講評を与えていた。

 

 「今回は模範的な戦術行動だった。だが撃墜数を競う場ではないことは忘れるな」

 

 

 

 トアンは何も言わずに控え室へと向かった。

 バルレッドのコックピットにいた間、ずっと、妙な感覚があった。

 

 

 

 「……怖く、なかった」

 

 それが、問題だった。

 

 

 

 あのとき、引かなかった。迷わなかった。

 敵の照準が仲間に向いた瞬間、ためらいはなかった。

 

 

 

 殺さなければ、仲間が死ぬ

 

 ただ、それだけの理由で引き金を引いた。

 その結果、相手は死んだ。だが――

 

 

 

 心が、何も感じていなかった。

 

 

 

 「私は……おかしいのかな」

 

 その夜、トアンはシエルの部屋を訪れた。

 彼女は静かに紅茶を淹れ、何も聞かずに椅子を勧めた。

 

 

 

 「……今日の演習でね。敵を一機、落としたの」

 

 「ええ、見てたわ。綺麗な動きだった」

 

 「でも……怖くなかった。何も感じなかった。殺したのに、何も」

 

 

 

 シエルはしばらく沈黙した後、静かに言った。

 

 

 

 「……昔、うちの会社が管理していたコロニーで、屠殺業者の研修を見たことがあるわ」

 

 「……屠殺?」

 

「彼らは毎日、何百もの命を作業として処理する。

 でもね、罪悪感を抱きながら仕事してたら、手が止まって事故が起きるの」

 

 

 

 トアンは黙って、シエルの言葉を聞いていた。

 

 

 

 「あなたが感じた何も感じなかったこと……それは異常じゃないわ。

 むしろ、戦場に立つ者にとっては、必要な才能よ」

 

 「でも、人を……」

 

「あなたは命を奪ったんじゃない。

 仲間の命を守ったのよ。

 その区別がつくから、あなたはバルレッドに選ばれたの」

 

 トアンの手が震えていた。

 でもその手に、シエルはそっと自分の手を重ねた。

 

 「……長所なのよ、それは。あなたが正しく撃てる人間であることの、証だから」

 

 トアンは少しだけ、目を伏せてから、小さく頷いた。

 

その夜。

 彼女は初めて、人を殺した夢を見なかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。