宇宙は、静かだった。
けれどその静寂の中で、砲火が交わされていた。
「トアン、左舷に回り込む機体あり!」
「了解。抑える!」
コロニー外縁宙域。実戦演習。
対象は――本物の宇宙海賊。
学園側は実弾を装備し、各班に分かれて制圧任務にあたっていた。
もちろん、教師たちが監視する訓練であり、捕獲が基本方針だった。
だが。
「投降の意思なし。接近、突撃してくる!」
敵の機体が、仲間に照準を定めた瞬間。
「――ッ!」
バルレッドのグレートメイスが振り下ろされた。
真空の中、火花が散る。
そして、宇宙海賊の機体は、爆発の閃光を残して沈黙した。
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演習後、帰還。
艦内では、教官が生徒たちに講評を与えていた。
「今回は模範的な戦術行動だった。だが撃墜数を競う場ではないことは忘れるな」
トアンは何も言わずに控え室へと向かった。
バルレッドのコックピットにいた間、ずっと、妙な感覚があった。
「……怖く、なかった」
それが、問題だった。
あのとき、引かなかった。迷わなかった。
敵の照準が仲間に向いた瞬間、ためらいはなかった。
殺さなければ、仲間が死ぬ
ただ、それだけの理由で引き金を引いた。
その結果、相手は死んだ。だが――
心が、何も感じていなかった。
「私は……おかしいのかな」
その夜、トアンはシエルの部屋を訪れた。
彼女は静かに紅茶を淹れ、何も聞かずに椅子を勧めた。
「……今日の演習でね。敵を一機、落としたの」
「ええ、見てたわ。綺麗な動きだった」
「でも……怖くなかった。何も感じなかった。殺したのに、何も」
シエルはしばらく沈黙した後、静かに言った。
「……昔、うちの会社が管理していたコロニーで、屠殺業者の研修を見たことがあるわ」
「……屠殺?」
「彼らは毎日、何百もの命を作業として処理する。
でもね、罪悪感を抱きながら仕事してたら、手が止まって事故が起きるの」
トアンは黙って、シエルの言葉を聞いていた。
「あなたが感じた何も感じなかったこと……それは異常じゃないわ。
むしろ、戦場に立つ者にとっては、必要な才能よ」
「でも、人を……」
「あなたは命を奪ったんじゃない。
仲間の命を守ったのよ。
その区別がつくから、あなたはバルレッドに選ばれたの」
トアンの手が震えていた。
でもその手に、シエルはそっと自分の手を重ねた。
「……長所なのよ、それは。あなたが正しく撃てる人間であることの、証だから」
トアンは少しだけ、目を伏せてから、小さく頷いた。
その夜。
彼女は初めて、人を殺した夢を見なかった。