修学旅行――それは束の間の休息、のはずだった。
火星の開発都市に到着した一行は、観光地を巡りながら地元文化や歴史を学ぶ行程にあった。
だが、その日。
──目を覚ましたとき、彼女は知らない部屋にいた。
天井のライトは弱々しく、空調も切られている。頬に触れた床は冷たい金属だった。
「ここは……どこ?たしか路地裏に連れ込まれて…」
手首には拘束具がついていたが、自由は効いた。ただ、扉は閉ざされていた。
しばらくして、部屋の外から足音が近づいてきた。
扉が開く。
男達が部屋に入ってくる。
「おっ今度の娘は結構顔いいじゃん」
「最近はご無沙汰だったんだよな、あのお硬い副リーダーときたら…」
男達はトアンの服に手をかけた。
「あの…やめ」
拳が顔に飛んできた。
「…目立つ所はやめて」
トアンが口の中に血の味を感じながら言った時。
入ってきたのは、エルネスティアだった。
彼女は冷たい目で男達に命令した。
「…うす」
男達は残念そうな顔で去っていく。
エルネスティアはトアンを見つめ、微笑んだ。
「久しぶりだな、トアン。……あなたとこうして話せる日が来るとは」
「どういうこと? あなたは学園の生徒だったはず……」
「だったじゃない。今も生徒だ。演技をしてただけだ」
エルネスティアは微笑みを深くし、そして淡々と告げる。
「私は テロ組織アリウスの副リーダー。スコルピオを暴走させたのも、私」
トアンは息をのむ。
「あなたたちが築いてる火星への搾取を壊すのが、私の仕事。
でもその中で、あなたには少し……興味が湧いた」
「……何が目的なの」
「シエル・フォルミリアの死よ」
トアンは言葉を失った。
エルネスティア――いや、アリウスは語る。
「彼女の家族が築いた六大企業が、どれだけのコロニーを潰してきたか。
どれだけの人々が“選別”され、見捨てられてきたか。私は、彼女にその“清算”をしてもらいたい」
「……それで、私を?」
「あなたには選んでほしかった。
彼女を殺す側に立つか、それとも――無力な理想主義者として、この部屋で腐るか」
「……私は、あなたの道具にならない」
アリウスは肩をすくめた。
「答えはわかってた。でも、諦めない。
あなたが持ってる空っぽの心――戦場に向いた冷静さ、それは利用する価値がある」
トアンが顔をしかめた瞬間、彼女は扉の外へと戻る。
「しばらく、ここで考えて。時間はまだあるから」
そして、扉は再び閉じられた。
赤い灯りが薄暗い壁に滲み、トアンはひとり、沈黙の中に座り込んだ。
「……私の心が、空っぽ?」
誰の言葉が正しいのか、誰が本物の敵なのか。
その答えを、彼女はまだ知らなかった。
#
火星――太陽が沈む夜、襲撃は始まった。
「敵機、急速接近! テロ組織《アリウス》と思われます!」
黒い艦影が空を裂き、爆炎が夜を照らす。
それは、明らかに宣戦布告だった。
地上では、シエルがわずかな護衛と共に逃走していた。
その瞳は恐怖よりも怒りに染まっていた。
「……まさか、またあの女が」
一方その頃、トアンは赤い監禁室で呼び声を聞いていた。
《………に…あ…………け…》
声の指示に従い扉をよく見ると、扉には破損した箇所があった。
トアンは立ち上がり、扉を力任せに破壊した。
そして、戦場へ走り出した。
#
市街地上空。火星の赤い大地の彼方から、紅い機体《バルレッド》が舞い戻る。
その前に現れたのは、かつて一度だけ戦った白銀のフレーム。
そのコックピットが開き、中から現れたのは――
「エルネスティア……やっぱり、あなたが……!」
「早い再会だな、トアン」
彼女の声は、いつも通り穏やかだった。
だがその目には、どこか終わりを悟った者のような翳りがあった。
「どうして、シエルを狙うの……」
「彼女の一族が奪ってきたものを、返してもらうだけだ」
「……じゃあ、わたしが勝ったら、もうテロなんてやめて。
また、学園に戻ってきて。友達として、もう一度……」
その言葉に、エルネスティアはわずかに目を見開いた。
「……馬鹿か。そんなの、できるわけ……」
「でも、あなた……疲れてる。ずっと無理してる」
エルネスティアは、疲れていた。
憎悪の連鎖に、罪なき人間の命を奪うことに
「……わかった。勝てたら、考えよう。
でも負けたら、全部忘れてもらう」
紅と白銀の機体が空に浮かび、刃を構える。
激突。
剣と剣。拳と踵。斬撃と加速。
どちらも譲らぬ、正面からのぶつかり合い。
「なぜ……そんなにも純粋なんだ、お前は!」
「それが、私の強さだから!」
ついに、トアンのグレートメイスが白銀のコア装甲を貫く。
機体が爆ぜ、白銀の火花を散らしながら地に落ちた。
#
煙の中、コックピットから出てきたエルネスティアは、崩れるように膝をついた。
「……負けた。潔くないけど、負けは負けか」
トアンは駆け寄り、手を差し出す。
「戻ろう、皆が待ってるよ」
エルネスティアは、ふっと笑った。
「……じゃあ、次の文化祭で浴衣貸して」
「いいよ。赤いの、似合いそうだし」
――その瞬間だった。
空間を切り裂くように現れた漆黒のフレーム。
その腕に握られたのは、長剣。
「え――」
剣が放たれた。
音すら届かないほどの速さで、それはエルネスティアの機体の背を貫いた。
爆光。
爆発。
叫ぶ暇も、涙を流す時間もなかった。
エルネスティアの姿は、炎の向こうに消えていた。
「……っ……ぁ……!」
トアンは立ち尽くしたまま、震える手を握りしめた。