「おいルカ、そろそろ新入生代表挨拶だからそろそろ起きろ」
「ふぁ?」
気付けば寝落ちしていたようで、俺の左の席に座っていたオーグに肩を叩かれて起こされた。
「しかし器用だな。まさかちゃんと座ったまま前を向き、目を開けたまま寝ているとは思わなかった」
「むしろよく俺が寝てたことに気付いたね」
「寝息は聞こえていたし、僅かだが体が前後に揺れていたからな」
俺の居眠りを見破るなんてオーグは中々見所がある。
「ルカ兄、開始2分で寝るのはさすがにどうかと思うよ」
「え? 俺そんな早く寝てたの?」
「うん。開会の挨拶どの先生がしたか覚えてる?」
「覚えてない」
そうか、俺は式が始まる前から寝ていたのか……
まぁ式なんてつまらないのが相場だし、寝ててもバレてなければ問題無いだろ。
「それでは続きまして新入生代表挨拶です。今年度入学試験主席合格者、シン=ウォルフォードくん」
「……はい」
俺が起こされてすぐ、シンの名前がアナウンスされた。
可愛い弟の晴れ舞台なのだからしっかり起きて聞いていよう。
「えっ……?」
「ウォルフォード……?」
そうして立ち上がるシンを見ていると、オーグを挟んで座っているマリアとシシリーから疑問の声が上がってきた。
「そうだ。シン=ウォルフォード。例の英雄の孫だよ」
「「!!??」」
「あ、俺もだよ」
「!?!?」
言ってなかったっけ?
そういえば入学試験の時に会った時は名前しか名乗ってないな。
あの時はシンが名乗ってると思ってたし、あそこで『ウォルフォード』と名乗ると周りがうるさくなりそうだったからあえて名乗らなかったんだよね。
「……」
シンが何かを言いたそうな顔をしてこちらを見ていたので笑顔でサムズアップをして返すと、呆れたように苦笑を浮かべそのまま背中を向けて登壇していった。
会場は未だザワついているが、シンは特に気にした様子はなく一度大きく深呼吸をしてから口を開いた。
「ご紹介に預かりました、新入生代表シン=ウォルフォードです。今日この良き日に保護者、御来賓の方々に見守られ、教師、在校生の方々に迎えられ、このアールスハイド高等魔法学院に入学出来たことを大変嬉しく思っています」
ふむ、まずは無難に定型文か。いつから面白くなるのだろう?
「私は幼い頃から祖父母や兄、知人たちから様々なことを学んで参りました。しかし如何せん祖父が隠居していた森の奥で暮らしていたため兄共々あまり世間を知らずに成長してしまいました。そんな折、とある方にこう言われたのです。『学院に言って常識を学んでこい』と」
うーん、あんま面白くない。あと挨拶に俺を絡めるのはやめろ。
「王都に来てから私の生活は劇的に変わりました。既に何人かの友人も出来ました。学院に入学すればさらに多くの出会いがあるでしょう。私はそれが楽しみでなりません。『勉強はどうした?』と言われそうですが、私や兄にとって人との出会いこそ大切で重要なのです……あ、兄には勉強も大切ですね」
シン……お前……!
思わず立ち上がって座っている椅子を全力で投げ付けそうになったが、周囲から吹き出すような声が聞こえてきたのでとりあえず執行猶予ということにして大人しくしておく。
「もちろん、私も勉強を疎かにするつもりはありません。知り合った方々と切磋琢磨し合える関係を築けたらと思っています」
次……次に俺をダシにして笑いを取ろうとしたら俺はシンをぶん殴る。
ばあちゃんからの視線を感じるので式の間は我慢するが、家に帰ったらぶん殴る。
「ですので皆さん、世間知らずだからといって仲間はずれにはしないでくださいね? そんなことをされたら泣いてしまうかもしれません」
くすくすと笑う声が少し多くなってきた。
隣のオーグも俯きなから腹を抱えてプルプルしている。
「私が泣くと、短気で怒りっぽい私の兄が激怒することでしょう。皆さんの身の安全のためにもそのようなことが無いようお願いしておきます」
どこからか「ブハッ!」と大きく吹き出した声が聞こえてきた。
面白くしろと言ったのは俺だ。笑いを取れたのなら大いに結構。
しかし俺を使って笑いを取るのはダメでしょう。帰ったら折檻だ!
「保護者、御来賓の皆様。私たちを常に温かく、時に厳しく見守っていてください。教師、在校生の皆様、生意気な生徒、後輩であるかと思いますが、何卒虐めないでください。3年後、より大きく成長して羽ばたいて行けるよう、私たちは頑張っていきますので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願い致します。新入生代表、シン=ウォルフォード」
そう言って、シンは深く頭を下げると会場から大きな拍手が鳴り響いた。
「プッ……くくく!」
隣では声を殺せなくなったオーグが小さく笑い声を漏らしながらも拍手している。
くそぅ……これだけ好評だったのなら怒るに怒れないじゃないか……!
俺は釈然としない気持ちで手を叩きながら戻ってきたシンを出迎えた。
「ただいま。オーグはまだ笑ってんのか」
「クックック……ふぅ、だってお前、代表挨拶で冗談を交えるなんて前代未聞だぞ? 他の者の挨拶を聞いていなかったのか?」
「え……そうなの?」
「マジで?」
シンに「面白くしろ」と言ったのは俺である。
つまりシンが挨拶に冗談を交えたのは俺のせい……これは情状酌量の余地ありか?
「はい、そうですね……あまり聞いたことはありません」
「あまりっていうか私は初めて聞いたわね」
マリアも笑っている。
マジかぁ……そういえば生徒は笑ってるけど保護者、来賓、教師たちは苦笑いしてる。
ってことは……シン、やっちまったな!
「シン……どんまい。これはギャップだから仕方ない」
世界が違えば常識も違うってことだね。ワールドギャップだ。
「ルカ兄……元はと言えばルカ兄があんなこと言うから……」
「だってつまんない話だと寝ちゃうもん。それに、確かに唆したのは俺かもだけど最終的に原稿書いたのお前じゃん。お前の意思で冗談交えてるじゃん」
「ぐぬぬ……」
「だから9割9分9厘9毛シンのせいね」
俺は悪くない!
そうして俺が全力で責任逃れをしてシンを悔しがらせていると、今まで話に入ってきていなかった新たな人物が俺たちの話に加わってきた。
「いやー、あたしは面白かったと思うよ?こういう場での挨拶ってツマラナイ上眠くなるんだよねー」
「わかる。超わかる」
だって寝てたし。既に実証済みだから。
「あ、あたしはアリス。アリス=コーナーだよ。よろしくね、シン=ウォルフォードくんと……」
「ルカだよ。ルカ=ウォルフォード。ちなみに俺がお兄ちゃんだから」
「そっか。わかったよ。改めてよろしくね。それでさっきの話だけど、あたしは面白いと思ったよ。初等学院や中等学院の時は挨拶が苦痛で仕方無かったからね。そう思ってる生徒は多いんじゃない? さっきだって殆どの生徒は笑ってたし。これから流行るんじゃないかな?」
「……そうかな?」
シンが少し恥ずかしそうに聞き返すと、コーナーさんは笑顔で首肯した。
「うん! ところでウォルフォードくん」
「「なに?」」
「あ、そういえば2人ともウォルフォードくんだったね……」
「そうだね。ややこしいから俺のことはルカって呼んでよ。ウォルフォードって呼ばれ慣れてないから呼ばれてもスルーしちゃうかもだし」
今まで『ウォルフォード』って呼ばれたことが無いからね。自分がウォルフォードって認識はしてるけど、咄嗟にそう呼ばれたら多分反応出来ない。
「俺もシンで構わないよ。ウォルフォードってちょっと長いし」
別に長くはないと思う。
「ルカくんとシンくんね、わかった! あたしのこともアリスでいいからね!」
「「わかったー」」
「それで……その、2人はマーリン様とメリダ様のお孫さんなんだよね?」
まぁ正確には孫じゃなくて義孫なんだけどね。
孫も義孫も変わんないか。じいちゃんはじいちゃんだし、ばあちゃんはばあちゃんだ。
2人が俺とシンの家族であることに変わりは無い。
「せやで」
「まぁ……そうだね」
「今日はいらっしゃっているのかな?」
「多分保護者席にいるよ」
これは紹介して欲しいとかそういう流れ?
まあま有名人の身内に会ったら紹介して欲しくなるのは普通なのかも。
「そうかぁ、やっぱりこれからクラスメイトになるんだからご挨拶に伺った方がいいよねー」
なるほど、そういう口実ね。別にいいんじゃないかな?
「あ、ずるい! 私も行きたい!」
「私も行きたいです」
「僕も行きたいねぇ」
「私も行きたぁい」
「自分もご挨拶したいです」
「拙者も行きたいで御座る」
む? 聞き覚えのある武士口調……奴か!
チラリとそちらに視線を向けると、そこには見覚えのある短い金髪に碧い瞳のマッチョが居た。
キミも無事Sクラスに合格してたんだね……ならば共に楽しい学校生活を送ろうではないか!
「ほう、この学院にはクラスメイトの保護者に挨拶に伺わなければならない決まりがあったのか?」
「ア、アウグスト殿下……」
「ならば当然我が父上にも挨拶に伺ってもらわねばな」
「い、いえ……そんな恐れ多い……」
「ならば馬鹿なことを言ってないで静かにしろ。見ろ、教師たちがこちらを睨んでいるぞ」
オーグに言われて教師たちの方へと視線を向けると……やっべぇ、超睨まれてる。
「この後教室に行くのだから親交を深めるのはその時にしておけ」
「は、はい。申し訳ございません……」
「教えてくれてサンキューな」
「オーグ悪い、助かった」
「なに、当然のことだ」
すました顔でそう言ったオーグだったが、俺たちの顔を交互に見てから口角を上げてニヤリと笑う。
「貸しイチな」
ふむ、借りが出来てしまったか……
借りとは言ってしまえば『恩』である。
恩には恩を、仇には仇を。どっちも倍返しが俺の前世の家訓だったような気がする。
なので俺はオーグに恩を倍返ししなければならない。
そうだな……オーグって王子様だし反対勢力くらいいるよね?
真に国を思って反対している人間はいいとして、自らの利益の為だけに反対運動をしてるような奴らは消えた方が国の為だしオーグの為になるよね?
よし、調べてみよう。
「何やら不穏な気配を感じたのだが……ルカ、お前何を考えている?」
「別に? この国にも腐った貴族や官僚っているのかなぁって考えてた」
「……決していないとは言えないが、余計なことはするなよ」
「まぁどんな人間だろうと無事に明日を迎えられる保証は無いですし」
別に暗殺したりはしないよ?
俺がやるのは不正の証拠を集めてこっそりディスおじさんやオーグの寝室の枕元に置いておくだけだから。
隠密術だけじゃなく潜入術や尾行術、暗殺術も修めていてさらに魔法まで使えるのだからそのくらい余裕である。
俺は忍者になれるかもしれない。
その後オーグは俺を訝しげに見ていたが式は進み、最後にこの国の王であるディスおじさんの挨拶があった。
普通に新入生を鼓舞するような挨拶だったのだが、最後にディスおじさんは俺たちの方を見てニヤリと笑った。
「今年は英雄の孫という規格外が紛れ込んでいるから教師陣は大変だろうと思うが頑張って欲しい。そして同級生は彼らから色々と学ぶといい。皆の固定概念を壊してくれるだろう。そして皆が大きく成長してくれることを切に願っている」
ありゃ? 挨拶には冗談を交えないのが常識なんじゃなかったの?
「ふむ、さすが父上だ。早速取り込んできたか」
これからきっと流行るんだろうなぁ。
「これで入学式を終了します。新入生、退場!」
こうして最後にシンが弄られたので俺は溜飲を下げ、入学式は無事終了した。
したのだが、退場する時にAクラスの金髪碧眼イケメンがめっちゃ俺とシンのことを睨んできていた。
俺を睨むってことは俺に喧嘩を売るってことだし、俺の可愛い弟であるシンを睨むってことは俺に喧嘩を売ってるってことだよね?
よし、顔は覚えたぞ。