目が覚めると、そこは木造家屋の屋内だった。
濃い木の匂いと、バチッと薪が爆ぜる音が聞こえてくる。どうやら助かったらしい。
というか普通に見えてるな……恐らく目に泥か何かが入って一時的に開けなくなっていただけなのだろう。
周囲を見渡してみると俺の隣には赤ん坊が寝かされており、その奥には立派な白髭を蓄え、同じく真っ白な髪を長く伸ばした老人の姿が見えた。
恐らく……いや、間違いなく俺と赤ん坊を助けてくれた人だろう。
喉の違和感も消えていたのでお礼を言おうと口を開いたのだが――
「あいあおあー」
舌が全く回らなかった。
全身の状態を確認した時には気付かなかったが、脳にダメージがあって言語能力に何かしらの障害を負ってしまったのかと嫌な想像をしていると、俺の声に気付いたらしい老人がこちらへとやってきた。
「☆◎○▽◇□※▽△」
理解できない。
やはり脳に障害を負ってしまったのかと泣きそうになりながら老人を見ていると、老人は柔和に微笑みスープの入った皿を持って来て俺に食べさせようとしてきた。
さすがにそれは恥ずかしいので自分で食べようと手を動かした所、視界に入ってきたその手を見て俺は目を見開いた。
そこには、子供特有のプクッとした手があった。ワキワキと動かしてみるが自分の手で間違いない。
俺の鍛え上げたマッチョな腕はどこいった?
そして改めて老人を見て、首を傾げた。
この老人、でかくない? いや、俺が子供になってるなら普通サイズなのか?
そうして呆けていると老人が心配そうな顔でこちらを見ているので、目の前に差し出されたスプーンに掬われたスープを飲んでみた。
すると優しげに相貌を崩した老人は皿に入ったスープを全て飲ませてくれ、飲み終わったら頭を撫でられた。
皿のスープが無くなる頃になるの隣に寝かされていた赤ん坊も目を覚ましたようで、老人は俺をベッドに寝かせそちらの赤ん坊にも俺に与えたのと同じようにしてスープを飲ませ始めた。
その様子を眺めていると、赤ん坊も自分の手が視界に入った瞬間に訝しげに首を傾げているのが目に入った。
もしかしたらこの赤ん坊も俺と同じ状況なのかもしれない。
しばらくそうして眺めていたが、満腹になったからか俺は再び強烈な眠気に襲われ抗うことも出来ず俺の意識は闇に沈んだ。
◇◆
翌日、再び目が覚めて改めて自分と赤ん坊、そして周囲を確認してみた。
俺はやはり子供になっているらしい。
何をふざけたことをと思わなくもないが、どうやらこれが現実のようだ。
既に二度、眠りと覚醒を繰り返しているのでこれが夢だという事は無いはず。
ならばこれが現実だとして子供になっているというのはどういう事かと考えてみたがその答えには意外と早く辿り着いた。
自分を助けてくれたであろう老人が暖炉に火を着ける際、手から火を出したのだ。
魔法。
その言葉が頭をよぎる。よく家の中を見渡してみると、文明の利器が一つも無い事に気が付いた。
どんな原始的な生活を送っているんだと思ったが、パッと見た感じ生活水準自体が低いとは思えない。
そんな現代人からするとチグハグな状況に一つの可能性が思い当たる。
――ここは地球ではないのではなかろうか?
地球では魔法は見た事が無い。
ひょっとしたら自分が知らないだけで存在しているのかもしれない。しかし、『魔法が有ることを前提とした』この家の有り様はここが地球ではないと思わせるのに十分な説得力があった。
となると、何故自分はここにいるのか?
魔法が有る地球ではない世界。
子供になっている自分。
聞いた事が無い言語。
この状況から導き出した答え……それは『転生』。
こんな意味不明な状況なので、このぶっ飛びファンタジーな結論はすんなり受け入れられた。
むしろ喜んで受け入れたと言っても過言では無い。
前世の最期は記憶が曖昧なのでハッキリしないが、俺は恐らくうっかり死んでしまったのだろう。
俺は跡目争いに敗れ家を追い出された身であるからしてこの先どうやって生きていこうか悩んでいたのでちょうどいいといえばちょうどいいのかもしれない。
唯一心残りといえば倒れた俺を前にしてドヤ顔を決めていた従兄弟の顔面に強めのパンチをたたき込めなくなったことだが、無理なものは仕方ない。諦めよう。
いや、思い出したら腹立ってきたな。なんとかぶん殴ってやりたい。
しかしそれよりも魔法が有る世界に転生し、誰しも一度は思ったであろう『今の記憶を持ったまま子供の頃に戻れたら』を現実に体験しているのだ。
せっかく子供に戻れたのだから俺の知識と経験を活かして一から鍛えれば今度こそ『最強』に手が届くのではないだろうか?
その事に興奮していると、俺を助けてくれた老人がまたスープを持って来てくれた。
そして、お腹が一杯になった所でまたしても意識が遠くなっていく。
どんなに興奮していても、恐らくこの一歳になるかならないかの体では睡魔に対抗する事は出来ないようだ。
俺は自分が男の子であることを強く願いながら意識を手放した。
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