歩いて帰ることを命じられた俺だったが、なんだか悔しかったのでじいちゃんを連れて《空中瞬間移動》を使って馬車が着くよりも先に家に帰った。
シンやディスおじさんは絶対に嫌がるのだが、じいちゃんはこの移動が楽しいらしく機嫌よく俺の空中散歩に付き合ってくれた。
「ほっほ、何度体験しても楽しいのぅ。ルカ、また連れて行っておくれ」
「頼まれれば何時でも連れて行くけどさ、じいちゃんも《瞬間移動》は使えるんだから自分でやればいいじゃん」
「空中で落下しながら《瞬間移動》を使うのは少し怖くての」
「それは……」
「魔法を使うには集中力も必要じゃからの」
まぁミスったら即死亡な空中で魔法を使うのは普通の人には難しいのかもしれない。人って高い所から落ちたら死ぬし。
気と魔力で体を強化しつつ華麗に五点着地を決めれば割と大丈夫だけど、じいちゃんはまず気の強化が出来ないからなぁ……
「まぁ……うん。何時でも言ってよ。今度森の家まで空中散歩してみる?」
「それは楽しそうじゃの……っと、メリダたちが帰ってきたようじゃな」
じいちゃんとそんな話をしているうちに2台連なって我が家に向かってくる馬車が見えてきた。
さて……ばあちゃん、シシリーに無駄な圧力掛けてたりしないよね?
◇◆
「で? この娘の話だったね。なんだい、もう交s――」
「だぁ! 違うから!」
我が家にやって来た面々を応接室へと案内してマリーカさんたち使用人が淹れてくれたお茶が全員に行き渡ったタイミングでいきなりばあちゃんが爆弾をぶん投げようとしてきたが、すんでのところでシンがインターセプトに成功した。
いや、これ成功してるか?
「だったらなんだい?」
「うん、あのさ……この制服、付与したじゃない?」
「ああ……あれは酷かったねぇ……」
ばあちゃんおめめ零れそうになってたもんね。あんな顔見た事ないよ。
「いや、そういう話じゃなくて……その付与、この娘の制服にも掛けていいかな?」
「……詳しく話すさね」
真剣な顔をして前のめりになったばあちゃんにシンが今日学院で起こったことを話す。
ふむ、俺がユリウスに引き摺られて行った後そんなことがあったのか……
いくらなんでも親の権力に頼るなんて情けなさ過ぎるだろ……親の顔が見てみたい。
「なるほどねぇ……だから来るのが遅かったんだね」
「ディセウム」
「何でしょうかマーリン殿」
シンの説明を聞き、ばあちゃんは呆れたようにため息をついているが、じいちゃんは普段の好々爺然とした雰囲気を消し去り厳しい顔でディスおじさんの名前を呼んだ。
「この国の貴族にはまだそんなのがおるのか?」
「いえ……そんなハズは……我が国の貴族の意識改革は順調に進んでいるハズです。一部選民意識の高い者はまだおりますが、財務局のリッツバーク事務次官といえば不正や圧力などを最も嫌う公明正大で堅物な人物として有名です。その息子がそのようなことになっているとは……信じられません」
「ふむ、という事はその子の暴走かの……」
公明正大で堅物ねぇ……いくら『出来た人物』と評されるような人でも子育てに失敗している例は枚挙に遑がないからなぁ。
「ばあちゃん、いいかな?」
「そうさねぇ……そこの娘、確かシシリーと言ったね?」
「は、はい!」
ばあちゃんに名前を呼ばれたシシリーは肩を跳ねさせながら大きな声で返事をする。
「シンの言っている付与魔法というのはとんでもない代物さね。それをお前さんの制服にも付与しようとしている……ということはこの子は本気でアンタを守ろうとしている。アンタはその守護を受け取る資格が自分にあると思っているかい?」
「資格……ですか……」
「ばあちゃん資格って……そんな大層なものいらないよ。俺がやりたいだけなんだからそんな大袈裟にしなくてもいいじゃん」
「お黙りッ!」
シンが「資格なんて必要無い」と軽く反論するが、即座にばあちゃんに一刀両断されてしまった。
「アンタが付与を施したその制服、一体どんなことになっているのか自分でわかっているのかい?」
「どんなことって……」
「既に国宝級の防具になってるよ」
「「「「国宝級!?」」」」
ん? ということは俺のパンチを防ぐには国宝級の防具が必要ってコト!?
つまりシンの付与をパンチでぶち抜けば……俺のパンチは国宝級! 滾る!
「この付与がされた防具が一体いくらの値が付くのか想像も出来ない。そんな付与をこの子はアンタの制服にしようとしている……それを受け入れる覚悟は、資格はあるのかい?」
「それは……その資格は……」
ばあちゃんにそう問い掛けられたシシリーは目に涙を浮かべ始めた。
ばあちゃん……他所様の娘さんにそんな厚掛けちゃダメだって! 怖いから黙っとくけども!
「私には……私にはその資格なんて……ありません……」
シシリーはそう言って涙を零した。
「ふむ、資格が無いとはどういうことさね?」
ばあちゃん、追い打ちはダメだって!
「私は……シンくんの優しさに付け込みました。シンくんに私の事情を話せば同情してくれる……助けてくれる……そう期待して、私の事情を話しました」
「まぁ、この子は強いからね。頼りたくなる気持ちもわからなくはないさね」
むしろ頼るべき。頼られて助けないなんて俺の弟じゃない!
俺の弟なら困っている女の子は積極的に助けろ!
「でも! でも……シンくんには関係が無いのにやっぱり思った通り助けてくれて……守ってやるって言ってくれたことが嬉しくて……このまま助けてくれるんじゃないかって期待して……全部自分の勝手な都合なのに……」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!
シン! わかってるだろうな!? 例えばあちゃんが付与をダメって行ったとしてもお前絶対助けろよ!?
相手の家を潰すなら手伝うから、俺を頼れ!!
この娘は絶対たすけろ! お前がやらないなら俺がやる!
「メリダ様! お孫さんを利用しようとして申し訳御座いませんでした! この後のことは自分で何とかします。御迷惑をお掛けしました!」
シシリーは泣きながらシンを利用しようとしたことを告白して、駆け出そうとして立ち上がった。
「お待ち!」
シシリーが立ち上がると同時、ばあちゃんが鋭い声を上げてシシリーを静止させた。
「シシリー、よく話したね。シンを利用しようとしているなんてのはすぐにわかったよ。もしそのまま何も話さないでシンの付与を受けようと言うなら……叩き出していたところさね」
「うぅ……ひっ……うぐぅ……」
厳しい態度から一転、ばあちゃんはシシリーに優しい言葉を掛け始めた。ばあちゃんお得意の飴と鞭だ。
俺にはほとんど飴は無いけどね!
「でもアンタは正直に話した。その付与魔法が施された防具は国宝級だと伝えた後にだ。それは誰にでも出来ることじゃない」
「そ、それはぁ……ひっ……ジンぐんを騙じでえ……それなのに……そんな、そんなの受け、受け取れなっひっもんっ!」
シシリーはかなり自己嫌悪しているようだが、こんなの騙される方が悪いのだ。むしろ男なら騙されるべき。
「女が男を騙して何が悪いんさね。アンタのした事なんざ可愛いもんさ。シンを見てごらん、気付いてもいないよ。むしろ可愛い女の子に頼られたもんだから張り切って関与してるんじゃないのかね?」
「悪かったな! なぁシシリー、俺は騙されたとか利用されたとか思ってないよ。シシリーを助けたいと思ったのは俺の意思であり、希望なんだ。だから……俺の意思を否定すんなよ」
「ジン゛ぐん゛!」
「利用してくれて大いに結構だよ。むしろ事情を知らないままシシリーに何かあった方が後悔するわ」
シン、よく言った! それでこそ俺の可愛い弟だ!
「試すようなことをして悪かったねぇ……この付与を施された防具を渡すにはどうしてもアンタのことを確認しなきゃいけなかった。悪かったねぇ」
ばあちゃんは優しく微笑み、シシリーを抱き締めた。
「う、うぅ……うわぁぁあああ!!」
ばあちゃんに抱き締められてホッとしたのか、シシリーは大きな声を上げて泣き始めた。
「さて、シン。シシリーの制服に例の付与を掛けておやり」
「いいの?」
「あぁ。但しシシリー、この事は一切他言無用。これが守れないなら出来ない。せめてこれを守る覚悟は決めて欲しいさね」
「うぅ……はい。絶対に誰にも言いません。約束します」
「よしよし、いい子だねぇ」
良かった、これでシシリーの制服にもシンの付与が施される。
「よし、じゃあおいでシシリー。付与を掛けるには服を脱がなきゃならない。アタシの服を貸してあげるから部屋に行くよ」
「うぅ……ぐすっ……ふぁ、ふぁい」
そう言ってばあちゃんはシシリーを伴って部屋を出て行った。
「のぅルカ、シン」
「何?」
「どうしたのじいちゃん」
部屋を出ていくばあちゃんとシシリーの背を見送っていると、神妙な顔をしたじいちゃんに呼ばれた。
なんだろう?
「ワシ、あの娘がシンを利用しようとしておるなんぞ全く気が付かなんだわい」
「なんだよじいちゃん……俺もだよ」
「ばあちゃんって時々俺たちの考えてること見抜くじゃん? 俺は最近ばあちゃんは読心術が使えるんじゃないかって疑ってるよ」
「ほっほ……ルカの言う通り、あの婆さんは昔からそういう所鋭くてのぅ……」
あ、じいちゃん落ち込んじゃった……
じいちゃんもばあちゃんに色々見抜かれちゃってたんだね……
「まぁ……女の勘なんじゃない?」
「そうかのぅ……しかしあのまま付与をしておればあの娘の心は罪悪感で押し潰されておったやもしれん。あの婆さんのお手柄じゃの」
「……だからさ、そんな大事なの?」
「気付いてもおらんとはのぅ……」
シンは自分の実力を過小評価し過ぎだと思う。
俺の全力攻撃を防げるのはお前だけなんだからもっと自信持てって!
「それよりものぅ……」
「なに?」
「どうしたの?」
「あの婆さん、ここの権限握っとらんか? さっきワシ、空気じゃった……」
「まぁじいちゃんがばあちゃんの存在感の陰に隠れちゃうのはいつものことじゃん」
「ルカ!?」
まぁ俺なんてばあちゃんが部屋にいる時一言も喋ってないけどね!
◇◆
「ほら、どうせまたすぐに着替えるんだからこれでいいさね」
メリダはそう言って自分の持っている服の中からすぐに着替えられる簡素な白いワンピースを取り出しシシリーへと手渡した。
「あ、ありがとうございます……」
「さぁ、さっさと着替えて皆のところに戻るよ。ただでさえ余計な時間を食ってるんだ、早く行くさね」
「も、申し訳御座いません……」
自分のせいで時間を浪費してしまった自覚のあるシシリーは申し訳なさそうにしながら服を着替えた。
「それにしてもよく正直に言ったもんさね。国宝級の防具が手に入るんだ、若い頃のアタシなら絶対黙ってただろうね」
「……元々シンくんの優しさに付け込む方法は乗り気じゃなかったんです。でも、もうどうしようもなくて……ですからシンくんが助けてくれた時は本当に嬉しくて本当に申し訳なくて……このまま黙ってるのが苦しくて……」
「そんな心境なのに、施しを受けるのが苦痛だったと?」
「……はい」
「なるほどねぇ……アンタ、本当に良い娘じゃないか。さっきは本当に悪かったねぇ」
「い、いえ、ご家族の事ですもの、当然です。こちらこそ申し訳御座いません」
「ところでシシリー」
「なんでしょうか?」
「アンタ、シンのことはどう思ってるさね?」
「ふ、ふえぇぇええ!?」
「アンタみたいな良い娘にシンのことを頼みたいんだけどねぇ」
「たたた頼むって!?」
「どうなんだい? その様子じゃ満更でもないんだろう?」
「そ、それは……その……よくわかりません」
「ふむ?」
「嫌いではないです。絶対。でも好きかって聞かれると……シンくんのことをほとんど……優しいところとか、強いところとかなのにカッコイイところとかしか知りませんし……だから、よくわかりません」
「……それで十分な気もするけどねぇ……」
「えっ?」
「ちなみにルカのことは?」
「ルカくんですか? ルカくんも優しくて強くてカッコイイとは思いますけど、好きかって聞かれるとちょっと違うような気がします。なんというか、お友達としては最高ですけど、そういった関係になるのはちょっと違うというか……」
「わかった。十分さね。さて、着替えようだし、皆のところに戻るよ」
「はい!」
シシリーと共に皆のところに戻る途中、メリダは心に決めていた。
(この娘は何とか確保したいねぇ)
シシリーはメリダにロックオンされていた。