少しして、ばあちゃんとシシリーが戻ってきた。
「シシリー、落ち着いた?」
「うん……ごめんねシンくん……私の事情に巻き込んだ上にこんな迷惑掛けちゃって……」
「だから俺は自分の意思で関与してるんだから気にしないって。わかったらハイ、その制服貸して」
そう言ってシンはシシリーから脱ぎたてホヤホヤの制服を受け取った。
「シン」
「何? ばあちゃん」
「その制服の付与だけどね、皆の前でやりな」
「なんで?」
「アンタが如何に非常識なことをやっているのか、皆に見てもらうのさ」
え? シンの付与って非常識なの?
「周りの反応を見て、自分がどれだけおかしなことをしているのか少しは自覚しておくれ」
シンは腑に落ちないといった表情を浮かべたが、特に反論することなくシシリーの制服をテーブル上に並べ、鉛筆のような棒を取り出した。
「じゃあ……やるよ」
シンがそう言って制服に魔力を纏わせると、薄らと何か文字が浮かび上がってきた。
「な、なんだこれは!?」
「《魔法防御》? 《衝撃緩和》? 《防汚》?」
「まさか……転記した付与魔法の文字か?」
「このような光景は初めて見るで御座るな……」
ディスおじさんやオーグたちが騒いでいるが、これって普通出来ないの?
付与魔法の腕はシンやばあちゃんに遠く及ばない俺でもこのくらいは出来るよ?
シンは驚いている面々を横目で見た後、制服の付与文字を浮かべたまま持っている棒へと魔力を込めて浮かんでいる付与文字へと押し当てた。
「文字が……消えていきます……」
「まさか……付与魔法を削除してんの!?」
「え? 皆出来ないの?」
「「「出来るかッ!!」」」
「あぁ……なんでルカとシンはこうも非常識な子になっちまったのかねぇ」
「誰も思い付かんことを平気でやりおる。成長したのう」
「アンタが……アンタがそんなんだからこの子たちは!」
ばあちゃんがじいちゃんの首に腕を回して締め上げている。
あ、完全に決まってる……じいちゃんの顔が段々青くなってるけど大丈夫かな?
そうしてじいちゃんとばあちゃんがじゃれ合っているのを見ている間に付与の削除も終わったようで、シンは一息ついてから今度は付与を開始した。
まずは《絶対魔法防御》。
シンから聞いた話だとこれは魔法を発現させている『魔力そのもの』を霧散させるイメージをしているらしい。
よくわからないけど、俺の魔法は当然としてじいちゃんの魔法も完璧に防ぐのだから大したものだと思う。
シンはこの付与をブレザー、シャツ、スカートにそれぞれ転記した。
「お、同じ付与を3つ連続で付与したの?」
「1つだけでも大変なのに……」
「凄いですね……」
マリアたちは驚いているが、俺は感心しながら眺めている。
シンはサラサラと付与をしているが、俺が同じことをやろうと思ってら1つ付与するのに小一時間は掛かるだろうら、
前から知ってたけど、やっぱり俺はシンと比べて魔法の才能は無さそうだ。
俺は名剣は欲しいけど魔剣はいらないタイプだから別に付与魔法の才能が無くても関係ないし……なんて思っているとシンは次の付与を開始した。
次は《物理衝撃完全吸収》。
これは向かってくる物体の運動エネルギーを消失させるものらしい。
これがあるから全力で殴っても服に触れた瞬間に運動エネルギーが消失するのでとても殴り心地が悪い。
最近『触れた状態で攻撃すれば抜けるんじゃね?』と思い付いたのでノーモーションパンチの練習を始めたばかりだ。
続けて《防汚》。
これは車のボディにワックスを掛けて汚れを弾くイメージらしい。
絶対違うと思うけど、それで発動しているのだからこれはこれで正解なのだろう。
最後に《自動治癒》。
これは細胞がうんたらかんたら言っていた。
なんか細胞分裂とか万能細胞とか言ってたけどよくわからなかった。
気合いと魔力を込めて「治れ! 腕生えろ!」ってやったらなんやかんやで生えるのになんでそんな面倒なことするんだろうね?
「ふぅ……」
シンが全ての付与を終え、顔を上げる頃にはこの場にいるほとんどの人の顔は固まっていた。
「呆れてものが言えん状態さね」
そんなこと……あるね。
「ところでシンくん、なにやら見慣れん文字を使っておったがどういう効果があるんだい?」
呆然としていたディスおじさんだったが、ハッとしたようにキリッとした顔に戻してシンにどういう効果が付与されているのかを確認し始めた。
「付与した効果は4つ。《絶対魔法防御》と《物理衝撃完全吸収》と《自動治癒》と《防汚》だよ」
シンは文字のくだりは完全にスルーして付与した効果を説明する。
「……何やら不穏な単語が聞こえたな」
「そう? 制服に元々付与されていた効果の上位互換だと思ってくれればいいよ。《自動治癒》は新たに付けたけど」
「……で、各々どんな効果になってるんだい?」
ディスおじさんが重ねて尋ねると、シンは説明を始めた。
「わかりやすく言うと、《絶対魔法防御》はじいちゃんの魔法を防げて《物理衝撃完全吸収》はルカ兄の攻撃を防げるよ。《自動治癒》は指が千切れたくらいならしばらくすれば治る」
「……シンくん、それは誠かね?」
「うん。試してみようか?」
シンが立ち上がりながら俺へと視線を向けて来たので俺も一緒に立ち上がる。
「どれくらいでやればいい?」
「全力……は屋敷が壊れちゃうから半分くらいで」
「おけ」
俺が気と魔力を全開にして本気のパンチを打つ為に全力で踏み込んだら局所的に激しく地面が揺れちゃうからね。
今回は魔力のみ使った《身体強化》でぶん殴ろう。
どれくらい強いかと言うと、ミッシェルさんが全力で防御しても吹っ飛ぶレベル。
「よし……ルカ兄、いつでもいいよ」
「いくぞー!」
「あ、顔はやめろよ!」
シンは慌てて腕を交差させて顔を庇おうとするが、俺の狙いはちゃんとシンの胸なので関係ない。
付与効果の実演なのに付与効果の及ばない顔面を狙うわけがないでしょう? 模擬戦じゃないんだから。
「はい、ドーン!」
ルカは こしを ふかく おとし まっすぐ あいてを ついた!
しかし シンには きかなかった!
「ビビった……ルカ兄なら顔面ねらってくるんじゃないかと……」
「模擬戦なら狙うけど、今回はパフォーマンスなんだから狙う意味が無いじゃない。てかやっぱ気持ち悪いな……力が全部逃げるというか抜けるというか……」
「そういう付与だからね」
「ぜってー抜いてやるからな!」
俺とシンはそうして普通に会話しているが、様子を見守っていた周囲の人たちは驚愕し、固まっている。
「ユリウス……」
「ハッ!」
「今、ルカの動きは見えたか?」
「いえ……ルカ殿の拳は拙者には見えませんでした……」
「そうか……お前にも見えなかったのか……」
あら? ユリウスにも見えなかったの? それは修行が足りない。みっちり鍛えてやらなければ。
「これは……凄まじいな」
「だよね。なんとかぶち抜いてやりたいんだけど」
「ううむ……これでマーリン殿の魔法も防げるのだろう?」
「うん。その上ちょっとした欠損くらいなら治せるよ。実演のためシンの指1本もいでみようか?」
「やめろよ? 痛みはあるんだから絶対やめろよ?」
「何それフリ?」
「ちげーよ!」
せっかく《物理衝撃完全吸収》の効果を実演したんだから《自動治癒》もしてみようよ。
血が飛び散っても《防汚》があるんだからヘーキヘーキ。
「メ、メリダ師が仰った事がよくわかった! 確かにこれが献上されたら国の宝になることは間違いないでしょうな! それにそんな付与をこうもあっさりと施してしまうのもなんというか……」
嫌がるシンを捕まえようと手を伸ばした瞬間、ディスおじさんが慌てたように声を上げた。
「た、確かにこれは凄いものです。しかし父上、これは……」
オーグもディスおじさんに乗っかるように声を発したので伸ばしかけた手を止めると、2人はあからさまにホッとしたように息を吐いてから再び話を始めた。
「ああ、わかっている。シンくん、いいかい?」
「何?」
「シンくん、この付与は素晴らしい物だ。いや、素晴らしすぎる物だ。しかしこれが世に出回ったら大変なことになる。いいかい、この事は絶対に他言してはいけないよ」
「別に言いふらしたりするつもりは無いけど……そこまで念を押すようなこと?」
「念を押すことでしょうよ!」
ディスおじさんの話を聞いてもイマイチよく理解していないシンを見て、思わず話に割り込んでしまった。
「ルカ兄まで……」
「お前さぁ、ちょっと考えればわかることじゃん。お前の防御魔法が付与された防具が世に出回ったらどうなると思う?」
「どうなるって……怪我をする人が減るんじゃないの?」
確かに減るだろうけど、そういうことじゃない。
普段こいつめっちゃ頭良いのになんで急にポンコツになったの?
「確かに減るだろうね。でも……」
「でも?」
「誰かに襲われて怪我をする可能性が低くなる……確かに悪くないように聞こえるけど、それじゃあ武術が廃れちゃう。武という文字は『矛を止める』って意味なんだ。その矛を止める手段を防具に頼るようになったら今後武術の発展は見込めない」
「何言ってんの?」
「武術が廃れるということは体を鍛える人が減るってことなんだ。シン、お前はアールスハイドをメタボるハイドにしたいのか?」
「ごめん、言ってる意味が全然わかんない」
なんでだよ! なんでわかんないんだよ!
「あー……うん。ルカくんの言ってることも一理あるような気がしなくもないような気がするのだが、他にもあってね?」
「ディスおじさん……無理にルカ兄のフォローしなくてもいいよ?」
「うむ。私が言いたいのはこの付与が軍部に伝わった場合、宣戦布告を望む声が上がるかもしれないということだよ」
「宣戦布告!?」
「考えてもみてほしい。魔法も剣も槍も弓も効かない。多少の怪我もすぐに治り、しかもその付与は重い鎧でなくとも良い。そんな付与を施された防具を身に付けた兵士が揃っていれば……その装備をしていない他国の軍など容易く蹂躙出来ると思わないかい?」
「それは……」
俺の攻撃やじいちゃんの魔法さえ防げるんだから実質無敵だもんね。
ぶっちゃけそんな装備を身に付けた集団がいたら俺でも勝てる気がしないもの。
まぁ、負けるつもりも無いけどね。
「人間は誘惑に弱い。他国より圧倒的に有利な状況で戦争を始められるかもしれないとなると……私も全力で止めるつもりだが、それでも暴走する者が現れないとも言い切れない」
戦争かぁ……俺は戦うのは好きだけど、戦争は嫌いだ。
望んで兵士になった人たちだけで殺し合うだけならいいけど、必ず民間人に被害が出てしまうからね。
民間人に被害が出るくらいなら国の指導者同士でど付き合えばいいと思う。
だからディスおじさん、ちょっと鍛えてみない?
「そっか……そうだよね……その可能性は全く考えてなかったよ」
「ああ……シンが、シンが初めて反省してくれたよ!」
ばあちゃんがなにやら感動しているけど、シンって結構反省したりしてるよ?
ミッシェルさんから貰った剣をぶった斬られた時とかめっちゃ反省してたし。
「うんうん。わかってくれたならそれでいいんだよ。この事は――」
「本当はオーグの制服にもこの付与をしようと思ってたんだけど……これ以上広がるのはマズイよね」
「え? シンくんちょっと待っ――」
「ごめんなオーグ。そういう事だからお前の制服にはこの付与してやれないわ」
「別にいいんじゃね? ディスおじさんから頼まれてるからオーグのことは俺が守るし、これからユリウスも強くなるから安心安全だよ」
「いや、ちょっと待とうかルカくん! シンくん! 確かに口外するのはよろしくないしルカくんが守ってくれるなら安心かもしれない……しかし運用を間違えなければいいと思わないかい!?」
なんだろう、ディスおじさんが必死だ。
「そりゃそうだよ。元々戦争の為に創ったわけではないんだし」
「そうだろうそうだろう。身を守る手段としてこれ以上の物は無い。そして、やはり王族にはそれなりの守りは必要だと思うんだよ。うん」
「おじさん……」
「父上……父上のそんな姿は見たく無かったです……」
オーグがめっちゃ微妙そうな顔してる。
ウチに来てる時のディスおじさんはこんな感じなんだけど、自宅ではこんな感じじゃないのかな?
「オーグ、今のうちに慣れといた方がいいぞ。ウチじゃこんな姿はよく見るから」
「……ルカ、シンはこう言っているが本当なのか?」
「マジだよマジ。この前は靴下脱いで寛いでたけど片方だけ忘れて帰ったし」
「そうなのか……」
それから少し紆余曲折あったがなんやかんやでオーグの制服にも付与をすることが決定した。
「マリアとトールとユリウスはどうする?」
「こんな国家機密の塊みたいな服なんて来たくないわよ」
「自分は殿下の護衛ですから付与して頂けるのならば是非して頂きたいです」
「拙者も――」
「ユリウス、お前はダメだ!」
ユリウスもシンに付与をしてもらおうと手を上げたが、そんなことは俺が認めない。
「ルカ殿!? 何故で御座るか!?」
「お前は強くなりたいんだろう!? 強くなりたいならその心身を鍛えろよ! シンの付与に頼るような甘い気持ちで強くなれると思うな!」
「なッ……!? 確かに……言われてみれば……」
「だろう? 俺の弟子になるのならばそんな甘えは許さない!」
「し……師匠!」
「わかったか? わかったなら……」
「拙者は……拙者にシン殿の付与は不要で御座る!」
「よく言った!」
こうしてオーグ、シシリー、フレーゲルくんの制服にシンが魔法を付与することになった。
付与をしている間暇だったので邪魔にならないよう部屋の隅に移動してユリウスに『強くなるための心構え』を語って聞かせる。
「以上だ。わかったか?」
「わかり申した!」
「うむ。じゃあそろそろ付与も終わって……ありゃ?」
話を終えて皆の方へと振り返ると、そこにはディスおじさんとオーグ、フレーゲルくんしか居なかった。
シンたちはどこ行ったの?
明日明後日は更新お休みするかも……週休2日ということで……