「えっと……」
いや……あの……終わり……ですか?
いや、待て。まだだ! 相手は人間でもなければ普通の魔物でもないのだ、きっとまだ第二形態とかそういうのがあるハズで……
「ルカ兄……」
刀を構え、魔人リッツバーグが再び動き出さないかと注視していると、背後からシンが寄ってきて俺の肩に優しく手を乗せた。
「シン……」
「ルカ兄、終わったんだ。もう終わったんだよ」
「いや、でも、だって……相手はあの魔人だよ? まさか魔人がこれで死ぬわけ……」
大国アールスハイドを滅亡の危機にまで追い込みじいちゃんとばあちゃんが死力を尽くしてようやく討伐に成功した魔人だよ?
その魔人がこんな簡単に死ぬわけないじゃない!
これじゃ虎とか獅子の魔物より弱かったことになっちゃうよ!?
「ルカ……」
俺がシンと話しながら困惑していると、そこにオーグたちもやってきた。
「オーグ……お前ら……逃げてなかったの?」
「いや、逃げる前に終わってしまったのだが……」
「ですよね……」
いや、やっちゃった当人の俺ですらまさか一撃で終わるとか夢にも思ってなかったからね。
他のクラスメイトたちの顔を見渡してみると、皆微妙な顔をしていた。
「それにしても……今でも信じられないわ。カートが魔人化した時はもう駄目かと思ったのに……」
「自分も死を覚悟しましたよ……」
「ウォルフォードくん、凄かった」
「そうだよね! 何あれ!? ルカくんが剣を抜いたと思ったら魔法も魔人も真っ二つになっちゃった!」
「あれが先日ルカ殿が言っていた『抜刀術』なので御座ろう」
「僕も剣の腕にはそれなりの自身があったけど、ルカの剣の動きは見えなかったよ……」
「ウォルフォードくんてぇ、やっぱりすごい人?」
皆緊張が解けたのだろう、口々に思ったことを喋り始めた。
そんな中、オーグだけが難しい顔をしたままじっと何かを考え込んでいる。
「オーグ、どしたん?」
「ん? ああ、いや……これから大変だと思ってな」
「何が?」
魔人化してしまったリッツバーグくん以外特に被害も無く終わったんだし、めでたしめでたしでいいんじゃないの?
まぁ死んじゃったリッツバーグくんには悪いけど……魔人化したんだからそれはもうどうしようもないし。
討伐しない選択肢は無いからね。
「何がってお前、自覚してないのか? 魔人が現れたんだぞ?」
「現れたね」
「これで歴史上2度目の魔人出現だ。それだけでも国を揺るがす大惨事なのに……それをこんなアッサリと……」
「それに関しては多分俺が一番驚いてる」
まさか本当にアレで終わりだなんて……
シンなら防いだ上強烈なカウンター攻撃を仕掛けてくるし、まぁまぁ強いと思った虎の魔物ならあの程度易々と回避するだろう。
虎の魔物と同じくらい強い獅子の魔物は動きが遅いので完全に回避は出来ないだろうけど、それでもあの一撃だけで倒せることはないハズだ。
そうしてオーグと話していると、騒ぎを見ていた生徒に呼ばれたのであろう騎士や兵士、魔法使いなどの軍人がこちらに駆け寄って来た。
「アウグスト殿下! ご無事ですか!?」
「魔人が現れたと報告を受けました! 魔人は何処ですか!?」
「我々の命にかえても魔人を撃退して見せます!」
「ああ、魔人なら……あそこに倒れている」
軍人たちは慌てたように口々にオーグに問い掛けるが、オーグは冷静に倒れているリッツバーグくんの方を示す。
「まさか……まさか魔人を討伐されたのですか!?」
「ああ。私ではないがな」
オーグはそう言って俺とシンへと顔を向けてくる。
「こんな魔法学院の生徒がですか……?」
「こんなとはなんだ。彼らの名は『ルカ=ウォルフォード』と『シン=ウォルフォード』。かの魔人討伐の英雄『マーリン=ウォルフォード』の孫たちだぞ?」
「け、賢者様の御孫様ですか!?」
御孫様て……なかなかそんな言葉聞かないよ?
そんなやり取りをしていると、これまで遠巻きに様子を伺っていた生徒たちも少しずつこちらに近付いてきた。
軍人たちが集まっているからと言って野次馬しに来るなんて……ここ、さっきまで戦場だったんだよ?
戦場に集まるなんて危機感が……いや、裏を返せば肝が太いってことになるのか?
「お、おい! あそこに倒れているの魔人じゃないのか!?」
「え!? 嘘だろ!?」
「もう魔人討伐したのかよ!?」
「何? 何があったの?」
集まった野次馬たちは口々に喋り始め、次第にオーグへと注目が集まる。
「皆安心しろ! 魔人は英雄、賢者マーリンの孫、ルカ=ウォルフォードとシン=ウォルフォードが討伐した!」
そうオーグが宣言すると、野次馬たちは一瞬黙った後、大きな歓声を上げた。
「うぉぉぉおおおお!!」
「マジか! マジかよ!?」
「凄い! さすが賢者様の孫だ!」
「英雄! 新しい英雄だ!」
「賢者様の孫! 新しい英雄ルカ=ウォルフォード! シン=ウォルフォード!」
「「「ルーカ! ルーカ! ルーカ!」」」
「「「シーン! シーン! シーン!」」」
何故かルカコールとシンコールが巻き起こった。
「はいはい! どーもどーも!」
「きゃぁぁぁああああ!!」
試しに手を振ってみると、あちこちから黄色い声援が上がった。
「シン、お前も手振ってみろよ」
「いや、でも俺何もしてないし……」
「あの場に一緒に居たんだから一括りにされるのは仕方ないだろ。だって俺たち双子だし!」
「その理屈はおかしいだろ……」
俺とシンが小声で会話している間にもコールは続き、より大きなものへと変わっていく。
「よくやった! よくやったぞ!」
「英雄の孫は英雄だったか!」
「素晴らしい!」
しかしこれ、いつまで続くんだろ?
いい加減誰か収拾つけてくれないかな。
「やはり、こうなったか……」
オーグがポツリと呟いているけどお前が煽ったのも原因なのよ?
頼むなら早くなんとかしろください!
結局この騒ぎはしばらく続き、作り笑いを浮かべていた俺の頬がピクピクし始めた頃にようやく解散となった。
午後から予定されていた研究会の説明はまた後日改めてということになったので、俺たちはとりあえず教室に戻ることになった。
「つ、疲れた……」
「それはお前が笑顔で手を振り続けたからだろう。自業自得だ」
「だってオーディエンスからのレスポンスが楽しくて……」
「お前は何を言っているんだ?」
「さぁ? 自分でも何を言っているのかよくわからない」
「お前という奴は……それよりシン、どうかしたのか? さっきから様子がおかしいぞ」
俺の返答に呆れたオーグはそれ以上ツッコミを入れることもなく、隣で難しい顔をして黙り込んでいるシンに声を掛けた。
放っておけばそのうち勝手に自己解決して喋り出すから放置してたのにわざわざ声を掛けるのは律儀なやつだ。
「いや……今回の騒動な、最初から最後まで違和感しかないんだよ」
「違和感?」
「ああ、続きは教室に戻ってからにしようか」
シンがそう言うということは頭の中でほぼ纏まっているのだろう。
俺たちはシンが考えを纏める邪魔をしないよう黙って教室まで歩いて戻った。
◇◆
「おお! お前たち! 心配したぞ! 特にウォルフォード兄弟、怪我は無いか!?」
教室に戻ると、マーカス先生が立ち上がり、こちらに駆け寄って出迎えてくれた。
「大丈夫っす」
「俺も大丈夫です」
「そうか……良かった……」
マーカス先生は心底安堵したように大きなため息を吐いた。
とてもいい先生だ。本気で心配してくれていたのが伝わってくる。
「それよりシン、さっきの話はどういう事だ? カートの行動に違和感を覚えるのは同じだが、最後までとはどういう意味だ?」
オーグがそうシンに問い掛けると、シンは一度頷いてから口を開いた。
どうやら考えは纏まってるみたいだな。
「まず、カートの行動が違和感の塊なのは皆もわかってるよな?」
そう言ってシンはクラスメイトたちの顔を見渡してからしっかりと俺に目線を合わせてきた。
なんだよ!
「身分を振り翳すことはここだけじゃない、三大高等学院において禁じられている行為だってことはこの国の人間なら誰でも知ってるハズだ」
シンは何故か俺に言い聞かせるように話を続ける。
失礼な! それくらい知って……る……よ?
「それなのにカートは権力を振り翳すような言動を取った。未遂だったけど俺が抵抗しなければ……そして俺が居なければカートはシシリーに対して行動を起こしていたのは間違いない」
確かにあの様子だと最悪無理矢理手篭めにしようとしていた可能性もあっただろうな。
でも仮にシンが居なかったとしたら俺がぶん殴って止めてただろうし、俺が居なくても初めからオーグが出て場を納めていたとは思うけど。
「そしてその事をオーグに注意されているのに2度目の行動を起こそうとした。普通あれだけ自分が貴族であることを顕示するってことは身分に対して相当誇りを持ってるってことだよな? なのになんでオーグという権力のほぼ頂点の人間の言うことが聞けない?」
俺を含めた皆の目がオーグへと集中する。
「さぁ……な」
オーグはそう答えて肩を竦めるけど、そういう人って結構いるよ。
「ここまでは皆が感じてた違和感だと思う。ここからが今日感じた違和感だ」
シンはそこで言葉を区切り、再びクラスメイトたちの顔を見渡した。
「まず、カートは何故あの場所に現れた? 自宅謹慎じゃなかったのか? しかもリッツバーグ家から言い出したことだ。何故あんな簡単に外出を許した?」
ん? 家を抜け出すくらい簡単じゃね?
「それは私も思ったな」
「ここにはいないと思っていましたから自分はあの時咄嗟に体が動きませんでした」
「そして……その後魔人化したわけだが……あんな簡単に魔人化するものなのか?」
シンがそう言うと、教室の中は水を打ったように静まり返った。
「確かに……確かにおかしいぞ!」
そんな中、マーカス先生がなにかに気付いたように声を上げた。
「え……どういうことですか?」
「過去に魔人化した魔法使いは長年鍛錬し魔法の高みを目指し続けた魔法使いだったと言われている。その魔法使いが超高難度の魔法の行使に失敗して魔人化したと伝えられている」
つまりなんですか? 魔人化するにはカートは弱すぎるって事ですかね?
「リッツバーグは高等魔法学院に入学したばかりの人間だ。たとえ魔力の制御に失敗しても暴発する程度のハズ……それで魔人化するなんて聞いた事がない」
「そうでしょうね。もし魔力の制御に失敗しただけで魔人化するなら……今頃魔人で溢れているハズ」
「それはおかしいねぇ」
「確かに。あの程度の魔力の暴発はよく見る。私もした事がある」
「リンは危ないな! 魔力の暴発は周りを吹き飛ばすんだから気を付けろよ!」
「うん、気を付ける」
そういえば何年か前にシンが魔力を暴発させた時には死ぬかと思ったなぁ……
森の中だったけど、周囲数十mが更地になってたもん。
「で、だ。今まで魔人の報告例は皆も知ってる1件だけ。それまで人間は魔物化しないと思われていた程だ。それなのに何故こんなに簡単に魔人討伐した?」
「何故で御座る?」
「そんなのわかんないよぉ!」
「ッ!? まさか!?」
オーグがなにかに気付いたように声を上げる。
「な、なんですか殿下?」
「い、いや……まさかな……」
「オーグ、その想像は多分俺と同じだと思う」
「そんな……まさか……」
「人為的……その可能性はあると思う」
「馬鹿な!? 人為的に魔人を造れるというのか!?」
マーカス先生が叫んでいるけど、先程戦った魔人が人為的に無理矢理魔人にさせられたのだとしたら俺が感じていた違和感にも説明が付くような気がする。
「まぁ、あくまでも推論ですし、実際どうやるのかはさっぱりわかりません。でも、可能性はゼロじゃない……それは実際に戦ったルカ兄が一番感じてるんじゃないかな?」
シンが突然俺に話を振ってきたので思っていたことそのまま口にする。
「魔力だけを見れば虎や獅子の魔物よりデカかったからかなり警戒してたんだけど、結局それだけって感じだったかな? シンの言葉を借りるならまさに違和感の塊って言うか……無理矢理魔力だけを増幅されたみたいになんかチグハグな感じ」
「だろ? あれだけの魔力を持っていてルカ兄の一撃を回避も防御も出来ないのはどう考えてもおかしいよね」
「俺としては防がせてその隙に《瞬間移動》で背後を取るつもりだったからね」
むしろあれだけの魔力を持っている存在なんだから背後を取っても対応されると思っていたからね。
「虎や獅子って……」
「十分絶望的なんだけど……」
まぁ頑張ってればそのうち倒せるようになるよ。
俺とシンは11歳の頃には単独で討伐出来てたんだし。
「それにじいちゃんから聞いた話では魔人は理性を無くして吠えるだけだったらしいけど、カートは最後に言葉を発した」
「それって……魔人化してなかったってこと?」
「いや、あれは間違いなく魔人化……魔物化してたよ。禍々しい魔力に真っ赤な目、そして凶暴化……全て魔物に共通する特徴だ」
「纏めるととりあえず魔人化はしたけどすげぇ弱かったから違和感バリバリってことね」
「ルカくんめっちゃ雑じゃん!」
途中、魔人を人為的に発生させた可能性があるという事でかなり空気が重くなってしまったが、最後に俺とアリスがふざけたお陰で多少マシな雰囲気で終わることが出来た。
考えてもわからないことで悩んでも答えは出ないのだから暗くなったっていい事は無いんだよ。明るく行こう。
今週は……今週こそ土日更新お休みします。
何故なら……書き溜めが息を引き取りました。ノリノリで毎日更新してたら書くのが追い付かなくなりました。
なるべく土日で書いて来週以降も平日は毎日更新頑張るのでどうか皆様愛飢夫を応援してください。
ちなみに愛飢夫の仕事は土曜日休みで日曜日は仕事です。