季節上は初夏とはいえ、早朝のこの時間帯ならば心地よい風が肌を撫で、金糸の如き長髪をサラリと舞わせる。
潮の香りを楽しみつつ、雲一つ無い蒼天の青空を見上げながら、フェイトはふふっ、と笑みを漏らす。
その姿に、後ろに控えているアルフはもちろん、クロノやユーノも頬をほころばせていた。
『次元崩壊未遂事件』、通称『P・T事件』と呼ばれる事件が一応の終結を見てから幾分か時間が過ぎた現在、フェイトはここ海鳴臨海公園にて佇んでいた。
その口元には年相応の笑みが浮かび、若干の不安とそれを打ち消すほどの大きな期待を胸の内に抱きつつ、待ち人の到着を心待ちにしていた。
「フェイト……良かったよ。今度ばかりは、もう本当に駄目かと思いかけたけれど……」
「ああ……まったく、なのはと花梨には感謝しきれないよ。管理局員として、いや男として不甲斐ない気がしないでもないが」
「まあまあ、クロノ」
困ったように頭を掻くクロノの肩へユーノが手を置き、宥める。
実際、ユーノもフェイトを立ち直らせるのに役に立てた気が無いので、クロノの心情はよく理解できていたわけだが。
時の庭園での激闘は、“Ⅰ”が立ち去ったこと、事件の首謀者であるプレシア・テスタロッサの死亡と言う形で一応の終結を得た。
“Ⅰ”と呼ばれた存在は何者なのか? 彼の告げた“ゲーム”とは? 花梨は何故事情を話さないのか?
色々な謎を残したまま、崩壊する時の庭園からアースラへと撤退した一同がまず行わなければならなかったのは、意識を取り戻したフェイトへの説明だった。
姉に当たる人物は連れ去られ(最も、彼女の発言から自分の意思でついて行った可能性が高いが、それでも疑問は残る) 、母や仲間であるバサラすら失い、その下手人は悠々と逃亡して、以前所在は不明。
母を止めることも、復讐を遂げることも出来なかった少女に、さらに仲間を失った真実を告げるのは誰もが尻込みしたものだったが、これは年長者の責任だと考えたリンディの口から説明が行われたのだ。
結果、フェイトはプレシアから真実……自分がアリシアのクローンだと聞かされた時よりも酷い絶望と虚無感に囚われてしまう。
何も話せず、何も口に出来ず、何も反応しない。文字通り人形と化してしまったフェイトを救ったのは、やはりと言うべきか、なのはと花梨だった。
リンディに頼み込んでアースラにしばらく残されてくれないかと懇願した二人は、反応を返さないフェイトにひたすら話しかけ、思いを告げ続けた。
『あなたと友達になりたいんだ』
『だから帰ってきて、私たちのところに』
二人だけではなく、アルフやユーノ、クロノにエイミィ、リンディに至るまで、時間が空けばフェイトのところに顔を見せ、言葉を掛けてゆく。
少女たちの願いが込められた小さな光は、フェイトを思う皆の心の中で紡がれ、その輝きを増してゆき、やがて暗闇に囚われていたフェイトの心を灯す輝きとなったのだ。
優しさ、思いやりが形と成した光に惹かれるようにフェイトの意識は闇の底から光り輝く現実へと誘われた。そして彼女が心を取り戻したのは、事件が解決してから一週間後の夜の事だった。
あれから幾日か過ぎ、なのはたちも地球へと戻り、嘗ての通り平穏な生活を送っていた。そして今日、アースラが地球を離れる前に、フェイトとの面会の時間を設けられたと連絡を受け、なのはと花梨は授業が終わってすぐさま、ここ海鳴臨海公園に駆けつけていた。
「フェイトちゃ~ん! ……にゃ!?」
「ああっ!? なのはったらまた何も無いところで転んで……なのはってばホントに運動神経が断裂してるんじゃない? って、アリサの言葉が真実味を帯びてきたわね……」
「お、お姉ちゃんヒドイ!!」
にゃーにゃー、怒るなのはを華麗にスルーする花梨の姿に、フェイトはおかしそうに小さく笑う。
暗闇の中でもちゃんと聞こえてきた、自分の手を引っ張ってくれた大切な人たちの漫才みたいなやりとりを見て、フェイトは胸の奥がポカポカしてくるのを実感した。
うん、大丈夫……アルフやあの子たちが居てくれれば、きっと私は大丈夫……だからね? 母さん、バサラ、私たちを見守ってください……。
祈りの声を胸の中で上げながら、立ち上がって駆け寄ってくるなのはに向かってフェイトもまた駆け出す。
なのはの手を両手で包み込むように抱きしめる。その後ろでは、花梨が本当に嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
「フェイトちゃん……えへへ、おかしいね? 言いたいこと、話したいこといっぱいあったはずなのに、上手く言葉に出来ないや」
「うん……それは私も同じだよ? ――あの、その、えっと、ね?」
「うん?」
「私も、その……君と友達になりたいんだ……。でも、どうすれば良いのかわからない……」
「そんなの簡単だよ……名前を呼んで? 私はなのは。高町なのはだよ?」
「なの、は……『なのは』」
「うんっ……! 『フェイト』ちゃん……!」
感極まってなのはがフェイトに抱きつく。フェイトもまたなのはの身体を抱きしめた。
フェイトにとっての初めての友達。なのはの頬を流れる暖かい涙につられるように、フェイトもまた涙を零す。
「なのは……よかったわね」
「君は良いのか?」
「クロノ……うん、私はいいの。あそこに居ていいのは、ずっとフェイトの事を思い続けたあの娘だけだから……」
「僕はそうは思わないけどね……君も大概、頑固だよな」
失礼な、と膨れる花梨に苦笑を浮かべながら、しかしクロノは表情を執務官のそれへと切り替えると幾度と無く問いかけてきた質問を口にする。
「それで、やはり事情を話してはくれないのか? “ゲーム”とやらにしても、あの怪物にしても、僕らは力になれると思うんだが」
「……ゴメンなさい。いつか、きっといつかは全部話せる日が来ると思うわ。でも……今はまだ話せないの。本当にゴメンなさい」
「……そうか」
アースラでクロノやリンディから幾度と無く事情を問いかけられた花梨だったが、彼女は頑なに口を閉ざした。
それは“ゲーム”のルールにある『時期が来るまでは、参加者以外に“ゲーム”について口に出すことは出来ない』という決まりが原因であったのだが、それすら話せない以上、心配してくれているクロノたちへの申し訳なさで花梨の心は一杯だった。
そうしているうちに、なのはとフェイトは互いのリボンを交換し合っていた。そろそろか、と花梨が二人に視線を戻すと同時に、クロノが声をかけた。
「……すまないが、時間だ」
その言葉に、名残惜しそうに見詰め合った二人は、涙を浮かべたまま笑みを造り別れの言葉を紡ぐ。
「それじゃ、またね?」
「うん……」
「見上げる空がどんなに違っても、距離がどんなにはなれていたとしても、貴方たちの、ううん、私たちの
思いは本物よ」
優しげな笑みを浮かべながら花梨が二人に近づいてゆく。
傍により、二人を纏めて抱きしめると、自分自身に言い聞かせるように、花梨は語る。
「だからね? 私たちの絆は消えたりなんかしない……ずっと、ずっと友達なんだから、ね?」
「お姉ちゃん……! うん! うんっ!」
「ありがとう、花梨……ッ」
抱き締める腕の温もりに身を委ね、なのはとフェイトのすすり泣く声が朝の公園に流れてゆく。
やがて、誰とも無く身を離してゆく。フェイトの傍に喜びの涙を浮かべるアルフが近寄ってくる。その後ろをこちらも笑みを浮かべたクロノとユーノが歩んでくる。そして眩い光が彼らの足元を照らす。アースラの転送魔法陣が浮かび上がり、その姿が光の中に消えてゆく。
「フェイトちゃん! きっと……! きっと、また会おうね! 約束だよ!」
「うん! なのはも花梨も、元気で!」
「それじゃあね! ホントにありがと!」
「なのは、花梨、またね!」
「管理局員として今までの協力を感謝する……それじゃあ、また」
「クロノったら堅苦しいわよ? 次に会うときまでに、もう少し柔らかくなっていること! 坊やとお姉さんとの約束よ?」
『誰が坊やだ、誰が!?』そんなクロノの怒声と笑いながらクロノを羽交い絞めにするアルフが苦笑を浮かべるのを最後に、彼らの姿は海鳴から姿を消したのだった。
なのはは涙を拭い、交換したリボンを握り締めながら、空を見上げる。
今は悲しいけれど、いつかきっとまた会えたときには笑顔を浮かべることが出来る。
そんな未来を想い、なのはは呟く。
別れを告げる『さよなら』ではなく、再開を約束した言葉を
「『またね』、フェイトちゃん」
そんな可愛い妹の成長を、花梨もまた笑いながら見守っている。
夏の日差しが照らす、とある世界の公園で告げられた少女の言葉。
これが後の世で、次元世界に知らぬ者のいない大事件 《神造遊戯事件》。
その第一幕たる“P・T事件”の閉幕を告げる鐘となったのだった。
【『無印』最終報告】
“ゲーム”の舞台時間軸:魔法少女リリカルなのは:無印 終了
無印終了時の転生者総数:五名
【無印終了時の状況】
“Ⅰ”:アリシアを戦力に計算できるように修行開始。
“Ⅱ”:結局、無印中には姿を現さず? “Ⅰ”は何かしら感づいている様子。
“Ⅲ”:『A’s』を見越して、海鳴に残る事をユーノ懇願。引き続き“Ⅶ”の家に居候することに(無論、ペットのオコジョとして)。
“Ⅵ”:来るべき『A’s』に向けて、なのは、ユーノと共に魔法の訓練を開始。
“Ⅶ”:“Ⅲ”(オコジョモード)との同居は継続中。町中に新たな探知魔法を仕掛けつつ、情報のあった“Ⅰ”についての調査も開始。
END SRAGE 『無印』 Finish!
GO TO NEXT STAGE ―― 『A’s』