とある深夜の住宅街。信号の無い十字路の真ん中で、一人の少年が剣の形をしたキーホルダーを手にしながら佇んでいた。
【半径五百メートル範囲内にサーチャーは確認できません。完全に排除できたものかと】
人気の無い夜の街中に突如響き渡る声。それは点滅を繰り返す、少年の手の平にあるキーホルダーから発せられていた。しかしこの場にいる唯一の存在である少年は驚く素振りも見せず、むしろ言葉を話して当然とばかりに答える。
「そうか。ありがとうね? 『レイアース』」
【お気になさらず、わが主】
待機状態の相棒をズボンのポケットに仕舞い込みつつ、茶色の髪をした少年は、不意に宙を見上げた。
その瞳に映るのは、雲一つ無い満天の星空。
空を染め上げる“夜天”の空を見上げる少年の口元は知らず、笑みを浮かべていた。
夜の帳が降りた街中を、“夜天”の夜空を見上げながら少年は帰路を歩む。
夕食後の腹ごなしも兼ねた散歩と言って出てきた以上、そろそろ帰らないと心配性な姉と最近出来た新しい家族たちに怒られてしまう。今日だって、青い毛並みの親友の同伴をやんわりと断り、一人で出てきてしまったのだから。
(もうすぐ始まってしまうな――『A’s』が。でも、はやて姉もヴォルケンの皆も必ず僕が守って見せる!! みんなが笑顔で戻ってこれるように、帰る場所を護る! だから――)
「レイアース……僕に力を貸してくれるかい?」
【無論!】
己の問いかけに、間髪入れずに返答を返してくれた相棒に心強さを感じつつ、少年の心はこれから訪れる戦いに向けて戦意を高めていく。
大切な人を守る『盾』として。
家族のため、仲間のため、そして自分自身の未来のために。
やや早足で自宅へ向かう少年の背中を、優しい月の灯りが照らしていた。
とある管理世界に存在する開けた土地に一人の少年が佇んでいる。
年は十代の半ば位であろうか。
動きを阻害しないように肩口の無い軽装の鎧で身を包み、背中には一振りの剣が背負われている。
少年が見下ろす先には、地面に散らばる焼け焦げた木材やレンガの破片の数々。
さらに、破片に混じって金属片や何かの人造物らしき物体の破片も見て取れる。
それもまた、当然の事とも言える。
なぜならここには、ほんの十年ほど前まで、一つの集落が存在していたのだから。
この世界の人々にはリンカーコアこそあれど、魔法技術は過去に失われて久しく、現存するこの世界固有の魔法技術は皆無に等しかった。
それゆえに、人々は自然の恵みを受けつつ、生物としてありのままの姿で日々を過ごしていた。
管理世界に認定されてこそいるものの、殆どの人々は魔法技術の参入を拒み、魔法の才能が高く、外の世界への興味が強い者だけ他の管理世界に移り渡る程度で収まっていた。
そんな彼らの考えを尊重した管理局は、魔法技術を下手に介入しない方針をとっている。
鉱山などの地下資源が豊富なわけでもなく、高い才能を持った人々が多い訳でもないため、半ば放置されているようなものだったが、それでもお互いに納得した関係を結んでいた。
しかし、その平穏はある日、唐突に終わりを告げた。
死を齎した四体の悪魔の手により、この世界の人々が殺しつくされてしまったからだ。
今でもはっきりと覚えている。あの時の光景が網膜に焼きつき、集落の皆の上げる悲鳴が耳の奥で鳴り響く。
ギリッ……!!
何かに堪えるようにきつく紡がれた唇の奥から歯軋りの音が漏れ出す。
あの光景を思い出したことで、無意識に下唇を噛み切ってしまったらしく少年の口元から真紅の雫が流れ落ち、焦げて変色した大地へと吸い込まれてゆく。
ふと、足元に手足の千切れ飛んだぬいぐるみが転がっているのに気付き、なんとなしに拾い上げようとするも――
ボロリ……
手が触れた瞬間、まるで灰になるように崩れ落ち、その欠片は冷たい夜風に乗って宙を泳いでゆく。
嘗ては幼い少女に笑顔を与えていた人形は、姿を残すことも許されずに風化してゆく。まるで忘れられたこの世界のように。
だが――
(ふざけるな……)
ただ一人、少年だけは忘れない。否、忘れることが出来ない。
爆音と悲鳴が響いて来た時に抱いた困惑を。
生まれ育ち、たくさんの出会いと思い出が詰まった集落が、業火に包まれている光景を見たときの絶望を。
燃え盛る建物と地面に飛び散った、仲間の身体の一部と思われるナニカが散乱する光景に呆然とする自分の手を引き、駆け出す父の叫びと生まれて間もない妹を胸に抱いた母の悲鳴を。
そして――愉悦とも快楽とも取れる歪んだ笑みを浮かべながら、父を、母を、そして妹の命を目の前で奪ったあの悪魔共の姿を。
「俺たちが一体何をしたって言うんだ……? ただ平凡に、平和に生きていただけなのに……! なのに、何で! リンカーコアがあるっていうだけで殺されなきゃならないんだよ……っ!?」
怒りに揺れる真紅の瞳に涙を流しながら、少年が辿り着いたのは嘗て彼の生まれ育った集落の中心のあたり。
そこにあるのは、枯れ木を十字に組み合わせただけの簡素な十字架。唯一生き残った少年が立てた、家族と集落の仲間たちのための墓。
墓標の前で膝をつき、まるで祈るように両手を合わせ額に当てる。
その背中を怨敵への怒りと失ってしまったかけがいの無い人々への悲しみに震わせながら、少年は己の魂に刻み込むように叫ぶ。
「父さん……母さん……イリーナ……それに皆……とうとうこの時が来たよ。俺はここを離れちゃうけれど……いつか、きっとまた戻ってくるから! 復讐を果たして、何もかも清算して、きっと! いつか! 必ず!! だから皆……俺に力を貸してくれ!!」
そう言って少年が手を伸ばすのは、十字架に掛けられた鈍い輝きを放つ鉱石。
少年の集落に代々伝わっていた秘宝であるそれを懐に仕舞い、少年はこの場から踵を返す。
「さあ――往こう!!」
『ああ、いっしょにな』
『ディーノ兄ちゃん、がんばって!』
『我らの悲願、憎しみの成就……オヌシに託すぞ!』
この場にいるのは少年一人。しかし、次々に誰かの声が響き、その一声、一声が少年の身体に力を、魔力を、憎悪を分け与えていく。
「ああ、そうだ……俺は一人じゃないんだ。だから、な? 俺が、俺たちが貴様らを終わらせてやるよ。なぁ――ヴォルケンリッタぁぁあああああああああ!!!」
少年の慟哭に答えるように、胸元では鉱石がおぞましい波動を溢れさせていく。それは少年の殺意と呼応するように少年の体を、大地を飲み込み、侵食する。
まるで悪意がカタチどったかのように黒き霧となり、嘗ての集落を漆黒に包み上げる。
その光景を目の当たりにしたものが居ればきっとこう呟くことだろう。
大地を染め上げ、天空に立ち上る暗黒、それはまるで――夜空を切り裂く『剣』のようだったと。
そして少年の姿は陽炎のように、この世界から消えていったのだった。
向かうは、奈落の闇に染まった夜天に漂う雲の元。
憎悪と狂気に染まった黒勇者が、穢れた闇に落ちた魔道書とそれを守るモノを滅ぼすべく、動き出した。