「くっ! もう始まっているようですわね……! なんて迂闊……!!」
「はぁ、はぁ……ちょ、ちょっと待ってくれよ、葉月! 何をそんなに焦ってんだよ!?」
深夜の住宅街を駆け抜ける二つの影。
日本の町並みに場違いなほどミスマッチな民族衣装を纏った少年と、まるで魔法の絨毯のように一人の少女を乗せて宙を飛ぶ魔道書の姿がそこにあった。
『A’s』の開始を告げるヴォルケンリッターがの蒐集活動を探知した葉月たちは、隠密性の極めて高い結界を身の周りに展開することで、リンカーコアの無い一般人として偽装しながら、事態を静観していた。
花梨が襲撃され、あまつさえ魔力を蒐集されたときは、友人の危機に流石の葉月も同様を顕わにしたものの、程なくして花梨から無事の連絡を受け、軽はずみな行動に出ないよう釘を刺されていた。
《表舞台には立たず、裏方から事件の解決に尽力する》
それが、“
高町なのはの姉という立場上、どうしても原作に関わることになるであろう花梨が、表舞台に立ち、それほどなのはたちと親しくない立場をキープしていた葉月が事件の裏側で暗躍する敵の対処に当たる。今回の“闇の書事件“は特に様々な人間の思惑が入り乱れる喧騒とする事態になると予測していたが故に、今の今まで派手な動きはしていなかったはずなのだが――
「おい、葉月! いい加減に理由を話してくれって! 何で今になって表舞台に立とうなんて言い出したんだよ!?」
探知魔法『メフィスト』を通して、これから戦いになる市街地を中心に監視を続けていた葉月とアルクだったのだが、突如、葉月が血相を変えてソファーから立ち上がったかと思うと、屋敷を飛び出したのだ。
慌てて、人間の姿に戻って(無論、葉月の屋敷から十分距離をとってからだが。主に頭文字に“し”の文字のつく役職な人たちが怖いゆえに)後を追いかけたアルクだったが、見たこともない焦りの表情を浮かべる葉月は口を閉ざすだけで、一目散に市街地の方向……今まさに戦闘が開始されようとしていた花梨たちのいる場所を目指し、人気の失せた公道を駆け抜けていく。
「……来ているんですよ」
「はぁ? 一体、誰が――」
「おそらくですけれども……“Ⅰ”が」
「っ!? マジかよ!?」
「しかもそれだけじゃないんです……私の感知したところ、“Ⅰ”以外にも戦場に近づいている参加者らしき反応があったんです。ヴォルケンリッターらしき人たちと同伴する反応が一つ、都市部から接近する反応が一つ、それと市街地からとんでもない速度で接近していく反応が一つ。おまけに花梨さんたちのいる現地には花梨さん以外に、参加者の反応がもう一つ確認できました」
「っつ~ことは、だ。反応は全部で五、いや六つ……だと……!? おいおい、それじゃあ!?」
「ええ――……私たちも含めると計八人……つまり現時点で生存が確認されている参加者全員が一堂に会しようとしているのですわ」
アルクが驚愕で眼を見開く。
互いに潰しあい、命を狙いあうのが本来の自分たちの関係である。
同盟を組んでいるアルクたちこそが“ゲーム”において例外中の例外であり、殺し合いを了承している他の参加者たちならば、相手の様子を伺い、おいそれと姿を現すことは無いだろうと思い込んでいた。
だが思い返せば、堂々と自分たちの前に姿を現して(正確には『アルクたち』の前ではなく『花梨』の前に、であるが)圧倒的な暴力を見せ付けた“Ⅰ”しかり、アースラの一室に拘束されていた“Ⅳ”を手に掛けた何者かしかり、むしろ積極的に行動を起こしていた連中もいたのだ。アルクと葉月が向かっている先にで繰り広げられているであろう戦場は、『A’s』におけるキーポイントの一つであることは疑いようもない。
デバイスを強化した主人公たちが、ヴォルケンリッターとのリベンジマッチを繰り広げる場であり、あらたな謎の存在がその姿を現す場面でもあったはずだ。
敵味方入り乱れてのかなり大規模な戦闘が予測される以上、どさくさに紛れて暗躍使用とする輩が現れても不思議ではない。いや、むしろその可能性のほうが高いだろう。特に、“Ⅳ”を暗殺したと思われる人物にとっては、格好の狩場となるかもしれない。
「アースラに進入しての“Ⅳ”の暗殺を実行した人物……おそらくは“Ⅱ”かと思われますわ。あの巨木のある祭壇での会話から推測するに、“Ⅷ”はそういった手を行うような人には見えませんでしたので……」
「確かにな……逆に“Ⅱ”っぽい奴の方は愉快犯みてーな、嫌な感じがしたしな。多分、その考えで当たりだろ」
「ええ、そう考えると、現在花梨さんたちの近くにある反応は“Ⅷ”で間違いないと思いますわ。おそらくは管理局員の一人なのでは無いでしょうか? “原作”に介入するにしろ、しないにしろ、姿を隠し、より正確な情報を手に入れられるポジションとして、アースラのスタッフは最適でしょうしね」
「花梨の方から俺らに連絡が来てないとこから見て、あいつも“Ⅷ”の正体は見抜けてないってトコか」
「おそらくは……ですが、今は正体の不明な“Ⅷ”の事よりも、一刻も早くあの場所へ赴くことのほうが優先事項ですわ! 急ぎますわよ、アルクさん!!」
「ああ!!」
今から向かう先から感じ取れる戦いの気配に、葉月は手の平で両頬を一つ叩いて気合を入れ、アルクは指を鳴らしながら口端を吊り上げ、獰猛な獣の如き笑みを浮かべる。
その瞳は覚悟を決めたそれへと切り替わり、溢れ出す戦意に呼応したかのように魔力が全身を駆け巡る。
闘志を滾らせた魔道書の少女と炎の闘士が今まさに戦場へと飛び込まんとしていた。
「所で葉月さんや。なんで貴方だけそんな楽そうなんですか? アレですか? アラジンさんの物真似ですか? 自分だけ絨毯、もとい、古本に乗っちゃってるのは非常に楽そうで羨ましいのですがね? 僕も乗せちゃあくれないでしょうかね? そうすれば、きっと、もっと早くと到着できると思っちゃったりしちゃったりするわけなのですが?」
注)アルク・スクライア君は、空戦適正が皆無なために空を飛べません。
「え……っと、私は別に構わないのですけれども……その、この子が……」
【ハッ! ケモノ臭い野朗は地べたを這いずり回っているのがお似合いですよ。ホラホラ、とっととチーターに追い掛け回されているイボイノシシの如く足を動かしなさい。そらそら、どうしました? 「ブヒー」って鳴かないのですか? プー、クスクス!】
「古本屋に売り飛ばすぞ、この駄本が!! もう勘弁ならねぇ!! この場で火葬処理してくれるわぁぁあああああ!!」
【出来るものならやってみなさい!! チャッカマンの代用品風情が!!】
「もうもうもう! 貴方たち、いい加減にしなさいな!! 今の状況、ホントにわかっています!?」
愛機(愛本?) と友人の相変わらずな仲の悪さに「先ほどまでのシリアスシーンが台無しですわ……」 と思わずうな垂れてしまった葉月は、きっとこういう星の元に生れ落ちた定めなのであろう。
葉月ちゃん、ガンバ! と真っ白な世界でこの様子を伺っていた神サマたちがエールを飛ばしたとかなんとか。
葉月たちがそんなやり取りをしているのとほぼ同時刻、戦場となる結界の張られた市街地上空では、結界を強引に突破してきたシグナムと彼らの協力者と思しき謎の少年がヴィータたちに合流し、デバイスを展開した花梨たちとにらみ合っていた。
「クロノ君! ユーノ君! 手を出さないで! 私、あの子と一対一だから!」
「私も、シグナムと……」
「なのは……フェイトまで……」
「悪いね、アタシも野朗にちょいと話があるんだ」
「アルフ、君もか……まったく君たちときたら……」
「諦めなよ、クロノ。こうなるって、予測はしてただろ? ……ところで、花梨はどうするの?」
「私? 私は――」
クロノを宥めながら問いかけてきたユーノに向き返りながら、花梨はチラリとヴォルケンリッターと共にいる参加者であろう少年を一瞥すると、ガシャリ! と新しく生まれ変わった愛機を構えなおしつつ、答える。
「あの男の子の相手をするわ。二人は――」
どうするの? と問いかけようとした花梨の声は突如襲い掛かった第三者の手によってかき消されることとなった。
「――アリシア、GO」
「らじゃ! そ~れ、いっくよ~~♪ テスラ……フォーーーール!!」
【Tesla Fall!!】
どこか舌ったらずなあどけない少女の声が鼓膜を揺らすと同時に、視界を埋め尽くすほどの閃光と轟音が襲い掛かってきた。
天上より降り注ぐ雷光が、平穏だったはずの町並みに無常なる破壊の傷跡を刻み込んでゆく。
その場にいた全員が驚愕を顕わにしつつ、防御の体勢をとる中、降り注ぐ雷の瀑布は管理局サイドとヴォルケンリッターたちを両断するように戦場を真っ二つに引き裂く。
雷の降り止んだ後に残されたのは、無残に破壊され、蹂躙された瓦礫の海。幸い、人的被害こそ無いものの、閃光と轟音で平衡感覚を失いふらついている者、痛む両目を押さえ俯く者があちらこちらに見て取れた。
花梨が、なのはが、フェイトが、クロノたち管理局員たちが、ヴォルケンリッターたちが、この場にいないリンディたちも含めた誰もが動揺を隠せぬ中、戦場の中心に舞い降りてくる存在があった。
向けられる視線を一切介さず、腕を組み、不適な笑みを浮かべるのは漆黒に染まった鎧を纏った異形。
嘗て《時の庭園》で邂逅した時よりも、さらに禍々しく変貌を遂げたバケモノ。
その存在を目にしたその場にいた誰もが、背筋を凍らせ、冷や汗を溢れさせていた。
動悸が早くなり、呼吸がまともに出来なくなる。足が震え、宙に身を浮かべていると言うのに、気を抜けば尻餅をついてしまうのではないかと錯覚してしまう。
嘗て、自分たちに圧倒的な力と恐怖を見せつけた怪物の予想外の登場に、誰もが驚愕を隠せない。
その様子を面白そうに一瞥すると、ダークネスは組んでいた腕を解き、己が左肩へと視線を向ける。
するとタイミングよく、箒に跨って天より舞い降りてきた少女がヒョイ、とダークネスの左肩へと腰を下ろす。
その少女の姿を見た花梨が驚愕の叫びを上げていることなどお構い無しに、「にひひ~~」と笑みを浮かべている少女に苦笑を返しつつ、ダークネスは彼女の求めに応じて口を開く。
「ご苦労さん、アリシア。この短期間で大した成長だよ……正直、驚いた」
「にへへへ~~……凄いでしょ! 毎日、ヴィントと練習してたからねっ! ね?」
【はい、です。お嬢様とわたくしめの努力の結果で御座いますです!】
「【ね~~♪】」
そう言って、アリシアは手に持った箒型デバイス【ヴィントブルーム】を楽しげにクルクル回転させる。
褒められて、一気に上機嫌になった少女の浮かべる笑みは非常に愛らしく、もしこれが先の大破壊を起こした人物でさえなければ、真面目なクロノあたりでも頬を染めていただろう。
だが、現実は狂った人間を見るかのような視線を向けられていたのだが。
まあ、これほどの大魔法を『殺傷設定』で躊躇なくかましておいて、ケラケラと笑っているその姿は、正常な精神の持ち主から見ると狂っているように見えるのかもしれない。
戦場に突然舞い降りた静寂の空気をぶち壊したのは、やはりと言うか『彼女』であった。
「――ッ!!? お前ぇぇえええええ!!」
『フェイト(ちゃん)!?』
耳を劈く慟哭の叫びを上げながら、フェイトは死神の鎌を振るいながら、『仇』目掛けて一気に距離を詰める。
それは嘗ての映像を巻き戻したかのような光景。
アリシアを伴い、悠然と佇むバケモノに向けて、無防備な頭部目掛けてバルディッシュを振り下ろす。
チラリと視線を向けただけで、特に回避も防御もする様子が見られないバケモノの様子に、お前など端から眼中に無いのだと言外に言われているかのようで、フェイトの思考が一瞬で真紅に染まる。
フェイトの怒りと呼応するかのように、バルディッシュもまた限界を超えた力を引き出す。
六連装のリボルバー形式のカートリッジをフルロードし、フレームが悲鳴を上げるのにも構わず、限界以上の魔力を発現させる。
出来ることならフルドライブを発動させたいところであったが、すでに攻撃態勢に入っている主のサポートとしては、今繰り出そうとしている攻撃を強化させるべきだ。目の前にいる怨敵を妥当することはバルディッシュにとっても最優先事項であり、そのために多少の無茶は承知の上だ。
念話で静止を呼びかけてくるエイミィたちの声を意図的に遮断し、主を悲しませる敵を打倒することにのみ意識を集中させる。
使い手とデバイス、両者の心が一つとなり、その命を刈り取らんと金の閃光が宙を凪いだ。
――殺った!!
誰もがあのバケモノの首が宙を舞う光景を幻視する。それほどまでの覚悟と力の込められた斬撃であったのだが――
『Protection EX』
無機質な音声と共に展開された紫色の障壁によって、あっさりとその勢いを止められてしまった。
「だめだめ~~だよ? 勢いばっかじゃあ、ナニゴトも上手くいかないものなんだよ~~」
「ッ!? その魔力光の色――!?」
必殺の一撃を防がれたことも忘れ、目の前で展開された魔法陣を呆然とした表情で見つめるフェイト。
ルビーを思わせる瞳を驚愕で見開き、信じられないものを見たかのような目で、呆然と立ちすくむ。
「なん、で――だって、その色……その魔力は――」
「ほへ?」
フェイトの震える指先を向けられた少女……アリシアはキョトンと首を傾げて疑問顔。
何故、彼女がこれほどまでに動揺しているのか、全くわからないと言った風体だ。
「なん、でっ!! なんで、貴方が母さんと同じ魔力光をしているのっ!?」
アリシアの展開した魔法陣、それを構成する魔力光の色は、フェイトの良く知る人物と寸分違わぬ物であった。
――即ち、彼女がわかり合いたくて、終ぞ手を取り合うことが出来なかった人物……彼女の母であり、生みの親である“大魔導師”プレシア・テスタロッサと。
問われたアリシアは、漸くフェイトが何を言いたいのかがわかったようで、髪をいじりながら、何てことも無い風に淡々と答えた。
「うーんとねぇ……簡単に言っちゃうとね? 仮死状態だった私が生き返る儀式の過程で、ママのリンカーコアが私に移植されたんだよ。だから、私も魔法が使えるようになったし、魔力光も同じなんだよ。だって、ママのリンカーコアがそのまま私の中にあるんだからね」
あっけらかんと告げられた真実に、フェイトの心が凍りつく。
「ナニ、それ……」
「フェイトたちは知らないかもしれないけどさ、幽霊ってホントにいるんだよ。実は私も幽霊になってずっとママのそばにいたりなんかしちゃったりしたんだ~~。だからね? フェイトの事も、アルフの事も、もちろんリニスの事も良く知ってるんだよ? ただ、皆からは見えなかっただけで」
――ずっと、傍に?
「物にも触れない、お話も出来ない、気付いてももらえなくて……寂しかったなぁ……、でもね! ダークちゃんが来てくれてからそれまでの生活が一変したんだよ! ダークちゃんは幽霊の私が見えたし、お話も出来たんだよ! おまけに、不思議な力でママにも私が見えるようにしてくれてさ~~……いっぱい、い~っぱいお話したんだよ~~♪」
――母さんと……お話し、したの?
「その後は、まあ……フェイトたちも知ってるでしょ? ママはアルハザードってとこに行って私を生き返らせてくれようとしてくれてたんだけど、もうどうしようもないくらい病気で弱ってたし……正直、成功する可能性はすっごく低いんだってママも言ってたんだ。 科学者だったからかな? 自分のやってることが成功する可能性なんて殆んどないってわかっちゃってたみたいなんだよ……だからね? ダークちゃんと取引したの。ママの計画がもし失敗しちゃった時は、ダークちゃんが私を生き返らせてくれるって」
――母さんは、本当にアリシアの事しか眼に入ってなかったの……? 私の言葉は、思いは、届いていなかったの……?
「でも、ダークちゃんの蘇生術には欠点、ていうか代価? が必要なんだって。私を生き返らせるには、私の肉親の持つ強力なリンカーコアと、相応の生命力が必要だったの。だからママは計画が失敗した時は自分のリンカーコアを使うようダークちゃんに持ちかけたんだよ」
「アリシア……」
俯く少女を気遣うようにダークネスが顔を寄せると、アリシアはギュッ、と彼の首に両手をまわす。
接近する両者の唇間の距離はほんの数センチ。そんな至近距離で見つめあいながら、アリシアは笑みを浮かべていく。
「私、幸せなんだよ……? ここにママから貰ったリンカーコアが、想いがあるのがわかるから……だから、ね? ダークちゃんはそんな顔しないで欲しいな?」
普段のおちゃらけた雰囲気を一瞥するかのような大人びた女性の笑みを浮かべるアリシアの姿に、僅かに見惚れてしまい、呆けた顔を浮かべたダークネスだったが、程なくして苦笑を漏らす。
「ふっ……まさかお前のほうからそんな心配の言葉をもらえる日が来ようとは……さすがは、リアル○ナンだな」
「?? こ○ん? って、ど~言う意味なのかな?」
「見た目お子様でも、中身は結構逝っちゃっている奴の事だ」
「なんかヘンな単語混じってなかった!? それに、それはど~いう意味なのかな!? 私がオバサンだって言いたいの!?」
「知っているか? ちまたでは、ロリババアという単語がひそかに流行っているそうだぞ?」
「更に悪化してないかな!? わっ、私がおばあちゃんだって言いたいの!? しつれ~なんだよ!! まだまだピッチピチなんだよ!!」
「なに? いつから人魚にジョブチェンジしたんだ? コスプレして歌ったりするのか? ジャイアンボイスで敵の鼓膜をぶち破るのか? ぼぇ~~、って」
「いったい! なんの! はなしを! しているの! かなぁ!!?」
「――けるな」
今の状況など知ったこっちゃねぇ! とばかりに痴話喧嘩を繰り広げる二人の様子に呆気に取られていた花梨たちの耳に、地のそこから這い出してきたかのようなおどろおどろしい声が聞こえてきた。
それは決して大きな叫びではなかったものの、そこに込められた負の感情――怒り、悲しみ、恐怖、困惑、などのいくつもの感情が混ざり合ったようなモノは、確かな言霊となって、この場にいる総ての者の耳へと届く。
声の主たる少女……フェイトは荒々しく振り回したバルディッシュの切っ先を真っ直ぐ正面に突きつける。
怒りで震える切っ先が向けられたのは、フェイトと同じ金の髪、紅玉色の双眼をもつ、フェイトよりもやや幼い外見の少女……アリシア。テスタロッサ。
己が求めて止まず、終ぞ手にすることの出来なかった母の愛情を一身に受け、さらには母の命とリンカーコア、そして魔導の才能すら与えられた、己がオリジナルたる少女。
どんな約定があったのだとしても、母と友人の命を奪ったことには変わりないバケモノの傍らこそが己の居場所だと言わんばかりのアリシアの態度もまた、ダークネスへ並々ならぬ憎悪を燃やすフェイトからすれば決して許容できることではなかった。
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁああ!! ソイツは母さんを殺したんだぞ!? いや、母さんだけじゃない! バサラもそうだ! なのになんで! なんでそんな奴と一緒にいられる!? どうしてそんな平然としていられるんだ!?」
「え~~!? そんな事、聞いちゃうの~~?」
フェイトの叫びに、アリシアの頬に朱が挿す。
両手を頬に当て、恥ずかしそうにてれりこ、てれりこ、と首を振る。
「私がダークちゃんと一緒にいるのは~~……ダークちゃんの事が好きだからだよ~~♪ んも~~、お姉ちゃんに名に言わせんのよ、この子は~~」
「むぅ……」
「あれれ~? ダークちゃんも照れてる~~?」
「……うっさい」
「えへへ~~♪」
楽しげにダークネスの首にしがみ付くアリシアを振りほどかないのは、彼の方にも少なからず思うところがあるからであろう。
傍から見たら砂糖を吐き出すような光景だというのに、それを繰り広げているのが頭に“超”がいくつも付く危険人物であるせいか、誰もがツッコミを入れたくても入れられず、お互いに顔を見合わせてどうしようかと相談しあっている。花梨などはツッコミを入れたくて、腕がプルプルしていた。
珍妙な舞ったり空間が形成されつつある中、この状況を打破せんと最初に動いたのは、やはりというか、彼女だった。
「~~~~っ!!!」
ブンッ!!
「――っ、と」
「ひゃわわ!? こらフェイト! いきなり斬りかかってきちゃ駄目でしょ! メッ! なんだよ?」
「うるさいうるさいうるさぁぁあああい!!」
「くぎみーー!? あれ!? ナナっちじゃないの!?」
「なにを言っているんだお前は? まったく、しち面倒くさい――アリシア、しばらくの間遊んでやれ」
「はいは~い。りょうか~い、なんだよっ!」
グチャグチャになった思考を振りほどくように、再び切りかかるフェイトの攻撃を回避しながら、刹那のアイコンタクト。
ダークネスから身を離し、お邪魔な魔法少女よろしく愛機に跨る、由緒正しい魔法少女スタイルで、アリシアが妹と対峙する。
「はい、そこまで~~。ダークちゃんはちょ~っとやる事があるから、フェイトの相手は私がしてあげるんだよ」
「――ッ!? アリシア……!!」
「う~~ん、そんなに睨まないで欲しいかも……でも、ま、しょ~がないか。ん~じゃ、往こうかヴィント」
【Yes sir!】
箒型デバイス『ヴィントブルーム』のコアから発せられた光にアリシアの全身が包み込まれる。
羽織ったケープが宙に舞い上がり、ワンピースがはじけ飛ぶ。
続けて、紫電の煌きが走ったかと思うと、次の瞬間にはアリシアの全身に黒いドレスが纏われていた。
デザインはプレシアの纏っていたドレスに近い。違いと言えば大きく開かれていた胸元に肌を隠す大きなリボンがあしらわれ、スカートにチャイナ風のスリットが入っている意匠となっているところだろうか。
スカートの切れ目から覗く左足の太ももが幼くも可憐な色気を醸し出しており、宙に舞っていたケープをドレスの上から羽織るその姿には、『背伸びした子供』とは呼べない“ナニか”が確かに存在していた。
箒に横乗りした体勢で不敵に笑みを浮かべるその姿は、まさしく“未来の大魔女”と呼ぶに相応しい。
その姿に、感じ取れる雰囲気に、何よりもその身から溢れ出させている膨大な紫色の輝きを放つ魔力に、フェイトは嘗ての母の姿を幻視し、気圧されたかのように一歩後ずさる。
同時に、マグマの如きドロドロとした灼熱の怒りが沸きだし、バルディッシュを握る手に更に力が篭る。
「それじゃあ、生まれて初めての姉妹喧嘩……いってみよ~かな?」
「っ!! 馬鹿にしてぇぇええええ!!」
デバイスから腰を下ろし、足元に発生させた魔方陣にスタッ、と着地を決めると手の中でクルクルと弄びながら不敵な笑みを浮かべてみせるアリシアの姿が琴線に触れたのかのように、文字通りの金の閃光となってフェイトが飛び出した。
両者の距離を一瞬でゼロにして、二つの金がぶつかり合う。
「はぁあああああ!!」
「やぁあああああ!!」
魔女の箒と雷光の戦斧が交差し、紫と金の光が夜空を迸る。
正史において決してありえなかった『テスタロッサ』の名を冠する少女同士による戦いの火蓋が、切って下ろされた。
「そろそろ、か……?」
「貴様……! いったい何が目的だ!」
戦いを始めたアリシアとフェイトの様子を視界に留めていたダークネスだったが、ふいに視線を中空へと向け、なにやら思案顔を浮かべる。ベルカの騎士であるヴォルケンリッターはもとより、先頭経験の少ないなのはですら、完全に隙だらけに無防備を晒すダークネスを警戒し、軽はずみな動きをとることが出来ないでいた。やがて焦れてきたのか、意外と熱血漢の気があるクロノが先陣を切って問いを投げかける。
「ん……? ああ、もう少し待っていろ。もうすぐ来るから」
「は? 来る? 一体誰のこ――」
メ゛ギリィ……!
思わず問い返してしまったクロノの台詞。しかしその言葉は途中で阻まれることとなった。
ガラスを力任せに引きちぎるような、耳障りな音が鳴り響く。音の発生源へと視線を向ければ、結界の外周部、外界と隔絶された結界の壁に
否、正確には展開されている結界に外側から何者かが指を突き刺していたのだ。
指を中心に空間に亀裂が入っていく。次いで、確認できる指の数もどんどん増える。
最初は人差し指と中指らしき二本だけだった。次の瞬間には薬指と小指が、さらに間を空けずに親指が生え、結界そのものをわし掴む。僅かな隙間から今度は反対の五指が突き出されると、両手で引き裂くように結界を切り開いていく。
メ゛ギッ、ビキッ、という嫌な音と共に、結界に人一人が通れるだけの穴が形成され、そこからズルリ、と身を滑らせて進入する人影が一つ。
それは軽鎧を纏い、背に大剣を背負った少年。
髪、鎧、その総てが喪服を思わせるほどの漆黒。
不ぞろいな長さの前髪から覗く瞳は、爛々と輝く真紅。
そこに宿るのは数百人分にも上る憎悪と殺意。
少年が真っ直ぐ直視するのは憎き闇の書の騎士……ヴォルケンリッター、そして彼らの傍に佇む“同胞”らしきモノ。
だがそんな事は関係ない。己はただ、己のやるべきことを、成すのみ。そう――復讐を。
少年の全身から立ち上るおぞましい憎悪が魔力と交じり、ドス黒いオーラとなって少年の全身を包み込む。
突然現れた少年の醸し出す、あまりの威容さに、彼を知る者もそうでない者も、皆等しく背筋を凍らせ、気圧されたように身を固める。
異様な混戦模様となってきた戦場において、元凶たる少年に全く気圧されずに平然と語りかけるのは、やはり彼だった。
「漸く来たか……待っていたぞ、
まるで街中で友人に出会ったかのように、軽々しく話しかけるダークネスに、一同が目を丸くする。
特に、告げられた言葉の意味を、“Ⅹ”という言葉が何を意味するのかを正確に理解している人物……高町花梨の混乱は極致に至りかけていた。
(いったい、どういうこと!? “Ⅹ”って……まさか参加者!? 嘘でしょ!? いえ、今はそんな事を言ってる場合じゃないわ!)
真に危惧すべきは、あの“Ⅹ”と呼ばれた少年と“Ⅰ”に友好関係が築かれているかもしれないということ。あれほどの異様な空気を醸し出す危険人物が、よりにもよって最凶の存在と協力関係になるとするならば、最悪、“ゲーム”のパワーバランスが完全に崩壊しかねない。
花梨の見立てでは、現在己が同盟を組んでいる“Ⅲ”及び“Ⅶ”、それになのはやユーノ、フェイトたち管理局勢。それらの戦力を集結させる事ができれば、漸く“Ⅰ”一人と互角に渡り合えるだろうと判断している。
これは、ルミナスハートと共に、現在までに蒐集した情報から相手の戦力を予測した結果であり、花梨自身もこの見積もりがそう的外れではないだろうと考えている。
だからこそ“原作”の知識から、生き返ったアリシアには魔法の才能がないものだと思い込んでいたせいで、彼女がフェイトと互角以上に渡り合えている光景に、頬をひきつらせてしまっていた訳なのだが。
(冗談じゃないわよ!? アリシアの事といい、このままじゃ本当にアイツの手で私たちは全滅させられる……! ここは何とかして、ヴォルケンリッターたちと一時共闘でもしない限り、生き残る手は無いのかも……!!)
そんな感じに花梨が内心でテンパっている中、ダークネスに呼びかけられた“Ⅹ”――ディーノは、相変わらずの操り人形を思わせる不気味な動きで、首を廻し、視線をダークネスへと向ける。
「ァぁぁああ嗚呼……? ふ、負うぁァシュ、と? よウ……」
「これはまた……ずいぶんと『侵食』が進んでいるようだな? ――そんな状態でやれるのか?」
「も、モンだァい名ァぁ合いイイ懿……」
「そうか……まあ、お前の命だ。好きに使うと良いさ……ただし、余計な横やりが入らないように多少の小細工位はやらせてもらう」
不意に、会話を途切れさせたダークネスが動く。
右手を前へと突き出し、広げられた手の平に生み出されるのは、黄金と黒の二色が交じり合った魔力で構成された魔力球。
身構える花梨たちなど見向きもせず、ダークネスはポツリと呟く。
「――“封鎖の刻印”」
次の瞬間、世界に深遠を思わせる“輝く闇”が爆ぜた。
作中に登場した魔法解説
・
使用者:ダークネス
ダークネスが全力戦闘を行うために創り出した概念魔法空間。
魔導師が使用する『封時結界』同様、特定範囲内の空間を創られた空間に転移させることで外界と完全に切り離す。この空間の展開後は、転生者か『神成るモノ』しか侵入することは不可能。
ただし、魔法の展開時に有効範囲内に存在していた生物は空間内に取り残される。外部への通信、転移は不可能で、この空間魔法を解除するには術者本人を斃す、または本人に解除させるしかない。
この空間内で破壊された物は、実際の世界への影響を及ぼさない。
『世界そのものを破壊してはならない』というルール上、通常空間では全力戦闘ができない(魔導師の結界程度では到底耐え切れない)ことから考案された。
・テスラ・フォール(Tesla Fall)
使用者:アリシア・テスタロッサ
天空より極大の雷光の降り注がせる雷撃系広範囲攻撃魔法。
有効範囲は大都市を丸ごと覆い尽くすほど(作中では牽制目的での使用だった)。
無詠唱でありながら、その威力はフェイトの『ファランクスシフト』すら凌駕する。
さらに術者が常識外れの制御能力を有するアリシアであるため、ビー玉レベルの標的、ただ一点を正確に狙い撃つことすら可能なほどの精密性すら有している。
2012.11.25 誤字修正