魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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『無印』編 最終決戦時にちょこっとだけ顔を見せていた”彼”、参上です。


勇気の目覚め

「――は?」

「――へ?」

 

その瞬間、この場に居合わせていた全員が、たしかに同じ表情をしていた。

突如として訪れた予想外の展開は、花梨とダークネスが揃って首を傾げるほど彼らには想像もつかない出来事だった。

揺るぎ無き敗北()が全身を貫いたかと思った次の瞬間には、何故かかすり傷一つ負っていない無傷の状態だったのだから。

必殺が定められし筈の一撃は、何の結果(敵の撃破)も成さずに空を翔け、やがて結界に接触し霧散していった。

だが、呆けた声を漏らした双方は困惑を隠せない。だがそれも仕方のないことなのだろう。

この状況にはあまりにも不釣り合いな間抜けな言葉が聞えたかと思えば、なのはを抱きしめる花梨の姿がダークネスの背後に現れたのだから。

転移? それとも幻術の類か? いいや、そんなありきたりな真実であるはずがない。

必殺を疑わなかった攻撃をくぐり抜けた挙句、自分の背後へと回るという現実離れした事象を具現化させた『敵』を見くびるような真似はしない。

ダークネスは思考を全力で回転させながら、自身の左後方にいつのまにか現われて、花梨たちを庇うようにこちらへと銃口を向けつつ牽制している『敵』へと向かい直る。

花梨が望むキセキを起こした、人の理解を超越した存在へと。

 

「No.“Ⅰ”――」

 

突如として現れた乱入者に驚き、戸惑う花梨たちの耳が、かの人物の声を拾う。平凡でどこにでもいるような、いかにも普通だと感じさせる青年の声だった。

逃れられぬ死を前に花梨は願った。今の自分ではどうあっても、妹を救うことは出来ないのだということを理解してしまったから。

だからこそ、そんな自分たちが生き残る唯一の可能性を願った。

 

「悪いが君のターンは此処で終了とさせてもらうよ……これ以上、仲間(・・)を傷つけることを見逃すわけにはいかないからね」

「――キサマ、は?」

 

そう――……

 

「これ以上、仲間(・・)を傷つけることを見逃すわけにはいかないんだ」

 

現実では起こりえるはずのない、救世主(正義の味方)の登場を。

なのはが意識を失う直前に見た最後の光景。それは――

 

「貴方は僕が斃させてもらいますよ――……僕の仲間を護るためにね――!」

 

アースラ武装隊と同じ意匠のバリアジャケットを纏い、悠然と二挺の拳銃型デバイスを構える青年の姿だった。

 

No.“Ⅷ”(ナンバー・エインス) 参戦

 

「あ、あなたは……!?」

「君は確か『P・T事件』の前に、武装隊へ補充された……えっと、新人隊員A、君か……?」

 

もはや死に体と呼べるほどの深手を負いながら、何とか応急処置を施して戦線に復帰したユーノとクロノの目に飛び込んできたのは、血まみれのなのはを抱きしめ、呆けた表情を浮かべた花梨と、彼女と同じような表情のダークネス。そして彼にデバイスを突き付けているどこかで見覚えのある青年の姿だった。

予期せぬ援軍の登場に困惑を隠せない花梨たちには目もくれず、拳銃を携えた青年は眼前の強敵への警戒を隠そうともせず、ぎり、と歯を食いしばる。

彼が抱く怒りは己自身へ向けてのもの。“神造遊戯(ゲーム)”という闘争から逃げるために編み出した彼固有の“能力”によって、正体を隠し、人並みの中でじっと潜んできた。

自分が生き残るために他者の命を奪う覚悟も無く、けれども、“神造遊戯(ゲーム)”に関係ない人々を(デコイ)にして逃げ切ろうというほど非常になりきれない。

他者よりも優れた能力を与えられた以上、今この時に悲しんでいる人々を……不幸になっていく人々を救いたいと願う正義感。

強制参加させられ、己の命を狙ってくる敵が確実に存在するふざけた儀式から逃げたい、死にたくないという恐怖。

いくつもの感情がごちゃ混ぜになり、思考が一つに纏まらなかった。

そんな彼の選んだ『選択』とは、『有象無象に偽装しつつ、適度な距離から“神造遊戯(ゲーム)”の状況を観察する』というものだった。

ミッドチルダに生まれた彼はごく自然に管理局へと入局、常に大きく目立たない四、五番手に甘んじることで 『そこそこ使える』と認識させる。

後は気心の知れた者に同伴するように偽装して、儀式の舞台に最も近い場所の一つであるアースラの乗組員となったのだ。

“原作”では主人公たちばかりが焦点を浴び、脇役に当たる武装隊という役職は『風景のように目立たず、そこに居ても怪しまれない』。実に彼好みの立ち位置だった。

物語には深く関わらず、参加者たちからも隠れ続けることで生き残る。そう『決断』して今までやってきたのだ。

それはこれからも変わらない、少なくとも儀式が終わるまではと信じていた。

 

だが。

 

短い間だが確かな『仲間』として共に戦いを繰り広げた花梨たちの危機に、彼の中でくすぶり続けた正義感が顕現してしまった。

管理局員となることに抵抗を感じなかったように、彼は元来、人を思いやる心と困っている者にごく自然に手を差し伸べることが出来る人間だった。

どこまでも善人らしい彼の人なりが、自身の正体の暴露を代償として尚、こうして両者の仇に割り込むように立ち塞がせたのだ。

 

「邪魔をするのか?」

 

この場にいる全員の思いを代弁したかダークネスの問いかけに青年は答えず、ただ黙したまま、銃口をダークネスへと向ける。

言葉は不要という意味の表れか。それとも口を開いてしまったら最後、己の内より溢れ出してくる恐怖が言葉という形となってしまうと理解してしまっているからか。

どちらにせよ、明確な交戦の意志を示す眼前の『敵』を排除しなければならないか。

ダークネスがそう『決断』すると同時に、周りの空気が変質していくのを花梨は瞬時に悟った。

なのはを抱きしめる腕に、知らず力が籠る。

花梨は確信する。やはり己の眼前に悠然と佇む怪物は、自分たちとはチガウのだということを。

己を含む“神造遊戯(ゲーム)”に参加している転生者たちと根本からして異なる存在だということを、全身の細胞が鳴らす警笛を聴きながら、改めて『理解』していた……だからこそ。

 

「逃げてください!」

「――え?」

 

花梨は自分が何を言われたのか、理解するのに数秒の時を要した。

 

「自分が時間を稼ぎます! 執務官たちはいますぐにここから退避を!」

「なっ、何を言っているんだ! 君一人でどうにかできる相手じゃないぞ!?」

「そんなことわかっています! でも、今、何よりも優先すべきは高町妹さんの治療じゃないんですか!? 第一、そんなボロボロの方々に何ができるって言うんです!? お願いですから下がってください!!」

 

叫ぶ青年の視線の先には、時間の経過と共にどんどん顔色が悪くなっていくなのはの姿。

一刻も早く治療しなければ命にかかわるものだと、この場の誰もが理解させられてしまうほどに、彼女の容体は悪化の一途を辿っていた。

 

「大丈夫です! 僕はこれでも……神様に選ばれたこともある男ですから!」

 

そこにどんな感情が籠められているのか、今の花梨に計り知ることは出来ないかった。

だが、圧倒的な強者を前にして尚、口元に不敵な笑みを浮かべつつ高らかに宣言する青年に、花梨の心に『彼を信じてもいい』という思いが湧き上がってくる。

青年の……No.“Ⅷ”(ナンバー・エインス)ことアッシュ・ユーレルの言葉に甘え、一時戦線を離脱してなのはの治療を行うために花梨たちは急いでその場を後にした。

己に向けて背中を見せて逃走する花梨を目で追いながら、ダークネスは思考を切り替える。

花梨の後を追うのはいつでもできる。しかし、己の前に理解を超えた“能力”を有する別の敵が現れた以上、このまま見逃すという選択肢は彼の中に存在しない。

経験を積む機会を与えてしまえば、それだけ相手の戦力を強化させることに繋がると理解しているからだ。

人間の持つ本質的な強さ……『限界』という名の己が前に立ちふさがる壁に相対し、それを乗り越えた時、別の存在と呼べるほどに成長する。

個々の性格や『器』にもよるが、容易く折れてしまうヤワな精神力(ココロ)の持ち主が、この争いに参加しているとは考えにくい。

つまり眼前に立ちふさがる男もまた、己と同じくヒトを超えた存在へと成りうる資質を有しているということに他ならない!

ならば、己がやるべきはただ一つ……

 

「お前は――ここで斃したほうがよさそうだな」

「そうはいきません……よおっ!」

 

ダークネスの『決断』より一瞬早く、アッシュが先制の一手を仕掛ける。双銃が唸りを上げ、貯蔵魔力を吸い出された空薬莢が宙を舞う。

速射性に特化された魔力弾が暴風となって飛翔する。一発に込められた魔力はそれほど大きくは無く、威力も一般的な拳銃のそれと変わらない。しかし目を見張るのはその連射速度。

指先がかすむほどの速度でトリガーが引かれ、銃口から解き放たれた弾丸はマシンガンのごとき怒涛の奔流となってダークネスを襲う。

狙うは急所。拳銃型デバイスからは想像もつかぬ、まさに弾幕と称しても過言ではない弾丸の嵐が容赦なく人体の急所目掛けて殺到する!

 

「フン……」

 

だが、それだけでダークネスと渡り合うのは不可能だ。

なぜなら、相手は人の理を外れつつある正真正銘の怪物なのだから。

迫りくる弾丸の嵐を魔力障壁で軽々と受け止めたダークネスは、背の翼を大きく羽ばたかせる。たったそれだけ、たったそれだけで残像すら残さぬ加速を得ると、アッシュとの間合いを一瞬でゼロにする。

加速力をプラスさせた拳を握り締め、敵めがけて振り降ろす。チョッピングライトじみた軌道を描いた鉄槌をぎりぎりのところで避わす事に成功したアッシュに息つく暇も与えないとばかりに、追撃の拳と蹴りが襲い掛かる。

『闘いは数だよ兄貴!』と某公国軍中将の言葉をそのまま表したかのような圧倒的な物量差をもっての攻撃とはいえ、人の常識の外側に在るダークネスに通用するはずも無かった。

中・遠距離を間合いとする銃使いに近接戦闘を挑むのは正しい判断と言えるだろう。実際、回避の合間に放たれる銃撃は一発も命中することなく、アッシュは誰が見ても苦し紛れにしか見えないほどに追い詰められていた。

 

「どれだけチートなんですかぁ!? もう『俺Tueeeeee!』は流行りませんよ!?」

 

泣き言を溢しながら夜空を駆け抜ける横顔に余裕は一切存在し無かった。

己の攻撃を全て防ぎきる防御力だけでも厄介なのに、あちらの攻撃は全てが必殺となりうるのだから。

なにしろ、牽制狙いで放っている炎のような魔力弾ですら、たった一発で高層ビル一棟を完膚無きまでに粉砕する光景を目の当たりにしているのだから。

人並みの防御力しかない己ではかすっただけでも致命傷になってしまうだろう。運良く一撃死を防げたところで、ダメージによる機動力の低下は免れないだろうし、そうなった後はなぶり殺しにされかねない。

つまり自分の勝利条件は、相手の攻撃を全て回避し、仲間の撤退がすむまでのあいだ時間稼ぎを行い続ける。

一撃で撃墜される紙装甲、豆鉄砲しか打てない戦闘機でシューティングの金字塔『首領蜂』のボスを初見で倒すくらいの難易度だろうか?

 

……それ、なんてルナティック?

 

「あーもー! 平々凡々、ケセラセラ、なるようになるさが心情の僕がどうしてこんな似合わないことやってんだろ……キャラじゃないんですがね――……」

 

誰かに聞かせるわけでもなく言い訳がましい文句をぐちぐちと漏らし続けていたアッシュだったが、それに反するように口端は吊り上がっていく。

ダークネスの戦闘を間近で観察していたアッシュも、彼我の戦力差は十分理解していた。すべてわかっていて、その上で覚悟を決めて殿に名乗りを上げたのだから。

仲間を救うために死力を尽くして各上の敵相手に奮闘しているというこの状況。一生縁がないと諦めつつも、心のどこかで憧れていたシチュエーションに心の高揚を押さえることが出来ない。

ドキドキしている。今自分は間違いなく――楽しんでいる!

 

(やっばい……!)

 

緊張と恐怖以外の理由で鼓動を速めていく心臓。背筋を走るゾクゾク感。

いずれも、今までに感じたことの無い経験だった。逃げ隠れを続けてきた少年の胸に灯った炎……それは見紛うことなき戦う意思。

この瞬間、確かに少年は運命に抗う戦士としての表情を浮かべていた。

かつてない湧き上がる力と覚悟を胸に、黒き道化は天を駆ける。己が眼の見据える先に、未来の可能性があると信じて。

 

「所詮はこの程度か? いや……」

 

牽制にもならない魔力弾をばら撒き続けるアッシュの姿にわずかな引っかかりを覚える。

超戦略級広域解析瞳(フリズスキャルヴ)』による探知を潜り抜けてきた相手だ。決して軽んじてはならないと本能が警戒を訴えている。

戦闘力自体は脅威となりえない。それは純然たる事実であり揺るぐことは無いだろう。だが、単純なチカラの優劣で勝敗が決するほど、”神造遊戯(ゲーム)”が甘くないことも理解している。

わずかな油断が命取りに直結する。それを理解しているからこそ、ダークネスは警戒を一切緩めずに魔力を練り上げる。

世界を振るわせるほどのチカラが突き出した手のひらに集まっていく。

人に御せる限界値をはるかに超える魔法力が際限なく高まり、大気を、世界を震え上がらせる。

これより繰り出されるのは世界すらなぎ払う究極にして絶対なる破壊の奔流――!

 

「いやいやいや!? 僕みたいな雑魚キャラになんてモンぶっ放そうとしてんですかあの人は!?」

 

高まる魔力の波動を察したアッシュが悲鳴をあげながら、回避行動に移る。

だが、それは悪手。

世界を丸ごと薙ぎ払う『総てを飲み干す世界蛇の凶牙(ヨルムンガルド)』を回避することは理論上不可能。防ぐか相殺するかしか生き残るすべは無い。

ダークネスが展開した封縛結界に外部への転移魔法に対する妨害術式が含まれている以上、長距離転送による回避も不可能。

つまり、アッシュがどれほどの速さを有していようとも、死の具現たる神蛇に喰らわれる未来はすでに決定している!

 

「『総てを飲み干す世界蛇の凶牙(ヨルムンガルド)』――――ッ!!」

 

咆哮一閃。絶対なる死を与えんがため、主の命を受けた世界蛇が唸りを上げてアッシュに迫る。

大気を震わせながら押し寄せる純然たる暴力の具現を前に、アッシュはなすすべも無く極光に飲み込まれてしまう。

 

だが。

 

「――っ!?」

 

突如として警笛を鳴らす本能に従い反射的に上体を逸らす。直後、先ほどまで頭部のあった位置を銃弾が通り抜けた。

決して起こりうるはずのない一撃を紙一重で避わしたダークネスの表情に明らかな困惑が浮かぶ。

 

「くっ!?」

 

明らかな動揺を隠せぬ声が聞こえた方向を見やれば、はるか後方のビルの屋上に立つ、無傷のアッシュが双銃を構えている姿が確認できた。

その身に傷らしいものは見当たらないことから、先の神代魔法(いちげき)を完全に回避したということなのだろう。

だが、世界そのものを薙ぎ払う神代魔法を回避する方法など在りうるのだろうか……?

だがダークネスは知っている。不可能(空想)可能(現実)としうるチカラの存在を。

 

(まったくの無傷だと……? こいつは……先ほどの高町 花梨を救った時と同じか)

 

これで二度目。間違いないだろう。敵は何らかの”能力”を行使している。

 

(時間を操作して回避したのか? ……いいや、違う。時間操作系の魔法を行使するには膨大な魔力が必要

になる。だが奴からはそのような気配は感じられなかった。つまり……)

 

『何もわからない』

 

要はそういうこと。人は理解不能な状況に陥った時、激しい衝撃を受ける。そう……未知への恐怖だ。

己の理解を超えた事態は、思考を乱し、正しい理論(こたえ)を導き出す障害となる。

それが互いの生死を掛けた戦場であるのならば尚のこと。ダークネスは己の異常性を誰よりも理解しているが故に、己が脅威となりえる素質を秘めた存在(さんかしゃ)を強く警戒してきた。

戦いにおいて相手の情報は最上の価値を持つと理解しているからこそ、『超戦略級広域解析瞳(フリズスキャルヴ)』という探知に特化させた“能力”を生み出したのだから。

だが、そんな自分がアッシュの“能力”を理解することが出来ない。

相手の姿を視線に捕えている以上、『超戦略級広域解析瞳(フリズスキャルヴ)』の自動解析能力が発動する筈なのだが、先ほどから“能力”が発動する気配がまったく感じられない。

これが表す答えはただ一つ……アッシュの“能力”は己の“能力”を上回る特異性を有しているということに他ならない。

転生者の宿す“能力”は個々の心象を具現化させた効果を発現させる。そこに転生者自身の戦闘力は比例しない。生身で最弱であろうとも、そのハンデを容易く覆す理不尽なまでの“能力”が発現する場合があるからだ。

故に、この状況を打破する手段を見つけるため、全力で思考を巡らせる。“能力”が使えないのであれば自分の頭で考えればいい。思考を回転させ、理論(ロジック)を組み上げる。

そのための鍵となるのは己の直感が告げるほんの些細な違和感。幾つか見つけ出したそれを紡ぎ合わせることで必ずこの不可解な“能力”の正体を暴くことが出来るはず。

無言を貫き、思考を巡らせ続けるダークネスへの警戒を緩めずに、敵が内包するチカラの片鱗を垣間見たアッシュは己の心を落ち着かせるように大きく息を吐く。

 

「――なるほどね。これがあなたの神代魔法(切り札)ですか」

 

人類の文明の発展、その象徴でもあり、多くの人々の生活の灯火に照らされていたはずのビル街だったもの(・・・・・)を見下ろす。その頬は盛大に引きつっており、しとしとと流れ落ちる冷や汗が彼の内情を実に明確に表現していた。

 

「確かに、これほどの広範囲に世界を滅ぼすほどの威力が内包された破壊波動を放てるなんて……まさに最強と呼ぶに相応しいですね」

 

アッシュの視界に広がるのは、破壊され尽くした街だったもの、その亡骸。

コンクリートで舗装されていた大地は大きく抉れ、そこに在る家屋も、自動車も、ビル街も、ありとあらゆるものが消し飛ばされ、蒸発し、ただの瓦礫へと姿を変えている。

『神代魔法』の余波が紫電の閃光を発生させ、大気を焦がし尽くす。崩壊した大地の上に在るダークネスの姿は、まさに破壊の神と称するにふさわしい。

 

「けど、あいにくと僕の“特典で得た力(取り柄)”は逃げ足が自慢でね。絶対に、とは言えないまでも、眼前に迫る脅威から逃げ回ることくらいは可能なんですよ」

 

アッシュ程度の魔力では到底耐えられないはずの一撃を受けたにもかかわらず、荒廃した大地に無傷で立つアッシュもまた、普通ならざる存在であるということか。

 

そう。

 

あらゆる概念すら超越し、どんな場所にも行き着く(逃げ遂せる)ことが出来る移動能力――これこそが、アッシュに秘められたチカラだった。

 

 

――――『孤独な道化師(アッカリ~ン)』――――

自身の存在感を極限まで低下させることで、何があっても、何をしようとも他人の意識の外で起こった出来事であると世界そのものに認識させる“能力”。気配隠蔽と認識妨害の極限に位置するこの“能力”の前では、『超戦略級広域解析瞳(フリズスキャルヴ)』ですら対象(アッシュ) を感知できない。姿や気配を消すのではなく視界の端に映る無関係の人物(モブキャラの一人)、もしくは背景の一部としてしか認識できなくさせる。つまり、一対一の決闘場に入り込んでいたとしても『彼がそこにいるのは当たり前で、何ら不自然な事では無い』と周囲は思い込んでしまう。

チカラの発動中は他者からアッシュの存在を感知できないため、誘導性のあるシューターなどの攻撃は一切通用せず、空間そのものを対象とする広域殲滅攻撃であっても絶対に触れることも出来ない。

これは、この“能力(チカラ)”が世界の理を書き換える概念魔法の一種であるからであり、アッシュの周囲の空間を纏めて吹き飛ばしたとしても攻撃がすり抜けてしまうからだ。これは『そこには誰もいなかった』と認識してしまい、誰もいないのだから誰か(アッシュ) がダメージを受けるはずも無いと世界が判断してしまうからだ。

さらにアッシュ自身の速度と組み合わせることで、いかなる攻撃も『放たれた後に回避行動に移っても完全に回避できる』、多くのものから逃げだしたいと願った彼に相応しい“能力”であると言えよう。

 

 

「――そう、か。これが、お前の宿すチカラか」

 

集めた情報を紡ぎ合わせて、アッシュの“特典”を解析したダークネスは、冷静に言葉を告げた。

完全に、とは言えないまでも、自身のチカラの全容、その八割方を見抜かれたアッシュの表情が歪む。

 

「……気づかれるの早すぎませんか? あなたご自慢の解析能力って奴ですか?」

「いいや? お前の“特典”はかなり優秀なようでな……こうして対峙しているというのに、『超戦略級広域解析瞳(フリズスキャルヴ)』で総てを解析しきることは無理なようだ。まったく……こんな方法で俺の探知から逃れていたとはな。対した男だよ、お前は」

「それはどうも……ッ!」

 

どうやら自分は、この相手をどこかで軽視していたらしい。己が見聞きした情報だけでこれほどの理論(ロジック)を組み合わせるなどと、予想だにしていなかった。

そしてそれは同時に、彼にとって最悪の展開であることを告げる事実でしかなかった。

元来、この儀式にも“原作”にも深く関わろうという気がなかったアッシュには、転生者同士の戦いの経験が皆無だった。確かに管理局員の武装隊員としてそれなりの戦闘訓練は経験してきた。だがそれはあくまでも『人間の魔導師』やロストロギアへの対処でしかなかった。しかし、人間が積み上げてきた戦略に基づく戦闘行動など、理不尽なまでのチカラを持つ転生者たちに通じると断言することは出来ない。

現に、今までに学んできた戦闘技術の総てを披露しているというのに、ダークネスには微塵も有効打を、ダメージを与えられていないのだから。どんな理論を組み上げようとも、本当のバケモノには通用しない。

それがわかっていたからこそ、アッシュの対転生者用基本戦術が逃走の一択だったのだ。

しかし、今の彼は逃走ではなく抗うことを選んだ。なら、やるしかないじゃないか。一度下した『決断』をやすやすと撤回させられるほど、(アッシュ)信念(ココロ)は腐っちゃいない!

双銃を構え、渾身の一撃を放つために魔力を収束させる。アッシュの意志に呼応するかのように溢れ出す魔力を纏い、彼のデバイス(相棒)はその銃身を眩く輝かせる。

主の決意に応えるべく、眩い魔力(ひかり)と共に吹き荒れる魔力粒子(エーテル)が旋風と成りて大気を震わせる。

 

「どれほど理不尽な現実(てき)であろうとも、最後まで抗いきってみせる……! それが、僕の――正義(おもい)だ――!!」

 

咆哮と共に向けられた銃口がダークネスの額を狙う。銃口より圧縮された魔力によって形成された弾丸が発射される。だが――

 

「――――は?」

 

その渾身の一撃はダークネスとはまったくの見当違いな方向へと放たれた。

誘導性が付与されている訳でもない。跳弾などの小細工を仕組んでいる様子も見られない。

何よりも、先ほどまでの攻防でアッシュの放つ弾丸には誘導性が付与できない(・・・・)ことは確認済みだ。弾道制御よりも速射性にリソースを割いたが故に、アッシュの攻撃は直線的すぎるのだ。いつ、どこで、どのような体勢で放とうとも、狙いが(てき)である以上、引き金を引いた瞬間さえわかれば避けることなど容易い。

その弱点に感づいていたからこそ、理解できずに困惑する。

先ほどの魔力の奔流、アレは間違いなくアッシュの切り札ないし必殺の意を込めた一撃であったはずだ。

だがいかに強力な切り札であろうとも、相手に命中しなければ意味などありはしない。仮にこちらの油断を誘うための牽制だったとしても、あからさま過ぎる。何よりも、あらぬ方向へと間違いなく(・・・・・)放たれた弾丸に込められた魔力の量からして牽制とするには魔力が込められすぎていた。

しかし……

 

ヒュン――ガキィンッ! 

 

僅かな風切り音をダークネスの耳が捉えた次の瞬間、彼の左目を保護するアイマスクが弾丸を弾き返す音が鳴り響く。

それは貫通力を高められた螺旋回転の弾丸が、正確にダークネスの左眼(きゅうしょ)にを捉えた音であった。まったく反応することが出来なかった弾丸(ソレ)は、アイマスクの中央に突き刺さり、さらに撃ち抜かんと唸りを上げる。マスクに亀裂が奔る寸前、首を捻って弾道を逸らして崩れかけた体勢を無理やり立て直す。

 

「ちぃ!? どういうことだ、いったい!?」

 

思い返してみても、どこから弾が向かってきたのか見当もつかない。

伏兵が身を隠しているかとも思ったが気配は感じられないし、何より先ほどの弾丸の放っていた魔力光は間違いなくアッシュのものであった。それが指し示す答えはただ一つ、アッシュが己の理解を超えた何らかの手段を行使したということ。たかが弾丸一発、されどもその一発が致命傷となりうる可能性は十分に考えられる。

まずは状況を整理すべきと判断し、間合いを図ろうと回避行動に徹しようとするダークネスの思考を読み取ったかの如く、息つく暇も与えないとばかりに再び嵐のような魔力弾の嵐が襲い掛かる。

しかし、先ほどまでとは明らかに違う点が一つ……

 

「何もないところから弾丸が跳んでくるだと!?」

 

撃ち放たれた弾丸は中空で軌道を変え、夜空というキャンパスに思いのまま筆を奔らせる画家の様に、濃い青色の魔力弾が空を彩りながら彼の義眼(きゅうしょ)へ向けて飛翔する。

まるで意志を持つように風を裂き、標的へ襲い掛かる猛撃から逃れることは叶わず、左目を庇うように両腕を盾にすることしか出来ない。

しかもアッシュの攻撃はただ義眼を狙っているだけではない。むやみやたらに動き回り、無策に攻撃を繰り返していた先ほどまでとは異なって、戦闘の中で導き出した『敵の弱点』に狙いを絞って総ての攻撃を一点に収束させてくる。

 

(奴の狙いは義眼(デバイス)か!?)

 

神造遊戯(ゲーム)”における敗北条件の一つに『神サマより与えられた武器(デバイス)を破壊されても敗北』とある。

アッシュはダークネスを正攻法で攻略するには火力が不足し過ぎていると判断、即座に狙いをデバイス一点に切り替えたのだ。視界を奪うために撒き散らした弾丸すらそれらの弾道を義眼(デバイス)に収束させて叩き込み、さらに弾幕を構成する魔力弾の中には貫通力に特化させた弾丸を紛れさせているらしい。時折命中する貫通弾(それ)は腕の装甲を貫く……とまではいかなくとも、左目に直撃すれば致命傷がは避けきれない可能性は十分に存在する。おまけに乱れ撃たれた弾幕に隠れて、奴の姿を捕えることも出来ない。

 

「くっ! 予測不可能の方角からの奇襲……おまけに飛来する弾丸の姿はおろか風切り音すら聞こえないとは、いったいどういうカラクリだ……!?」

 

跳弾ではない。誘導弾でもない。規格外の存在にすら理解できぬ不可解な現象そのもの……これこそがアッシュに宿るチカラのもう一つの効果。

“存在感を薄める”ということは透明になるわけでも、気配を完全に断つことでもなく、『そこに居ても誰も疑問に思われなくする』チカラであり、認識の上書きでもある。つまり、実際は相手に向けた銃口の方向をあらぬ方向に向けて構えていると錯覚させることが可能なのだ。姿を透明にしたり、気配を消した程度では、強力な感知能力を有する相手には見抜かれてしまう。特に『神成るモノ』と成った者は世界に満ちる『魔法力(マナ)』、生物が宿す魔力や生命力といったエネルギーを感じ取ることが出来る。この感覚の前ではいくら気配や姿を隠そうとも、生命力などのエネルギーまでを隠し通すことは不可能だからだ。仮に完璧な隠法がとれたとしても、世界を覆う『魔法力(マナ)』を感じ取ることで部分的に『魔法力(マナ)』を感知できない空白地帯……敵の隠れた居場所を暴き出すことも可能なのだ。

だが、それが錯覚であるのなら話は変わる。何故ならば錯覚によってあらぬ方向に銃口が向けられていたとしても、それは当たり前のことなのだと(・・・・・・・・・・・・・・)感じてしまうからだ。

錯覚だとわかっていたとしても、視界に映る情報こそが正しいのだと無意識に納得させてしまうチカラ。それこそが、この”特典”のもう一つの効果だった。

アッシュはこの特性を活かし、手元や銃口の向きなどの攻撃の起点を正しく認識できなくすることで、正面切っての不意打ちを可能としていたのだ。

視界に映るのは己へ銃口を向けてくる敵の姿。だが実はそれが虚構で、銃口はあらぬ方向へと向けられているのかもしれない。実は攻撃を放とうとしているのではなく回避行動をとっているのかもしれない。

或いは今、視界に捕えている敵の姿そのものが幻で、本体は別の場所に潜んでいるのかもしれない。

まさに疑念が疑念を生み出す悪循環。

仕掛けの種こそ頭で理解できたとしても、どうにもできない。思考の無意識領域に干渉してくる厄介な”特典”の打開策を導き出すことが出来ないダークネスが苦し紛れに魔力弾を放ち続けるが、アッシュはその合間を縫うように移動を繰り返し、デバイスの引き鉄を引き続ける。

放たれた弾丸は”能力”を併用することによって『弾丸が放たれた』という事実を感知できないダークネスに容赦なく突き刺さる。

縦横無尽に天空を翔け抜け、全方位からの集中砲火を浴びせ続けるアッシュに苦し紛れの攻撃など掠るはずも無く、敵の速度はさらに上昇するように感じられる。

ソレに比例するかの様に、襲いくる弾丸の命中精度と連射速度が増していく。それが指し示す答えはただ一つ……

 

「奴は戦いの中で、これほどまでに成長できるというのか……!?」

 

アッシュの中でずっと眠り続けてきた戦いの才能……戦場に立つ者ならば誰もが望むであろう才能(ソレ)をアッシュは備えていた。

湧き出す魔力がバリアジャケットを染め上げていく。その色は漆黒。夜の闇にあって一際這える漆黒の衣が描く機動、まさに神速。

 

「ちぃっ!」

 

ダークネスは、ここにきて自分の直感は正しかったのだと確信する。

”Ⅷ”(アッシュ・ユーレル)は、己が全力を以て対峙せねばならない相手であるということを――!

即座に意識を切り替えると、先ほどまでの魔力弾を優に超える巨大なスフィアを生み出す。燃え盛る火球にも見えるそれを、地面に叩き付けると、轟音と砂埃が混ざり合った爆風が吹き荒れる。

それは攻撃ではなく、この場の流れを変えるための布石に過ぎないもの。本命は……

 

「調子に……乗るなあっ! 『次元魔力兵装(アルフヘイム)』――――!」

 

強い意志に呼応するかのごとく爆発的な高まりを見せた魔力を全身に張り巡らせつつ、集束させた魔力を足元で爆発させることによって瞬間的に光速すら凌駕しうる速度を叩き出す。

 

これこそが、時の庭園で雷神と化したバサラを容易く葬り去ったチカラの正体。”能力”ではなく”技能(スキル)”、磨き上げた戦闘技能が実現させた絶技。

膨大過ぎる魔力の爆発は時空間すら超越し、世界の理すら歪めるほどの結果を生み出す! 

神速すらも越えた、”極速”から逃れる術など存在しない。彼我間の距離を文字通りの一瞬でゼロにしたダークネスの拳がアッシュを捕える。

 

「あ゛っ……ガ、ハ――!?」

 

肉が引き千切れるかのような耳障りの悪い音をたてながら、アッシュの胴体に深々と拳が突き刺さる。圧倒的な破壊力を内包した剛の前に、バリアジャケットなど何の意味もなかった。

剛撃と称されるに相応しい威力が籠められた一撃は、アッシュの身体を木の葉のように宙を舞わせ、吹き飛ばす。

元の原形を留めていない瓦礫の山に激突、粉塵を舞き上げながら地面を転がる。

叩き付けられた衝撃で脳を揺らされ、意識が混濁する。あまりに強大過ぎるプレシャーに気圧され、身体が震えるのを押さえられない。

 

 

次元魔力兵装(アルフヘイム)

己のリンカーコアが生成した魔力の大半を瞬間的に消費することを引き換えに光速すら凌駕する速度を叩き出す”技能(スキル)”。

次元干渉エネルギーを内包するジュエルシードと融合したことによって手に入れた力を戦闘用に転用した技であったが、自身のリンカーコアは平凡な性能しか有していなかったことや莫大な魔力消費量が必要であったが故に、一度の戦闘でたった一回しか使えない『奥の手』だった。しかし、時の庭園でバサラを斃して手に入れた高速演算スキルと内包する十個のジュエルシードの力によって、この弱点を克服。

生身で次元を突き破るほどの速度を叩き出すことが可能となったダークネスから、ただ速いだけ(・・)の存在が逃げ切れるはずなど、ありはしない!

 

「ぐぅぁ……ッ、ぐ」

 

圧倒的絶望に晒されてなお、両手をついて身体を起こす。恐怖とダメージからくる手足の震えを勇気で押さえ、ただ眼前の敵を睨み付ける。その姿は紛れも無く満身創痍。されども歯を食いしばり、睨みつけてくる眼光に宿るチカラは微塵も翳りを見せていなかった。

 

「“Ⅷ”――貴様の覚悟が生み出すチカラとやらがいかな効力を秘めていようとも……如何ともし難い、圧倒的なチカラの差を覆して俺を打倒するほどの代物ではない」

「――たしかに、今の僕ではあなたをいくら攻撃したところで致命傷を与えることは出来ないでしょうね……ならば、長期戦に持ち込むまでですよ……。時間を稼げば稼ぐだけ、僕の仲間は傷を癒し、戦線に復帰できるようになる……如何にあなたとて、この戦場(ここ)にいる総ての魔導師、転生者を相手取れば、いずれ限界を迎えるだろうからね」

 

絶対的な自信を携え、唯一ダークネスに優る『仲間の数』という希望を手に、アッシュが全身に魔力を滾らせる。

 

「闘志、未だ折れず……か? 逃げるという選択肢もあるのではないか?」

 

眉を顰めながら問う。足止めに徹するのではなく、隙あらば己の打倒を目論んでいるであろう『敵』の行動に引っ掛かりを覚えたからだ。

個々の“能力”の性質は本人の思想や心構えなどに影響される。逃走、隠蔽に特化している“能力”からみて、アッシュの本質は怯える小動物のように物陰に隠れて、災厄をやり過ごすタイプたど推測できる。

だが、立ち向かう漢の目をしている今のアッシュからは、臆病者らしさなど全く感じられなかった。

 

「逃げる……か。そうだね。その通りだよ。僕は自分がヒーローになれるなんて思っちゃいないんですよ。だからいつも逃げて、隠れ続けてきたんです」

 

思い返すのはかつての自分。自分を取り巻く総てから怯え、逃げ、隠れ続けた。人波に紛れ込み、火の粉が降りかからないよう立ち回り続けた。

死にたくないという恐怖、不条理な現実に立ち向かう勇気も抱けぬ自身への怒り。

数多の想いが浮かんでは消え、“神造遊戯(ゲーム)”の中でどうすべきか『決断』することも出来ず、周りに流されるように今日まで生きてきた。

 

「でもね、それももう終わりです。もう逃げない……理不尽な現実に立ち向かおうって決めたんです」

 

だが、それも間違いではなかったと思える。何故なら、人の輪の中に潜むことができたということは、それだけ多くの仲間たちの中に自身の居場所が在ったということだから。

こんなにも臆病な自分でも、信頼できる仲間が出来たのだ。だからきっと、高町 花梨の掲げる転生者同士の同盟も夢物語などではないだろう。

仲間と共に強大な運命()に立ち向かう。本来なら殺し合う間柄だったはずの仲間たちと肩を並べて戦いに向かう姿を幻視し、アッシュの胸に熱い想いが湧き上がっていく。

それは彼が抱いた始まりの願い。この世界に転生できると聞かされた時、胸に抱いた大切な想い。

 

『正義の魔導師になって、沢山の人たちを助けてあげたい』

 

現実に押しつぶされそうになって尚、アッシュの胸の奥底(そこ)に在った想いは、確かな力と成ってアッシュの身体を駆け巡る!

 

「僕は、管理局員としてみんなを護りたい……護ってみせるって、誓ったんだ! ――だから、もう逃げない!」

 

恐怖に震えていたはずのアッシュの両足は、いつの間にかしっかりと大地を踏みしめていた。

胸に宿るのは、確かな覚悟。ずっと隠れ続けてきた自分が下した初めての『決断』――その願いを、誓いを果たさんとするアッシュの想いに応じるかのように、心の奥底で既に尽きていたはずの魔力が溢れださんと胎動しているのを感じる。拭いきれない絶望の具現を睨みつける。

ダークネスの猛攻を躱し続けてきた身体は限界が近い。

物理法則を無視した機動を可能とする飛翔魔法だが、敵はアースラメンバーの中で最もスピードに長け、高速戦闘を得意とするフェイトすら凌駕する速度を叩き出すのだ。

アッシュも速度に自信はあるが、それは瞬間的な加速……即ち、瞬発力に限られる。

強靭な脚力にものを言わせ、足元に展開した魔方陣を蹴り出すことにより得られる加速。それと通常の飛翔魔法を組み合わせることで神速の高機動戦闘を実現していた。

その代償として肉体の、特に足部分にかなりの負荷が生じるわけで、アッシュの足が震えているのは恐怖に齎されたものだけではなく、疲労という名の蛇が喰らいついていたのだ。

だが、それがどうした。

たとえ絶望に挫けそうだとしても、足が震えようとしても、魂を震わせて立ち向かわなければならない。

そう……今がその時なのだから!

 

「絶対に負けるわけにはいかないんだっ! 『沈黙は金なり《サイレント・フィールド》』――――!」

 

覚悟を決めたアッシュが『切り札』を切る。ほんのわずかな勝利への可能性、それを現実のものとするために。

手の平に生まれた小さな光。一見するとただの魔力スフィアにしか見えないソレがアッシュの『奥の手』だというのか――?

スフィアを右手で握りしめると、大きく振りかぶり、美しい遠投フォームで投げつける。

狙いはダークネスだったのだろうが、先ほど受けたダメージがの影響か、スフィアは途中で失速して両者のちょうど中間辺りの地面に落下する。

瞬間、一気に膨れ上がったスフィアが眩い光をまき散らしながら炸裂する。目も眩むような輝きはすぐに薄れ、二人の視界もクリアになる。

光りが晴れた後に残るのは先ほどまでと何ら変わり映えしない光景。崩壊した大地、悠然と佇む怪物、そして無言で身体を上下させる武装隊員。

だが。

 

「……? ッ!? ――! ――!?」

 

怪物……ダークネスの顔に明らかな動揺と驚愕が浮かぶ。

まるでスピーカーが壊れたかのように、一瞬にしてダークネスの世界から『音』が消え去った。

突如起きた異常事態に、ダークネスの思考が混乱する。

焦りながらも、どうにかして状況把握に努めようとした瞬間、更なる驚愕が彼を襲う。

 

(声が……いや、違う! 呼吸そのものが、できない……っ!?)

 

否、呼吸だけではない。腕も、足も……肉体の一切がまるで固定されてしまったかのように動かすことが出来ない。

これはそう、まるで『身体中の細胞そのものが止まってしまった』かのような……。

人智を超えた『異常』の原因は、先ほど不発に終わったと思い込んでいたアッシュの”能力”に違いない。

だが……術者であるはずのアッシュ自身も静止しており、何やら苦しそうに見えるのはどういうことなのか?

 

(や、やっばい……! しくじってしまいましたか……!)

 

混乱と苦しみの中に居るダークネス同様、アッシュもまた、命の危機に瀕していた。

彼が使用した”能力”はスフィアの着弾地点を中心として一定範囲内を結界で包み込むチカラだった。

非常に強力かつ凶悪な性能故に、術者であるアッシュにすら効果を発揮するという仕様だったのだ。スフィアを投擲した時の両者の立ち位置なあ、ダークネスを中心にすれば自分は有効射程の範囲外に居られるはずだった。だがダメージを受けた影響のせいで腕に力が入らず、結果として二人ともフィールドの有効射程に捕らわれてしまう結果になってしまった。

あの場を切り抜けるにはほかに選択肢は無かったとはいえ、早まったかと術者本人が後悔するほどの効果をこの”能力”は有していた。

 

 

――――『沈黙は金なり(サイレント・フィールド)』――――

発動のキーとなるスフィアの着弾地点から一定範囲内のあらゆる『音を遮断』する能力。詠唱、魔力の集束音(つまり魔力の集束そのもの)を消し去る”技能(スキル)”。

『遮断』するとはいっても、発せられる音を消し去るのではなくて音を発する原因そのものを静止させることで無音とする。

それが生物である以上、何かしらの動作を行う瞬間には必ず『音』が発生する。それを静止させるということは身体の動きを、如いては生命活動そのものを停止させるということに等しい。

魔法を発動させる際にも、リンカーコアの脈動という『音』が発生するため、この”能力”の発動中はリンカーコアすら完全に静止させられる。

あらゆる行動の一切を停止させられるこの領域に足を踏み入れてしまった者に、逃れる術は存在しない。

 

 

自分が捕えられている新たなチカラ……いや、”技能(スキル)”の効果を察することが出来たダークネスは、アッシュに向けて化け物を見たかのような視線を送る。

化け物だとなんだと呼ばれ続けた己が、まさか誰かをそう呼ぶ日が来ようとは騒動だにしなかった。

 

(なんという恐ろしい”技能(スキル)”を使う……!)

 

身動きどころか魔法や”能力”を使用することも出来ないままでは、遠からず敗北する未来は目に見えている。

呼吸もできない以上、アッシュ側の援軍が到着する前に窒息死してしまうだろう。

しかし、身動き出来ぬ自分にはまだ、できることが残されている。

 

(”Ⅷ”、自らの死すら厭わぬその心意気は見事……だが、貴様の選んだ『選択』はお前を殺すことになる――……『高次元術式兵装(エイン・フェリア)』)

 

瞳を閉じ、己が内に宿る十の“種”へと語りかける。

それは願いを叶える願望器。それは世界に災厄を齎す忌むべきもの。

その内に宿るは次元を震わせるほどの莫大な魔力。それは失われし古き世界でこう呼ばれていた――『宝石の種』 ジュエルシード、と。

意識を集中させる。求めるのは己が肉体の一部と化している十個にも昇るジュエルシードたち。

ジュエルシードが宿す魔力を強引に引き出し、奪い取るのではない。内なる言葉で語りかけ、助力を願う。

森羅万物、ありとあらゆるものには意志が宿る。日本という国が遍く物に宿る神々たる八百万の神を崇めるように、ロストロギアと呼ばれ、人々から畏怖される存在たるジュエルシードにも意志が宿っているのではないか?

“神”と言う存在を知り、『神成るモノ』という人智を超えた存在に至ったことで拡大した感覚は、ジュエルシードの中に宿る小さな意識を確かに感じ取っていた。

ダークネスは意識をより深く潜らせる。そこからは肉体という『器』から溢れ出すほどの魔力の脈動を感じた。

誰かの願いを叶えるために望まれ、求められて生み出されたハズの”願いを叶える宝石”。

世界に誕生し長きに渡って存在し続けたその宝石は、されど正しい願いを叶えられたことはなかった。

使い手と宝石、両者の想いを一つにすることで初めて奇跡を叶えるチカラを生み出すのだ。しかし、いつだって人々は宝石に宿った意志を知ろうともせず、己が欲望を、願いの成就を求めるだけ。その果てに暴走して、ねじ曲がった願いしか叶えることは出来なかった。その果てに宝石に与えられたのが、災厄を起こす呪われた古代遺産……『ロストロギア』。

だが彼らは、宝石の意志たちはいつも願い続けていた。自分たちが抱くこの想いを、純粋な誰かの心からの願いを叶えるために生まれたのだと信じている自分たちの声が届く、真の主との出会いを。

宝石たちは思う。

確かに、長き旅路の果てに出会えた主は悪しき者なのかもしれない。

だが、彼が胸の奥底に抱く想いは、本人にすら自覚がないほどに小さくとも確かにそこに在る暖かい”ココロ”は自分たちが望み続けてきた主のソレなのだと。

孤独と悲しみを知る金の少女が、真の悪しき者にあれ程の信頼を向けるはずはないのだと。

いつか主が己の望む本当の『願い』に気づいてくれる。主が彼の傍らに立つ金の少女と共に笑い合う、そんな優しい未来を想い、その実現のために宝石たちはその身を震わせる。

主を信じる心は震えと成り、震えは覚悟と成り、強き覚悟は魔力と成り、湧き上がる魔力は蒼き輝きとなって『器』を満たし、溢れ出す。

 

その蒼が表すのは果て無き蒼穹。

その蒼が表すのは見渡す限りの海原。

 

歪んだ願いに侵されようとも、けっして穢れぬ蒼き輝きを放ち続ける『願いを叶える宝石』と主の”ココロ”の間に結ばれた確かな繋がり。

通じあい、一つになった『想い』は爆発的な魔力と成りて、ここに顕現する!

ジュエルシードは自らの意志で主の、彼らを救ってくれた真の使い手の求めに応じようと魔力を溢れさせる。ダークネスは溢れる魔力を練り上げ、望むだけの力を得たと感じるや瞳を見開き、

 

「ッオオオオオオ!!」

 

気合の叫びと共に、顕現した莫大な魔力の奔流が、天を貫く光の柱となって世界を照らす。

圧倒的と称するしか表現のしようがないそれは、脆弱な人の存在など容易く吹いて消してしまうものだと、アッシュの本能が理解する。

 

沈黙は金なり(サイレント・フィールド)』の無音空間内では如何なる力の行使も不可能の筈だった。

どんな動きにでも必ず『音』は発生する。

たとえ日常生活の中で耳に聞こえないものだとしても、それが『動作』であろう以上、必ず何らかの音が発生している。たとえば関節の軋み、筋肉の動き、呼吸音など。

魔法の行使も同様だ。呪文の詠唱、デバイスの駆動音、そして……リンカーコアの脈動。

魔導師が魔法を行使するプロセスを纏めると、周辺の魔力素を取り込んだ後、リンカーコアで魔力に変換するという流れになる。つまり、『沈黙は金なり《サイレント・フィールド》』によってリンカーコアが停止させられた魔導師は一切の魔法を使用することが出来なくなる。戦わずして相手を無効化させるために生み出した、アッシュの『切り札』と呼ぶに相応しい性能を有する”能力”だった。

だが。

眼前で繰り広げられる光景は己の自信を、希望を砂上の城と成りて朽ち果てさせるように思える。

無効化できるのは『音』を発する行動であり、念話の使用に関しては何ら問題がない。

しかし、いったい誰が自身の肉体に宿らせたロストロギアと対話し、助力を得ようなどと考えられるというのか。

相手は次元を崩壊させるほどの力を宿すロストロギア。そもそも、ソレに意志があるなどと誰も思わなかった筈だ。

アッシュは改めて背筋を凍らせる。この怪物は、やはり人の理解を超えた存在なのだと。

必殺と信じて疑わなかった”能力”を莫大な魔力による力技で打ち破られた。不条理なまでの現実に押し潰されたかのようにアッシュは身動き一つとることが出来ない。

 

「これで……最後だ」

 

ダークネスが両手を前へと突き出す。その手に集うのは究極にして最強の(まほう)

ジュエルシードから溢れ出す魔力(想い)、己がリンカーコアより引き出す魔力(覚悟)、そして人々から溢れ出して世界を満たすエネルギー『魔法力(マナ)』が交わり、集束して、一つの光と成る。

しかし、手の平で集束する魔力球を彩る魔力光は先ほど放たれた神代魔法のそれとは異なっていた。先ほどの神代魔法の輝きは闇を思わせる漆黒、まるで奈落の底を連想させる破壊の具現そのものであった

だが、世界を照らし尽くすほどの輝きを放つ魔力球(それ)が表すのは闇の対極に位置するもの。暖かな黄金色の光を纏わせた蒼穹のごとき『蒼』。

更なる覚醒を果たした『神成るモノ』が具象させるのは、溢れる『想い』を紡ぎあげることで完成する究極にして最強の魔法。

 

『重複神代魔法』

 

それこそが、膨大な魔力が生み出す蒼き光の正体。優しい終わり(敗北)を与える無慈悲なる神剣。魔力の輝きが臨界に達した瞬間、膨大と言う言葉すら話にならぬ光の奔流が今、解放される!

 

「――――『世界蛇を満たす蒼き奇跡(オーバーロード・ヨルムンガルド)』――――ッ!!」

 

無限の輝きを放つ蒼きチカラの奔出が黒い世界を染め上げ、極大の魔力が爆散する。 極光すら凌駕する輝ける蒼光が形づくる世界を喰らい尽くす神の蛇が、主に応えんとその威を示す!

天を、地を、そして世界すら飲み干す蒼き無限光が、主の敵を討たんと咆哮を挙げる。

視界を染め上げる蒼き光が迫る中、それを受ければ自分は確実に敗北する(死ぬ)という事実をアッシュの魂が理解してしまう。

理屈ではなく、本能で悟るほどの絶望的なチカラを前に、アッシュは完全に抵抗する術を奪われていた。

ココロを染めるのは絶望か、それとも別の何かか。身動き一つ取れぬアッシュに、解き放たれた蒼光が迫りくる。

 

そして――ひと薙ぎで世界を滅ぼすことも可能な神代魔法が、心の折れた(アッシュ)を飲み込んでいった。

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