戦前を離脱した花梨たちは、黒い結界の影響で人気の感じられないビルに隠れていた。
都合よく、給湯室にあったシーツを床に敷き、その上に意識を失ったなのはを横たえる。
『死の言霊』に侵されたなのはの症状は、まさに虫の息。言霊に込められた呪詛によって、徐々にだが生命力に浸食を受けているらしい。出血は止まらず、幾度となく痙攣を繰り返している。
クロノとユーノも満身創痍。荒い呼吸を繰り返しながら、自己回復に努めているのがやっとという感じだ。
戦闘不能となってここに居ないアルフは、武装隊員たちの手で手当てを受けているはず。
フェイトに連絡がつかないのは気になるが、彼女が対峙しているアリシアの様子を見る限り、命を懸けた殺し合いに発展はしないだろうと判断する。
問題はむしろ自分たちの方だ。まともに動けるのが花梨だけというこの状況で、どうすればなのはを救うことが出来るというのか――?
「くっ! いったい、どうしたら――」
「花梨さん!」
「えっ……!? 葉月!?」
「おお~い、ユ~ノ~! 生きてっかあ~~!?」
「あっ、アルク!? 君まで!?」
ビルの窓を乗り越えて現れた二人の人物。その姿に心当たりがある花梨とユーノから驚きの声が上がる。
唯一人、どちらとも面識のないクロノが頭の上に疑問符を浮かべているのを余所に、真っ白なシーツを真紅に染め上げつつあるなのはに気づいた葉月が慌てて花梨の傍に駆け寄る。
完全に意識を失っているなのはの様子に僅かに息を呑み、到着が遅れた自身の不甲斐なさに吐き気がする。けれども今すべきことは嘆くことではないと気持ちを切り替え、なのはの手を握ったまま涙で頬を濡らし、まるで縋り付くような表情を浮かべる花梨に状況を確認すべく問いかける。動揺させないよう、出来るだけ平静を装って。
「……花梨さん、状況の説明をお願いします」
こくり、という頷きと共にここまでの経緯を説明していく。
ヴォルケンリッターを捕捉し、結界で捕えたこと。
いざ戦闘! という瞬間に乱入してきた“Ⅰ”とアリシア、そして“Ⅹ”。
“Ⅰ”と戦闘の最中、『死の言霊』を受けたなのはが意識不明の状態となったこと。
武装隊員のメンバーの中に自分たちの同類がいて、その人が時間を稼いでくれている間にここまで逃げてきたこと。
一部始終の説明が終わると、葉月は手に入れた情報をキーワードにしてなのはを救う方法を探すため【グリモワール】を開く。
ページを埋め尽くす文字が淡い光を放ち、凄まじい勢いで魔導書のページが捲られていく。やがて、とあるページの一節に光が収束すると、その情報が中空にモニター状となって展開される。
地球でもミッドチルダでもない不可思議な文字の羅列にしか見えないその情報を、マスターである葉月は苦も無く読み解いていく。
「……『死の言霊』……『死の言霊』……あ! ありましたわ!」
「ホントっ!? どうすればいいの!? どうやったらなのはを助けられるの!?」
「ええと、それは……ッ!? そっ、そんな……!?」
喜色を浮かべた顔が一瞬で絶望に染まる。文字を辿る様に指を這わせていた葉月の動きが、ある一点を指し示しながらぴたりと静止する。
まるで凍りついたかのような葉月の姿に、嫌な予感が胸を過ぎる。
「はつ、き……?」
すがりつく様な
「……なのはさんに掛けられた『死の言霊』。これは術者の魔力に『呪詛』を纏わせ、対象の魂に『死』と言う概念を与えるというもの……これを解除するには術者に解除させるか、『呪詛』を打ち消すほどの魔力を対象に注ぎ込む以外に方法はありません……ですが」
前置きを入れて、己が胸中で渦巻く感情をできるだけ排除しつつ、言葉を選ぶ。私情を含めた気休めなど逆効果にしかならないと、葉月自身が理解していたからだ。
「問題は術者である“Ⅰ”自身ですね……ハッキリと申し上げますが、今のわたくしたちが有する
涙を流す花梨の顔を真っ正面から見据えながら、告げる。
「おいおい……どーして、そうなるんよ? 俺と葉月とそこのおねーさんの三人も雁首揃えてんじゃねーか。俺らの魔力を全部使えば、いもーとさんを助けることだってできんだろ?」
葉月の実力をよく知っているアルクは怪訝な顔で訊く。協力関係となってから短くない時間を過ごしてきたのだ、相手の力量はある程度感じ取れている。葉月の強さは(ひっじょうに腹立たしいが)優秀なデバイスの能力生かした典型的な魔法使いスタイルから繰り出される多種多様な魔法の技にある。数多くの魔法を使いこなすということは、当然、内包する魔力も凄まじいということを表す。
高町 なのはを助けるために必要なのが単純な魔力だけというのなら、結界に飛び込んでからここまで戦闘に参加していない葉月には、十分すぎる残存魔力が残されていなければおかしい。
“ゲーム”参加者の中でも最大級の保有魔力を有しているであろう葉月が何故? アルクが浮かべた疑問に答えるように、葉月が言う。
「持って生まれた保有魔力と言う点で、確かにわたくしのソレは巨大な魔力タンクであると言わざるを得ません。でも、お忘れですか?
言われ、アルクはハッ! とした表情を浮かべる。思い出したのだ。たしかに“Ⅰ”の手には、世界を崩壊させるほどの魔力を秘めた宝石が複数握られているということに。
そう――時の庭園でプレシアの手から奪い去った蒼い宝石……『ジュエルシード』。
“Ⅰ”は『死の言霊』発動の際、自身の魔力にジュエルシードの魔力も上乗せして放っていたのだ。
この時点ではまだジュエルシードたちの言葉を聞き取ることは出来ていなかったとはいえ、ある程度の……Sランク相当の魔導師に匹敵する魔力をそれぞれのジュエルシードから引き出すことくらいは可能だった。つまり、なのはに掛けられた『死の言霊』を解除するには、少なくとも『Sランク相当の魔導師十人分以上』の魔力が必要ということになる。
いかに葉月が次元世界最高クラスの魔力保有量を誇っていたとしても、一人でこれを跳ね飛ばすことは不可能なのだ。もし可能性があったとするならば、以前にリンディが次元震を静止するためにアースラの魔導炉と自身を直結させて魔力を供給するという方法くらいだ。個人の限界値を超えた魔力を手に入れる方法で最も簡単なのだ。余所から魔力を持ってくることで、本人の技量が伴う限りはリスクは小さく、最大の効果を発揮できる。しかし“Ⅰ”が展開している特殊な結界は“ゲーム”の関係者である花梨たち転生者ならば容易く入ることが出来るものの、無関係であるならば入り込むことが出来ず、内側から出ることも不可能となっているらしい。通信も途絶したままだし、転移魔法の妨害術式が組み込んでいるようで、そちらもダメ。つまりは、なのはの治療に必要なだけの魔力を結界内から集めることが出来なければどうしようもないということだ。だが、仮に全開時の花梨とアルク、それに他の仲間たちの力を合わせることが出来たとしても届かないだろう。それほどまでに明確な“保有魔力の差”がついてしまっているのだ。
どうしようも無い
呆然と、涙を零し続ける濁った瞳で葉月を見上げていた花梨の視線が、己の膝元で横たわったまま緩やかな死へと誘われている妹へと向けられる。
途端、堪えようのない痛みが花梨の胸を襲う。大切な家族を失うという
『このまま大切な人が消えゆく光景を、ただ眺めていることしか出来ないのか……?』
綺麗事を並るだけで、自分から動こうとしなかった。“ゲーム”への対応を見てもそうだ。ただ仲間を集めればそれでどうにかなると考えていたけれど、結局は共通の敵……現実から目を背けるための態の良い何かをだがしていただけなのではないか? その場の空気に流されるように自分の考えをコロコロと変え、確かな信念を持つ
大切な妹を失いそうになっているのは、そんな自分が招いた天罰なのではないのか――?
「イヤよ……私は――このままなのはを失いたくないっ!」
なのはの両手を握りしめながら、残されたすべての魔力を注ぎ込む。デバイスやバリアジャケットも解除して、文字通り己の総ての魔力を費やして、なのはの身を蝕む『死の言霊』を打ち消さんと魔力を注ぎ続ける。リンカーコアの限界を超えた魔力を引き出した反動で鈍い痛みが胸に奔ることにも構わず、ありったけの魔力を注ぎ込み続ける。
降りかかった死の運命に抗うように、ただひたすらに。自身を顧みぬ魔力の放出に、花梨の身体が軋み、悲鳴を上げる。それに気づいた葉月が悲鳴じみた静止の声を上げるも、花梨の耳には届かない。
「や、やめてください花梨さんっ! それ以上は無茶ですっ!? やめてください!!」
リンカーコアの限界を超えた魔力を引き出すなどという無茶を行えばどれほどの後遺症が残ることになるのか想像もつかない。最悪、リンカーコアの機能が大きく衰退する可能性だって考えられる。
もしそうなってしまえば、この儀式へ積極的に参加している者からすれば、恰好の獲物と映ることだろう。我が身を鑑みぬ無謀を行う親友を止めるべく怒鳴りつけるが、花梨はさらに魔力を注ぎ続ける。
「なのは……! なのはぁっ! お願い……消えないで――帰ってきて、なのはッ!!」
意識を研ぎ澄まし、精神を集中させる。『なのはを救う』ただそれだけのために、強く、深く、己が奥底に流れるチカラを引き出す。
それは
今までのあやふやな感情などではない、たった一つ、何があろうとも貫き通して見せると『決断』できる“信念”。他の転生者たちが事前に“ゲーム”という名のサバイバルゲームの説明を受けて、それぞれ納得してから転生した中、彼女だけその『選択』を与えられなかったが故に欠落していた
どれほど不条理な現実に晒されようとも、けして譲れぬただ一つの想い……彼女だけの戦う理由。
欠けていた心の空白が、『大切な人を守る』という強き想いで満たされていく。同時に思考が大きく広がっていくのが感じられる。
さらなる魔力を引き出そうと己の根源……『高町 花梨』を『高町 花梨』たらしめている根源たる部分に手を伸ばす。
今までに感じたことのない感覚が全身を襲う。それは恐怖。未知のチカラ……転生者の“ナカ”に宿る“
決して譲れぬただ一つの想い、彼女の胸に在るのはただそれだけ。それは穢れ無き純粋な願い。願いは想いとなり、想いは魔力へと変わって、花梨の身体を駆け巡る。
と同時に彼女の脳裏に浮かぶ一つの言葉。それは“終わり”。
あと一歩、たった一歩を踏み出せば自分という存在は『高町 花梨』ではない別の『ナニカ』になってしまう。それは予感であり確信。
その先にこそ、妹を救う手だてが在るのだということを。花梨の心が……“魂”が確信する。
(でもそれがどうしたの? そんな些細なことに怯えている場合じゃないでしょう?)
変わってしまうかもしれない自分の
“自分を信じてあげなさい”
それはかつて、母 桃子より告げられた言葉。
“勝ち目の薄い強敵と対峙した時にこそ、自分の積み重ねてきた力を信じてあげなさい”
“あなたが積み上げてきた、過去を振りかえってごらんなさい”
“お母さんはあなたが正しい道を歩み続けてくれるって信じてる……だから、きっと、そこに未来への活路があるはずよ”
――昔、初めて“
母はそんな花梨を信じてくれた。何も知らないはずなのに、娘の宿す異常性に気づいていたはずなのに、それでも花梨を信じてこの言葉を贈った。
愛しい娘は、きっと正しい
かつての己を救ってくれたその言葉を受け入れるように、花梨は深い思考の海へと潜り続ける。
自分に秘められた可能性を、母が信じてくれた『高町 花梨』が『選択』する無限の可能性を見つけ出すために。
「か、花梨……?」
震える声はユーノのもの。彼は恐れ、困惑していた。目の前で繰り広げられる自身の理解を超えた光景に、思考が凍りついてしまう。
「お、おい、葉月? これ、どーなってんの?」
アルクもまた困惑と驚きの混じり合った表情を浮かべている。彼らの視線の先、そこにいる高町 花梨と言う少女の異常性に気づいてしまったからだ。
彼らの隠れている部屋を照らし上げる暖かな魔力光、溢れんばかりに輝きを放ち続けるソレは間違いなく花梨個人が放っているもの。
しかし問題はそこではない。花梨が魔力を注ぎ込み始めて少なくとも十分以上は経過している。全力で魔力を放出し続けているのだから、いくら花梨と言えどもうとっくの昔に魔力枯渇状態に堕ちって言っていていてもおかしくない。だというのに、彼女はこうして魔力を放ち続けており、しかも時間の経過と比例するかの様に、彼女から感じ取れる魔力が高まりをみせていた。魔導師の常識からしても、明らかな異常。
誰もが言葉を発せぬ中、今の花梨の状態に
(まさか……これは――
あらゆる知識が記載されている【グリモワール】には、当然、この“
この情報を知り得ていた葉月だからこそ気づいた。『高町 花梨』という存在が、“変わろう”としている事実に。
「花梨さん……あなたは、そこまでして彼女を……」
「君……?」
ぽつり、とさみしげに零れた声を拾ったクロノが顔を向ければ、葉月の頬を流れる涙が目に留まった。泣き顔を見られていたと気づいて恥ずかしげに目尻を拭うと、優しげな笑みを浮かべてみせる。
親友が文字通りの『総て』を掛けて妹を救おうとしているのだ。ならば、彼女の親友として最後まで見届けてあげるのが自分の役目なのだろう。そう結論付けると呆気にとられた表情の皆に向き直りながら、告げる。
「もう、大丈夫ですわ。後は花梨さんに委ねましょう」
置いていかれた寂しさに、胸の奥に小さな痛みが奔る。それを表情に出さぬまま、葉月は親友の下した『決断』を見守り続ける。
彼女がこの先どんな道を歩むことになろうとも、彼女の傍らに立ち続けてみせるという覚悟を抱きながら。
高町 花梨は“神”と呼ばれる存在により異能のチカラを与えられた転生者だ。
彼女が与えられた“特典”は『高町 なのはと同等の資質と才能、そして彼女の身内として誕生する権利』だ。
他の転生者を見ればわかる通り、花梨の“能力”は他の転生者に比べて明らかに劣っている。
確かに、将来的にはオーバーSランクまで成長するなのはに比類する才能は非常に稀有であろう。
しかし、それはあくまでも人間の範疇に収まる程度のものでしかない。
だが。その一方で、物語の主要人物の血縁者に生まれるというのもまた、破格の権利と言える。
なぜなら、この世界の歴史が“リリカルなのは”という物語をなぞる様に紡がれている以上、主要人物の近くに違和感なく存在できれば、大きなアドバンテージとなるからだ。
それは転生時に受けた神サマからの説明から、自ずと納得できる結論だ。――だからこそ、今まで葉月はこれが己の“能力”なのだと、ずっとそう思い込んで来た。
されど、転生者たちの“能力”は、時として人の常識を逸脱している事がある。
ダークネスの『
人智を超え、あらゆる戦略すらたやすく破壊せしめる神の後継者が有する数々の“能力”に比べ、己のソレは極めて脆弱すぎる、と。
主要人物の血縁者という条件を差し引いたとしても、花梨の“能力”はこの程度であるはずがないのだ。
なぜなら、“
では、元来あるべき花梨の“能力”は、一体どこで眠っているというのか……?
「――そっか、そういう事だったんだ……」
その符号が意味するのは、たった一つのシンプルな答え。
花梨は己に宿る本当の“能力”に気づかないでいたという事実。
ふざけた儀式を終わらせるなどと息巻いておきながら、真実、他の誰よりも未熟な半人前の存在だった。
何故、ダークネスは自身のことを『神成るモノ』と呼んだのか。花梨はその理由を本能で理解した。
その言葉こそ――本当の自分と向き合うために必要な最後の
『高町 花梨』という存在が
「私は信じる……これ以上、大切な人を誰ひとり失わない未来を
そう。
「私が望む善も悪も越えた道の先にこそ……みんなと笑い合える
だから。
「私には
いまこそ、
その言葉に込められた真の意味を、花梨はこの時、初めて理解した。
己の奥底に眠る“
「――――『
ヒトを超えた『神成るモノ』へと自身の存在を再構築するトリガーとなる言霊を唱えた瞬間、世界を統べる“理”の壁を越えた先、人の身では決して到達しえない彼方より膨大な“
花梨の未だ未成熟な身体を通して溢れ出すのは、純粋にして根源たる“
光の奔流に晒される花梨の姿もまた、変わる。吹き荒れる“
花梨の纏ったバリアジャケットがはじけ飛び、実体化した純粋な魔力たる“
淡雪のように散っていく魔力の残光が晴れた先には、蒼穹の如き深い蒼を基調とした新たなバリアジャケットを身に纏った花梨が佇んでいた。
以前の小学校の学生服をモデルとしていたものから、日本の和服を思わせる意匠へと変わっている。
上はノースリーブのように肩の辺りで袖部分と別れている着物風で、下は以前のものと同じロングスカート。真紅のマントが風にたなびき、両手には手の甲部分に宝石があしらわれた黒い手袋が嵌められている。よく見れば、網を纏めているリボンの紐や腰、靴の部分にも同様の宝石が装着されているのが見てとれる。
ここに、人間の常識という名の壁を破り、運命という名の敵を打ち倒さんと迷いなき闘志を宿す、新たな『神成るモノ』が誕生した。
気合一閃。真の覚醒へと至った
熱く、優しい、初夏を思わせるそれを浴びた少女らの口元に小さな笑みが浮かぶ。
「やっ、た……のか?」
「ええ……!」
「……葉月、なのはを連れて来て……」
花梨は何処かぼんやりとした口調のまま、焦点の合わない瞳を葉月たちへと向けてきた。その言葉にはっ、となった葉月は地面に横たえていたなのはをそっと抱き上げて花梨の傍へと運ぶ。
なのはの血まみれの顔面をハンカチで拭い、最後に彼女の頬を助けられるよう懇願を込めて一撫でしてから一歩離れる。
葉月が離れるのを確認すると、花梨はデバイスの先端部に取り付けられたコアである宝玉をなのはの胸元へと押し当てる。
覚醒を果たした瞬間、花梨の脳裏に次々と神の御業と呼ばれるチカラの知識が浮かび上がる。その中からなのはを救う手段を算出し、実行に移す。
瞳を閉じ、小さく呟く。それは聖句。世界のルールを塗り替える神の御業。世界の理を塗り替えて彼女の望む結果として具現化される、奇跡の現象そのものだった。
『死の言霊』により揺るぎ無い死という結果を与えられたなのはを救う方法、それは死という結果をさらに上書きすること。
大言壮語と呼ぶことなかれ。不可能とされる奇跡を容易く起こせるが故に、彼女らは人を超えて神にいと近き者……『神成るモノ』と呼ばれているのだから。
溢れ出す魔力が輝く燐光となってなのはの身体を包み上げる。世界に満ち溢れる『想い』を集め、紡ぎ、結集させる。
集いし暖かな光が優しい風となって世界を包み込んでいく。
溢れる想いを『癒し』のチカラへ変えて、なのはの身体に降り注いでいく。世界を満たす光に照らされ、青ざめていたなのはの肌がピンクがかったものへと戻っていく。
掠れたような呼吸もだんだんと強くなり、手足の痙攣も収まっていく。そして……
「――けほっ」
ここに、奇跡は成った。
うたた寝から目覚める様に、なのはの目がゆっりと開かれていく。
「――う、あ……にゃ? あ、あれ? わ、私? アレ? あれぇ?」
上半身を起こし、きょろきょろとあたりを見渡すその様子から、外見上は後遺症のような物は見られない。完全に完治したらしい。
「すごいものだな……」
呟くクロノはもみくちゃにされてにゃーにゃー鳴いているなのはから、信じられないような奇跡を起こした人物へと視線を動かす。
そこにいるのは、母性を感じさせる笑みを浮かべた花梨。暖かさだけではなく神聖さすら感じさせるその立ち姿に、おもわず瞬きすらも忘れて見惚れてしまう……が、
「……はふぅぅ」
突如として気の抜けた声を漏らしながら、花梨の身体がへにゃへにゃっと崩れ落ちる。
「ちょっ!? 花梨さん!?」
「花梨! いったいどうした!?」
慌てて掛け寄る仲間たちに向けて、花梨はうつぶせに倒れ伏したまま、今の状態を簡潔に判りやすくまとめて発する。
「ちょ――しんどいです……後、ヨロ」
ソレを最後に全身から力を抜き、デバイスやバリアジャケットすら解除させつつ、眠りに落ちていく花梨。
火事場のクソ力的なパゥワ~! で限定的に『神成るモノ』へと化した反動なのか、未だダークネスの展開した結界に囚われているにも構わずにぐ~すかお眠りタイムに突入。
どうやら花梨嬢は、見かけより神経が図太かったようだ。
慌てて駆け寄った葉月が肩を揺すり、なのはが頬を引っ張り、どさくさまぎれにアルクが鼻に指を突っ込――もうとしたところで、執務官&発掘屋の繰り出す友情ツープラトン攻撃『ユー×クロ? いいえ、クロ×ユーが鉄板です(命名:エイミィ)』により撃沈される騒ぎがあっても、目を覚まさなかった。 精神的な負荷が大きすぎたのだろう、自己防衛として深い眠りについてしまったようだ。
とりあえず、命に関わるような事態ではないので一安心かと溜息を吐く葉月&なのは。
「まったくもう、心配ばかりさせて……困ったお方ですわね、本当に」
「にゃはは……でも、お姉ちゃんは私を助けてくれたんだよね? やっぱりお姉ちゃんはすごいなぁ……」
「はい……!」
そう言いながら、何気ない動きで花梨の頭を自分の膝の上に乗せる……所謂ひざまくらをしながら、穏やかな寝息を漏らす眠り姫の額をやさしく撫でる葉月。
確たる信愛の感情が見て取れるその仕草に、お姉ちゃん大好きっ娘であるなのはの対抗心に火が付いてしまう。
「お姉ちゃんは昔から
『私を』の部分を強調しつつ、しかも二回言うなのは。背中には『姉魂』と描かれた熱き炎が見える。
「あらあら……それなら、わたくしも同じですよ? クラスの級友とうまくなじめなかったかつてのわたくしに手を差し伸べてくださったのは他ならぬ花梨さんなのですから。この方はわたくしにとって、親友……言いえ、心の友と書いて『心友』とも呼んでも過言ではないお方ですわ」
葉月の背中にも燃え盛る炎が顕現する。描かれた文字は『YOU-JOW(友情)』。
燃え盛る熱気は覇気へと変わり、言葉にできぬ威圧感と化していく。
ダークネスのそれとは違う意味で恐ろしいシロモノであった。花梨が冷や汗を流しながらうなされているように見えるのはきっと気のせいではない筈だ。
ちなみに、ソレにいち早く気づいたアルク、ユーノ、クロノの三人は即座に戦略的撤退を行っており、十メートルほど離れた場所から遠巻きに体育座りで見守っていた。
修羅場が形成されている中心部に、一番の功労者を放置するのは良心が痛んだが、あの空間に足を踏みいれる度胸は持ち合わせていなかったからしかたがない。てか、そもそもの原因は葉月に在るのだから、これはある意味で自業自得のようなものとも言える。だから、この選択は正しいのだ。
そう、彼女は犠牲になったのだ……
結界によって漆黒に染め上げられた空の向こう、星々が煌めいているであろう夜空に向かって、三人は無言で敬礼をとるのだった。
花梨嬢、自身の成長と引き換えに貞操の危機フラグが発生(笑)