魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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対話シーンがかなり長くなってしまいました。
なぜ、翠屋にダークたちが居たのか、その理由が明らかに!
――あと、所々に今後に向けた布石も少々あったり……


交渉と願い

日も落ち、一般のお客様が席を立った頃、翠屋の店先には“CLOSED”の看板が掛けられていた。

アリサ、すずかの両名は習い事があるからと言って少し前に席を立っている。翠屋スタッフも空気を読んだらしく、厨房や裏手の方に回っているため、必然的に店内は魔法関係者のみという状況となっていた。

カウンター席の一角にはダークネスとアリシアが変わらず陣取っており、そこから一番近いテーブル席に、緊張からか表情が硬くなってしまっているリンディ、クロノ、エイミィの管理局員と花梨、葉月、なのは、フェイトの魔法少女たちが腰を下ろしていた。両者の間には見えない火花が散っている幻視すらみるようだったと、後に美由紀が語るほどに、場の空気は張りつめていた。

だがそれも仕方がないことなのかもしれない。彼らはこれから交渉を行おうというのだから。次元世界全体に指名手配を受けるほどの凶悪犯と法の守護者、元来相容れない筈の両者の間に友好的な空気が存在することの方が間違っているのかもしれない。ダークネスと向き合える位置にある席に座った管理局サイドの代表であるリンディは、管理局提督としての表情を浮かべながら話を切り出す。

 

「初めまして、と言うべきかしら? こうして直接会うのは初めてよね、時空管理局提督 次元航行艦アースラ艦長リンディ・ハラオウンです」

「む……なら、俺も名乗るべきだな。――No.“Ⅰ” ダークネスだ。好きな方で呼べばいい」

「……失礼ですが、それは本名かしら?」

「店長との会話を聞いていただろう? 俺を生んだ女は俺に名前と言う固有名称を与えなかったんでな。自称になるが、これが俺の名前だ」

「……わかりました。それと申し訳ありません。不躾な質問をしてしまいました」

 

そう言って頭を垂れるリンディに、頭を下げられた本人は全く気にした風もなく淡々と答える。

 

「いや、気にしてもらわなくても結構。それよりも、本題に入りたいんだが……よろしいか?」

「っ! ……はい。それでは何故、交渉のテーブルを用意するつもりになられたのか、あなた方の目的と合わせて訊かせていただきたいのですが」

「まあ、当然の疑問だな。俺たちの目的については諸事情により詳しくは話せない。その上でとなるが――ハラオウン艦長。俺はまず、この世界で今現在発生している『闇の書』事件……この一件が収拾するまでの間、あなた方との停戦を申し入れたい」

「ッ!? ……理由を聞いても?」

 

予想だにしない提案に湧き上がる内心の動揺をポーカーフェイスの下に押し込みながら、リンディはそう考えるに至った理由の説明を求める。

 

「まず、今回の事件に俺でも予想できなかったイレギュラーが紛れ込んでいることが判明したからだ。先日の戦闘時、俺たちが回収した“Ⅹ”から情報を聞き出したところ、闇の書の勢力でもあなた方管理局でもない謎の勢力から妨害を受けたらしい。しかも、敵方の片方はそこにいる高町姉妹と瓜二つの容姿をしていたそうだ」

「えっ!? わ、私やお姉ちゃんと?」

「ああ。バリアジャケットの色は黒、蒼い瞳でショートカットくらいの髪をした少女だったそうだ。ちなみにもう一人は、背に三対六枚の黒い翼を生やした銀色の髪の少女だったそうだな」

「その特徴って……まさか!?」

「おそらくは、な。このタイミングで、しかも守護騎士たちを救援したことといい、連中が俺たち“関係者”以外を拒絶する結界をすり抜けて侵入してきた可能性が高いことといい、どうにもきな臭くてな」

 

関係者という単語に反応を返すのは花梨と葉月。どちらも動揺と困惑を隠せないといった様子で、顔を見合わせている。

そう、この時点で“ゲーム”に参加しているのは、ここに居る“Ⅰ”(ダークネス)“Ⅵ”(花梨)“Ⅶ”(葉月)とユーノの付き添いで不在の“Ⅲ”(アルク)“Ⅷ”(アッシュ)、闇の書側の協力者である“Ⅸ”(コウタ)と復讐鬼の“Ⅹ”(ディーノ)……それといまだ正体を露わにしてこない“Ⅱ”(ルビー)だ。

合計八組……この中で手札を隠している可能性があるのは“Ⅱ”(ルビー)くらいだが――

 

『奴の線は薄いと考えていいだろう』

 

それは無い、とダークネスは考えていた。断言するように告げるダークネスに花梨から疑問が投げかけられる。

 

『何でよ? 普通に考えたら、怪しいのは“Ⅱ”じゃないの』

『いや、奴の動きは大胆でありつつも、自分の尻尾を踏ませない用意周到さを感じさせる。時の庭園で“Ⅳ”を始末した手際と良い、こんなあからさまな悪手を執るとは思えん』

『悪手……ですか?』

『そうだ。考えてもみろ、もしお前たちの手駒に“紫天の一派”が居たとするなら、このタイミングで動かすか? 俺自身、アリシアからの情報が無ければ、連中の存在にすら気づくことが出来ていなかったんだ。連中の戦力も、決して低いものではない。つまり、奴らという存在は俺たちに対する共通の鬼札……戦局をひっくり返すほどの切り札と成りうるということだったんだ』

『ッ!? そういうことですか……! 確かに彼女たちの有する戦闘力はもちろん、その存在そのものが困惑を生み出すきっかけとなりかねませんわね。唯でさえ、わたくしたちには“原作知識”という思い込み(・・・・)がある以上、予想外のイレギュラーに晒されると、戦局が一気に崩れかねません』

『そうだ、なまじ“原作”の流れを守ろうとすればするほど深みに嵌まってしまう。相手の動揺を誘い、綻びを作りだす典型的な戦術だな。だが、今回の奴らの動きは……』

『こちらを惑わせることが目的ではなく、遭えて彼女たちの存在を露わにすることが狙い……ってコト? そんな……何のために?』

『わからん。何故、奴らが“Ⅷ”を助けたのか……奴らにどのようなメリットがあるというのか、皆目見当もつかん。だからこそ、奴らを警戒しているというわけだ。お前たちとの停戦の狙いは、イレギュラーである奴らの動きを探ることに本腰を入れたいという理由もあるからな』

 

“ゲーム”の参加者同士だけで念話を交わし、ある程度、情報の共有し合ったところで、顎に手を当てて何かを考えるようにしていたクロノがおもむろに口を開く。

「でも、それにしても不可解だ……そもそも、どうして君らが『闇の書』の一派を狙う? 理由は何だ?」

 

なるほど、確かにクロノの疑問はもっともだ。先日の戦いで圧倒的な力の差を見せつけたダークネスが、いきなり友好とまではいかなくとも敵意を消しているという現実が、どうにも納得できないのだろう。

クロノは自身の考えとして、自分たちとの停戦は“闇の書”を追うために専念したいから、余計な邪魔が入らないよう予防線を布こうとしていると推測していた。

自分たち親子のように何かしらの因縁があるとうのならいざ知らず、なぜ、無関係の筈な彼らが“闇の書”を追っているのだろうか……?

 

「勘違いしているようだから断っておくが、俺もアリシアも、“闇の書”自体に興味などない。世界を滅ぼそうが、どうしようが、俺たちに害を及ばさなければどうもしないつまりだった――……だがな」

 

すっ……、と眼が細められる。そこに映るのは、紛れも無い『怒気』。

 

「一月ほど前、とある管理外世界で俺たちは連中に襲撃されてな。狙いは……言わなくてもわかるだろう?」

「魔力の蒐集……か」

「そうだ。俺にはそんなもの効かないが、今のアリシアが蒐集、というよりもリンカーコアを身体から引きずり出されるという行為を受けるのは、非常にまずいんでな」

 

疑問を多分に含んだ視線を向けられるのを感じつつ、ダークネスは敢えて本当の事実(・・・・・)だけを述べる。

 

「アリシアを蘇生させた術式『再誕』は、あの時点では術者である俺の魔力不足のせいで未完成だった。そのせいで、こいつのリンカーコアは直接刺激を受けでもしたら肉体から剥離してしまう可能性が高い。こいつの命を繋いでいるのはリンカーコアに宿ったプレシアさんの魂……それから肉体を引き離されでもすれば、最悪の場合、肉体と魂が再び別れてしまいかねない」

「それって、まさか……!?」

「気づいたようだな、高町 なのは。お前の想像通り……万が一にもアリシアが蒐集を受けた先に在る未来は、冥府の扉の向こう側の住人――つまり、完全なる消滅()のみだ」

『っ!?』

 

予想だにしていなかった情報に誰もが驚愕を露わにする。今もにこにこと笑いながらシュークリームを頬張っている無邪気な少女……彼女の命は、これほどまでに儚い吊り橋の上を渡り続けることで維持されていたというのか。フェイトなどは、あまりに予想外な事実を述べられ、なにか言いたくてもうまく言葉にできず、ただ呆然とアリシアの横顔を見つめることしかできないでいた。

 

「まあ、総てのジュエルシードが集まりでもすれば事情は変わるが……まあ、それはいいか。それから、安心しろ。アリシアが危険なのは“リンカーコアが肉体から引きずり出された”場合だけだ。それも、あと数年もすれば魂と肉体、それにリンカーコアが完全に癒着する筈だ。まあ、それまでの辛抱ということになるが――執務官、俺たちが“闇の書”を狙う理由はわかってもらえたかな?」

「ああ……。つまりは、未だ不安定な彼女(アリシア)の命を脅かした敵だから、というわけでいいか?」

「そういうことだ。まあ、他にも俺の命を脅かそうとしたというのもあるし、高町 花梨や如月 葉月と同じく、向こうにいる八神 コウタとやらにも個人的に用はあるが、な。アンタらには関係ないことだ」

 

要所を意味深に濁しつつ言葉を終えると、カップに注がれたコーヒーに口をつける。やや冷めてしまってはいるが、それでも美味いと感じさせる、素晴らしい味だった。思わず、頬が緩んでしまう。

 

「――わかりました。停戦協定の提案を受諾いたします」

「ほぅ? 意外だな……てっきり、犯罪者との交渉になど応じないと、つっぱねられるかもしれないと覚悟していたんだが」

「優先順位の問題です。貴方からは今すぐこの世界をどうこうしようという意志を感じられません。ですが“闇の書”に関しては別です。アレは時間を与えてしまえば間違いなく世界を滅ぼす最悪となりうる危険物。ならば、まずはそちらを優先して叩いておきたいというのが本音です。ですから、あなた方に対して、こちらとしても無駄な戦闘はなるべく避けたいと考えています。此度の事件が一応の終わりを見せるまでの間、貴方たちから我々に仕掛けてこない限り、こちらから貴方たちに攻撃しないよう徹底させましょう。――いいわね、ハラオウン執務官?」

「……はい」

 

本能では納得できなくても、冷静な執務官としての理性はリンディの判断を『是』と受け止めている。

拳を、魔法を交わしたからこそ、“Ⅰ”と呼ばれる人物の有する戦闘力は驚嘆に値するものであり、“闇の書”を追っている今、彼すら敵に回すのは愚策でしかないと、決して鈍らではない彼の頭脳が判断していたからだ。それでも、表情に不承不承の色が見て取れるのは、彼がまだ十代の少年である故か。

だが、管理局の魔導師として完成されていると称しても過言ではない女提督が、このまま終わらせるはずもなく。

 

「ですが」

 

リンディは、そう言ってダークネスに意味ありげな視線を送る。

 

「だからと言って、貴方への手配が緩むわけではありませんことを忘れないように。一時的な協力関係を結ぶとはいえ、我々が法の守護者である限り、犯罪者である貴方を捕えるのは、ごく当然のことなのですから」

 

この場にいる全員に聞こえるよう、きっぱりと告げる。

それは戦線布告。お前は必ず自分たちが捕まえてやるのだという、覚悟の証。揺るぎ無き信念と意志が込められた言葉には、力ある響きをこめて店内に木霊する。

 

「くくっ……! 悪いが、俺はお前たちに捕まってやるほど殊勝じゃないんでな。この“儀式”を何が何でも生き抜いてやると、俺自身に誓っている。俺の望む未来、その夢を阻もうというのなら――」

 

――誰であろうと、ぶちのめしてやる。

 

それは、自分が生きる未来を護るためには、たとえ世界の総てを敵にしても戦い抜くことを辞さぬという意志の現れであり、花梨や葉月に対する紛れもない宣戦布告に等しいものであった。

 

「上等……っ!」

「そう易々と、敗北するつもりはありませんわ」

 

ダークネスの放つ覇気に気圧され、僅かに肩を跳ねさせるも、すぐさま、力強い決意を瞳に宿して睨み返してくる敵の姿に、「それでこそ」という称賛の声を口には出さず、不敵に笑うことで返答する。

友愛でもなく、殺意でもない奇妙な空気を纏う三人の様子を怪訝そうに眺めていた一同であったが、ちょうど良い機会だからずっと訊き出そうとしていた疑問を投げかけてみようと、クロノが口を開いた。

 

「あ~、ゴホン! ちょっといいか?」

「ん?」

「へ?」

「はい?」

 

クロノは三者の視線が自分に集まるのを待って、言葉を続ける。

 

「君たちが以前より口に出している“ゲーム”や“儀式”とは、いったいなんなんだ? いい加減、納得のいく説明をしてもらいたいんだが……」

「それは、その……え~と……葉月っ!」

「ええっ!? あの、えぅ……っ! ダークさん、お願いします!」

「おいコラ」

 

立場上、敵に当たる人物に重要な説明を丸投げするとは……果たして、神経が太いのか、それだけテンパっていたのか。

振られたダークネスは僅かに考え込むようにうつむき、考えを整理しているのだろう。小さくうなっていたが、やがて面を上げ、

 

「俺たちが参加させらえている“儀式”こそが“ゲーム”と呼ばれるものであり、参加者には番号が割り振られている。俺がNo.”Ⅰ”(ナンバー・ファースト)と呼ばれる所以は、参加者の中で一番初めに選抜されたからだ。さらに、俺たち参加者にはとある制約が掛けられていてな……大体、今年の終わりぐらいになるまで、ソレに関する事情を口に出すことも、何かしらの方法で誰かに伝えることも出来なくなっている。部下という立場であるはずの“Ⅷ”を尋問して情報を訊き出そうという考えを後回しにしていることからも、お前たちもまた無意識に事情を探ろうとする意欲が抱けなくなっているのを感じているのだろう? だから、事情を知りたくば、年末になってからそいつらに訊け」

「やはりか……」

 

これまでの会話の中で、彼らが必要最低限の情報しか話さないという事実に気づいていたクロノの予想通りの答えだった。彼の言葉通り、気づいてみれば、普通なら間違いなく尋問に掛けているはずの“(アッシュ)”に、任務を優先するような指示を出してしまっていた。それに“違和感を感じなかった”ことが、クロノにとって不気味でならなかった。やはりと言うか、このいろいろと隠し事の多そうな友人たちは、かなりの大事に巻き込まれてしまっているらしい。

バツが悪そうに頬を掻く花梨と、わざとらしく「ほほほ……」と笑っている葉月の姿に、呆れを多分に含めた溜息を零すことしか出来ない。何もできない自分に苛立ちを感じつつも、今優先すべきは“闇の書”事件の事だと意識を切り替える。この事件を終わらせてから、二人にじっくりと、詳細な、説明を、してもらおうじゃないか。

クロノに半眼を向けられた二人の少女が、同時に背筋を震わせたのはご愛嬌だ。話の区切りがついたところを見計らい、アリシアの手がダークネスへと伸びる。

 

「ね~ね~、ダークちゃ~ん。もいっこだけ、お願いがあるんじゃなかったかな?」

 

上着の裾をくいくいっ、とかわいらしく引っ張りながら、アリシアが問いかければ、ダークネスも「ああ、そう言えば……」と、今思い出したと言わんばかりに手を打つ。

 

「ハラオウン艦長、停戦条約は結ばれた、と認識しても構わんか?」

「えっ? ええ、当方はそのつもりですが」

「そうか。なら、もう一つ提案、というよりも交渉をしたいのだが、よろしいか?」

「交渉……ですか?」

 

これまた予想外の発言に、訝しむリンディの眉が潜む。

 

「そうだ。まあハッキリ言うとだな……管理局が封印、回収したジュエルシード 計十一個を俺に引き渡してもらいたい」

「はっ?」

 

あまりにあっさりと、おおよそ予想だにしていなかった提案を投げかえられ、リンディは思わず、ぽかんと口を開けてしまう。エイミィなどは、持ち上げた直後の紅茶のカップを落としてしまった事にも気づかない程だ。早く拭かないとスカートに染みが染みついてしまうというのに、そんな事すら出来ないほどの驚きが、彼女の内で踊り狂っているということなのだろう。

犯罪者扱いされている相手が、時空管理局の提督相手にロストロギアの引き渡しを要求してきたのだ……しかも、正面切って。これでは驚かない方が無理だというものか。

 

「え――っと……何で?」

 

一同を代表する形で花梨が問いかける。何故、この状況でそんな要求をしてくるのか、全くわからないとでも言いたげな表情だ。

 

「む。別に他意はないぞ? ただ単に、こいつらが仲間を助けてくれと喧しいもんでな」

「は?」

 

こいつら? 喧しい? ……誰のこと?

 

「ん? ひょっとして、お前たちは知らなかったのか? ジュエルシードに、意志が宿っているということを」

「え?」

「“Ⅷ”との戦いの最中、ジュエルシードとより深く同調(リンク)することが出来たんだが……それからというもの、ひたすらに頭の中に声が響いてしょうがなくてな。どうも、ずっと地面の下に埋もれていた上、『蒼い宝石(こいつら)』の声を聞き取ることのできる『真の主』が現れなかったらしく、会話に飢えていたようだ。おかげで、喧しいことこの上ない」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! つまり、君はこう言いたいのか!? ジュエルシードには管制人格らしき物が備わっていて、君はその声を聞き取ることが出来る、と!?」

「正しくは『その』ではなく『それらの』だ。どうやら、ジュエルシードは二十一個で一つのロストロギアという訳ではなく、個々の宝石にそれぞれ別の意識が宿っているらしい。そうすることで持ち主の願いを叶えるべきか判断するのが本来の使い方なんだと」

 

『蒼い宝石』 ジュエルシード

 

その本質は、願いを叶える願望器などではなく、次元干渉エネルギーを発生させるという特性であると管理局では認識されている。

なぜならば、数多の願いのほとんどを歪んだ形でしか現実のものとしかできないからだ。

故に、放出する魔力が次元を干渉する属性を有しているという点に着眼した管理局は、ジュエルシードを『次元を崩壊させるほどのエネルギーを内包した危険な遺産』としてロストロギア認定を下した。

だが、それは物事の表面しか見ることのできない者の見解でしかなく、真実は別の所にあった。

人間の欲望に際限などない。それは何かを欲しいと感じる本能であり、終わりが見えないもの。だからこそ、願いを叶える宝石が二十一に分けられて個々の意志を宿されたのだ。

欲に目がくらみ、誤った願いを叶えぬよう、宝石自体に意志を宿し、二十一個総ての宝石が正しき『真の主』の願いを叶えるべきだと判断した時にのみ、その穢れ無き純粋な願いを叶えることができるようにと願われて。宝石たちは、自分たちが作り出されてからずっと願い続けてきた。自分たちは誰かの真っ直ぐな願いを叶えるために生まれてきたのだと。大切な誰かを笑顔にするために、自分たちは存在しているのだと。

だが、宝石自身の意志を顧みず、彼らの内に宿る魔力に無理やり干渉することで己の望むままの願いを叶えさせようとする者たちが現れ、彼らの願いは無残に砕け散った。資質無き者の手て、濁った願いを叶えさせられ続けるうちに、いつしか宝石自体に歪みが生じて、次元に干渉する特性を有する様になってしまった。人々は、『願いを叶える宝石』という名に惹かれ、奪い合い、その果てに暴走させて世界を壊す。暴走を引き起こした人々は、いつしか宝石自体に原因があるのだと、歪んだ願いしかかなえられない忌まわしい古代遺産であると彼らを呼ぶようになった。

『真の主』と心を重ね合うことで、純粋な蒼き魔力を生み出す宝石たちの心も、正しき資質を有さぬ者たちの欲望に穢され過ぎたせいで、いつしか深い眠りについてしまっていた。

使用者の願いを読み取り、魔力を以てその願いを現実のものとする制御を担う管制人格が休眠状態では、正しい願いを叶えられるはずも無く。

欲望と破滅を繰り返し続ける負の連鎖がいつまでも続くと思われていた。だが。幾星霜にも及ぶ時の流れの果てに、彼らはついに出会えたのだ。彼らの力を正しく制御できる存在に。

『生きる』という生物として純粋な願いと、小さくても確かな輝きを放つ優しさを内包する『心』を持った人物と。

どれほど己の願いを否定されようとも、どれほどの悲しみに包まれようとも、決して砕けぬ強き『想い』を抱き、大切な人が笑顔でいられる未来を望み、前に進み続ける。

そんな『想い』を宿す存在と共にならば、きっと自分たちの願いも叶えられる。

主に優しいココロを取り戻させてくれた、あの少女の浮かべる笑顔。誰かの涙を、彼女のような笑顔へと変える。

そんな優しい願いを叶えられる未来を、宝石たちも願っているのだ。主と彼女と共にあれば、必ずや果たすことが出来ると、確信しているから。

故に、彼らは仲間を、『P・T事件』でなのはや管理局が封印した同胞(なかま)たちの救助を、主であるダークネスに求め続けていたのだ。

……会話に飢えているというのも多分に含まれるが、そこはご愛嬌。それはもう、寝ても覚めても、という奴である。

 

「四六時中、頭の中に声が響いてくるんだ、『みんなを助けて、助けて~』とな。さすがに、これが毎日となるときつくてな。正面から管理局の本局を襲撃しても構わないんだが……後々、面倒そうだしな」

 

なるほど、確かに納得できる理由だとクロノは思う(やたらと物騒な後半部分は敢えて訊かなかったことにする。誰だって、管理局そのものに躊躇なく喧嘩を売ろうという考えを浮かべる規格外にツッコミを入れるのは遠慮したい)。額を抑え疲れた風にため息を漏らす彼の姿は、演技のたぐいではないだろうと直感的に悟る。

管制人格のことは置いておくとしても、ジュエルシードの制御が可能となった以上、さらなる戦力増強を狙って残りのジュエルシードを手に入れようとしているという話には、一応の筋は通っている。

 

「……それで? 交換条件に、そちらは何を提示してくださるのでしょうか?」

 

交渉の鉄則は相手方からどれほどの譲渡を引き出すことが出来るか、その一点に尽きる。より多くの情報を訊き出そうという意図が見え隠れするリンディの問いかけに、彼女の意図を理解しつつも、ここはあえて話に乗る。

 

「そうだな……。さらに情報を開示する、というのも一つの手ではあるが……ここは敢えて、売り込むとしようか」

「?? それは、どういう……」

「こちらの手札は“戦力”ということだ。イレギュラーへの対応を、俺とアリシアが受け持つというのはどうかな?」

「それは……! 停戦のみならず、限定的な同盟の提案であると受け取っても?」

「まあ、今回限定ではあるが。あんた方への戦力分析と対策は構築済みだ。正直、小細工なしに正面切って仕掛けても、問題が無いことは、昨日実証済みだしな。だからこそ、動きが読めない連中を野放しにしておくのは気分が悪い、ただそれだけだ」

「本当にそれだけなのかしら? アンタのことだから、昨日仕留めそこなった“Ⅷ”(アッシュさん)との決着を優先したいと言うかと思ってたんだけど」

「俺を理解した風なことを言うな、高町 花梨。大体、もうすでに斃されている奴のことを気にしてどうする。確かに引導を渡せなかったのは心残りではあったが……今は、俺の攻撃から助け出しておきながら、後になって自分たちの手で止めを刺すなどという理解に苦しむ行動をとったイレギュラーを危険視する方が、むしろ自然だろう?」

「えっ……?」

 

声に出した花梨だけでなく、リンディたちも驚いていた。昨夜の戦闘が終わった後、武装隊の一人によって、町はずれの公園のベンチに寝かされた気絶しているアッシュが発見された。幸い、深い傷を負っていなかったアッシュは一晩の休息で、ほぼ全快近くまで回復できていた。負傷者が多数出てしまった影響で人手が足りないこともあり、アッシュは哨戒任務担当に割り振られていた。

本来ならば、アッシュに対する事情聴取が執り行われなければならないのだが、人手不足と、彼自身が管理局員として真面目に取り組んで積み重ねてきた信頼感も後押しとなり、聴取は後回しにされていたというわけだ。ちょうど今頃の時間帯ならば、彼が哨戒担当で近隣世界の一つを見回っているはずだ。

 

「どうして、アッシュ君が斃されたなどと断定できるんですか?」

 

リンディが、彼女たちの常識としてはもっともな疑問を口にする。いかに優れた魔導師であろうとも、個人が気配を感知できる有効範囲というものは限られている。同じ世界の中で、というのならまだしも、別の世界、それも無限に等しい数の次元世界の中で、たった一人の現在状況をピンポイントで感知することなど、戦艦に搭載されるスーパーコンピュータークラスでもなければ不可能だ。

だが。彼女は失念していた。彼女が思い浮かべた理由、それは『人間の定めた理』でしかないのだということを。彼女が、今、向かい合っているのは、人の範疇を超えた『神成るモノ』であるということを。

 

「俺の“能力”が感知型であることは知っているだろう? そいつの有効範囲は、この“セカイ”そのもの……つまり、『次元世界総て』だ。特別に強力な気配隠蔽の術式でもなければ、俺の感知能力から逃れる術はない。だからこそ、動きを追跡しきれないイレギュラー共を警戒している訳なんだが」

「……」

 

さすがの時空管理局提督、歴戦の勇士たるリンディ・ハラオウンが虚を突かれて、言葉を失った。

目の前で、なんてことも無い風に答えてみせた、あまりにも規格外すぎる存在に、恐れを感じる前に、称賛の念すら抱きつつあった。

 

「どうやら、あの“Ⅷ”が何も出来ずに封殺されたようだ。やはり、警戒をしておいて正解だったな。俺でも手こずる“能力”をどうやって打ち破ったのか……実に興味がある」

「相変わらずというか……。アンタって、本当に規格外なのね」

「ん……意外と冷静だな? “Ⅷ”は仲間じゃなかったのか?」

「仲間だったに決まってるでしょ! 今すぐ駆けつけたいっていう思いを必死こいて押さえてるんだから、ちょっとはわかりなさいよ!」

「俺に噛みついても、しょうがないだろうに。……で? そろそろ返答を訊かせてもらいたいんだがな、ハラオウン艦長殿?」

 

空になったコーヒーカップをソーサーに置きながら、ダークネスがリンディへと問う。

交渉開始から変わらぬ笑みを浮かべながらそう言うと、突如として齎された情報の裏付けをすべく、エイミィとクロノが慌てて作戦司令室へと連絡をつける横で、リンディもまた、手を頬に当てつつ、口元に微笑を浮かべていた。

この問答こそが、管理局の代表としてこの場にいる彼女への最終確認だということを、リンディは承知していた。だからこそ、動揺を露わにする部下たちのように慌てふためくようマネは断じて許されない。

彼女の返答如何によって、今後の作戦方針そのものを再構築させる必要が出てくるかもしれない。しかし、管理局員としての立場上、危険人物へロストロギアの譲渡など、到底呑めるはずも無く、可能な限りの情報を引き出した上ではぐらかし、うやむやにできればよかったのだが、それも叶いそうにない。

どうすれば、と表で浮かべる微笑の下でリンディは考える。下手に刺激して、当方に敵意を持たれては元も子もない。かといって、あちら側の要求を受け入れることなど不可能だ。そもそも、先の事件でで封印したジュエルシードは、総て本局に輸送済みなのだ。今頃はロストロギア専用の保管庫……暴走を防ぐために用意された専用の位相空間内で、厳重に保管されているはずだ。仮に、相手の要求を了承したとしても、本局上司への報告や承認などといった、少なくない手続きが必要になるのだ。今すぐ現物を渡せる状況にない以上、どれだけの約定を交わそうと、所詮口約束止まりで終わってしまうことだろう。

そもそも、一度確保した危険度の高いロストロギアを交渉材料として外部へと譲るなど、前代未聞だ。ロストロギア自体の危険度が限りなく低く、人々に害をなす類のものではないと立証された者に関しては、オークションに出品されたりするケースは、確かに実在する。だが、今回の対象であるジュエルシードは危険度Aランク以上の封印対象品、おまけに、目の前にいるダークネスはジュエルシードの力を完全にコントロールできると言うではないか。それはつまり、莫大な魔力と次元干渉力を有するジュエルシードの力を引き出すことで、任意に次元震を発生させられる可能性があるということだ。

次元世界に存在する数多の世界と、そこに住む人々の治安を守るという役目を負った時空管理局にとって、自分たちが守るべき世界も、人々も、秩序すらも、ことごとく崩壊させてしまう次元震は、まさに最悪の災害と言ってよいだろう。故に、自分たちの故郷であるはずのミッドチルダの治安維持に努めるべき戦力すら、次元に干渉する能力を有したロストロギアの探索や確保に回して、次元震の発生を未然に防ごうと躍起になっている。

人類の手には負えない天災を、個人の意思一つで制御できる可能性を秘めた規格外……人智を超えた怪物に次元干渉エネルギー体を引き渡す。

冗談にしても、笑えなさすぎる話だ。仮に、もし万が一にでも、ダークネスが管理局に属する、或いは協力的であったとするのなら、話はまた変わっていたかもしれない。

だが。こうして対話を交わしたリンディがダークネスという人物から受ける印象は、決して良いとは言えないものだった。良く言えば、確たる自分の意志を抱いている真っ直ぐな青年。悪く言えば、他者をないがしろにすることに躊躇がない、非情な人物。

悪と断ずることは出来ないが、だからと言って、高町 なのはたちの様に善人だとは到底思えない。

法を守護する者として、ごく自然に善悪の切り分けを行ってしまう癖が染みついてしまったが故に、リンディには彼への対応をいかようにすべきか、答えを出すことが出来ない。

いち早く“闇の書”事件を終わらせるために、ダークネスとアリシアという戦力はこの上なく魅力的だ。しかし、管理局員として、きわめて危険な存在となりうる人物へ、ロストロギアを受け渡すことなど、認められるはずも無い。

 

「……残念ですが、そちらの提案を受け入れることは出来ません。どのような理由があろうとも、世界の危機を招くような真似を我々が行う訳にはいかないので」

「そうか。まあ妥当な返答だな。わかった」

 

交渉決裂の宣告を受けたというのに、ダークネスの表情は微塵も崩れない。

逆に、あっさりと身を引くような態度をとるダークネスの姿にリンディのほうが呆気にとられてしまう。

 

「あの……よろしいでしょうか?」

 

憮然とした表情の葉月が、発言を求めて手を上げる。

 

「結局のところ、貴方は一体何がしたかったんですか? 前半の停戦協定については、まだそちらにメリットがあるので理解はできます。ですが、話の後半については、あなたの情報を暴露しただけに終わっています。もし、本当に足並みを揃えようとお考えだったのでしたら、提案を拒絶された時点で動揺、あるいは拒否されたことに対する怒りを少なからず抱くはず。なのに、貴方は淡々と……それこそ、ここまでの展開を最初から予想していたとでも言わんばかりの態度をとっておられます」

「そう深い意味はないさ。さすがに組織を構成するたった一人の人間の下した判断でロストロギアを犯罪者扱いされている奴に引き渡すような真似をするほど、艦長殿は愚かではないと考えていただけだ。まあ、結果はご覧のとおりとなった訳だが」

「そう、そこが分からないのです。どこぞの単細胞(おばか)さんとは違い、貴方は思慮深く、一手、二手先を見据えて行動を起こされている方と見受けられます。その貴方が、不用意に手の内をバラすなど……疑えと言っているような物でしょう?」

 

偶然ではなく、完全にジュエルシードを制御できていることに始まり、ジュエルシードに管制人格らしき物が存在しているという情報やダークネスが有する“能力”の効果範囲、彼女らが気づいていなかった更なる勢力に関する情報等々……味方となるのであれば、情報の共有目的であったと納得は出来よう。だが、停戦を結んだとはいえ、それは限定的ですかなく。結局のところ、お互いの立ち位置は敵勢であることに変わりはない。どれほど強力なチカラを有していようと、チカラに関する情報の解析を続けることで、打倒しうる可能性(手段)を導き出される可能性は確かに存在する。人間の持つ可能性を過小評価しない故に、敵に情報を渡すことで発生するリスクについてダークネスが理解できていない筈がない。ならば、現在の状況を作り出した目的とはいったい――?

 

「貴方は……いったい何を狙っておられるのですか……?」

「おいおい、ずいぶんと疑り深いやつだな? そう身構えなくとも、別に深い意味なんてないがな。……どうやら、マスターの美味いコーヒーのお蔭で、頭が弛んでしまったようだ。これ以上、ここに残ってしまうと、さらに余計なことを口走ってしまいそうだし、この辺でお暇させてもらおうか。――ほれ、アリシア起きろ。食べてすぐ寝ると、バッファローになるぞ?」

「うにゅ……にゃ、にゃらないよぅ……わたしは……超、ぎんがきゅ~、びしょ~じょ――ムニャ」

「なんちゅう寝言を溢しているんだこいつは……いい加減に起きんか!」

 

カウンター席に突っ伏して眠りこけているアリシアの後頭部にズビシッ! と手刀が振り下ろされた。えらくいい音が店内に響き渡る。

 

「いっ……たぁああああ!?」

 

目尻に涙を浮かべ、叫び声を上げながら、文字通り飛び起きたアリシアが何事!? とばかりに辺りをきょりょきょろ見渡す。見事なまでに半泣き状態な少女を余所に、ダークネスは何やら上着のポケットをまさぐり、何かを探すような仕草。

 

「っと……よし」

 

取り出したのは、やたらと皺の入った五千円札。どうやら財布から取り出したのではなく、むき出しのお札をポケットに詰め込んでいたらしい。くしゃくしゃ、とまではいかなくても、決してきれいな状態とは言い難いお札を、空になったコーヒーカップのソーサーの下に潜り込ませる。

 

「マスターに、お代はここに置いといたと伝えてくれ。行くぞ、アリシア」

「うにゅう……うん……っあ! ちょっとだけ待ってくれないかな!?」

 

ようやく目を覚ましたらしいアリシアが、テーブルの一番奥に腰を下ろしたフェイトへと視線を向ける。ちなみに、なぜフェイトが一番奥に座っているのかといえば、この場にいる全員の中で彼らに対する強い恨みを抱いているのが彼女であり、いきなり飛び掛かったりしない様にという理由があったからだ。

 

「ねえ、フェイト。私のこと……恨んでるかな? キライ?」

 

飾りのない問いかけ。反射的に怒鳴り返そうとするも、こちらを見つめる真っ直ぐなアリシアの瞳を直視することが出来なくて、思わず目を逸らしてしまう。

 

「そっか……。あのね、別にいいんだ。私は嫌われてもしょうがないってわかってるから。お母さんの想いを受け取ったのは私だけだったしね。……でもね? だからこそ知っておいてほしいんだ。お母さんの……ママ(・・)の本当の想いを。他の誰でもない……フェイト。あなたに向けた想いを」

「え?」

「ママが科学者だったのは知ってるでしょ? そのせいかもしれないけど、ママってばすっ……ごく頑固で融通が利かないって言うか、思い込んだら一直線ていうか……うん、まるでアナタを大きくしたみたいな性格だったんだよ」

「わたし、を……?」

「うん、そう。私を生き返らせようとしてくれて、でもどうしてもできなくて、そんな不甲斐無い自分が許せなくてこれでもかって言うくらい嫌ってたんだよ。だからかな……自分とそっくりな、血を分けた娘の私よりも自分の血を色濃く受け継いちゃったあなたを認められなかったんだよ。同族嫌悪、ってやつだね」

 

不意に胸の奥で電光のようなナニカが奔り、思わず押さえてしまう。だが、それは痛みではない。もっと別の――

 

「私の“ここ”にはママから受け継いだリンカーコアと記憶、そして溢れるほどの想いが詰まってるんだよ。それは、今じゃあ私の一部っていうくらいにね。だからわかるんだ。ママはフェイトを嫌ってたんじゃない。自分そっくりな姿を見るたびに、アナタをもう一人の娘だって思っちゃいそうで、それ怖かったんだよ。もし認めてしまったら、きっと自分は諦めてしまう。(アリシア)がいなくても、アナタ(フェイト)がいればそれでいいって思ってしまう。そんな確信があったから」

「そんな……! そんな理由でフェイトちゃんを傷つけたっていうのっ!?」

「お、落ち着きなさい、なのは!」

 

“妹”のために怒ってくれる女の子の優しさに、アリシアは嬉しくなる。

 

「うん。そうしないと、耐えられなかったんだと思う。ねえ、気づいてる? 私はアナタを憎いとも、嫌いだとも思ってないんだよ?」

「え……」

「えっとつまり……そのう……あ、えと、ね……あう……」

「恥ずかしいなら代わりに言ってやろうか?」

 

恥ずかしくなってきたのか、モジモジしだした少女を後押しする様に優しい言葉を掛けてくれる大切な人の優しさを感じながら、これは自分がやらないといけないことだと勇気を振りしぼる。

 

「ううん、これは私が言わなきゃだめだから」

 

そう言って、真っ直ぐな視線を“妹”へと向ける。

 

「私の(ココロ)にはママの想いが詰まってる。もし本当にママがあなたを嫌っていたのなら、私もアナタにそういう感情を抱いてるはずなんだよ。――でもそうじゃなかった」

 

つまり、それは――

 

「そう、ヒドイこともしたし言ったかもしれない。それでもママはアナタのことを嫌いになれなかった……もう一人の娘だって、アナタはプレシア・テスタロッサの娘だって心の奥で認めていたんだよ。結局、最後まで心の奥底に押し込んだままだったけどね」

 

フェイトの頬を一筋の雫が流れ落ちる。静かに肩を震わせるフェイト。けれども、彼女の胸中を締めるのは悲しみではない。溢れ出すのは温かさを宿した優しい涙だった。

 

大好きだった母に認められていた――

 

ずっと夢見ていた、そしてもう手に入らないと諦めていた願いを、自分の半身とも言うべき存在から告げられた彼女の胸中を推し量ることは、彼女以外にはできないだろう。

静かに涙を零すフェイトを慈しみの込められた瞳で見つめていたアリシアは、不意にリンディへと向かい直る。これまでにない、真剣な表情で。

 

「ハラオウンさん、フェイトを……私の妹をよろしくお願いします」

 

そう言って、深々と頭を下げる。

 

「私は彼と共に生きていきます。でも妹には光の当たる世界を歩いてほしいから……こんな事を頼めた義理じゃないってことはわかっています。それでも……お願いします」

「……はい、確かにお預かりいたします」

 

リンディもまた姿勢を正して頭を下げる。目の前の少女の想いを、妹へと向けられる確かな愛情感じ取ったから。故に応える。管理局の魔導師でも次元航行艦の艦長としてでもない。

一人の母、リンディ・ハラオウンとして。

 

道を違えてしまった姉妹の小さな、けれども確かに交じった運命の交差路。

窓越しに降り注ぐ夕光に照らされた二人は、まるで鏡写しのように同じ表情を……やさしい涙が輝く笑顔を浮かべていた――――

 

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