魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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”闇の書”事件 最終決戦開始


決戦、”闇の書” 『最強 VS 究極』

砂漠世界での激闘より幾分かの時が流れた。

白い氷の結晶が天から舞い降り、見慣れた街並みを幻想的に彩り始める十二月。

段々と冷えこみが強まってきたこの時期特有の空気に満ちた病院の中庭を歩く二つの人影が在った。

茶色いショートカットとバッテンマークに見える髪飾りが特徴な車いすの少女。車いすを押しながらゆっくりと歩くのは彼女と瓜二つの容姿をした少年。

緑色のジャージを纏った少年は、白い息を吐きながら最愛の姉と一緒に数年前から日課となっている散歩の真っ最中だ。

不意に強い風が吹き、寒さに身を震わせる。そんな弟に苦笑を浮かべながら、車いすに腰掛けた少女……八神 はやてはひざ掛けにしていたカーディガンを差し出す。

 

「ほら、言わんこっちゃない……。そんなカッコじゃ寒い思いするでって言うたやんか。まったくもう……ホレ、これでも羽織っときぃ」

「い、いいよ、はやて姉。子供は風の子っていうもんだし、まだまだイケるよ!」

「いや、めっちゃ震えとるやん! 生まれたての小鹿みたいにぷるぷるしとるんやんか!?」

 

なんとなく青みがかった顔色でぷるぷる小刻みに震えながら立てた親指を突き出す弟に、姉の繰り出したキレの良い裏手撃ちと華麗なつっこみが炸裂する。そろそろ冬の到来を感じさせる季節に移り変わってきたというのに、何故かジャージをこよなく愛する弟は、相も変わらずジャージで外出するという暴挙を繰り出したのだ。

せめてジャンバーでも羽織ればいいと言っても、『いや、これが僕のステータスだから!』 と訳のわからない反論をされる始末。

挙句に、八神家の末っ子ポジションに収まりつつあるヴィータとのお出かけにまで、ジャージと首に巻いたタオルというジョガースタイルで赴こうとしたくらいなのだから、もうお前病気なんじゃね? と思わざるを得ない。

姉としても頭の痛い問題だ。最近では、コウタの変な病気に感染してしまったのか、ヴィータまでもが普段着にジャージを愛用し始めてしまったのだ。これは近いうちに八神家家族会議を開催しなければならないかもしれない。そんなことはつゆ知らず、さりげなく保温性を付与させた身体強化魔法を発動させることで寒さに対処したコウタは、今この世界に居ない家族たちの事を考える。

数日前、“闇の書”の浸食の影響ではやてが倒れてしまい、この病院に担ぎ込まれた。あの日から、騎士たちは鬼気迫る形相で蒐集活動に取り組んでいる。

特にひどいのはシャマルだ。砂漠世界での一件からずっと、彼女は何かを思い悩むようなそぶりを見せる機会が多くなった。蒐集活動の時も、基本的に彼女が“闇の書”を持ち歩くようになったし、皆が寝静まった深夜に、一人で“闇の書”の『ナニカ』を調べているようだった。不審に思わないでもないが、時期が来れば参謀格である彼女が自分から言い出してくれると信じ、口外していない。

 

(本当に重要な事だったら僕にも手伝えると思うんだけど……ハァ、何事もままならないなぁ)

 

「な~にをカッコつけて黄昏とんねん。溜息つきたいのはウチのほうやっちゅうねん」

「ぶぁ!? ふぁ、ふぁにふんはよぉ~~!?」

 

ありがた~いお姉さまのお言葉を右から左にスルーしつつ、なにやら大人びた愁いを帯びる表情を浮かべる愚弟のほっぺたをびろろ~んとする病弱系お姉ちゃん。

姉弟水入らずなほんわか空間に『シリアス空気(エアー)、テメェの存在を拒絶するっ!』とばかりの残虐攻撃だ。車いすを押す弟がバンザイ状態で伸ばされた姉の指で頬を引っ張られている姿は、彼らの周囲で散歩していた入院患者の皆様方から生暖か~い視線を送られるほどに微笑ましい光景だった。

そんな時、不意に、うっすらと涙目になりつつあるコウタの後ろからくすくすと笑い声が聞こえてきた。あにゃ? と間抜けな声を出してしまいながら振り向いたはやてたちの後ろ、備え付けられたベンチの一つに一人の女性が腰掛けながら、口元に手を当てながら微笑を零していた。女性もののスーツの上から白衣を羽織っているところから見て、おそらくこの病院で働いている女医さんなのだろう。

この病院で長い間お世話になっているはやてにも見覚えのない人だったが、十代と呼んでも差し支えないほどに若々しい彼女の容姿から推測するに、最近配属された新人さんなのかもしれない。

踵まで届きそうな長髪を三つ編みして、やぼったい黒縁眼鏡を掛けているというのに、レンズ越しに見える金色の瞳や彼女の纏った空気が否応なしに『デキる女』という印象を感じさせる。

 

――うわ~~、キレイな(ヒト)やな~~

 

同性の自分ですら思わず見惚れてしまうほどに整った容姿持つ女性に、自分たちのマヌケな姉弟喧嘩を見られていたのだと分かり、はやての頬が朱に染まる。

ふと視線をずらせば、弟も自分と似たような表情を浮かべているではないか。姉弟揃って恥を晒したことに内心悶えていると、するりと近づいてきた女性に頬を撫でられた。

 

「ひゃわはぁ!?」

「あ、驚かせちゃいましたか? ごめんなさいね」

「いいいいえ、別に、大丈夫です! ハイ! むしろこんなモンでよろしかったら、いくらでもどうぞ!」

 

自分で言ってから、『いや何いっとんのや自分~~!?』 と見事な自爆っぷりに一人ツッコミを入れていたはやてに、「じゃあお言葉に甘えて」と女性は断りを入れてから、もう一度はやての髪を梳くように頬を撫で、優しい手つきで頭を撫でる。反対の手は、はやてにしているのと同じように、突っ立ったままのコウタの頭をこれまた優しげに撫でていく。

もうほとんど思い出せないくらいに記憶が薄れたお母さんみたいな優しさに包まれた八神姉弟は、抵抗するでもなく、黙ってされるがままに身を委ねてしまう。

しばらくの後、満足したらしい女性が手を離す瞬間、二人揃って「「ぁ……」」と物欲しそうな声を小さく漏らしてしまったのに気付いた女性は、「もう少しお話ししましょうか?」 と提案してベンチに腰掛ける。

彼女の隣にはやて、コウタの順に腰掛けると、取り留めのないお話に華を咲かせていった。

踏み込んだところまでは口に出さずとも、出来る範囲で互いの事情を教え合うくらいには話が弾んでいった。はやては患った病気のせいでここでお世話になっていることや、最近家族がみんな忙しいみたいで一緒の時間がなかなかとれないことを漏らしてしまえば、女性は同情するでもなく、ありきたりな『元気を出して』みたいなことも言わず、静かに聞き手に準じてくれた。

慰めの言葉はもう聞き飽きていたはやてからすれば、ありのままの自分を見てくれる彼女の在り様は非常に好感をもてるモノだった。

お手製のものだというミサンガを見せて貰ったり、弟がジャージマニアで困っていることを相談したり、真っ赤になって如何にジャージが素晴らしいのかという持論を用いて弁明してくる弟に二人して笑ったりして、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

久しぶりの楽しい時間に浮かれていたのだろう。はやても、コウタも終ぞ気づくことが出来なかった。眼鏡の向こう側からうっすらと輝く金色の(・・・)瞳が、彼女たちを実験動物のように見ていたことに。

そして……女性の手首に巻かれた真紅のミサンガが、怪しい光を放っていたことに。

 

 

――主演者は出そろった。これから訪れるのは、絶望を告げる鐘の交換()か、それとも希望を抱かせる天上より響きわたる聖歌か。

 

それを決めるのは、他ならぬ主演者(かれら)たち――

 

舞台は十二月二十四日

 

“闇の書”事件 最後にして最大の激闘の幕が上がる……!

 

 

 

 

――海鳴大学附属病院 屋上――

 

その出会いは突然だった。図書館に足を運んだすずかがはやてと出会い、彼女の事情を知ったアリサが主導になって、サプライズのパーティを行おうと提案したのだ。

無論、入院患者であるはやての病室で大それたパーティなんて出来るはずも無いが、それでもプレゼントを手渡すことくらいはできるだろうということで、すずか、アリサ、なのは、フェイト、花梨、葉月の六人が、クリスマスイブの今日、はやての病室に赴いた彼女たちが運命的な邂逅を果たした。

それは、はやてのお見舞いに来ていたコウタやシグナムたちとの出会い。互いにけん制する様に火花を散らすコウタと花梨、葉月のコンビ。

ベッドに腰掛けたはやてにしな垂れながら鋭い視線をぶつけるヴィータ。出入り口を塞ぐように移動しながら、油断なく身構えるシグナム。どこか悲壮感すら漂わせた表情のシャマル。

言いたいことがありすぎてうまく言葉にできず、戸惑いを露わにするなのはとフェイト。その様子を不思議そうに眺めることしか出来ないはやて、アリサ、すすか。

互いにギクシャクしながらもなんとかプレゼントを渡し、ありきたりなお別れのあいさつを終えて帰宅しようとする瞬間、関係者に向けてシャマルが念話を送った。

曰く、『話したいことがある』――と。

屋上に場所を移し、向かい合う両者の硬直を破ったのは、なのはの問いかけ……ではなく、

 

「アイゼンっ!」

 

ヴィータによる先制の剛撃だった。

それはデバイスを未起動のなのはに直撃し、爆炎が屋上に広がる。肩で息を繰り返すヴィータの睨む先、炎上する炎の壁の向こうから陽炎のように揺らぐ人影が歩いてくる。

 

「悪魔め……っ!」

「悪魔で……いいよ……」

 

彼女……バリアジャケットを展開させたなのはは、悲しげな表情を浮かべながら起動させた【レイジングハート】を構えつつ、叫ぶ。

 

「悪魔らしいやり方で……話を訊いてもらうからっ!!」

 

殺意すら込められた視線を正面から受け止めながら、それでもなお揺るぎ無き心を以て、彼女たちと向きあって見せる。その声をトリガーとして、フェイトとシグナムもデバイスを起動させて向かい合う。

花梨たち参加者組もまた、各々のデバイスを手に構え、臨戦態勢を整えていく。

だが。

 

「おい、何をしているシャマル!?」

 

守護騎士の中で唯一人だけ、シャマルだけがバリアジャケットも纏わずに佇んでいた。

その様子に困惑を隠せないシグナムの問いに答えるように、俯かせていた顔を上げたシャマルが、ユーノとの邂逅を経て自分が導き出した現在の(・・・)“闇の書”の状態を告げようと口を開き――

 

ゾブッ……!

 

「――っか、は……!?」

 

何者かの手がシャマルの胸を貫いた。空気の洩れる音だけが彼女の口から漏れ出し、何も言葉を発することが出来ない。同時に自分の中から大切な何かが瞬く間に吸い取られていく感覚が彼女の全身を襲う。とてつもない虚脱感に晒されながら、シャマルはその正体に気づく。彼女にとっても見慣れたソレの名は――

 

(蒐……集――!?)

 

「……そのまま消え去るがいい、余計な真実を抱きながらな」

 

腕の主……仮面の男は逆の手に持った“闇の書”に、シャマルから抜き出したリンカーコアを近づける。“闇の書”は己が自動機能のまま彼女のリンカーコアを、魔力を、存在そのものを吸い取り、奪いl取っていく、。いや、正しくは奪い取るのではない。『戻っている』のだ。何故なら彼女たち守護騎士という存在もまた――書を完成させるために必要な“贄”なのだから。

足元から光の粒子となって消えていく仲間を前に、静止していたシグナムたちの時が動き出す。

 

「シャマル!? ――きっさまぁあああああっ!?」

「て、テンメェえええええええ!!」

 

激情の赴くまま、魔力を解放させながら仲間を手にかけた仮面の男(てき)目掛けて突撃する。

まるで流れ作業のように淡々とシャマルを屠った仮面の男は、シャマルを貫いていた右手を、まるで汚いものを触ったと言わんばかりにズボンの裾で拭く。

その様子に沸点を超越してしまったヴィータが【グラーフアイゼン】を振り上げた、その瞬間、

 

「が……あ……ぁぁ……ぁがあああああああああっ!?」

 

後ろから叫び声が聴こえて、思わず振り返ってしまう。そこには四肢をバンドでからめ捕られ、シャマルと同様に背中から胸を貫かれたシグナムの姿があった。

それを成しているのは――もう一人の仮面の男。

 

――二人!?

 

思わず動きを止めてしまったヴィータは、青い輝きを放つバインドによって拘束されたコウタの叫びを拾うことが出来なかった。

涙すら流すコウタの眼前で、空間を歪ませながら姿を現した狂人が振るった大気を切り裂く黒い刃が彼女の首を跳ね飛ばした。

 

 

「くっ! この……!」

「っ! ――っ!」

「っぐ! 葉月、何とかならない!?」

「も、申し訳ありません……お時間を頂ければなんとかなりそうなのですがっ……! ひゃわん!? ちょっと、そこのシスコン! 変なトコロさわらないでください!」

「いや、触ってないんですけど!? あと、誰がシスコンか!」

 

青い魔力光を放つバインドによって拘束されたなのはたちは現在、クリスタルゲージと呼ばれる青い光の壁によって構築された三角錐のような結界に囚われている。

ヴィータが首を刎ねられた直後こそ、狂乱する勢いでもがき続けていたコウタだったが、花梨と葉月の説得……と言う名の実力行使(ダブルヘッドバッド)によって鎮圧された。

彼女を切り捨てた狂人……ディーノは仮面の男と組んでいたらしい。彼の剣に付与された毒が気がかりだが、ヴィータの全身に毒が回る前にリンカーコアを蒐集させていたので彼女のコアプログラムはおそらく無事だということも、コウタが冷静さを取り戻すカギとなっていた。花梨たちはデバイスを起動させようとするものの、阻害効果も付与されているらしくバリアジャケットを展開することも叶わない。おまけにゲージの大きさは少女二人が入るのに精いっぱいという大きさだったので、明らかに許容量以上の人数を押し込まれていたのだ。都心の通勤時間帯の満員電車よりもひどい有様で、一刻も早く脱出しないといろんな意味でヤバいことになるのは火を見るよりも明らかだった。

いきなりクライマックス状態な花梨たちを余所に、なのはとフェイトに変化した仮面の男たちは、今にも消えかかっているシグナムの身体を足蹴にしながら、転移魔法でこの場に呼び出された“闇の書”の主たる少女、八神 はやてを見下ろしながら、暗い笑みを浮かべていた。

果たして、フェンスに背中を預けながらその様子を眺めているディーノと同じ復讐に憑りつかれた者特有の表情を自分が浮かべていることに、彼らは気付いているのだろうか――?

 

 

 

 

時空管理局の応接室。ここは英雄と称されるギル・グレアム提督のために用意された彼の自室だ。

ソファーに腰掛けながら写真立てに飾られた写真(それ)を見据えながら、嘆息を漏らす。

 

――ようやくだ。これで、すべてが終わる。

 

十年前、彼の部下だった一人の父親を失ってしまったことが総ての始まりだったのだろう。部下の名はクライド・ハラオウン。リンディの夫であり、クロノの父親でもある優秀な管理局員だった。

前回の“闇の書”事件の末期、本局に護送中の“闇の書”が突如として暴走、次元航行艦そのものを呑みこみながら破壊を撒き散らそうとした。それを防いだ英雄こそギル・グレアムその人であり、部下の、クライドを死なせてしまった男の名前だ。あの時、暴走する“闇の書”を破壊するために艦に残ったクライドは、グレアムに自分ごとアルカンシェルで“闇の書”を消滅させるよう懇願してきた。

悩み抜いた末に彼の願いを叶えて“闇の書”を破壊することだができたものの、無限再生機構を有した“闇の書”に対して所詮は一時凌ぎにすぎなかった。

管理局の英雄だの、最小の被害で事件を終わらせた勇者だのと、もてはやされるたびに、彼の心には見えない楔が撃ち込まれていった。

 

――何が英雄だ、誰が魔導師の鏡だ? 所詮私は、部下を死なせてしまった無能ではないか!?

 

過去に囚われ、未来を生きることが出来なくなった彼に残された手は、“闇の書”に対する復讐心のみ。かのロストロギアが生み出す負の連鎖を、今度こそ完全に止めて見せる。

そうすることが、クライドへの手向けとなるはずだ!

暗い復讐心に取りつかれたグレアムは、持てる人脈を総動員して見つけ出した新たなる“闇の書”の主……彼女、八神 はやての支援者として近づき、機会を待った。

総ては忌まわしき負の連鎖を断ち切るために。懐から一枚のカードを取り出し、感傷深げにソレを見つめる。

カード型待機状態のソレの名は【デュランダル】。氷結の杖と称される“闇の書”を永久封印するための鍵。覚醒した“闇の書”を主ごと(・・・)永久封印する。それこそが彼の目論見。十年の歳月を費やした、復讐の集大成。【デュランダル】を懐にしまい、部屋の照明を落としながら、グレアムは部屋を後にする。もう、ここに戻る事はないだろう。

結果がどうあれ、管理局員としての自分は今日で終わりだ。悲劇を繰り返してはならないという安っぽい正義感と使命感で自分を正当化させながら、やっていることは管理外世界の少女を私怨で殺そうとしているに過ぎない。

だがそれでも――ここで止まることは出来ない。

“闇の書”事件で裏から暗躍していたかの英雄は、誰にも見送らえることの無いまま、時空管理局の本局を後にした。

向かうは総ての答えが出る場所――地球。

 

 

 

 

「どうやら始まったみたいだね」

 

爆発的に膨れ上がり、解放された濃密な闇の魔力が発動したのとほぼ同時に、海鳴市全体を覆うほどの巨大な結界が展開される光景を、やや離れた海上に浮かびながら眺める人影があった。

No.“0”を名乗る少年……白夜は、“紫天の書”の少女たちを従わせながら腕組みをしていた。その様子に、シュテルは眉根を顰めた。

 

「なにもアクションを起こさないのですね? “闇の書”……いえ、書の規制人格が高町 なのはたちとの戦闘を開始しているのではなかったのですか? てっきり、乱入する者とばかりに思っていましたが」

「まあまあ、そんなにはやらなくても大丈夫さ。僕が直接手を下さなくても、“闇の書”は八神 はやてが目覚めることで“闇の書の闇”……総ての元凶である防御プログラムが切り離されるんだ。僕が出向くのはそれからでも遅くは無いさ」

「あの場所には高町 花梨を始めとする転生者たちが数人揃っていますが? 彼女たちの干渉でありえない結果だ出る可能性もあるのでは?」

「だとしても、さ。連中に取れる原作ブレイクの手段なんて、精々が規制人格……リインフォースの救済くらいだろうからね。どのみち、防御プログラムを切り離す必要があるんだ。だからほっといても、勝手にイベントをこなしてくれるだろう」

 

当事者たちが命を賭ける行為をイベントと称し、完全な上から目線を崩さない白夜に向けられるシュテルたちの視線は冷たい。それに気づかないまま、白夜は脳内でこれからの行動を組み立てていく。

 

「(防御プログラムが切り離されたタイミングでさっそうと登場して軽々と救って見せようか……、そしてそのまま悪党どもを打ち倒して――いや待て。なのはちゃんたちは優しい女の娘だ。転生者(奴ら)共がいかに悪といえども、今日まで彼女たちを偽って傍に居ついてきた奴らを倒してしまえば悲しんでしまうかもしれない。まいったな……彼女たちに涙なんて流させたくない……よし! 悪党どもを倒すのはこの事件が終わってからにしようか。彼女たちも、連中の正体について細かく説明してあげれば、きっとわかってくれるはずだしね)」

 

完全な独りよがりの自論を組み上げる彼は気付いていない。かつて、彼が屠った“Ⅷ”(アッシュ)が最後の力で白夜の情報を仲間たちに送っていたことを。

既に転生者は勿論、リンディたち管理局も彼を次元犯罪者として手配しつつあるということに。

そして――彼に終焉(オワリ)を告げる死の具現が、すぐ傍まで近づいていたことに。

 

 

 

「――噂以上の小物っぷりだな」

『っ!?』

 

突如として響き渡った声に慌てて視線を向ければ、彼らの居る場所よりもさらに上空、黒金の燐光と蒼い魔力を纏った怪物……ダークネスが悠然と彼らを見下ろしていた。

彼の左肩に乗ったアリシアは、物珍しそうに“紫天の書”一派だけ(・・)を見渡している。

静かな、されど強大なチカラの込められた言葉を浴びて、彼と初めて対峙する者すべての動きが静止する。

根本的な存在そのものが自分とは違うのだと、否応なしに理解させられてしまう威圧感。ユーリがぶるりと身体を震わせ、ディアーチェの頬を一筋の汗が零れ落ち、レヴィの構えたデバイスの切っ先がカタカタと小刻みに震える。

 

「は……ハッ! まさかそっちから出向いてくるとは思ってもみなかったよ! まあ、正義の断罪を自ら受け入れようという殊勝さは、評価してあげても構わないかもしれないけどね!」

 

白夜も同様に身体を震わせていたが、不意に我に返ると、虚勢感漂う口調で捲し立てる。大げさな身振り手振りを繰り出す様は、まるで自分こそがこのセカイで繰り広げられている物語の語り部だと言わんばかりの態度にも見える。

ダークネスはそんな白夜の姿を一瞥するだけで声を掛けることもせず、目的の人物へと声を掛ける。

 

「よう、シュテル。約束を果たしに来たぞ」

「……ずいぶんと焦らせるのですね? 遅い男は女の子に嫌われますよ? いろいろな、意味、で……(ポタポタ)」

「あ~~、もう、またシュテルったら。はい、チーン」

「チーン! す、すみません、アリシア……」

「……いったい何を妄想したら、そんな頻繁に鼻血が出るんだ?」

「――いっぺん経験すれば、鼻血は出なくなるかもしれませんが」

「チラチラと意味深な目を向けてくるんじゃない……って、お前もか、アリシア」

「だって~~、私たちはいつも一緒なんでしょ~~? 仲間外れはさみしいんだよ~~」

「お、お主らは一体何を言っとるのだ!?」

 

いつものノリで微妙な談笑を繰り広げるアリシアとシュテル、ついでにダークネスの様子に、ここまで楽しそうなシュテルを見たことのなかったディアーチェたちが目を白黒させていた。

 

「しゅ、シュテル? あの……約束というのは?」

 

おずおずと手を上げながら、ユーリが問いかける。彼らが親しそうな理由はそこに在ると直感的に察していたからだ。

――ついでに、彼女自身にも別の意味で心当たりがあったりするが。

 

「え? ああ、そうでした。実はしばらく前に、ちょっとしたお願いをしたのですよ」

「お願いって……なんなのさ、シュテルん?」

「はい。それは――私たちに自由の翼を与えてくれるように、というものです。要は、この男からの解放ですね」

 

未だに自分の世界に浸っている白夜を指差しながらあっさりと主を裏切る発言を口にするシュテルに、一同は戸惑いを隠せない。

 

「ちょちょ、ちょっとまってシュテルん!? それってどういう――」

「シュテルの言葉通りだが?」

 

混乱するレヴィに答えたのは他ならぬダークネス本人。不可能と断じてきた可能性をあっさりと肯定したダークネスを睨み付けるディアーチェが声を出すよりも早く、白夜の嘲笑が冷たい潮風の吹く海上に響き渡る。

 

「あ、あはははははははははは!! そんな事――ブフッ! ……不可能に決まってるじゃないか! なに!? まさか僕と彼女たちの間の契約を解除させて、自分の使い魔にでもすればいいなんて考えてるんじゃないよね!? だとしたら滑稽極まりないよ! 彼女たちは本物の“紫天の書”一派なんかじゃない! 僕の“能力”で生み出した、僕のチカラそのものなんだよ? 魔導生命体としての器こそ持っているけれども、その本質は神の力の結晶さ! つまり! 僕に与えられた“能力”の一部でしかない彼女たちに、僕のチカラとなる以外の未来なんてありはしないのさ!!」

 

言外に『そんなこともわからないのか?』 とでも言いたげな皮肉が込められた言葉を受け流し、ダークネスは不敵な笑みを崩さない。

 

「確かにそうだ。シュテルたちを解放するのに、そこだけがネックだったんだからな。流石に俺一人ではその方法を見つけることは出来なかったよ――……俺一人では、な」

「はぁ? なんだい? まさか協力者がいるとでも? ひょっとして、そこにいるアリシアちゃんの事かな?」

「うっわ、馴れ馴れしく名前読んでほしくないんだけど」

 

気障ったらしく指差してくる白夜を、心底ウザったそうに顔を背けたアリシアがダークネスの首に抱きつく。

――が、抜け駆けを察知したシュテルが即座に近づき、アリシアの首根っこを掴んで引きはがす。

 

「ぐにゃ!? ちょ、首! 首締まって……ぐぇぇ!!」

「――私をのけ者にして自分だけいい思いをしないでください。……あ、続きをどうぞ?」

「ホントに仲良いなお前ら……っと、話の続きだったな? 協力者がアリシアという推論は誤りだと言っておくぞ。知識を受け継いでも、それを利用しようという本人の意志が無いんだからな。……で、本当の俺の協力者についてなんだが――……そこで、ユーリとやらの胸を揉みしだいている変質者だ」

『えっ!?』

 

驚きながら慌てて振り向くと、皆言葉を無くす。

そこにはいつの間に現れたのか、ユーリを後ろから抱きしめるように拘束し、少女特有の控えめな双丘に指を這わせまくる白衣の変質者がいた。

叫び声を出せないようにさるぐつわをされたユーリが身を捩り、逃げ出そうともがくものの、変質者……もとい、“Ⅱ”(ルビー)は逃がすものかと言わんばかりに両足すら絡ませてきた。

頬を朱色に染め、艶めかしい吐息を漏らすルビーがユーリのシミ一つない首筋に舌を這わせていく。サラサラとした彼女の紫の髪が肩から零れ落ちてきて、ユーリの頬をくすぐる様に撫でる。

ルビーの手首をつかんでいたユーリの手が力無く垂れ下がる。少ない露出がされた彼女の肌が、ほのかなピンク色へと変わっていく。

きゅっと閉じられた瞼がぴくんぴくんと震えれば、桃色の唇の隙間から熱を帯びた吐息が溢れ出す。

上着の上から揉みしだいていた指先でユーリの胸からお腹、おへその辺りまで走らせれば、くすぐったそうに身を捩ってくる。かわいらしい反応にますます興奮した様子のルビーは、服の裾を胸元がギリギリ見えないくらいまで引き上げると、中に手を差し込み、少女のからだを直接揉みしだいていく。未熟な青い果実そのものの乳房を優しく、痛くないように味わっていく。

愛撫する方とされる方、両者ともに息を乱しながら、自然とお互いの顔を見合わせるように顔を向ける。至近距離から見つめある二人の少女、色香溢れる吐息が一つになるように、ごくごく自然に両者の唇は近づいていき――

 

「――って、いつまでやっとるかぁあああああああ!?」

 

真っ赤な顔をした王様の怒号が響きわたった。エロ過ぎる展開についていけなかったが、ようやく再起動できた彼女はぶるぶると震える指先を突き付けながら吼えまくる。

 

「お、おおお主はいったい何をやっとるか! ユーリ! 貴様も貴様だ! どうしてもっと抵抗せんのだ! 盟主の名が泣くぞ!?」

「おやおや~~? な~に、羨ましいのかな? 自分だけ出会いが無いから」

「誰がンな事口にしたかぁあああああ!! こら、シュテル! 貴様からも何か言って――っておいいい!? お前はお前で何をしとるか!?」

「何って、(ダークネス)の目隠しをしてるのですが? 流石にユーリのあんな姿を見せるわけにはいかないでしょう?」

「それはわかる! わかるが、我が言いたいのはそんなことではない!」

「シュテるん~、王様は、シュテるんと『あーしあ』が、『だーく』に抱きしめられてるのを言いたいんだと思うよ~?」

「わ、私はアリシアだよ! 悪魔っ娘なシスターさんじゃないんだよ!」

「あれくらい見事な脱ぎっぷりをすれば、きっと明日から人気者になれるんじゃない?」

「私はフェイトと違ってそっち方面の(脱げ)担当じゃないんだよ! 私は大切な人に一途な『やまとなでしこ』なんだよ!」

「……ぷっ」

「今、鼻で笑ったね? 口元抑えながら吹き出したよねぇ!?」

「つか、それよりも無意味なくらいにマヌケな野郎っぽい名前で呼ばれた気がしたんだが……」

「レヴィはおつむが足りない残念な子なので諦めてください」

「こら、シュテル! まだお話はすんでないんだよ!?」

 

さらりと仲間を小ばかにしながら、シュテルは今の自分の状況を確認してみる。

ルビーとユーリがR指定をくらいそうなエロい行為を繰り広げていることを察したシュテルとアリシアは、刹那のアイコンタクトを交わしてダークネスの目を塞いだのだ。

ただし……彼の胸元に身を寄せて抱き着くような体勢で。左から抱き着いたアリシアの左手と反対側から抱き着いたシュテルの右手がダークネスの両目を塞ぎ、空いた方の手を彼の腰に回す。

その状態で飛行魔法を解除すれば、反射的に彼女らの腰に手を回して抱きとめてくれるはずだ。彼女らの目論見は見事に的中、こうして『ダークネスさん両手に花の巻』状態が完成したのだ。

まあもっとも、二人のいたずらとはいえ、彼女たちを抱きしめる腕に力が籠ってしまうのは彼が二人を手放したくない、己の所有物だと主張したいという本心の表れなのかも知れないが(無論、本人は無自覚だが)。

 

「勝ち組と負け組の境界線がハッキリと証明されてしまっているようですね」

「うぉおおおおい!? それ一体どういう意味だ!? 出会いの無かった我への当てつけか!?」

「いえ、ただこうして殿方の腕に抱かれているとなんというか……今まで感じたことのない感情が湧き出してくるのを感じるのですよ。そう、これは――優越感というやつでしょうか(フッ)」

「うがぁぁぁああああああ!? 笑いおったな!? 貴様、鼻で我を笑いやがりおったな!?」

「いえいえ、そうムキにならずともよいではありませんか。王にもいつか、意中の殿方が現れますよ。ええ、きっといつかは……」

ダークネス(そやつ)の胸元に頬を擦りつけて甘えながら、上から目線で言われても嬉しくなどないわ!」

 

ぷんぷんと湯気が立ち上りそうな形相で地団駄を踏む(空中なのに)ディアーチェを宥めるレヴィという珍しい光景が繰り広げられる一方で、脱力して抵抗する気力を吸い取られたユーリを抱えたルビーが、ダークネスたちに近づく。

 

「ほほう、これはこれは……なかなか、犯罪臭の漂う光景ですなぁ?」

「……言うな」

「ロリ~さん、だったん?」

「だから言うな! 自分でもちょっと自覚してんだから!」

「い~んじゃないかな? だってダークちゃんてば犯罪者なんだし」

「ソッチ方面での罪状は御免こうむる……ハァ、おい“Ⅱ”――」

「『ルビー』」

「は?」

「だ・か・ら、『ルビー』もしくは『ルビーちゃん』って呼んでくれなきゃヤダ♪」

「おいこら、いきなり何を」

「じゃないと協力してあげないかんね~」

「あの……ここは我慢してくださるとうれしいのですが」

「す、すいません、ごめんなさい……」

 

元凶がにまにまと腹の立つ笑みを浮かべるさまを見てぶん殴りたい衝動に駆られるものの、ある意味で当事者なシュテルとユーリの懇願を無下にするつもりも無いので、震える拳を堪えつつ、

 

「……ルビー、例の件の状況を教えてくれないか?」

「おぅ、いえ~っす♪」

 

上機嫌に指先を宙に走らせるや展開されたモニターを覗き、その内容が己の望みどおりのモノであったことに口端を吊り上げる。

 

「さすがは……この短期間で、よくもまあ、ここまでのモノを」

「くふふふふ~~、ボクに掛かればお茶の子再々なのさ~~」

「おい! さっきから僕を無視して何をやっている!?」

 

ヒステリックに喚き散らされる声をうっとおしそうに一瞥したダークネスとルビーは、炎の剣を顕現させた白夜へとめんどくさそうに向き直る。

 

「うるさい上に察しも悪い奴だな。わかるだろう? コイツ(ルビー)が来た時点で、オマエの詰まらない自信(げんじつ)は終わりを迎えるんだよ。今日、ここでな」

「な……に、ぉ……いっている!? お前はなにを――」

「ダーちゃん、術式を発動するのにチョットだけ時間がかかるんだ。その間、あの目障りな芥をボロカスにしといてくんない?」

「それだけでいいのか? 何なら、腕の一、二本くらいはツブしておいてもいいぞ?」

「ん~~……な~んか、追いつめたらめっどっちいことになりそうだし、ほどほどでヨロ!」

「……良いだろう、元々こちらから取引を持ちかけたんだ。そのくらいは引き受けるとしようか。――さて、そういう訳だ。死なない程度に相手をしてやろう」

 

立てた中指でくいくいっと手招きする様なあからさまな挑発に、白夜の決して高くは無い沸点は容易く振り切られた。

 

「ふっ、ざけるなぁあああああ!」

 

激昂する姿を始めて見たのだろう、驚くディアーチェたちを置き去りにする速度で突っ込んできた白夜の放つ斬撃を横へ飛びのいて躱しながら、左掌から炎球の如き魔力弾を放つ。「こんなものが通用するわけあ――っ!?」迫る魔力弾を炎の剣で切り払おうと右手を振り上げた刹那――、その眼が驚愕で見開かれる。

右腕が肩口から指先に至るまで微動だに動かすことが出来なかったからだ。もし、彼が周囲を探る余裕を持ち得ていれば、その原因を察することも出来たことだろう。白夜の右腕を拘束する不可視の鎖……その正体は、目に見えぬほどに細分化させた極小の霧。元来の用途は防御障壁としての効力を有するダークネス独自の魔法術式『ミストウォール』だ。

先の挑発のおり、立てられた中指を起点に大気中に分散させるように展開されていた魔力霧を、白夜がいる全面へ向けて展開させていたのだ。それに気づかぬまま、無防備な突進を仕掛けてしまった白夜に付着した魔力霧の粒子が互いに結合し、無色透明な拘束具となって彼の動きを束縛してみせたのだ。白夜は“能力”の一つ、完全“能力”無力化を発動させて拘束から抜け出そうと意識を集中させる。

白夜は自身へと向かってくる攻撃を忘れたわけではなかった。だが、所詮は特別な“能力”を使ったわけでもないただの魔力弾(・・・・・・)。この程度の攻撃など、たとえ直撃したところでもダメージになるはずが無い、それが白夜の考えだった。数多の“能力”を自在に振ることが出来る自分に敵う“能力”を持った存在などいる訳がないという驕りもあった。

もし、この場にダークネスと交戦したことがある者がいれば、誰もが口をそろえてこう言うことだろう。

 

『お前は、ヤツを甘く見過ぎている』――と。

 

着弾した寸前、巻き起こった半径数十メートルにも及ぶ範囲をすべて吹き飛ばすほどの衝撃と爆風で全身を焼かれながら、白夜はようやくダークネスという存在の異常性を理解したのだった。

 

「ふん、何でもかんでも“能力”に頼りすぎなんだよ。それだから自分の弱点にも気づけなかったんだ」

 

本人の感覚的には、さしたる速度も魔力も込められていないただの魔力弾(・・・・・・)で明らかなダメージを受けている白夜を冷めた目で見つめるダークネスの口元から呆れを含んだため息が漏れる。

だが同時に、やはりそういうことかと納得もしていた。完全“能力”無力化と名前だけ聴けば確かにとてつもないチカラだと思える。それに加えて、これ以外にも複数のチカラを使うことが出来るというのだから驚きを通り越して呆れすら感じられる。だが、このセカイに無敵、完全なる存在など存在し得ないことを彼は知っていた。故に、ダークネスにとって、No.“0”という存在もまた、脅威に値しないモノに過ぎない。

 

「“能力”が無効化されるのなら、“能力”を使わないで発動させた魔法を使えば済む話だろうが。お前が倒した“Ⅷ”は常時“能力”が発動していた影響で魔力弾にすら己の“能力”の効果をが付与されていた……要するに、魔力弾すら“能力”の一部と扱われていたからこそ、奴の攻撃を完全に無効化できていたようだから気づいていなかったようだな」

「ッ!? ば、バカな! たとえ“能力”が適用されないとしても、唯の魔力弾程度でなぜこれほどまでのダメージを!?」

「お前はバカか? 何事も努力を積み重ねて研磨し、幾重にも工夫すれば最上の結果をもたらすことができるのは当然の理だろう。要は、魔力弾だろうとなんだろうと、やりよう次第で必殺技に昇華させることも可能だということだ」

 

そもそも、転生時に感知系の特典を選択してした彼が戦いに勝ち抜くために戦う術を、魔法や武術を学んでいたのは当然のこと、それらを極限にまで鍛え上げることで身に付けた圧倒的な戦闘力と戦略《ロジック》こそがダークネスという最強者を生み出しているものなのだ。当然、己の“能力”が通用しない相手と対峙した場合の戦略も構築済みであり、目覚めた“能力”のみ(・・)を突き詰めた白夜など彼からしてみれば己が存在そのものを脅かすほどの脅威とはなりえない。

 

「そんな……、ふざけるな……ふざけるなよ! この僕が、お前の様な悪党なんかにぃいいっ!」

 

圧倒的なまでに開かれた彼我の実力差という現実を認められない白夜が胸の前で腕をクロスさせたかと思うと、ダークネスへと鋭く差し向ける。すると、両手から展開された炎の剣がその刀身を伸ばしながら迫りきた。大気を焼き掃うように唸りを上げる炎剣を、両掌に小さく部分的に展開させることで密度を増したミストウォールによっていなしていく。

 

「このっ! このっ! このぉおおおっ!」

 

親の敵だと言わんばかりに彼が言う所の『悪党』を睨み付ける白夜は、己が激情に後押しされるまま荒い呼吸を整えることもせずに、十メートル近い長さとなった炎剣を振るい続ける。

炎という無形のチカラを剣という姿(カタチ)として顕現させた剣は、重量もリーチも関係ないと言わんばかりにダークネスへとへ襲い掛かる。

だが、剣術の心得も持たぬ白夜の斬撃を躱すことなど、さほど難しいものではない。直接戦闘に繋がる“能力”を持たぬが故に、己が肉体を鍛え上げ続けてきたダークネスにとって、そんなものが脅威となりうるはずも無い!

 

「ただの拳……だがな、お前にはこいつが何よりも有効だろう!」

 

斬撃の軌道を読み切り、一瞬で懐へと踏み込むと、勢いをのせた拳を放つ。

だが。

 

「な、める……なぁっ! 『Ratziel(ラジエル)』!」

 

白夜が放った言霊と共に発動した相手の心を読み盗る術式が発動し、ダークネスの思念を、その結果もたらされる予想を映像として脳裏に映し出す。

 

(見える……見えるぞ! お前の考えが、その拳が僕の何処を狙っているのかまでも!)

 

放たれた拳の軌道をダークネスの思考を読むことで察知し、軽々と回避して見せる――が、

 

「ごふっ!?」

 

腹部に凄まじい衝撃を受け、錐揉みしながら宙を舞う。揺らぐ視界で捉えた自分を吹き飛ばしたものの正体、それは――

 

(し、尻尾……!?)

 

拳を振り抜いた勢いを上乗せさせた剣刃が連なったような形状の尾が、白夜の胴を薙ぎ払うように打ち付けたのだ。

黒い残滓が閃き、シグナムの連結刃に匹敵する切れ味を誇る刃が白夜のバリアジャケットを苦も無く切り裂く。真紅の飛沫が飛び散り、白夜の顔が苦痛に歪んだ。

 

「チカラに頼りすぎなんだよ、お前は! クライシス・エッジ!」

 

大気を引き裂いて放たれるは、黒金の炎の刃。咄嗟に構えた炎剣による防御は間に合ったものの、万物を焼き尽くすと称される神の炎に喰らい付く黒き刃がもたらす衝撃が白夜を襲う。

腕の骨が軋むのを感じて、白夜は嫌な汗が流れ落ちるのを押さえることができない。

 

「ふん、一撃受け止めただけで気を抜くとはな。所詮は素人か」

「っく!? 悪党風情が何を偉そうに……!」

「ああ、知らなかったのか? 俺はRPGでいうところのラスボス、あるい裏ボス的なポジションな立ち位置に立っている。つまり、身の程をわきまえずにチンケな正義感を振りかざすガキに現実というものを知らしめる存在ということさ。そう……お前のような勘違い野郎をなぁっ!」

 

世に名高き名刀すら霞む切れ味を誇る魔剣……クライシス・エンドを叩き付ければ、甲高い音を鳴り響かせながら炎の剣が砕け散る。天空に灯る焔であろうとも、闇に身を沈めた竜神の牙に抗うことは出来はしない。

 

「ちぃいっ!?」足元で魔力を爆発させ、白夜は後方へと跳躍する。

 

「くそっ! どういうことだ!? この力は一体なんだ!?」

「ぎゃーぎゃー喚くか、中二発言を繰り返すしか能がないのか? 少しは自分で考えたらどうだ?」

「なっ!? 僕を侮辱するつもりかっ!? いいだろう……、後悔させてやる! Tsadkiel(サマドエル)!」

 

記憶を司る大天使 Tsadkiel(サマドエル)、そのチカラとは――

 

「遍く“能力”が記された知識の書のチカラを得ること! すなわち、僕の前ではどれほど特殊な“能力”であろうとも、総てがさらけ出されてしまうのさ!」

 

チカラを発動させた白夜の脳裏に、ダークネスが保有する“能力”に関する情報が浮かび上がっていく。現時点での性能を読み取る『超戦略級広域解析瞳(フリズスキャルヴ)』とは違い、“能力”が完成した時に予測される効果のほどを表示する。それがTsadkiel(サマドエル)のチカラの正体だ。白夜が初見の攻防で“Ⅷ”(アッシュ)のチカラを完全に見切っていたのはこの“能力”がもたらした情報によるものが大きい。どれほど強力な切り札を有していようとも、奥の手が見抜かれていたのではそれは“必殺技”になりえない。“必殺技”とは文字通り『()()()』と呼ばれるのだ。手の内が開かれている奥の手など、何ら恐れる必要も無い。“Ⅰ”がどれほど強力な戦闘力を秘めていたとしても、タネを眼下に晒してしまえばどうということは無い。

自分に第二の生を与えてくれた神という存在、そしてかの者より授かった奇跡の力たる“能力”の前では、魔法も、武術も、兵器も、無意味の長物と化す。なまじ、神を神聖視し過ぎていたが故に、“能力”に関することしか注目していなかった。それこそが、彼の犯した最大の誤りであるという真実に気づかぬまま。

そして――やはりその程度の戦術(ロジック)が通用する程、この男は容易い存在ではなかった。

 

「なぁッ……、だとォオオオオオオ!?」

 

白夜の脳裏に映し出された物は、かつて見聞したものと全く同じもの。

すなわち――“Ⅰ”には『超戦略級広域解析瞳(フリズスキャルヴ)』以外に“能力”は存在しないという揺るぎ無い事実。

 

(ば、バカな!? それじゃあ、コイツ)

 

目の前の存在が理解できない様子の白夜は得体の知らない実力を秘めた存在を前にして、知らず息を呑む。

人間は予測もつかない事象に直面した時、混乱すると同時に思考が冷えて冷静になるといわれている。

白夜もまた、己が常識を容易く打ち砕く存在を前にして冷静さを取り戻したようで、この不条理な現実を受け入れようと頭を切り替えた――刹那、

 

「っはぁああああああああっ!」

 

裂号の気合いと共に振るわれた拳が、僅かな思考の隙をすり抜けるように撃ち放たれた。蒼い発光を繰り返しているジュエルシードの魔力を加算した一撃は、溜めを生じないにもかかわらず、人間が耐えられる許容量を遥かに超えた破壊力を秘めていた。驚愕を浮かべる白夜にそれを防ぐ手立てなどあるはずも無く、そのままダークネスの拳が白夜へ到達すると思われた、その瞬間――炎が爆ぜた。

 

「――『Gabriel(ガブリエル)』――!」絶叫にも似た『言霊』が響き渡ると同時に、真紅の輝きが黒い夜空を照らす。

 

白夜の身体を包み込むように展開された燃え盛る炎の障壁が、まるで彼を護るかのように立ち塞がった。

 

「――ッ!?」

 

超高温で揺らめく猛火の壁と黒金の炎刃が接触した瞬間、炎が二人を巻く様に爆散した。

 

「ッちぃ――!」

 

予測よりも数段減速させられた(・・・・・・・・・)一撃は炎の障壁を打ち破れずに相殺するに留まった。歯噛みしつつ片腕を横薙ぎに振るうと、巻き上がった暴風によって炎は細切れに切り裂かれていく。開かれた視界の向こう側、いまだに燃え続ける炎の障壁に護られた白夜を睨む。不愉快しか感じられないほくそ笑みを浮かべた白夜を睨み付ける。

 

「ふぅ……危ない、危ない。Sandalphon(サンダルフォン)の発動が遅れていたら、やられていたかもしれないね」

「攻撃の最中に感じた違和感、それに早すぎる障壁の発動速度……フン、なるほどな。また新しいチカラとやらか。時間の加速――いや、他者を対象とする体感速度の遅延といったところか」

「いい読みをしているね。その分析力に戦闘力……まさに君は底知れない怪物と呼ぶにふさわしいよ。まあ、もっとも……それはさっきまでの(・・・・・・)僕だったらだけどね」

「――なんだと?」

 

言葉を交わしながら、ダークネスは己が内からふつふつと湧き上がってきた違和感に眉根を顰める

つい先ほどまでとは全く違う白夜が纏う雰囲気……炎の壁を展開する直前までの彼とは全く別物と呼べるほどの存在感(プレッシャー)を放ち始めた敵に身構える。

どういう訳か、失いかけていた自信と余裕をとり戻したらしい白夜はけっして油断してよい相手ではない。彼の戦術の全容はいまだ未知なるものであることに変わりはないのだから。

 

「認めるよ。君は僕が全力で戦わなければならない存在だよ。この僕をここまで追いつめるほどの強者である君に敬意を払って――僕の真の力を見せてあげよう」

「な、に――ッ!?」

「『Michael(ミカエル)』――!」

 

膨大な魔力を解放した白夜の周囲を蔽っていた炎の壁がそのカタチを変えていく。熱せられた硝子細工のように歪な膨張と収縮を繰り返しながら、無形の炎が確たる器を作り上げていく。

まず生まれたのは炎の蛇とも呼べるものだった。だが正しくは蛇という表現は適切ではないのかもしれない。何故ならその炎には生物として必要不可欠な器官が備わっていなかったから。

眼も、口も、舌も、牙も、鱗も、何もない。いうなれば、先端の丸まったロープのようなものといった方が正しい。そんな奇妙極まりないものが炎の壁の表層から数十……、否、数百と押し出されるように生まれ出てきた。そしてロープのように細長い炎の蛇が一つ一つより合わさって、新たな形へと変化していく。束ねた炎がかたちどるのは、紅蓮に燃える腕であり、足でもあった。

そう、完成したのは、ダークネスが見上げるほどの巨体を誇る炎の巨人。地上に蔓延する不浄なる存在を浄化させるために降臨した神の炎、神代の時代に世界を良き滅ぼしたともされる古の焔の巨人。

これこそが『Michael(ミカエル)』――術者である白夜を護るガブリエルとは対をなす、敵を屠るためだけに顕現した断罪の剣――!

 

「――――」

「ふふふ……声も出ないとはまさにこのことだね。いまさら許しを請いても無駄だよ? 君に残された自由は、自分の意志で僕に向けて首を垂れながら、自分の愚かさを悔いることしかないのだからね!」

「……どういうことだ? お前の“能力”は十のチカラを作り出すというものの筈、だというのに、なぜ十以上のチカラを振るうことが出来る――?」

 

白夜の摂理が記されし創造の書(セーフェル・イェツラー)の効果……それは『十種類のチカラを生み出す』という非常に強力なもの。

判明している白夜のチカラは、炎の剣を生み出すMetatron(メタトロン) 、体感時間を操作するSandalphon (サンダルフォン)、相手の心を読むRatziel (ラジエル)、他者の“能力”を無効化するKamael(カマエル) 、“能力”に関する知識を得るTsadkiel(サドキエル)、そして“紫天の書”一派の創造とマスター権限に一つずつの計十種類。つまり白夜にはこれ以上新しいチカラを発動させることは不可能の筈なのだ。

防壁として顕現した炎の壁がMetatron(メタトロン)の炎剣を変化させたものだとすれば、一応の納得はつく。だが、それは無いとダークネスは踏んでいる。

威力が減衰していたとはいえ、クライシス・エンドを易々と防いで見せた炎の障壁、そして今まさに己へと拳を振り上げている巨人は一つのチカラの応用で生み出されたモノだとは到底思えないからだ。

魔法にしろ“能力”にしろ、効果や威力をカタチづくるのはそれに込められた想いに他ならない。『全てを討ち抜く力を』と願って開発された魔法こそが超長距離砲撃魔法であるように、『全ての敵を見抜く瞳を』と願って生み出した“能力”が敵のステータスを読み取るチカラであったように。Metatron(メタトロン)は超高熱の炎を“剣”という器に固定するものだ。ただそれだけを追及したが故に、魔法も障壁も容易く切り刻むことができる鋭さを具現化させることが出来たのだ。もし、炎を変幻自在に形態変化させることのできる汎用性に富んだチカラであったとしたら、ダークネスでさえ防御障壁(ミスト・ウォール)を展開しなければマズイと思わせるほどの威力を宿すことは出来なかったはずだ。だからこそ彼は炎の剣と壁、そしてあの巨人を生み出すチカラは別物であるという推論に至ったのだ。

 

「おやおや、ずいぶんと不思議そうな顔をしているね? だったら教えてあげるよ、僕のチカラの正体を」

 

ダークネスの抱いた疑問に、白夜はあっさりと答えを告げて見せようとする。自分が優位に立っているという自負のなせる技だろうか。それとも、新しく手に入れた自慢の玩具を自慢したいという子供じみた思考からくるものなのか。それは本人にしか知りえない。

 

「僕が与えられた“能力”の制限……『十種類のチカラしか生みだせない』という法則(ルール)は知っているだろう? でもね、あくまでも一度に手に入れることができるチカラが十個までというだけであって、それ以外に制約なんて存在しないのさ。そう、つまり――『一度作ったチカラを消して、新しいチカラを作る』ことも出来るのさ!」

「チカラを、消す……? ――っ!? まさか!?」

「――シュテル!?」

 

 

誰よりも近しい少女の悲鳴を耳にして振り向いたダークネスの目に飛び込んできたものは――

 

 

 

 

胸元を押さえて力無く崩れ落ちていく彼の助けるべき少女(シュテル)の姿だった。

 




当初の予定通りとはいえ、”紫天の書”一派がギャグ要因と化しつつある件。
――まあ、半オリジナルキャラクターだから問題ないか。
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