魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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ディーノ君、覚醒。彼の新形態は……まあ、アレです。
それにしても、文字数の増えること、増えること……。


決戦、”闇の書” 『狂気の行きつく場所』

「あーもー! なんなのよアレはぁああっ! 誰か説明! 説明しなさい! ひき肉にしちゃうわよ!? ――……すずかが」

「人聞き悪いなぁ!? 私っ、そんなことしないよ!? ていうか、意外と余裕あるねアリサちゃん!?」

「フン! こんなモン、こないだの誘拐事件の衝撃に比べればなんてことないわ!」

「それについては激しく同意するよ!」

 

人の気配が消え去った都市部に取り残されていた道路を駆け抜ける1つの影が存在した。

【ルミナスハート】が警告してきた一般人……それは、なのはの親友であるアリサ・バニングスと月村 すずかであった。

挙動不審ななのはたちを訝しみながらもこうして引き下がった後、病院からの帰り道で明らかに隠し事をしています~~的な態度をとりつづけていた友達へと不平をアリサがぼやき、すずかが窘める。

そんなことをしながら帰路についていた二人は、展開された結界に巻き込まれ、閉じ込められてしまっていた。明らかな異常事態に怯えを隠せなかったところに、都心方向から凄まじい破壊音と共に桜色の光が迫りきているではないか。

咄嗟に瞳を真紅に染めあげたすずかがアリサを抱きかかえ、人外の身体能力にモノを言わせた脚力で離脱をはかっていた。

『夜の一族』と呼ばれる人ならざる存在としての血脈に連なる者であるすずかは、自分自身に宿る人を超えた力を恐れ続けてきた。

しかし、数週間前に巻き込まれた『とある事件』を経て吸血鬼としての能力を恐れる感情は薄れていたため、こうして全速力で逃げているのだが、まるでそんな努力など無意味なのだと言わんばかりの速度で桜色の光が迫ってくる。

二人は知らぬことだが、あの光は集束型魔導砲が着弾したことによって発生した魔力の波動だ。

全方位に広域拡散しているとはいえ、それでも膨大な魔力と衝撃波が内包されていることは想像に難しくない。魔力資質……即ち、体内魔力を効率良く循環させるリンカーコアが備わっていない彼女たちがあれ程の魔力波を浴びてしまった場合、極度のショック症状を引き起こして昏睡状態に陥ってしまう可能性すらある。

本能的にあの光の危険性を察知しているのだろう、すずかの表情はまさしく決死と呼ぶにふさわしいものとなっていた。

そんな時、すずかに担がれていたアリサの耳が人の声らしいものを捉えた。

その声に反応してアリサが振り向けば、光の衝撃波のすこし手前くらいから、こちらに向かってくるいくつかの人影の姿が確認できるではないか。

最初は人間らしいものが空を飛んでいることに惚け、次いでその人影の正体がおもっくそ見覚えのある少女たちのものであることに気づいて驚愕に叫んでしまう。

耳元で大声を上げられたすずかは一瞬だけびくりと身体を震わせ、足を縺れさせてしまいそうになった。

 

「も、もう! アリサちゃん!?」

「ご、ゴメン、すずか……てか、アレ! アレ!」

 

慌てて体勢を立て直したすずかの非難をスルーしたアリサがしきりに後ろの上空辺りを指差している。

何が? と首だけ回して後ろを見上げてみる。人よりも優れた彼女の視力が、彼女らの方へと接近してくる友達の姿を捉えた。

 

「あれ……!? なのはちゃんにフェイトちゃん!?」

「花梨もいるわ! それに確か、はやての弟って奴と……ん? あのおんぶされてるのって、誰?」

 

さりげなく失礼な言葉を口にしていたアリサ嬢たちのすぐそばに着地した花梨たちは驚いて立ち止まってしまっている二人を余所に、もうすぐそばまで迫り来ている魔力衝撃を防がんと防御態勢に移る。

防御魔法の使えないアルクが二人の前に立ちふさがる様に身構え両腕を身体の前でクロスさせる。

その前に降り立ったフェイトは【バルディッシュ】にカートリッジをロード、魔力ブーストを受けたラウンドシールドを展開させる。

さらに、フェイトたちを庇う形に構えたなのは、花梨、コウタの三人が各々のデバイスを構えてドーム状の防御フィールドを形成させる。

直後、街を呑みこみながら迫りきた閃光が彼女らに到達、骨の髄まで届く振動と衝撃が皆へと襲い掛かった。

全員が目を閉じ、歯を食いしばって衝撃の波が通りすぎるのを今か今かと願い、耐え続ける。

これほど距離を稼いでいたというのに、ここまでの衝撃に晒されるとは……果たして、ゼロ距離で直撃を受けたディーノはどれほどのダメージを受けているのだろうか。想像するだに恐ろしい。

時間にして数分、徐々に衝撃と閃光が収まっていき、再び静寂が舞い戻ってくる。

恐る恐る瞳を開き、辺りを見渡すアリサの視界に映ったのは、見るも無残に破壊され尽くした町並みの成れの果てであった。

アスファルトは吹き飛び、路上に停車されていた車やトラックは遠くに吹き飛ばされたのか一台も見当たらない。街灯は折れ曲がり、ビルは何とか原型をとどめてこそいるものん、窓はすべて砕け散るか熱で蒸発してしまっている。

これが、ついさっきまで自分たちが暮らしていた街の姿なのか。隠蔽されてきた裏の世界の存在を、望まぬとも知る機会があった少女にとって、今、目の前で巻き起こった非常識な光景を現実のものと受けれるのは流石に厳しい物があった。

それはすずかも似たような状態だった。彼女の場合はアリサよりもそちら側に対して予備知識を持ち合わせてこそいたモノの、さすがにここまでの惨状を巻き起こすような術があるとは思いもしなかったのだ。

未だあの光の正体についてなんら説明を受けていないことも、彼女たちに恐怖を抱かせる要因となっていた。

 

一方の花梨たち魔導師組もまた、別の意味で驚愕を露わにしていた。

 

“非殺傷設定”

 

彼女らが日常的に使用しているこの技術は、文字通り『魔法による物理破壊効果を無効化させる』というものだ。

要は、どんな派手な魔法でも魔力ダメージによる精神への攻撃と変換され、肉体には一切のダメージを受けないという特徴がある。

シミュレーターなどで仮想空間内に展開された建築物は魔力によって構成されていることから、魔法が命中すれば破壊もされるだろうが、本物の建築物などは魔法が直撃してもそれ自体には破壊効果は無い筈なのだ(デバイスによる打撃や、魔力から変換された雷などの物理現象は除く)。

だが、現に建築物は見るも無残な破壊の爪痕が刻み込まれている。それが差し示す原因はたった一つ――!

 

「これ……まさか、非殺傷設定が解除されてるの!?」

「うわ、まじかよ……容赦なさすぎだろ、あの銀髪」

「はやて姉やヴィータたちを傷つけ、本気で殺しに来ている相手なんだ……彼女も全力で迎え撃つつもりなんだろうね」

「でも……! だからって、こんなやり方は間違ってるよ! お話しもしないまま、暴力を振るうだけなんて悲しすぎるよ!」

「なのは、あんたの言いたいことは私にも分かるわ。でも……それが通じない、分からない相手も世の中にはいるのよ。それはわかっていることでしょう?」

 

かつて、なのははフェイトとわかりあうために幾度となく言葉を、魔法をぶつけ合った。

言葉だけでも、力だけでも、今のような関係を築くことは出来なかっただろう。

想いを言葉に、魔法に変えて相手に送り、相手の想いも受け止める。

それが出来て初めて、人と人のつながりが形成されるのだ。

でも、大切な人たちを奪い取られたディーノには、復讐以外に一切興味を抱けず、“闇の書”もまた、自分は道具として在りたいと願い、心を閉ざしている。

彼らの心に声を届けることができるのは、各々の大切な人たちだけなのかもしれない。

けれど。

 

「“Ⅰ”の言葉を信じるなら、ディーノの大切な人たちは彼に復讐を果たすことこそを望んでいる。それじゃあ、彼を止めることは不可能なのかもしれない……」

「……むしろ、俺らの手でヤツの狂気を終わらせてやることが救いになるんじゃねェの?」

 

ドライな言い方だが、アルクの言にも一理ある。コウタも同意する様に頷いている。

だが、そんな結末を許容できるほど、高町 なのはという少女は物分かりが良くは無い。反論を上げようと口を開――こうとした瞬間、

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

巨獣の咆哮を思わせる雄叫びと共に、漆黒の魔力がはるか上空で爆ぜた。

全身を貫く殺意の奔流に振り返った一同の瞳に映ったのは、まさに世界の終りを告げるかの如き光景だった。表面に赤黒い血管のような物が浮き出ている黒い球体、それはまさに大地に墜ちてきた漆黒の太陽。心臓のように規則的な脈動を繰り返しながら、徐々に小さく縮んでいく。

だが、それから感じられる魔力と殺意に変動はない……いや、むしろより苛烈で強烈なものへと進化していっているようにも見える。

恐怖しか感じられぬ非常識な光景に一同が声を無くす中、花梨だけはアレが何なのかを理解していた。いや、正確には彼女の感覚が、かつて限定的にとはいえ『人ならざる存在』へと変容したことのある彼女だからこそ感じ取れたのだ。あの球体……その正体を。

 

「そんな……ウソでしょ!? よりにもよって、どうしてこのタイミングで!?」

【マスター? どうしたんです?】

高次領域覚醒(マテリアル・シフト)……っ! 新しい『神成るモノ』が誕生する!!」

 

花梨の声と時を同じくして、黒い太陽の内側から闇よりも深い閃光が迸った。

 

 

 

 

――俺は……負けたのか?

 

近代的な街並みの中に突如として生まれた巨大なクレーターの中心部に身を横たえた少年……ディーノは、どこか他人事のようにそんなことを思い浮かべていた。

このクレーターは“闇の書”の管理人格が放った究極的集束砲【スターライトブレイカ―】が着弾したことによって発生したものだ。

防ぎようの無かったゼロ距離での直撃を受けたディーノは、とっさに身体を捩ることで直撃を避けることに成功した。

それでも物理破壊設定であれだけの魔法を受けてしまったのだ。左半身を消失することと引き換えに生きながられたのは、幸運であると言わざるを得ない。

消し飛んだ身体の断面が高熱で焼かれて出血が抑えられている事や痛覚が消失してしまっていることも余って何とか意識は留められているものの、誰がどう見ても満身創痍、ゲームならば戦闘不能と表示されることは間違いないだろう。

だがそれでも、この胸の奥で燃え盛る怨嗟の、憤怒の、憎悪の、激怒の……そして絶望の声が鎮まらない。鎮まってくれない。

自分のやってきた事が大多数の人間に認められない所業だということは理解している。

死んでいったものは、決して戻ってこない。

過去に憑りつかれ、今を懸命に生きることを放棄するような生き方が歪んでいるなんてことくらい、ずっと前からわかっていた。

でも、それでも――!

 

(俺がやらなきゃ……俺が果たさなきゃ、誰もっ! 皆のことを忘れてしまう! 唯一生き残った俺が父さんが、母さんが、イリーナが……皆があそこで生きていたってことを忘れ去られちまう! どこにでもある不幸な事件として、どうでも良い記憶として風化していってしまう! そんなの……! そんな理不尽をっ!)

 

「認め……られ、る……もん、かよぉっ……!」

 

――ディーノ(オレ)を強くするために皆は死んでしまったんじゃないのか?

 

復讐の力を求め、人里離れた樹海で己を鍛え上げていた頃……いつからか、そんなことを思うようになっていた。

 

ディーノ(オレ)が生まれたから、集落は騎士共(主要キャラクター)に襲撃されたのではないだろうか?

 

ディーノ(オレ)が復讐の怨念で強くなるために、皆は死ななきゃならなかったのではないだろうか?

 

もし……『原作』(うんめい)に積極的に関わるつもりは無かったディーノ(オレ)を、強制的に参加させるために世界の修正力のようなものが働いていたのだとしたら?

 

それはつまり……皆はディーノ(オレ)のためだけに運命を弄ばれたというのか――!?

 

(フザケルナ……)

 

バカバカしい。ああ、本当にバカバカしい、不条理で理不尽な世界(クソッタレ野郎)だ。

ディーノは大好きだった。凛々しい父親と、沸点が低く意外と手の速い母親が。ディーノを『に~ちゃ』と舌ったらずな声で呼んでくれる幼い妹が。

裕福とは言えず、けれども暖かく楽しい集落の皆が……ディーノは本当に大好きだった。

だからこそ憎悪する。転生者である自分ではなく、無関係だった大切な人たちを奪い去った運命を、人殺しでありながら自分たちはのうのうと過去を忘れて光の下で暮らしていた“闇の書”共を。

世界の理不尽に向かい合ったディーノは確信したのだ。

自分に残されたものは、運命に対する復讐(これ)しかないのだと。『原作』? 『転生者』?そんなこと知ったことか。

ディーノ(オレ)はただ……仇である“闇の書”を砕いて、切り刻んで、破壊する、ただ――それだけ。

涙を流し、歯を食いしばるディーノに、目に見えないナニカが注ぎ込まれていく。それは世界に満ちる『想い』、魔法力(マナ)という超常のエネルギー。

『想い』の集合体である『魔法力(マナ)』には、人の感情の数だけ志向性というものが存在する。優しさや気高さといったプラスのモノだけではなく……悲しみ、怒りといったマイナスのエネルギーもまた存在しているのだ。

暗く、深い憎悪の炎が燃え上がるディーノの魂の輝きが、『魔法力(マナ)』へと通じる門を開く。それは人が超えてはならない領域への扉、踏み出してしまえば最後、決して後戻りできなくなる永遠獄への片道切符。それを受け入れてしまえば、マイナスのエネルギーに心を、肉体を、魂すらも飲み込まれ、侵されてしまうことだろう。

ディーノはそんな自分の末路を、確かな予感として感じ取っていた。だが、それでも彼に迷いは無かった。

仰向けに倒れ込んだままのディーノ目に、ゆっくりと降下してくる人影が写り込んでいたからだ。

それは、理想的な容姿を有する銀色の髪を靡かせた女性。真紅の瞳は何の感情も映しておらず、能面か人形の如き不気味さを相手に与える女性……“闇の書”の管理人格は、ディーノの半身を消し炭にしたことに何の感傷も抱いていないとでも言いたげに、彼に向けて掌をかざすと魔力を集束させていく。止めを刺すつもりだ。手加減や非殺傷設定などという生ぬるいものではない。文字通り、肉片一欠片も残すつもりは無いと、空虚な瞳が告げている。

このまま消える事だけは絶対に許せない、他ならぬ自分自身が。ディーノは今や形見となった胸元のペンダント……『招魂の輝石』へと手を伸ばす。ヒビが入り、原形を留めていることが奇跡に等しい有様の宝物(それ)を見つめれば、ディーノの脳裏にあの頃の楽しかった記憶が蘇ってくる。

父が、母が、妹が、皆が、そして……自分が幸せそうに笑っていたあの頃の記憶が。

 

――自分に郷愁に浸る理性が戻ってくる日が来るなんてな。

 

苦笑しつつ、ディーノは大きく口を開くと、その中へ『招魂の輝石』をほおり込み、一気に呑みこむ。

怨念が集束し、変質した黒い魔力が体内で暴れ狂う感覚に身を委ねながら、脳裏に浮かぶ扉へと手を伸ばす。

もう、自分に残された道はこれしかないのだから――!

 

「なんだ……!?」

 

管理人格は魔力砲撃のチャージをキャンセルさせながら、変貌していくディーノを見ていた。

文字通りの死に体であったディーノが何かを呑みこんだかと思った瞬間、今の自分すら凌駕しうるほどの魔力が湧き上がる。

際限なく高まり続ける黒い魔力は、やがてディーノの身体を包み込むように凝縮して黒き球体状に変貌を遂げる。

ゆっくりと浮かび上がってくる黒い球……否、地上に墜ちた黒い太陽を油断なく見据えながら、再び砲撃を放とうと魔力を集束させ始めた瞬間、母の腹を食い破って誕生する忌子の如く、黒い太陽から鮮血の代わりにどす黒い魔力を撒き散らしながら一つの人影が這い出てきた。

その姿を見て、管理人格は集束させていた魔力を霧散させてしまうほどの驚愕に襲われ、思わず目を見開いた。

 

それは、一応は人と同じ形をしていた。だが、果たして()を人間と称してよいものなのだろうか……?

 

額には竜の頭部を模した紋章のような物が浮かび上がり、そこから伸びる光に沿うように髪が逆立っている。

全身の皮膚は装甲のような皮膚に覆われ、それが幾層にも重なりあって鎧のようになって見える。

背中にはドラゴンのような翼が生え、両手首辺りは完全な竜の頭部そのものへと変貌を遂げている。

咢を開く竜口から人間と同じ形状の指先が――ただし四本指となっているが――見て取れる。

腰部からも身長ほどに長い竜尾が生えており、まさしく『竜人』と呼ぶにふさわしい異形の姿。

黒き『魔法力(マナ)』を取り込み、欠損していた肉体を遺伝子レベルで改変、再構築させたこの姿こそ、No.“Ⅹ”(ディーノ)が覚醒した『神成るモノ』としての姿。

 

人を殺し、竜を屠り、魔をも滅ぼす最凶の魔人――

 

 

《超竜魔人 ディーノ》

 

 

世界を震わせる憎しみが生み出した怪物は、どこまでも冷たい金色の瞳を――獣のように縦に裂けたソレを――動かして辺りを見わたす。

そして、その視線が管理人格を捉えた瞬間――

 

「な――っ!?」

 

竜翼を羽ばたかせて、暴風を巻き起こしながら一瞬で彼女の眼前にまで迫ったディーノは、黒い魔力を纏わせた拳を叩き込んだ。

常時展開させていた障壁を易々と砕いて見せた一撃はそれに見合うだけの圧倒的な重さと破壊力を秘めていた。悲鳴を置き去りにするほどのスピードでビルの残骸に叩き付けられた管理人格は、それでも勢いを殺し尽くすことが出来ないままビルを貫通、いくつものビル棟を突き破りながら吹き飛ばされていった。

粉塵と轟音が立ち籠るかつての街並みを見下ろすディーノの瞳は、相変わらず冷たいまま。

感情が抜け落ちているのでは? と錯覚してしまうほどの無表情だった。だが、真実は違う。冷たいのは瞳の表層のみ、そのさらに奥まで見通せば彼の抱く本当の感情の正体に気づくことが出来るだろう。

それは――憎悪。

 

『神成るモノ』――そこに至った者の姿は、本人の心を映したものであると言われている。

 

例えば、己が生き抜くことを願ったダークネスは、あらゆる障害を乗り越えられる最強の存在を模した姿を得た。

 

妹を、家族を助けたいと願った花梨は、大切な人を救う女神を意識した姿へと変化していた。

 

覚醒したディーノの禍々しい姿こそ、彼の胸に宿る激怒、憎悪、憎しみの体現。

そう……彼の心は、竜とも人とも取れぬあの姿と同じくさまざまな激情が渦巻き、ぐちゃぐちゃになっていたのだ。

ただ一つだけ言いえることがあるとするのならば――“闇の書”への復讐のためだけに、今のディーノは存在していると言っても過言ではないということだろうか。

しかし、だからとって黙って破壊されるつもりは、彼女には微塵もありはしなかった。

損傷個所を豊富な魔力で修復させた管理人格は、瓦礫を吹き飛ばしながらディーノへ向けて突貫、具現化させたレヴァンティンを脳天目掛けて振り下ろす。

シグナムを取り込んだことにより取得した魔力の炎熱変換能力によって発動させた紫電一閃を、ディーノあ左手の竜頭から生えた角部分で受け止めると、腕力に物を言わせてそのまま押し返して見せた。

さらに竜角の強度も相当のものらしく、ただ一度の交叉でレヴァンティンの刀身には深々と亀裂が奔っていた。僅かなダメージも与える事が出来なかった結果に舌打ちを溢しつつ、弓を引き絞る様に構えていた逆の手を勢いよく前に突き出す。瞬間、炸裂音と共に彼女が埋もれていた瓦礫の中から、真紅の閃光が飛び出した。

遅延魔法……詠唱を先に済ませておき、魔法そのものを遅らせて発動させる技術。十三からなる真紅の砲撃は花梨が得意とする砲撃魔法【ルミナスバスター・サテライトシフト】。

黄道を守護する十三の星座になぞらえた真紅の閃光がディーノへと突き刺さっていく。

だが、目に見えるダメージは与えられなかったようだ。衝撃で僅かにバランスを崩した程度にとどまり、竜皮の鎧と化した胸板に僅かな焦げ跡を刻む程度の結果しか出せなかった。

それすらも、まるでビデオの巻き戻しのように瞬く間に修復されてしまう。精神へのダメージならばどうかと、幾つかのバスターには非殺傷設定を付与させていたのだが、効果は無かったらしい。

まさしく、人の理の範疇外に存在するモノの面目躍如といったところか。あの回復力は覚醒した“闇の書”(じぶん)にすら匹敵しうるレベルだ。

額の紋章から閃光の如き砲撃を、両手の竜口からは燃え盛る火炎の吐息(ファイヤーブレス)を放ちながら、絶え間なく攻め続けるディーノが繰り出す攻撃全てが一撃必殺となりうるほどのシロモノ。さらにどうやら対“闇の書”用のウイルスプログラム『魔道生命体殺し(マギウス・スレイヤー)』の効果までもが付与されているらしい。無限に近い再生能力に加えて世界を滅ぼすほどの莫大な魔力、そして蒐集によって記録し続けてきた多彩な魔法技術。これこそが彼女の強み。だが再生能力、魔力共に同等、或いは凌駕しうるほどの能力を発現させた上に、対抗手段(特製の猛毒)すら有している魔人(ディーノ)は、まさしく“闇の書”の天敵と呼ぶにふさわしい。このチカラを手に入れられたのは、自分という憎しみを蔓延させる存在がいたからだと言うのは、皮肉と言わずしてなんと言えばよいのか。

だが、それでも――敗けるつもりは無い。主の願いを果たすまでは、たとえどんな卑怯な手を取ることになろうとも……!

 

翼を大きく羽ばたかせ、管理人格が後方へと跳び退った瞬間、突如ディーノが体勢を崩す。

管理人格しか目に入っていなかったディーノの背中に、突如として隕石の如き衝撃を伴った拳が叩き込まれたからだ。

炎を纏わせた左拳を深々とディーノの背中にめり込ませながら、瞳をぎらつかせたアルクの視線が振り返ったディーノのソレと交叉する。

 

「滅龍奥義……」

 

左拳を背中に突き刺したまま、指の骨が軋む音を上げるくらい硬く握りしめた右の拳を引き絞る。そして右拳が纏う魔力が瞬く間に氷へと変化、捻りを加えて触れたモノ全てを凍結し粉砕させる一撃がディーノの背中へと叩き込まれた。

炎と氷、相反する属性を同時に展開させることができる『救世の刃(テン・コマンドメンツ)』の特性の一つ、『氷炎』だ。

コウタの盾を足場にしてここまで投擲されてきた加速力も加えた痛撃は、ディーノに対して確かなダメージを与えていた。

 

滅龍魔法(ドラゴン・ブレイカ―)

 

その名が示す通り、幻想の王たる竜種を屠るために生み出された“能力”(チカラ)

ドラゴンの特性を体現させている今のディーノにとって、まさに天敵ともいうべき“能力”であると言えるだろう。

それは、管理人格が繰り出す魔法も、拳もほとんどダメージを与えられていなかった彼の顔が苦痛に歪んでいることが、何よりの証明となっている。

 

「■■■■……ッ! ■■■■■■■■■■■■■――――ッ!!」

 

邪魔をされたことに対する憤怒に吼え滾るディーノの竜尾が撓り、アルクの脇腹へと突き刺さる――寸前、両者の間に割って入ったコウタが両手で構えた盾で受け止めてみせた。

人ならざるモノと化した今のディーノの力は、ダークネスすら凌ぎかねないもの。恐ろしいまでの剛力が宿る竜尾による打ち払いは、強固さに自信がある【レイアース】の盾に亀裂を走らせ、コウタの両腕に軋みを上げさせる。

なんとか歯をくい縛って耐えきったものの、それはあくまで竜尾を防いだに過ぎなかった。コウタの背中にしがみ付きながら肩越しに面を覗かせたアルクの眼前に、竜の口そのものと化した拳が叩き付けられる。両足でコウタの腰をロックすると、アルクはブリッジの要領で上半身を反らして攻撃をやり過ごす。拳圧が顎すれすれを通り過ぎる様を見て、アルクの頬が盛大に引き攣る。

腕力に自信のあった彼でさえも比べることもおこがましいほどの剛拳を目の当たりにしながら、それでも二人の少年は不敵な笑みを浮かべてみせる(頬は盛大に引きつっていたが)。

その瞬間、ディーノの頭部がカウンターの如き勢いで突き刺さった砲撃魔法の直撃を受けて、ぐらりと身体を傾かせた。

かぶりを振って残留魔力の煙を吹き飛ばすディーノの顔に、僅かな驚きの色が浮かぶ。見れば、デバイスを構えた花梨となのはがいつの間にか現れているではないか。

と、そこで気づく。未だに姿が見えない、もう一人の少女の存在を失念していたことに。

 

【Haken Slash】

「はぁあああああああっ!!」

 

裂号の叫びと共に、【バルディッシュ】を構えたフェイトが天空より強襲する。

さらなる速度を求めた結果、装甲をさらに薄くさせることでスピードを最大限に高めた新形態『ソニックフォーム』となったフェイトの斬撃が、竜翼へと振り下ろされた。

斬り落とさんばかりの勢いと威力が籠められていた文句なしの一撃だったのだが、フェイトの腕力不足故か、はたまた純粋にディーノの防御力が優れていたのか、金色の魔力刃は皮膜を僅かに切り裂くに留まってしまう。今度は逆に、彼女の存在を確認したディーノの腕が彼女を捕えんと伸ばされる。

ディーノを蹴り飛ばしてその反動で離脱しようとしたフェイトの考えを読んでいたかのように、蹴り出された白魚のような足をがっしりと掴み取ってしまう。

フェイトの足に鋭く伸びた爪を食い込ませながら、逆の拳を叩き込むために彼女の身体を自分の方へと引き寄せる。それを察したなのはが誘導弾を放ち、フェイトが体勢を崩しながらも【バルディッシュ】を振るう。だが、間に合わない。

さらに削ってしまったバリアジャケットでは到底防ぐことが叶わない拳が、彼女という存在を粉砕せんと解き放たれた。

だが。

 

「狂気に染まりし少年よ……その少女と共に深き闇の眠りへと墜ちるがいい……!」

「■■っ!?」

「えっ……!?」

 

凄まじい速さで距離を詰めてきた管理人格の翳した掌から眩い光が解き放たれた瞬間、二人は凄まじい脱力感と無力感に襲われた。全身を光に包み込まれると、徐々にその輪郭が薄くなっていく。

そして――

 

 

【Absorption】

 

 

デバイス特有の無機質な電子音を連想させる音声が響くと同時に、二人の存在は完全に消失してしまった。

 

 

「フェイトちゃん、何処っ!?」

「なのは、落ち着きなさい! さっきの光、アレは……」

 

親友の消失に心を乱す妹を落ち着かせながら、花梨は管理人格を睨み付ける。

 

「転移魔法に似た感覚を感じたわ。多分、どこかの異空間に封じ込めているのよ」

「ああ、その通りだ。彼らには終わりなき夢の世界へと誘わせてもらった」

 

花梨の推測を肯定する様に、管理人格は首を縦に振りながら説明する。

 

「彼らの中にある記憶を読み取り、最も安らぎを、幸福を感じられる夢の世界へと送り込んだ……もはや彼らは戦う必要はないのだ。永遠に、私の中で幸福な夢を見続けることができる……」

「ケッ! ンなモン、俺っちは欲しくなんざねぇなぁ~~!」

「何故だ? お前の求めるあらゆる幸福が分け隔てなく与えられるというのに……愛する人、大切な人たちと穏やかに、平穏な毎日を過ごすことが出来る……これ以上の幸福が他にあるというのか?」

「くっだらねぇ! そんなツマンネ~世界なんざ、お断りだ! 人生ってのはな、刺激があるから楽しいんだよ! 俺っちの本職は発掘屋なンだが、お宝を手に入れただけじゃあ幸福とは言えねェよ! 頭を捻って言い伝えやら伝承やらを解読して、危険な罠を掻い潜った先でようやく目的のモンを手に入れた時に感じるあの感動! 俺っちの幸せってのはあ~ゆ~奴のことを言うんだよ! わかるか!? 俺っちの望みはスリルそのものなのさ! アンタの言うような世界なんて、面白くもなんともねェよ! テメ~のやってる事は、自分が幸福だと思い込んでいるモンを押し付けてるだけだ! ペットに食いモンやおもちゃを与えて『お前は幸福だろう? だからこれで満足しろ』って言ってるようなモンだ! 要するに、完ッ璧に上から目線なんだよ! ンな奴の見せる夢なんて、見たいわきゃねぇだろが!」

 

人とは適度な刺激を求める生き物だ。平凡な日常、たしかにそれは幸福な時間であると呼べるだろう。

だが、ただ幸福なだけの世界に留まり続けることなど、人間にはできはしない。何故なら、人間が生きるということは欲望を抱くということに他ならないからだ。

今が幸せなら、もっと幸せになりたい。おいしいものを食べられたから、次はもっとおいしいものを食べてみたい。綺麗な宝石が手に入った、じゃあもっときれいな宝石も欲しくなった……等々、どこまでも際限なく広がり続ける感情(それ)こそが、人間にとって生きているという何よりの証明と言えるだろう。

 

「人の幸せの形は千差万別……、りぃ――管理人格、君の言う幸福な夢を見続けるというのは、本当の意味での『幸せ』なんかじゃないんだ。夢はどこまでいっても夢でしかない、だから僕たちは必死に生き続けるんだ。今を……この瞬間を全力で生きるために!」

 

「――そう、つらい現実から目を背けるんじゃない。泥まみれになっても、地べたを対ずりまわることになったとしても、最後まで希望を、理想を、……“夢”を目指して運命に抗い続けること。大切な事は、最初の一歩を踏み出すほんのちょっとの勇気を持つこと。ただ、それだけでいいのよ」

 

花梨の周囲に漂う魔力の『質』が変容を遂げていく。

何者でもない無色の魔力粒子……それらひとつひとつに、確たる意志が宿っていく。それは世界に満ちる人々の想いそのもの。世界創世の頃より積み重ねられ、寄り集まって一つの集合体へと至った超常のエネルギー……『魔法力(マナ)』。

いと高き天空より幼き少女へと降り注ぐのは、無限に等しいまでに拡がった遥かなる領域とつながった起源へと通じる回廊(バイパス)

世界の深淵とも呼ばれし意志あるエネルギーの集合体である『魔法力(マナ)』の奔流が、か細い回廊を伝って花梨の内へと注ぎ込まれていく。

自我がどこまでも拡大していく。肉体が遺伝子レベルで変容・・・・・否、進化しているのが感じらえる。かつて限定的に開いた超常世界への扉を開け放ち、『高町 花梨』という存在とかの者たちを完全に同調させていく。

胸に抱く想いを貫き通す力を発現させるために、花梨はあの言霊(トリガー)を唱える!

 

「――――『限定起源接続(プリ・アクセス)』――――!!」

 

眩い輝きを放つ風が吹き荒れて、花梨を包み込んでいく。

光の球体の中で花梨のバリアジャケットが『神成るモノ』としてふさわしい戦装束へと変わっていく。

蒼穹の如き深い蒼を基調としたノースリーブのように肩の辺りで袖部分と別れている着物風の上着に、ロングスカート。

真紅のマントをたなびかせるは、人を超えた超常の存在へと覚醒を果たした一人の少女。

 

不屈の心を宿す、頑固で泣き虫なとっても愛おしい大切な少女(いもうと)を守り抜くと誓った、気高き『神成るモノ』――

 

 

《星の守護者 高町 花梨》

 

 

フルドライブモード【アンブレイカル】へと変形させた【ルミナスハート】を握り締め、杖先を管理人格へと向ける。

たったそれだけで、世界を滅ぼす力を持つ“闇の書”の管理人格が、僅かに後ずさってしまう。

本能的に感じとっていたのだ。眼前で文字通り“変わった”少女は、先ほど覚めぬ夢へと封印することでしか抗うことが出来なかった少年(そんざい)と同質存在へと進化したのだということを。

広大な魔力という点で見れば、確かに破格の魔力を所有する“闇の書”ではあるが、『神成るモノ』たちの宿す魔力は根本的に次元が異なる代物だ。

“闇の書”が蒐集行為によって集めた魔力は、いくつもの異なる魔力がより合わさって構成されたものだ。しかし、ごちゃ混ぜになりすぎたために、本質的には“闇の書”という一つの意志(・・・・・)しか内包されていない。彼女自身の魔力が黒く染まっているのも、魔力に宿っているはずの想いが彼女のそれ一色に塗りつぶされている証であると言えよう。

それに対して、『神成るモノ』たちの宿す魔力は周囲に満ちる思いの結晶たる『魔法力(マナ)』そのものだ。それを構成する魔力粒子(エーテル)全てに誰かしらの想いが、意志が込められている。

即ち、『神成るモノ』たちが揮う魔法には無限に等しい人々の想いが籠められていると言っても過言ではない。

『世界を破壊する』……それを可能とする魔力の『量』こそ等しいのだとしても、それに込められた意志――すなわち、『質』に天と地ほどの差があるのだ。

無限の意志が生み出すチカラの奔流の前に、たかが一つのロストロギア如きが抗えるはずも無い。

それを感じているからこそ、管理人格は花梨に対して警戒を露わにしていた。小さな身体が放つ圧倒的な威圧感(プレッシャー)に呑まれてかけていることを自覚する。

しかし、次に花梨が口にした言葉は、彼女をさらに困惑させるに値するものだった。

 

「悪いことは言わないわ……今すぐ、ディーノを吐き出しなさい。でないと貴方――殺されちゃうわよ?」

 

……訳が分からない。

 

それが、彼女の思った率直な感想だった。あの少年は永遠の眠りについている。今頃は復讐へと走るきっかけとなった故郷で、家族たちと平和なひと時を過ごしている夢を見ているはずだ。

失ってしまった者たちが無事な世界、守護騎士たちの襲撃を受けなかったらという『if』の世界。復讐の原因といえる人々に囲まれて幸福に過ごしていけるのならば、きっと彼は夢を享受し、自分が消滅する時まで安らかに眠り続けてくれることだろう。

なのに――

 

「それは、どういう意味だ……? 私が殺されるだと? それに、金髪の少女の方は良いのか?」

「フェイトなら心配いらないわ。あの娘は強いもの。自分の力で、幻を断ち斬ってくるに決まっているもの」

 

――でも、ディーノは違う。アイツを封じ込める事なんて、もう誰にもできるはずが無い。

 

夜天の空を風が吹く。ゾクリと、見えない獣の眼光に射抜かれたかのような寒気が一同の胸を貫く。

 

 

次の瞬間、

 

 

管理人格の腹部から、漆黒の刃が生まれ出た。

 

 

魔道生命体殺し(マギウス・スレイヤー)』がもたらした激痛に苛まれながら管理人格が何か行動を起こすよりも早く、彼女の体内から這い出るように突き出された刃に続いて、あるモノが這い出てきた。

それは赤い血管が刀身に張り付いた大剣の柄を握りしめる爬虫類を思わせる皮膚をした腕と、それが生えた竜の咢。どちらからも鮮血が滴り落ちており、鉄臭い臭いが風に煽られて花梨たちの鼻にまで届く。

ずるりずるり、と管理人格の腹部から生まれた竜頭の正体があらわとなっていく。

切り裂かれた傷口を引き裂く様に広げ、引き抜いた竜翼を大きくはためかせて飛び立った“竜人”……ディーノ。

大剣にこべりついた血液をべろりと舐めとるその姿は、まさに暴虐の化身そのもの。

光に呑みこまれる前から微塵も減衰を見せない狂気を振りまきながら、美貌を苦痛に歪ませ、毒のせいで修復できない傷口を押さえつけている管理人格を睨み付けるディーノへ向けて、花梨は手を掲げながら魔方陣を形成させていく。

もし彼女へ追撃を仕掛けようものならば、その前に自分が相手になる。言外にそう含ませながら、戦闘態勢を維持し続ける花梨の両脇に並び立つのは、【エクセリオン】モードを起動させた愛機を構えるなのはと剣を肩に担いだコウタ、そしてコウタに展開してもらった足場替わりの魔法陣を踏みしめながら両手を打ち鳴らすアルクだ。

自分と同じ存在を感じ取ったのか、はたまたジャマをされることを嫌ったのか。ゆっくりとディーノの視線が管理人格から花梨たちの方へと向けられる。

瞳孔の割れた瞳に宿るのは途方も無い『怒り』。

それはディーノが見せられた夢によるもの。幸せだったあの頃を再現したかのようなまやかしの世界、かつて失った大切な人たちが笑顔で過ごしていられる幻想(ユメ)

ああ、それはなんて幸せな事なのだろう。失うことも無い、忘れ去られることも無い、もう……恐怖の捌け口を求める必要もありはしないのだ。

そう――もしこれが本当の現実であったとするのならば。

 

声が聴こえる。

囀る様でもあり、吼え滾る様でもある。

只、恨みと憎悪と怒りに満ちている声が。

 

――許スナ、許スナ、許スナ……我ラヲ殺シタ奴ラヲ許スナ!

――憎メ、憎メ、憎メ……父ヲ、母ヲ、妹ヲ、仲間ヲ奪ッタ奴ラヲ!

――壊セ、壊セ、壊セ……アノ道具ヲ、我ラガ怨嗟ト鮮血ヲ吸イ上ゲタ魔本ヲ!

 

呑み込み、同化した『招魂の輝石』から溢れ出す怨嗟の声。自我が消え去り、もはや人の言葉すら話せなくなりつつある声が、舌ったらずな幼子の精一杯の怨嗟の声が、なによりも守りたかった大切な家族だった人たちの声が――穏やかな夢に浸ろうとしていたディーノの心に、更なる憎悪を刷り込んでいく。そして思い出す。この夢を誰が見せているのかを。

他の誰でもない……仇であり、憎しみの対象そのものであったという事実を。

己からは総てを奪い去っていったくせに、自分たちだけはのうのうと救われようとしている恥知らず。

だからこそ嘆く。

だからこそ悲しむ。

誰よりも愛していたからこそ……何よりもあの一瞬が幸福であったこそ――それを奪い去った者たちに、永劫の苦しみを!!

決して忘れ去ることのできない悲しみと怒りが、幻想の世界を打ち破る。家族と笑顔で日々を暮らす……そんな、おこがましき未来(マボロシ)を抱いた呪われた魔本に恐怖と絶望を与えるために。

 

ディーノの心にふつふつと湧き上がってくる憤怒に呼応して、膨大過ぎる『魔法力(マナ)』が『神成るモノ』へと至った身ですら制御しきれないほどの勢いで注ぎ込まれていく。

全身の骨が、筋肉が軋みを上げ、リンカーコアが臨界突破(オーバーロード)を起こす。

許容を超えたエネルギーを注ぎ込まれた全身の細胞が次々と自壊し、『神成るモノ』が持つ再生能力によって破壊される端から再生されていく。そして修復されてはまた自壊を繰り返す。

狂気の沙汰としか思えぬ行為を目の当たりにして、なのはは今まで自分が経験したこともない恐怖を感じていた。

復讐のためだけに自分自身すらも蔑にする狂気、あの禍々しい姿そのものが彼の抱え込む心の闇そのものなのだと理解する。

高町 なのはと言う少女は、相手が喋ることが出来て言葉の通じる存在であるのならば、誰であっても話をすることができると信じている。

無駄な事、きれいごとだと嘲笑われたとしても、それでもこの信念だけは絶対に譲ることが出来なかった。

だからこそ、ディーノのことを知らされた時にも、話をすればきっと分かり合える……そう信じていた。

だから叫ばずにはいられなかった。

もしここで、そんなことは無意味だと、意味は無いのだと決めつけてしまえば、その時点で高町 なのは(わたし)自分自身(わたし)でなくなってしまう。そう思ったから。

 

「もうやめてください! どうしてそんなに傷ついてまで戦おうとするんですか!?」

 

返答はない、それでもあきらめずに言葉を投げかける。

 

「確かに私にあなたの気持ちを理解することはできないのかもしれない……でも! 過去にしがみ付いて、今から目を逸らしたって何にもならないじゃないですか! そんなこと……っ! 皆、不幸になるだけです!」

 

それは、なのはの本心だった。含む物が一切ない、穢れ無き少女の純粋な想いが籠められた言葉。

 

だが。

 

ディーノの心には届かない。

もはや、言葉を交わすなどという次元の話ではないのだ。殺すか殺されるか。破壊するか破壊されるのか。

ディーノと“闇の書”の間にはもはや何れかの消滅以外に、答えは存在していないのだ。それを証明するかのように、ディーノが大剣を振りかざして花梨目掛けて突撃する。目的を達成する上で一番の障害を排除することを優先したらしく、魔力を纏わせた漆黒の大剣を横薙ぎに振るう。

展開された防御障壁に食い込み、そのまま喰い破ろうと圧力の増した刀身と障壁がこすれ合い、耳障りな金きり音を鳴り響かせる。花梨は力比べは分が悪いと判断、障壁を傾けて剣閃をいなすと、お返しとばかりに強化された蹴りを叩き込む。きちんとした武道の心得を持ち合わせていない花梨の蹴りを脇腹に受けたところで、ディーノが揺らぐことはありえない。

だが、彼女もまた人を超えた『神成るモノ』、そんな常識に捕らわれるような存在であるはずが無い。靴に装着された宝石が赤く染まったかと思いきや、そこを起点として砲撃が撃ちだされた。紅い砲撃はディーノを呑み込み、そのままビルの残骸へと叩き込んだ。

粉塵の巻き起こる眼下を油断なく見据えながら、【ルミナスハート】をディーノが墜落した瓦礫へと向ける。杖先に魔力を集束させる。それと同時に【ルミナスハート】の周囲を囲むように四つの魔法陣が展開、回転速度を高めながら魔力を集束、増幅させて魔力球を生成していく。

チャージが完了し、トリガーに指を掛けた瞬間、大地から暴虐の化身かくやという閃光が撃ち放たれた。

放たれた魔光の余波で吹き飛ばされた瓦礫の向こう側に、まるで竜の口を連想させる形に両手を重ね合わせたディーノの姿が確認できる。

 

竜闘気砲魔法(ドルオーラ)

 

それがこの凄まじい閃光を生み出す砲撃魔法の正体。

純粋な魔法ではなく、身に纏った闘気と魔力を融合させて撃ち放つ極大破壊魔法。

速度と貫通性に富んだこの魔法は、同等の魔法で打ち消すか、耐えきるか以外に逃れる術を持たない。『神成るモノ』へと至る前のディーノでは、使用した瞬間に自身の身体が砕け散ってしまうほどの威力が秘められている、文字通りの切り札(とっておき)

破壊の具現たる魔力光は瞬く間に五つの恒星を従えた魔法少女へと到達、都市をまるごと包み込むほどの大爆発を巻き起こした。

 

「――――」

 

脅威となりうる奴も、なにか囀っていた小娘も、邪魔をする奴ら全員を消し去ったという確信を抱いたディーノが狂笑を浮かべる。

そんな彼の耳に風切り音が届く。

何だ? そう思う前に、真紅の砲撃魔法がディーノの全身に突き刺さった。頭部、胸元、両肩、両翼の計五つ、ほとんど同時に襲いきた衝撃に、ディーノはその顔を苦痛に歪める。

 

「ふん、あんまり私を甘く見ないで貰いたいわね。皆、大丈夫?」

「だ、大丈夫!」

「ああ、うん、何とか……」

「うぇ~~、気ン持ち悪ぃ~~……短距離跳躍(ショートジャンプ)って、こんなんだったのかよぉ」

 

軽口すら叩いて見せるのは、デバイスを指先てくるくるとタクトのように振り回している花梨だった。彼女はチャージを維持したまま、無詠唱で発動させた短距離転送(ショートジャンプ)によってディーノの後方へと転移することで、先の攻撃を回避して見せたのだ。

ほとんど不意打ち気味に転移させられた三人は、心構えが出来ていなかったことも相まって、若干顔色が悪くなっている。アルクに至っては、車酔いに陥ったかのように口元を押さえつつ、コウタに背中をさすって貰っていた。

喉を唸らせながら怒りをあらわにするディーノと向かい合いながら、花梨は暗い表情を浮かべている妹へと声を掛ける。

 

「……なのは、今はアンタにやれること、出来ることをやりなさい。あれもこれもって手を伸ばし過ぎると、本当に大切なものを失うことになるわよ」

「お姉ちゃん……でも!」

「私だって出来る事ならアイツを止めたい、救いたいって考えてる。私たちが目指す未来を掴み取るために、もしアイツが協力してくれたらきっとものすごい力になると思う……でもね、アレを見て」

 

そう言って、ディーノの片翼を花梨が指差す。

指先をなぞる様に視線を動かしたなのはの目に、ディーノの翼に亀裂のような罅が所々走っているのを見て、思わず口元を押さえてしまう。

 

「身体の限界を超えた力を行使し続けた代償よ……多分、もう長くは無いわね」

 

言葉を交わす間にも、亀裂は翼から背中へと伸び、徐々にだが身体中へと広がっている。ひとたび走った罅は修復されることも無く、皮膚は金属のように硬質化してパラパラと崩れ落ちていく。

出血は、無い……なぜなら、緑色へと変貌した血液すらも皮膚と同じように凝固して、砕け散っているのだから。

症状の進行速度から見て、残された時間はそう長くは無いだろう。それが花梨の見立てだった。

すぐに助けようと身を乗り出したなのはの前に手を翳して押し留めながら、花梨は姉としてあえて厳しい言葉を投げつける。

 

「認めなさい、なのは。これがどうしようもない現実よ。アイツを救う手だてはもう残されていないわ」

「どうして? どうしてお姉ちゃんにそんなことが分かるっていうの!?」

「分かっちゃうのよ……今の私も、“彼”やアイツと同じ『神成るモノ(もの)』だからね」

 

自嘲気味に呟く姉の横顔を見て、なのはは二の句が継げなくなってしまった。見てしまったからだ。花梨が、大好きな姉が、物凄くさびしそうな微笑を浮かべている姿を。

どうしてそんな顔をしているの? そう問いただしたくて、でもコウタとアルクに無言で首を振られてしまえば、何も言えなくなってしまう。時々、自分以上に姉と分かり合っている風な様子が多々見られたアルクと彼と似たような雰囲気を感じるコウタのアドバイスを無視することが出来なかったからだ。

胸に宿ったもやもや感に何とも言えぬ表情を浮かべたなのはが、もう一度ディーノへと語りかけようとした瞬間、別方向から魔力が爆発したかのような衝撃に晒された。

 

「きゃ!? な、何!?」

 

幸いと言うべきか、爆心地点から距離がそこそこ離れていたお蔭で少しだけ体勢を崩す程度で済んだ。

ディーノへの警戒を緩めぬまま、衝撃の飛んできた方角を見てみれば、ボロボロだった“闇の書”の管理人格が黒い球体に包まれながら、ゆっくりと地上に向けて落下しているではないか。

黒い球体となったソレは地面に到達すると、そのまま大地に沈み込んでいき、中ほどまで沈下した時点でようやく静止した。半球状となった“闇の書”は周囲の魔力素を取り込みながらその質量と大きさを増していき、瞬く間に巨大なドーム程の威容を持つにまで至っている。

突然の展開に戸惑うなのはが苦虫を噛んだような表情を浮かべる三人に訊こうとするが、

 

「――暴走が、始まったんだ……」

 

静かな怒りを秘めた声でそう答えるのは、【デュランダル】と【S2U】、二つのデバイスを携えたクロノだった。傍には葉月は勿論、結界内部に捕らわれていたアリサとすずかを避難させていた増援であるユーノとアルフの姿もある。

以前、ダークネスにしこたまやられていたアルフだったが、本局で最先端の治療を受けたおかげでベストコンディションまで回復しているようだ。牙を剥き、戦意に滾る闘志を眼に宿している。一方で、拘束したグレアムたちを葉月が空けた小さな結界の穴を通してアースラに送り届けてきたクロノの両手は小さく震えている。彼の胸の内にも、父親を奪った“闇の書”への怒りが渦巻いているのだ。だが、今自分のやるべき事はそんなことじゃない。私情を心の奥底に押し込みながら、いつか見た姿へと変身している花梨へと近づく。無論、無表情で黒いドームを見下ろすディーノへの警戒を維持したままで。

 

「すまないな、遅くなった。状況は?」

「……最悪よ」

「なるほど、実に分かりやすい」

 

軽口を交わし合いながらも、二人はデバイスを交叉させて互いの情報を交換し合っていた。

口頭で伝え合うだけでなく、より細かい情報も共有しておくべきだという判断からくるものだ。

ちなみに葉月も、さりげなく花梨にくっつけていた監視用情報端末スフィアを回収していたりするが、これは非常時故にしている事であって、別に日常的に花梨の動きをモニタニングしている訳ではない――筈だ。

 

(――こいつも逮捕した方がいいかもしれないな)

 

にやけてしまう口元を手で押さえながら歓喜に震えるストーカーちっくな少女(葉月)へ、クロノは犯罪者を睨むようなジト眼を向け続けていた。

 




冒頭でアリサ&すずかが口にした誘拐事件については、『A's』編終了後に語る予定です。

解説
・『超竜魔人』ディーノ
”Ⅹ”が『神成るモノ』として覚醒した姿。
その容姿は”ダイの大冒険”に登場する竜魔人を禍々しくパワーアップさせたもの。モデルとの違いは、オリジナルだと手の甲に竜の瞳と角のような器官が生えていたのに対し、竜の頭部そのものが備わっていること(イメージ的には”Gガンダム”に登場するドラゴンガンダムみたいな感じ)。他は下半身までもドラゴンの皮膚を模した装甲に包まれており、竜尾が備わっていること。理性はほとんどぶっ飛んでおり、言語機能は完全に失われてしまっている。
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