魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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『A's』編終結まであとわずか。
事後処理も含めて、三話くらいかな?



決戦、”闇の書” 『あなたをわすれない』

「雨、止まないね~~」

「……うん、そうだね……」

 

青々とした草木がまるで絨毯のように広がっている草原。

その一角に生えたさほど大きくはない木の下で、二人の金色の少女は幹に背中を預けながら腰を下ろしていた。

小高い丘になっているこの場所からは、緩やかな風に吹かれる草のたわめきが、まるで穏やかな波間に揺れる海原のよう。

朝食を終えた直後、姉に手を引っ張られる形で外へと連れ出されたフェイトは、やたらとハイテンションなアリシアにされるがまま、あちらこちらに連れまわされた。

どれほど時間が経ったのか、つい先ほどまで暖かな陽光が降り注いでいた青空にどんよりとした雲が懸かり始めたのに気づいた時には、すでに後の祭り。

ぽつぽつと雨の雫が頬に当たったかと思った次の瞬間には、またたく間に強まっていく。土砂降りというほどでは無いものの、家からだいぶ遠くまで来てしまっていたらしい。

走って帰ろうとしたら、確実にずぶ濡れになること間違いなしだ。

幸いというべきか、そぐ傍に雨宿りに最適な木が生えていたので、その木の枝の下で雨が上がるのを待つことにして今に至る。

あんまり遅くなるようだと、母さんたちが心配するかもしれないけれども、空を見上げればうっすらと雨雲の切れ目から日の光が溢れだしてきている。

そう時間はかからずに、雨は上がることだろう。

そんな取りとめのないことを、ぼんやりと夢見心地な頭でフェイトは考える。

そう、まるで夢のようだ。ずっと笑って欲しかった(プレシア)が息災で、長い間望み続けてきた笑顔を自分に向けてくれる。

大好きだった姉のような存在である女性(リニス)と触れ合うことができる、微笑みをもらうことができる。

半身とも呼ぶべき(アリシア)と、こうして同じ時を共に過ごすことができる。当然、家族同然な使い魔(アルフ)も一緒だ。

ああ……これは、なんて幸せなことなんだろう。こうなって欲しかった現実を無かったことにして、大切な人たちと共に歩いて行けていたかもしれない優しい未来。かつて夢見たそれが今、フェイトの立っている世界だ。

まるで……。そう、これはまるで夢のような世界ではないか――

 

「ゆ、め……?」

 

なんだろう、何かが引っ掛かる。とても大切なことなのに、けれども思い出すことができない『ナニカ』。

どうして、自分は今、幸せな世界にいるはずなのに、こんなにも胸が苦しいんだろう……?

 

『フェイトちゃん』

 

聞き覚えのない声。多分、自分と同じくらいの女の子の声。

優しくて、まっすぐな強さを持っている、そんな思いを抱いてしまうような声。

なぜだろう……。この声が聞こえると、声の主のことを考えると、こんなにも温かい気持ちになれるのは、なぜ?

どうして、私は――……泣いているんだろう。

頬を伝い、零れ落ちていく涙の雫。こんなにも優しい世界にいるというのに、どうしようもなく胸が痛いよ……。

 

「フェイト」

 

胸の痛みを堪えるよう、抱えた膝に額を押しつけながら蹲るフェイトに掛けられるのは、彼女の様子をじっ、と見つめていたアリシアの優しげな声。

先ほどから……いや、正しくは朝のベッドの上でおはようの挨拶を交わした時からずっと浮かべていた笑みではない。まるで、自分の全てを見抜いているかのように錯覚させられるほどの大人びた微笑だった。

 

(あ、れ……?)

 

自分と同じ顔で、けれども自分には決っして浮かべらないと感じさせる笑みを浮かべる姉。その表情が、姿が、フェイトの記憶を刺激する。

 

(この笑顔……。前に一度、どこかで……?)

 

霞がかかったように思いだせない過去の記憶を、忘却の彼方より手繰り寄せる。

あれは、そう……自分が彼女のことを”姉”と初めて呼んだ日に――っ!?

 

(ああ、そうだ……あの時だ)

 

翠屋でみんなとお茶しようって足を運んでみたら、どうしてか”彼”と『アリシア』が居て……そのまま”闇の書”事件でのお互いの立ち位置について交渉する破目になって……そして――

 

(初めて……『アリシア』が”お姉ちゃん”に見えたんだ)

 

身元保証人であるリンディに向け、真剣な表情で頭を下げていた『アリシア』。

彼女がその時に浮かべていた表情はすごく真剣で、彼女が自分(フェイト)をどれだけ大切に思っているのか、感じ取れるには十分すぎて。

それは今、目の前にいる姉が浮かべているそれと寸分の違いのないもので。だからこそ思う。自分を想ってくれている”姉”に応えられるよう、ちゃんと現実を受け止めなければならないと心から思う。

何時までも夢の世界に甘えていてはいけない。ちゃんと前を向いて歩いていかなければならない。

言うなれば、そう……きっと、今が運命の分岐点なのだ。前に花梨に言われたことがある。人は、無数の選択肢……運命の分岐点の答えを自分自身で選んでいるのだと。

その『決断』が積み重なって、今の自分があるのだと。

確かに、夢の中にいればかつて望んだ優しい未来に、こうなって欲しかった世界にずっと居ることができる。

母親がいて、姉のような存在が二人もいて、自分の半身ともいうべき使い魔もいる。みんなが笑顔を浮かべて、誰にも奪われない自分たちだけの優しい世界。この温もりに溺れていたい。

そう思ってしまうほどに、ここには暖かさがあふれている。でも――

 

「ここは、夢、なんだ……どんなに望んでも、どんなに焦がれても、もう絶対に手に入らないセカイなんだ」

 

わかっている。母が向けてくれる笑みも、消えてしまった姉の一人が顕在だということも、すべてはこんな都合のよい世界を望んだ自分のために用意された世界だ。

 

「現実はきっとつらい。悲しいことがあって、苦しいこともたくさんある。それでも……すごく暖かいんだ」

 

胸に宿るのは大切な人たちの笑顔。なのはがいる、花梨がいる、アリアにすずか、リンディ、クロノ、エイミィ……あの世界で出会えた、たくさんの優しい人たち。

大丈夫、あそこならきっと私は、笑顔で生きていける、そう思えるから。

 

だから――

 

「もう、私は……大丈夫、だから」

 

だから心配しないで。愛する妹の浮かべた笑顔、それは迷いも後悔もない、見惚れるような笑みだった。

アリシアはまっすぐ自分の足で立ち上がった妹の姿に、ほっ、と息を吐く。

 

「そっか、じゃあもう大丈夫(へ~き)だね?」

「うん」

 

一時は恨んだこともある。罵声を浴びせたこともある。

それでも、ずっと自分を見守ってくれていた”姉”の強さが、その『想い』が素直にすごいと思う。

そんな、すごい姉に負けたくないと、もっと強くなりたいという願いを抱きながらバリアジャケットを展開させると、傍らで見守ってくれている姉に向かい合う。

言葉はない。けれども、まっすぐ見据えてくる瞳に込められた強い意志を感じられた。

フェイトは『あなたは誰?』と言外に問われているように感じられた。故に応えよう。

己もまた、ここから新たな一歩を踏み出すために。

 

「私はフェイト・テスタロッサ。その名が示す通り……運命を切り開く者――!」

 

気付けば、フェイトの手には愛機たる【バルディッシュ】が握られていた。

フェイトは【バルディッシュ】を構えて、今の自分があるべき姿をイメージする。アリシアとおそろいのワンピースがはじけ飛び、美しい金色の魔力が煌めく輝きと共に彼女の身体を包み込む。

そして光がはじけ飛べば、そこにいたのは黒いバリアジャケットに身を包んだフェイトの姿があった。

身体の調子を確かめるように拳を握り締めると、見守ってくれていた姉に向き直る。

すると、真紅の瞳から涙があふれ出てしまう。拭っても拭っても、次々と零れ落ちる涙の雫に終わりは見えない。まるで降り止むことがない雨のように。

アリシアは嗚咽を漏らし始めた妹へと手を伸ばし、自分よりも背が高くなった妹を抱きしめる。濡れることも厭わず、ただひたすらに想いを、優しさを溢れさせながら妹を抱きしめ続ける。

やがて、フェイトの嗚咽が鎮まっていくのを見計らい、ゆっくりとアリシアが身体を離していく。

離れていく温もりに、『ぁ……』と小さな声を漏らすフェイト。

そんな妹の想いを知ってか知らずか、茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべたアリシアは、指を握りしめた右手を伸ばして小指だけ立ててみせる。きょとんと首を傾げるフェイトに、アリシアはこれが何を意味するのかを語る。

 

「これはね、『ゆびきり』って言うんだよ。絶対破らない約束をするときにやる“おまじない”らしいんだよ。だからね?」

 

なにが言いたいのか理解したのだろう、フェイトは差し出された姉の指におずおずと自分のそれを絡ませる。

 

「約束しよう、フェイト? また今度……一緒に遊ぼうってさ」

「……う、うん!」

「えへへ~~……よっし! もう大丈夫だよね?」

「――うん。ありがとう、“お姉ちゃん”」

 

にひひ~~と笑顔を浮かべるアリシアにつられるように、フェイトも自然と笑顔になる。

いつしか、雨は止んでいた。彼女たちの心に呼応したのかのように、雨雲の切れ目から眩い太陽の光と共に、目も眩む蒼い空が覗いていた。もう言葉はいらない。

言いたいことは、伝えたいことはお互いの心に通じ合えているから。

フェイトはマントを翻し、この場を後にする。彼女の帰りを待つ、大切な人たちの元へ舞い戻るために。

 

「――……あ、そうだ! ついでにダークちゃんのことも許してくれると、お姉ちゃん嬉しいかも~~!」

「――……えっ?」

 

駆け出した背中に、そんな声が投げかけられたような気がした。

 

 

 

「ちょ、お姉ちゃん! それ、どういう意味!? ――って、アレ?」

「ふぇ、フェイトォオオオオ!?」

「きゃふっ!?」

 

聞き捨てならない台詞を叫んだ姉に問いただそうと振り向いた瞬間、気づいたら外に出られていた。

うん、意味が解らない。

こてん、と首を傾げそうになったフェイトに突撃する様な勢いで抱き着いてきたアルフの『はぐ』が炸裂、一撃でフェイトの肺に蓄えられていた酸素量がゼロに!

“闇の書”に取り込まれたことを聞かされたのだろう、半泣きになりながら全力でフェイトの細い身体を締め付けてくる。彼女からすれば復帰早々、主が行方不明になったと告げられたようなものなのだ。この有様もある意味で当然のことなのかもしれない。

だが、忘れてはならない。フェイトは“闇の書”に取り込まれた時と同じ状態(コンディション)なのだ。

簡単に言ってしまえば、魔力をかなり消耗して疲労困憊なのだ。――それこそ、バリアジャケットに回す魔力がいつもの半分近くまで下げざるを得ない程に。

さて、元々防御の薄い彼女の防御力が一層低下しているこの状況で、近接型特有のパワータイプであるアルフが全力(・・)ベアバックすれ(抱きつけ)ばどうなるか?

 

「……(ぶくぶく)」

「ちょ、アルフさん!? フェイトちゃん気絶してますから! カニさんみたいに泡吹いちゃってますからっ!?」

「はっ、速く回復魔法を! ……はっ!? しまった! そういや私、今の状態だと回復系の魔法が使えないんだった!」

「なんだよ、そのめんどくさい設定はよォ!?」

「すげぇ……! 人って本当に泡を吹けるんだ……」

「感動するのそこなんですか!?」

「……いつも、こんなノリなのかい?」

「いや、まぁ……うん。大体こんな感じです、ハイ……」

 

これだけぐだぐだやっときながら、それでもいまだに健在なディーノや暴走を開始しつつある“闇の書”への警戒を緩めていないこの面子、やはり能力的には(・・)優秀だと言うことだろう。

それにしても“時の庭園”での一幕といい、こいつら数を揃えるとコントせずにはいられない習性でもあるのだろうか?

ディーノが心なし、なんか言いたげな顔をしているように見えるのは、果たして目の錯覚なのだろうか……。

シリアス空気をブレイカ―された戦場に、場違いなほどのまったりとした時間が訪れていた。

 

 

 

 

――楽しそうやなぁ……。

 

果てしなく広がる暗闇の中に、少しの羨望が混じった声が響く。

深い闇の中から外の様子をぼんやりと眺めていた少女の瞳に、だんだんと光が戻っていく。彼らが発する相手を思いやったまっすぐな言葉が、はやての胸に染み込んでいく。

現在進行形で繰り広げられている笑劇だけによるものではない。

覚醒した“闇の書”に取り込まれ、凄まじい眠気と虚脱感に苛まれた少女……八神 はやては、周囲で起こったすべての出来事を視覚情報として見続けていたのだ。

パラパラマンガのように、その時その時の映像をむりやり繋ぎ合わせた継ぎ接ぎだらけで意味の無いもの。自分を、世界を拒絶して否定した彼女にとって、そんなものなど何の意味も持たない情報でしかない。そう――そのはずだった。

はやての両手に力が籠り、拳を作り上げたそれを躊躇なく自分の額に叩き付ける。

ゴチンッ! と擬音語がピッタリな音を鳴り響かせながら、痛みでハッキリとした頭の回転を上げていく。

ズキズキとした痛みに涙が浮かんでくるが、この程度のことなんて罰にもならない。

よそ様に迷惑をかけたことについて? それとも身内に勝手な真似をさせてしまったことについて?

――いいや、違う。今のは他ならない自分自身に対しての罰だ。

現実から逃げ続けて、幻想の中で自分を慰めつづけるなんて絶対にごめんだ。はやては見たのだ。あんなにすれ違って、ぶつかり合って、それでもお互いの想いを伝え合ってみせた優しい人たちの姿を。

本当の心をさらけ出すことを恐れずに前に進み、心から想い合って紡いだ絆を手に入れた彼女たちの強さを、純粋にすごいと思う。と同時に思う、自分たちもあのように在りたいと。

お互いのことを思うあまりに、すれ違い続けてしまった自分たちでも、もう一度やり直すことが出来るはずだと……そう思うから。

歩き出さなければならない。前に進まなくてはならない。こんな――ただの夢に浸ること以外にも、自分にはやれることがあるはずだ。

 

「諦めへん……ああ、そうや。諦めてたまるかい。――ったく、いつから私はこんな腰抜けになっとったんやろなぁ」

 

一歩ずつ、暗闇を踏みしめながら歩き始める。前へ、前へと……。

多分、目覚めた現実ではつらい出来事がたくさん待ち構えているのだろう。

“闇の書”にお父さんを、お仲間を奪われたクロノさんやグレアムおじさんたち……。

守護騎士(ウチの子)たちに大切な人たちを奪われたって言うディーノさん……。

魔力目的に襲われて、迷惑をかけてしまった沢山の人たち……多分、謝っても許してもらえないのかもしれない。憎まれ、蔑まれ、憎悪され、命を狙われる日々が待っているのかもしれない。

 

――たとえそうだとしても、もう逃げない。全部向き合うと決めたのだから。

 

だから。

 

「私は……もう諦めへん! 自分の未来とも、世界とも、現実とも向き合って見せる! 運命なんてナンボのもんや! ンなモンにおとなしゅう従ってやるほど、はやてさんは物分かり良いないで! せやから――!」

 

暗い闇の向こう、ぼんやりとたゆたう四つの光と一つの人影を見据えながら、はやては闇の……“夜天の主”として声高々に宣告する!

 

「アンタらも私の家族なら運命なんかに負けんなや! それともアレか!? 私らの繋がりは、絆は、なのはちゃんたちの足元にも及ばないくらいちっさいモンだったんか!?」

『――ッ!? いいえ、それは違います!』

『ンなわきゃねぇよ、はやて! アタシらの絆は誰にも負けねーよ!』

『我ら夜天に集いし守護騎士……この想いは何者にも断てはいたしません!』

『そうですよ、はやてちゃん! 私たちは王と騎士である以前に、家族なんですから!』

「だったら、いつまでもウジウジしとらんで、さっさと外に出る準備しい! 私たちを助けようと必死になってくれたなのはちゃんたちに報いるためにも……そして、“闇の書”の悲劇を終わらせるためにもな! ――アンタもやで、管理人格……ううん、『リィンフォース』!」

【リィン……フォース……? 主、それはもしや……?】

「せや。いつまでも管理人格、な~んて呼ばれ続けるなんて味気無いやろ? だから新しい名前をあげる。闇を打ち払い、星々の煌めく夜天を優しく撫でる“祝福の風”――リィンフォース。八神家六人目の家族になるアンタの名前や」

【主……! 私は……私は、幸せなデバイスです……呪いに穢れたこの身であって尚、主から名前を頂けるなんて……】

 

管理人格……否、リィンフォースは静かに涙を流しながら、差し出されたはやての手を握り締め、そのまま自分の頬へと擦り付ける。

まるで彼女の温もりを、優しさを感じたいと言うかのように。

はやてもまた、一人で背負い込みすぎる寂しがり屋の家族(・・)への想いを込めて、彼女の頬を零れ落ちる涙を拭うために手を伸ばす。

二人の間に、たしかな繋がりが交わされていく。静かに涙を零す二人の周囲を、四色の魔力光が衛星のように浮遊する。まるで、新しい家族の人出を祝福するかのように。

 

 

「さて、と。ほんならまずは表に出んとあかんわな。どうしたら、ここから出られるん?」

【は、現在の“闇の書”は暴走前の最終段階へと移行しつつあります。改変された防御プログラムが、プログラミングされた破壊活動を実行するに相応しい形態……つまり、“闇の書”の全能力を発揮できる肉体へと自己改造を行っているところなのです。起動直後……ああ、要するに私と同じ姿をとっていた状態であったのならば、外部から過剰な魔力ダメージを与える事で一時的に機能を停止、その瞬間を狙い“夜天の書”を“闇の書”たらしめている暴走した防御プログラムのみを切り離すことで元の正常な状態(夜天の書)に戻すことができていたのですが――】

 

そこまで言って、リィンフォースは申し訳なさそうに顔を俯かせてしまう。

 

【現状、もういつ暴走を開始してもおかしく無い状態にまで至っているのです。こうなってしまっては、外部からのいかなる干渉も無効化されてしまいます】

「要するに、ブッ飛ばして大人しゅうさせるんは無理、っちゅうことやね?」

【おっしゃられる通りです。幸いと言いますか、防御プログラムはすでに我々を不要物として切り離しています。自己を完成させるためだけに必要だった主も、魔力を蒐集させるために生み出した騎士たちも、半身である私すらも不純物と断じたようです。おそらくは、自分にとっても天敵となりうる存在(ディーノ)を生み出す要因となった我々は、“闇の書”としての視点から見ると、まさしくバグでしかないのでしょう】

 

防御プログラム……かの者は、正しく“闇の書”そのものであると言って過言ではない。防御(・・)と銘打っているが、その本質は“夜天の書”に追加機能として組み込まれた当初からなんら変わっていなかった。

即ち――『書に危害を加える存在を排除し、守り抜け』

それこそが防御プログラムの存在意義、『彼』……あるいは『彼女』にとって絶対的な存在理由(アイデンティティ)

無秩序な破壊活動を繰り返す“闇の書”の本質、それは起動直後に設定されていたこの命令を忠実に執行していたに過ぎないのだ。極端な話、強大な力と可能性を秘めた“闇の書”をあらゆる害悪から守り抜くにもっとも簡単な方法は、“書に危害を加える可能性のある存在すべてを抹消すること”だ。

際限ない欲望を抱く人間が滅んでしまえば、書の機能を理解できる知的生命体という種族を根絶やしにしてしまえば、誰も“闇の書”へ危害を加えることは出来ないだろう。

“闇の書”の覚醒に伴い、完全に独立した存在となる防御プログラムにとって、魔力の供給減でしかなかった主すらも不要な存在なのだ。

主を想い、愛していたのはかつての“夜天の書”の残骸であって、防御プログラムではないのだ。もし違うと言うのなら、書を完成させるために主に身体障害を起こすほどの負荷を与えたり、動かしやすい駒として騎士たちの人格や記憶を改ざんしたりする必要はないはずだからだ。

八神 はやてはあくまでも“夜天の書”に選ばれた主であって、“闇の書”からしてみれば彼女の存在など自分を完成させるための部品(パーツ)でしかないということだ。

 

「そんな……それじゃあ、防御プログラムを説得したりするんも――」

【不可能です。アレはすでに我々の手から完全に離れてしまっています。何よりも、“闇の書”を終わらせるためには、切り離した防御プログラムを消滅させる必要があるのですが、アレにも自我というものが存在しています。自分にすべての罪を被せようとしている相手と分かり合おうなどと思うはずもありません……】

「あの子も助けることは……無理、なんか?」

【……不可能です。アレはまさしく“闇の書”そのもの、夜天の主の権限でできることは、管理人格や騎士たちへの命令権くらしか残されておりません。――ですが、だからこそ打てる一手が残されているのです】

 

リィンフォースは優しい主の頬を撫でながら、にっこりと笑顔を見せる。

 

【先日、烈火の将があの少年(ディーノ)と交戦した際に、その身に“毒”を受けたことがあったのです】

 

アルクと一騎打ちを繰り広げた砂漠世界の戦闘、仮面の男やディーノによる横槍を受けたあの出来事で、シグナムの身体には『魔道生命体殺し(マギウス・スレイヤー)』の“毒”が蓄積されていたのだ。

シャマルの治療によって“毒”の進行を緩やかにすることが出来ていたので、彼女は蒐集活動を実行するメンバーから外れて、はやての護衛を務めていた。

無理に戦闘を繰り返せば瞬く間に“毒”が彼女の全てを侵食してしまう、そうなればはやてを悲しませてしまうことになるし、自分たちの叛意も知られてしまうかもしれない。

そう説き伏せられたシグナムが今日まで戦闘を控えていたお蔭で、“毒”の進行を押しとどめていた。だが、書の完成のために彼女が蒐集されてしまった事で、“闇の書”の内部にあの“毒”が入り込んでしまっているのだ。

幾層にも重ね合わせた封印術でなんとか抑え込んでいる“毒”、ひとたび侵食を再開すれば瞬く間に“闇の書”そのものを崩壊させてしまうことだろう。

そんな第一級危険物である“毒”こそが、リィンフォース最後の秘策だった。

 

【その“毒”は現在、私の内部で厳重に封印しています。防御プログラムが私を消去していなかったのは、もし私を消してしまえば封印も破られてしまい、“毒”が書全体に広まってしまうからだったのです。アレにしても、こんな危険物はさっさと排除したいところなのでしょう。ですから、もしこの封印をこの場で解除してしまったとすればどうなると思いますか?】

 

掌に光の繭のような光球を出現させながら、まるで教え子に諭す教師のような顔を浮かべるリィンフォース。騎士たちそのものである魔力光が、彼女の取り出したそれを見て一斉に距離を取る。

あの眉に包まれたものこそが、『魔道生命体殺し(マギウス・スレイヤー)』そのものであると察したからだ。一人だけ、それの脅威をちゃんと理解していないはやてが、頭上に『!』マークを浮かび上がらせながら柏手した。

 

「――あっ!? そういうことか! 防御プログラムが苦手な“毒”だっていうなら、もしそれがばら撒かれでもしたら……」

【はい、毒の侵食速度も考慮して感染箇所、つまり我々の捕らわれている肉体組織そのものを体外に放出することでしょう。それこそが、脱出する最後の手段です】

「ナイスや、リィンフォース! アンタ、やればできる子やったんやねぇ!」

 

得意げに胸を張ってみせたリィンフォースに歓喜をあらわにしながら抱きつくはやて。

豊満な乳房に顔を挟み込まれ、予想通りのすばらしいおっぱいの感触を堪能する。腕を背中に回して逃げられないようにロックすると、頭を左右にふりふりすれば、頬にふにょん、ぽにょんとつきたてのお餅の如き柔らかさを堪能できる。脱出のめどが立って余裕が出来たのか、だらしなく口元を緩め、『ぐへへ~~』と下品な笑い声を漏らしつづける八神 はやて 九才。

この年齢で見事なまでのエロ親父趣向を体現して見せる彼女の将来が心配でならない。

 

【あ、あるじ……っ! ンンッ!? だ、ダメです、お戯れ、はぁんっ!】

「ぐへへ~~、ココか? ココがええのんか? どうなんや? んん~~?」

『ちょ、はやてぇ……そんなことやってる場合じゃ――』

 

足腰に力が入らなくなったのか、はやてに押し倒されるように崩れ落ちたリィンフォースに抱き着いたままの主に、恐る恐るヴィータが声を掛けた瞬間、鼻につくいや~な臭いを感じ取り、眉を顰める(まだ身体は実体化させて無いが)。

 

『?? なんだ、変な臭いしねぇ?』

『む、そう言われれば確かに……ザフィーラ、お前はどう――って、どうしたザフィーラ!? 冷や汗の量が普通じゃないぞ!?』

 

ザフィーラの魔力を表す蒼白い魔力光を放つスフィアから、湧き立つような勢いで汗(らしきもの)が流れ続けていた。

ものすっごいシュールな光景に、はやてたちもぎょっとした表情を浮かべる。いったい何事か……と誰かが問うよりも早く、震える声のザフィーラが問う。

 

『あ、主……そ、その、そこに転がっている割れてしまったボールのような物体は何だと思われますか……?』

「え? ボール? ――あ~、ホントやな~~、ボールっぽいのが転がっとんなぁ~~、しかも割れとるし~~、なんか中からやたらと毒々しい液体が零れて来とるなぁ~~」

【――ぇ?】

「あはあ~~、ホンマ変な臭いしとるなぁ~~――……リィンフォース?」

【……はい】

「アレ、なんやと思う?」

【おそらくは、『魔道生命体殺し(マギウス・スレイヤー)』の封印だったものかと】

「割れとるなぁ~~」

【はい、どうやら先ほど倒れたショックで亀裂が入ってしまったようです。対ショック強度は度外視した封印術でしたからねぇ】

「そか~~、ほんなら、足元に広がってく気味悪い液体って~~」

【『魔道生命体殺し(マギウス・スレイヤー)』の毒ですね。あ、触れたらだめですよ? 取り込まれている今の主は、“闇の書”の一部として認識されていますから。ちょっとでも触れたら、頭痛や吐き気、眩暈に激痛、その他諸々の恐ろしい症状に襲われた挙句、魂まで残さずに消滅させられてしまうことでしょう】

「うわ~~、怖いなぁ~~」

【はい、怖いですねぇ……】

「……」

【……】

『『『『……』』』』

 

『リアル生命の危機がキタぁああああああっ!?』

 

「ちょ、こんなん急展開過ぎるで!? ヒロインの危機な場面なんやったら、もうちょいこう……ドラマ的なモンがあるやろ!? 責任者出てこいや!」

『はやてちゃんてヒロインだったんですか?』

「そりゃ、どういう意味やシャマルぅぅううううっ!?」

【おバカなこと言ってる場合じゃないでしょう!? 早く逃げますよ!?】

『逃げるっつったってどうすんだよ!? アタシらじゃあ、どうしようもできないんだろ!?』

『お、おおお落ち着くのだ! ここはひとつ冷静になって……』

『シグナム! 今はとにかく逃げる事だけを考えて――って、何!? この光は!?』

『ぬうっ!? 光が我らを包み込んで――っ!?』

 

半泣きになりながら全速力で駆け出したはやてたちの後方から、この周囲を包み込むように光が溢れ出してきた。

その光は漆黒を侵食していく“毒”を片っ端から呑み込み、消し去っていく。

それははやてたちも同じことで、彼女たちを眩い光が包み上げたかと思った瞬間、全身で感じる浮遊感と共に、彼女たちの存在は暗闇の世界から消え去っていった。

 

――やっぱお前らは要らんからさっさと出てけ、この疫病神共(トラブルメイカーズ)め。

 

何処かリィンフォースを思わせる美貌の女性が吐き捨てるように口にした、そんな台詞が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

ソレは突然の出来事だった。

さらに巨大化を続ける“闇の書”から、花梨たちに向けて『何か』が吐き出されたのだ。

まるで道端にガムを吐き捨てるように、汚いもの、不要なゴミだと言わんばかりにぞんざいな扱いを受けた『何か』……八神 はやて御一行はギャグ漫画みたいな『かたまりだましい』(何人もの人間の手足が絡みつき、こんがらがって球体状になったアレ)となって、砲弾よろしく吹っ飛んできた。

フェイトに続いて、またもや予想外な登場をかましてくれた“闇の書”関係者様を受け止めるのは、管理局サイドの協力者の中で最もかかわりの深い彼だった。

 

「ヴィータ! はやて姉! 皆!」

 

両手を広げ、運動会の大玉転がしで使われる大球の如き『かたまりだましい』へと融合進化した家族をがっしりと受け止めてみせるコウタ少年。

しかし、忘れてはならないのが、『かたまりだましい』が人で構成されているということだ。

正面から抱きとめるように受け止めたということは、身体の前方……つまりはコウタの顔も『かたまりだましい』へと押し付けられるようになるということ。

そして咄嗟のことにそこまで気が回らなかったのか、はたまたギリギリまで家族の無事をその眼で確かめたかったのか、コウタは顔を逸らせることが出来ないまま『かたまりだましい』を受け止めてしまった。結果――運命のいたずらか、はたまた、神の悪ふざけだったのか……コウタの唇が、逆さま状態のヴィータの唇にクリティカルヒット。それも唇同士が軽く触れあうような程度では済まず……互いの舌同士が『コンニチワ♪』してしまうほどの鮮烈なキッスであった。

家族の無事な姿に歓喜の声を上げていたコウタと、自分たちの扱いに憤って文句を叫んでいたヴィータ共に、口が紡がれていなかったこと。

反射的にクロノや葉月によって『かたまりだましい』へバインドを掛けられたお蔭で速度が軽減され、コウタに余力を残させた状態で受け止めさせることができていたこと。

もしコウタとヴィータの二人が口を紡いでいたら噛み締めていた前歯同士がぶつかりあっていただろうし、速度が緩まなければそれ以前に顔面を強打させあっていたかも知れない。

幾つもの偶然が重なり合った末に、『悪い魔法使い(闇の書の闇)から救い出されたお姫様(ヴィータ)騎士(コウタ)の公開キッスシーン』が現実のものとなったのだと言えよう!

 

「ほほほ~~う? コウタく~ん、お姉ちゃんの無事を喜ぶ前に彼女さんとお熱いキッスするとはなぁ~~? そんな薄情ものやったんやねぇ~~?」 ← 『超』イイ笑顔な“夜天の王”

「うえっ!? ちちち、違うって、はやて姉! 今のはたまたま……」 ← 『激』真っ赤な“白騎士”

「ふ~ん? なら、私よりもヴィータを先に呼んだのはどういうコトかなぁ~~?」 ← “祝福の風”に抱きかかえられながら弟の頬をひっぱる“夜天の王“

「主……それを言ってしまえば、我々など一緒くたにされたのですが……」 ← なにげに肩を落としている“烈火の将”

「フッ、これが青春というものだな……ヴィータよ、幸せになるのだぞ?」 ← 慈愛に満ちた瞳の“盾の守護獣“

「う、ううううるせ――!? なんだよその眼は!? んな娘を嫁にやる父親みたいな顔してんじゃねぇよ!?」 ← こちらも『激』真っ赤な顔で吼える“鉄槌の騎士”

「あ……ゆ、ユーノ君……! えと、ただいま、……です」 ← はにかみながら笑顔を浮かべる“湖の騎士“

「――はい。おかえりなさい、シャマルさん」 ← 優しさを込めた眼差しを送りつつ、差し出された手に指を絡ませながら見つめる“淫獣”(ゆかりん呼称)

『……』 ← 完全に蚊帳の外な管理局ご一行様

 

もはや緊迫感(シリアス)など欠片も見当たらない惨状だった。もし攻撃を仕掛けでもすれば、逆に空気読まんかいと言われかねない理不尽な状況に、ディーノですら何のリアクションもとることが出来ないでいた。

 

……ところでアルフさんや、いい加減にご主人様をロックしている腕の力を緩めてあげないと、このままぽっくりと天に召されてしまいますよ?

 

 

「えーっと、はやて? そろそろ、お話を聞かせてほしいんだけど……」

「この、この――え? あ、ああっ!? そっ、そうやったァ!」

 

弟いぢりを中断したはやてが、相変わらずリィンフォースに抱きかかえられた体勢のまま話し始める。

今までの経緯、“闇の書”の内部に取り込まれたことに始まり、“毒”をぶちまけてしまったお蔭で、不要物と判断されて頬り出されたことまで。

セクハラの末に毒死しかけた辺りで一同から冷たい視線を向けられはしたものの、何とか愛想笑いで乗り切ったはやての説明が終わるのと、遥か海上より一条の眩しすぎる白い光が流星のように迫り来きたのはほぼ同時のことだった。

 

「なんだっ!?」

 

最初にそれに気づいたのはクロノだった。

その叫びに反応した全員が彼と同じ方向へと顔を向けた直後、彼らのすぐ近くを通り過ぎた流星は一直線に漆黒の半球へと突き進んで着弾、そのまま吸い込まれるように内部へと取り込まれていった。

半球は一瞬だけ脈動するかの様に表層を震わせたものの、結局はそれ以外に何かしらの変化も見せなかった。

とりあえず、今すぐ何かが起こるわけじゃないのかと一同が安堵の息を吐く中、花梨と葉月はあの光に何か言葉にもできない不吉な予感を連想させていた。

 

「あの光は一体なんだったのかしら?」

「海の方から飛んできましたわよね――え゛!?」

「?? どうしたのよ、はつ……き?」

 

盛大に頬を引き攣らせた親友に、何事? と視線を動かして――彼女と同じように言葉を無くす。

 

「あの光……やはり生きていた――いや、残っていたか(・・・・・・)。まったく、どこまでもめんどくさい奴だ」

神代魔法(アレ)をくらって生き延びるなんて、ゾウリムシみたいにしぶとい奴なんだよ」

「なんで、よりにもよってそのチョイス(ゾウリムシ)なんですか? いえ、矮小な虫けらという意味では実に理にかなった表現であると拍手喝采を送りたいくらいですけれども」

「「(そこまで嫌いだったのか……)」」

 

蒼き双翼を羽ばたかせ、悠然とそこに在ったのは紫電と焔の魔法少女を引き連れた黄金の竜神様ご一行。

 

「ん~~……良し! 仕込みは上々みたいだね~~」

「……また何か悪い事でも企んでいるんですか?」

「おおっとぉ! ゆーちゃんもボクのことをわかり始めたようだねっ♪」

「あれ!? 喜んじゃうんですか!?」

 

ものすごい『悪戯っ子』は笑みを浮かべながら漆黒の半球を見つめる天災と、彼女にジト目を向ける紫天の盟主コンビ。

 

「おお――! 見て、見て、王様! なんかカッコイイのがいるよ!? うわ――、ドラゴン人間だぁ――!」

「ほほう、なかなかの面構え……我が臣下に加えてやっても良いかもしれんな。幻想の王を従えし、新なる闇の王――これは、イケるぞ!」

 

“竜人”と化したディーノにキラキラとした目を向ける雷光の魔法少女に同意するのは、魔導書と共に奪い取られていた己が力を取り戻した紫天の王。

 

ダークネス&アリシアにルビーを加えた、(管理局的にみれば)犯罪者トリオとNo.“0”の呪縛から解放された“紫天の書”一派(コピー)の姿がそこに在った。

 

「なっ……!?」

「え!? ウソ!? なのはちゃんやフェイトちゃんのそっくりさんがおる!?」

「おいおい、はやての偽物までいやがるじゃねぇか! テメェ、そりゃいったい何のつもりだ!?」

「はぁ!? 喧しいわ、塵芥共が! しかもよりにもよって闇統べる王たる我を虚構とぬかしおったな!? その罪……万死に値する!」

「うわわわ!? 乱暴はいけませんよ、ディアーチェ!」

 

シュテルたちについて詳しく知らされていなかったはやてが驚き、主を侮辱されたと感じたらしいヴィータが唸り声を溢し、その言葉に沸点の低いディアーチェが怒気を露わにして十文字杖【エルシニアクロイツ】を振り上げる。――が、すかさず背後にまわりこんだユーリに羽交い絞めにされて、シュテルとレヴィにどうどう、と宥められている。

 

“Ⅰ”(ファースト)……!? アンタ、その姿はいったい……!?」

「おいおい、マジかよ……前見た時よか、ヤバくなってんじゃねェかよ」

「彼女が“Ⅱ”(セカンド)……あの容姿、やはりスカリエッティの関係者にも参加者が存在していたのですね」

「くっ! “Ⅹ”(テンス)だけでも厄介だっていうのに……」

 

その一方で、花梨たち参加者は彼女らに感知させることも無くここまで距離を詰めてみせたダークネスたちに警戒を露わにするが、

 

「アイツは……ふむ、流石に限界が近いか。いや、むしろここはああ(・・)なってまで復讐を果たそうとした覚悟を称賛するべきだな」

「ふ~~ん? ……けっこ~~面白そうなのが他にもいたんだ~~。ちょっとだけ勿体ないな~~。でも、ん~~……今から手ぇ出すのもめんどくさいかな」

 

当事者は、微塵も気にしていない……いや、気にも留めていないと言った風に、いつ暴走を起こしても不思議ではない“闇の書”と中空に漂ったまま微動だにできないでいる(・・・・・・・)ディーノの双方へと意識を向けていた。

『貴様らなど眼中にない』そう言いたげな態度に眉根を吊り上げていく花梨が怒気を孕んだ声を出すよりも早く、荒れ狂う怒りを押しとどめられなくなったアルクが叫ぶ。

 

「おい! いきなりしゃしゃり出てきて、無視してんじゃねェよ! 要件があるってんなら、なんか言いやがれ! 俺っちたちにはまだ、アイツらを倒すっていう役目が残ってんだからな!」

「……な~に? お前ら、犬に鎖を繋げるっていう飼い主の役目も知らないの? それとも、キャンキャン吼える犬コロの躾も出来ないワケなのかな~~? プッスス~~♪」

 

“観察”を邪魔されたルビーが、意趣返しもかねて嘲り嗤いを返す。

頬に手を当てながら、あらあらと言わんばかりの態度と裏腹に、道端のゴミを見るかのような冷たさを宿らせた金色の瞳がアルクを、花梨たちを貫く。

まるで自分と言う存在そのものを見透かされたのだと錯覚してしまうほどの不気味さを感じさせる眼光に射抜かれて、花梨たちの背筋にゾクリ、と冷たいものが走る。

その様子を黙って眺めていたダークネスだったが、ふと何かに気づいたかのように、未だに反応を返さないディーノへと顔を向ける。

その瞬間、大気が破裂したかのような音と共に、何かが高速で彼の真横を通り過ぎていった。ダークネスはその動きを完全に捕捉していながらもあえて見過ごした。

すれ違う刹那、ほんの一瞬だけだったが()と視線が合わさったからだ。

その視線が、比類なき鋼の如き覚悟を宿す眼光に敬意を感じたが故に、ダークネスはこの件に対しては不可侵を通すべきだと判断した。金属同士のぶつかり合う特有の耳障りな音が鳴り響く。

振り返ってみれば、自分自身の存在そのものを崩壊させながら、それでも仇を討たんと“闇の書”の主だった少女へ向けて斬撃を繰り出したディーノと、剛剣を四人がかりで展開させた障壁で彼女を守り抜こうと全力で足掻いている少女たちの姿があった。

 

「はやて姉っ!?」

 

突然の凶行に花梨が瞠目し、コウタが最愛の姉の名を呼びながら全力で空を翔ける。

コウタのサポートが無くなったために足場替わりの魔法陣が解除されてしまい、落ちそうになっていたアルクが反射的に近くを飛んでいた葉月にしがみ付いてしまい、カウンターのアッパーカットを叩き込まれて舞い上がる。

 

「やめろ! もうやめるんだっ! そんなボロボロになってまで戦い続けて、いったい……なんになるって言うんだよ!?」

「■■ッ……■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

なのはたちが展開した障壁が砕け散るよりも早く、彼女たちを背中に庇うように立ち塞がった騎士の振るった黄金の剣と、刀身にまで亀裂が走って所々砕け始めている漆黒の大剣がぶつかり合う。

憎悪の込められた黒き刃に、守る覚悟を秘めた黄金の刃が徐々に食い込んでいく。

それでも引くつもりが感じられないディーノには、コウタの必死の叫びも意味を成さない。

彼の願いは唯一つ。大切な人たちの敵、憎き騎士たちと彼らが主と崇める少女を破壊すること。ただ、それだけだ。

“闇の書”を“闇の書”とたらしめていた“闇の書の闇”と切り離されて、はやてが胸に抱える魔導書は歴代の主によって改変される前のオリジナル“夜天の書”であるとしてももはや関係はないのだ。

残された時間はほとんど無いディーノにとって、八神 はやてと守護騎士たちを葬り去ること以外に、己が存在理由(アイデンティティ)は存在しない。

 

ならば――

 

「――ッ、オォォオオオオオオオオオオ!!」

 

裂号の気合いと共に、剣を握る両手に力を込める。

護りたい家族を背に、家族へと降りかかるあまねく災厄から守り抜いて見せると言う強き想いが、魔力の輝きとなって刃へと宿っていく。

目も眩むほどの輝光を放つ閃光の剣が、崩壊しかけていた漆黒の大剣を打ち砕き、そのまま二人の剣士は相手をすり抜けるように交叉した。

 

「――ごめん」

 

贖罪の呟きを呟きながら、刀身を翻して血を払うと盾に収める。

背中合わせに立つディーノの腹には横一文字に走る傷が刻み込まれている。素人目に見ても、明らかな致命傷だ。

彼は切り裂かれた腹を痛むでもなく、すぐ目の前にいる沈痛そうに顔を歪めているはやてに罵詈を投げるでもなく、ぼんやりと手に残された刀身が中ほどから砕け散っている愛剣を見下ろしていた。

 

「あ、あの……」

 

はやてが何かを言わなければと口を開くが、二の句が継げずに口ごもってしまう。

“闇の書”が生み出した悲劇、大切な人を奪われた人たちの怒りを、怨嗟を、憎しみを、逃げ出さずに受け止めてみせる。

つらい現実から目を背けるのではなく、自分たちの罪と正面から向か合うと決めたのだから。

だが、悲壮さすら感じさせる覚悟をした彼女であっても、本物の憎しみを抱く相手にかける言葉を持ち合わせてはいなかった。それは仕方のない事だろう。

どんなに大人びていようとも、彼女は所詮十年も生きていない小娘でしかないのだから。

人の姿を捨ててまで復讐を果たそうと戦い続けてきた少年に、一体どんな言葉を掛ければよいというのか……。

しかし、最後のあがきを警戒してデバイスを構える騎士たちの思惑とは裏腹に、ディーノは自分にこそ責任があると自責の念にかられている元管理人格も、思い悩む元“闇の書”の主も無視したまま、皮膜も破れてほとんどむき出しの骨格となりつつある翼を翻し、無言で見守り続けてくれた恩人(・・)の前へと向かう。自分と言う存在が確かにこの世界に存在していたのだと覚えていてくれている相手の前に。

 

「……満足したか?」

「――ええ、全部出し切りました」

 

少年の物とは思えないほどに掠れた声、一言を発するたびに頬が、唇がまるで石の破片のようになって剥がれ落ちていく。

ディーノが正気を取り戻していることに驚きを見せず、ダークネスは真っ直ぐに死に逝く少年の瞳を見続ける。まるで、彼と言う存在を己の心に刻みつけているかのように。それを感じ取ったのだろう、ディーノは最後の言葉を伝えるために口を開く。

 

「結局……俺は何もできませんでした。皆の仇をとることも、儀式を勝ち抜くことも、何も――」

「いいや、そんな事はないさ」

 

言葉を遮り、かぶりを振る。

 

「お前の生き様は、苛烈で、鮮烈で、痛烈なお前の在り様は、此処に居る全員の記憶と心に刻み込まれた。八神 はやてたちはお前のことを忘れることが出来ないだろう。自分たちが生きるということは、お前から向けたモノと同じような憎しみを浴び続けるという事なのだと理解させられたから。参加者たちも同じことだ。“ゲーム”の勝敗を完全に無視して、感情の赴くまま己の身体も省みぬ戦いを繰り広げる存在もいるのだということを証明してみせたお前のことを忘却することは出来ないだろう」

「――貴方、は? 貴方の心にも、俺と言う存在が記憶されましたか……?」

「ああ――もちろんだとも。俺は忘れない、ディーノと言う誰よりも優しい……だからこそ、狂ってしまった少年の生き様を。そして……お前(ディーノ)が狂おしいほどに愛していた優しい人々がこのセカイで生きていたのだということを。俺は――決して忘れない」

「ぁ――……、ありが、とう……」

 

ああ、この感情を表現するにはなんと口にすればよいのだろう。

深く、深い憎しみの奥底に沈み込んでいた『想い』……それは失ってしまった人たちを誰よりも愛していたという感情。

いつからこうなってしまったのだろう。あの頃の記憶を、思い出を狂気と憎悪で塗りつぶしつづけた毎日。今や完全に砕けてしまった『招魂の輝石』に宿っていた人々の想いは、石に魂を吸収させた瞬間に抱いていた感情を維持したままだった。

つまり、うつろいゆく人の心と異なり、殺された直後である彼らがの復讐を望む怨念を抱いていた魂は、石に取り込まれている間はその感情を永遠に持ち続ける。ああ、それはなんて恐ろしい事なのか。

しがらみから解放された今なら、それが分かる。心にこべりついていた憎しみが、蒼く優しい光に照らされて浄化していくのが分かる。優しさそのものと言える光が、かつて失ったあるものを蘇らせていく。

終わりなき憎悪に身を委ね続けた自分の中にもあったはずの光。

それは大切な人たちと過ごした、星霧のように儚くも眩しかったあの頃の思い出(きおく)

剣の師匠である父から、初めて一本を取ったあの日、誕生日プレゼントとして手編みのマフラーを編んでくれた母と過ごしたあの日、妹が初めて自分を『に~ちゃ』と呼んでくれたあの日……、湧水のように蘇ってくる大切な記憶。

ああ、そうだ。あの頃は毎日が幸せで、いつも笑顔でいたのだ。

だからこそ悲しかった。だからこそ許せなかった。何よりも大切な人たちとの日常(たからもの)を奪われたことが我慢できなくて。

この感情を忘れることはでいないだろう。例えもう一度、輪廻転生を経たとしてもそれは変わらない、そう確信できる。

でも、今は……今だけは――この優しさに包まれていたい。

 

だって……やっと皆と同じ存在に、一つになれたのだから――――。

 

蘇る愛おしくも楽しい記憶を子守唄に、ディーノは眠りに落ちていく。

安らかな笑みを浮かべた彼を包む込むように光が集まってくる。光が映すのは笑顔を浮かべた大切な家族の顔。

 

――良く頑張ったな。

――今はゆっくりとおやすみなさい。

――にいちゃ! これからはずっと一緒だね!

 

「――っ、ぅぁ……ッ!」

 

聴こえてくるのは、もう一度会いたかった、触れあいたかったかけがいの無い宝物。

愛おしい温もりの揺り篭に揺られながら、暖かい涙を流すディーノもまたその存在を光へと変えて、一つに溶け合っていく。

 

もう二度と、大切な人たち(みんな)と離れたりはしない。

 

そう心に誓いながら――。

 

 

 




ディーノ君に安らかな眠りがあらんことを……。
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