選定
不意に意識が覚醒し、眼を開く。
視界を埋め尽くすのは、目も眩むほどに輝く“白”。
上、下、左右のみならず、前も後ろも果てし無く続く白い空間。
遥か彼方にあるはずの地平線すら視界に捉えられず、自分が両の足で大地を踏みしめて立っているのか、それとも大海の内を漂うかのように浮かんでいるのか、それさえわからない。
何だ、これ?
最初に浮かんだのはそんな面白味の無い言葉だった。
混乱を極めたせいなのだろうか?
自分でも驚くほど心の中は落ち着いており、まるで清んだ流水のようだ、と気障っぽい感想を思い浮かべた己に、自分自身で苦笑してしまう。
《――存外におちついているんだね。多少なりとも慌てふためくと思っていたのだが……》
「っ!?」
唐突に白い空間に響き渡る、遠雷の如き重圧を感じさせる声。
姿は見えず、けれども、途方も無い圧迫感を全身に感じ、反射的に息を呑む。
《フッ……そう身構えることも無いだろう。別にとって喰らおうという訳ではないのだから》
「そう思うのなら、姿を見せてはもらえませんかね?」
さっきから続いている頭の中を覗き見されているような不快感に、ついぶっきらぼうに返事を返してしまい、内心『しまった!』と己の浅はかさを毒づく。
今の状況がどういうことなのか全くわからないというのに、明らかに何かしらの情報をもっていそうな声の主に反抗的な態度をとるのはいただけないだろう。
しかし、声の主は機嫌を悪くするどころか、逆に興味を持ったと言わんばかりに小さく笑い声を漏らす。
《――面白いな。良いぞ。実に良い。その思考、そして君自身すら気付いていない在り様は、嘗ての私を思い出す……今回の『ゲーム』の選定者にこの私が選ばれたことも含めて、これも一つの運命なのかもしれないな》
在り様? 『ゲーム』? いったい何を言っているんだろう?
《考えているな? 私は何者なのか? 己はどうしてこんなところに居るのか? 『ゲーム』とは何か? 湧きあがる疑問に満ち溢れながら、されど混乱せずに、この状況を把握しようと私の存在を探っているな? ――だが、君の答えはもう出ているんじゃないかい? ホラ、言ってみなさい》
「……漫画とかでよく見る、転生モノに状況が酷似。おまけに何故か自分の身体があるのかさえわからないこの状況――もしかしなくても、貴方は神、あるいはそれに近い存在で、ここはそんな貴方の支配する領域、ってところですか?」
《正解! 理解が早くて実によろしい! ついでに、今の君には身体は無いぞ? なぜなら、今の君は肉体という器から抜け出した魂そのものなのだから》
ああ、やっぱり。
なんとなくそうなんじゃないかとは思っていたが、やはり自分は死んだ人間ということらしい。
言われ、思い出すのはつい先ほどの、この空間で目覚める前の出来事。
自分は何処にでもいるごく普通の社会人だった。
朝起きて、会社に出勤し定時まで黙々と働く。
残業もせずに足早に帰宅し、夕食をとりながらインターネットにしけこむ。
そんな毎日を繰り返すだけの日々。
怠惰な生き方と呼ばれても仕方が無いだろう。
そんな平凡でありふれた日常が壊れるのは、あまりにも唐突な事だった。
なんて事は無い、交差点で信号待ちをしていた自分に、信号無視の車が突っ込んできたのだ。
ゴムの焼ききれるような鼻につく匂い。
金属を擦り合わせたような甲高い音。
周囲にいた人々の悲鳴をBGMに途轍もない衝撃と共に、己の身体が宙を舞っていたのをまるで他人事のように感じていたのを思い出す。
最後に、アスファルトが鼻先に迫っていた光景をみていたところで意識がブラックアウト、現在に至る、と。
神らしき人物の言葉と、思い出してきた記憶を組み合わせると、自分はあの事故で死んでしまったということだろう。
そして、死後の魂だけとなった自分は、神サマの言う『ゲーム』とやらに参加させるということだろうか?
《うん、それも正解。本当に説明が楽で助かる。ああ、ちなみに拒否権もあるぞ? 拒否したその時点で輪廻転生の輪……要するに、死後の世界へご招待、となってしまうけれどもね》
「その言い方だと、まるで『ゲーム』とやらに参加すれば、生き返ることが出来るように聞こえるんですが……」
《うん? そうだが? ……ああ、そういえば『ゲーム』の概要を説明していなかったね、いや、失敗失敗♪》
やたらと上機嫌でそう告げる神サマ。こちらとしては死活問題なのだが……。
その辺のところどう思われます? と、つっこみたくてしょうがない。
《くくっ……ああ、すまない。 何しろ、君の前にここへ呼んだ魂共があまりにアレだったもので……全く、第二の生を与えようと言うなり、いきなり溜め口の上、『お前のせいで俺が死んだんだろ!? だったら、俺の望みを叶えて凄い能力を与えやがれ!』などというものだからね? いくら神とはいえ、腹は立つのだよ》
なるほど、まさにテンプレな思考の持ち主だな。そもそも、人間の理解の外側にいる存在を神と呼ぶというのに、溜め口だの身の程知らずな……。
《――なら、君は今の状況をどう思っている?》
声に含まれていた『ナニカ』が変わった。それが何かはわからない。でも確かに変わったというのだけはわかった。
僅かな疑いも抱くことができずに、そう感じさせられた。
《事故による突然死、理不尽に閉ざされた平凡な生活、新たに与えられるかもしれない『第二の生』と言う可能性……生きる目的も、目標も無く、唯流されるままその日その時を生きていた……いや、『生かされていた』だけの君は、今、何を思う? 何を考え、何を望んでいる?》
神を名乗る存在が放つ問いの意味が何を表すのか? いったい何を訊きたいのか……まったくもって、わからない。いや、考えるだけ無駄なのかもしれない。
己が肉体という器すら失った身の自分に、超常なる存在の考えを理解できるはずも無いだろうから。……なら、グダグダ詮索しても仕方がないか。
訊きたいのなら答えてやろうじゃないか。平々凡々な日常を惰性で生き続けてきた、どこにでもいるごくごく普通の男の心に、確かに『在る』願いがなんなのかを。
他人からしたらつまらなくて、くだらなくて、どうでもいいことかもしれない……けれど、今確かに
「自分の望み……それは――」
恥ずかしがらずに胸を張ろう。人の目を恐れずに、ハッキリと言葉にしよう。
「生きたい」
だってそれは間違いなく己自身が望み、願うことなのだから――――!
白い世界を静寂が支配する。
単純明快な想いを告げた俺はもちろん、問いを投げかけてきていた神サマらしき人物も何も返してこない。てっきり、『つまらない答えだ』とか言われるかと思っていたんだが……
姿が見えないから同リアクションすればいいのかわからず、とりあえず相手の反応を黙って待ち始めてからそれなりの時間が経過したと思われる(身体が無いせいか体感時間の感覚があやふやになっている)頃、これまた唐突に頭上の方から声が降ってきた。その声色は何処か呆れているようにも、喜んでいるようにも感じられる奇妙なモノだった。
《ずいぶんとまあ簡潔な……もう少し、こう……無いのか? 新しい人生での夢とか、目標とか……》
「だから、『生きたい』んですって。正確にいっとくのなら『己の思うままに生きてみたい』ってとこですか」
《……それは欲望の赴くまま、その場の気分次第で、ということか?》
「さあ? よくわかりませんよ、ンな細かいことまでは。俺はただ、失ってしまったことで気づいただけなんですから……どんな世界だろうと、もう一度、一つの命として生まれてみたい。その世界で己が生きているってことを実感したい。自分は、己の望むままに。己と言う確たる存在として在り続けたい」
それが一度失ってしまったからなのか、それとも自分でも気づかなかった心の奥底に眠っていた本心だったのか。
以前、誰かが言っていたか。『目的がない人生に意味はない』とか、どうとか……ハッ! バカバカしい。そんな事は無いさ。
明確な目的なんてものは頭でっかちな奴が決めたお決まり文句だろう?
平凡な日常を楽しむ、今その瞬間に感じることを大切にし続ける。これも『平凡な日々を謳歌する』という立派な目標だろう? だったら、『全力で生きる』ことも立派な目標じゃないか。
くだらない? そんな事は当たり前だ? 言いたいことがあるのなら好きに言ってればいい。誰に何を言われようとも、もう『選択』したのだから。
もう一度、生を与えられるのだとしたら、今度こそ死んだ後で後悔するような生き方は絶対にしないと。
《――それが、君の答えかい?》
「はい」
迷うことなく即答する。もはや他人から何と言われようとも、魂《ここ》に在る想いは決して揺るがないのだと、他ならならぬ俺自身が確信を得ているのだから。
《――……やはり、君ならば――》
「……?」
《――いや、なんでもない。君の想いは良くわかった。新たな生が欲しいという君の願いと私たちの目的は一致している。故に訊きたい……“ゲーム”に参加するか否かを》
「まあ、自分の願いっつ~シロモノがハッキリした以上、今更グダグダ文句を言うつもりはありませんがね? 生き返らせてくれるのなら、そのお話し喜んで引き受けますよ?」
《そうか……君のように物分かりの良い者ばかりなら、他の神々も苦労など無いのだろうけどね――……まあ良いか。その分、私が気に入った君には、“特典”に色をつけてあげよう。――おっと、脇道に逸れたかな? その前にまずは『ゲーム』についての説明させてもらうよ。良いかい? この『ゲーム』のルールはいたってシンプル。十三組の参加者……要は今の君みたいに適当に選ばれた魂――をとある世界に転生させる。その世界をバトルフィールドとして、最後の一人になるまで殺し合ってもらう。景品として、まずは『第二の人生』が与えられる……まあ、要するにとある世界に転生できるということだ。さらに勝者には副賞も与えられる》
「殺し合いとか……またさらりととんでもないことを……。ようはバトルロワイヤルって事か……でも自分は、至って平凡な何ら特殊能力など持っていない一般人だったのですが?」
《そこで、“特典”だよ。予め設定された容量内に収まるように、“出自”、“武器”、“能力”からなる異能の力を与える事ができる》
「容量?」
《いかにも。何しろ人間の欲望とは際限が無いからね。戦いを公平にするために、こういうルールが定められたのだよ。例えば容量を十と仮定して、人並み外れた容姿を望んだとする。容姿は“出自”になるから、これの配分が十となる。そうなれば老若男女あらゆる人間、動物をひきつける魅力チートとなる。最も、“武器”と“能力”がゼロだから、個人の戦闘力もゼロとなってしまう。これは努力云々以前の才能レベルの話となるから、どんなに訓練しても、どんな強力な武器を手に入れても、絶対に勝てなくなる。例えば武器を手に入れても何故かすぐ壊れてしまったり、とかね。あまりにも強力な能力は必要容量も半端では無い。よく考えるように》
「なるほど……あ、もう一つ質問が。“能力”って項目ですけれども、漠然としすぎている気がするんですが……?」
《ふむ、それはそう難しい話では無いぞ? たとえば、『無限の剣製を使用できるようになる』という“能力”を望んだとするだろう? そうすると、その基ネタになった人物――この場合はFateの衛宮士郎になる――と同じ技能や才能となる。つまり、異端とも言える投影魔術を使用できる代わりに、他の魔術、魔法は一切使えず、剣の才能も皆無となる。ついでに、英霊となったエミヤシロウそのものの力を得ることは不可能。あくまでも『無限の剣製 = へっぽこ魔術使い(衛宮士郎)』というのが取り決めになっている。……他に質問はあるかな?》
「そう、か……それじゃあ、最後に一つだけ。“特典”の振り分けをマイナスにすることって出来ますか?」
《……それは、どういう意味合いの問いだい?》
「ええと、ですね……例えばの話ですけれど生まれつき身体に不備があったり、一生ものの傷を負った状態で“ゲーム”とやらを開始するとしたら、“出自”はマイナスからのスタートになる訳じゃないですか? なら、そのマイナスの分、他の二つを少し強力な特典を選べるのかな、と」
その問いに、神さまらしき存在が何やら悩んでいるような感じがした。
神様も悩むような事を言ったような気はしないのだが……。
やや間を空けて、再び重厚な声が響いてきた。
《……それは、意味をわかって言っているのかい? “容姿”、“武器”、“能力”の三つは一度選択したが最後、変更は不可能。つまり、君が自分で選んだ不幸は第二の生において一生背負い続けることになるのだよ?》
「ええ、構いませんよ? 大体、他の転生者に『ゲーム』の途中で殺されたらその時点で終わりでしょう? なら、少しでも生存率を上げるためにも、強力な能力は必須ですよ。何、自分で選んだことくらい、自分で責任持ちますから。この『ゲーム』にどんな思惑があるのかは自分程度の頭じゃ考えもつきませんが、人生を一度理不尽に終わらせられているんですよ? なら今度は、自分の意思と力で戦い抜いて見せますよ――たとえ『運命』だなんてシロモノが存在だとするのなら、今度はそれをぶっ飛ばしてでもね」
自分の本心をはっきりと告げると、神さまは一瞬呆けたような気がしたが、次いで空間中に響き渡るほどの音量で爆笑しだした。
《クッ、ククッ……! アッハハハハハハハハ!! ……いい! 実に愉快! それに面白い! 久方ぶりに腹の底から笑った気がするよ。 ――良いだろう! 君の願いを叶えてやろう! さあ、どんな能力が欲しいのか言ってみなさい》
愉悦を漏らし、私、上機嫌ですと言わんばかりに問われ、考える。
勝利の栄冠みたいなものに興味は無い。けれど、冗談みたいな確率で手に入れようとしている二回目の人生。悔いの無い様、最後まで生き残るために必要な能力とは……?
《あ、ちなみに転生先は魔法が存在する世界だよ? “武器”とは魔法使いの使う杖……要は魔法を行使する触媒、礼装のようなものを思い浮かべればいい》
なるほど魔法とは……と、いうことは転生先は“ネギま”の世界だろうか? それとも“ゼロの使い魔”?
どちらにせよ、そんな世界に転生するのなら戦闘は専ら魔法になるのだろうか?
「……あ、ひょっとして」
そこまで考え、ふと脳裏に浮かんだあるアイディア。
単体ではあまり使いようが無いが、ひょっとしたらとんでもないジョーカーになるのではなかろうか?
「あの神様? ――――っていう“能力”は有りですか?」
《ホゥ? ふむ……、“出自”と“武器”を多少削れば……有りだね。しかしまあ、殆ど反則に近いような気がするが……》
やはり無理があるのだろうか?
やや不安げに返答を待つこと数秒の後、
《まあ、良いだろう。君には便宜を図ると、先ほど言ったばかりだしね? 神に二言は無いさ》
ニヤリ、そんな不敵な笑みを浮かべている姿を幻視し、こちらも不敵に笑みを浮かべてみる。
最も、ほとんど火の玉状態(剥き出しの魂の姿はこれがデフォらしい)の今の自分で、うまく表現できたのかは、はなはだ疑問だが。
《それじゃあ、残りの二つの項目についてはどうする?》
「あ、それは――と――でお願いします」
《フムフム、なるほど……よし判った! それでは今から君の魂を“ゲーム”を執り行う世界に送るからね。ああ、それと最後に一つだけ。“ゲーム”の開始時期になると、再度我ら神々から連絡がいくことになっている。つまり、転生直後にいきなり開始とはならないから安心すると良い。“ゲーム”開始まで第二の生を謳歌するもよし、訓練するもよし、好き過ごすんだね。では、幸運を祈っているよ?
それは選別番号かなにかだろうか? 激励のように聞こえる神さまの声を最後に、意識は再度真っ黒に染め上がっていった。
《ふふっ……面白い人間だったな》
《ずいぶんと上機嫌なようだな?》
無色の世界に、突如別の人物らしき声が響き渡る。
《ん? なんだ君か、異界の“創造神”よ。君の方の転生者は用意できたのかい?》
《無論だ。先ほど送り出したところだ。――それよりも、驚いたぞ? 神々の中において特に人に近い存在であるが故に、こういった現世の人間を関わらせた遊戯には興味どころか不快感を抱いていたはずのお前が、一番に転生者を選ぶことになる……おかげで、余の選別者の名称は
《ふん、順番などたいした意味は無いだろうに……だが、まあ確かにそうだな。彼は久方ぶりに昔を思い出させてくれた魂の在り様をしていた、と言っておこうか》
《そうか……それは楽しみだ。さて、参加者の残り枠は十一。神一人につき、参加者として送り込めるのは一人限り。数が揃うまではしばらく手暇となってしまったか》
《いや、そうとも限らないんじゃないか?》
《何? それはまたどういう意味だ? 転生者の数が揃い、『ゲーム』が開始されるまでは、転生者の数が減っても、その都度追加できるル-ルであったはず》
《見ていればわかる……そう、もうすぐに、ね》
《?? まあ良い。人間は時として余ら神の予想を超えた選択を選ぶことが多々あることであるしな……余も、観客の一人として、あの者たちの未来をじっくりと見物させてもらう事としようか。お前もそうなのであろう? “次元を渡るもの”よ?》
《フッ……まあ、な》
……ああ、本当に楽しみだ。
剥き出しの魂の状態だったからこそ感じ取れた君の在り様。
それは嘗て、私が神になる前の、“奏者“の資格を得るために我武者羅に己を鍛えていた頃の自分を髣髴させた。
だが、もしかしたら彼は私とは違う可能性へと至るかもしれない。
穢れ無き光か、深き深遠の闇か。
果たして君はどちらを選ぶ? 君はどうやって、
さあ、見せておくれ。
哀れで可愛い、飛び切り不幸で最高に幸運な、我が愛しき人の子らよ。
未来を手にするために、存分に踊り狂うがいい。この新たな神を生み出すための『ゲーム』――――『神造遊戯』の中で。
【中間報告】
“ゲーム”の舞台時間軸:魔法少女リリカルなのは:原作開始前
現在の転生者総数:二名
“ゲーム”開始までの残り時間:十四年と十ヶ月
2012.11.14 微修正