魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

42 / 101
エピローグの前半部分になります。


夜天の行方

「……何、このカオス」

 

“闇の書”事件終結後、本人の意思とは無関係に舞い込まれてしまったアリサとすずかへの事情説明のために用意されたアースラの一室。

“闇の書の闇”との戦闘に微塵も関われていなかったアースラスタッフは、本局への報告のために必要な状況証拠や各員のデバイスからデータ吸い上げでせわしなく動き回っている中、小休止を挟んだおかげで体調も問題ないと医務担当にお墨付きを持らえた花梨が二人に事象を一刻も早く話したいと急かす妹に引っ張られるように入室した直後に呟いたセリフがそれであった。

室内は実に珍妙な空気に満たされている。

何故なら――

 

「あっ、あの! お久しぶりです、ルビーさん!」

「……? 誰だっけ?」

「ちょっ!? 覚えててよ! ついこないだのことだったじゃない!」

「ん~? ……おお! あの時のロウソク娘と蝙蝠娘!」

「「それ、どんな覚え方っ!?」」

 

うがーっ! と吼えるアリサと彼女を宥めるすずか。二人の様子はいたっていつも通り……そう、魔法という存在を知り、あんな事件に巻き込まれたというのに、至って平然と振る舞っていた。

むしろ、小さな携帯端末をいじり続けていたルビーを見つけるなり、物凄い勢いで捲し立てながら詰め寄っていっている。

これには、説明役を宛がわれたクロノが戸惑うのも仕方がない事だろう。

落ち着かせようと声を掛けてもことごとく無視、あるいは『後にして!』と怒鳴られる始末。戦闘諸々で疲労が蓄積しているだろうから、報告書の作成は任せておきなさいと気を遣ってくれた母に、むしろこっちの方が疲れるんですけど……、と溜息を零すのを抑えられない。

 

「ね、ねえクロノ? これっていったいどういう状況?」

「ん? ああ、君たちか。いや、どうと言われても答えようがないんだが……なあ、質問を質問で返すようで申し訳ないんだが彼女たちは本当に魔法を知らなかった一般人だったんだよな?」

「へ? あ、当たり前でしょうが! 二人にばれないように私たちが今までにどんだけ苦労してきたと思ってんのよ?」

「いや、別に疑う訳ではないんだ。ただ……それならどうして、あの二人は彼女(・・)と顔見知りなのかと思ってね」

 

そう言ってクロノが指さした先では、糸でぐるぐる巻きにされて芋虫みたいに床に転がっているアリサと、それを指差しながら高笑いしているルビー、二人の間で小動物の様に狼狽えているすずかという実に愉快な光景が広がっていた。クロノでなくても、首を傾げて当たり前な光景と言えるだろう。

 

「つーか、さっさと家に帰れば? それともこのまま口封じも兼ねて違う世界でひと財産築いたメタボ親父に売りとばすの? 小遣い稼ぎ的な意味で?」

「「ええっ!?」」

「誰がそんなことするか! 君は管理局をなんだと思っているんだ!?」

「自分勝手な正義を押し付けてくるくせに、裏じゃあ人身売買とか人体改造とかに平気で手を染めている自分(テメェ)勝手な自己中集団」

 

打てば響くかのごとき勢いで返されたあんまりな言い方に、正義感溢れる少年であるクロノが絶句する。だが、同時に納得もしていた。

ルビーの思考や素振りから推測して、まず間違いなく犯罪者……それも、違法研究を推奨する一部の高官と繋がりがある者であると。

しかし、確たる証拠がない以上、いくら疑わしいとは言ってもそれだけで彼女を拘束することなど出来ようはずも無いし、そんなことしたら最悪、アースラを粉微塵にできる存在の言線に触れてしまうかもしれない。この状況下では、藪を突く気は毛頭なかったので、コホン、と咳払いをしつつ、当初の目的をまずは果たそうと未だに騒ぎ続けている民間人二人へと向き直る。

 

「そこの二人、どうやら何かしらの事情があるらしいが、まずは説明だけでも済ませておきたい。いいかな?」

 

疑似『お代官様ぁ~、お止めになってぇ~、あ~れぇ~』ごっこをされて目を回してしまったアリサを膝枕していたすずかが了承の頷きを返してくれたので、クロノは席を立ちながらすれ違い気味に花梨となのはの肩を叩く。

 

「それじゃあ僕はこれで」

「いやいやいや!? 何一人だけ逃げようとしてんのよ、執務官!?」

「人聞きの悪いことを言わないでくれないか? こういうことは身近な存在から説明された方が理解しやすいものなのさ」

「嘘つきなさい! 『ああ、やっと解放された……!』とでも言いたげにすがすがしい笑みを浮かておいて、どの口がそんなこと言いやがりますか!?」

「花梨……あくまでも民間人である君たちとは違って、正規の局員である僕にはやるべきことが沢山あるんだ。だから、いつまでも無益な時間を過ごすわけにはいかないんだよ」

「……本音は?」

「此処にいるよりも報告書を書いている方が、気が楽――……ゲフン、ゲフン! ――では、未来の管理局員諸君、民間人への説明任務を任せたよ」

「微塵も取り繕えてないんですけど!? てか、そんなキャラだったっけ!? ――あ、コラ! 逃げんな、卑怯者――!?」

 

爽やかすぎる笑顔を浮かべながら、しゅたっと片手を上げつつ、ソニック的な速さで離脱していった執務官が開けっ放しにしたドアへと手を伸ばすが、当然返事が返ってくる筈も無い。

 

「さて、それじゃあ説明してもらいましょうか?」

「あ、アリサちゃん、復活速いね」

 

いつの間にかリカバリーしていたらしい腕を組みふんぞり返るアリサ嬢と、彼女の隣で姿勢を正していたすずか嬢が説明役に抜擢された花梨を待ち構えていた。

なのフェイコンビの援軍は期待できそうも無い。何しろ、さんざんのけ者にされ続けてきた理由をようやく本人たちの口から聴けるのだ。

普段からツリ目がちなアリサの眼光は、まさに獲物を射抜く肉食獣の如き鋭さを秘め、外見上はいつも通りなすずかの背中から、凶悪犯ですら腰を抜かしそうなどす黒いオーラを浮かび上がらせている。

……どうやら口にこそ出していないものの、ずずか嬢も大層ご立腹のご様子であった。

のけ者にされ続けてきたことが相当腹に据えているらしい。

魔法を使えないのに、魔導師であり次期神サマ候補者でもある自分に血の気を引かせるとは、親友二人のポテンシャルは予想を遥かに超えるレベルに達しているようだ。

部屋の隅でぷるぷると震えながら抱き合っているなのはとフェイトに至っては、二人のオーラにあてられて、もうすでに卒倒寸前だ。

 

――ああ、出来ることなら自分もさっさと意識を手放したい……。

 

「花梨?」

「花梨ちゃん?」

「はい!」

「「いい訳の貯蔵(ストック)は十分かしら?」」

 

――あ、こりゃ死んだわ。

 

和製ホラー映画の亡霊の如き動きで迫り来る親友たちと、一足早く泡吹いて気絶した妹たちの姿を視界に捕えながら、花梨の意識は一瞬で刈り取られたのだった。

 

……ちなみに。

魔法技術に関する説明は、花梨たちの醜態を見物して上機嫌になったらしいルビーから滞りなく済まされたらしい。

ついでに、彼女とメールアドレスの交換なんてイベントもこなしていたようだが、それを花梨たちが知るのは、これよりずっと先の事である。

 

 

 

コアの消滅を確認した後、八神 はやての体調を危惧した騎士たちの『主の保護を保証してくれるのならばおとなしく連行される』という提案もあって、一同はアースラへと連行された。

衛星軌道上のアースラ内部に自力で転移してきたダークネスやルビーについては、武装隊員十数名単位での監視がつけられているが、本人たちは至って好き勝手に振る舞っているらしく、リンディたちは挙って頭を抱えていた。

ダークネスはアリシアや“紫天の書”一派と共に食堂で話し込んでおり、ルビーは同伴を求めたアリサとすずかに引っ張られていったらしい。管理局員として見過ごすことのできない状況だが、最重要捕縛対象である守護騎士や彼らの主であるはやてを拘束していないのに、一応(・・)事件解決の協力者という立場である彼らを捕えることも出来ず、監視止まりに留まっている。

そして現在、医務室のベッドの上で半身を起こしたはやては、ベッドの傍らに用意されていたパイプ椅子に腰かけたユーノから、彼が無限書庫で調べ上げた“闇の書”の改変に関する説明を受けていた。

極度の疲労と魔法を初めて使用した反動に襲われて深い眠りに落ちていたのだが、ユーノが訪ねてくる少し前に目を覚ましてからは、こうして普通に会話が出来るまでの元気ある姿を見せていた。

だが、今の彼女の表情は暗く、濃い絶望の色が浮かんでいるのがありありと見てとれる。

シャマルによって着替えさせてもらったパジャマの胸元を握り締めつつ、過呼吸を繰り返すはやてを痛々し思うものの、ユーノは後になって彼女が後悔するのだけは避けるべきだと判断し、あえてもう一度同じ言葉を口にする。彼の調査によって真実の光が射した、“闇の書”の呪い、その最後の一つについて。

 

「もう一度言うよ、はやて……今のままでは防衛プログラムは確実に修復されてしまう。それを防ぐ手立てが見つからない以上、君の新しい家族――リインフォースさんは自分の消滅を望む可能性が極めて高いんだ。彼女をどうするべきか……はやて、君の意見を聴かせて欲しい」

 

予測だに出来なかった人たちの協力を得て、“闇の書”を“闇の書”足らしめていた防衛プログラム(ナハトヴァール)は確かに消滅した。

しかし、ベースとなった“夜天の書”の中枢機構であるリインフォースの基本構造部分に根部くバグはいまだに健在であり、彼女がこのまま存在している限り、いつかは新たな防衛プログラムが再構築されてしまうのだ。それもおそらくは……永久に。

彼女を完全に修復できればまだどうにかできるのだが、“夜天の書”の原型が失われている以上、修復は不可能同然。防衛プログラムが消滅した直後である今はまだ、はやてへの負荷も無く、リンカーコアの機能も安定している――が、もしも新たな防衛プログラムが生み出されてしまえば、今度は確実にはやての生命に関わるほどの負担が襲い掛かってしまう。

今回のような幸運はもう二度と訪れないと考えても構わない以上(ダークネスやルビーたちがまた協力するはずが無いため)、はやての命を救うためにはリインフォースが消滅する以外に手立てがないのだ。

時間があれば解決策を見つけられるかもしれない。でも、いつ再構築されてしまうかわからない以上、時間的な猶予はまず無いと見て良いだろう。

 

「他に、手は無いっちゅうんか……!?」

「さっきも言ったけど、“夜天の書”の原型が失われている以上、彼女を完全な形に修復させることは現実的じゃない。リスクがあまりにも高すぎるんだ。――僕たちの方でも、彼女を救う手だてがないか模索したんだよ。でも、可能性が一番高かった葉月ですら、首を振ってしまうくらいの問題なんだ」

「そんな……あっ! ほ、ほんなら、あの猫耳白衣のお姉さんやったらどうなん!? なんか、博士っぽかったやん!」

「もちろん、彼女にも頼んでみたさ……そうしたら彼女、『めんどくさい』の一言で切って捨てたんだよ……。元々違う世界の人みたいで、そこまでして僕たちに肩入れする理由は無いらしいんだ」

「そ、そんな……」

 

この返答を訊いたコウタたち……特に激高したシグナムやヴィータが掴み掛ろうとしたが、彼女を守るように立ち塞がったユーリに取り押さえられたという騒動も起こっている。

ルビーと一緒に行くことにしたらしいユーリの戦闘力は“闇の書の闇”と同等、或いはそれ以上に達する。騎士たちがいくら束になろうとも、彼女に一撃を入れることすら出来ずに叩きのめされてしまったのだ。

シグナムたちも、自分が犯罪者であるという自覚があるためか、管理局の艦艇の中でこれ以上の騒動を起こすのはまずいと判断したらしく、これ以降はルビーたちを睨み付ける程度で収まっている。

しかし、彼女たちの間に埋めようの無い亀裂が走ったことは間違いようのない事実。こんな状況では、彼女の協力を望むことは不可能だろう。

 

――コンコンッ……。

 

「はやて君、少し話があるのだが良いだろうか?」

「グレアム……おじさん?」

「フム……その様子では、管理人格について知らされたようだね」

 

丁寧なノックに続いて入室してきたのは、グレアムだった。ユーノの姿を見て大まかな事情は察したらしく、納得したかのように頷きながらベッドの傍まで歩み寄る。

 

「さきほど、管理人格――いや、リインフォース君だったね――、彼女からクロノたちにとある進言があったらしい。『再び暴走する可能性を秘めた自分を破壊してほしい』とね」

 

告げられた言葉に、はやては途方も無い衝撃を受けた。暗い闇の中で傷つき続けてきた新しい家族、せっかく手を取り合うことができるようになった彼女が、自分を殺せと願っているのだと言う。

叫びたくてもうまく言葉にできずに俯いてしまったはやてに、グレアムは出来る限り要点をまとめて、あの場でかわされた会話内容を話していく。

悲しみに震える小さな少女が後悔しない選択を選べるように。

 

守護騎士プログラムは、すでに“夜天の書”から切り離された存在であるため消滅する危険性は無い。

彼女たちは魔力を供給してくれる主はやてが存在している限り、生き続けることができる。

つまり――逝くのは彼女だけなのだということだ。

そして、彼女は自分の破壊を、微妙に顔色の悪かった花梨たちに依頼したのだということを、グレアムは包み隠さずに語った。

沈黙の帳が、医務室に舞い降りる。ユーノも予想以上に速い事態の動きに混乱を隠せず、もっと早くはやてと話せていればという後悔の念から、血が零れ落ちる事にも構わずに下唇を噛む。

皆が笑顔で迎えられるハッピーエンドのために、集めた情報がほとんど役に立たない。ユーノは己の無力さに強い憤りを感じていた。

 

「――ユーノ君、グレアムおじさん」

 

はやてがゆっくりとした動きで顔を上げる。その瞳には、確かな覚悟が宿っていた。

 

「おねがします。私をリインフォースのところへ連れて行ってください」

 

 

重要な報告を行うためにも使用される会議室は、現在、重苦しい空気に満たされていた。

長机に腰を下ろしているのはリインフォースと守護騎士たちだ。彼女らの対面には、アリサとすずかへの説明を何とか終えた花梨、なのは、フェイト、葉月が座り、上座には厳しい表情を浮かべるクロノが座っていた。

ダークネスとルビーへの監視のために借り出されたアルクとアルフはこの場にはいない。今から話す内容をあらかじめ聞かされていたコウタも引き摺られるように連れて行かれている。

戦力として、また説明役として体育会系な二人への事情説明を押し付けられた形になったようだ。

それはさて置き、全員が腰を下ろすのを確認しつつ、この会議の開催を求めたてきたリインフォースへとクロノが発言を求める。

 

「さて、どうしても話さなければなら無い事情があるというからくして集まってもらったわけなんだが……リインフォース?」

「ああ、感謝するクロノ執務官。……それと、すまない。まだ事件は終わってはいないのだ」

「破壊した防衛プログラムについて……かしら?」

 

葉月の確信じみた問いに頷きを返したリインフォースが説明を始めた。

それは、医務室ではやてがユーノから聴かされたものとほぼ同じものだった。

話が進むにつれて、なのはたちの顔色がどんどん青ざめていく。

 

「――だから頼む。私を、“夜天の書”を消してほしい。騎士プログラムは独立したシステムへと移行させている以上、私一人が消えるだけで主はやてに危険が及ぶ可能性が極めて低くなる」

 

己が分身たる“夜天の魔導書”を胸に抱きしめながら、リインフォースは、望みを叶えてくれるよう心優しい少女たちに向けて微笑を浮かべる。

 

「そんなっ!? どうしてそんなことを言うんですか、リインフォースさん!」

「貴方がいなくなったら、きっとはやては悲しんでしまう! それでもいいんですか!?」

「ありがとう、心優しい少女たち……。でも、どうか……、どうか私の我儘な願いを聞き届けてくれないだろうか……」

「そんなこと出来ませんよ! はやてちゃんはどうするつもりなんですか!?」

「主には騎士たちが傍にいてくれる。相当の処罰は覚悟しなければならないだろうが……それでも、命までは奪われることは無いだろう。――そうでしょう、執務官?」

「……ああ。罪滅ぼしだと言ってグレアム提督もいろいろと動いてくれているよ。無論、そう容易い道ではないだろうし、被害者たちの反感も出てくるだろう。それでも何とかして、保護観察処分にまで持って行くつもりだ」

「ありがとう、それを聞けただけでも十分だ」

 

晴れやかな顔でそう言ったリインフォースからは、死の覚悟とも呼べるものがひしひしと感じられた。それだけの重みが、彼女の言葉には込められている。

“闇の書の闇”に全ての元凶だという烙印を押し付け、さらに彼女にまで汚名を背負わせようとしている自分たちの不甲斐なさに、騎士たちは拳を握り締め、肩を震わせる。それでも反論の声が上がらないのは、会議の前にあらかじめ説得を受けていたからだろう。

まるで自分自身の事のように受け止め、悲痛に歪む表情を浮かべるなのはたちに感謝を述べつつ、リインフォースは席を立つ。

彼女は後方の空いたスペースへと数歩下がると、足元に彼女の白い魔力光が描くベルカ式の正三角形の魔法陣を展開させる。

まさかの急展開に騒然となる一同を見渡すと、困ったように口元を緩める。

 

「“夜天の書”のリンクを通じて主はやての動揺が感じられる。どうやらこの場にいない誰かが主に私のことについて口を滑らせたようだ。出来る事なら地球の、空を見上げることのできる場所で逝きたかったが……時間をかけてしまえば主が駆けつけてしまう。それは……その、困る」

 

決意が鈍ってしまうから、そう言いたげな彼女の内心を理解しつつ、それでもこれが最善の選択なのだとクロノは思う。

これから先、はやてたちが出会うことになる“闇の書”が生み出した被害者たち。彼らからの風当たりを和らげるためにも、『“闇の書”の元凶は完全に消滅した』という事実が欲しい。

仮に、リインフォースを封印などして防衛プログラムの再生を阻止したとしても、所詮は問題の先送り、その場しのぎに他ならない。

氷結魔法による永久封印というグレアムの企みを否定した以上、ほとんど変わらないような手段が取れるはずも無い。

葛藤するなのはたちを説得しながら、リインフォースは彼女を無へと還す魔方陣の上に立つ。

 

その様子を少しだけ離れた場所から見守るのは、守護騎士たちだ。

どうしようもない現実を認めたくなくて、それでも自分にできる事が見つからなくて……皆、何も出来ない自分自身への悔しさで表情を歪めている。

 

「お前たちまで、そんな顔をしないでくれ……」

「リインフォース……っ! すまない……!」

「何故、謝る必要がある? 私が安らかに逝けるのも、お前たちが主の傍に残ってくれるからだぞ……? だから――」

「ああ……そうだな……。後の事は我々に任せろ」

 

せめて憂いが残らないように見送ってやりたい……シグナムはリインフォースを真っ直ぐ見つめる。

何も心配はいらない、だから安心して欲しい。そう、想いを込めて。

涙を堪えきれずに嗚咽を溢し始めたヴィータの背中を擦りながらシャマルは静かに涙を流し、ザフィーラはシグナムの傍らに立ちながら深く頷いた。

 

 

「――では「ちょーっと待たんかい、このドアホ――!!」 ――え……へぶぅ!?」

 

珍妙な悲鳴を上げながら、顔面ヒップアタックを喰らったリインフォースが盛大に吹っ飛ぶ。

ドリルの様に回転しながら床を削って吹き飛ばされたリィンフォースと入れ違いになる形で魔方陣の真ん中に降り立ったのは、侵食が収まったお蔭で下半身の機能が回復するだろうと医者のお墨付きを頂いたものの、リハビリを終えるまでは車椅子が無ければ生活できないだろうと診断された少女、八神 はやて……ではなく、

 

「で、ディアーチェちゃん!?」

「ふはははは!? 何だ何だ、揃いも揃って、そのマヌケ顔は? 我を笑い殺すつもりか、はぁ~っはっはっは――ブッ!?」

 

シュテルさんの容赦ないヤクザキックがディアーチェの真ん丸お尻にクリティカルヒット! 一撃でお尻の耐久力がゼロに!

 

「少しは空気を読んでください、()るで()目な()女、略して”マダヨ”さん」

「だ・れ・が! マダヨだぁああああっ!?」

「「……(ビシッ!)」」

「そこな雷娘に猫耳女! 無言で我を指差すんじゃないわ! 塵芥にするぞ!?」

「――あ?」

「すみません調子こいてました申し訳ありませんごめんなさい」

「ワンブレスで言い切ったっ!? 心折れるの速っ!? 王様ってば、すっごく速くて、カッコイイよ! これがジャパニーズD・O・G・E・Z・Aなんだね!」

「レヴィ、貴方本当にどこからそういう知識を集めているんですか? ――ってぇ、ルビーさんッ! ディアーチェの頭踏もうとしちゃダメですって!?」

「ええ~~!? あんなに楽しそうなのに~~?」

「楽しいってなにを――シュテルゥウウウッ!? 貴方、何ディアーチェの耳元で『ねぇ、どんな気持ち? ねぇ、今、どんな気持ち?』って囁いているんですか!? 神さまも笑ってないで、止めてあげてくださいよ!?」

「楽しそうなシュテルに水を差すのは如何なものかと思ってな……俺なりの気遣いだ」

「ドブにでも捨ててくださいそんなモノっ! ああっ!? ディアーチェがプルプル震え始めちゃいましたあっ!? もういいですから! 起きても良いんですよ、ディアーチェ!?」

「ひっぐ、えっぐ……!」

「うぉお!? マジ泣きしちゃってるんだよ!? えっと、大丈夫?」

「「……(ニヤニヤ)」」

「だから! いじめっ子オーラ全開で真っ黒な笑みを浮かべないでくださいませんか!?」

「王様、はい、チーンして? ――それにしても転生者って、皆変わってるんだね~~」

「「そんなんと一緒にしないで!?」」

 

登場するなり微塵も空気を読むつもりが無い連中に待ったをかけたのは、これまで黙っていた花梨と葉月の転生者コンビによるツッコミだった。

流石にあの外道二人を自分らの基点(スタンダード)にされてはたまらないと、眉を吊り上げながら怒鳴る。

儀式用の魔法陣を形成していた魔力は完全に霧散してしまっており、今まさに悲しいお別れを! というシリアスな空気は粉微塵に粉砕されてしまった。

それでも、リインフォース救済のために何やらボソボソ小声で相談していた姉たちが動き出した以上、『もしかしたら……』という淡い希望が、なのはたちの胸に湧き上がってくる。

 

「えーと……王様、大丈夫なん?」

「グスッ! ――っ、ふ、ふん! 子烏なんぞの同情は要らぬわ!」

「あはは、立ち直り速いなぁ……えと、ありがとな。私の代わりにおバカな家族をぶってくれて」

「……構わぬ。王に無断で臣下が消え去ろうなどと愚の骨頂! 子烏の代わりというのは癪に障るが、我としても思うものがないワケでも無かったからな」

 

遠回しに気にするなと言いたいのだろう、ユーリにナデナデされて、レヴィに涙を拭いてもらっている意地っ張りな王様にもう一度頭を下げつつ、未だに困惑顔なリインフォースへと近づいていく。

 

「主はやて……何故」

「アンタのやろうとしてる事に気づいたのかって? それとも、どうやってここまで来たのかっちゅう方か?」

「……」

「無言は査定ととるで? アンタのやろうとしてる事に気づいたんは、ユーノ君とグレアムおじさんから教えてもろたからや。ここに来れたんは、おじさんたちが艦長さんたちを説得してくれて、車椅子よりも早いだろうっていう花梨ちゃんたちの好意に甘えたからやな。クロノ君とかはリインフォースの思いを組んでいかない方が良いって言うとったけど――私は、そんなん納得できへん!」

 

ああ、やっぱり駄目だ。彼女を前にしたら、覚悟を決めたはずの心が揺さぶられる。

まだ生きたいと……愛おしい主と共に在りたいと願ってしまう。

そんな権利なんて――自分にありはしないと言うのに。

 

「聞いてや、リインフォース。私は全部背負っていくって決めたんよ。“闇の書”が生み出した悲しみも、憎しみも……全部、全部受け止めるって」

「主はやて、それは……」

「わかっとる。そんな簡単に実現できるほど軽い問題やないってことくらいは、子供の私かてわかっとるよ。でもな、だからこそ皆に、家族に支えて欲しいんよ。つらい事も、悲しい事も……嬉しい事だって皆一緒やったらきっと乗り越えていけるってそう思えるから」

 

“闇の書の闇”との最終決戦、あれは決して自分一人では乗り越えることが出来ない試練だったのは間違いない。あの場にいた誰一人でも欠けていたら、こうして生きていられる筈がなかっただろう。

そう……全ては、皆がいたから。だから。

 

「騎士の皆が居てくれるいうても、そこにアンタがおらんかったら寂しいやんか……!」

「主はやて、どうかわかってください。私が存在し続ける限り、この先も貴方に危険が付きまとうことになるのです。そんな事……私は、自分自身が許せない」

「そんな……で、でも!」

「それに、主もご存じになられた筈です。“闇の書”が撒き散らしてきた憎しみは深く、強い。あの少年(ディーノ)のように憎悪を燃やす者たちも、そして時空管理局も、いつまた“闇の書”へと変貌してしまう危険性を秘めた私の存在を許すことは無いでしょう。それこそ、永久に封印し続けるのか、それとも破壊するのか……どちらにせよ、私があなたのお傍に居続けることは難しいでしょう」

「それ、は……っ!」

「そして仮に封印されたとしても、私が存在している限り“闇の書”への憎悪が止むことはありえません。その憎しみは、私を家族と呼んでくれる主にも向けられることでしょう。私はそんな未来を望みません」

 

管理局が罪を犯した者に対して、償う意志を持つ者に寛大なのは周知の事実だ。

守護騎士たちにも本人に罪を償い意志がある以上、社会奉仕などによる罪の償いを経て、普通の人間のような日常生活を送れるようになるかもしれない。

そのためにも、誰かが総ての罪を背負わなければならないのだ。

暴走した防衛プログラムが元凶でした……と言ったところで、じゃあソレを生み出しかねないそいつ(リインフォース)はどうなんだ!? と反論されるのは火を見るよりも明らかだ。

今回こそ死者を出さずに済んだものの、過去の事件で生まれた被害者たちからしてみれば、それがどうしたという話だ。

どんな理由があろうとも、“闇の書”は一度完全には破壊されなければならない。

そう語りかけながら、流れ落ちる涙を拭うことも出来ないはやての頬を優しく撫でる。かつて、彼女がそうしてくれたように。精一杯優しく、愛おしい想いを込めて。

花梨たちの上から身を乗り出し、身体ごとぶつかる様にリインフォースに抱きつく。

リインフォースは抱きしめたまま嗚咽を零すはやての背中を優しく撫でる。

次元戦艦の一室に、少女の泣き声だけが静かに響く。

 

花梨は目尻に浮かぶ涙を拭いつつ、その様子を少し離れた場所から眺めていたとある人物(・・・・・)へと近づいていく。

 

「……ユーリちゃん」

「はい!?」

 

声を掛けられたユーリはまさか自分が呼ばれるとは思ってもいなかったらしく、驚きを顕わにする。

あわあわしている少女に目線を合わせるように屈みながら、花梨はとある確認の言葉を投げる。

 

「正直に教えて欲しいんだけど……もう一つの“闇の書の闇”である貴方の中に、暴走する前の正常な防衛プログラムに関するデータが残されていないかしら?」

「え?」

「貴方は無限魔力生成機関エグザミアなのでしょう? でしたら、貴方が“夜天の書”に組み込まれた前後のデータが残されているのではないでしょうか?

貴方を組み込んだことで夜天が闇に染まった……などと言うつもりはありません。でも、防衛プログラムを暴走させるほどの影響力とエネルギーを内包されていることは見紛うことなき事実。ならば、その時点まで“夜天の書”のデータを復元できれば、少なくとも暴走は起こらなくなるのではありませんか?」

『何っ!?』

「ほう? そうきたか」

「む……」

 

“紫天の書”に関する情報はほどんど皆無だった一同は予想だにしない展開に揃って驚愕を零す。

確かに、コピーであるとはいえ彼女たちの肉体を構築しているプログラムはオリジナルとほぼ同じ。

感情は記憶こそ異なれど、肉体を構築しているプログラムを解析すれば、もしかしたらオリジナルユーリが“夜天の書”に組み込まれた頃の記録が見つかるかもしれない。

暴走を起こすような魔導書に、エグザミア程の機関を組み込めるとは考えにくい以上、もしかすれば『原典から多少の機能は追加されているかもしれないけれども、防衛プログラムが暴走を起こす可能性の低い頃の“夜天の書”』を再現できるかもしれない。そうすれば、リインフォースを存命させる方法も見つけられる可能性がぐっと高くなる。

最大懸念の暴走の危険性が消えるのだ、彼女らへの風当たりなど抱える問題はいまだに山積みだが、それでも家族が別れるような展開だけは無くなるだろう。

花梨と葉月の説明と提案を聞いたダークネスは、顎に手をやりながら思考に没頭する。

チラリと目を細めてルビーの様子を伺えば、彼女は不機嫌そのものな、ブスッとした顔で花梨と葉月を鋭く睨んでいる。

ベタベタ抱きついてばかりいたユーリを盗られた風に思っているのか、それとも自分の所有物(・・・)を勝手に使われそうになっている事への不満なのか。

希望を見出した、はやてを筆頭になのはとフェイト、守護騎士たちまでユーリに詰め寄り、口々に懇願し続けている。

マテリアル三人娘とアリシアは完全に蚊帳の外に押しやられ、元々控えめなところのあるユーリの目がナルトマークに渦を巻いている。

己自身の目的を果たすためにも(・・・・・・・・・・)話に加わらない訳にはいかないか。

そう判断して彼女らの提案の推察を切り上げると、騒ぎ続ける一同を落ち着かせる意味も込めて傾聴の声を掛ける。

 

「いい加減に落ち着いたらどうだ。防衛プログラムが今すぐ再生されるわけでもあるまいし」

「ですが、いつ防衛プログラムが再生されるのかわからない以上、あまり時間的余裕は……」

「なら、ここで騒いだらどうにかなる問題か? ――違うだろう? お前たちがやらねばならないことは、高町 花梨らの提案が現実的に実現可能かの評価、それに協力者としてキーパーソンとなるそいつへの協力の要請ではないのか?」

「前者はともかく後半のそれ、どういう意味よ。ユーリちゃんが協力してくれないって言いたいワケ?」

 

花梨はダークネスの言葉の中にあった瑕疵を指摘する。

お人よしな雰囲気を醸し出すユーリが協力を拒む可能性にを思ってもみなかったらしい。

これもまた、『原作』知識がバックボーンにあるが故の思い込みと言えるだろう。物語の登場人物(キャラクター)としての彼女を知っているからこそ、無意識のうちに心優しい少女だと決めつけていたようだ。

ダークネスは花梨をじろりと睨みつつ言葉を続ける。

 

「お前たちと“紫天の書”一派《こいつら》が面と向かって会話するのは、今回が初めてだったはずではなかったのか? 見ず知らずの連中にいきなり秘密を開示された上、強制的に協力させられそうになって混乱しない訳が無いだろう。そもそも、そいつの所有権は別の奴にあるのだから、まずはそっちに話を通すのが筋ではないのか?」

 

言いながら視線を向けられたルビーは、先ほどまでの不機嫌顔を一変させ、意地の悪いニヤニヤ顔を浮かべながらユーリに手招き、近寄ってきた少女を見せつけるように抱きしめる。

 

「そーそー! ゆーちゃんはボクのモノなんだから、勝手な言い分は却下しちゃいまーーす」

「な……! 本気で言ってるんじゃないでしょうね!?」

「本気も本気、だ~い本気ですけど~~? それが何か~~?」

「ぐっ……!? ユーリちゃん、貴方はそれでいいの!?」

「ふえっ!? えと、私はもうルビーさんのモノになっちゃいましたので……」

 

頬を薄く染めて満更でもない微笑みを浮かべるユーリに、花梨と葉月の頬が盛大に引きつる。

それはそうだろう。まさか、こんな落とし穴があるとは思ってもみなかったのだから。

時に情に訴えて、時に金銭的褒賞を上げながら繰り返して説得が行われたものの、ルビーの食種が動くことは終ぞなく、騎士たちが実力行使に出ようとしたこともあったが、何やら企んでいるらしいダークネスに一撃で沈められていた。

結局、騒ぎを嗅ぎつけかリンディたちも巻き込んだ大騒動が繰り広げられることとなったが、最終的にはルビーが翠屋のデザートに興味を持ったという情報を訊き出したアリサの発案した『クリスマスパーティin翠屋に彼女たちも誘って楽しんでもらえば気が変わるんじゃない?』作戦が行われることとなった。

 

いつしか、日付が変わって現地時間は十二月二十五日。

あの激闘から一夜明けた今日は、聖なる記念日……クリスマス。

 

偶然か、それとも必然か……時計の秒針がこの聖なる日を刻み始めた瞬間、一般人への“神造遊戯(ゲーム)”の情報が開示可能となったという神の声が、転生者たちの脳裏に響いたのだった。

 

 

 

――海鳴市 翠屋――

『メリークリスマス!!』

 

クラッカーの音が鳴り響き、色とりどりの電球の光が店内を彩る。

やや小ぶりなモミの木を鮮やかにデコレートしたクリスマスツリー、食欲をそそる多種多様な料理やデザート、無礼講だと開けられたシャンパンの栓が宙を舞い、剣術家カルテット――翠屋オーナー、月村家婿養子(予定)、翠屋ウエイトレス、烈火の将――がナイフを一閃、見事な細切れにするというハプニングもあったものの、笑顔の溢れるどんちゃん騒ぎは終わりを見ることも無く、続けられた。クリスマスパーティーというものに憧れていたはやては勿論、そういう行事自体を知らなかった面子もチラホラいたので、笑い声に混じった驚きの声もあちらこちらから上がり続ける。

――ちなみに、一番騒々しかったのは青髪ツインテールと金髪ツーテールな見た目そっくりコンビだった。無邪気な振る舞いが言線に触れたのか、月村家筆頭クール系メイドが「実にお世話し甲斐のある方々です」とものすごい生き生きした表情を浮かべていた事は、彼女の妹分であるドジっ娘メイドだけが知っている秘密だ。

店内に木霊する笑い声は終始止む事はなく、誰もが思い思いにこのパーティを楽しんでいた。

 

 

「ふぅ……」

 

かつて訪れた時の様にカウンター席に腰を下ろしたダークネスは、グラスを傾けながら一番の盛り上がりを見せる店内の中央へと視線を送る。

そこにいるのは、笑顔を浮かべながらパーティを楽しんでいる花梨たち。目的は忘れていなかったらしく、さりげなくユーリたちも引き込んでケーキの食べさせ合いっこと洒落込んでいる。

ルビーから了承をるのではなく、ユーリ本人から協力したいと言わせる方向にシフトしたようだ。必要なデータさえ手に入れば、リインフォースの修復の方は葉月辺りがちょちょいと仕上げてしまう事だろう。

 

「ま、連中が何をしようと俺には関係ないか」

「――ならば、何故君は此処にいるのかね?」

 

壮年の男性特有の低い声を不意に掛けられたにも関わらず、眉ひとつ動かさなかったダークネスは隣の席に腰を下ろしてきた声の主へと視線を移す。

 

「その言葉、そのままお前に返すぞ、ギル・グレアム――……あれは持ってきているんだろうな?」

「ああ……受け取りたまえ。約束の品だ」

 

はやての希望でパーティに参加していたグレアムが取り出したオルゴールのような箱……ロストロギア『パンドラ』を受け取り、ダークネスの顔に笑みが浮かぶ。

 

「一つだけ聞かせてほしい。こうして全てのジュエルシードを手に入れた今の君ならば、“夜天の書”の管理人格を救うことは可能なのかね?」

 

グレアムの言葉に、ダークネスは意外そうな顔を返す。

 

「……助けたいのか?」

 

形が変われどもリインフォースが“闇の書”の中枢機関であったことは間違いなく、また、人間が復讐という感情を容易く整理できるはずが無い故に、グレアムは本心ではリインフォースの消滅を望んでいるのではと推測していた。

だからこそ、まるで過去を振り切ったかのような表情を浮かべるグレアムを見て、ダークネスは首を傾げる。

あれだけの事をしでかしておいてあっさりと引き下がるなど、あまりにも不自然だと感じたからだ。

 

「はやて君と話をした。そして思ったのだよ……叶うならば、彼女には家族と共に未来を生きて欲しいと」

「偽善だな。そんなことをほざくのなら、最初から八神 はやてに必要以上に関わるべきではなかったんじゃないか? くだらない情を感じるようになってしまえば、復讐心を持ち続けることは難しくなる。もし心から復讐を願っていたのなら、ディーノの様に揺らぎの無い心を持つべきだ」

「それは言うほど容易くは無いよ、ダークくん」

 

どことなく気まずい雰囲気になりつつあった二人に気を利かせたのだろう、シャンパンを注がれたグラスが乗せられたお盆を手に現れた士郎から新しいグラスを受け取りながら、ダークネスは肩を竦める。この店で騒動を起こすつもりは無いというリアクションだ。

 

「……ダークくん、君に訊いておきたい事があるのだが」

「“神造遊戯(ゲーム)”についてですね?」

 

士郎が何を訊きたいのか大凡察していたダークネスが直球に切り出す。余計な誤魔化しは不要、聴きたいことがるなら言えば良い。あんまりと言えばあんまりな態度に士郎は一瞬だけ呆気にとられたような表情を浮かたものの、すぐに“剣士”としての表情へと切り替える。虚言は許さないとばかりに剣気を立ち昇らせていく士郎に、彼の修めた流派について知り様も無かったグレアムが冷や汗を流すのを余所に、にやりと笑みすら浮かべてみせたダークネスは眼光鋭い士郎に正面から向き合う。自分の中で情報を整理させた士郎が、まず最優先で確認しなければならない事から問いかける。

 

「花梨が巻き込まれているというその儀式とやらに君も参加しているんだよね? なら――君は花梨を倒す(・・)つもりなのかな……?」

 

内心はどうあれ、表面上は落ち着いて言うように見える士郎の問いに、ダークネスは頷きを返すことで応える。

アースラでの事情聴取やはやての体調検査が終わってから場所をここ翠屋に移し、今まで無関係であった者たちに転生者たちが参加させられている儀式について花梨と葉月が中心となって説明した。

十年以内に自分以外の参加者、或いは『神成るモノ』を倒さなければ、儀式終了時点で存命している者たちが消滅してしまう。

魔法という存在を知ったばかりの一般人はもとより、こちら側の関係者である魔導師達にとっても、俄かには信じられない情報だった。

しかし、敗北した参加者たちが魔力粒子(エーテル)となって消えていく光景の記録データという証拠や、死者蘇生すら成し得たダークネスの存在などがあって、それが揺るぎ様の無い事実であると理解させられた。只でさえ危険な事件に関わっていたことを知らされた友人が、さらに危険な命の奪い合いをさせられているのだと言う事実は、友情に熱いアリサを筆頭に少女たちが怒りを顕わにした。矛先は儀式を開催した“自称”神サマから積極的に戦いを繰り返しているダークネスへと向けられたことで、彼を擁護するアリシア、シュテルとの間に張りつめた空気が展開されたものの、『儀式の参加を拒否していたら自分たちはこうして此処にはいられなかっただろう』という淡々としたルビーの発言で何とも言えない空気になったのは仕方のない事だったと言えるだろう。

大人組は子どもたち程騒ぎ立てることは無かったものの、やはり納得は出来なかったようで皆、厳しい表情を浮かべていた。

それから半日も経たない内にパーティーを開くことが出来ているのだから、心の切り替えが速いのか、それとも無駄に騒いで現実から目を背けようとしているのか。

 

――多分、後者だろうな。

 

花梨や葉月はどことなく影を落としているし、アルクとコウタは其々ユーノとヴィータから責めるような視線が向けられている。

逆に平然としているダークネスやルビーには時折、敵意混じりの視線が向けられ、その度にアリシアやシュテルたちの頬が痙攣を起こしたかのようにぴくぴく震えていたのを、ダークネスは捕えていた。

 

――やれやれ、予想していたとはいえ、これからかなり荒れるな。

 

考え込むように左目を蔽う眼帯に指を這わせながら、とりあえず現状を整理してみる。

今の時点で“神造遊戯(ゲーム)”に参加していることが判明しているのは十名。

ただしイレギュラーであるNo.“0”(ナンバー・ゼロ) 新羅 白夜も含めると十一名となるが、彼はカウントしなくても良いとダークネスは考えている。

最終的に儀式に参加するのは総勢十三組と最初に告げられた言葉が事実であると仮定して、十年後までに三組の参加者が現れると考えて良いだろう。現在生き残っている参加者は、この場にいる六名。

勢力的見ると『ダークネス』、『ルビー』、『その他全員』という三勢力に分かれている。

花梨たちが掲げている『“神造遊戯(ゲーム)”からの脱出』を叶えるためには、この儀式を執り行っている何者かを倒すなり、儀式を解除させるなりしない限り手立てはない。

普通に考えると儀式の管理者の正体は彼らを転生させた《神サマ》の誰かということになる。

しかし、だとすると管理者は普段、かつて引きずり込まれた巨大な大樹の聳える世界からこのセカイの様子を監視していると考えられる。

自力であの世界に行く手段が見つからない上に、あの世界ではいかなる武力も振るうことが出来ない。

絶対的に安全な世界に引きこもった相手に力尽くで言うことを聞かせられるとは考えにくく、かと言って儀式に否定的な発言を繰り返せば降参(サレンダー)と見做されて消滅してしまうだろう。花梨たちはどうにかしてあの世界へ通じる道を作れないか試行錯誤を繰り返しているようだが、ダークネスには賛同する意思は無い。

不可解な点はいくつもあるが、ダークネス個人としては花梨たちと共同戦線を張るつもりは皆無。此処にいるお人よし集団筆頭に、これからは儀式の非参加者たちも積極的に戦闘に加わってくるだろうことは容易に想像がつく、が……全ては彼の手の内でしかない。

だからこそ、行動指針(スタンス)を変える必要も無い。

故に、士郎への返答は――

 

「『Yes』、と返させてもらいます。士郎さん(マスター)の娘のように、非現実主義者と慣れ合うつもりは無いので」

 

そう言って、士郎に送られた視線に込められた意志を感じ取り、少しだけ悲しげに眉を落とす。

 

「そうか……」

 

その一言にどれほどの思いが込められていたのか、彼ならぬダークネスには知り様も無かった。

それでも、この先の戦いに向けてどうあっても譲れない部分はある。

何より、これから己が行う予定の行動を鑑みるに、間違いなく彼女たちとの道は平行線を辿ることになる。ならば、いつ裏切られるかわからないような協力関係など結ぶ必要などない。

最初から敵性関係であれば、躊躇することも無くなるだろう。どうせ、最後に生き残れるのはたった一人なのだから。

 

「それでは俺はこの辺で失礼させてもらいますよ。(おれ)が居たら連中もパーティを心から楽しめないでしょうからね。――アリシア、シュテル、もう行くぞ」

「え? もう帰っちゃうの? まだパーティはこれからじゃないかな?」

「微塵も恐ろしくないが、それでも殺気をぶつけられ続けるのは我慢ならなくてな。これ以上翠屋(ここ)に残っていたら我慢が出来なくなりそうだ」

「我慢、ですか?」

 

席を立ち、背中を向けるダークネスの右腕に自分の腕を絡ませながらシュテルが訊く。

 

「ああ、今すぐここを離れないとな。でないと――……こいつらを殺してしまいそうでな」

『――っ!?』

 

瞳孔が引き絞られ、燃え盛る炎の如き濃密すぎる殺気が立ち昇る。

それはほんの一瞬、刹那の間にも満たぬ時間の出来事。

されども、常人であれば発狂してしまうほどの殺意の波動は、確かな爪痕を店内に刻みつけていた。大人も子どもも、魔導師もそうで無い者も、人間もプログラム生命体であろうとも、誰もの脳裏に浮かんだのは物言わぬ躯と化した自分自身の姿。極寒の大地にたった一人で放り出されたかのような感覚、自分自身を抱きしめ、それでも尚、治まらない根源的恐怖。

つい先ほどまでの和気藹々とした空気が重く冷たい殺意によって吹き飛ばされた。

 

「き、君は……!」

 

反射的に取り出した鋼糸を構えた士郎は、ダークネスの前に立ちふさがる様に移動する。その後ろでは崩れ落ちた月村 忍を庇うようにして小太刀を構える恭也もいる。

リンディ騎士たちもいつでも魔法が発動できるように身構えるものの、純粋な殺気を向けられることになれていなかった少女たちを庇いながら彼をどうにかするのはほぼ不可能だろう。

一触即発な空気の中、相変わらず平然としているアリシアがダークネスの左腕に自分の腕を絡ませた。そのままくいくいっ、と腕を引き、言いたいことがあるのだとかわいらしいアピールをする。

 

「……アリシア?」

「もー、せっかくのクリスマスなんだよ? 喧嘩しちゃダメでしょ! メッ、なんだよ」

 

人差し指を突き付けながら上目使いに睨み付けてくるアリシアの姿に溜飲が下がったのだろう、ダークネスから吹き荒れていた殺気が収まっていく。

此処で戦い始めても意味が無いという事を思い出したようで、意外と短気な自分自身に対しての苦笑を浮かている。

 

「騒がせたな。だが、喧嘩を売るならもう少し相手を選んだ方がいいぞ。――次は無いと思え」

 

ダークネスは最後にもう一度、店内をを見渡した後にそう言い放つと、アリシアとシュテルを連れて立ち去って行った。

反動でドアが閉まる音だけが空しく響く。一斉に顔色が悪くなった一同に、さいどパーティを楽しもうと言う気力は残されていなかった。

 

「アレが、彼の本気なのか……」

 

士郎の呟きが少女たちの鼓膜を打つ、それは決して他人事ではないからだ。

参加者であろうと無かろうと、何れは彼と対峙しなければならないのだから。

 

――でも……本当に彼を降すことが出来るのだろうか?

 

白夜との戦いを経て更に強大な存在へと進化したダークネスはまさに人智を超えた怪物。

彼に対抗するには優秀な魔導師が何人集まろうとも足りないのではないかという不安が、花梨たちの胸の中に湧き上がってくる。

彼と対抗できる戦力と言えば――

 

「……まさか、ですわよね……? さすがに、そこまではありえないでしょうし」

 

葉月は唐突に思い浮かんだとある考えを即座にありえないと切って捨てる。自分でも馬鹿馬鹿しい以外の何事でもない考えそのものだと。

一人で悩む葉月を気にするでもなく、一番入口に近いテーブルでひたすらにケーキを食べ続けていたルビーは、ナプキンで口の周りのクリームを拭いつつ立ち上がった。

 

「ゆーちゃ~ん、ボクたちも帰ろうか~~」

「あ、はーい! ……えと、それじゃあご馳走様でした。あと、これが私に分かる範囲の“闇の書”に関するデータです」

 

予め花梨から渡されていたメモリースティック状の情報端末に、自分の中にある“闇の書”のデータを入力し終えたユーリが笑顔を浮かべながら葉月に手渡す。

そのまま踵を返すと、今後の身の振り方が決まっていないディアーチェとレヴィの手を引きながら、すでに店の外に出てしまっているルビー後を追いかけていく。

デイアーチェたちはまだ食べたりないのか何事か騒いでいたが、ユーリの背中に赤い霧のようなものが揺らめき始めたのを見るなり大人しくなって、黙って腕を引かれていった。

小さくなっていく少女たちの後ろ姿を、何とも言えない表情を浮かべた少女たちがいつまでも見つめていた。

 

 

海鳴市を一望できる海岸沿いに在る丘の上の公園。

見上げれば晴れていた筈の空は分厚い雪雲に覆われていた。この分だと、そう時間をかけずに雪が降り始めることだろう。

 

――そう言えば、雪は天からの贈り物だと呼ばれているのだと主が言っていたな……。

 

冷たい風が身に染みるものの、この感覚こそ自分が今、生きているのだと実感させてくれる。

閉じていた瞳を開いて振り返ったリインフォースは、白く輝く光球を腕に抱いた花梨へと向き直る。

 

「それじゃあ、やるわよ?」

「ああ……頼む」

 

こくん、と一度だけ頷きを返すと、花梨の元から浮かび上がった光の球へと手を伸ばす。

彼女の指先が触れた瞬間、光の球はそ無数の粒子となってリインフォースの身体へと吸い込まれていく。

彼女たちを囲んでいるのは主である八神 はやてを始めとする関係者一同だ。固唾を呑んで事の行く末を見守っている。

光りが消えてしばらくの間、自らを抱きしめるように俯いていたリインフォースであったが、ゆっくりと顔を上げていく。

そこに浮かんでいたのは――見紛うこと無き『笑み』であった。

 

「……どう? ユーリちゃんから貰ったデータを解析して作り上げた、新しい防御プログラムの具合は」

「ああ……大丈夫、本当に大丈夫なんだ……もう、私は……主を悲しませなくてもいいのだな……」

「それじゃあ……!」

 

リインフォースが唇を震わせながら呟いた瞬間、雪の舞う公園の至る所から歓喜の叫びが湧き上がった。

車椅子を操作して真っ先に近づいていくはやてを筆頭に、誰もかれもが喜びを露わにしながら静かに涙を零すリインフォースとガッツポーズをとる花梨へ駆け寄っていく。

深い悲しみの中、一人で涙を流し続けてきた寂しがり屋な魔導書、彼女は溢れる涙を拭うことも出来ないまま、胸に感じる愛おしい少女の温もりを噛み締め続ける。

 

祝福の風――リインフォース。

 

まるで自分の事の様に湧き返るお人よしたちに包まれながら、その名が示す通り闇の終わりを告げる優しき風が、白く染まった大地を優しく撫でていった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが。

 

「んじゃ、そろそろ協力してあげたご褒美をもらっとこーかな♪」

 

そんな気の抜けた能天気そうな声と共に、

 

――ゾヴッ!!

 

「――ぇ?」

 

破滅を齎す音が響き渡った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。