魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

52 / 101
『Strikers』編
始動! 機動六課


ターミナルの構内は数えるのも億劫になるほどの人で溢れかえっていた。

 

「うわぁ……」

 

それが見慣れた光景である者にとってはいつも通りの、特に変りばえのしない風景であったが、彼、『エリオ・モンディアル』の眼にはとても新鮮に映った。

感嘆の声を上げる少年とすれ違う人々は、一同に微笑ましそうな顔を浮かべている。

興味深げに辺りを見わたしつつも、器用に人混みの合間をすり抜けながら出口へと向かっていくエリオの体捌きは実に堂々としたもので、その辺りは育ての親であるフェイトに追いつこうと積み重ねてきた努力の賜物であると言った良いだろう。

流れるような動きは自然と周囲から好奇の視線を詰める結果に締結するが、それを気にしない、或いは気にならない程の純粋さを持つ彼はそのことに気付かない。

その辺りの天然成分も、しっかりと受けついているようだ。

だが、盛況に満ちた場所を一人で歩くのは初めてだった事もあり、ついつい気が緩んでしまうのも仕方のないことで。

 

「きゃっ!?」

「うわっ!? す、すみません!?」

 

よそ見をした瞬間、すぐ目の前に人影がある事に気付くのが遅れてしまい、正面から激突してしまったのも、ある意味当然の結果と呼べることなのかもしれない。

さらに、相手が小柄な身体に見合わない大きなバッグを抱えていたことも相まって、エリオが相手を押し倒すような格好で盛大に転倒してしまった。

 

「いったた……っは!? だ、大丈夫ですかっ!?」

「あうぅ~~……」

 

エリオの下敷きになってしまったのは、どうやら彼と同じ年頃の女の子だったようだ。

ミッドでは見慣れない民族衣装に身を包んだ、桃色の髪が目を惹く少女。おっとりしているようで、一本の芯が通った強さを併せ持つ不思議な瞳を持った少女と、触れ合いそうなほどの近距離から見つめ合い、エリオの顔が瞬く間に上気していく。

頭の中は絶賛混乱中でこそあったものの、本能的にこの体勢はヤバいと察したのだろう、床に手をついて立ち上がろうとした――その時。

 

――ふにょん♪

 

エリオの手が、なにか柔らかいものに触れた。掌を中心に広がる、何とも言えぬ心地良い感覚だった。

 

「え? なにコレ?」

 

確かめる様に、指に力を込めてみる。

 

――ふにょっ、むにゅっ♪

 

「あっ、んっ! ふぁうっ!?」

 

少女の潤んだ唇から洩れる甘い声。痙攣を起こしたように肩を跳ねさせる少女の頬が、高揚していくかのように朱に染まっていく。それに半比例するかのように、エリオの顔からどんどん血の気が引いていく。擬音で表現するならば『ずざざざーーっ』みたいな感じで。

同時に、とある推論がエリオの脳裏に浮かぶ。それはもし事実だとすれば、言い訳のしようがない犯罪行為で。衆人観衆の真ん前で管理局員が淫行を働いたという事に違いなくて。

 

「あ、あの……手、どけてくれると嬉しいんですけど」

 

困ったような、それでいて恥ずかしそうな表情を浮かべた少女の声で、半ば跳びかけていた意識を取り戻したエリオは両足に魔力を注いで脚力と瞬発力を強化、折り曲げた膝をバネの要領で引き絞るとその力を一気に解放、少女を押し倒していた体勢から立ち退きつつ後方宙返り。

呆気にとられる少女の前で見事な後方三回転を決めつつ、着地。その勢いを殺さぬまま上半身を遜り、重ねあわせた両手と膝を床につけて跪く。

額を床に擦り付け、まるであなた様の靴を舐める事すら厭わぬという想いを込めた、エリオ渾身の謝罪手段!

そう……これこそが、相手に恭順の意を示すために言い伝えられてきた世界最高峰の絶技!

『後方三回転半ジャンピング土下座』である!

 

 

数か月前、フェイトに連れられて八神家へお邪魔した際に目撃した光景は今でもエリオの脳髄に刻み込まれている。

それはリビングに足を踏み入れた時の出来事。

部屋の隅に避難している八神家メンバーは全員呆れ顔。

リビングに正座したコウタ。彼の正面には同じく正座のヴィータ。両者の間に置かれたのはミッドで発行されている世の男性諸君が一度はお世話になっているであろう肌色が前面に押し出された雑誌……所謂、紳士のための必需品。

 

「これは何ですか?」

「け、研究資料です」

「これは何ですか?」

「い、いや、だから……」

「これは何ですか?」

「……えっちな本です」

「えっちな本なのですね?」

「……そうです」

「どうやって手に入れたのですか?」

「あ、アルクから斡旋してもらいました」

「どうして斡旋してもらったのですか?」

「そ、それは、その……や、夜食的な意味で……あの……」

 

――?? フェイトさん、雑誌が夜食になるんですか? ←純真無垢な瞳を向ける少年。

――うえ!? え、あ、う、え、エリオも大きくなったら分かるんじゃないかな!? ←これでもかと言うくらい視線を彷徨わせながら口籠る保護者さん。

 

「どうして必要だったのですか?」

「い、いや、僕も健全な男な訳でして。これは生理現象上、仕方のない事情がありまして……」

「どうして必要だったのですか?」

「……仕事が忙しくて、いろいろと溜まっていたからです」

 

――ブフゥッ!! ←たぬきが盛大に拭き出す音。

 

「溜まっていたのですね?」

「……はい」

「ではこれはどういう事ですか?」

 

――パラッ。 ← 『巨乳美人大特集! クラナガンで女体の神秘を見た!』と題名が打たれた『夜食』の頁を捲る音。

 

「貴方は胸部に脂肪がついている女性が好みだったのですか?」

「い、いやっ、そうじゃ無くて!? これは、その、アルクが勝手に選んだヤツな訳でして!?」

「では、この両手で胸元を隠しているポーズを取った全裸の女性と、赤髪を三つ編みにしたスレンダーな女の子ならばどちらが好みですか?」

「へ? な『グシャアッ!!』」

 

――プスプス……。 ← フローリングに鈍器的な物体が叩き付けられて粉塵が舞う音。

 

「どちらが好みですか?」

「――あ、赤髪を三つ編みにしたスレンダーな女の子です!」

「それは本当ですね?」

「はい!」

「貴方はスレンダーな女の子が好みなのですね?」

「その通りです!」

「では、どうして未だにこれを隠し持っていたのですか?」

「え、いや、それは借り物ですし……」

「某おこじょをぼてくり回した(問い詰めた)所、貸し出して半年以上経っているとの情報を得たのですが?」

「あ、会う機会がなかなかなくて……」

「先週、一緒に釣りへと出かけたと記憶していたのですが?」

「え、えーっと……(ダラダラ)」

「どうなのですか?」

「あ、その、えと、いや、違うんですよ!? 決して返すのが勿体ないとか思っていた訳ではありませんから!?」

「どうなのですか?」

「で、ですから……」

「ど う な の で す か ?」

「……」

 

表情筋を寸分も動かさず、完全な無表情で問い詰めていくヴィータ。俯き、正座した膝の上で拳を握り締めながら、ひたすらにこの地獄から解放される時が来るのを祈り続けているコウタ。

まさにこの世に具現化した地獄の裁判所と化した八神家は、この瞬間、次元世界で最も瘴気が濃い異界と化していた。

 

能面でゆらゆらと近づいてくるヴィータの恐怖に耐えきれず、起死回生の必殺技としてコウタが繰り出した奥義こそ、『後方三回転半ジャンピング土下座』!

これと『今後一週間、ヴィータ様の如何なる命令にも従わさせていただきます!』 という懇願により、何とかコウタは冥府に叩き落とされずにすんだのだった。

 

――後日、いろいろと吸い取られて半ミイラ化していたコウタと、やけにツヤツヤしたヴィータが腕を組んで歩いていた姿が目撃されていたが、子供の教育上宜しくないと言う理由で、お子ちゃま軍団(エリオ、リヒト、ツヴァイ)には情報規制が行われたのは完全な余談である。

 

 

閑話休題(それはともかく)

 

 

八神家の一件以降、エリオの中では『女性に失礼な事をした時の最上級の謝罪方法こそ、『後方三回転半ジャンピング土下座』なのである!』 と刷り込まれてしまっていた。

一方で、そんなことなど露知らぬ少女からしてみれば、いきなりアクロバティック過ぎる謝罪をかまされてもどう反応すればいいのか逆に困惑してしまうのが当然で。

 

「すいませんでしたぁあああああああっ!!」

「い、いえ、もう良いですから! ホント、お願いですから顔を上げてくださいぃいいいい!?」

 

周囲からグサグサ飛んでくる居た堪れなさとか気まずさに、被害者であるはずの彼女の方が半泣きになってしまうのだった。

 

 

「あの、本当にごめんなさい……」

「いえ、もう良いんです。私もよそ見しちゃっていたのがいけなかったんですから」

 

あの後、ようやく立ち上がったエリオの手を引いて逃げだした少女は、ターミナルの休憩所――幸い、彼ら意外に利用客はいなかった――に掛け込んで息を整えていた。最悪、張り倒されるかと身構えていたエリオは、寧ろこちらを気遣うそぶりすら見せる少女の優しさに心打たれていた。

お互い、幼ながらも礼節をわきまえているが故に何とも言えぬ微妙な空気が漂い始めた頃、唐突に少女の鞄が内側からこじ開けられると、とある生物が顔を出した。

爬虫類的な見た目をした赤い子竜は、エリオを興味深げな眼で見上げてくる。

それを見て少女は『わぁ、フリードが初対面の人に興味を持つなんて珍しいですよ』と楽しげだったが、エリオは背筋を冷たいナニカが駆け登っていくのを感じていた。竜の眼、そこに自分の姿は映っていない。そこに在るのは果てし無い虚無のみ。エリオを見ているようで、全く別のものを見ているような……そんな嫌な感覚。

フリードと呼ばれた竜を優しげに撫でている少女の手前口にこそ出していないが、本心としては今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られていた。

この感覚はそう……まるで餌を値踏みする捕食者に遭遇したかのような――。

 

「おお、こんなところにおったのか! 探したぞ」

「あっ! リィさん!」

 

エリオがフリードの危険性を察した瞬間、休憩室のドアを開いて銀髪をなびかせた女性が現れた。

ミッドでは珍しい和服に身を包み、周囲から向けられる好奇の視線などものともしない気の強さを感じさせるツリ目が特徴の女性は、竜を抱いた少女を見つけるなり頬を綻ばせる。

少女も、華が咲き誇るような笑みを浮かべながら女性に抱き着いた。

どうやら顔見知り以上の関係らしい。

お互いを見る視線がすごく優しいものだと、エリオには感じられた。

 

「さて……では行くかの。皆も、もう着いておるぞ」

「えっ、本当ですか? じゃあ早く行きましょう! ……あ、それじゃあ私はここで失礼しますね」

「は、はいっ!」

 

彼女が浮かべた笑みに見惚れていたエリオは、若干どもりながらもそう返す。それをしかと見ていた銀髪の女性は、チェシャ猫を思わせる意地の悪そうな笑みを浮かべていた。

踵を返して人波に消えていく少女の背中をぼんやりと眺めていたエリオは、結局名前を聞いていなかった事をいまさらながら思い出し、いまにも見失いそうな小さな背中に向けて慌てて声を掛けた。

 

「あ、あの! 僕はエリオ・モンディアルって言います!」

 

声が聴こえたのだろう、少女は首を回して振り返りつつ、ニッコリと笑みを浮かべながら、

 

「私は『キャロ』……『キャロ・ル・ルシエ』です」

 

そう答えたのだった。

 

これは機動六課が始動する、ほんのひと月前の出来事。

 

 

――◇◆◇――

 

 

機動六課本部となる隊舎。

以前の施設を改修して運用されることになるこの隊舎は本日、新たな部隊発足に相応しい輝きを放つメンバーを迎え入れていた。

中核となるフォワード陣の若手たちに、裏方が事務関係のスタッフは勿論、指揮官にあたる隊長陣も勢ぞろいしている。

等間隔で整列した彼らの視線を一手に受け止めるのは、部隊長であり部隊発足の立役者である八神 はやてだ。

スピーチ台に登り、部下となる仲間たちをゆっくりと見渡すと、静かに口を開いた。

 

「機動六課司令官の八神 はやてです。本日より、皆さんの上司であり最高司令になります」

 

静かな、されども力ある強さを宿した声が、ロビーに浸透していく。

 

「平和と法の守護者、時空管理局の部隊として事件に立ち向かい、力無き人々の平和な日常を守り抜くことが私たちの使命であり、なすべき事です。そのために私が考案した『迅速なる事件解決』、それを体現させるためにこの機動六課は設立しました」

 

一端言葉を切り、もう一度この場の全員をゆっくり見渡すしてから、言葉を続ける。

 

「経験の浅い新人たち、リミッターを設けてまで戦力の一点集中を目論んでかき集めた隊長陣、戦闘以外でも各分野のスペシャリストを可能な限り加えた上で、外部協力者とのパイプも設立させた。――正直言って、余所の部隊からしてみれば、過剰なまでに戦力を集中させたうさん臭い部隊っちゅーのが共通認識やと思ってくれたらええ」

 

突然普段の口調に戻ったはやてが口にする歯に衣着せぬ発言に、隊長陣からも困惑とざわめきが湧き起こる。

だが、はやては真剣な表情を崩さぬまま、さらに緊張を引き締めた表情を浮かべる。

 

「この評価は間違ってへん。正直、実験部隊っちゅうても度が過ぎとるってのは十分わかっとるさかい。けどな、最初にハッキリと言わせて貰うで。今の機動六課の戦力を全てぶつけたとしても太刀打ちできへん怪物(・・)が、この世界には存在しとるっちゅうことを」

 

胸元を抑え、何かを振り払うかのような表情を一瞬だけ浮かべたはやては、口を引き締めながら背筋を伸ばし、部隊全員を見つめ返しながら告げる。

 

「『黄金の竜神』と『狂気の落とし仔』、私たちの前に立ち塞がるであろう敵の名前や」

 

先程以上のざわめきが部隊員たちの間に拡がっていく。

そこに込められるのは、驚愕と困惑、そして……恐怖。

管理局員であれば誰もが一度は耳にしたことがある最強最悪の次元犯罪者たち。

単体で次元世界を滅ぼすことも可能と言われ、何故か民衆からの人気も高い『黄金の竜神』。

かの『無限の欲望』の妹であり、その身に宿した狂気は兄すら超えると言われる怪物『狂気の落とし仔』。

どちらも、歴戦の勇者たるエースクラスの魔道師を有した一個大隊を単独で殲滅できる怪物。

自分たちの任務の危険性を改めて突き付けられた部隊員たちは、皆不安と恐怖に押し潰されそうになってしまう。

だが。

 

「顔を上げい! お前らそれでも管理局員か!」

 

はやての怒号が、押し潰されそうになった心を奮い立たせる。向けられる様々な視線を正面から受け止めながら、はやては自分自身にも言い聞かせるように言葉を続ける。

 

「私たちは力無き人々の『盾』であり『矛』や。局員になった時点で、命に係わる事態に直面する覚悟は出来てるはずや。無論、この私もそうや。管理局の制服に袖を通したあの時に誓った。この身を、魂を掛けて己が信念と正義を貫き通して見せると」

 

はやての言葉は確かな誓いとなって、ひとりひとりの心に刻み込まれていく。

その思いは彼女だけのものではない。

此処に居る全員が、確かに抱いていた信念でもあったから。

 

「此処に誓う。皆の想いを、信念を、誓いを決して後悔させないと。皆の想いを皆で背負って、私たちの正義を貫き通して見せると。やから――」

 

寒気すら感じさせる覇気を纏うはやて。

その心に燃え盛るのは、悪を許さに絶対正義か。それとも、救済を望む咎人の罪悪感か。

 

「皆の命と信念、私に預からせてくれ」

 

話を終えて敬礼をとるはやてに、部隊の誰もが乱れ無い敬礼を返した。

これが機動六課結成式の締めくくり。彼らはこの瞬間、確かに一つの存在へと生まれ変わったのだ。

機動六課という、確たる信念を抱きし戦士として。

 

 

――◇◆◇――

 

「……チッ!」

 

結成会が終わり、更衣室で訓練着に着替えていた切名が突如舌打ちをしたのを見て、カエデとエリオは揃って怪訝そうな視線を向けた。

それに気づいた切名がなんでもないと手を振るものの、それで引き下がる様な人間はこの場に存在しなかった。

 

「おい、相棒。そんなつれねぇ事言うなよ。相談事なら聞くぜ?」

「そうですよ、同じ部隊の仲間じゃないですか」

 

これから寝食を共にするのだから、余計な気後れの方が失礼になる。それを察しているのだろう、カエデもエリオも切名を純粋に心配しているのが分かる。

だからこそ迷う。こちらの事情に彼らを巻き込んでよいものかと言う葛藤に。

事情を知るティアナならまだしも、此処に居ないスバルも含めて、彼らは無関係だと言っても良い。

故に、どう答えたら良いのかが分からずに躊躇ってしまった。過去の経験上、誰かと協力して物事を解決すると言う経験が圧倒的に不足している切名にとって、数年来の付き合いになる親友カエデですらも、自分たちの事情に巻き込むことを是非と出来なかったのだ。

与えられた使命を果たさねばと言う責任感と、単純な戦力的に足手まといになりかねない彼らを巻き込むことは――少なくとも今は――出来ないと判断した切名は曖昧な言葉で煙に巻くことにした。

 

「いや、さ。部隊長の台詞を思い出しててな。ホラ、俺たちって新人な訳だろ? でもあの人の言葉通りなら、俺たちは世界最強クラスの危険人物とやり合うことになる訳だし……正直、これからの事についてちょっと、な」

「はあ? おいおい、何時も強気な突撃野郎な切名くんのお言葉とは思えない弱気っぷりだな?」

「ハァ……あのな、六課が連中をやり合うとき、まずぶつかるのは俺たちフォワード陣なんだぞ? でも、今の俺たちじゃお話にならない。それってつまり、連中とやり合える……か、どうかはともかく、足止めくらいは出来る程度に強くならないといけない。ここまでは分かるか?」

 

二人が頷くのを確認してから、切名は説明を続ける。

 

「知っての通り、連中の実力は人外レベル、正直言ってリミッターを外した隊長陣が総力を挙げてどうにか対等に持っていけるって程だ。――さて、もう俺が何を言いたいのか分かるよな?」

 

カエデは相変わらず首を傾げてたが、エリオの方はようやく事態の重さに気付いたらしく頬を引き攣らせていた。

切名は内心で『子どもに負けてんじゃねェよ』といろいろと残念な相棒の将来を憂いつつ、震え出したエリオの肩に手を置いた。

 

「そう、つまり……部隊運営期間の一年以内に準エースクラスの実力を身に付けさせられるってことさ……で」

「そ、そんなの真っ当な訓練方法じゃあ到底実現不可能、ですよね……?」

「そうだ。要するに俺たちはこれから――かつてない地獄の訓練を味わうことになる」

 

誤魔化しのつもりが自分自身にもカウンターが来てしまった切名と、時々フェイトとシグナムが繰り広げる本気の模擬戦の激しさを知っていたエリオは、揃って頬をこおばらせる。文字通りの全力を出すことが出来れば隊長陣すら凌駕できる力を有する切名だが、真名を封印している今、全能力が全力時より二ランクほど低下してしまっている以上、訓練から逃れることは出来ないだろう。

事情を知っているらしいはやてたちに自分の正体を伝えることも考えたが、彼女らの中心にいるNo.“Ⅵ”(高町 花梨)がどのような人物なのかを確認できていないので、まだ、時期尚早と言わざるを得ない。

自分をこの世界に送り込んだ女神の言葉を鵜呑みにするのではなく、自分の眼を耳で彼女の為人を確かめ、協力関係を築くことが出来るような人物かを見定める。よって情報開示は却下。

大体、真名解放も軽々しく行えるようなものではないので、現在の地力を鍛えることも理にかなっている。

まあ詰まる所……、

 

「ま、こんなことを愚痴ってもしょうがねぇよな。俺たちは自分の意志で此処に居るんだから」

「そ、そうですよね。僕たちは自分で考えて、この道を選んだんですから!」

 

むん! と力こぶを作って気合を入れるエリオの頭をやや乱暴に撫でてやりながら、切名は内心で、つい先ほど《神》より伝えられた“神造遊戯(ゲーム)”の追加ルールについて、あらん限りの罵倒を吐き捨てていた。

 

――ふざけやがって。そんなに仲間同士の潰し合いを見物したいのかよ……!

 

慌てて更衣室を後にする二人を追い掛けながら、切名はこの世界のどこかに居るであろう《管理者》をかならず見つけ出してやると言う強い気概を抱く。

理不尽な現実に涙を流す参加者(どうほう)たちを救う……。

それこそが、彼が此処に居る理由なのだから。

 

 

――◇◆◇――

 

訓練用ステージに降り立った五人は、各々身体の調子を確かめる様に屈伸やデバイスの確認を行っていた。

その様子をモニター越しに見ていた教導官、高町 なのはの声に振り返ると、一糸乱れぬ整列をとって見せた。

フォワードの五名中四名は勝手知ったる仲と言う事もあり、メンバー間でのコミュニケーションにも問題はないようだと、なのはは息を吐く。

当たり前のようにまとめ役を買って出たティアナを中心に、お互いのコンディションを確認し合ったりして、新入りになるエリオとも意思疎通が取れていたのを見ていたからだ。

過保護なフェイトからエリオがいじめられたりしないか目を光らせておいてと念入りにお願いされた身としては、過保護すぎると物申したいほどに、友好を結んでいるようだった。

なのはは、ひとつ咳払いをして緩みかけていた意識を切り替えると、手元のキーボードを操作する。

すると、切名たちの眼前に魔法陣が十個ほど展開され、そこから浮き上がる様にターゲットが現れた。

四肢を持たず、縦長なカプセル状の機体。なめらかな光沢を放つ装甲の中心部には円形のセンサーが怪しい光を放っている。

 

『私たちの仕事は、捜索指定ロストロギアの保守と管理。その目的の為に私たちが戦うことになる相手がコレ……自立行動型の魔導機械、通称”ガジェットドローン”』

『これは近づくと反撃してくるタイプだね。非殺傷だけど、攻撃は生易しくないから注意した方がいいよ』

 

なのはのサポートに回っているデバイスマスターのシャリオが捕捉を伝える。

管理局ではポピュラーな敵と成りつつあるガジェットだが、駆け出しの新人にとっては相当に分厚い壁となることは言うまでもない。

 

『では、第一回模擬戦闘訓練を開始します。ミッション目的は逃走するターゲット十体の破壊、または捕獲。制限時間は二十分以内! それでは――』

『レディ――』

 

『『ゴウ!!』』

 

合図と共に、空中に浮遊していただけのガジェットたちが一斉に動き出した。瞬く間に廃棄都市を模したバトルフィールドへ散開していく。

同時に、ティアナの頭脳も高速で動き出し、ミッションを完遂させるための最善の理論(ロジック)を組み上げていく。

 

「ひとまず固まって移動している奴から仕留めるわ。スバル、アンタが先行。このまま追跡して適当な路地裏に追い込んで。エリオ、アンタはスバルの先回りをして挟み撃ちなさい。カエデと私は狙撃ポイントをキープしつつ逐次指示を出すから。とりあえず、思いっきりやって見せなさい。――それから、セナ!」

「おう」

 

落ち着き払った態度で指示を出していくティアナを子を愛しむ父親のような顔で見つめていた切名へと視線を向ける。

 

「……やれるわね?」

「おうさ」

「OK」

 

たった、それだけ。指示を与えたわけでも念話を行ったわけでもない、ただ目を合わせただけ。

だが、たったそれだけの行動でお互いの心を分かり合う事が出来るほどに強い信頼感が、彼らの間には形成されていた。

 

「以降の指示は念話で行うわ。攻撃に気を取られ過ぎて聞こえませんでしたなんて阿呆なマネするんじゃないわよ? ――それじゃあ、GO!」

『了解!』

 

全員が戸惑うことなく、己が役目を果たすために動き出した。

 

 

 

先手を取ったのは機動力に定評があるスバル。四体の集団を作って逃走する標的を見据えると、右手に装着した【リボルバーナックル】へと、魔力を注ぎ込む。

唸りを上げる拳を後方へと引き絞り、集団の一体に狙いを定めると加速力を加算させた先制の一撃を放つ。

だが。

 

「え、あれっ!? なにコレ、やりにくい!?」

 

ふわふわと風船のように宙を舞うガジェットを捕えることが出来ず、初撃はあっさりと回避されてしまった。少し離れた所では、威力ではなく手数をもって仕掛けたエリオの斬撃もスバルと同じように容易く避わされてしまっている。

彼ら自身の技量不足と言うのもあるが、重力を無視した不規則な動きを行うガジェットの軌道を読み切れていないのだ。

しかし、回避直後で動きが制限された獲物を見逃すほど、狩人の眼は節穴ではない。

二人の脇をすり抜ける様に逃げるガジェットの後方から、オレンジ色の魔力弾が迫る。

カエデのブーストを受けたティアナが放った魔力弾だ。四体の標的に寸分違わずに直撃したそれは、しかし撃破には至らない。

何故ならば、直撃寸前に魔力弾を形成する魔力が霧散されてしまったからだ。

 

「魔力が消された!?」

 

その光景を見ていたスバルが驚きの声を上げる一方で、ティアナはその結果が何を意味するのかを冷静に受け止めていた。

 

「ふーん? バリア……ってワケじゃなさそうね。どっちかっていうとフィールド系。それに防いだって言うよりかは無効化されたみたいな……ああ、なるほど。AMFって奴ね」

「『えー・えむ・えふ』? それって、なんじゃらほい?」

「アンタはもうちょっとで良いから勉強しなさい。まったく……AMF、正式名称アンチ・マギリング・フィールド。一定範囲の魔力結合を分解させる、私たち魔導師の天敵みたいな能力ね」

 

特に、物理攻撃能力を持たないティアナの様な純正魔導師にとって、やりにくいことこの上ない相手だ。

しかし、

 

――ま、この程度の相手に苦戦するようじゃあ、アイツの隣を歩く資格なんて無いんでしょうね。

 

顎に手をやって考えを纏めつつ、スバルとエリオに目標の逃走予測径路を指示していく。

程なくして戦術を纏め上げたティアナは、次の作戦を実行するために行動を開始するのだった。

 

 

 

 

一方、単独で行動していた切名は、ティアナたちが追っているのとは別の目標を視界に捕えて獰猛な笑みを浮かべていた。

これこそが先ほどティアナとアイコンタクトを交わした際に取り決めた布陣。十体中六体の標的を切名一人で相手取るという、一見すると無謀極まりない策。

だが、ティアナは今回の訓練を“このチームをどのように運営するかを確かめる”事を主軸に置いていた。

たった一人とは言え、お互いの癖や戦術も何も知らない相手とチームを組むのだ。

書類上の情報だけで相手を理解できるはずが無いと考えるティアナとしては、今回でエリオがどれほどの戦力と計算できるのかを把握しておく必要があると考えた。

故に、今回の作戦はミッション目的を完遂させつつ、エリオの戦力分析も済ませるという目標を掲げたのだ。

これはあくまでも各メンバーの実力とチームワークを確認する模擬戦(・・・)なのだ。実戦部隊としていつ出撃が訪れるか分からない以上、万が一の状況に備えて個人戦力を把握しておくことはティアナにとって絶対不可欠。だからこそ、単独での戦闘でこそ真価を発揮する切名を単独で行動させることでフロントメンバーたちにかかる負担を軽減させつつ、持ちうる最大のパフォーマンスを発揮できる様に促した。

彼女が後方に控えているのは、どんな些細な情報も逐次把握できるようにしつつ、いざと言うときは自分が片を付けられるようにという意味を兼ねて。

スバルと行動を共にさせたのは、最前線で戦う機会が多くなるであろうあの二人にお互いの癖を至近距離から感じ取らせることで、コンビネーションを身に付け易くなるように。

そして、“神造遊戯(ゲーム)”関係の事件が起こった際、切名単独でも行動させやすいよう、隊長陣に切名の実力を知らしめることも狙っていた。

 

「へへっ、さっすがティア。俺の事をよく分かってるな」

 

切名は漆黒の手甲の調子を確かめながら、そうひとりごちる。だがそれは、もはや武器と言うよりは鎧に近い輝きを放っている。

一見すると何ら変わりばえのしない時代遅れの武器。しかし、これこそが彼を象徴する武具のひとつ。

この手甲は、彼が英雄騎であったころから愛用していた装備だった。実戦の中で硬化と強化のルーンを幾層にも重ね掛けしていった結果、宝具と呼ばれる領域に手が届くほどの強度を体現させることに成功した一品だ。

長年連れだった相棒の調子を確かめながら、切名は瞳を閉じて己が内に宿る彼しか持ち得ない『神秘』を起動させる。

 

強化(トレース)開始(オン)

 

バチリ! と鋭い痛みと共に魔術回路に魔力が流れる。切名の生命力を魔力へと変換させる疑似神経。

魔導師には……いや、この世界の住人には存在しない『神秘』そのもの、それこそが魔術回路。

こ彼だけが持つ特別なチカラ。生前と同じ魔術師としての技術を使用できるという『とっておき』。

しかもリンカーコアより生成される魔力を利用する魔法とは根本的に別系統の技術。つまり、独立した魔力生成器官が二つ宿っているという事に等しい。

これにより、切名はリンカーコアの出力そのものは平凡であるものの、魔術回路と並列稼働させることによって、常人を超えた魔力の運用が可能となったのだ。

 

――もっとも、彼自身の才能が一転特化型の魔術使いタイプであったために、魔術回路が生成する魔力は肉体強化程度にしか使用できないという欠点があるのだが……。

 

「……よし」

 

元より不器用な自分には多彩な魔術を使い分ける器用さなど存在しない。故に、基本にして子宮極たる強化ただ一点を極めたのだ。

久しぶりに起動させた魔術回路が正常に機能していることを確認すると、標的を見据えて襲撃をかける。

 

「まずはひとつっ!」

 

足元を爆散させるほどの踏み込みで標的との距離を詰めると、そのまま魔力を纏った拳を振り抜く。

身体の表面を覆う強化魔法と、内部から肉体そのものを強化させる魔術の恩恵を受けて、ただの拳が大砲の如き威力を宿す。

その攻撃を感知できなかった標的の一つに拳が深々と突き刺さり、それが引き抜かれると共に爆散する。

だがそこで攻撃を緩める様な切名ではない。

即座に次の獲物目掛けて突進、回避行動に移りかけていたソレに死神の鎌を思わせる蹴りが叩き込まれ、外装が吹き飛に、内部フレームが露出する。

その隙間に突き刺さるのは名立たる名剣思わせる手刀による刺突。コアまで深々と突き刺さったそれを引き抜けば、訓練場に二つ目の花火が舞い散っていく。

機械ゆえに仲間をやられたことに対する感情を思わせない動きで逃走を目論む次なる標的を、切名の眼光が捕える。

続けさまに繰り出される猛烈な攻撃の嵐の前に、標的たちが瞬く間に鉄くずへと成り果てていく。

刹那の間に四体の標的が破壊され、残りの獲物はプログラム通りの回避行動に移ろうと散開しようとしたものの……

 

「おせえっ!」

 

一足で距離を詰める切名の稲妻の軌跡を思わせる一撃が、路地裏に逃げ込もうとした標的の一つを粉々に粉砕する。

爆散する標的。その黒煙に視界を蔽われて、切名は一瞬標的の姿を見失ってしまう。

切名の攻撃の隙を見計らって逃走を目論む最後の標的であったが、すでにそこは彼の間合いの中。

歴戦の強者たる切名の間合い……それ即ち、逃走不可能となる堅牢な結界と化す。

拳戟の檻に捕らわれた哀れな獲物たちに、逃げ延びる道など……存在しない!

「空気の流れ、僅かな駆動音……目が見えなくても、感じ取ることは難しくないんだよ!」

最小限の体捌きと足捌きで相手の逃走径路を防ぎ、閃光もかくやと言う速度で放たれる剛拳が、鉄の肉体を打ち砕かんと次々に叩き込まれていく。

止めとなるアッパーが胴体部分をブチ破り、機体内部に潜り込む。

中にある部品をわし掴みにして引き抜きつつ、逆の拳ですくい上げる様に撃ち上げる。

装甲をボコボコに陥没させられた標的はくるくると回転しながら上昇し……上空十メートル地点で爆散した。

ぱらぱらと舞い落ちる残骸の合間をすり抜ける様に歩きながら、切名は遠方から響く爆発音と、なのはのミッション終了を告げるアナウンスに耳を傾ける。

 

「ミッションコンプリート……ってか?」

 

おどける様に呟きながら、切名は己が拳を虚空へ向けて掲げてみせた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。