六課隊長陣による切名の考察と、あの結界のもう一つの効果についての説明となります。
「うーん……」
「あれ、なのは? こんな所でどうしたの?」
書類作業が一段落したフェイトが気分転換を兼ねて機動六課の休憩室に足を運んでみると、そこではなのはとヴィータ、シグナムが何やら難しい顔でモニターを覗き込んでいる姿に出くわした。見るからに『私困っています』的なシチュエーションではあるが、実際の三人の表情はどことなく楽しげに綻んでいるように見える。片手を挙げつつモニターを覗き込んでみると、フォワードメンバーの模擬訓練のデータ云々が表示されていた。
何か問題でもあったのかな? と首を傾げるフェイトに答えてくれたのは、彼女の来訪に気付いたシグナムだった。
「テスタロッサ、コイツを見てどう思う? 率直な意見を聞かせて欲しい」
言われ、シグナムが指し示すフォワードメンバーの一人、切名のデータに目を通すと、その内容に思わず感嘆の声が漏れる。
「うわ……すごいねこの子。魔力量は平均的なのに、近接戦闘技術がエース級だよ」
「ああ。初見で見た感想だが、戦闘者としてほぼ完成されていると言っても良いだろう。正直言ってこちらが教える事が無いほどにな」
「あっ、なるほど。それで皆が悩んでいたんだね。……あれ? でもこの切名って子、チームプレイや遠距離戦闘に問題ありってなってるよ? それなら、弱点をカバーする方向で教導を進めれば――」
管理局の強みは万能性に富んだ魔法技術の行使と、チームワークだ。
訓練校時代、そして配属された部隊でのデータを検証するに、独断専行や単独行動が目に留まる。特に、チームワークは非常におざなりで、スバルたちとチームを組んでいた以前の部隊でも、切名は機動力を生かして他のメンバーと離れた遊撃部隊として行動していたらしい。
ひとりであらゆる戦局に対応できる汎用性が強みであるならともかく、切名はミッド式の使い手でありながら近代ベルカ式のような近接戦闘に特化したタイプ。距離を取られてしまえばたちまち駆逐されてしまう、ハマれば強いが使いどころが極端な一点特化型魔導師と言える。
故に、今のうちにチームプレイをこなせるように教導を進めるのは間違ってはいないのだが……
「遠距離魔法の適性値がゼロ、魔力弾ひとつ生成できない体質というのがネックでな。何しろ、遠距離攻撃が身近な物を投擲すると言い切ったヤツだ。訓練でもコンクリートの破片をとんでもない速度で投げつけて訓練用ドローンを粉砕していたからな……」
「やめさせようとしても、遠距離手段が一つも使えない体質を踏まえた上で今の戦闘術を磨き上げたらしくてな。しかも距離を詰めたらシグナムとガチでやり合えちまうから、お前の戦法が間違ってるって言えなくてな」
ヴィータが何気なく呟いた言葉にフェイトの両目が見開かれる。好敵手として幾度となく模擬戦を重ねてきたシグナムと、新人と呼べる少年が互角に渡り合えるなどと、フェイトにしてみれば冗談みたいな話だ。だが、困った風に笑う親友の様子に、それが真実であると悟る。
「骨の髄まで染みついた戦闘術というものは、そう易々と切り替えることは出来ん。しかも本人がそれを自覚している事も問題だな。奴の変則的な機動に合わせる技術をフォワードのひよっこ共は持ち合わせていない。ランスター辺りもそれを承知しているのだろうな。逆に足をひっぱってしまう事を恐れ、自分たちに実力が身に付くまではチームプレイを最小限にとどめている節がある。まあ、私としては葵がどこであれ程の技術を身に付けたのかと言う方が非常に気になるところだが……」
「やれやれ、ま~た始まったよ、この模擬戦マニアが」
「ふ。騎士として強者との死合は心躍ると言うものさ」
「今発音可笑しかったような……」
「にゃはは……ま、まあ、そういう訳で切名君の教導をこれからどうしようかって、皆で相談していたの。自己分析も出来ているし、ちゃんと考えてるみたいだからどうにも口出ししにくくてね。それに、教導官として分析しても、一人だけ実力が離れすぎている切名君はチームプレイよりも個別メニューで個人の技術をさらに磨き上げたほうがいいかもしれないしね」
機動六課は実験部隊ではあるが、何時出動命令が下されるかわからない実働部隊でもある。
いざ出動となった時に余力を残せていられる様に訓練メニューを構築しなければならないので、訓練校のように終日訓練漬けとする訳にもいかない。
なのはの教導は、まず基礎訓練を積み重ねることで地力の土台を強固なものとし、その上にチームプレイや個人スキルを高めていくと言う方針だ。
六課始動間もない現在は、フォワードメンバーは全員共通の基礎固めの段階にあるはずだった。事実、すでに出動経験のあるスバルたちはもちろん、エリオはまだまだ未熟なひよっこ……否、卵そのもの。少なくとも一月は基礎訓練に費やすと言うのが当初のスケジュールだったのだが……いざやってみると、切名と言う少年が問題行為を繰り返すようになったのだ。
命令違反するでもなく、基礎訓練も文句を言わず熟してはいる。
だが、なのはの教導が物足りないとばかりにさっさとノルマをこなすと、一層激しい自主練まで行うようになったのだ。
ひとりひとりの限界値を見定め、最善の訓練メニューとして考案されている筈のなのあの教導が物足りないとばかりに好き放題にやっていた切名に灸を据えてやろうと名乗りを上げたのがシグナムだった。
模擬戦と言う形式ではあったものの、それは誰が見て上司の命令に背く部下への制裁に他ならなかった。
さすがにそれはとなのはが止める間もなく、切っ先を突き付けてきたシグナムに不敵な笑みを返した切名の模擬戦がなし崩し的に執り行われることになってしまう。
結果は……引き分け。
リミッターを掛けられていたとはいえ、歴戦の雄姿たるヴォルケンリッターの将相手に、デバイス無しの新人が太刀打ちできるはずも無いという予想を上回り、互角の死闘を繰り広げた二人のせいで訓練場が半壊。
最後は拳と剣閃がクロスカウンター気味に決まってダブルノックアウト。
こうして切名は魔力云々ではなく、エースクラスと渡り合える技術と身体能力を秘めていることを知らしめた。
予想以上に強力な戦力を確保できていたと言う事実にはやては諸手を上げて喜び、ほとんど完成されている切名をどう教導していくべきか、なのはらは頭を悩ませることになった。
こうして困り果てた彼女は、こうしてヴィータたちに意見を求めてきていたと言う訳だ。
「切名君は私の教導が必要無い位に完成してしまっている。私が見た感じだと、彼は一体複数での戦場で真価を発揮するタイプだと思う。だから彼が磨き上げている戦術も、教導官としては間違ってないと思うの。もちろん、チームプレイを蔑にして良いことにはならないけど――」
「下手に新人共と足並みを揃えるようにさせちまったら、本人の中で歯車がずれちまう事もありうるから問題なんだよな……」
強力ではあるが使い勝手が悪い。
何ともやりにくい部下を持った上司たちの苦労の日々は、まだまだ始まったばかりだ。
――◇◆◇――
「……」
カチャカチャカチャ……
静かな喫茶店のカウンター内で、食器が奏でる音色が響く。
『喫茶 翠屋 ミッド支店』
ここは、かの『エースオブエース』高町 なのはの双子の姉である高町 花梨がオーナーを務める喫茶店だ。
父親譲りのコーヒーと、母に鍛え上げられたスイーツの味は、ご近所でも中々の評価を頂いている。
エースと瓜二つの見目麗しい女性が経営しているという事もあって、クラナガンのガイドブックに店の紹介が載せられるほど。
クラナガンに開店してから早三年、常連と呼べるお客様もだんだん増えてきたおかげもあって経営は安定しつつある。
それこそ、
「うま~~♪」
「はぅ、美味しいです……♪」
「美味、美味~♪」
三人仲良くカウンター席に座り、翠屋特製苺のショートケーキを堪能している
時刻は夕方、学校帰りに勢いよく駆け込んできた三人にねだられるままに、つい苺のショートをあげてしまった。
濡れた手をエプロンで拭いながらカウンターに身を乗り出した花梨は、頬杖をつきながらケーキにパクつく三人を見る。
左の席に座るのは銀色の髪と真紅の瞳が目を惹く、どこか儚げな印象を感じさせる少女。
ザンクト・ヒルデ魔法学院の小等科の女子用制服に身を包んだ少女の名は『八神 リヒト』。
花梨の友人の一人である八神 はやての義理の娘であり、こうして学校帰りにちょくちょく翠屋に顔を見せてくれる常連さんの一人である。
次に視線を右端に向けて見れば、鮮やかな紫色の髪とおでこが眩しい、どこかいたずら者の子猫を思わせる少女の姿。
名を『ルーテシア・アルピーノ』。地上本部のエース部隊に所属する召喚術師の娘さんで、彼女自身も召喚士として非凡な才を宿しているという。
もっとも、ケーキに夢中になりすぎるあまり、口周りにケーキの食べかすが散乱しているのは女の子としてどうかと思う。
「もう、ルーテシアったら。もうちょっと落ち着いて食べなさいな……。ほら、ジッとして」
「んん~~」
花梨に、口周りにこびりついたクリームをナプキンでふき取って貰うルーテシア。
だが、花梨は気付いていない……彼女がわざと行儀悪く食べていることに。
そして花梨にお世話してもらっている時、物凄く嬉しそうに頬を綻ばせていることに。
ルーテシアは幼い頃から母が仕事の関係で家を空けて、一人でいる機会が多かった。
ヘルパーを頼むなり、育児施設に預けるなりして寂しくないように気遣われていたのは事実だが、そこはやはり親が恋しい子どもと言うべきか。
地上本部の育児施設を抜け出して、母の姿を探し周ったことがあったのだ。
見知らぬ施設を当ても無く彷徨った結果、当然の様に迷ってしまった。
知らない風景、知らない人たち。不安と恐怖に我慢できずに泣き出したルーテシアに手を差し伸べたのは、嘱託魔導師の依頼を受けるために地上本部へ出向いていた花梨だった。
――ねえ、貴方。こんなところでどうしたの?
――グスッ、グスッ……! ま、ママが居ないの……
――そっかぁ……。じゃあ、お姉さんと一緒に探そうか?
――ぁ……う、うん!
これが二人の出会い。その後、エースオブエースの瓜二つの女性が、これまたゼスト隊のメンバーにそっくりな少女と手を繋いでいると言う騒ぎを聞きつけたメガーヌが駆けつけた事で事態はあっさりと解決した。
この出会いをきっかけに、アルピーノ親子と親しくなった花梨の提案で、メガーヌが仕事の間は幼いルーテシアを花梨が預かると言う保母さんのような事をやっていた。こうした経緯があり、ルーテシアは花梨を実の姉の様に慕っているのだ。
大人びているようで、意外と寂しがりやなルーテシアは、花梨に構ってもらおうとこうした些細ないたずらを仕掛けるようになった。
最近では、在学しているザンクト・ヒルデ魔法学院で級友相手にいたずらを仕掛けてケラケラと笑うと言った何とも愉快な騒動を巻き起こすアグレッシブなお嬢様へと成長を果たしている。
そんな清楚なお嬢様風の美少女と、陽気ないたずらっ娘の間に挟まれている少年こそ、花梨の義理の息子であり彼女と同じ儀式の参加者のひとり、No.“ⅩⅡ”『高町 宗助』である。
出会いの経緯から最初は余所よそおしかった彼も、現在ではごくごく自然に花梨の事を『かーさん』と呼ぶほどに馴染んできている。
それでも宗助は自分の過去について、一切語ろうとしていない。
それをもどかしく思いつつも、ゆっくりと待ち続けようと決めている花梨は、参加者としてではなく、母親として息子――正確には息子を取り巻く人間関係――を見やる。
――うん、見事なまでに両手に花の図ね。
本人に自覚は無いようだが、宗助は贔屓目に見ても整った顔つきをしている。
たてがみの様に逆立った頭髪、どこか野性的な力強さを感じさせる双眸。
前世の記憶持ちな参加者故なのか、それとも出自が関係しているのか、言葉で言い表せない貫禄のようなものが感じさせられることも少なくない。
一線を介した空気を纏うが故に、学園で付けられた愛称が『兄貴』。
学園では少数派のアウトロー代表格という事もあり、いろいろな面で一目置かれているらしい。
さらに交友関係を見ると、雪の妖精もかくやというリヒトと、艶やかな紫の髪とぱっちりとした瞳が可憐なルーテシアと常に行動を共にしているのだから、これで注目を集めない訳が無い。
もっとも、義理の母たる花梨としては、出会った当初の怒りと憎悪と悲しみがごちゃ混ぜになったような暗い表情を表に出すことがほとんど無くなったことの方が喜ばしい。
出会って数年が経過した現在でも、時折夜中に宗助の部屋から悪夢に苛まれる呻き声が聞こえてくることを、花梨は心苦しく思っていた。
最後の一歩を踏み出すことを恐れているのか、宗助は過去の件に関して頑なに無言を貫き続けている。
自分たちの仲間になる云々は関係なく、ただ純粋に自分を頼ってほしいと願っているものの、男としてのプライドか、はたまた意固地になっているのかは分からないが、何を言っても『これは俺の問題だから』の一点ばり。
しかし、儀式が再開された現状、これ以上問題をだらだらと引き伸ばすことは得策ではないのかもしれない。
いい加減、答えを出させる必要があるかもしれないなと内心で決意しつつ、残りの食器を手早く片付けていく。
本当は今すぐにでも問い詰めたいと思っていたのだが、あんなに楽しそうに談笑している宗助たちに水を差すのはどうかと思い直した。
すると、次に浮かんでくるのは、儀式再開直後に敗退した“Ⅲ”――アルク・スクライア――の事だった。
機動六課が始動したあの日、儀式の再開と新たなルールの追加を聞かされた。
説明が終わって元の世界――彼女の場合はミッドチルダの翠屋支店――に戻された花梨は、あの世界に呼び出される前に翠屋へ顔を見せていた葉月と共に、あまりにも悪意に満ちた追加ルールの検証をすぐに行った。
『
それは空間に取り込まれた参加者の命を代償にすることでしか解放されない特殊な魔法空間。
参加者たちが秘めるチカラの根源……“
ひとたび発動すれば少なくとも一人の参加者が消滅し、それだけ儀式の終焉へと近づいていく。
例え決着がつかずに空間の消滅に巻き込まれて参加者たちが消滅したとしても、“
だが、問題は
この新ルールの導入にあたって、もっとも影響を受けることになるのは花梨たち儀式反抗勢力だ。
例えばこの瞬間、翠屋を中心に『
さらに、今回伝えられた言葉を真実と捉えるならば、
自分たちの企みを看破され、仲間割れを促すような悪意あるルールを追加した神々への怒りが際限なく湧き上がってくる。
まるでお前たちのやろうとしていることなど、まったくの無意味でしかないと嘲笑されているかのような錯覚すら浮かぶ。
だが、それでもあきらめると言う選択肢は彼女らの心に存在しない。
進行役とやらがこのセカイのどこかに居ると言うのなら、そいつを探し出して倒すなり説得するなり出来なければ、この狂った儀式は終わることがないと言うのが、花梨と葉月の共通の考えだった。
差し当たっての対処法としては、結界が発動した時に味方同士が巻き込まれないように、常に違う世界に滞在しておくようにするべきか? と相談を始めた直後にかかってきた一本の電話。
悲痛な声色のコウタから訊かされたのは、アルクがダークネスに敗北したという悲しき現実。
しかも、問題はそれだけに留まらなかった。
『ユーノ室長にも連絡したんだ。アルクとは親友だって聞いてたから……でも、
それを聞かされた花梨は慌ててなのはたちに連絡を繋ぎ、事態の確認に動いた。
その結果……『
“儀式に関係ない一般人たちに対して、『
『参加者の消滅』という事実が一般人に影響を及ぼさせないための考慮だったのかもしれない。
しかし、花梨や葉月たち儀式関係者を除いた人々は、『アルクが消滅した』事を何ら悲しむ事も無く受け入れていた。
親友であったユーノを筆頭に、好敵手の一人として互いに認め合っていたシグナムも、彼が発掘したロストロギアの受け渡しなどで連絡を取り合っていたクロノですら、アルクとの別れを惜しむ素振りすら見せなかった。
アルク・スクライアという儀式参加者が存在したことは皆が覚えている。
彼と過ごした思い出は、色褪せる事も無く心のアルバムに記されている。
だが、それでも――彼と紡いだ絆が、縁が……確かにそこに在った繋がりが断たれてしまったことは、どうしようもない事実であった。
――アルクとの繋がりを保てているのは私たちだけ……。家族同然に育ったユーノですら、悲しんではくれなかった。
『
ユーノの中で、アルクと過ごした思い出は消えていないというのに、親友が消えてしまったことを全く気にしていない自分自身を、訝しむ素振りを見せない。
まるで、彼の敗北が当然の事であると世界に受け入れられているという事実に、花梨は足元が崩れ落ちたかのような恐怖に苛まれたことを覚えている。
このセカイに生れ落ち、これまでに生きてきた証である思い出を消し去るでも壊すでもなく、それが当たり前の事だと受け入れられる……それは、皆から忘れ去られることよりも辛いことだと言えよう。
何故ならば、もし自分との思い出を全て忘れ去られたとしても、大切な人たちに悲しみと言う名の傷を負わさずに済むことになるだろう。
だが……自分との思い出を覚えて貰った上で、それが当たり前の様に受け入れられるという事は――ただ
「そんなの……悲しすぎるじゃない……」
ただ居場所を奪われるだけよりもよっぽど辛い。
だからこそ……せめて、自分たちだけは彼の事を忘れないでいよう。例え、このセカイのほとんどの人々が『アルク・スクライア』という人物の事を記憶の隅に追いやったとしても、肩を並べ、想いを共にして一つの夢に向かって戦った戦友のことは決して忘れずにいてみせる。
十年前のクリスマスに撮影した、あの事件の関係者全員が映った唯一の写真……戸棚の上に飾られた写真立てに納められたそれを見つめる花梨の横顔は、無くした戦友の想いすらも背負った覚悟を映しこんでいた。
胸元で拳を握る義母の背中を、宗助は無言で見つめ続けていた。
己もまた、真実を告げる勇気を持たねばならない。
そんな覚悟を胸に抱きながら。