”聖王”や”覇王”と言った人物が実在していたことは知っていても、彼らがどのような人物だったのかまではわからないのです。
あの後の事を語るとしよう。
海鳴市にて発生した複数のロストロギア同時発動事件、事の顛末は実にあっさりと、それこそ何ら面白味も無い肩透かしな結果に落ち着いた。
切名が邂逅した黒づくめが消え去った直後、他の場所で六課メンバーが対峙し、戦闘を行っていた不審人物――全員が、素顔を隠した黒づくめの出立であった――が、朝日に照らされて霞と消える朝霧のように姿を消し去ったのだ。
切名が宝具を解放して神代魔法を解き放ったタイミングで。
それはつまり、“敵”の目論見は、切名が隠し持っていた奥の手を引き出すためであり、そのためにあの騒動を引き起こしていたのだと言う証左に他ならない。
真実に気づいた切名の報告を受けて、はやても今回の騒動、その発端となった情報源である聖王教会への懐疑心が鎌首をもたげてくることを感じてはいたが、それでも旧知の中であるカリムたちへの信頼を捨て去ることは出来なかった。それでも、一歩間違えれば大参事は免れぬ事件が起こったのだから確認は必要だと……これは彼女たちの身の潔白を証明するための行為であると自身に言い聞かせながら、ミッドに戻り次第に伝手を使って探りを入れてみることを心に決めた。
その一方で、当初の目的であったロストロギアの方は騒動に便乗して逃げ出そうとしていた犯人をザフィーラが捕捉、単独で捕えることに成功していた。
獣としての嗅覚を持つ彼へ密命を下したはやての最良の一手であった。
騒動が収束したところで、ユーリたちは悠々とミッドのアジトへと帰還していき、警戒を露わにしていたヴィータたちに肩透かしを食らわせていた。
だが、その一方で、金ぴかドラゴン一家ことダークネス一行はその後数日間に渡って海鳴市へ滞在、悠然と町の名所を練り歩き観光を楽しんでいた。
その際、翠屋本店に顔を出してしまい、娘連れで登場したダークネスに妹を傷物にされた
――何故か、ものすごく『イイ笑顔』を浮かべていらっしゃった桃子さんから、男っ気の無い三人娘をあげましょうか? みたいな発言がブッ飛び出し、一同騒然となるといった平凡とは言えないイベントも発生してはいたが……まあ、その辺は大事ではないのでスルーさせて戴く(某三人姉妹を除く)。
決して、天真爛漫な
――もちろん、嫁&妻による大反対によって却下されてしまったが。
そんなこんなで面白おかしく休暇を堪能(?) した金ぴかドラゴン一家と機動六課ご一行は数日を海鳴で過ごした後、それぞれミッドへと帰還していった。
ダークネスの使う術式はいまだに管理局でも解析できていない未知の術式――人智を超えた《神》の術の一端だから当然なのだが――なので、六課は追跡も発信器を付ける事も出来ずに見送るしかなかった。
それからしばらくの時が過ぎ――
「「デバイス?」」
海鳴市で購入したTシャツとズボンというラフな恰好をしたダークネスと、桃子からプレゼントされた訓練用胴着を纏った――ブラックなサンダーをぶっ放しちゃう『ぷりちー』で『キュッアキュア』なコスプレ少女……もとい、ヴィヴィオが揃って首を傾げる。
――ただし、ヴィヴィオだけは視界が180度回転している状態で、だが。
格闘技の訓練の最中、起死回生の一撃としてヴィヴィオが繰り出した
ツボに入ったのか口元を押さえながら肩を震わせている二人にダークネスは視線で話の先を促しながら、部分展開させた真紅の竜尾にぐるぐる巻きにされた上で逆さ吊りにされていたヴィヴィオを地面に下ろしてやる。
程なくしてリカバリーを果たしたらしいアリシアはコクリ、と頷きを返して、ヴィヴィオの訓練データを表示しているパネルを手に持ちながら、先の発言の説明を始めた。
「うん。そろそろ専用のデバイスを与えても良い頃合いじゃないカナって思うんだよ」
「専用デバイス~?」
「そうですよヴィヴィオ。私の【ルシフェリオン】やアリシアの【ヴィントブルーム】のような、パートナーとなってくれる存在の事です」
「わぁ……! ホントですかっ、シュテルママ! アリシアママ!」
人気の無い無人地帯でダークネスと格闘技の訓練を行っていたヴィヴィオはその場をピョンピョンと飛び跳ねながら、まるでサンタクロースに出会ったかのような驚きと喜びを全身で表現する。
古の聖王、クローンとは言え王の血統に連なる存在であるヴィヴィオは現在、ダークネスから格闘技を、アリシアから魔導に関する知識を、シュテルから多種多様な戦術を、それぞれ学び取っている。
まるで、スポンジが水を吸うかのごとき勢いで知識を、技を、力を身に付けていく娘の成長を誇らしげに見守っていたママコンビは、彼女のレベルが実戦でも十分に通用する段階に至ったと判断したのが先の発言の理由だった。
人造魔導師故にあやふやではあるが、肉体年齢的には六歳相当のヴィヴィオに優れた能力を持ったインテリジェンスデバイスを持たせることは彼女の成長を妨げる要因になるでは? と懸念するダークネスであったが、そういう自分はもっと幼い頃にデバイスを所持していた――というか融合していたことを思い返し、それもアリかと判断を下す。
ちなみに、AIが搭載されていないストレージデバイスを与える可能性は最初から皆無である。
アリシア主体で密かに開発を進めている彼女の専用機は、ダークネスの“知識”とシュテルの教導によって引き出された資質も考慮して組み上げられている。
スカリエッティ兄妹とは全く異なるコンセプトで生み出されつつある『ソレ』の機能を十全に引き出すためには、どうしても成長余裕があるAIを搭載したインテリジェンスタイプになってしまう。
どうせ与える事になるのだから、低性能のデバイスから慣れさせるようなまだるっこしい事をせず、最初から渡しておいた方が良いと言うのが、シュテルの考えだった。
自分と親友のデバイス強化プランと並行して開発を進めていたアリシアに至っては、完成次第渡すことは決定済みであった。
こうして満場一致の決断の元、成長著しいヴィヴィオには最高のパートナーに成りうる特製デバイスが与えられることになったのだ。
「骨組みと基礎理論はほぼ完成していたはずだよな? 後は確か――」
「ダーク様の
「そうなんだよね~~、パーツが足んないんだよ~~。最高クラスのパーツでも、私たちの想定する機能を十全に実現することは難しいみたいなんだよ」
「金の問題ではない、か……」
「ええ、残念ながら。――だからこそ、コレなのですよ」
意気揚々と胸を張ったシュテルが取り出したのは、ミッドでは珍しい紙媒体の広告チラシ……のようなものだった。
なんだなんだとダークネスとヴィヴィオが覗き込み、そこに書かれた文章を読み上げていく。
「ええっとぉ……『ロストロギア博覧会』?」
「『この度、管理局から一般譲渡の許可が下された数々のロストロギアが競売にかけられる事となりました。つきましては、ご興味がおありの方は揃ってご参加くださいませ』。場所は……“ホテルアグスタ”?」
内容を見るに、ロストロギアの競売に一般参加を募る広告のようだ。
実は数多くのロストロギアを回収・保管している時空管理局の運営資金の一つは、こういった危険度の低いロストロギアを競売にかけることで手に入るお金なのだ。
幾ら崇高な理想を掲げようと、先立つ物が無ければ何もできはしない。
危険度の高いロストロギアを封印し続けるだけでも、莫大な時間や人件費が発生しているのだから。
だからこそ、いったん回収を果たした後に詳しく調査を進め、人に害をなす危険性が低いと判断された、所謂低ランクのロストロギアは売却されることが多々ある。おまけに、こういうものに興味が高い好事家や富豪などが挙って参加するであろう競売では、表ざたには出来ない危険度の高いものまで取り扱われているらしい。
これもまた、組織の暗部が構築した手法の一つで、後ろ暗い事をやっていると自己主張しているに同義な裏取引を行わず、あえて一般人でも参加可能な競売に出品させることで、『管理局が許可を下した商品を競り落としただけだ』という大義名分を得られると言う訳だ。
もちろん、何も事情を知らない人物が気づかぬまま己の物としてしまう可能性も無きにしもあらずだが――その辺りは、法外な金額を提示したり、後に本人と“オハナシ”をすることで快く引き渡してもらることが出来るので、大半の場合は上手くいく。
そう言った情報は裏社会に精通している者たちの中では常識であり、当然ダークネスたちもそれが事実であることを耳にしたことがある。
だからこそ気づく。不敵に口端を吊り上げているシュテルの狙いに。
「なるほど……ちなみに、どの程度のシロモノが出てくるのか分かっているのか?」
「ええ、もちろん。下調べはバッチリです。ホテルアグスタで開催される競売に出品されるロストロギアの総数は百二十程度。その内の二割強、およそ二十数点が管理局が定めたランクA以上。さらに裏取引の対象と思われるものもいくつか……そちらはSランク以上のようで」
ヒュゥ♪ と口笛を吹くのはアリシア。
これだけ大々的に宣伝されている場でそこまでの危険物の取引を行おうとは……よほど豪胆な人物が取り仕切っているのだろうか?
まあ、どちらにせよ都合が良いことには変わりない。
競売への参加を決めたダークネスたちは、それぞれ必要な物を用意するために行動を開始するのであった。
――◆◇◆――
『ホテルアグスタ』
交通の便が良いとは言えない深い森の中に建てられた尊大な建物は、セレブの御用達と称されるハイレベルのサービスと各所で見て取れる美しい内装が目を惹く高級リゾート施設だ。
自然に囲まれたゆったりとした空間の中で、都会の喧騒を忘れて、心も身体もリフレッシュできると有名で、一般人には敷居を跨ぐに勇気がいる場所でもある。
そんなホテルアグスタの一階ロビーにおいて、参加客の視線を釘付けにしている見目麗しい美少女たちが存在していた。
身体のラインが顕わになる薄手のドレスを見事なまでに着こなし、煌びやかなお嬢様然とした雰囲気を醸し出す彼女たちこそ、管理局にその名を轟かせるエースにして本日の警備担当者でもある機動六課トップ三人娘であった。
その内の一人、純白の布地に白百合を思わせるフリルをあしらわれたドレスに身を包んだなのはは、周囲から注がれる熱い視線に戸惑うような表情を浮かべていた。
「にゃはは……なんて言うか、ものすっごく注目されちゃってるね」
「う、うん……」
なのはの呟きに応えたのは、黒いドレスを纏ったフェイトだった。彼女もまた、周りの人々の視線に居心地の悪さを感じているのか、恥ずかしげに二の腕を組みながら身体を捩っていた。
余計な装飾物を一切省いた彼女のドレスはシンプルであり、故に本人の魅力を……豊満かつ肉付きの良い肢体をこれでもかとばかりに激しく主張してしまっている。
彼女が恥ずかしげに身を振るわせる毎に、胸元に押し付けられた腕で歪んだ豊かすぎる乳房が形を変えて淫靡な光景を生み出してしまっているのだが、当人は微塵も気づく素振りが無いのは年頃の乙女として如何なものだろうか……。
不安のサイドテールを解き、絹糸を思わせる髪を背中に流すなのはと、結い上げられた髪を頭の上に被ったティアラのようなシルバーアクセで纏めているフェイトは、セレブな淑女である皆様方よりも頭一つ抜きん出た自分たちの容姿に原因があるのだと言うことに微塵も気づかず――されど、主に男性から注がれている『何となく嫌な感じ』がする視線が含まれている事には気づいているようで、不満とも不安とも取れる様子を浮かべていた。
普段の……いや、今までの彼女たちであればこの場においても普段通りの平常心を保てていた事だろう。
彼女たちは恋愛や青春と言った『年頃の少女』としての幸せよりも、魔導師として次元世界とそこに住まう人々を助けるために杖を振るうことを選択していたのだから。
しかし、海鳴市で起こった“あの出来事”以降、脳裏にチラついて離れない記憶が脳髄に焼き付いてしまっているのだった。
――言わずもがな、ダークネスとの一件である。
露天風呂でお互いの裸を視てしまったこと。
自分と同じ顔をした存在が彼と楽しげな雰囲気を醸し出していたこと。
なまじ意識するような異性と出会ってこなかった二人はあの日の衝撃を忘れる事が出来ず……、おまけに日常時には『ちょっと意地悪な
同じ顔の女性が今までの自分が浮かべたことのないように思える蕩ける様な笑顔を見せていた事もいろんな意味でショックだったし、ついつい彼女らに自分自身を投影してしまい、『もし、
なまじ、魔導師として成長を果たした中で培われた他者との折り合いの付け方……、犯罪者であっても分かり合うことはできる。むしろ、手を差し伸べ、声をかける事こそが管理局員として相応しい行為なのではないか、とも思えるようになっているからこその思考だと言える。
満たされた生活が、十年もの月日が経過することで胸の内にあった怒りや憎しみはその色合いを薄れさせている。
そして、数多くの犯罪者と対峙し、言葉を交わした――大半は『砲撃から始まる尋問』コースまっしぐらであったが――事で、自己中心的な我欲で罪を重ねた者や脅迫概念にも似た止むにやれぬ理由がある者といった者の存在を知り、『どんな罪を犯した人物であってもお話をすればきっとわかり合える』なんて理想論でしかないのだと言う“現実”を知った。
理想に溺れるのではなく、現実を受け入れ、その上で自分の『想い』や『信念』を貫き通すと誓った彼女たちにとって、表立った敵対行為をあまり見せないダークネスは、言葉を交わすことができる更生可能な犯罪者に見えているのかもしれない。
――実際、“
無論、明らかな敵意を向ける相手には冷徹に、冷酷に、冷血に命を壊し尽くす事に躊躇は無い。
だがそれでも、かつての“闇の書”事件の最終局面のように、再び手を取り合うことも出来るのではないかと願ってしまう。
なのはもフェイトも、このままいけば間違いなく花梨とダークネスがぶつかり合うのだと、お互いの存在が消滅しきるまで戦い続けることは嫌と言うほど理解している。
意地の悪い笑みを浮かべたダークネスにからかわれる花梨の姿……あの光景を一時の夢にしたくない。
かと言って彼女らに“
そう考えた二人がダークネスの願いを、『想い』を理解しようと彼の事を考え続けた結果が……コレ。
見事なまでにドツボにハマりきってしまった、なのは譲とフェイト嬢の図である。
罪を犯した者を救うためには親身になってわかり合おうとする気概が必要不可欠だ。
彼女ら生来の優しさと、海鳴市で戦闘時とのあまりのギャップに戸惑い、『降りすさぶ雨の中、傘を忘れて校舎で立ち往生する女子高校生が学園きってのワルから自分の傘を差しだされ、礼も言わせぬまま雨の中を駆けだしていった後姿に“きゅん♡”としちゃった』的なフラグが形成されてしまったようだ。
なまじ、ダークネスが平常時と戦闘時との折り合いをつけているおかげで、異性的な意味での男性との付き合い方の熟練度が底辺レベルな乙女たちは盛大に困惑し、深みにハマってしまったのだ。
まあ、異性から自分がどう思われているのか? という疑問を抱くようになったお蔭で、今までにスルーしてきた熱い視線を大まかではあるが理解できるようになったのは、年頃の女性として喜ばしい事なのかもしれないが。
それはともかく、
「うう~~……どうして私たちだけこんな役目……」
「しょうがないよ、なのは……。今日のオークションには私たち管理局のスポンサー様も参加する予定らしいんだから。いわくつきとか言われちゃってる六課の隊長として
そう、何故警護任務に就いている筈の二人が煌びやかなドレス姿なのかと言えば、来場客としてこの場にいるセレブ達……管理局に出資しているスポンサーが多数含まれているからなのだった。
魔導師として揺るぎ無きエースであり、かつ、見目麗しく可憐な女性でもあるなのはとフェイトが彼らの目に留まるアグスタ内部にいるのだと、自分たちの身の安全は保障されているのだとアピールすると共に、女の武器を駆使して彼らを虜にする――と言うのが、はやての目論見なのだ。
もちろん、男っ気が皆無な二人に異性を惑わせる誘惑的なアピールが出来るなどとは、――自分の事を棚に上げつつ――思いもしていない。
それでも、自然と人々の視線を集めてしまう可憐さを強調するドレスを用意したお蔭で、明け透けではないものの、頬を朱色に染めつつ恥ずかしそうな彼女らの様子を横目で覗き見る紳士たちの多いこと多いこと。
その様はまさに、美しき天上の歌声で船乗りたちを惑わせてしまう
「と、とりあえず、私たちもオークション会場に行こっか、フェイトちゃん」
居心地悪そうにこの場を立ち去ろうとするなのはだったが、
「ちょ、駄目だよなのは。他の部隊との折り合いもあるから、私たちが警護する予定は決まっているってはやてが言ってたじゃない。私たちの担当はお昼からだよ」
今回のオークションは、TVカメラが回されるほど大々的に宣伝されている一大イベントだ。
それ故に取り扱う商品の数も多く、ほぼ一日かけて進行される。
流石にオークションの様子を終日リアルタイムで放送するのは無理があるからという理由から、アグスタ側の管理人と管理局、TV局上層部で討論を交わされた結果、午前と午後の部に分けられることになった。
まず、午前の部でカメラ映えしない商品の取引を済ませてしまい、午後の部から有名どころ――会場内で護衛に当たる、なのはたちエース級の魔道師や解説担当の無限図書館司書長ユーノなど――を投入すると共に、その様子を放送することで高視聴率を狙うこととなったのだ。
顧客側としても、ユーノが解説する賞品こそが今回の目玉である高ランクロストロギアである事もあって了承。
こうして二人が無自覚な売り込みをしている午前の部で、一般人でも手が届く低ランクの商品のオークションを済ませる……と言う流れになったのだった。
――とまあ、そんなワケで。
逃げ道を塞がれてしまったために恥ずかしげに身を縮こませる事しか出来ない二人は、持って生まれた極上の素材を引き立てるメイクをされた頬を桜色に染めながら出来るだけ人目の少ない場所を探し求め、足早にその場を後にするのだった。
……今まさに、オークション会場でとんでもない事態が進行していると言う事実に、終ぞ気づけぬまま。
――とまあ、そんなワケで。
恥ずかしげに身を縮こませた二人は、持って生まれた極上の素材を引き立てるメイクをされた頬を桜色に染めながら、足早にその場を後にするのだった。
――◆◇◆――
「俺、もう帰りたいんですけど……」
数多くの来客で賑わうホテルの通路を、年若い女教師によって先導されるちんまい一団、その内の一人である宗助は、予想以上の喧騒に疲れ切った表情を浮かべていた。
両脇を抱えるリヒトとルーテシアに引きずられている彼を、来客たちは微笑ましそうな微笑を浮かべつつ、生暖かい眼を向けていた。
学校の社会科見学として見学に訪れた宗助たちのクラス。
最初は高級ホテルの料理とか食べられるかも!? とやる気を見せていた宗助だったが、本日の目玉でもある“無限図書司書長の解説つき古代遺産オークション”に惹かれて訪れた資産家集団の数を前に、テンションが急降下。
神狼と契約している副作用なのか、常人よりも嗅覚に優れている宗助には、セレブ御用達の香水やコロンの類は相当に強烈な不快感を与えてくるようだ。
陸に打ち上げられたイルカの如く、気を抜けば床にへたり込んでしまいそうになる彼を支える少女たちから文句の言葉がかけられていると言うのに、反論する気概すら湧いてこないようだ。されるがまま、なされるがままに脱力しきっている。
列を作って歩くクラスメートの集団最後尾に何とかついていきながら、それでも逃げ出すような真似をしないのは、偏にこの見学会が授業の一環であり、サボったりすれば鬼より怖い義母の
それがわかっているからこそ、リヒトたちも宗助を放り出すような真似はしていないのだろう。
「はーい、皆さん。これから本日の警護を任せられています管理局の魔導師さんたちからお話を聞かせて貰いますよー。私語は慎んでくださいねー。お口にチャックー、ですよー?」
『はーい!』
「うぇ~い……」
約一名、餓死寸前の野ブタの如き返事が上がったような気がしないでもないが、天然系女教師はさわやかにスルー。
廊下の奥にある小さな会議室の扉を開くと、教え子たちに部屋の中へ入るよう促しつつ、中でスタンバイしてくれていた管理局員の女性へとお約束の台詞を口にする。
「初めましてー、“ザンクト・ヒルデ魔法学院”初等科ですー。本日はよろしくお願いしますー」
「はいはーい、ごくろうさんですー」
相手を緊張させない気遣いなのか、女教師に合わせた間延びする口調で返事を返したのは管理局でも有数の有名人であり、ホテルアグスタ警備担当を任された機動六課部隊長――
「か、母様!?」
「あ、はやてさんだ」
「ううー……まーだ気持ちワリ――へ? ポンポコ?」
「誰がデカッ腹タヌキや――!」
スッパァ――ン!
「ひでぶぅ!?」
「ああっ、宗助く~~ん!?」
おとなし目のダークブラウン系が装着者の魅力を引き立てるドレスに身を包んだはやてのツッコミが冴えわたる。
生徒たちへ話すネタを掻き込んでいたA4サイズの資料を一瞬でハリセンへと作り変えると、某脱げ魔もびっくりな神速で失礼なお子様ドタマを引っ叩く。
流れるように鮮やかな動きは、まさに鍛え上げられし歴戦の勇士と呼ぶにふさわしい。
その動きは、先に部屋の中に通されていた学院の上級生たちの中にいた
流石に出会いがしらのハリセンアタックは予想外だったのかアワアワする担任を、事情を知るリヒト&ルーテシアが落ち着かせるといった一幕があったものの、とりあえず顔見知り故のコミュニケーションだと説明することで一応の落ち着きを取り戻せた。
「ん、んんっ! ゴメンなぁ~、ちょっとしたスキンシップなんよ」
気分を切り替えるためなのだろう、はやてはひとつ咳払いをしてから、ポン、と手を叩いた。
「それじゃあ改めて――皆さんはじめまして。時空管理局“機動六課”部隊長 八神 はやてです」
名乗りを上げ、ビシッとした敬礼を見せるはやて。煌びやかなドレス姿である今の彼女は、傍目にはセレブのお嬢様にしか見えないほど美しく、可憐だ。
それでいて、敬礼を決めた瞬間に彼女から立ち昇る人の上に立つ者が纏う覇気は常人を遥かに凌駕するもの。
彼女が放つ空気に生徒たちが一瞬身体を固くするものそれも一瞬、すぐに親しみを感じさせる朗らかな笑顔へと切り替えて、優しげな声色で語りかける。
「今日は私が皆さんに、時空管理局のお仕事についていろんなお話をしたいと思いま~す」
歌のお姉さんにでもなったように明るい口調のはやての感化されたのか、緊張の色合いが濃かった生徒たちの中から、チラホラと手を上げる者が。
彼ら一人一人の質問に、はやては笑顔のまま受け答えを進めていく。
なぜ任務中であるはずの彼女がこんな事をしているのかと言えば、幼い子どもに、豪華絢爛な施設の内装やそこに飾られた芸術品を見学させるだけでは飽きてしまうだろうという学院側の要望で、当日の警護を任され、一種のアイドルみたいな扱いを受けている六課隊長陣との会談、というか質問会のような物が開催されることになったが理由だ。
子どもたちの楽しげな声で満たされたイベントが和気藹々進行していく中、不意に、上級生の集団の中にいた一人の少女がまっすぐはやてを見据えながら質問を投げかけた。
「あの……ご質問、よろしいでしょうか?」
「はいな」
「八神さんは古代ベルカ式の使い手だとお伺いしています。もしかしたらで良いのですが……古代ベルカ時代の血統を受け継ぐ人物に心当たりなどは御座いませんか?」
「はい? えーっと……なんでそんなこと聞きはるんです?」
予想外の問いに首を傾げるはやてへ、若草を思わせる薄緑色の長髪を持つ左右の瞳の色が異なる少女が言葉を重ねるようにして、言う。
「ご存じではありませんか……? その、できれば古代ベルカ戦乱時代に名を馳せた、『古の王』たちに関わる事なら何でもかまわないのですが……」
「『古の……王』? それって、たとえば“聖王”とか――」
「せ、“聖王”ッ!? ま、まさか『彼女』の事をご存じなのですかっ!?」
「おおう!? ちょ、すごい喰いつきやね!? まあまあ、落ち着いて――うん?」
そこまで言って、はやての胸中に湧き上がる違和感。
まるで、噛みあっていない歯車が軋みを上げたかのような……。聞き逃してはならないと断言できてしまうような――
――ん? 『かの、じょ』……やて……?
そうだ、少女は言った『彼女』と。他ならぬ“聖王”の事をそう指した。
だが、それはおかしい。
何故ならば……
「あれ? “聖王”様って女の人だったの?」
「えっ? さ、さあ……」
「教科書には王様だって事しか乗ってなかったような……?」
少女の発言の違和感に気付いた生徒たちの中からも、戸惑いと困惑の声がチラホラと上がっていく。
そう。
聖王教会設立の理由でもある古代ベルカ戦乱において偉大なる英雄と伝えられる『古の王』の一人、“聖王”オリヴィエ。
彼女は偉大にして強靭なる最優の王であり、現在において神格化されるほどの伝説を数多く残している英雄だ。
しかし、意外な事に『彼女』のこなした偉業の数々は伝えられていても、本人の性別といった個人情報はほとんど伝えられていないのが現状なのだ。
その理由は定かではないが、一節では『彼女』の好敵手であった王たちが情報を隠蔽したとも、当時から根強く存在していた男尊女卑思想に凝り固まった一部の者たちによる陰謀だとも言われているが真相は定かではない。だと言うのに、この少女は“聖王”が
カリム経由で、聖王教会が称えるのは“聖王”と言う存在そのものであって、本人が女性であったから古より女性の方が優れている……などという風潮が広まるのを懸念して、あえて情報を教会上層部でシャットダウンしていると言う事実を聞かされている。
だからこそ、何故教会信者でもなさそうなこの少女が“聖王”の失われた情報を知り得ているのか、はやては興味が湧いた。
「なあ、君――どうして“聖王”が女性やっちゅうことを知っとるんや?」
「え、それ、は――」
自分が口にした情報がもつ意味を十分に理解していなかったのだろう、周囲の様子に戸惑い、困惑の感情を色が異なる双眼に映しながら、少女が何事か口にしようとした――刹那、
――ガチャッ
入口のドアが開かれる音と共に、
「しっつれーしま――っす!」
場違いなほどに元気な少女の声が室内に木霊した。
「はにゃにゃ? お取込み中ですかー?」
首を傾げながら室内を見わたし、
可愛らしいフリルを重ねあわせた様なゴシック風のドレス姿の金髪オッドアイの少女は、幾重にも重なる好奇と驚きの視線をものともせず、黒いスカートを翻してさっさとこの場を後にしようとする。
だが、
「――あ、あなたは……オリ……ヴィエ……!?」
先程の少女が驚愕を顕わにしながら呟いた単語に、さざ波のような困惑の声が広がっていった。
いきなり突撃してきた少女の正体にいち早く感づいたはやてが止めに入ろうとするも間に合わず、床の上に腰を下ろしている生徒たちの隙間を駆け抜けていった少女が、ドアに手を掛けた体勢で首を傾げて振り向いた金の少女――ヴィヴィオへと突貫する。
歓喜と驚きと戸惑いがごちゃ混ぜになった表情のまま、立ち去ろうとするヴィヴィオを引き留めようとしたのだろう、彼女の細肩へと手を伸ばし、
――スカッ!
見事に回避されてしまった。
「へ?」
「むむっ! 見事な不意打ちですねっ! でも――」
舞うかのように無駄のない足捌きで見知らぬ相手が仕掛けてきた
ダークネスたちの教育の賜物の結果であり、『初対面の相手はとりあえず敵だと見なせ』という教えに従うまま、
左手を腰だめに構え、右手を前方へと突きだす。両の指先は天を指すこの構えこそ、自身を一振りの“刀”と成すとある武術の再現。
とある世界において、一国の城を、十二の変態刀を、そして歴史そのものを破壊したとされる失われし伝説の
その名も――
「きょとーりゅーさいしゅーおーぎ……しちかはちれつ!」
「え、あ、ちょ――ッ!? きゃぁああああああっ!?」
少女(金)の情け容赦のない八連撃を受け、盛大に吹っ飛ばされる少女(緑)。
手加減はされていたのか、「きゅう~~……」と可愛らしく眼を回して気絶する少女(緑)を受けとめながら、はやては華麗に素敵なJOJO立ちを決めた鮮烈すぎるヴィヴィっ娘の背後に幽波紋の如く浮かび上がる
――◆◇◆――
一方その頃、オークション会場午前の部が開催されている会場は、威容な空気で満たされていた。
喧騒賑わう声が飛び交うはずのその場所は、もの恐ろしくなるほどの重い空気と静寂に包まれていた。
司会進行役の女性――男受けするであろう豊満且豊潤な肉体美を真紅のバニーガールという魅惑の衣装で包み込んでいる――が、あまりの空気の重さに涙目になってしまうのも仕方がない事だと言える。
何故ならば――
『そ、それでは次の商品に移りたいと思いますぅ……No.14 “赤竜の角”。次元の裂け目から飛来したとされますこの角は、強大な魔力を内包しており、さらに“とある特性”を秘めている事が判明し、Aランクのロストロギアとし登録されたというものです。しかし今回、私たちは次元震などの災害を引き起こす鍵となりえないと交渉を重ねた結果、めでたくこうして陽の目の元に晒されることとなったのです! ……それでは交渉を始めましょう! ベット・十万から!』
「十五万!」
「十八万ですわ!」
「ふん! ならば二十万じゃ!」
一気に盛り上がる顧客たち。彼らは皆超一流と呼ぶに相応しい実績と資金を誇る名立たる大富豪たちだ。
それだけではなく、会場には明らかにカタギに属する者ではない危険な匂いを放つ黒服たちもチラホラ見える。
そう、彼らこそ裏社会へ足を踏み入れたブローカーたちであり、現在取り扱われている商品こそが一部管理局員から裏流しされたロストロギアなのだ。
ホテルアグスタがイベントを一般人へ大々的に公表したり、六課を始めとする名立たる魔導師を警護として招き入れたり、年端も無い少年少女たちの見学をVIPが多数訪れるこの状況下で受け入れたりしたのは、全ては彼らの視線を人目を惹く一品を揃えた午後の部の方へと向けるためだったのだ。
秘密裏に表ざたに出来ない商品のオークションを行おうとしても、必ずどこかからそれを嗅ぎつけてくる者たちが現れる。
ならばいっそ、“最初から受け入れた上で、調査出来ないように仕向けてやればよい”と考えたのだ。
午後の部をTVカメラや無垢な子どもたちも参加できるようにした上で、ユーノを筆頭とした優秀な解説者を招き入れ、クリーンなイベントであることアピール。
さらに、人目がある以上、そちらへ参加する真っ当な金持ちや一般人の護衛を優先しなければならなくなるような条件を生み出す。
そう……はやてが司会のお姉さんみたいな役割を任せられているのも、なのはたちがスポンサーの招待を命じられているのも、全ては今回の一件を目論んだ者たちによる策謀だったのだ。
あえて同じ日、同じ場所で時間をずらすだけで真っ白な商品と真っ黒な商品の売買を執り行う。
人間心理の盲点を突いた、大胆な策略だ。
もちろん護衛として管理局員も会場内には存在しているのだが、彼らは皆ロストロギアを裏取引した者の手が掛かった者たち。それでも局員が護衛に当たっている以上、不正はあるはずがないというアピール材料になる。
こうして、闇に染まり、腹に一物を抱え込んだ者たちによる違法オークションが、影に紛れて実施されているのだ。
だが……今回の件を目論んだ者たちであったとしても、予想だにしない事態が進行しているというのは、ある意味で天罰と言えるのかもしれない。
「……五千万」
凛と鈴の鳴るかのような声が喧騒に満ちた会場に響き渡り、ざわめきが一瞬で沈静化する。
会場の誰もが声のした方を見つめ……憎々し気に表情を歪ませる。それでも怒号を上げたり、不満を口にする者はいない。
彼らは理解しているからだ。『あの者たち』に敵意を向けた者がどうなってしまうのかということを。
『ご、五千万がでました……。ほ、他にありませんか!?』
焦りに満ちた視界の声が空しく響く。確かに、司会進行役としては、オークション開始から今の今まで出品さえたロストロギア――しかも一部には特定の相手との取引が成立済みであり、合法的に競り下ろしたというアピールのために出品されていた出来レース対象品まであった――を全て掻っ攫われているのだ。
不当な手段ではなく、現金をこの場で引き渡してくれるのだから開催側としては文句のつけようがないのだが……目的のブツを入手できなかった者たちによる報復など、考えるだに恐ろしい未来予想図しか思い浮かばない。
――だったら、あの人たちに直接言えばいいじゃないですかぁ! どうして私が睨まれなきゃならないんですかぁ!?
取引が確定したことで、壇上へ商品を受け取りに来た女性と司会の視線が交差する、
ウサギさんの声なき悲鳴に気づきつつも、にこやかな微笑みを浮かべてスルーしてくださったのは、ミッドではまずお目に掛かれない清楚な牡丹の花柄が美しい着物を身にまとった栗色の髪の女性……シュテルであった。
青い生地に白い牡丹の華が栄える美しい着物を見事に着こなした彼女の出で立ちは、同性であっても目を奪われてしまいかねないほど。
事実、彼女の歩く姿に先ほどまでの怒りを忘れ、熱い視線を注いでしまう男性も少なくは無い。
目的のブツを手に入れた彼女は上機嫌で元の場所……彼女の
そこにいたのは、
「よ、ご苦労さん」
漆黒のスーツとネクタイで身を固め、愛用の眼帯の代わりにサングラスをかけた存在感のありすぎる男性……ダークネスと、
「う~ん、結構良いペースかも! この調子でいってみよ~!」
肩を露出させた大胆な純白のドレスとストールを纏った女性……アリシアであった。
悪意に満ちたこの場所はヴィヴィオにまだ早いと判断した彼らは、こうして彼女を自由にさせている間にオークション裏取引品を真っ当な手段で競り落としているのだった。
そう、参加者たちが妙に大人しいのは彼らが原因なのだ。
何せ、次元世界に名を馳せる最強の犯罪者が、堂々と素顔で参加しているのだ。文句をつけようものなら、開始直後に彼らへ突っかかり、壁にめり込む奇怪なオブジェへと成り下がった一部のバカ共の後を追うことになるであろう。
何故かポンポン大金を振る舞えている異常さにツッコミを入れたい所だが、藪を突いて龍神の逆鱗に触れるようなリスクを負う事だけは避けたい。
そんな訳で、文句を言いたくても言えないジレンマに裏の住人たちが身悶えする中、ダークネス一行による暴虐の宴はまだまだ続くのであった。
フライング気味ですが、あの二人がエンカウント。
そして娘が運命の再開を果たしている裏側で、意外とまっとうな手段を用いたダークさんたちによるオークション荒らしが実施中。
これだけの資金、いったいどうやって手に入れたんでしょうね~~? (意味深)
そんでもってもう一つ、『祝! なのは嬢&フェイト嬢、異性を意識するの巻!』
まっとうな道を生きているからこそ、ラスボス街道を突っ走っているダークさんが気になっちゃったってことですな~。
●作中で登場した魔法(?) 解説
【きょと~りゅ~】
使用者:ヴィヴィオ
とある世界で刀を使わない剣術として歴史を変えた伝説の武術……を模倣したもの。
おふざけのつもりが、ものの見事にマスターしちゃったヴィヴィっ娘の才能ハンパねぇ……とは、元凶である金髪魔女のお言葉。見て覚える見稽古を完全な形でマスターしてしまった彼女との実力差に、某覇王っ娘が涙目になっちゃうこと請負無しである。