詰め込んだせいか、ボリュームが……。
目を開けると見知った天井があった。
ここ数日、毎日のようにお目にかかっていれば嫌でも覚えてしまうというものだ。
真新しい厩舎の癖にちっさいシミがチラホラと見て取れる事に内心でツッコミをかました昔の自分が懐かしい。
まあ、ンな事よりも今すべきことと言えば、やっぱりお約束なあのセリフで決まりだと思う。
てなワケで――
「……大丈夫よ。天井のシミを数えている間に全部終わるから」
「Hey、girl! そーろーをバカにしちゃダメなんだぜぃ!?」
「ツッコむトコ違えよ!? てか、ティア! お前の役割は
「い、色ボケ先生! ティアがっ……ティアの左脳が――あひゅぅえおあっ!?」
「あらあら、誤魔化しきれていないわよスバルちゃん? ちょっとお話ししましょうか♪ ――夢の中で」
「シャマル先生っ!? 額をビキビキ言わせながら毒々しい蛍光色の液体満載な注射器を構えちゃダメですよぉ!? ホラ、スバルさんもっ!」
「ごごごゴメンナサイぃいいいいいいっ!? 悪気はなかったんですっ! だって……だって私――ッ!」
壁際まで追い詰められ、怯える仔犬の如き加虐心をそそりまくる泣き顔を浮かべた
「『だーりぃーん♡』『はにぃー♡』“くるくるくる~~”を素でやる様なピンク脳していない穢れ無い乙女なものでしてっ!」
アグスタの騒動が一応の終結を見るなり恋人と乙女ゲーを彷彿させる花弁舞う背景を浮かび上がらせつつ抱き締めあい、そのまま男……てかユーノによってくるくると回転するというベッタベタなバカップルっぷりをかましてくださった女医さん……白衣の天使から魔性の堕天使へと堕ちかけているシャマル女史へとびしっ! と指を突き付けた。
……瞬間、
ヒュカカカカカッ!!
という先端に針状の突起物が装着された円柱状の物体が複数投擲される音と、
「うひぃえぅあぅあうぁあああああああっ!?」
奇声を上げて医務室の床の上を転がりながら逃げ回る正直者なワン
ベッドに横たわったティアナが焦点の合わない瞳で天井のシミを数え始め、それを見た切名が蒼白な顔で彼女の肩を激しくゆすり、窓の縁に肘をついて「あはは~、小鳥さんたちは楽しそうだな~」と現実逃避しているエリオと無視されたことが堪えたのだろう、部屋の片隅で体育座りをしているカエデをバックに、注射器を投影しまくっては投擲し続ける笑顔の阿修羅と化したシャマルから逃げまわるスバルがいる場所はというと、六課備え付けの医務室であった。
何故彼女らがここにいるのかといえば、数時間前に行われたなのはvsスバル&ティアナの実戦演習にて、勝利を焦ったティアナが自分は愚か相棒の身すら鑑みない無茶なフォーメーションを実行したことで彼女の逆鱗に触れてしまい、怒れる魔法少女(ver.激怒体)に撃墜されたティアナが運びこまれたからである。
アグスタの一件で未知の生命体――その後の調査で、ガジェット共に襲いかかってきていたあの生物群は竜種、或いはその変異体であると確認された――との戦闘で、望む様な結果を出せなかった事を発端としている。
手早くUnknownを片付けて仲間への援護を目算していたティアナだったが、
その事実で、隣に立ちたいと願う切名との実力差を埋めるどころか何も成長できていないと自分自身を負い込むほどの暗い感情を抱いてしまった彼女は事件の翌日から無茶な自主練を始め――切名や花梨といった心配してくれる相手の言葉すらシャットアウトしていき……結果、医務室送りにされてしまったと言う訳だ。
「なあ、ティア……何であんなことしたんだ?」
「……」
「黙ってちゃ分かんねぇっての……。なあ、頼むぜ。どうして――どうして、『非殺傷を解除』までしてなのはさんにケンカを吹っかけたんだよ?」
切名の不安と困惑が混ざり合った視線に耐えきれず、思わず顔を逸らしてしまうティアナ。
切名は信じられなかった。彼にとってティアナという少女は、このセカイへ訪れてから一番共に過ごした時間が長い人物だ。
同じ時間を元に過ごし、心を通わせてこれあという自負があった。彼から見たティアナは、冷静で状況判断力に優れ、時々可愛らしいやきもちを見せてくれる大切な女の子だ。
真面目だが少しだけ不器用で、けれど情に厚い。そんな彼女が、実戦ではなく訓練の中で、命を賭けた殺し合いをしようなどと言い出すなどと誰が想像できるというのか。
事実、あまりの急展開に切名が止めに入る事も出来ないまま、ブチ切れたなのはによってノックダウンされてしまったために被害は最小限で済んだとはいえ……危険行為を堂々と行おうとした彼女の行動は、管理局員として到底見過ごせるものではない。
このままでは、何らかの処分は覚悟しなければならないと厳しい表情のシグナムの呟きが耳の奥に残っている。
とにかく、なんとしてもティアナから納得のいく理由を聞き出しておかなければならない。
彼女の性格上、意固地になって事態が悪化する可能性を懸念する切名の説得に心動かされたのか、そっぽを向いていたティアナが気だるげな動きで切名を見上げてきた。
「……足りないって思ったのよ。このままじゃ私は誰も――セナを護れないって、さ」
未だ自由に動かない手足に自重じみた苦笑を浮かべるティアナに、切名はもちろん、騒々しく暴れまわっていた一同の動きが止まる。
「私にはね、夢があるの。一つは夢半ばで壊れちゃった兄さんの夢……管理局の執務官になるっていうヤツ。リンカーコアを失って、魔導師じゃなくなって……挙句の果てに、命がけで任務を全うしようとした兄さんに罵詈雑言を吐いてくれやがった連中にランスターの弾丸は何物をも打ち抜くって事を証明するためにね。そしてもう一つは――」
ティアナの瞳が、困惑に揺れる切名の顔を捕える。
「セナと一緒に生きる事」
「お、おいティア、いきなり何を言いだしやがんだよ!?」
突然のプロポーズととられてもおかしくは無い発言に、切名の耳が真っ赤に紅潮し、カエデたちからの生暖かい視線が身悶える彼へと降り注ぐ。
だが、ティアナは至極真面目な表情を崩さぬまま、
「セナ……アンタも分かってるんでしょう? このままだとアンタ――殺されるわよ?」
冷水を叩きつけるかのごとき言葉を投げかけた。
『ぇ……』
困惑の声は誰のものか。頬を緩めていた切名はその言葉に込められた重さに気づいて口を閉じ、何となく事情を察したシャマルはティアナが何故こんな真似をしたのか、その理由の一端に触れた気がした。
「アンタが参加してる”
「そんな事なんかねえさ。お前は俺の――」
「守るべき存在――なんて言わないでよ? 私は物語に登場する悲劇の
言おうとした言葉に重ねられて、思わず言い篭ってしまう。
切名にとってティアナは守りたい人であることに変わりはないからだ。
「セナ、アンタの優しさは時々残酷なの。私はアンタの隣に立ちたい、一緒に苦難を乗り越えていきたい、一緒に――生きていきたい。だから力が欲しいの。フザケタお遊びで命を狙われるセナの力になれるだけの実力が。そのためには今の私じゃあ駄目なの。もっと強い刺激が……劇薬とも呼べる刺激でもないと、目の前にある壁を破れないから」
なのはの訓練に文句があるわけじゃあない。彼女の教導が基礎技術の向上と土台作りであることはティアナも薄々とだが察している。
あれもこれもと触手を伸ばすのではなく、まずは基本的な技術を向上させることで総合的な能力を成長させるという方針は、長期的な視線で見れば正しい選択に思える。だが、足りない。それでは足りないのだ。時間も、身につけられる力も。
厳しい訓練を重ねることで、確かに六課設立当時に比べて能力は確実に上昇したと思う。戦術の幅も広がったし、射撃精度や幻影魔法の術式効率化にも成功している。
しかし、彼女が望むのは人を超えた存在……『神成るモノ』である『蒼意 雪菜』の隣という居場所なのだ。
人智を超えた英雄としての実力を持つ彼の隣に立ち、更に彼が倒すべき敵たちと渡り合うことができる実力……それこそがティアナが望む力なのだ。
「今の私じゃあ足手まといにしか……ううん、足手まといに
「そうか……ティアが焦ってんのは奴らの――」
彼女は知ってしまったのだ。
己が愛する少年がいずれ剣を交え、雌雄を決せなければならない存在、その強大過ぎる力を。
――瞼を閉じてみれば、鮮明に思い出す事が出来る。
突如として大地を粉砕するかの如き轟音を鳴り響かせた巨大な人型兵器を圧倒する化け物の姿を。
その化け物に連れ立つ、三人の怪物の姿を。
一人は天空の意たる雷を支配する魔女。
一人は大海すら枯れ果てさせるほどの焔を纏った天使。
一人は大地に蔓延る不浄全てを浄化せしめる聖なる光に選ばれた姫王。
一人一人が次元世界にその名を刻み付けるほどの才能と実力を兼ね揃えた
そして彼女たちを従える存在こそが、ティアナが誰よりも想っている少年の命を狙う”敵”――黄金色の龍神。
いずれ必ず”敵”として遭いまみえることになるであろう人物の実力を知ってしまった事。そして”参加者”はおろか、その協力者にすら彼我の実力差が大きく突き放されているという事実。
それこそが、ティアナの焦りを触発し、彼女が胸の奥に燻らせていた劣等感を表面化させてしまったのだ。
結果として、一刻も早く
しかし、元々一年という部隊の運営期間を通して教導スケジュールを組んでいたなのはにとって、無茶を通り越して無謀な要望を上げてきたティアナの言を受け入れるはずも無く、このままでは埒が開かないと切羽詰まってしまったティアナが起こした行動こそが、今日行われた模擬訓練での暴挙なのだった。
命を賭けた実戦形式の訓練を行えば、なのはも己の覚悟を察してくれる。
大切な相手を失わないためにも、より一層高度な訓練を行うことを考えてくれると、普段の彼女ではありえない思考を取ってしまったのだ。
……その結果がこのザマだ。
”原作”にある疲労の蓄積による撃墜こそ経験してはいないものの、なのはは無意味に命を賭けることを良しとしていない。
かつて”闇の書”事件の最中、ダークネスから”死の言霊”を受けて瀕死になった彼女は、大好きな姉が瀕死の妹の姿に悲しみに捕らわれかけた姿を、ぼんやりとだが覚えている。
”闇の書”が生み出した悲劇に捕らわれる悲しい復讐者の最後を目の当たりにもした。
無二の親友となった彼女もまた、かつては母のために全てを投げ出そうとしたことがある。
大切な誰かのために自分の全てを賭けるという行為は一概に間違っていると断じることは出来ないのかもしれない。
けど、それでも……その果てにあるのは悲しみだけだとも思う。
だからこそ……、『誰かのため』――そんな免罪符で自分の命を投げ出すような真似は絶対に見過ごせない。
残された人に悲しみを生む事しか出来ない行為だと思うから。
だからこそ、なのははティアナを容赦なく撃墜したのだ。
憎まれてもいい、悪魔だと罵られても構わない。
本当に取り返しがつかなくなる前に、もう一度よく考えてほしい。
そんな思いを魔法に込めて。
「……焦りは禁物だ、なんて言うつもりはねえ。正直、俺自身も奴の実力にはブルっちまうのがホントのところだしな」
医務室に運ばれていくティアナの後を追おうとしたところで、なのはの思いを花梨から訊かされた切名は言葉を慎重に選びながら伝えたい想いを口にしていく。
「正攻法だと”Ⅰ”が、絡め手だと”Ⅱ”が勝つ。――あくまで俺の勘だがな。ケド、このままなら間違いなく奴らのどっちかが”
積み重ねてきた英雄として経験がこの答えを導き出した。
無論、切名とて全力を出せば彼らとも渡り合うことができるはずだ。
それだけの
しかし、真名の解放にリスクが存在する以上、常時最大能力を展開できるダークネスの方が実力では上回っているし、裏舞台で暗躍するルビーのような相手は、純粋な戦闘者である彼にとって相性が悪い。
正直なところ……花梨たちと協力関係を結べているのは彼にとっても行幸だった訳だ。
「けどな、だからって俺は戦いを放棄すような真似だけは絶対にしないつもりだ。ドンだけ勝ち目が薄かろうと……それが0%じゃない限り、足掻き続ける価値はある。そうだろ? 力が足りなってんなら、他のモンで補えばいいだけの話だ」
「何言ってんのよ……そんな都合の良いものなんてあるワケが」
「ある。足りない物を補い合い、一緒に成長していく。それが――『仲間』ってモンじゃなかったか?」
「ぁ……」
「お前が俺に教えてくれたんだぜ? 昔……俺がひとりで儀式をぶっ潰そうと粋がってた時に。忘れちまってんのか?」
忘れる訳が無い。
あの日の事は今でもはっきりと覚えている。
だってあの日から
「『アンタ一人で背負い込もうとしてんじゃないわよ、このバカ! 一人で突っ走るんじゃなくて誰かを……私を頼りなさい! 私がっ……アンタの『仲間』になってあげる! だからっ……自分だけ傷つくような真似はもうやめて』――正直、嬉しかったんだぜ? それまでの俺は自分だけで戦場を駆け抜けて、救世を行ってばっかだったからさ。『仲間』っていうか、協力しようぜっていう差し出された手まで払い除けてたからな。そんな俺に”往復ビンタ⇒金的⇒脳天唐竹割り⇒レバーブロー⇒延髄蹴り”の素敵に華麗なコンボをかましてくださった挙句、襟首掴んで説教かましてくれたの何て、ティアが初めてだったからなぁ……」
「ちょっ、バッ!? いいい今言うこと無いでしょ!?」
壁際の人と化していたスバルとかエリオの怯えを多分に含んだ視線が痛い(期待に目を輝かせて「むしろ、Wellcome!」 とでも叫びたそうにうずうずしてる変態はシャットアウトだ)。
「ちったあ元気でてきたみたいだな?」
「お蔭様でねっ!」
「そいつは上々、っと」
色々と台無しにされたティアナだったが、切名のお蔭で見失いかけていた大事な事を思い出すことが出来た。
その点だけは、感謝してあげなくも無い。
「よ、要するに、私だけが強くなっても意味が無いって言いたいんでしょ。私たちには信頼できる
「それでこそ俺のティアだな。ついでに補足すりゃあ、スバルやエリオも間み込んでやりゃあいいんじゃね? 俺たちはチームなんだから、苦楽を共にすんのも当たり前だろ?」
「「ええっ!? なんですかそのキラーパス!?」」
「なるほどね……よくよく考えてみれば、私はフォワード陣の指令官。スバルたちはいわば手駒。つまり――」
…………ニタリ ← 愉悦風味な真っ黒笑顔
「「ひぃいいいっ!?」」
「お、久々にブラックティア様がご光臨なされたぞ」
「おおぅ……過ぎ去りし訓練校での一幕が脳裏に蘇るぜ。冷や汗が止まんねぇ……!」
ガクブル状態のスバルとエリオにかつて訓練生時代に巻き起こった戦争を思い返して遠い目を見せるカエデへと、めっさイイ笑顔を浮かべたティアナの微笑みが向けられる。
「うふふ♪ 皆、これからも一緒にがんばりましょうねっ♪」
「怖いっ!? ツンデレさんなティアのレア物な笑顔だっていうのに、ものすっごく怖いんですけど!? 背筋が凍っちゃうよ!?」
「へへっ……やっぱ俺のティアには笑顔が似合うな」
「切やん…………眼科へGo」
「どういう意味だコラ!?」
「そのままの意味じゃボケ!」
「あ、あの、シャマル先生。どうすればいいんでしょうか……?」
「そうねえ……とりあえず一本、逝っとく? 一瞬できもちよーくなれたり、空を飛んで自分の身体を見下ろすことができるようになっちやうケド♪」
「それ、死にかけてるだけじゃないんですかっ!?」
「大丈夫よ……ちゃーんとAEDを完備しているんだからっ♪」
「どこら辺が大丈夫なんですかぁ!?」
――ああ、全く私って奴は……バッカねぇ。
再び騒がしくなってきた仲間たちを見つめながら、ティアナは胸の中で渦巻いていた真っ黒いナニカが消え去っていくのを感じていた。
信念を貫こうとする幼馴染が好きになった。
子どもっぽくて純粋な親友を眩しく思った。
尊敬する人物の背中を追いかける少年の真っ直ぐな想いを応援したいと思った。
どうしようもないバカをやらかす癖に、誰よりも『仲間』を大切に想っている同期が放っておけなくなった。
凡人だの、才能が無いだの、誰も守れないだの……なんて馬鹿馬鹿しい考えに捕らわれていたんだろう。
自分には、こんなにも頼れる『仲間』がいてくれたというのに。
自分一人の力でどうしようもないのなら、皆に頼ればいい。
助けて欲しいのなら、助けてって言えばいい。
一人じゃない……そう思えるだけで、どうにかできてしまいそうな予感がする。
そして――この予感はきっと……幻想なんかじゃない。
「……一緒にいてくれて、ありがとね」
喧騒の中にかき消されていく小さな声で感謝の言葉を口にしたティアナは、体調が回復したらなのはにどう謝るべきかと考えつつも、ゆっくりと瞼を閉じていく。
騒がしくも心地良い『仲間』たちの喧騒を子守唄にして……暖かい想いを胸に抱きながら。
「あ、そう言えばスバル? 彼氏がいないからってシャマル先生にあたるのはどうかと思うわよ?」
「うっ、うるさいなあっ!? よけ―なお世話っ! 大体、あんなの視たら私じゃなくても腹が立つと思ったりしますっ!」
ところで、なぜスバルがシャマルにあんなことを言ったかというと、先に述べたアグスタの戦闘終了後の一幕が原因であったりする。
自重しない当人たちのラヴっぷりに、彼女の主や戦友である前衛騎士コンビのこめかみにぶっとい青筋を浮かび上がらせていたのは記憶に新しい。
何を隠そう、その場に居合わせたスバルやカエデですら、『イラッ☆』としたくらいなのだ。
なんやかんやで燻っていたその辺のムカつきが、上司からお仕置きされて昏睡状態に陥っていた相棒の手当てを鼻歌まじりに実行していた事も相まって、一気に表面化してしまったようだ。
――ちなみに当時、彼女持ちな切名は背中に影を背負い込んで嫌に暗い表情のティアナに構っており、エリオは『キャロちゃん更生術《著者:花梨》』片手に、本日の成果をメモしていたので、先のベッタベタな風景を見ることもなく。
なのはとフェイトは、どことな~く頬を朱色に染めながら視線を泳がせていた。
戦闘状態を解除してサングラス+スーツ姿に戻ったダークネスがヴィヴィオたちを回収しに来た際、何やら言葉を交わしていたようだが……詳細は不明のままだ。
ただ、しいていうのなら、あの日を境に二人が身だしなみに気を使うようになったことが挙げられるだろうか。
外回りの時はもちろん、監督役に留まって激しい運動をする必要が無い場合など、薄らと化粧をしていたりするのだ。所謂ナチュラルメイクというヤツである。だが、それでもその衝撃は計り知れないシロモノであった。なにせ――
色気より魔法、男よりも砲撃・斬撃を地でいくような武闘派魔導師筆頭な魔法少女(笑)が、である。
化粧気がナッシングであった二人が突然女らしさに開眼した!? すわ天変地異の前兆か!? ミッド終焉のお知らせなのかぁっ!? と一時期六課全体が驚愕の声で埋め尽くされたくらいだ。
……無論、即座に桃色と金色の光でアッ――――! とされたのは言うまでもない。ヤムチャしやがって……、と廊下の角から顔を覗かせていたグリフィスが思ったとか思わなかったとか。
どっとはらい。
「は、入りずらい……」
医務室のドアの前でノックをしようと片手を上げた状態のまま、身動きも出来ずに固まっているのはティアナを『ピチュン』と撃墜してしまった張本人、高町 なのはであった。
流石にやりすぎでしょ、このおバカ! と姉に説教をかまされていた彼女は、解放されるなり罪悪感がムクムクと湧き上がってきた事もあってこうして見舞いに赴いてきたのだった。
はやてたちからもオーバーキルな【ディバインバスター】×六連発は人としてちょっと……と精神的にけっこうクルお言葉を頂いたおかげで崩れ落ちてしまいそうになる足腰を不屈の根性で奮い立たせ、それでもちょっぴり限界突破しちゃったからさりげな~く飛行魔法【フライヤーフィン】を発動させてふよふよと飛んできたところで、先ほどの切名とティアナの会話が部屋の中から聞こえてきてしまった。
どうしよう……と彼女が悩んでいる間に、ティアナ暴走の理由とか、切名との思い出とかが語られ始めた挙句、なんだかんだで自己解決したっぽい。
本来なら、部下の悩みを解消するのは上司であるなのはの役目であるはずなのだが……今回は、完全に蚊帳の外である。
(そ、そりゃあ私だってちょっぴり――そう、ほんの“ちょぉぉっぴり”だけやりすぎた気がしないでもないカナ~? って思っちゃったけど……でも、あれは危ないコトしようとしたティアナのためだったんだから! うん、そうなんだよ! 子供が道を間違いそうになった時に諌めてあげるのが大人の役目だからねっ!)
その場で腕を組むみながらうんうん、としきりに頷くなのは嬢。
しかし、
何しろこのお嬢さん、教え子、兼、部下の四肢を抜き打ちでバインドに絡め取って磔にし、全方位を数十からなる【アクセルシューター】包囲網を形成するなり一斉掃射を実行しくさったのだ。
身動きもとれず、防御も出来ないティアナの全身に突き刺さる魔力弾の猛攻。
弾音にかき消されていく若き少女の短い悲鳴。
バインドを維持するために固定している手足首以外の全身を余すところなく蹂躙された結果、バリアジャケットは消し飛ばされて半裸&意志朦朧となった彼女へトドメとばかりに突き刺さる【ディバインバスター】の六重奏。
これだけやらかしておいて、まだまだやりすぎじゃないと思える辺り、なのは嬢の認識も相当イってしまっているようだ。
「……」
ピッピッピッ……プルルル~~……ヴィン
「――あ、もしもしシュテル? ちょっと相談に乗って欲しい事があるんだけどいいかな? ……うん、ありがとう。実はね――」
突然通信端末を取り出すなり、どこぞへ連絡をとり始めたかと思いきや、何故か連絡先がシュテル嬢。
どうやら彼女、海鳴市での邂逅時にちゃっかり個人端末のアドレスを訊きだしていたようだ。
理不尽に怒られたと彼女
相手が犯罪者だと言うことを忘れているんじゃなかろうか……?
「――ってそんな事があってね。いや、うん、私としてはちゃんとティアナとお話ししようって思ってたんだよ? そりゃあ、あんな態度はよくないし、模擬戦の意味をはき違えてたのはいけない事だしね。けどさ、こういう上司と部下の擦れ違い的な展開だと、私とティアナで和解イベント的な展開が起こるべきなんじゃないかと思うんだ」
『……で? 何故に私へ連絡を?』
「ムシャクシャとしてついカッとなっちゃったから、少々愚痴ってみたくなりまして」
『ハッ倒しますよ?』
「にゃ!?」
『どうして心底驚いたとばかりに慄いているですか……。私としてはそっちの方が興味を惹かれますが、生憎と私の方はそれほど暇じゃないので。――せっかくダーク様と二人っきりなんですから』
「ちょっ、待って!? 今、さらっと何言ったの!?」
『……その反応……タカマチ ナノハ、貴方まさか――』
「な、なにかな……?」
モニター越しに映るシュテルの双眸がすっ……、と細められる。
なにかを探る様な半眼が見つめるのは、ナチュラルメイクを施した教導官な魔導師。
『……どうして化粧なんてしているんです? 仕事をするのに必要ないでしょう戦術教導官』
「べっ、別に深い意味なんてないですけどっ!? 変な勘繰りしないでくれませんかっ!?」
『ほほぅ~? 急に色気づきやがりました泥棒猫を警戒するな、と? そうは問屋が降ろしませんよ。てか、やっぱりあなた――』
冷や汗を流しながらあさっての方向を見るという、お約束なリアクションを返してくださったなのは嬢。視線は激しく彷徨い、両の指先はところなさ気に宙を泳ぐ。
その反応がシュテルの機嫌をマッハでダウンさせていることに、なのはだけが気づいていない。
一端言葉を止めて、息を吸ったシュテルが決定打となる“ひと言”を打ち放つ……!
『他人の匂いを纏わせた御仁にのみ発情するというアブノーマルな趣向……即ち、
顔を真っ赤にして憤慨する
「ちっ、ちちち違うんだよ!? わっ、私にそんな属性なんて無いんだからねっ!? へ、へんな事言わないでよ!」
『嘘吐きなさい! アグスタでダーク様から『そのドレス、よく似合っているな。うむ、思わず見惚れたぞ』とか言われたからって、調子に乗ってんじゃないですよ! このビッチめがっ!』
「誰がビッチよ!?」
通信モニター越しにギャンギャンと喚き合う雌猫……てか、雌ライオンと雌虎。
鏡映しのように瓜二つな女傑が、もし医務室の中にいる新人たちに訊かれてしまっていたら上司の威厳的な物がまとめてブッ飛んでいたであろう見苦しい言い争いを繰り広げていく。
結局内外での大騒ぎは、ミッド沖合の海上にガジェットらしき多数の反応が確認されたという一報とその直後に正体不明の生物らしき反応が出現し、ガジェットと戦闘を開始したらしいと言う急報による緊急アラートが鳴り響くまで続けられる事になるのだった。
――◆◇◆――
「情報によると、確認されたガジェットは空戦Ⅱ型がおよそ三十機。五機一編隊の六部隊に分かれて海上を巡廻するように飛行していたとのことです」
「近くにレリックの反応は無し。でも、何かを探るでもなく一定範囲を旋回し続けている、か。――やれやれ、随分と舐められたもんやなあ」
「部隊長?」
時はガジェット出現の一報を受けた直後まで遡る。
作戦室でロングアーチスタッフから報告を受けたはやては、スカリエッティ一味の目論見を看破し、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
彼女の補佐を務めるグリフィスも同意なのか、目を細めながら下がりかけた眼鏡を押し上げている。
「ハラウオン隊長、あんたはどう見る?」
はやてかや問いを投げかけられたのはシグナムを伴ったフェイトだった。
彼女もまた、手元の資料と正面モニターに映るガジェットの編隊を睨みつつ、冷静に相手の目論見をひも解いていく。
「威力偵察……ううん、多分こっちの航空戦力を探ろうとしてるんだと思う。本腰を入れて仕掛ける前に、出来るだけ敵性戦力の情報を集めておきたいんだよ。つまり――」
「こちらの手札を引き出すための囮、といったところか。長距離砲撃でも使えれば一撃で終わりに出来るものの、リミッターを掛けられている現在の我々ではそれも難しい。かといってこんな所でリミッターを解除するのもな」
「そやね。リニアの時に出現した赤い三機が見当たらんのを見る限り、奴さんは今回も様子見で止めるつもりなんやろ」
フェイトの言葉を引き継いだシグナムが続け、最後にはやてが締める。
リミッター解除は鬼札となりうる六課の切り札の一つだ。こんなところで博打を打つのはもったいなさ過ぎる。
かと言って、今までと同じやり方……近・中距離戦闘による撃破も難しいのではないかと推測できる。
何故なら、前回の任務でエリオが遭遇したと言う巨大兵器。
ダークネスによって完膚なきまでに破壊されたとはいえ、兵器である以上は量産も視野に入れられている可能性が非常に高い。
【ストラーダ】に記録されていた戦闘記録を分析したシャーリーの見解によると、アレはリミッターを解除した隊長陣に匹敵しうるポテンシャルを秘めている可能性が極めて大きいとのことだった。
ダークネスだからこそ無傷で瞬殺出来たのであって、普通の魔導師が相手取るには危険すぎる兵器であることは変わりない。
空中戦もこなせるらしいので、今回の戦闘に出現する可能性も無きにしも非ず。
そこへ赤い三連星による高速機動攻撃まで加わったら、いくら管理局最強クラスの六課隊長陣であろうと危機に陥りかねない。
かと言って、リミッターの解除申請には面倒な手続きが必要不可欠だし、再び許可を取るのにも長い時間が掛かってしまう。
かといって、部下たちの命には代えられない。
万が一の可能性を鑑みて鬼札を斬るか、それとも安全策を取るべきか。
悩むはやての決断を静かに待つロングアーチスタッフの一人、ルキノの通信機に、予想外の情報が跳び込んできた。
「ぶ、部隊長!」
「どした、ルキノ?」
「い、今、情報部より入電がありましてっ……ガジェットが出現した位置のすぐ近くで巨大生物らしき反応が確認されたのことですっ!」
「何だとっ!? シャーリー、すぐにモニターを切り替えるんだっ!」
「はっ、はい!」
いきなりの展開に驚きつつも自らの役目を果たすグリフィスの命に従い、オペレーター席に着いたシャーリーがキーボードを手早く操作して、画像を切り替える。
だが次の瞬間、彼女は……いや、指令室にいた全ての者たちが小さくない悲鳴を上げて、声を失うこととなった。
「な……なんや、アレ……?」
「すいませんっ、高町 なのは遅れました――っぇ?」
結局医務室に入ることが出来なかったなのはが駆け足で指令室に飛び込んだ瞬間、彼女の視界に悍ましい物体が映り込んだ。
口元を抑えながら説明を求めて視線を動かすと、いち早く冷静さを取り戻したはやてがソレの正体を見抜かんと動き出した。
「イカ……いや、イソギンチャクか? にしても、アレは……」
呆然としたはやてたちが見据えるモノ、それは海面より現れ出でた漆黒の魔獣であった。
水面から姿を露わにしている部分だけでも全高百メートルは下らないであろう体躯は無数の触手らしきモノによって構成されている。
まるで皮を剥ぎ取られたかのように生々しい皮膚から血液とも体液とも取れる液体を吹き出し、のた打ち回る様に無数の触手を振り回しながら、ガジェットたちを絡め取り――捕食している。
……そう、喰っているのだ。
触手に生えたトゲのような突起物、人の身長ほどはある巨大なソレに刺し貫かれて穴だらけになったガジェットたちを、剥き出しになった筋肉を彷彿させる皮膚を突き破るように人間のようなずらりと並んだ無数の歯が立ち並ぶ咢が跳び出し、噛み砕いていく。
ぐっちゃぐっちゃと生々しい音を立てながら咀嚼した咢の一つ、ちょうど六課のモニターの一つが正面から捉えていたソレがまるでお前たちもすぐに喰ってやると言わんばかりに――
――ニタリ……。
と、嗤った。
非戦闘員たちから悲鳴が上がる。もはや、何故ガジェットに攻撃を仕掛けているのかという疑問すら浮かばないほどに、恐怖に心を支配されてしまっているようだ。
だが、それもしかたないとシグナムは思う。
歴戦の戦士である彼女をしても、これほどまでに悍ましい生物を目の当たりにした経験は無い。
人間の道を恐れると言う根本的な恐怖を駆り立てるあの生物と対峙するには、主や戦友たちであっても荷が重いだろう。
現に、悪意と悍ましさしか感じさせないソレが軟体動物がのた打ち回る様な奇怪な動きを繰り返して暴れ回る姿に、なのはは絶句し、フェイトは口元を抑えながら顔を背け、はやては何とか視線を逸らしていないとはいえど、顔色が悪く、手足が小刻みに震えている。
幾ら優れた才能と能力を有しているとはいえ、この相手はキツイ。
こういう事は(あまり考えたくは無いが)年配者である自分の役目だ。
シグナムは自ら先陣をきる許可を取らんと一歩前に踏み出そうとした――ところで、
「あのー、ちょっとイイっすか?」
不意打ち気味に背後から声がかけられて、思わず肩を跳ね上げてしまった。
騎士と言えど、彼女は女性なのだから仕方のない事ではある。
「ひゃっ!?」 と可愛らしい悲鳴を上げながら振り向いたシグナムの視界に、バリアジャケットを纏い、燃え盛る炎の如き刀身を持つ愛剣を携えた切名が映り込んだ。
「あ、葵? 脅かすな、馬鹿者」
「あ、スンマセン姉さん。てか、随分と可愛い声を――OK。俺は何も聴かなかったってことでファイナルアンサー?」
「よし」
神速で展開させた【レヴァンティン】の切っ先を喉元から下ろされて、ほっと溜息を零す。
普段が真面目な分、からかいのタイミングを見抜くのは何とも難しい所だ。
「えーっと、切名君? いきなりどうしたの?」
「なのは隊長、ワリーんですけど今回は俺にやらせちゃくれませんか?」
「理由は? 空を飛べへんアンタが海の上におる巨大イカもどきをどうやって相手するっちゅうんや?」
片手を上げながら出撃を志願する切名に首を傾げつつ、はやては理由を問うことにした。
陸戦魔導師である切名は空戦が出来ない。魔力を足場にして跳躍を繰り返すことで限定的な空間戦闘を可能にするだけの技術はあるらしいとはいえ、それでも長時間空中に留まれるわけではない。
今回のように海上をバトルフィールドとした戦闘では致命的な弱点と言える。
それ以前に切名は遠距離攻撃が出来ない
あれ程の質量を誇る怪物を相手に、広域攻撃を持たない部下を送り込むことなど出来るはずも無い。
だが……
「ありゃ、言ってなかったっけか? 俺にも広域殲滅系の“とっておき”があるんスけど」
「はあっ!? ちょ、それはどういうことや!? アンタのプロフィールにはそんな事一言もかいてあらへんだで!」
「ああ、そいつは当然だな。あっちにいた頃に『神成るモノ』へ成ったことなんざなかったし」
『神成るモノ』
その単語の意味を理解できた者たちは驚きに目を見開き、それ以外の者たちは揃って首を傾げていく。
静寂が広がる中、自らの手札を見せた切名は真剣な表情を浮かべたまま言葉を続ける。
「こっから先の
「……やれるんか?」
「やれるかどうかじゃない……“やる”だけさ」
手のひらで感じる
――◇◆◇――
“大海魔”
触手を振り回して海上で暴れ続けている怪物の名を口遊みながら、
飛翔する……というよりも、飛び跳ねると言った方が正しいか。
彼は現在、爆発的な加速を繰り返しながら大海魔目掛けで突き進んでいる。
“真名”の解放を済ませて愛剣である炎の女王を顕現させた刹那は、湧き上がる“
リンカーコアの生成魔力が乏しい『切名』には不可能なことだが、『神成るモノ』に至った今の『刹那』にとって、この程度は造作も無い小技なのだ。
『
「見えた!」
程なくして、前方で暴れる標的の姿を捉えた。
ガジェットの編隊はすでに壊滅したのだろう、黒煙を撒き散らしながら墜落していく破片が幾つも見える。
ギキィイイイ――――!!
ガラスを擦り合わせたかのように甲高い鳴き声をあげる大海魔目掛けて、刹那は足場の炎球を爆発させて一気に加速、瞬く間に間合いを詰めていく。
相手が刹那の接近に気づいた時には、すでに彼の間合い、剣の結界へと踏み入れていた。
「一気に決めさせてもらうぜ! 『
白銀の双眸が、悍ましき軍勢にして一つの個である怪物を捕え、練り上げた魔力で極限まで強化された四肢を大きく振るい、超常のエネルギーで具現化させた炎の剣を振り抜く!
……が、
【ヤ、じゃ】
ぷすん……、と間抜けな音を立てながら、世界を焼き尽くすほどの大炎どころかライターにも劣る火花が散る程度の結果しか起こらなかった。
「あ?」
【ご主人様!】
「っく!?」
思わず気が抜けてしまった瞬間を狙いすましたかのように振り下ろされた大海魔の触手による一撃をギリギリで回避すると、そのまますれ違うように脇を通り過ぎると、魔力で足の裏に浮力を生み出しつつ海面を滑る様に着地する。
「あっぶねー……っおい、このバカ剣! 何ふざけたことしてやがんだ!」
【戯け。そのように乱れた心で妾を振るう資格があると思っておるのかや?】
激昂する刹那の心をわし掴みにするかのような冷たい声が、炎の如き刀身から響き渡る。
意味が分からずに困惑するしか出来ない【
【汝は言ったな? 『神成るモノ』としての力を示すと。それはすなわち妾と共に幾千の戦場を駆け抜けた英霊……“救世騎”としての姿と力を世界に示すと言うことに他ならぬ】
「それがどうしたってんだ……だから俺はこうやって『
海鳴市で見せた炎を纏った黒い剣士。
人を超えた英雄としての姿を顕現させた状態になっている己が姿を一度だけ見下ろして、相棒が何を言いたいのかが分からずに首を傾げる。
そんな、『己の本心すら見誤っている』半身に、気高き剣の女王は叱責が飛ぶ。
【愚か者! 汝の根源にあるのは、そのような“見せかけ”の力などではなかろうが! 思い出すのだ、かつて、目覚めぬ眠りに就いた
「っ!? そ、それ、は……」
【あの娘は汝に何を願った? 何を残した? 幻影を重ねているという罪悪感を押し殺し、本当の自分を曝け出すことを恐れておる汝に、英雄たる真の力を顕現させることなど叶わぬと知れ!】
「お、俺は別にそんなつもりは……!」
【妾に口先だけの誤魔化しなど通じぬ。汝の力の根源、英雄としての道を歩むきっかけとなった『始まりの想い』。それを誤魔化そうとしているのが今の汝だ。――そんなに恐ろしいか。あの娘の幻影を『ティアナ・ランスター』に重ねていると言う事実を知られてしまう事が】
今度こそ絶句するしかなかった。
確かに刹那の中で大部分を占めているのはかつての思い出……英雄として、正義を貫かんと覚悟を決めるきっかけとなった『彼女』のことだ。
その面影を感じさせるティアナに心を惹かれるようになったのは事実だし、彼女に語ったかつての思い出話っでも、意図的に『彼女』のことへ触れないようにしてきた。
救いたくても救えなかった大切な女の子。
彼女と結ばれ、短い間でしかなかったものの、かつてない幸福に包まれていた二人だけの生活。
眠るように逝った彼女の墓標に誓った言葉こそが、『蒼意 刹那』の原初の想い。
普通の生活すら望めずに理不尽な目に合っている彼女のような人間を助ける事を誓い、戦い続け……結果として世界を救うまでに至った。
世界を渡って出会ったのは、かつて愛した女性を彷彿させる気抱き少女……。
彼女との生活の中で、戦いの中に身を置き続けてきた己の心が癒されるのを実感した。
護りたいと思った。今度こそ……
……だが、代用品としてティアナを見ているのではないか? 血にまみれた道を歩いてきた自分に普通の幸せを願う権利など在るのだろうか?
本心を、全てを語った時に、もし彼女から拒絶されてしまったら……、再び大切な存在を失ってしまうと言う恐怖が彼の心を縛り、結果的に『救世騎』たる炎の剣士としの全力が出せなくなっているのだ。
時間があるのならば、気持ちの整理がつくまで口を挟むまいしていた【
全ては、彼を信じるが故に。
【恐れるな。迷いは隙を生み、戸惑いは死を齎す風となる。……我が愛しき『使い手』よ。汝は少々過保護すぎる。あの娘はその程度の真実に潰れる様な柔い心をしておらぬよ。そもそも、汝はいつだって正面からぶつかることしか出来ない不器用者ではないか】
「……そう、だな。俺はまだ……アイツらを本当に仲間だって思ってなかったのかもしれねーな」
自嘲気味に天を仰ぐ。
口では一緒に戦う仲間だと言いながら、本心では自分が守らないと駄目な存在だと見下ろしていたのかもしれない。
“参加者”とそれ以外の者が肩を並べる事なんて出来はしない。
と、考えて、随分と間抜けな思考をしていたのものだと思う。
そんな事実なんてあるはずも無いと言うのに。
気合いを入れるために、勢いよく両の頬を引っ叩く。
パアンッ、と景気が良い音が響く中、刹那の瞳に迷いを振り切った炎の意志が映り込む。
「よっし……! そんじゃあまずは、あのイカ野郎をぶちのめす! そんでもって、ティアに全部話してからぶっ飛ばされる! これ決定な!」
【くっくっっく……ぶっ飛ばされるのは決定事項なのかや?】
【あ、あの……ランスターさんの性格を分析する限りでは、右頬へのビンタの確率が46%、脇腹へのボディーブローの確率が43%、側頭部へのハイキックの確率が20%です……】
「……ちなみに残りの1%は?」
【ぁぅ……ごめんなさい】
「えっ!? それどういう意味で!?」
【ごめんなさい】を繰り返す【
だが、ここは戦場であって、決して寸劇の舞台などではない。沈黙を守っていた大海魔が奇声の如き咆哮を上げながら、言い争いを続ける刹那目掛けて襲いかかった。
軟体生物の足にも見える触手が折り重なった巨腕による振り下ろしが叩き落される。
海面が爆破したかのように水しぶきが撒き散らされ、水面に浮かんでいたガジェットの破片が軒並み吹き飛ばされていく。
愉悦を表すかのように全身をくねらせて歓喜を示す大海魔。だが、次の瞬間、
「っだあ!」
裂朴の気合いと共に振るわれた炎の剣によって、悍ましい触手が真っ二つに切り落とされた。
宙へと飛んだ大海魔の腕を、先程まで刹那がいた場所から立ち昇った炎の竜巻が呑み込み、瞬時に焼き尽くしていく。
あまりの高熱に、思わず後ずさりしてしまう大海魔の前に、炎を撒き散らしながら水面を歩いてくる小さな影が姿を現した。
超高温の炎の中に在りながら、微塵も揺るがぬ強い意志を宿す白銀の瞳。先ほどまでとは違う、心を決めた男の瞳だ。
黒いズボンにコートと全身黒ずくめの出で立ちにも、とある変化が起こっていた。
纏ったバリアジャケットの表面を走る、銀色のライン。それは“
そして、一番に目を引くのは両手にそれぞれ構えられた二振りの直刀であろう。
右手には炎の如き揺らめきを表した魔剣【
左手には漆黒の刀身が気高くも美しい宝具【
二振りの炎の魔剣を携えた、白銀に輝く黒き剣士。この姿こそ、かの者が至った真の『神成るモノ』。
正義と断罪を司る、救世主にして英霊たる最高の剣士。
『
具現化させた愛剣たちを二刀流に構え、刹那は静かに目を閉じる。
前進を行き交う膨大な魔力……その力に指向性を持たせ、練り上げ――邪悪を焔き薙う断罪の一刃を解き放つ!
「景気づけに派手に往くか! 『
十字に交差された紅蓮の奔流が解き放たれ、大海魔を刹那の間もかけずに瞬断し、焼き尽くす。
耳障りな悲鳴を上げながらもだえ苦しむ怪物を一瞥すると身を翻し、炎を纏った刀身を大きく振るう。
撒き散る炎の欠片が燐光となって大気に溶けていく。
断罪が下された悍ましき巨獣は、断末魔の叫びを上げながら砕け散り、無へと帰していく。
崩れ落ちる体組織、その奥で蠢いている黒い物体の気配を強化された刹那の感覚が捕えた。
「奴は……!」
黒ずくめに包まれた謎の存在……“影”。
右手に携帯電話らしき機器を持ち、左手で分厚い書物らしきものを抱えている。
大海魔の中にいたと言うことは、奴がコアとなっていたのは間違いないだろう。
だが、
【あの者の一団は、やはりスカリエッティとは別の組織と考えてもよろしいのでしょうか……?】
「さて、な。決めつけるのはまだ早いと思うが……」
巨獣と共に黒き灰となって散っていく“影”の成れの果てを見つめながら、刹那は剣の女王の懸念が当たったことを理解する。
“混迷する事態”
花梨から訊かされていた“知識”など、最早なんら意味を持たないかもしれない所まで事態は進行しているのかもしれない。
敵の消滅を見届けてから、刹那はゆっくりと踵を返して今の居場所へと戻っていく。
とりあえず、恋人からの制裁が軽めで済むことを祈りながら。
【やれやれ、いつまでたっても世話の焼ける男よな。細かい事でうじうじうじうじと……。ま、
刹那に聞こえないように、【
かつての世界で、彼の目を通して知っている真実。
『蒼意 ティアルーク』
【死後の魂が向かう輪廻の環は、遍く並行世界を束ねた神の領域にある。故に、過去の記憶を洗い流したまっさらな魂が再び新たな命として生まれ落ちるのは、かつての世界とは違うこともよくある事。じゃが、まあ、お互いに転生しても尚、再び巡り合うとはのぅ……くっくっくっ、愛の力とは凄まじいものよそうは思わぬか? のう――『蒼意 ティアルーク』よ】
刹那が愛し、彼を英雄にまで登り詰めさせあ原動力となった少女――『蒼意 ティアルーク』。
彼女は輪廻の環を経て、世界の壁を越えて新たな命として生を受けた。
気高き弾丸……『ティアナ・ランスター』として。
果たして愛しき『使い手』はその事実に気づく事が出来るのか。
【
実は刹那君の元カノと今カノは同じ魂の持ち主だったのだ!
世界を超える愛か……、彼の二つ名も『炎の剣士』から『愛の戦士』へとチェンジした方がいいましれませんな!