高町 なのはは窮地に立たされていた。
学校帰りに不思議な声に導かれるように出会った一匹のフェレット。
その日の夜遅く、自室にいたら突然頭の中にあのときの声が聞こえてきた。
助けを呼ぶ声に導かれるまま家を飛び出し、動物病院まで着てみれば、そこには逃げ回るフェレットと破壊されつくした病院の壁や道路、そしてフェレット襲い掛かる真っ黒な何か。
恐怖で混乱するなのはだったが、彼女の存在に気付いたフェレットが人の言葉を話した事で混乱は更に高まってしまう。
恐怖に震えながらも、咄嗟に抱き上げたフェレットと共に、黒い怪物から深夜の逃走劇。
「一体何がなんだかわからないけど、一体何なの!? 何がどうなってるの!?」
全速力で走りながら叫ぶなのはに答えるのは、彼女の腕の中にいる人語を話すフェレットだった。
「君には資質がある。お願いです、少しだけ僕に力を貸してください」
「資質!?」
「僕はある探し物をするためにこの世界に来ました。けど――」
フェレットがこれまでの経緯やら身の上話を話しかけるが、現在、マッハで命の危機にあるなのはには、長話を清聴するなんて余裕は微塵も無かった。
「ちょ、ちょっと待って! なんだか長くなりそうなんだけど、とりあえず今はあの黒いのを何とかしないと!」
「わ、わかりました! それじゃあ、この宝石を手に持ってください」
そう言ってフェレットが首から取り外した赤い宝石を渡されると、誰かの鼓動のようなものを感じ取れた。
「暖かい……」
まるでこの子とは、出会うべくして出会えたような不思議な感覚。
なのはは思わず手の平に収まる宝石に見入ってしまう。
そしてそれが、致命的な失策に繋がってしまったのだった。
「あっ!?」
真夜中の道路は暗く、街灯の明かりだけでは十分な視界が得られなかった。
そんな中を余所見をしてしまえば、足を縺れさせてしまうのはある意味、当然の理であった。
「いたた……」
「だ、大丈……っ!? 危ない!!」
「え?」
フェレットの叫びに顔を上げると、そこには宙高く舞い上がり、今にもなのはを押しつぶさんとする黒い怪物の姿があった。
「あ、あああ……!」
「君! 早く逃げるんだ! 君!?」
足が竦み、恐怖で実を震えさせるなのはには、フェレットの声も届かない。
涙を浮かべるなのはを押しつぶさんと黒い怪物……ジュエルシードの暴走体が襲い掛かり――
「ルミナスハート! 障壁っ!」
【Protection】
突如展開された、やや薄い赤色の魔力障壁が、突っ込んできた暴走体を受け止めた。
「へ?」
「え?」
「ふぅ……危ない危ない。危機一髪ってやつかな? 大丈夫、なのは?」
そう言って振り合えるのはなのはの良く知る人物。
彼女と同じ栗色の髪を大き目のリボンでポニーテールにして、青いラインの入った真っ白な魔道服――バリアジャケットを身に纏う可憐な少女。
手には機械的な意匠のデザインをした杖。青い宝石を中心に銀色のフレームが覆うような構造となっているそれを軽く振るうと、障壁に押しとめられていた暴走体が、パチンコの玉宜しく、盛大に吹っ飛ぶ。
怪物がコミカルに宙を吹っ飛ぶ様子に呆気に取られていたなのはたちは、少女――高町花梨が返事を返さない妹の顔を覗き込んできたことで漸く再起動した。
「か、花梨お姉ちゃん!? 何で!? それに、その格好は、えっ!? なっ、何、何!? いったいぜんたい、どういう事なの~!?」
「お、同じ顔……君のお姉ちゃん!? いや、それよりもその姿にこの魔力……まさか魔導師!? 何故管理外世界に!?」
「その様子じゃ、二人とも怪我は無いみたいね」
ほっとしたような、呆れたような微妙な笑みを浮かべる花梨の姿に驚きを隠せないなのは達。
しかし、暴走体はそんな事などお構い無しに襲い掛かってきた。
「なのは、こいつの相手は私がするから、貴方はそのフェレットの言うことを聞いて! それから、そこのフェレット!」
「は、はい!?」
「貴方、そんななりをしているけど魔導師でしょ? 早くなのはに説明して! 私、封印術式を持ってないのよ!」
「ええっ!? ……わ、わかりました! 君、本当に申し訳ないんだけど、お願いします! もう少し協力してください!」
「う、うん。どうすればいいの?」
杖から光の玉を放って暴走体と戦っている姉の後姿をぼーっと眺めていたなのはが、フェレットの声に慌てて顔を戻す。
なのはと視線を合わせたフェレットは呟く。
「まず、さっき渡したデバイス……その赤い宝石を握って。それから目を閉じて、心を清ませて……」
「う、うん……」
なのははじっと目を閉じ、言われたとおりに、宝石に心を集中していく。
あれ……? まぶたの裏に、何かが浮かび上がってくる……?
「これって、何か文字が?」
「うん、それでいいんだ。僕と一緒にその言葉を読み上げて」
「え、うん!」
「我、使命を受けし者なり」
「我、使命を受けし者なり」
「契約の下、その力を解き放て」
「契約の下、その力を解き放て」
「風は空に、星は天に」
「風は空に、星は天に」
「そして、不屈の心は」
「そして、不屈の心は」
「「この胸に!」」
「この手に魔法を。レイジングハート、セット・アップ!」
【Stand by ready。Set up】
突如夜空に聳え立った膨大な魔力光。
花梨は、飛び上がった上空から周囲を見渡し、光の根源である妹の姿を魔法で強化した視力で確認すると、笑みを浮かべる。
「さすがは主人公、我が妹ながら魅せ付けてくれるわね――……っと! あんたもいい加減に落ちなさい!」
僅かに逸らしていた視線を戻し、宙に浮く自分に飛び掛ってきた暴走体を、神から貰ったデバイス【ルミナスハート】を振りぬく。
ゴルフショットの要領でふっとばされた暴走体はクルクル回転しながら魔力の柱の立つ方向……即ち、なのはたちのいる方へと吹っ飛んでいく。
「……あ」
花梨が「やっちゃった♪」的なテヘペロをするのと、
「やった! 成功だ……って、なんか飛んで来たーー!?」
「ふぇええええ!? 何これ、どうなっちゃっ……って、にゃああああ!? お空から黒くてモジャモジャしたお化けさんが飛んできたーーーー!!?」
なのはとフェレットの悲鳴が木霊するのは、ほぼ同時の事だった。
フェレットを拾った公園まで移動してきたなのはたちは、入り口近くにあるベンチに腰を下ろしていた。
運動神経が切れている……どころか切断しているんじゃ? と頻繁に突っ込まれる高町なのは(九才) であったが、魔法という不思議な力に目覚めたとしても、運動音痴は克服できなかったようだ!」
「ぜひはーっ! ……ぜひはーっ! ……お、お姉ちゃん、なのはをおいてかないで……。後、余計なお世話ですっ!!」
おっと、どうやら途中から口に出ていたらしい。いや~、うっかりうっかり♪
なのはがデバイス【レイジングハート】を起動、原作通りの聖祥小学の制服に似たバリアジャケットを纏った直後、うっかり花梨がふっ飛ばした暴走体が二人の目の前に落下。
パニックを起こしながらも何とか暴走体を倒し、コアとなっていたジュエルシード シリアルⅩⅩⅠを封印。
封印処理をしたジュエルシードをレイジングハートに格納した直後、フェレットが気絶してしまった所で、花梨が到着。
パトカーのサイレン音が聞こえてきたので、フェレットを抱え上げ、逃げるようにここまで逃げてきたのだ。
そして現在、なのはが息を整えるのとほぼ時を同じくしてフェレットが眼を覚ましたので、彼(?)の口から説明中だ。
「……と、言うわけなんです。あれを発掘したのは僕だから、僕が回収しないとって思って……でも、ここに来た直後の戦闘で受けた怪我のせいで、封印することも出来ず……それで、念話で助けを呼んだんです」
「なるほどね。それで魔法の資質がある私やなのはが貴方の声を聞き取れた、って訳ね」
フェレット……否、ユーノの説明に、花梨は時折相槌を打ちながら話を進めていく。
一方のなのはは、真剣そうな表情で相談しているナマモノと姉の姿をぽかーんと眺めていた。
「ちょっと、なのは? ボケーっとして、大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫……じゃなくて! お姉ちゃんも魔法使いだったの!? 私知らなかったよ!?」
「あ! そうですよ! そもそも、ここって管理外世界……魔法技術のない世界のはずですよね!? それなのにどうして貴方は魔法を、それもミッド式のインテリジェントデバイスなんて持っているんですか!?」
「あー……なんていうか、私にもいろいろと事情があって……ゴメン! 今は詳しく話せないの! いつかきっと話せる日が来ると思うから、今は聞かないでくれないかな?」
詰め寄るなのはたちに向けて、心底申しわけなさそうに頭を下げる花梨。
方や大好きな姉に、方や命の恩人に頭を下げられ、いたたまれなさとか罪悪感とかで、二人の
「お、お姉ちゃん、止めてよ!? わかったから!」
「そうですよ! 貴方にもなにか事情があるみたいですし、余計な詮索をしようとした僕のほうこそ申し訳ありません!」
花梨となのは、そしてユーノは公園のベンチの上で座り、お互いに頭を下げあう。所謂、お辞儀合戦だ。「いえ、でも私のほうが……!」
「そんなこと……!」
「いえ、悪いのは僕で……!」
側から見たら、滑稽な事この上ないが、本人たちはいたって大真面目だったそれは、春先とはいえ未だ冷たい夜風に肌寒さを感じたなのはが可愛らしいくしゃみをするまで続いたのだった。
その後、漸く正気に戻った花梨の言でユーノを連れたまま帰宅し、例の如く兄の恭也からありがたい説教を受け、愛らしいフェレットモードのユーノに骨抜きにされた美由紀と桃子の手によりユーノが揉みくちゃにされるということがあったものの、なんとかユーノをペットという形でなのははの部屋に居候させてあげることが出来た。
その日は三人ともいろいろと疲れていたこともあり、各々の部屋に入った途端、ベッドへとダイブ。
ぐっすりと眠り疲労から回復した三人は翌日、デバイスを介しての念話で今後の事、ジュエルシードの事について話し合っていた。
『この世界にばら撒かれたジュエルシードの数は二十一個。僕が封印したのと夕べのを合わせて封印できているのは二個。残り十九個がおそらくはこの街付近に散らばっているはずなんです』
『残り十九個……ねえ、ユーノ? ここにきたのは貴方一人なの? 他に仲間とかはいないの?』
『あっ! そういえば、もう一人います! 僕と同じ発掘チームの一人でスクライア族のアルク・スクライアって言うんです。彼も僕と同じ魔導師で、補助型の僕とは違って、単独での戦闘もこなせるからきっと独自にジュエルシードの回収を行っているんだと思います。連絡がつかないのがちょっとだけ気になるけど……アルクならきっと大丈夫です』
『ふぅ~~ん? 信じてるんだね~~ていうか、ユーノ君ってば言葉使い硬いよ? もっと普通でいいのに』
『そうよね、なのはの言うとおりカチカチよ? ……所で、そのアルクって人の特長とか教えてもらえないかしら? もしどこかで出会っても、すぐわかるように』
『あ、はい……じゃなくて、うん。アルクは普段僕と同じフェレットの姿をしていると思うよ。この姿は魔力の温存だけでなく、魔力隠蔽もある程度は兼ねているんだ。本来の彼は赤い髪をした僕たちと同じくらいの年齢の男の子だえ。袖の無い服をいつも着ていてマフラーをしているから、一目でわかると思うよ? あ、それと彼は希少能力持ちで、デバイスは持って無いけれど炎を字自在に操るんだ』
『へえー、すごーい。そっかー……え? あれ? ユーノ君ってフェレットさんじゃないの?』
『え? ……って、ああ! そういえば言ってなかったっけ!? この姿は変身魔法であって、僕は君達と同じ人間だよ?』
「ふ、ふぇええええ!?」
ガタッ! と椅子を倒しながら驚きのあまり叫び声を上げてしまうなのは。
ちなみに今はバッチリ授業中であり、アリサやすずかはもちろん、他のクラスメートや先生まで驚き、突然奇声を上げた生徒に恐る恐るといった風に声をかけてきた。
「た、高町さん……? どうかした? 何か先生の説明で可笑しいところあったかな?」
「あ、す、スミマセン、なんでもないです……」
なのはは茹蛸もかくやと言わんばかりにプニプニ頬っぺたを真っ赤に染め上げながら、消え入りそうな声でそう返すのだった。
花梨はそんな愉快な妹の姿に頬を緩めながら、頭の片隅でユーノの言うアルクなる人物について考える。
(原作には無い人物か。十中八九
そんな彼女の思惑とは裏腹に、原作崩壊の流れに向かう小さな流れは確かに生れ落ち、ゆっくりと成長を続けていた。
同時刻 海鳴市 港付近の工場近く
「ジュエルシード シリアルⅠ回収完了……」
つい先ほど、散歩の途中でたまたま遭遇した暴走体を制し、その戦いの戦利品たる青い宝石を手の平の中で遊ばせながら小さく呟くのは、なのはたちよりも年上と思われる青年。
長袖のパーカーとズボン。
深く被ったフードの奥から覗かせるのは日本人独特のそれよりも数段暗い闇色に染まっている右目と無機物のような鈍い輝きを放つ左目。
そう、彼の左目は義眼と呼ばれる類のものだった。それが普通の人と違うところかと言えばそうではない。
青年を異質と思わせるのは、その身からにじみ出る圧倒的な存在感。
そして、あらゆるものを引き込む深遠の闇を連想させる圧力を伴った魔力が彼の身体から滲み出ていた。
それは何者でも飲み込み、己が色に染め上げて支配してしまうかのような黒。
明らかに周囲の一般人とは異なる存在である青年は、誰に聞かせる訳でもなくなんとなしに呟く。
「無印に介入するつもりは無かったんだが。さて、どうする――……ん? 待てよ……? 俺の手には『願いをかなえる宝石』、それと、確か無印のキーパーソンは確か……」
呟いて、なんとなしに漏れた己の言葉に引っかかるものを感じた青年は、顎に手を当ててしばし考える。
「ふむ。上手く立ち回れば……いけるか? よしそれなら早速情報収集と洒落込むか」
考えを纏め、右目に活力が篭った青年が中空に手を翳す。
すると同時に、なのはたちが使用するミッド式の魔法陣とは明らかに異なる複雑怪奇な文様が宙に描かれ、彼の姿を包み込む。
「次元境界門開放……目標座標『第一管理世界 ミッドチルダ』。転移開始」
次の瞬間、港から人影は消え、ただ波の押し寄せる音のみが無人の工場前に響くことになった。
ところ変わって聖祥小学校の昼休み
なのはたちからの昼食の誘いをやんわりと断った花梨はとある人物に会うため、普段は行かない三年四組へと足を進めていた。
開きっぱなしになっていた教室の前にあるドアから顔だけひょこっ、と覗かせて目的の人物がいないか目を凝らす。
数人の仲良しグループで机を寄せておしゃべりしている者、一人で弁当をついばむ者、購買のパンを見せ合い目当てのものを手に入れられなかったもの同士で騒ぎながらトレードしていたりと実に騒がしい。
私たちのクラスに引けをとらないわね……。
精神年齢が三十代な花梨は、純粋なお子様のアグレッシブパワーに若干引き気味だったが、教室の一番隅の席で小説片手にコッペパンをモソモソしていた目的の人物を見つけたので、教室へと足を踏み入れる。
途端、向けられる好奇の視線の数々。
聖祥小学校でいろいろな意味で有名な人物の一人である花梨が自分たちのクラスに突然訪れたことは、彼らの好奇心を非情に刺激したらしい。
何と無く居心地の悪さを感じた花梨は、身を縮ませつつ、早足で目的の人物の前に立つ。
「……」
「……」
コッペパンを咥えたまま見上げた葉月の視線と、そんな彼女を見下ろす花梨の視線が交差する。
「……」
「……(モソモソ)」
「……」
「……(モグモグ、ゴックン!)」
「……っ(ギリッ!)」
「……(モソモソ)」
「――ッ! だああ! なんか反応しなさいよ、葉月!」
無言でコッペパンに齧りつく(ただし視線は花梨の顔に向けられたままで) 親友に恥ずかしさとかその他諸々の感情を込めたシャウトが炸裂する。
そんな花梨の姿を見つつ、口に含んだコッペパンを飲み込んだ少女……『如月 葉月』はただ一言、
「あらあら、花梨さん? 淑女がそんな大声を出して……はしたないですわよ?」
そう、満面の笑みで告げるのだった。……今にも笑いを噴出しそうに頬がヒクヒクしていたが。
どうやら咄嗟にからかったのが、思いのほか良いリアクションだったために、笑いを堪えているらしい。
そんな友人の姿を見た花梨が、大人しくしていられるかといえば、無論そんな筈はなく――
「――……ッ! 葉月ぃいいいい!!」
花梨、大暴走。
むきぃいいー あらら♪ バリバリガッシャーン うわぁああー ヒュルルドカーン にょろろーん
怒れる花梨から逃げ回る葉月。そしてその煽りを受ける四組の生徒達。
校舎中に響く騒音や騒がしさを耳にしながら、先生達は職員室でノンビリまったり中。
この程度でいちいち騒ぐようでは、この学校の教師は務まらないのだ。
――今日も私立聖祥大学付属小学校は平和で賑やかだった。
時間を進めて、現在放課後。
人気の無い屋上で相対するのは高町花梨と如月葉月の二人。
まだからかわれた怒りが収まらないのかプリプリしていた花梨だったが、葉月はやんわりと嗜め、漸く機嫌を直したところで本題に入る。
「夕べ、なのはがジュエルシードと接触したわ。それと、なのはが魔法に目覚めた……今のところは概ね“原作”通りに、ね」
まるで気軽な友人に語りかけるかのように、至極あっさりと花梨は告げた。
本来なら管理外世界である地球の住人には魔法関係の事は話してはいけないというルールがある。
だが、それはあくまで“普通”の人間であればの話だった。
黒髪を腰まで伸ばした少女。お嬢様然とした優雅な物腰。
年不相応な落ち着きを持つ彼女もまた、花梨と同じく“
そして聖祥小学校の入学式で花梨と出会い、“
そんな彼女――
「そうですか……実は、私の方でも町に進入者がいないか見張っていたところ二人……いえ、おそらくは三人だと思われる転移反応を確認しました」
「どうしたの? 何か歯の間に食べ残しが詰まったような言い方ね?」
「たとえが汚いですわよ、花梨さん……まったく。まあそれはともかく、前者の二人はミッド式の転移魔法を使用していたので追跡が出来たのですが……もう一人が問題でして」
顔を伏せる友人の姿に、花梨はなぜか寒気を感じた。
常に余裕を持っている葉月が、不安そうに瞳を揺らしている。
花梨と同じく魔法使いである彼女の腕は、魔法の技量だけという点では花梨を上回ってさえいる。
そんな彼女が困惑を隠せないとは一体……?
「反応があったのは今日のお昼前、丁度四時間目の半ばあたりでしたわ。場所は港近くの工場付近。一瞬ですがジュエルシードらしき反応を確認した直後、それが消失しましたので、おそらくはその人物が封印したのではないかと。その後、程なくして転移魔法らしき反応を捕らえましたの」
「そう……やっぱり、転生者かな?」
「わかりません……。術式もまったく理解不能なものでしたし、何よりもこの謎の人物がいつ海鳴に訪れていたのかすら、わからないんです」
葉月の言葉を最初は理解できずに首を傾げる花梨だったが、やがてハッ! とした表情を浮かべ、慌てて問いただす。
「ちょ、ちょっと待って……それじゃあ何? その謎の人物は葉月の警戒網をすり抜けて海鳴に進入したくせに、何故か追跡されるような痕跡を残しながら立ち去った、って事?」
「ええ、おそらくは。この事に気付いてからすぐに探知魔法の術式を再確認したのですけれど、私の探知網に不備はありませんでしたから……相手側のやらかした、ただのうっかり……と楽観視は出来ないですね。何故か薄ら寒い得体の知れ無さを感じます。――もしかしたらこの人物は“Ⅰ”かもしれませんね」
「“Ⅰ”……!?」
彼女たちが“
”
アニメや漫画じゃあるまいし、殺人に手を出す覚悟など花梨たちにあるはずも無かった。
もし出来るのなら、それはこの世界を二次元の産物、所詮は物語でしかない、と思い込んでいる場合だ。
だが、“Ⅰ”は違っていた。
あのときの短い会話。彼の言葉には確たる“想い”が込められていたのだと葉月は言った。
『おそらくですが……彼――“Ⅰ”は、この世界を現実と同じだと受け取っておられますわ。そう、私たちと同じように。その上で、己が生きるためならば、嘗ての同胞の血で、自分の手を朱色に染め上げることを厭わないのでしょう』
彼女の能力で読み取った“Ⅰ”の“想い”。
それを聞かされた時、花梨は背中に氷柱を差し込まれたような気がした。
もし相手が勘違い系の人物であったならば、たいした問題は無かった。
こういう人物は、総じて自己破滅する傾向があるし、『殺す』とかいう言葉を多用するものの、実際に命やり取りをする勇気は無いのが普通だ。
何しろ、彼女ら転生者たちは基本、平凡な人生を生きてきた者たちであり、そういった人種は命のやり取りなどに関わる機会など無いのが普通であるからだ。
――だが“Ⅰ”の場合は違う。
今生きているここが彼の生きる現実の世界だとはっきりと認識している。その上で、自分が生きるために誰かを殺すことに躊躇は無い。
花梨たちのように参加者同士で協力し合うつもりも無く、最後の一人になるまで生き抜いてみせるという揺るぎない意思をもっているかの人物は、決して心が折れないだろう。
“ゲーム”を止めるという目的の上で行動している彼女らにとって最大の障害となりうる存在、それが“Ⅰ”。
だからこそ花梨たちは、街中に探知魔法を常置させ、他の転生者が現れれば即座に探知、対処できるように備えてきた。
実際、二人の転生者はその後の動きも把握できている。だが――
「からかっているのか、何か他に狙いがあるのか……。ジュエルシードが最低でも一つはあちらさまの手の中。私たちは今のところ対処のしようが無い、か。ホント、伊達に優勝候補なんて呼ばれてないワケよね……」
「ええ……とにかく、探知は引き続きおこないますわ。それと夕べ、転生者の片方と接触できまして、私たちの仲間になって下さるそうなんですよ」
「え? ホント!? そっかぁ……あ、ひょっとしてその人、アルクって名前じゃない?」
「え? ええ、そうですが……お知り合いでしたの?」
「ううん。ユーノ君から幼馴染の仲間だって訊いてたから。じゃあ、今は葉月の家に?」
「はい。野宿は流石に危険ですし……それにもう一人がどんな人物なのかわからない以上、下手に戦力を分散するのは危険かと思いまして。今晩は追跡をしているもう一人の転生者の方と接触してみようと思っていますから、彼には私の護衛を」
「なるほどね。わかったわ。私は引き続きなのはとユーノ君と一緒に行動するから……何かあったら連絡しあいましょう」
「ええ、了解ですわ。花梨さんもお気をつけて」
手を振り、花梨と分かれた葉月は鞄を取りに屋上を後にしようと扉に手をかけ――
「――本当に、何事も無ければ良いのですけれども……花梨さん、どうかお気をつけて」
ユーノからの念話で、神社にジュエルシードの反応があったと聞き、文字通り飛んで行った友人の背中へ、そう投げかけたのだった。
【中間報告】
“ゲーム”の舞台時間軸:魔法少女リリカルなのは:無印
現在の転生者総数:八名
【現地状況】
“Ⅰ”:ジュエルシードを一個確保。何処かへと転移し、なにやら探索中。
“Ⅵ”:高町なのは、ユーノ・スクライアと合流のために神社へと急行中。
【ジュエルシード回収状況】
“Ⅰ”:一個
“Ⅱ”:なし
“Ⅳ”:なし
“Ⅵ”(原作チーム):二個
“Ⅲ”及び“Ⅶ”チーム:一個
未封印数:十七個
2012.11.14 一部、微修正