魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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まさか微修正を繰り返していたら一ヶ月もかかるとは予想外(汗)。
なかなか感想も返せず申し訳ないです。
けど、プロットの微修正も完了したので次はもっと早くupできる……ハズ。


魔弾と雷槍

モビルスーツ姉妹もずいぶん派手にやってるみたいね。急ぎなさい、エリオ」

 

「了解です! ……って、あの~、そんな呼び方して大丈夫なんですか?」

「どっかの子どもが口を滑らせなきゃ大丈夫でしょ」

 

ナカジマ姉妹と別行動をとり、コンビを組んで【ゆりかご】を目指すティアナとエリオ。

軽口を交わす彼らの様子に気負いの素振りは見受けられず、これから戦いに赴かなければと言う焦燥感は微塵も感じられない。

それ即ち、彼らはフォワードメンバーが一流の魔道師の領域の住人へと成長した証と言えよう。

身体強化の恩恵を受けた脚力にものを言わせてハイウェイを突っ走るエリオに牽引されているティアナの手元には情報収集に努めるロングアーチから転送されてくる戦局の情報が表示されている。

なのはの訓練を経て女性一人を抱えて全力疾走しても息切れしない程度のスタミナと馬力を身に着けたエリオ。

俊敏性はともかく、走る速度は一般的なレベルに留まっているティアナは、今回の相棒の成長に目をつけ、最大限に生かす方法を見出した。

それがこれ。疾走するエリオにアンカーを巻きつけ、足の裏に浮遊魔法【フローターフィールド】を展開することで地面との摩擦をゼロにし、引っ張らせるというもの。

足の遅い片割れに合わせて進軍速度を低下させるのは愚策と判断したティアナの決断で実行したわけだが、思いのほか馴染むもんねと苦笑。

まるで元気が溢れる飼い犬に引っ張られる飼い主のようだと本人が聞いたら愉快なことになりそうな感想を抱いてしまう。

 

(今度、スバルの奴でも試してみますか)

 

犬耳、尻尾付きの相方がナデナデを期待する顔でソリに乗った自分を引っ張る。

ふと脳裏に浮かんだ微笑ましい(?) 妄想を脳内フォルダー(永久保存版)へ保存しつつ、まるで水上スキーのように大地を滑るティアナ。

このまま順調にいけば、一時間もかけずに目標地点にたどり着くことができるだろう。

まあ、もっとも――

 

「そう簡単に懐へ潜り込めるわきゃあ無いわよねっ!」

 

神速の抜き打ちで放たれた魔力弾が建物の陰から発射されたミサイルを迎撃する。

降り注ぐ残骸の欠片を掻い潜りながら駆け抜けるエリオだったが、唐突に背筋を冷たい悪寒が駆け上り、己が直感に従い真横へ飛びのく。

地面を蹴った瞬間、空気を焦がす嫌な臭いと共に降り注いだ真紅の閃光がハイウェイを穿ち、瞬く間に蜂の巣へと変えていく。

明らかに昏倒程度で済ませるつもりがない敵に、エリオの頬が引き攣る。

だが、尻込みしそうになってしまった少年の背中を叩くことも、相棒であり指揮官でもある彼女の役目だ。

軽やかに着地を決めたティアナが、勢いよく少年の背中を引っぱたいた。

 

「うい゛っ!?」

「この程度でビビってんじゃないの。悪いお姫様をかっさらうんでしょ? しっかりしない王子様!」

「あいたたた……って、攫うとか物騒な」

「違うの?」

「……違わないです」

「よろしい。――じゃ、露払いは私に任せない。アンタはまっすぐ、あの娘の元へ駆け抜くの。いいわね?」

「――はい!」

 

二人の周囲を旋回するように浮遊する真紅の機体。かつて相対した赤き強敵が、おぞましい化け物を引き連れて立ち塞がった。

 

【威勢のいいことだ。だが、無謀ともいえる。これが若さか……】

 

呆れの意を含めつつ、1号機から射出された自立軌道砲台(ファンネル)の砲口が若き敵を捕捉する。

 

【ようやく待ち望んだ戦争だァ、そう簡単に終わってくれんなよォ?】

 

両腕部の大鋏を打ち鳴らし、歓喜の雄叫びを上げる2号機のツインアイが妖しく輝き、標的を映し出す。

 

【ほーぉ? あんたらの狙いはお嬢様ってワケだ。なるほどねぇ】

 

言い得ぬ狂気を滲ませながらも飄々とした口ぶりで障害を観察する3号機。

かつてティアナがスバルとのコンビで打ち倒すことが叶わなかった鋼の強敵を前にして、ティアナは不敵に、口端を吊り上げる。

大胆にして不遜。まるで楽しいショーの始まりを告げんばかりの獰猛な笑みを見せるティアナは、包囲陣形を構築しつつある敵に身構えるエリオの襟首を掴んで持ち上げると、戸惑う少年が反論する暇も与えず、全力で真正面に投げ飛ばした。

 

「ちょ、えええええっ!?」

『騒ぐな、止まるな、戸惑うな。この鉄屑どもは私が始末つけるからアンタは先行しなさい』

 

脳裏に届いた念話による指示を受け、たたらを踏みながら着地したエリオに親指を立てた片腕をつきだす。即興のコンビネーションで切り崩せるほどこいつらは容易くない。

ならば、あえて戦闘経験がある自分が一人で受け持った方が勝率は計算できる。そうティアナは判断した。

僅かに戸惑うエリオであったが、チームリーダーたる彼女への絶対な信頼が決断を後押しした。

 

「わかりました……ご武運をっ!」

「あいさ」

 

駆け出したエリオの背中に軽口を返し、両手に具現化した【クロスミラージュ】を交叉させるように構え、不敵に宣言する。

 

「と、言う訳よ。鉄屑共、アンタたちはここで私がスクラップにすることが決定してるワケ。わかった? なら――さっさと始めましょうか」

【ほぉ~う? 言うもんだねぇ、お嬢さんよォ……。ケドなぁ……俺は生意気に粋がったガキがいっちばん嫌いなんだよ!】

「あら、奇遇ね。私も脳髄(AI)が錆び付いた不良品は嫌いなの。リサイクルも効かない粗大ゴミはバラすのが一番よね」

 

互いに一歩も引かない罵倒の応酬。

だが、舌戦というものはいずれ終わりを迎えるは必定。

前振りも無く、宣言も無い。

ただ目の前の敵を撃ち抜くための弾丸が放たれたのは、ほぼ同時のことだった。

弾け飛ぶ魔力弾とレーザー光の残滓。光速で迫るレーザーを弾丸で撃ち落とすという離れ業を成し遂げたティアナは、銃口から昇る薄い白煙を振り払うように身を翻し、その場を離脱。その次の瞬間、彼女の足場だったアスファルトが幾重もの閃光で射抜かれていった。

見上げれば、1号機のファンネルがティアナをロックしており、それぞれが意志を持つかのように彼女を追い込み、撃ち抜かんと迫り来ている。

身を隠す遮蔽物が無いこの場に留まるのは不利と判断したティアナは即座に移動を開始するが、それを予測できない程、特別なカスタマイズを受けた

ガジェットたちは愚かではない。背を向けた彼女へ向けて、レーザー、ミサイルからなる容赦のない攻撃が降り注ぐ。

 

「っ!」

【ぬう!? 見向きもせずに避けるとは! 彼女はもしや……ニュータイプか!?】

【いんや、違うな。あの小娘……音で俺らの攻撃を予測して捌ききってやがる】

 

ファンネル独特の駆動音を耳で捉えて砲口が向けられた方向を予測、エネルギーが収束する僅かなタイムラグを使って射線上から離脱する。

しかも、ミサイルなどの実弾の軌道とレーザーが重なる様に動くことで、誘爆を招く。かつて相対した未熟な少女からは想像も出来ない空間認識能力と度胸を身に付けた好敵手に、素直な称賛を抱く。

だが、2号機は違った。戦争狂であるとある人物の性格をインストールされた彼は闘争というものを愉しむ気質を持つ。

この場合の闘争とは、強者たる己が弱者をいたぶり、嬲り殺す事。それ故、生意気にも足掻こうとするティアナの行動が不快に映ってしまう。

 

【アァ!? テメ、何避けてんだカスが! ――ファング!】

 

しょっぱなから激情を顕わにした2号機が編隊を自ら放棄して突出、自立機動兵装【ファング】を射出してティアナを包囲しつつ多角的な攻撃を仕掛けた。

上下左右を塞ぐように閃光(レーザー)を放ち、彼女が回避した場合の動きを予測し、そこに追撃を仕掛ける。

二手、三手先を読む狩人のように精密な連続攻撃が、ティアナ目掛けて殺到する。

常識に当て嵌めるのならば、レーザーの包囲網からティアナが逃れる手段は存在しない。

いかに高速並列思考を可能とする魔道師とて、実際に回避行動を行う肉体面では普通の人間の域を超越出来ていないのだから。

どこぞの、光よりも速く動けるバケモノと違い、ティアナはごくごく普通の人間でしかないのだから。

しかし、ティアナが目指すのはそんなバケモノの住まう領域に足を踏み入れている『生涯の相方』の背中。

この程度の危機を乗り越えること出来なくして彼と同じ未来を歩むことなど出来ない!

 

「真っ直ぐ前を見つめ、大地を踏みしめる様に意識を集中させて――」

 

ぽつりと呟きながら前傾姿勢をとるティアナ。滅びの閃光による牢獄が迫り来る中、光の合間を見抜き、ただ真っ直ぐにそこを目指して――大地を蹴る!

瞬間、ギュボッ! という炸裂音を置き去りにして、ティアナの身体が閃光の隙間を掻い潜って跳び出した。

 

【ナニィ!?】

 

コンマ数秒でセンサーの範囲外へ離脱されたため一時的に標的を見失った2号機がカメラアイを煌めかせて標的を再捕捉しようとするが、その隙を見逃すほど若きガンマンは甘くない。

瞬間移動の如き高速移動を行いながら身体を捻り、装弾されているカートリッジ全てをロードする。

オレンジ色のスパークを迸らせつつ大地を駆け抜け、暴れ狂う魔力の反動を奥歯を噛み締めて抑え込みながら標的の真下へ潜り込み――振り向きざまに銃口を2号機へ向けて引き金を引く。

内包魔力が空になった薬莢が射出され、マズルフラッシュと共に撃ち放たれた貫通属性を付与された魔力弾はレーザーの網を掻い潜るかのように直進し――着弾。

油断と傲慢が生んだ隙を見抜かれた2号機は強固な装甲をものともせず貫通したたった一発の弾丸によって、鋼鉄の肉体を撃ち抜かれることとなった。

 

「っぐ――!」

 

カラン――……と、空薬莢の落下音と共にティアナの口から苦悶の声が零れ落ちる。

見れば、左の手首が赤く晴れ上がり、【デバイス】を構えることがやっとといった状態だ。

だが、それも当然の結果だろう。フルカートリッジロードによって瞬間的に限界値を超えた魔力を操作したのだから。

しかも魔力制御と言った技術によるものではなく、暴れ馬を力技でねじ伏せたようなものなのだから、無傷で済むはずも無かった。

敵を前にして負傷箇所を抑えて立ち止まると言う愚を起こさなかったとはいえ、焼きごてを押し当てられたかのような痛みに僅かであるが硬直してしまったティアナ。

それは一流の領域に立つ者にとってあまりにも大きな――隙となってしまう。

標的から意識を反らしてしまったティアナを見て、赤き鋼鉄の戦士たちが動く。

ブースターを吹かし爆発的な推力を以て襲いかかる3号機。

【あげゃあげゃあげゃ!】 と、独創的な狂笑と共に引き抜かれたMGNビームサーベルをティアナ目掛けて振り下ろした。

 

「ぐっ……このぉ!」

【あぁ? カッ、ハハハ! このタイミングで避けやがるかよ!】

 

唐竹割りに振り下ろされた真紅の斬閃を地面を転がるように避け、無事な方の腕に具現化させたもう一丁の【クロスミラージュ】のグリップでMGNビームサーベルを握るアームを叩きつける。近接戦闘用のダガーモードへ変形させてからの対処では間に合わないと言う判断によるものだった。

鋼を殴りつけた鈍痛と衝撃に腕が痺れそうになるが、ハンドガンタイプのデバイスを打撃武器として利用してくるとは予想外だったのか、はたまた単なる偶然か。ティアナの一撃は人間の指を模したマニュピレーターに直撃し、これを機能不全に陥れる事に成功した。

だが代償としてクロスミラージュの銃身に亀裂が奔り、精密なカートリッジシステムにまで達するダメージを受けてしまったのは痛い。

 

(しまった!? これじゃあ、“アレ”を使えない――!?)

 

思わず舌打ちを零しそうになるティアナ。だが、相棒たる『彼女』はそんな『主』を叱咤する。

 

【マスター、この程度の損傷で機能不全に及ぶほど私は軟弱ではありませんよ】

「クロスミラージュ……!?」

【私たちはパートナーです。戦いで傷つくことも、勝利の美酒を味わうことも同じくする一心同体の存在。貴方が目指す『英雄の相棒』と言う栄光を勝ち取るその瞬間まで……いえ、貴方と言う存在が終わりを迎えるその時まで私はずっと共に在ります。ですから――見せつけてやりましょう、私たちのチカラを!】

 

何時になく饒舌な愛機に最初こそ呆気にとられていたティアナ。

だが、この程度の損傷などどうと言うことはないと強気に返す愛機の頼もしさに頬が緩む。

そうだ、魔導師とデバイスは一心同体。自分も『彼女』も、この程度の傷で立ち止まるような軟弱者であるはずがない!

亀裂が奔るクロスミラージュの撃鉄が起き、自壊を厭わずに更なるカートリッジをロード。

魔力が集束されていく銃口を3号機のカメラアイに叩きつけ、引き金を引く。

と同時に、3号機の背部に装備されていた巨大な大砲がティアナの額へ向けられ、レーザーを集束させた魔力砲が打ち放たれた。互いにほぼゼロ距離からの射撃。

回避は不可能! ……のハズ(・・)だった。

ガギンッ! と鉄が拉げる音が銃音と重なり合う。驚愕で声を失ったのは第3者の視点から戦闘を見ることが出来た1号機。

モノアイの光が小さくなり、まるで瞠目しているかのよう。彼の眼には何が起こったのか、はっきりと焼き付いていた。

銃口を互いの額に押し当て、同時に引き金を引いたティアナと3号機。普通に考えれば、互いに致命傷を与えた相討ちになるはずだった。

だが、結果はどうだろう。

勝者と敗者には明確な差が生まれ、確たる現実として目の前に広がっている。

砲撃で薄皮を焼き斬られ、鮮血で赤く染まった額に包帯を巻きつけるティアナ。頭部を吹き飛ばされて沈黙する3号機。

そう、先の攻防はティアナに軍配が上がったのだ。

それを成し遂げた技、その名を――

 

跳弾(リフレクトショット)……!】

 

声に戦慄が滲む。

先の攻防で交叉した瞬間、ティアナは痛めていた筈のもう片腕で握りしめていた【クロスミラージュ】を地面に向けて発砲した。

射出された弾丸は地面を穿つことなく、まるでゴムボールのように跳ね上がって3号機のMGNメガランチャーの銃身へ襲いかかったのだ。

真下からの衝撃で照準がずれた上に、そこからさらに首を捻ることで紙一重の回避を成功して見せたティアナ。

機械仕掛けの戦闘兵器故の正確無比な射撃精度。それ故に、僅かな誤差で射線を外すことができると読み切ったティアナの計算と度胸が生んだ勝利だった。

 

【――見事だ。これが……人間、の……底力か……】

 

1号機の外部スピーカーから吐き出される単語がノイズ混じりの言葉の羅列へと化していく。

機体各部から火花が飛び散り、構えられていたライフルの銃口が降ろされていく。機能停止したファンネルが地面に落下していく中、胴体を貫通した短剣(・・・・・・・・・)を投擲した敵への称賛を上げる。

 

【ふ……ま、まさか、MGNメガランチャー発射の際に起こった閃光に紛れてデバイスを投げつけてくるとはな】

 

後方にいたはずの1号機、彼の胸部にはダガーモードへ変形したクロスミラージュが突き刺さっていた。

そう、3号機を撃破したティアナの姿が砲撃の閃光で隠れた瞬間、ダガーモードへ変形させたクロスミラージュを1号機に向けて投擲していたのだ。

しかも、もう一丁から弾丸を放ち、飛翔するダガーの柄尻に命中させることで威力と貫通力を高めるというおまけつきで。

結果として、先の攻防に目を奪われてしまった1号機は突然の不意打ちに対処しきれず、撃墜に至る致命傷を受けてしまったのだった。

ぐしゃり、と落下する1号機のモノアイから光が消え去ったのを確認し、ゆっくりと近づいたティアナが突き刺さったままの【クロスミラージュ】を引き抜く。

 

「ふう……どうにか片付いたわね。――ありがと、相棒」

Don't mention it(どういたしまして)

 

銃身のの至る所に歪みと亀裂を刻んだ痛々しい姿でありながらも不敵な返事を返した愛機につられるように、ティアナもまた天を仰いで口遊む。

 

「Jack Pot♪」

 

ティアナ・ランスター、赤き3連星――撃破。

 

 

――◇◆◇――

 

 

エリオは走る。

ティアナは任せろと言った。

信頼する仲間の言葉を信じ抜く。

それがエリオの信念。

故に、振り返らない。

真っ直ぐ視界にとらえた目的の『少女』を見つめたまま、ハイウェイを一直線に駆け抜ける。

そして……、

 

「……キャロ」

 

息を整え、救いの手を差し伸べると自らに誓った少女と三度目の邂逅を果たした。

だが、ふと違和感を覚えた。

容姿も、出で立ちも、魔力の気配も変わらないはず。なのに、かつてない警告を叫ぶ己の本能は一体どうしてしまったと言うのか!?

困惑を隠せぬまま、それでも話をしなければ始まらないと判断し、槍の切っ先を下げながら声をかけ――

 

「――あは♪」

「ッ!?!?」

 

刹那、脊椎が凍結されたかのごとき寒気と恐怖が全身を駆け巡り、確認もせず全力で後方へと跳躍した。

エリオが地を蹴ったのに僅かに遅れて、彼の立っていた場所へ毒々しくも生々しい鎖が幾重にも降り注いだ。

【アルケミックチェーン】だと理解するのと同時に、エリオはようやくキャロと視線を合わせることが出来た。

そして――悟る。

彼女は、もう……

 

「あは、ははァははははははははっ!!」

 

どうしようもなく手遅れなほどに、狂ってしまっているという理不尽な現実に。

「失われし異界、狂気と闘争が支配せし竜なる者共の巣まう世界よ! 我が血肉、我が魂を以て汝らの王をここに顕現させる! 竜軍召喚!」

 

召喚祝詞に呼応して脈動するデバイスコアから人間の腕――しかも血肉をこそぎ落とされたかのような白骨が4本飛び出したかと思えば、キャロの胸部へ抉り込むように突き刺さった。

肉体と言う皮を引き延ばすかのように引き裂かれる胸部。暗き闇を思わせる空間が垣間見えるソコからズルリ、と。巨大なナニカが這い出してくる。

小柄な少女から生まれ出でたのは、二体の異形。細身の翼竜を思わせる漆黒の異形は剣を連想させる双翼を羽ばたかせて飛翔し、2対の歪な頭部とアンバランスな身体構造が目を惹く巨獣がアスファルトを踏みしめる。

瞬間、地響きと共に走った亀裂が生み出す粉塵が煽られるように舞い上がり、大陸そのものが震えあがったかのような錯覚を見る者に与えてきた。

圧倒的な存在感と力を持つが故に纏った絶対的強者のオーラ。

召喚主である少女を守るように彼女の背後で浮遊する黒き翼竜と興奮による唾液をまき散らしながらエリオを睥睨の視線で射抜く巨獣はまさに人知を超えた怪物であるという何よりの証。

「な……なんなんだこいつら!?」

それはエリオが知る生物の範疇を超えた存在だった。

黒い翼竜は漆黒の鱗に覆われた蛇に剣を重ね合わせたかのような翼を取り付けたような姿。

闇……いや、あれは”影”だろうか?

召喚主であるキャロを覆い隠す様に控える様子から見て、彼女へ一定の忠誠心を抱いていることを匂わせる。

一方、もう片方の異形は死竜王と近い存在だとエリオは感じた。

なにせ同じなのだ。己を『空腹を満たす獲物』としてしか認識していない化け物の眼が。

肉体の大半を占めるのは大きく前方へせり出した二つの肉塊。

まるで腕のようにも見えるソレの先端には巨大な牙を備える咢が備わり、後端で一つにつながった部位……胴体だろうか? そこから拉げた足が生えている。

腕と脚、肉体を構成する部位(パーツ)を強引にくっつけたかのようなアンバランスさ。

だが、見た目のマヌケさに敵を軽んじる事は出来ない。なぜならば――

 

『グゥラァオオォォオオオオオオ!!』

「っ! 見た目より速い!?」

 

地面を踏みしめ、前傾に身体を倒したかと思った次の瞬間、豪風の如き突進で襲い掛かってきたからだ。

とっさに真横へ跳躍し難を逃れたエリオの雷槍が煌めき、で化け物――”剛竜王”デス=レックス=アームズの首へと叩きつけられる。

雷を付与された刃は鋼鉄すらたやすく両断する切れ味を誇る。しかし、四肢を引き裂かれた分体の一つとは言え、敵は人外の生命力を持つ竜の王。

”優秀”な魔導師程度の小僧にたやすく首を落とせるほど生易しい存在ではない。

 

「斬れ……ない!?」

 

皮膚は切れた。肉も切り裂く感触があった。だが、それだけだ。

骨を切るどころか、肉の中ほどで刃は止められてしまう。

双頭を備える剛竜王の咢が愉悦に歪んだように見えた。

まるで、それがどうしたと言わんばかりに。貴様程度の刃など恐れる必要すらないのだと言いたげな表情で。

悔しさと屈辱に少年の顔が歪む。少女を救うためにできることをやりきったという自負を穢されたのだから当然のことかもしれない。

しかし、各上相手の殺し合いの場では、小さなプライドなど戦いの邪魔にしかならないことに、エリオは気づいていなかった。

故に、

 

「隙ありぃ♪」

「ごっ――!? ッかは……ッ!!」

 

敵は腕足だけでないことを失念してしまったエリオの腹部から漆黒の槍が生まれ出た。

混乱で揺らぐ視線で捕えたのは、己の足元から剣山のように生えた影の槍。エリオは気づけなかったが、腕足が突撃をしかけた瞬間にもう一方の竜”闇竜王”デス=レックス=ウイングが翼を広げ、己の影とエリオの影を重ね合わせていた。

彼の能力は”影”を媒介として己や肉体の一部を転移させたり、”影”を圧縮してた影の槍を生成できる。

これによって、意識を散漫にした少年を串刺しにしたのだ。

一方のエリオ。混乱の渦に囚われながらも、反射的に今までの教導で教え込まれた対処に動く。

吐き出しそうになる鮮血を無理やり飲み込んで、反射的にソレを切り飛ばそうと槍を振るおうとする。

 

『逃げられると思ってんのか、クッソ餓鬼がァ!』

「あぐぅ!?」

 

刃が振り下ろされるよりも早く、【デバイス】を握ったエリオの片腕に剛竜王が喰らいついた。

二つ名が示す通りの剛力(ごうりき)にものを言わせて喰いちぎろうとするが、一瞬早くエリオの全身から電が放出され、剛竜王の咢を焼き焦がした。

悲鳴と共に生まれたわずかな隙間から腕を引き抜き、距離を取る。

上下二本ずつの犬歯しかなかったことが幸いして腕を食いちぎられることだけは免れた。ただ、代償として利き腕に軽くない火傷を負ってしまった。

希少能力の恩恵で雷に対する耐性が高いとはいえ、肉体の内側から爆発させるように放出したのだ。

肉は焦げ、溶けた鉛を神経に流し込まれたかのような激痛がエリオを襲う。

奥歯を噛みしめて激痛に耐え――倒れ込むようにその場でしゃがみ込む。

刹那、頭のすぐ上を通り過ぎる黒い影。闇竜王が尻尾を薙ぎ払ったのだ。直撃こそ避けられたものの、巨木すら容易くなぎ倒すソレが生み出す風圧に抗う術を少年は持ち合わせていなかった。

うねる風に煽られてたたらを踏むエリオ。

咄嗟に【ストラーダ】の切っ先を地面に突き刺して飛ばされるのを防ぐ事は出来たが、それは同時に機動力と言う強みを自ら消失してしまったということと同義であった。

動きを止めてしまった小さな獲物へぶつけられる侮蔑の視線と狂笑まじりの咆哮。

叩き付けられる殺意に自らの失策を悟る余裕すら与えられぬまま、エリオは暴走トラックに跳ね飛ばされたかのような衝撃に襲われることとなった。

硬い地面の上をバウンドで吹き飛ばされながら、喉奥から込み上げてきた鮮血を吐き出す。苦悶の声を吐くことすらできない。

いくつかの内臓を潰されてしまったのだろう。手足の先の感覚が薄れ、まるで水の中に落とされたかのような錯覚を覚える。

視界の半分が真っ赤なペンキで塗り潰されていくのは瓦礫の欠片で額を切ってしまったからか。コヒュー、コヒュー……と、呼吸音も可笑しい気がする。もしかしたら、肋骨あたりが折れて肺に突き刺さっているのかもしれない。

幸いと言うべきか、まだ力の入る両腕で支えにした槍をよじ登る様に身体を起こす。

下半身の感覚がどんどん薄れていくのを自覚して、自分にはあまり時間が起こされていない事を悟る。スピードを武器とするエリオにとって、脚力を潰されたのは死活問題だ。

陸戦魔導師である己はフェイトのように縦横無尽に天空を飛翔する超高速戦闘技能を習得できない。

故に、地上での瞬間的な加速力を磨き上げてきたエリオにとって、今の状況は絶体絶命以外の何物でもない。

 

「あれれ~? そんなボロボロにされてもまだ心が折れていないみたいですねぇ?」

 

色彩を失い、曇りきったガラスのような双眸がエリオを射抜く。

フェイトをリスペクトしたジャケットは完全に消失し、頭部から絶え間なく流れ落ちていく鮮血が左半身を真っ赤に染め上げている。

身体中の骨も歪みが生じているらしく、姿勢が所々オカシイ。

脚はガクガクと痙攣を繰り返し、もはや立っているとは言えない状況なのは一目瞭然だ。

なのに……、

 

(あんなボロボロにされてるくせに、どうして心が折れてないんだろ? 参加者の白い(ヒト)にあててるデス=レックス=ヘッド(フリード)がいないからどうにかなると思ってるのかな?)

 

エリオの瞳は力を失っていなかった。いや、むしろ傷を負うごとに輝きを増し爛々と光り輝いているではないか。

戦い始めた直後では覚悟の炎と言う名の蝋燭レベルだったというのに、満身創痍の今は燦然と光り輝く太陽を彷彿させるのは一体どういうことなのか。

 

「……まだ、希望が残ってるとでも言いたげな眼ですね。――気に食わない」

 

焦燥にも似た激情がキャロの腸で煮えたぎる。これだけ絶望的な力を目の当たりにしたというのに、これだけの拒絶をぶつけたと言うのに、未だ折れる兆しを見せないエリオの姿が、在り様が、無性に……気に入らない。

死竜王の狂気に汚染され、家族を除いた他者から向けられる優しさを受け入れることが出来なくなっているキャロにとって、どれほどの傷を負わされようとも立ち止まるつもりは無いと覚悟を決めた少年の闘志は琴線に触れるほど不愉快なのだ。

故に、己が分身たる手足(剛竜王)(闇竜王)に命じる。ピッ、と立てた人差し指で憎々しい敵を指し示し、不愉快で受け入れられない『敵』を滅ぼすための命令(ことば)を。

 

「――殺して」

 

召喚主(けいやくしゃ)の命に、二頭の竜王は大気を震わす咆哮で応えた。

半死半生の獲物を今度こそ仕留めてやろうと滾る剛竜王が先陣をきり、翼をはためかせた闇竜王が後に続く。

細かい指示など必要ない。圧倒的な暴力を体現する『竜』と言う存在は、そこに在るだけであらゆる命を奪う簒奪者となりうるのだから。

故に、キャロは己が勝利とエリオが事切れる姿を幻視し、ほくそ笑む。

なんて身の程知らずで無謀な子どもだったのだろうと。

まるで自分に言い聞かせるように。

 

――チクリ、と痛む胸の違和感に気づかないフリをしながら。

 

だが、絶望的な状況においてなお闘志を失わない少年がひとり。

エリオはこの状況(これ)を待っていたのだ。

勝利を確信し、手勢が両方とも自分への攻撃に意識を集中させるたった一度だけ訪れる状況を。

キャロの戦術は完璧だった。

召喚した竜たちを無作法に暴れ回らせているように見えて、実は必ずどちらか一方――大抵は闇竜王がだが――を当人の護衛として一定の距離から放していなかった。

影を通して遠距離攻撃が出来る闇竜王を援護に専念させ、キャロが攻撃を受けた時にすぐ対処できるような位置取りを心掛けていた。

もっともこれは作戦というよりも竜自身の気質による割合が大きい。

敵を屠る事こそを絶対と考える剛竜王と異なって、主を気遣く優しさを持つ闇竜王だからこそ、自ら彼女のガードを務めていたのだ。しかし、理解不能な苛立ちによって勝利を焦り、エリオの打倒を優先したことで彼女の構築していた完璧な陣形は崩れ落ちた。

死竜王の狂気に汚染されてしまった事による思考力の低下、「もしかして……」と淡い期待を抱いてしまいそうになる己の考えを振り払おうとする焦り。幼い精神が生んだ起死回生の一瞬をモノにすべく、少年騎士が遂に切り札をきる。

 

「花梨さん……使わせて貰います」

 

嗤う膝に褐を入れ、両足でしかと大地を踏みしめる。

槍を握り締めていた腕を解き、腰後ろに備え付けていた小さな小物入れに忍ばせて花梨から授けられたある物を取り出す。それは一見すると包帯のようにも見える黒い布。

表面に幾何学模様で呪文らしきものが書き込まれたソレをバンテージのように両手に巻きつける。

続いて、ズボンのポケットから取り出したのは黒塗りの穴あきグローブ。

所々に金属板が仕込まれ、どことなく刺々しい印象を見る者に感じさせるソレをバンテージの上から嵌め、具合を確かめる様に指を開いたり閉じたりを繰り返す。

迫り来る暴虐の咢の放つプレッシャーに煽られ、暴れる心の臓を落ち着かせるように胸板を拳で叩き、深い息を吐きながら【ストラーダ】を再び握り締めた。

 

「これで準備は整った……。よし、往くぞ!」

 

エリオは頭上で回転させた【ストラーダ】の切っ先を剛竜王へ向け、残されたすべての力を注ぎ込んで前へと踏み出す。

もはやいつ倒れてもおかしくない位の血液を失ってしまった。

直撃を受けたらそこで終わる紙一重の駆け引きは精神と魔力を擦り減らし、もはや余力が残っているとは言い難い。

故に、残されたすべてを賭ける。

そのための切り札こそ――【ストラーダ】に組み込まれた第三の形態『フルドライブモード』。

 

「これが僕の全力だあッ!!」

 

裂帛一陣。

 

鍛冶窯で鍛え上げられる玉鋼のように赤熱化していく愛槍を携え、雷光の騎士が駆けぬける。

【ストラーダ】から放出される凄まじい蒸気。緋色の刃と化したソレを目の当たりにして、剛竜王の眼に初めて驚きの色が浮かび上がった。

剛竜王の驚愕も当然だ。フルドライブを発動させた【ストラーダ】は、灼熱に燃え滾る炎の槍と化しているのだから。

雪菜の使う魔導と魔術の融合。

リンカーコアと魔術回路と言う異なる魔力動力源を並列稼働させることで強大なエネルギーを生み出す異世界の技法を模倣した絶技、それこそが【ストラーダ】フルドライブの正体。

【デバイス】の内部に張り巡らされた魔力回廊は、通常一方通行の一本のみ。

しかし【ストラーダ】には、二つの魔力回廊を螺旋状に絡みつかせた特注のシステムを組み込んであった。

通常時は片方の回廊のみを駆動させ、フルドライブ時には二種類の魔力の流れを生み出す。

螺旋構造にしているのは、そうすることで互いの魔力が干渉し合い、増幅するためだ。

だが、完成されたシステムである魔力回廊を二倍に増やしたからとって単純なパワーアップが計れるはずも無い。むしろ、【デバイス】に大きな負荷をかける結果になってしまった。

その証拠が、過剰魔力の暴走による内部からの自壊……【デバイス】全体の赤熱化だ。

しかも、溢れ出す魔力が【デバイス】に振動を産み、まともに振るう事も出来ないほど暴れまわる。

そう、現在の技術ではこの技術を実用化することが不可能なのだ。

しかしエリオはこの欠点を外部装備(オプション)を使うことで解決して見せた。

書き込まれた呪文によって当人の魔力を必要としない腕力強化を可能とする“剛なる腕(ヤールイングレイプル)”によってデバイスの暴れを抑え。

マグマの如き超高温にすら耐えられる耐熱性を有する“灼熱の指(メギョンギョルド)”によって赤熱化を克服する。

ミッド式魔導の産物ではほとんど暴走状態である【デバイス】と反発し合ってしまうから不可能な策だが、全く別系統の魔術による産物……『宝具』ならば問題はない。

 

これこそがエリオの導き出した最強の必殺技(一手)! 

その名を――……!

 

「一閃ッ! 必中ゥ! 『極天打ち砕く雷神の騎鎚(ニョルニル・ハンマー)』ァァアアアアアアッ!!」

『『――ッ!? グゥァアアアアアアアアッ!?』』

 

雷神の代名詞である神鎚の名を冠した閃光が、迫り来る死の具現……剛竜王と闇竜王をいとも容易く撃ち貫いた――!

 

「や、やった……?」

 

血肉を焼かれ、骨を砕かれた竜王たちが崩れ落ちていくのを気配で感じ取り、エリオは呼吸を整えながら呆然と呟く。

魔力を出しきり、ほとんどのカートッジもジャケットを破壊された時に消失してしまった。

こんな事もあろうかと習得しておいた簡易治癒魔法を自身にかけて止血を試む少年には、もはや振り向く体力すら残されていない。

もし今、敵の追撃を受けてしまうと逃げることも防ぐことも出来ず、無残な躯へとなり果てることだろう。

だが、小さな騎士が総てを賭けた一手は、勝利の女神の祝福を受けるだけの結果を齎したようだ。

エリオの視線の先で、胸元を抑えて苦悶を零していたキャロの身体が痙攣したかのように大きく跳ね上がり――硬直。次いで、全身から力を失い、そのまま倒れこんだ。苦悶の声すら聞こえない所を見るに、どうやら召喚獣のダメージがノックバックした衝撃で気絶したようだ。

 

「かっ、た……のか? は――ははっ。そっか、勝ったんだ僕」

 

胸の内から湧き上る歓喜に震える。

彼女の様子から今まで以上の言葉の説得は無理と判断し、教官譲りの『駄々っ子はとりあえずぶっ飛ばしてからお話』しようと判断したのは正しかったと言う事か。

激痛の走る身体に鞭打って近づき、無垢な寝顔を浮かべる少女を抱き寄せる。

これから先、決して容易くない贖罪の日々を送ることになるだろう。

けれど、エリオは彼女に伝えたかった。

どんなに汚れて堕ちてしまっても、奈落の闇に染まりきってしまったとしても、光ある世界で生きる資格は誰にだってあるということを。

だから、後悔はしていない。

これが自分の正義、自分がやり遂げようと誓った『決断』なのだから。

ほぅ、と安堵の息を吐くエリオ。

だが次の瞬間、彼の表情は驚愕のソレへと変貌する。

 

「……ぅ、ぁ」

「キャロ? 気がついた――」

「ア゛アァァアアア゛ア゛アアアアアアアア!!」

「な――キャロ!?」

 

突如絶叫を上げるキャロ。

胸元を掻き毟る様に暴れる少女を落ち着かせようとするエリオの奮闘をあざ笑うかのように、彼女が右手に装着していた【カオシックルーン】のコアから白骨の腕が飛び出し、彼女の胸部へ突き刺した。

身体を引き裂き、召喚門を強引に解放させられたキャロが痛みで悶える。

そんな彼女から新たに生み出される二つの竜。

無数の口で全身を覆われた醜い肉塊のような異形……“巨竜王”デス=レックス=ボディ。

そして、もう一体は――

 

『……少年よ。契約者の生を望むか?』

 

宙を泳ぐ魚のような姿をした“水竜王”デス=レックス=テールが、愛しむ様な目でキャロを抱きしめエリオに語りかけてきた。

 

「な、なにを言っているッ! お前たちのせいでキャロが――!」

『左様。我らは四肢に過ぎず、ヘッドの収集には逆らえぬ。……なれど、契約者を蔑ろにするほどの愚劣になり果てたつもりは無し。故に――』

 

水竜王から鱗が一枚剥がれ落ち、ひらひらと舞いながらきゃろの元へと落ちていく。

それは彼女の額に触れると無数の水の粒子となって舞い散り、彼女の全身を包み込んだ。

さらに彼女を抱きしめていたエリオにも効果は及んだらしく、先の戦闘で負った傷が見る見るうちに癒されていった。

 

「回復能力!? それも、こんなに強力な……」

『我は水を司る竜王。清らかな水は傷を癒す慈しみの力でもあるのだ。――さて、ヘッドが呼んでいる。もう行かねば』

 

天へと泳ぎだした水竜王につられるように視線を上げると、深手を負った剛竜王や闇竜王、先ほど召喚されたばかりの巨竜王までもが宙に浮かび、いずこかへ飛び去ろうとしていた。

 

「ちょ、まって! いったいどこへ行くつもりなんだ!?」

『言ったであろう、ヘッドが……“死竜王”デス=レックス=ヘッドが我らを呼んでいると。どうやら完全体へと戻る目算のようだな。契約者の精神を汚染した際、復活に必要な魔力を奪い取っていたか、小賢しい奴よ。――とは言え、元々同じモノであった我らが一つになるのは当然のことでもあるがな』

 

最後は苦笑すら浮かべながら、水竜王たちは飛び去っていく。向かうはクラナガン上空、彼らと同じ『消滅』の力を宿す『星の守護者』との決戦の場。

好敵手と対抗手段。

《黄金神》が好敵手と認める『神成るモノ』と、彼を打倒すべく呼び込まれた異界の竜王。

戦局は更なる混迷を迎えようとしていた。

 

 

――◇◆◇――

 

 

大気の障壁を突き破り、音速を超えた速度で天空を駆け抜ける黄金色の飛龍。

新たな主を背に黄金色の閃光(ひかり)と化したインペリアルワイバーンは、障害として上空に配置された傀儡兵を余すところなく粉砕しながら、クラナガン目指して突き進む。

 

『お館様、まもなく戦場に到達いたします』

「ああ……」

 

返す言葉に力がない。

振り返ってみると、何やら思案顔の主の姿が。

 

『なにをお悩みになられているのです? 足止めにもならない鉄屑を配備させている敵方の狙いについてですか? それとも――“ⅩⅢ”の命と因子を奪い去った何者かの動向を?』

「両方……いや、どちらかと言えば後者のほうが、な」

 

心ここに在らずといった様子で思考に没頭しつつ答える。

脳裏に焼き付く惨状の光景。サマエルを仕留め、教会の執務室に踏み込んだダークネスが目撃したのは四方を鮮血の赤で染め上げた惨劇の現場。

血の池に浮かぶようにこと切れていたカリムとローラ。敵を持ったものの仕業であることは、苦悶と心残りの様を表情に刻み込んでいることからも見て取れる。

常人ならば吐き気を催し、即座に顔を背けるほどの光景。だが、ダークネスが引っ掛かりを覚えたのは彼女たちの死に様……ではない(・・・・)

人の命を手にかける覚悟と決断を済ませているダークネスにとって、眼前に広がる光景は『敵のひとりが脱落した』以外の何物でもなかったのだから。

そんなダークネスが疑問に感じていたこと、それは因子を喪失しているカリムの肉体がいまだに存在を保てていたという点だ。

 

「おい、インペリアルワイバーン。“ⅩⅢ”は魂こそ参加者のソレだったけれど、肉体は普通の人間と同じものだったよな? その場合、因子を抜かれても魔力粒子に分解されないのか?」

『いいえ。肉体が人であったとしても、内に宿していた魂と同化していた因子を抜き取られてしまえば崩壊は免れません』

 

膨大なエネルギーを内包する因子は、超小型の原子炉のようなもの。人間の肉体に宿して生きながらえてきたこと自体が奇跡であり、間違いなく内側から崩壊を始めていたはずだというのがインペリアルワイバーンの考察だ。

実際にカリムの亡骸も、首筋の傷以外に体内から何かが飛び出したような傷痕が見て取れた。

宿主の生命活動が停止したのを契機に自ら分離を果たしでいずこかへ消え去ったのか、あるいは――

 

「何者かが“ⅩⅢ”に引導を渡して因子を奪い取ったか。確率的には三:七といった所か」

『ですが、下手人はいったい何者なのでしょうか。まさか彼奴ら六課の中に身をひそめていたとは考えにくいですが……』

「俺はてっきりマリアとかいう小娘がそう(・・)なんだと予測していたんだがな」

 

手掛かりを求めて探索した中で、魔力はおろか魂までも吸い尽くされたかのように衰弱してこと切れていた少女の亡骸を発見した瞬間、ダークネスは自分の予測が間違っていたことに気づいた。

襲撃を仕掛けた昨日の邂逅で妙な言い回しをしていた彼女を訝しみ、マークしていた。

カリムというイレギュラーの身近な存在でもあった彼女こそ、存在をほのめかされてきた儀式の管理者ではないかと勘繰ったからだ。

しかし、あの惨状を見る限りでは、彼女ら三人は何者か――おそらくは管理者だろう――に駒として利用されていたと考えるのが自然だ。

何を思ってあんな凶行に及んだのかはわからないが、このタイミングで仕掛けてきたことから見るに、

 

「この戦争、元凶が倒れればそれでおしまいと言うわけにはいかなさそうだ。……急げ、インペリアルワイバーン。介入者が何を仕組もうと、(ルビー)との決着はきっちりつける」

『御意』

 

まずは目の前にある大事にケリをつける。

思考を切り替えながら薙ぎ払うように片腕を振るい、荒れ狂う暴風の如き風圧だけでガジェット軍団を一掃した《新世黄金神》の眼は、ただ一点、戦場に浮遊する古のゆりかごを射抜いていた。

 




・おまけ
【う~む、まさか我らが撃墜されるとは。魔弾の射手……侮りがたい】
【けっ、ケツの青い小娘かと思って油断したぜ】
【あぎゃあぎゃ! いい訳なんざすんなよ、みっともねぇ。負け犬は負け犬らしく、事の成り行きを見物してりゃあいんだよ】
【ああ!? ぶち壊すぞコーン野郎!】
【やろうってのか、鏃野郎!】
【やれやれ……青いことだ】
【【野球ボールは黙ってろ!】】

ティアナが立ち去った戦場で醜い言い争いを繰り広げる、赤いボール、流線型の鏃、三角錐のコーンがいたという。
ちゃっかり三機とも脱出ポットで離脱している辺り、エースの面目躍如ということだろうか。



……という訳で、ティアナと3連星のバトル、実は引き分け(生き残った者勝ち)だったりするんですな。
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