無印が始まってから既に一週間が経過した。
この間、花梨の助力を得たなのはは五個のジュエルシードの封印に成功していた。
神社の犬に取り付いた暴走体の時は、デバイスをすぐに起動できずに、危うく巨大な犬に変化した暴走体に噛み付かれそうになったり、深夜の学校では、お化け嫌いが災いし、パニックを起こして学校の備品である『二宮金次郎さんの像』を壊してしまったりというトラブルはあったものの、ユーノや花梨のサポートもあり、大した怪我も無く回収を進められていた。
一方、無印の間は裏方に徹する事を選んだ如月葉月は自室のソファーに腰を沈めながら、彼女の魔道書型デバイス【グリモワール】の頁を捲りつつ、なにやら考え事をしていた。
そんな葉月の様子をジッ、と眺める一対の瞳。
彼女の座るソファーの前に置かれたガラステーブルの上で、本日のおやつであるクッキーを加えながら悩める美少女を見物するのは、一匹のフェレットらしき生物。
しかし、よく見ればユーノが変身しているフェレットとは細部が異なっていることがお分かりになるだろう。
先ず、体毛が白い。茶色に近いユーノのそれとは違い、頭の上から尻尾の先まで余すことなく真っ白。
首には小さいマフラーを巻きつけ、頭の上には何故か小さな葉っぱが一枚乗っかっている。
そう、彼こそは、見まごうことなき魔法使いのパートナーとして有名なナマモノの一つ、オコジョであった。
頭の葉っぱが、まるで生きているようにパタパタ動く様子に、以前に葉月が『それって、まさか触覚か何かですの?』と突っ込んだのだが、現在に至るまでうやむやのままである。
両手で掴み上げた、自身の体長と比較してもかなり大きいクッキーを平らげた彼は、思い悩む少女へと顔を向け、
「さっきから辛気臭い顔して、何を悩んでんだよ?」
悠長な日本語で語りかけた。
オコジョに話しかけられるという珍妙な事態に、されど話しかけられた葉月は驚く様子は微塵も無く、『ええ、少し……』と前措きをした上で、普段通りに話し始めた。
「ジュエルシードの回収状況について、少々気になる点がありますの。アルクさん、貴方の意見も聞かせていただけますか?」
葉月のアルクと呼ばれたオコジョ、彼こそユーノと共にジュエルシードを追って地球へとやってきた転生者
転移の影響でユーノと外れてしまった彼は、独自にジュエルシードの回収をおこなっていたところで葉月と遭遇、衣・食・住を提供すること、“神造遊戯《ゲーム》”中に敵対しない事を条件に協力関係を結んだ。
彼自身は“Ⅵ”や“Ⅶ”と同様、不幸になる人を救いたい、原作をより良くしたいと考えていたこと、“Ⅰ”のような危険な敵がいる状況から、彼女らと協力関係を結んだほうが良いと考えた。
現在は、葉月とコンビを組んで原作組と出会わないよう、物語の裏側で動き回っている。
彼らが回収したジュエルシードの数は、この時点で三つ。
内一つは、原作にあった街中でサッカー部の少年が発動させてしまい、発生した巨大植物が町を破壊してしまう原因となった奴であり、葉月たちが事前に回収したおかげで、この事件は今現在、起こっていなかった。
原作では、なのはが魔法関係の事件に挑む覚悟を決めるきっかけであった事件だが、無関係の人々が命の危険に晒されるとあっては、流石に看破できず、花梨と相談した上でこの事件は回避しようという流れになった。しかしこの時、彼女らにとって誤算が一つ起こってしまう。それは、
「あの野郎……次に会ったら、ぜってーにぶっ飛ばす」
アルクがオコジョになっている己の右前足……包帯が巻かれた腕を見下ろしながら憤る。
葉月もまた苦虫を潰したような表情を浮かべながら、ジュエルシードを封印したあの夜の出来事を思い出していた。
それは四日前の深夜、葉月が感知していたもう一人の転生者に出会うべく、アルクと共に反応のあった繁華街へと足を運んでいた時の事。
その道筋で、本来ならサッカー部の少年が拾うはずだったジュエルシードを偶然発見し、これ幸いと封印した葉月たちは突如展開された封時結界に囚われてしまったのだ。
「えっ!?」
「なんだと!?」
魔法効果内と通常空間との時間進行をずらし、結界の内外を遮断する封時結界が張られたという事、それは即ち結界魔法を使用できる魔導師が近くにいることに他ならなかった。
葉月は慌てて周囲を見渡しつつ、彼女のデバイス『グリモワール』を展開し、葉月の方から飛び降りつつ人間形態に戻ったアルクは、油断無く周囲の気配を探る。
動揺を隠せない葉月とは違い、発掘作業で不測の事態の対応を幾度も経験してきたアルクは、この結界が展開されたことの意味を即座に見抜き、思考を戦闘モードへとシフトさせる。
まだ見ぬ転生者を探索中に、明らかに自分たちを捕らえるために展開された結界。
さらにジュエルシードを封印したタイミングでの襲撃。
明らかに敵意のある何者かの襲撃であることは火を見るより明らかだった。
「……見つけた」
そしてアルクの推測どおり、襲撃者が二人の前に降り立つ。
「ケッ、ケケケケケケケケ!! 見つけた見つけた見つけた見つけた見つけたぜ、雑魚野朗共がよぉ!!」
明確な敵意と侮蔑の込められた視線を放ちながら高層ビルの上から降り立ったのは一人の少年だった。
どこか民族衣装を思わせる衣服を身に纏う金髪碧眼の、葉月やアルクと同年代とは思えないほどに整いすぎた容姿の少年は軒並みならない違和感や不快感をその身から滲み出させていた。
葉月たちの表情も、おのずと歪んでしまう。
そんな彼女たちの視線に気付かないのか、それとも最初から気にも留めていないのか、無言の二人を宙に浮かんだまま見下ろした少年が再び口を開いた。
「……ああん? なんだ? 案山子みたいに固まりやがって。雑魚の分際で、この俺の溢れんばかりの強さを感じ取りでもしたのかよ? ハッ! まあ、それもしょうがないって言えばそれまでだけどな。何しろ、この俺様の引き立て役でしかないてめぇら程度じゃあ、そうやってアホ面晒してんのがお似合いだぜ! なぁ!?」
――ああ、もう十分すぎるほどわかった。わかりきってしまった。彼は私たちとは決して相容れない存在だということが。
下劣にして稚児にすら劣る外論を振りまく少年に、葉月とアルクの姿が正しく映ってはいない。
己しか見ず、己以外の他者総てを見下す自己中心的な、しかしそれこそがこの世の理だと本気で思い込んでいる転生者の目に映るのは、己のためだけに用意された
この世界は自分を中心に存在している箱庭。
アルクたち男性の転生者は主人公である自分に壊されるだけに存在する玩具で、
葉月を含めた世の女性はすべからく遊んで犯して壊れたら捨てるだけの存在でしかない。
そんな下種極まりない思考を隠すこともせず、口元を歪ませながら漸く見つけた玩具(テキ)と女(ドレイ)の姿を上空から見下ろす。自分こそがこの世界の王だといわんばかりの不遜な、しかし相対したものにははらわたを煮え滾らせる程の怒りを沸き起こさせる深い極まりない姿を晒しながら。
内心の激怒を表情に出さないよう必死に葛藤しながらも葉月はチラリ、と彼女の前に立ち、あの相手の視線から守るように構えるアルクの横顔を覗き込んでみる。すると案の定、彼も歯を食いしばり、『いかにも不機嫌です』と言わんばかりにこちらを見下す少年を睨みつけていた。
「一つだけ訊いときたい……アンタも俺たちと同じ転生者って事でいいんだよな?」
瞳に怒りの炎を映しながらも、今すぐ目の前の敵へと飛び掛ろうとする己の身体を、唇を噛み切ることで齎された痛みによって理性を保ちながらアルクは問いかけた。
彼の両拳は手の平に爪が突き刺さるほど握りこまれており、彼の内で暴れまわる激情がいかほどのものであるかは、傍らに立つ葉月にも理解できるほどのものであった。
「はあ? なに言ってんの、オマエ? そんなの、この俺がオリ主様に決まってんだろうがよ~……。ったく、これだから脳みそ足りてねぇ雑魚はホント、ヤんなるよな~? もうホント、アレだよ。死ねよ、オマエ」
「ああ、ホントにな……このクソ野朗が」
「……あん?」
一瞬で一触即発のにらみ合いに展開する。
アルクは殺気を隠す気が無くなったらしく、両拳から炎に変換した魔力を纏わせ、敵を睨みつける。
「調子にノってんじゃねぇぞ、このクソッタレ野朗が!! テメェはここでぶっ飛ばす!!」
アルクの咆哮が人の気配の感じない結界内に木霊する中、一方の転生者もまた、怒りで顔を歪ませながら左手首に取り付けた銀色のブレスレットへと右手を添え、まるで目の前の空間を引き裂くように勢いよく横へと切る。
「身の程知らずのクソ雑魚野朗が! オリ主に歯向かった愚行をあの世で悔いるんだな! 【ロト】! セットアップ!」
【Start up】
銀色のブレスレット形態のデバイスが主の呼び声に答え、その本来の姿を現す。
展開されたバリアジャケットは、全身を覆う全身鎧の形状で、蒼い装甲に金色のラインが全身に走っている。
蒼い光沢が美しい鎧と同じ意匠の盾に神聖さを醸し出す両刃剣。
日本人であるならばおそらく誰もが一度は目にしたことがあるであろう、選ばれし者……『勇者』の代名詞たる“ロトの勇者”の姿がそこにはあった。
「その姿……!? ドラクエⅠの勇者サマかよ!? またマニアックだな、おい!」
「……何なんですの?」
元ゲーマーであったアルクが敵の選択した“特典”の微妙なチョイスに思わず声を上げ、そっち方面の知識が皆無な葉月は首を傾げていた。
一方、己からすればあまりにも滑稽な二人の反応に、伝説の勇者(と同じ姿) へと変化した転生者No.“Ⅳ” 新藤荒貴は兜の下で口元を吊り上げていた。
「あはははははは!! そう! 伝説の勇者! これこそが俺の力だ! てめぇら如きじゃあ絶対に俺様には叶わないんだよ! なんたって、所詮はゴミでしかないお前らにはなぁ!! ――つーワケで、とっとと死ねよぉ!!」
完全に力に酔いしれている荒貴は、高揚感と優越感で精神が麻痺してしまったのだろうか?
自分自身がまごうことなき人間であること、己が行使している力も元を正せば第三者から与えられたものでしかない事すら忘れたようで、支離滅裂な言葉を吐きつつ、右手に持った『ロトの剣』を振り上げ、アルクへと切りかかってくる。
「おらぁ!」
型もへったくれもない素人丸出しの攻撃は、しかし恐るべき速度で空気を切り裂く一撃となってアルクへと襲い掛かる。
「ぐっ!?」
炎を纏った状態の両腕を交差し、何とかガードに成功するものの、その一撃に込められたあまりの衝撃にアルクの身体が数メートル後方へと吹き飛ばされてしまう。
だが、荒貴の攻撃は終わらない。宙で身を翻して勢いを殺し、アスファルトを削りながらもなんとか着地したアルクとの距離を一瞬で詰め、二撃目、三撃目と我武者羅に右腕を振り回す。
重心移動も満足に出来ておらず、右手を揮うことにしか気をかけていないために身体の方は完全に無防備となっている荒貴。
普段のアルクならば、この隙を見逃すような真似はしないはずだし、二人から距離をとっている葉月が援護射撃を放っていたはずであった。
いや、正確に言えば葉月は援護砲撃を既に放っていた。
葉月のデバイス【魔導書 グリモワール】は一ページごとに異なる魔法の術式が刻み込まれており、使用したい魔法が記載されたページに手をかざして魔力を注ぎ込めば、詠唱もチャージも無しに魔法を放つことが出来る。これは、【グリモワール】自体に魔力を生成する機能が備わっているからであり、使用できる魔法の種類も、まさに千差万物。どんな状況でもその場において最適な戦略が取れるという適応性こそが、葉月の強みであった。しかし、純粋な魔法使いタイプである葉月にとって、こういった理不尽な存在は苦手以外の何物でもなく、どうしても受け身に回らざるを得ない。
現に、当初の予想を上回る攻撃力を叩き出している荒貴が一気呵成に攻め続けているのに対して、葉月は牽制程度の魔力弾を散発的にばら撒く以外は、残りの魔力を己とアルクの身を守る障壁へと注ぎ込んでいた。葉月&アルクコンビの欠点が露呈してしまった形になったとも言える。
典型的な魔法使いタイプである葉月も、相手の攻撃を紙一重でかわしてカウンターを叩き込むという戦闘スタイルを確立させているアルク。両者ともに防御力がごく一般的な魔導師よりも下なのだ。
おまけに、アルクは攻撃系以外の魔法適性が底辺という攻撃一転特化型であったせいで、自力では障壁一つ展開することが出来ないのだ。ついでに言うなら、アルクはデバイスを所有していない。
故郷に忘れてきた……そんな間抜けな意味ではなく、文字通り『デバイスを貰えなかったのだ』。
転生する際、特典の振り分けを細かく設定することをめんどくさがってしまったため、《だったらいっその事、全部くじ引きで決めればいいだろうが》と呆れ顔の神サマの意見に「じゃ、それで」と同意してしまったのが運の尽き。
結果、竜を殺すために竜が編み出した特別な魔法を使う者……『滅竜魔導師』の“能力”と『主要人物であるユーノと同じ部族の生まれ』という“出自”を掴み取った。
――しかし、まあ、そこで終わらないのがアルク・クオリティ。
最後の“武器”のくじに記されたコメントが――こちら。
『おめぇには、やんね~~から♪』
……で、あった(先日、このことをうっかり口を滑らせてしまったアルクは、一晩中葉月に爆笑されるという恥辱プレイを味わうことになった)。
そう言う訳で(ほとんど自業自得だったわけだが) 神サマご禁制のデバイスを受け取ることは出来ず、自分のデバイスは自力で発掘するか自身の力で用意するようにという教育方針をとるスクライア一族の生まれだったため、この世界に生れ落ちてから今までデバイスを手にする機会が訪れなかったのだ。アルクが唯一見かけたデバイスはユーノが所有していたレイジングハートだけというのだから、なんともはや、である。
……とまあ、そんなわけで。
防御に難がありすぎるアルクのサポートで、二人分の障壁を常に展開しなければならない葉月に、見るからに頑丈そうな鎧を着こんだ荒貴に決定打となりうる魔法を放つ余裕はなく、アルクもまた炎を纏わせた拳を幾度となく叩き込んだにもかかわらず微動だにしない敵の堅牢さに、現状手詰まり状態となりつつあった。
いや、正しくはそうではない。
葉月の魔力弾とアルクの炎、どちらも荒貴に直撃してはいなかった。
そのいずれもが荒貴に直撃したと思った瞬間に、まるで見えない障壁に阻まれたように砲撃魔法が拡散してしまっていたからだ。
敵方の攻撃はすべてが一撃必殺と成りうるのに対して、こちらの攻撃は目くらましにさえなっていない。なんという理不尽か。葉月のピンクのルージュが引かれた唇から、おもわず舌打ちが零れる。
荒貴が持つ力は、デバイスとしてのロトの装備一式のみでは無い。“武器”としてロトの武具を、さらに“能力”として勇者としての特性を与えられていたのだ。それはあまりにも割に合わない程規格外な能力であった。
――――『
かつての世界で誰もが知る伝説のヒーローと自分を同意存在と成す一種の概念魔法。あらゆるものを切り裂く剣、総てを弾く盾、傷をいやす全身鎧の三つの武具から構成されるデバイスにそれぞれの概念を付与させる。
また、病的なまでの自己陶酔によって自分が世界の中心、選ばれた主人公であると強く思い込むことで、妄想を現実のそれへと昇華させることすら可能となる。
“主人公は死なない”“主人公の考えはいつだって正しい”“主人公は最強”であるという自分だけの
この”技能”を封じるには、術者本人の持つ上記の認識は誤りであると理解させることが必要だが、自分以外の総てを下等存在として見下している荒貴が己の誤りを認めることは考えにくく、それ故にこの“能力”を打ち破るのは非常に困難であると言わざるを得ないだろう。
振るわれる剣閃はあらゆる防御を切り裂き、身を包む鎧は如何なる傷を負おうとも瞬時に回復させ、ひとたび盾を掲げればあらゆる魔法を完全に防ぐ。
魔力が枯渇すればこのチカラも使用出来なるかもしれないが、荒貴が膨大な魔力総量を有しているのもまた事実。軽く見積もっても、Sランクは堅いだろうというのが葉月の見立てだ。
それでなくとも、概念が付与されているのはあくまで『デバイス』なのであって、荒貴自身の魔力は戦闘開始前に“技能を”発動させた際に一度だけ消費されたのみだった。
どうやら、鎧の回復効果は傷のみならず、魔力も回復させるらしい。
葉月たちでなくても、卑怯だと糾弾されること請け負い無しなチカラであった。
「ハッ、ハハハハハハハッ!! おらおら、どうしたよ、このクソ雑魚野朗が! 舐めた口聞いたくせにしては、たしたことねえなぁおい! だいじょうぶでしゅか~? どうしちゃったんでちゅかぁ~? ――プッ! ギャハハハハ!!」
下日た笑い声を上げながら、振り下ろされた渾身の一撃を受け、アスファルトが粉微塵に粉砕される。
大気が震え、大地そのものが軋みを上げている、そう思わせられるほどの剛撃が、息つく間もなく振り降ろされていく。
唸りを上げる剛剣は、周囲のあらゆるものを粉砕し、破壊し、蹂躙していく。その光景はまさに、巨大な暴風が巻き起こす天災そのもの……!
剣圧は怒濤の旋風となって暴れまわり、コンクリートをバターの様にように容易く切り裂き、巻き上げられた大地の破片はショットガンの如き勢いで彼らの身体に襲い掛かっていた。
理不尽なまでの“能力”は、触れた者すべてに有効なようだ。荒れ狂う剣圧や粉砕された破片すら、魔力弾以上の破壊力を以て迫りくる。その威力、魔導に長けた葉月が全力で展開している障壁に、砕かれた地面の破片がめり込んでいることからも見て取れる。
次々と障壁に突き刺さり、無数の亀裂を生み出していく散弾の嵐に、葉月の頬を冷たいものが流れ落ちる。
『敗北』
脳裏にその二文字が浮かび上がる。それほどまでに、戦況は圧倒的不利であった。
「ッ……!! こんの――」
「!? アルクさん、ここはひとまず避きましょう!」
「はあ!? 何でだよ!? こんな奴を放っておく訳にいくかよ!!」
「このおバカ!! 冷静におなりなさい!! 私たちは戦うことが目的でここに来た訳では無いでしょう!?」
「――ッ!! わかったよっ、クソッ!! ――……爆竜の息吹!」
葉月より突然出された撤退の指示に、アルクは不服の意を返そうとしたものの、“神造遊戯《ゲーム》”参加者同士の戦闘を望まない彼らからすれば今の状況は悪すぎた。
一瞬、殺意を込めた双眼で荒貴を睨みつけるも、すぐさま頭を振って意識を切り替えると、大きく息を吸い込み、炎熱変換した魔力の奔流……火竜を思わせる炎のブレスを吐き出した。
炎の息吹を放った状態で頭部を左から右へとスライドさせれば、視界を遮る程の紅蓮のカーテンが誕生する。
「ちっ! 目くらましのつもりかしれないが……ムダだあ!!」
炎の熱風に当てられ、思わず両手で顔を覆いひるんでしまった荒貴だったが、己ではなく対峙していた二人の中間点の地面を狙って放たれたものだと理解すると、左手に装着している『ロトの盾』を炎に向けて構え、過剰ともいえる量の魔力を注ぎこむ。盾に装着された宝玉が輝きを放つと、いずこからか暖かな優風が吹きすさび、目くらましになっていた炎を跡形も無く消し去っていく。
火の粉となって霧散していく炎の壁の向こう、こちらに背を向けて逃走しようと駆け出した体勢のまま驚愕に目を剥いている二人に向け、ロトの剣を放り投げて無手となった右の手の平を突き出す。
開かれた手の平に光の粒子……魔力が収束し、刹那の間に眩いスパークを発生させる。禍々しく弧を描く口が言霊を綴り、唱えられた呪文名の表す通りの光り輝く灼熱の奔流が解き放たれる。
前方広域に照射された灼熱の魔法は炎のカーテンの残火を残さず消し去り、アスファルトで舗装された道路を粉砕し、ネオン光が輝く高層ビル数棟を貫通する大穴を空けて漸く勢いを弱めていった。
結界内で人的被害や現実時間軸の物理破損は無いとはいえ、魔導師に換算するとSランクを優に超えるであろう砲撃を街中で躊躇なく放ったにもかかわらず、荒貴の顔に後悔の色は無い。
容易く人を傷つけられる力を揮うことに全く躊躇無いことがありありと伝わってくる。
己が『クソ雑魚野朗』と称した相手を討ち取った感触が無いことに、まんまと逃走された事実に気付いた荒貴はチッ! と乱暴に舌打ちを吐く。
「逃げやがったか……このオリ主様に舐めた口をききやがってあの野朗共……たしか、『アルク』に『葉月』とか呼ばれてたな。逃がさねぇぞ……オリ主に逆らうことの愚かさを骨の髄まで教え――っ!? 何だと!? 結界が!?」
あくまで『この世界の中心(主人公) は自分』という思い込みを持っている荒貴は、『主人公に敵対する敵キャラ』と判断した葉月たちを排除しようと考えていたが、周囲を覆っていた結界が解除されていくのを感知すると、結界を張れない荒貴は慌ててバリアジャケットを解除しながら物陰へと身を隠す。
ビルの陰に飛び込むとほぼ同時に結界が解除されて、元の夜の街並みが戻ってくる。
バリアジャケットを解除した荒貴の服装は、荒貴がこの世界で生を受けたとある次元世界固有の意匠が施された衣服だ。
夜の街中で、コスプレじみた服装を着る、十才前後の子供がうろついていたら間違いなく警察に補導されてしまう。
次元世界出身であるにも拘らず、『新藤 荒貴』という日本人の名前を名乗っているのは、『主人公はやっぱり地球風の名前でないとな!』とか言って、この世界での両親から与えられた名前から自分で考えた新藤荒貴という名前こそ自分の名前だと言い張っているからである。
様は“機動戦艦ナデシコ”のヤマダジロウが、魂の名前とか言ってダイゴウジ・ガイを自分の名乗りに使っているようなものと同じである。 ――厨二病、乙。
そんな事には露ほどにも気付かず、荒貴はこれから起こるであろう原作、そして自分の築くハーレムという
「ちくしょうが! あんの野朗……今度あったら、ぜってーにぶっ飛ばす!」
「はいはい、わかりましたから少し落ち着いてくださいな……」
戦闘の行われた街中から数キロ離れた位置にある、小さな橋。その橋の上に、怒りで憤慨する少年をなだめる少女の姿があった。
言わずもがな、葉月とアルクである。
二人は炎竜の吐息で目くらましをしている間に、葉月が街中にしかけていた転移魔方陣の一つを使い、ここまで転移して逃げてきた。
転移する元と先の二つを仕込んでおかなければならないので手間はかかるものの、一度仕掛けたら三ヵ月は魔力を隠蔽しながら保つことができるので、使い勝手が非常に良い魔法だった。
「まさかいきなり戦闘になるとは予想外でしたわ……アルクさん、お体の方は大丈夫ですか? なんなら傷の手当をいたしますけど?」
「いや、もう直ったから大丈夫だ」
「相変わらず、馬鹿げた回復力ですわね……」
呆れたように覗き込んだ先には、確かに、先ほど負わされたはずの火傷や擦り傷の上にかさぶたが出来ており、常人離れした速度で傷口が直りかけていた。
「ふふん! ヒッキーなお嬢様とは身体の造りが違うのだよ!」
「誰がヒッキーですか、誰が! まったく失礼な!!」
こちらの心配を余所に、腹の立つドヤ顔をするアルクの脳天に手刀を落とす。
頭を抱え、アスファルトの上をごろごろ転がりまわるアルクを見下ろしながら、葉月は今回新たに遭遇した『敵』について思い返す。
「どうやらあの方は積極的に“神造遊戯《ゲーム》”に参加されるタイプ……と言うよりも、ご自身をこの世界の主人公みたいに思い込まれているようですわね……」
「いつつ……あー、うん。まず間違いないだろうな。ありゃあ、典型的な“オリ主”タイプだ。ここをアニメの世界とか思い込んでるだろうから、ゲーム感覚で襲ってくるだろうな。多分、人殺しもゲームの中みたいな感覚でやりそうだ。……所で、読めたか?」
「ええ。プロフィールと能力くらいは、ですが……かなり厄介そうな相手ですわよ?」
葉月は魔道書型デバイス【グリモワール】を開き、つい先ほど、とあるページに書き込まれた内容を読み出していく。
「名前は新藤 荒貴。転生者No.“Ⅳ”。デバイスは【ロトの武具】。“能力”は勇者ロトの力……と言うよりもやっかいなのは彼の“技能”ですわね。何でも斬れて、何でも弾いて、どんな傷でも回復させる装備だなんてめちゃくちゃにも程があるでしょうに……おまけにSランクオーバーの魔導師クラスの資質持ちだと見れば宜しいかと。“ゲーム”に参加する理由は……オリ主になって、原作の女性キャラでハーレム? ――うわ、相手が女性なら“ゲーム”参加の転生者でもハーレムに、って……」
「すがすがしいほど下種な野朗だな……見た目は勇者サマの癖に、自分の欲望に正直な奴って如何よ? 俺、ガキん頃に初めて親に買ってもらったゲームソフトがドラクエⅠだったんだぜ? 正直、初代勇者には憧れとかあったりしたってのに……うっわ、最悪……葉月もそう思わね?」
「私に聞かないでくれません……?」
不機嫌さを隠そうともせずに睨み上げてくる葉月に対し、アルクは『まー、まー』と宥めながら、話を逸らそうと彼女の手にある本へと視線を向ける。
「いやー! それにしてもすげーよな、その本! まさか“ネギま”のアーティファクト『いどのえにっき』の能力まで備えてるなんて」
「む~……――ン、ンンッ! ま、まあそうですわね。この子は『本』という括りで複数の能力を内包していますから。相手の思考を読み取る読心術の能力もこの子の力の一つですわよ。ね? グリモワール?」
【もちろんです、お譲様。最高の魔法少女であるお嬢様のデバイスであるこの私めが、最高でないはずがございません】
「相変わらず、主人自慢する使用人みたいな奴だな……おまけに、さらっと自己主張もかましてやがる」
【お黙りなさい、このヒモ野朗が。お譲様の寛大なお心で飼われているにすぎないナマモノ風情が人並みの言葉を話すんじゃありませんよ】
「誰がヒモ野朗だ!? それに俺は人間だ! 燃やすぞ、この駄本!?」
【上等ですよ! この火を噴くしか脳の無い単細胞風情が!】
フシャーと口から火を零しながら宙にフヨフヨ浮かぶ言葉を話す魔道書と喧嘩を始めたアルク(バカ)の姿に、葉月は溜息を堪えられない。
この二人(?) は出会った時から変わらず、相変わらずの仲の悪さだ。
(花梨さん、ほんのちょっとで宜しいですから居場所を交換してもらえませんか? 純真無垢な、なのはさんたちで癒されたいですわ……ハァ)
三日月が上る春の深夜、本とオコジョもどきの繰り広げるけったいな喧嘩を眺めながら、“魔本使い”たる魔法少女は深い深い溜息を吐くのだった。
軟らかい月の光に照らされる深夜のビル街。
その一角にあるひときわ大きな高層ビルの屋上に佇み、眼下の街並みを見下ろしている人影が存在した。
「ここが地球……ここに母さんの探し物があるんだね」
「それにしても妙だねぇ……目的のもの以外にも魔力反応がチラホラ引っかかるよ? ここ管理外世界のはずだろう?」
「――大丈夫だ。それについては推測は立っている。そっちは俺が対処するから、礼の物は二人に任せる――準備は良いか?」
「うん」
「おうさ!」
「ジュエルシード……必ず回収させてもらう――たとえ貴様ら転生者が相手だろうともな……」
この時より、ジュエルシード争奪戦に新たな存在が加わることになる。
参戦するのは、異世界の魔導師『フェイト・テスタロッサ』
狼の使い魔『アルフ』
そして――――転生者
【中間報告】
“ゲーム”の舞台時間軸:魔法少女リリカルなのは:無印
現在の転生者総数:八名
【現地状況】
“Ⅳ”:深夜の街中を人目を避けつつ寝床を探して移動中。
“Ⅴ”:協力者と共に地球に到着。ジュエルシードの探索開始。
“Ⅲ”及び“Ⅶ”:本と“Ⅲ”が絶賛喧嘩中。“Ⅶ”は傍観。
【ジュエルシード回収状況】
“Ⅰ”:一個
“Ⅱ”:なし
“Ⅳ”:なし
“Ⅵ”(原作チーム):五個
“Ⅲ”及び“Ⅶ”チーム:二個
“Ⅴ”:なし
未封印回収数:十三個