何度目の   作:水瀬りんご

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傾き

月曜日の朝。カーテン越しに差し込む光はいつもと同じ角度で俺のまぶたを照らしていた。

 

だけど、起き上がった瞬間、胸に引っかかるような違和感があった。

 

「……なんだ、これ」

 

目覚まし時計は6時45分。時間は合ってる。家の中の空気も、朝食の匂いも、変わらない。

 

けれど、靴を履く瞬間にふと手が止まった。

 

紐が、右足だけ二重に結ばれている。

 

そんなはずはない。昨日の夜、いつも通りに脱いだ記憶がある。

 

“俺じゃない誰か”が触った?

 

いや、そんなわけはない。けど、こういう細かいズレが今までのループにもあった。

 

それでも、今日のは微かに“意図”を感じさせる何かだった。

 

「ユウ……」

 

頭の中で名前を呼ぶ。

 

旧校舎の図書準備室。あの場所は今日も俺たちにとっての“境界”だった。

 

しかし今日、ユウはそこにいなかった。

 

机の上に置かれていたのは、白紙のノートと一本の赤ペン。

 

表紙にだけ、手書きで『傾き』と書かれていた。

 

中を開くと、1ページ目にたった一文。

 

『ここから先は君が記す番。気づいて。見て。選んで。——ユウ』

 

俺はノートを閉じて、自分の記録帳を取り出す。

 

今日も、観察を続ける。

 

午前中、英語の授業中。教師が板書する手が止まった。

 

「……あれ、単語の綴りが……?」

 

教師が首を傾げて、そのまま黙り込む。

 

その瞬間、クラスの空気が歪んだ気がした。

 

午後、食堂。

 

いつもは列の先頭にいるはずの女子がいない。

 

後ろにいた生徒が「今日は休みか」と呟く。けれどその女子は、朝のHRにはちゃんと出席していた。

 

帰り道、倉科がぽつりと呟く。

 

「なんか、さ……今日って、本当に“今日”なのかなって思わない?」

 

「……どういう意味だ」

 

「いや……分かんない。でも、目が覚めたとき、何かが“ずれてる”感じがしてさ」

 

俺は歩みを止めた。

 

「倉科、お前……」

 

「うん?」

 

「何か、覚えてるのか?」

 

「……分かんない。ただ、夢を見た気がする。白い部屋で、誰かが手を伸ばしてた」

 

ユウの夢と似ている。

 

倉科が……?

 

いや、まだ確証はない。でも、ループの境界が薄れているのは確かだ。

 

その夜、俺はユウの置いていったノートに、自分の観察を記録し始めた。

 

『倉科が夢を見た可能性。教師の板書エラー。生徒の欠落。世界がわずかに傾いている』

 

——そして、俺の中にひとつの仮説が芽生えた。

 

ユウは、意図的に姿を消した。

 

俺にこの“傾き”を気づかせるために。

 

そして、次の観測者の存在が顕れようとしている。

 

記録を重ねるごとに、俺は思う。

 

この世界は、ゆっくりと崩れている。

 

そして、その中心には——

 

まだ見ぬ、もうひとりの“目覚めた存在”がいる。

 

選択の時は、近づいている。

 

 

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