何度目の   作:水瀬りんご

12 / 63
境界

旧校舎の図書準備室。

 

開け放たれた扉の先には、かつて確かにユウが腰掛けていたあの長椅子。だが、彼女の姿はもうなかった。

 

代わりにそこには、俺の記録ノートのコピーが数冊、整然と並んでいた。

 

「……これ、俺のじゃない」

 

手に取ったノートの表紙には、確かに俺の字がある。だが中身は──違っていた。

 

記述の内容は、俺が実際に記したものとは似て非なるものだった。出来事の順番が入れ替わり、些細なやり取りが変化し、まるで“別のアキラ”が記録したようだった。

 

「これは、もう一つの……」

 

思考が止まりかけたその時、視界の端に“影”が揺れた。

 

振り返った先──窓の外。

 

誰かがこちらを見ていた。

 

女子生徒。黒髪、無表情、けれど明確な“意志”を持った視線。

 

先週現れたあの少女か──否、それとも?

 

俺は咄嗟に準備室を飛び出した。

 

階段を駆け下り、旧校舎の渡り廊下を抜けて、窓のある中庭へ。

 

だが、そこに彼女の姿はなかった。

 

「……待てよ」

 

代わりに、石畳の隅に落ちていたもの──それは、封筒だった。

 

俺の名前が、丁寧な筆跡で書かれている。

 

中身を取り出すと、そこには一枚の手紙と、懐中時計。

 

手紙の内容は、以下の通りだった。

 

『アキラくんへ。

 

あなたがこの手紙を読む時、私はもう“境界”の向こう側にいます。

 

ユウではありません。けれど、あなたを見ていました。

 

あなたが記録を重ね、選び、悩んで、それでも前を向こうとしたこと──私は、それを知っています。

 

この時計は、時間の中に潜む“鍵”です。

 

ゼンマイを巻いて、目を閉じてください。

 

そうすれば、私はあなたに“答え”の欠片を渡せるかもしれません。

 

——君が、ここにいることを証明して』

 

読み終えた俺は、震える手で懐中時計を包み込んだ。

 

重みが、現実を感じさせる。

 

俺は静かにゼンマイを巻いた。

 

カチリ、カチリ、と機械の音が静かに鳴る。

 

目を閉じる。耳を澄ませる。

 

次の瞬間、脳裏に“光景”が流れ込んだ。

 

……白い教室。

……止まった時間。

……無数の時計。

……ユウが泣いている。

 

「やめろっ……!」

 

俺は時計を放り出すようにして飛び起きた。

 

気づけば、夕暮れの準備室に立っていた。

 

懐中時計は、元の場所──封筒の上に戻っていた。

 

時間は進んでいなかった。

 

俺は──境界を、見たのか?

 

それとも、記憶を投影されたのか。

 

ノートに、こう記した。

 

『“選ぶ”だけでは、足りない。境界を超える覚悟がいる』

 

ループは続く。

 

けれど、変化は確実に進行している。

 

俺だけではない。

 

この世界に、“もう一つの視点”が生まれようとしている。

 

それが、ユウの消失と関係しているなら──俺は、もう止まっていられない。

 

懐中時計を握りしめて、俺は次の月曜日を待った。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。