次の月曜日──ループが始まる朝、俺は意識的に目を開いた。
昨日見た夢。それは単なる映像記憶ではなかった。確かに“誰かの記憶”が流れ込んできたような感覚があった。
俺はあの白い教室の中で泣いていたユウを忘れられずにいた。
なぜ、あの場所で泣いていた?
なぜ、俺の記録ノートに“似た記録”が別の形で残されていたのか。
旧校舎の図書準備室。俺の記録ノート。
あの懐中時計。手紙の送り主。
──バラバラのピースが、ひとつの形にまとまりかけている。
けれど、それを言語化できないもどかしさが、俺の胸を焦がしていた。
「“ここにいる”──だが、時間がない……」
また、その言葉が頭に響く。
通学路。駅前のロータリー。昇降口の掲示板。
すべてが、これまでと同じ“月曜日”であることを示していた。
だが、俺の中では何かが“決定的に変わった”。
“何もしない”という選択肢が、もう許されないところまで来ていた。
その日、俺は授業をすべてサボり、旧校舎の図書準備室に居座った。
教師に見つからないように、物音を立てず、窓際の隅に身をひそめる。
記録ノートを広げ、あの日と同じ構図で筆を進める。
“ユウの席”は、今も空いていた。
──また、声が聞こえる気がした。
「……アキラ……」
反射的に振り返る。
が、誰もいない。
けれど、その瞬間。
教室の扉が、音もなく開いた。
少女が立っていた。
黒髪。制服の裾を風に揺らし、どこか影のある眼差し。
彼女は静かに室内を見渡し、俺の存在をまっすぐに捉えた。
「……やっと、見つけた」
その一言。
言葉の響きに、胸がざわつく。
俺は立ち上がり、言葉が出ないまま彼女を見つめた。
「君は──」
「私は“ユウ”じゃない。でも……“あの世界”を知ってる」
少女は一歩踏み出し、俺の記録ノートに視線を落とした。
「これは、私の世界でも存在していた。……いや、ほとんど同じ形で、でも違う記録」
彼女が手にしていたノート。
それは、先週俺が見つけた“もうひとつの俺のノート”に酷似していた。
「君の世界……って?」
「多世界。……並行するループ。それぞれが少しずつ違っていて……でも、何かが干渉すると、ズレが拡大する」
「ズレ……」
「あなたが“境界”を越えたあの日から、私の世界も変わった。私の時間は止まらず……君の声が、夢の中に届くようになった」
──夢。
あの夢の中の教室。
懐中時計。
「じゃあ、あの手紙を……」
少女はうなずく。
「私じゃない。でも、私の“前の存在”かもしれない。……君のいた世界と、私の世界は、どこかで重なったんだと思う」
「そんなこと……」
現実味がない。けれど、目の前の少女の存在が“現実”そのものだった。
「私は“この場所”に、ずっと来たかった。……君に、会いに」
言葉が静かに胸に落ちる。
俺は、ひとつだけ問いを口にした。
「──君の名前は?」
少女は迷うように少しだけ目を伏せ、やがて静かに名乗った。
「……ナギサ。葦原凪沙」
この世界に、まだ“知らない名前”があった。
けれど、その響きはなぜか、どこか懐かしく感じられた。
俺は彼女──ナギサと対面して以降、日々を記録するリズムが変わった。
彼女はループのこと、並行世界のこと、すべてを知っているわけではなかった。
けれど、知識の断片が俺の記録と驚くほど一致していた。
旧校舎の裏手、誰も通らない中庭のベンチ。
そこが俺たちの“連絡場所”になった。
「夢の中でね、懐中時計の音が止まる瞬間があるの。……それって、あなたにもある?」
「ある。止まる直前、声が聞こえる。“ここにいる、だが時間がない”って」
「それ……私も聞いた。初めて夢で会った時。誰の声かは、いまだに分からないけど」
話しているうちに、俺は気づいた。
ナギサの語る夢は、どこかユウの記録にも重なる。だが、ナギサはユウを知らないという。
「その“ユウ”って人、私は知らない。でも、彼女が君に何かを残したなら……それは、“伝えること”が彼女の役割だったのかもね」
ナギサの言葉は、どこか核心を突いていた。
「私、もしかしたら……“引き継いだ”のかもしれない。前の誰かの役割を」
「引き継ぐ……」
その言葉に、俺はハッとした。
繰り返される月曜日。
ユウの消失。
新たに現れたナギサ。
それはもしかすると、ある種の“交代”なのかもしれない。
そして俺自身も、何かを受け継いでいるのではないかという思いが、少しずつ強くなっていた。
「ループには限界がある気がする。……その“終わり”が来た時、何を選ぶか」
ナギサの言葉に、俺はうなずいた。
この出会いは、偶然じゃない。
きっと、すべては“選ばされている”。
ただ──まだ、その意味は分からなかった。