夢の中で、見知らぬ“扉”が開いた。
その先には、これまでとは異なる空間が広がっていた。教室でも、図書室でもない。ましてやナギサと共に見ていた“共鳴の場”とも違う。そこはまるで、記憶と記憶の間に作られた断層のような場所──白く、そして静かな空間だった。
懐中時計が掌の中で淡く鳴った。だが、それは音ではなく、振動だった。
──ここは、何だ?
誰にともなく問いかけた瞬間、空間に文字が浮かんだ。
『記憶の保管域 観測端末α:瀬乃宮アキラ』
まるで世界そのものが、俺を“登録された存在”として認識しているような錯覚。
言葉を飲み込み、目を見開いた瞬間──視界の隅に、誰かの後ろ姿が見えた。
「……ユウ?」
声に出していた。
その影は振り返らず、ただ前へと進んでいく。俺は反射的に追いかけた。
けれど、距離は一向に縮まらなかった。
──これは夢じゃない。
俺の記憶のどこかが、直接“アクセス”されている感覚だった。
「君が見てきた世界は、ほんの一端にすぎない」
その声は、記憶の中のどこにも一致しなかった。
振り向いた先にいたのは──白いフードをかぶった人物。
「誰だ」
「君の未来だよ、アキラ。あるいは、君が選ばなかったはずの選択肢そのものかもしれない」
声に温度がない。だが、そこに意志はあった。
「このループは、もう終末段階にある。だが、その終わり方は君が決めなければならない」
「終わり方……?」
「選べ。繰り返しを停止するか、別の繰り返しを構築するか。あるいは──」
フードの奥から、微かな笑みがこぼれた。
「すべてを拒絶し、君という観測点ごと消去するか」
「ふざけんなよ……俺は……」
言い返そうとした言葉は、背後からの“振動”で遮られた。
目が覚めると、ベッドの上だった。
──月曜日。
時計は、6時45分を指していた。
「……夢じゃない」
そう確信できるだけの“現実味”が、あの空間にはあった。
だが、それだけではなかった。
ノートの最後のページに、見覚えのない筆跡でこう記されていた。
『次の観測点は君の外にある──それを選ぶことで、君は観測者ではなくなる』
ナギサと会ったその日、彼女の手にも同じような一文が記された紙が握られていた。
「アキラ……この世界、選ばされてる気がしない?」
「いや……選んでるんだ、俺たちが。無自覚でも」
そのとき初めて、彼女の手が震えているのを見た。
そして、彼女がこう言った。
「じゃあ、私たちの選択が誰かの“物語”だったとしたら、どうする?」
俺は答えなかった。
だが、確かに心の奥底で同じことを考えていた──もし、俺たち自身が“記録”の一部だったなら。
その夜、俺は記録ノートを閉じて、初めてページの裏に“自分の意志”を書き込んだ。
『次で終わらせる。意味のある終わりにする』
このループの残り──あと5サイクル。
時計の針は動き出していた。