何度目の   作:水瀬りんご

17 / 63
境界線の向こう

月曜日の朝、俺はもう一度だけ目を閉じた。

 

6時45分。夢の中の時計と同じ時刻に、現実でも目を覚ます──その偶然すら、もう運命の一部に思える。

 

家を出ると、空気は驚くほど静かだった。まるで世界全体が、この日を待っていたかのように。

 

ナギサとは、約束をしていない。けれど、俺たちは“最後”を共有している。

 

学校へ向かう途中、いくつかの風景が“変わった”ことに気づいた。

 

駅前のポスターが別の映画に差し替わっていた。

 

バス停の時刻表が、1分だけズレていた。

 

誰かが、意図的に世界の“ピース”を動かしている──そんな気配。

 

俺は旧校舎の図書準備室へと向かった。

 

ドアを開けると、そこには誰もいない……と思ったその時、足元で何かが転がった。

 

銀色の懐中時計。

 

それはかつて、俺とユウが出会った時に存在していたもの。なぜ今、ここにある?

 

手に取ると、時計の針は6時45分を指したまま、止まっていた。

 

ナギサの姿は、そこにはなかった。

 

しかし──窓辺に、ノートが一冊だけ置かれていた。

 

それは、俺の記録帳によく似ていた。けれど、中身はすべて彼女の筆跡だった。

 

“観測者から、次の観測者へ。”

 

──そう、最後のページにだけ、書かれていた。

 

「……行ったんだな」

 

俺はノートを閉じ、懐中時計をポケットに収めた。

 

この世界がループを終えたのか、それとも新たな始まりに差し掛かったのかはわからない。

 

けれど、ナギサの残した記録には、かつて俺が味わった迷いと苦しみ、そして希望が詰まっていた。彼女もまた、あの閉じた世界で孤独に耐え、戦っていたのだ。

 

──誰かとつながるために。

 

ページの一つには、ユウの名前が出てきていた。

 

『ユウは、彼を見つけたあと、沈黙を選んだ。でも、きっとそれは終わりじゃない。』

 

そう綴られた文章に、俺は胸を締めつけられた。

 

ナギサもユウも、俺と同じように“閉じた時間”に囚われながら、それでも誰かのために何かを託そうとしていたのだ。

 

「……俺も、何かを託せるだろうか」

 

誰かに、言葉を残せるだろうか。

 

その問いに対する答えは、まだ出ていない。

 

けれど、俺の中にある感情は、確実に変化していた。

 

過去を記録するだけの観測者ではなく、未来を信じる一人の“存在”として、この世界を歩んでいきたいと思えた。

 

屋上へ上がった。

 

薄く雲がかかった空。柔らかい光が校庭を照らしていた。

 

遠くで、部活動のかけ声が響いてくる。

 

「──普通の日常、か」

 

そう呟いた瞬間、懐中時計がカチリと音を立てた。

 

見ると、針がわずかに動いていた。

 

一分──いや、数秒分だけ。

 

それは、ナギサが残したものが単なる“記録”ではなく、“鍵”であったことを意味していた。

 

この世界には、まだ“動く何か”がある。

 

ならば、俺がそれを探しに行けばいい。

 

俺はもう、観測するだけの存在じゃない。

 

誰かと笑い合う未来を想像し、選び取るために生きることを選んだ。

 

歩き出す。教室とは違う方向へ。

 

記録ではなく、未来へ。

 

そして、俺の中には、もう一度“生きてみよう”という感情が芽生えていた。

 

──青春の終わりは、同時に始まりでもある。

 

俺のタイムリープは、まだ終わっていない。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。