月曜日の朝、俺はもう一度だけ目を閉じた。
6時45分。夢の中の時計と同じ時刻に、現実でも目を覚ます──その偶然すら、もう運命の一部に思える。
家を出ると、空気は驚くほど静かだった。まるで世界全体が、この日を待っていたかのように。
ナギサとは、約束をしていない。けれど、俺たちは“最後”を共有している。
学校へ向かう途中、いくつかの風景が“変わった”ことに気づいた。
駅前のポスターが別の映画に差し替わっていた。
バス停の時刻表が、1分だけズレていた。
誰かが、意図的に世界の“ピース”を動かしている──そんな気配。
俺は旧校舎の図書準備室へと向かった。
ドアを開けると、そこには誰もいない……と思ったその時、足元で何かが転がった。
銀色の懐中時計。
それはかつて、俺とユウが出会った時に存在していたもの。なぜ今、ここにある?
手に取ると、時計の針は6時45分を指したまま、止まっていた。
ナギサの姿は、そこにはなかった。
しかし──窓辺に、ノートが一冊だけ置かれていた。
それは、俺の記録帳によく似ていた。けれど、中身はすべて彼女の筆跡だった。
“観測者から、次の観測者へ。”
──そう、最後のページにだけ、書かれていた。
「……行ったんだな」
俺はノートを閉じ、懐中時計をポケットに収めた。
この世界がループを終えたのか、それとも新たな始まりに差し掛かったのかはわからない。
けれど、ナギサの残した記録には、かつて俺が味わった迷いと苦しみ、そして希望が詰まっていた。彼女もまた、あの閉じた世界で孤独に耐え、戦っていたのだ。
──誰かとつながるために。
ページの一つには、ユウの名前が出てきていた。
『ユウは、彼を見つけたあと、沈黙を選んだ。でも、きっとそれは終わりじゃない。』
そう綴られた文章に、俺は胸を締めつけられた。
ナギサもユウも、俺と同じように“閉じた時間”に囚われながら、それでも誰かのために何かを託そうとしていたのだ。
「……俺も、何かを託せるだろうか」
誰かに、言葉を残せるだろうか。
その問いに対する答えは、まだ出ていない。
けれど、俺の中にある感情は、確実に変化していた。
過去を記録するだけの観測者ではなく、未来を信じる一人の“存在”として、この世界を歩んでいきたいと思えた。
屋上へ上がった。
薄く雲がかかった空。柔らかい光が校庭を照らしていた。
遠くで、部活動のかけ声が響いてくる。
「──普通の日常、か」
そう呟いた瞬間、懐中時計がカチリと音を立てた。
見ると、針がわずかに動いていた。
一分──いや、数秒分だけ。
それは、ナギサが残したものが単なる“記録”ではなく、“鍵”であったことを意味していた。
この世界には、まだ“動く何か”がある。
ならば、俺がそれを探しに行けばいい。
俺はもう、観測するだけの存在じゃない。
誰かと笑い合う未来を想像し、選び取るために生きることを選んだ。
歩き出す。教室とは違う方向へ。
記録ではなく、未来へ。
そして、俺の中には、もう一度“生きてみよう”という感情が芽生えていた。
──青春の終わりは、同時に始まりでもある。
俺のタイムリープは、まだ終わっていない。