瀬乃宮アキラが最初に“それ”を経験したのは、春の終わりだった。少し汗ばむ陽気で、夏服への衣替えが始まる直前。季節の変わり目特有の空気が、教室にだらけたような雰囲気をもたらしていた。
「また月曜日か……」
誰かがそう呟いたその瞬間、俺の脳裏にも、同じ言葉が浮かんでいた。けれど俺にとってそれは、ただの“月曜日の憂鬱”ではなかった。まるで、既視感が全身を覆ってくるような、重たい感覚だった。
朝のアナウンス。担任の口癖。窓際の席でうとうとする男子。前の席でおしゃべりを止めない女子ふたり。全部が“同じ”だった。先週と、ではない。まるで、昨日と同じ……そう、まったく“昨日の再放送”のようだった。
最初は、夢を見ているのだと思った。もしくは、寝ぼけているだけだと。
けれど、翌日も、それは“月曜日”だった。
カレンダーの日付は変わっていない。スマホの履歴も、テレビの番組表も、すべて“正しい”月曜日を指している。
それなのに、自分の記憶では──これで三度目の月曜日だった。
俺は静かに、狂気を疑い始めていた。
俺は、ありとあらゆる方法を試した。
最初の数回は冷静だった。
「また月曜日だ」
「気のせいだろう」
そんなふうに、自分に言い聞かせることができた。スマホのカレンダーアプリも、テレビの番組表も、そして朝のニュースも、日付を正確に“今日”としていた。だから、ほんの小さな錯覚だと信じたかった。
でも、五度目の月曜日が来たとき、さすがに笑えなかった。
俺は、学校を休んで部屋に閉じこもった。だが、日曜の夜が終われば、またベッドの中で目覚めている。月曜日の朝。6時45分。
自暴自棄にもなった。
授業中にわざと立ち上がって、教室を飛び出したり、階段を逆走して怒られたり、職員室で無意味な質問を繰り返したり……普通なら問題になりそうな行為を繰り返しても、次の週には何もなかったかのようにリセットされる。
極端なことも試した。コンビニで万引きめいた真似をして警察を呼ばれたこともある。けれど月曜日には何事もなかったように目覚めていた。
自分が“罰されない”ということが、こんなにも虚しいとは思わなかった。
一度、学校の屋上にまで登って、「このまま落ちたらどうなるんだろう」と考えたことすらある。だが、俺は飛び降りなかった。その勇気もなければ、それによって“何かが変わる”という確証も持てなかったからだ。
リセットされるなら、死すらも意味を持たないのかもしれない。
そして、ループの十回目くらいには、もう何もする気が起きなくなった。
いつも通りに授業を受け、食堂で昼食を取り、放課後は図書室で読書をする。そんなふうに、何もせずに時が過ぎるのを待つようになった。
周囲の人々は変わらない。
友人の倉科は毎週同じ冗談を飛ばし、担任の藤沢先生は毎週「このクラスは静かで助かる」と言う。
教科書の進行も、板書の内容も、まるでビデオテープを再生しているように同じだった。
その中で、ただ一人。俺だけが違う時間を生きていた。
この感覚を誰かと共有したいと願っても、それが叶わない。
教室にいる全員が、他人に見えて仕方なかった。
孤独だった。
深い海の底に一人取り残されたような、息苦しさだけが静かに肺の中に積もっていくようだった。
それでも、時間は進む。いや、俺の中だけ進み続ける。
そして、俺は次第に気づいたのだ。
何十回と繰り返す中で、ひとつだけ──ほんのわずかに、変化を返してくる存在がいることに。
だが、どれだけ同じ日々を繰り返しても、俺の中には常に疑問が残っていた。
なぜ、俺だけがループしているのか。
なぜ、この世界は俺にだけ記憶を残すのか。
まるで試されているようだった。何か大きな力によって、何かを選ばされている──そんな感覚が拭えなかった。
けれど、問いに答える者はいない。ただ時間だけが繰り返される。
夜、布団の中で目を閉じるたびに、思考が堂々巡りを始める。正解のない問い。脱出口のない迷路。
「俺は……どうすればいいんだ」
時には、そんな言葉を吐き出しても、返ってくるのは静寂だけだった。
次第に、俺は自分自身の“感情”を疑い始めていた。
怒り、悲しみ、焦燥、絶望。すべてが空回りする。
変わらない世界の中で変わり続けるのは俺一人。だとしたら、俺の感情こそがこの世界の“異物”なのではないか──そんな思いすら湧いてくる。
それでも、生きていた。
理由なんてなかった。ただ、毎週月曜日が始まり、また一週間が終わる。そこに意味を見出せないまま、それでも俺はこのサイクルを繰り返すしかなかった。
そして、ある日の夜。
窓を開けて、夜風に当たりながら、ふと星空を見上げた。
瞬いていたのは、昨日と同じ星々。だが、そこにかすかな流星が走った。
それは、何十回目かの“最初の兆し”だった。
この世界にも、まだ知らない“何か”があるのかもしれない。
その微かな可能性にすがるようにして、俺はまた、月曜日を迎えるのだった。